和歌山の鉄道

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和歌山の鉄道路線[編集]

JR
私鉄

廃止路線[編集]

野上電気鉄道[編集]

  1. 撮影禁止をめぐる鉄ヲタとの軋轢しか印象にない。
    • ある意味鉄オタの地位を下げた一社。
      • ということにしたがるような、鉄ヲタ叩きが大好きな人の格好の材料であることは確かだな。
    • 以前はもっと謙虚だったが、末期になって横柄になった。
      • 指導者となりうるベテラン職員の退職と入れ替わる形で若手を大量採用したから。そのせいで職員の人間関係はもつれ、鉄ヲタはもとより、利用客に対しても横柄になった。
    • それどころかマスコミの取材でさえ断るまでに至った。今思えばここと鉄道マスコミの関係のようなもの。
  2. 終着駅は「登山口駅」。鉄ヲタはどの山への登山口か、最後までわからなかった。
    • 正解は生石高原である。
  3. 最後まで大手私鉄の影響下にない独立経営だった。
    • そのため、国の補助金が切られるとあっさり自主廃業。
      • そもそも補助金をアテにしすぎたため、どこからも援助を受けることもなく、悲惨な末路を迎えた。
        • その補助金をアテにして近代化を目論んだが、頓挫した。
  4. 1970年代にも廃線になりかけたことがあった。
    • オイルショックで利用客を取り戻したため、撤回された。
  5. かつて高野山まで延伸する計画があったらしい。
  6. 廃止直前は阪急や阪神の旧型車が走っていたので鉄道ファンに人気があった。
    • 阪神の中古車両の一部は廃止後阪神に里帰りし、尼崎センタープール前駅近くの高架下に保存されている。
    • 他に水間鉄道の車両置き換えで余剰となった南海旧1201形を譲受したのはいいものの、重量オーバーで使い物にならず廃棄されたらしい。なぜそんなことが事前にわからなかったのか…。
      • 軌道が軟弱すぎて就役できず、補助金をアテにしてまでやむなく新車を導入しようとしたが、バブル崩壊と同時期に補助金交付が打ち切られ、あえなく白紙に。
    • 富山地方鉄道の余剰車両も購入していたらしい。
  7. バス部門は地元の運送会社である大十に引き継がれた。

有田鉄道[編集]

  1. 紀勢本線の藤並駅から、有田川沿いに内陸に向かっていた路線。
  2. 元々は、湯浅駅が起点だった。
    • 紀勢本線の藤並~湯浅間は、後にできた路線。一時は両線が並行していた。
  3. ミカンなどの特産品の積み出しが主な目的。
  4. 末期は休日運休、1日2往復の運行だった。
    • 輸送量もレールバス1両で事足りていた。
    • 旧樽見鉄道のレールバスが来る前は元富士急行のキハ58を使っていたが、譲渡前と同じく旧国鉄線への乗り入れを行っていた。
      • オリジナルの国鉄キハ58にはなかった両運転台車も存在していた。
  5. 廃止後終点の金屋口駅は加悦鉄道の加悦駅と同じく「有田川町鉄道公園」という保存施設になっている。
  6. 廃線間際には、並行して走る系列の路線バスに鉄道線の切符で乗ることができていた。
    • 要は、鉄道が運行されていない時間はバスに乗ってくれということ。しかし、そのバスもマイクロバスだったのでその当時から輸送力はバスでも・・・。



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