国鉄の電気機関車

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日本国有鉄道 > 国鉄の車両 > 電気機関車

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主な形式[編集]

旧型直流機[編集]

  1. 形式番号が50代の高速機=P機、10代の低速機=F機という傾向が強い。
    • 10代の旅客用機関車の勇姿を見た人はかなりの年配者。

EB10形[編集]

  1. 元蓄電池電気機関車AB10形。
  2. 凸型電気機関車で、中央にパンタグラフがある。

ED15形[編集]

  1. 大正生まれの国産初の電気機関車。
  2. 1号機が日立製作所水戸工場にて保存。

ED16形[編集]

  1. 初の省形D形機。
    • 次の制式D形機のED60の登場までは30年ほど待たなければならなかった。
  2. EF52とEF10という2つの有名な形式に挟まれて微妙な存在感の形式。
  3. 旧型D形機の中では廃車がかなり遅く、後発のF形機よりも後まで残っていたりした。でも譲渡もされなかった。
  4. 東のどっかがこれを2両保管してたくせに共々溶鉱炉送りにしやがった。何考えてんだ一体。
  5. 青梅鉄道公園にトップナンバーが保存されている

ED17形[編集]

鉄道博物館にて
  1. イギリス出身の昭和一桁生まれ。
    • 晩年までほぼ一貫して中央東線で運用されていたため、末期は機関区の主と呼べる存在になっていた。
    • ん?大正生まれじゃなかったか?種車のED50は1925年生まれとあったが…
  2. 2010年現在、トップナンバー機は大宮の鉄道博物館で余生を送っている。
  3. 実は他形式の種車から改造され、同形式になったものも少なくない。
    • 旧ED50系統から改造されたED18形は飯田線専用機。
      • 一見どこにも変化がない様に見えるが、実は台車を「B-B」から「A1A-A1A」とする大掛かりなもの。
      • 1992年に動態復元され、「トロッコファミリー号」の牽引が最後の活躍の場となった。
    • そのため普通のED17のイメージとは違うデッキ付の車両までこの形式に纏められていた。
  4. 出力は840kwと書いてある資料と915kwと書いてある資料がある。どっちが本当なんだ?
    • 一度戦後の時期に電動機を交換しているため、その際出力が変わったと考えられる。

ED18形[編集]

  1. 同じくイギリス出身の大正生まれ。
  2. どっちがED18なん?
    • 飯田線で使うために台車2軸の間に遊輪がある。ED17の項を見れ。
  3. 1925年生まれなのに奇跡の営業運転復活。やや短くはあったが。

ED42形[編集]

  1. 横軽区間がアプト式だった時の最後の形式。
    • 上野に来ていたころの特急「白鳥」も牽引していた。
  2. スイス製のパクリとは言ってはいけない。
    • パクリっつーか国産が出来る程度にデチューンしたっつーか…
  3. ラストナンバー辺りは戦時型なのだが事故もなく。アプト式そのものが保守にすげえ苦労したらしいが。

EF13形[編集]

  1. D52、63系、トキ900と並ぶ戦時型車両の一角。車体は凸型だった。
    • 後にEF58から車体をもらった。
      • とはいってもその車体もそれほど質のいいものではなかった。
  2. 戦時設計にも関わらず、色々な部分が補修され1980年頃まで日本の輸送を支えていた。
  3. 粗悪な設計は乗務員を苦しめたが、その一方で部品の削減や軽量化技術は戦後の車両設計に大きな影響を与えた。
  4. 付けられたあだ名が木とセメントで造った機関車。
  5. 開発者が説明に赴いた機関区で軟禁された。
  6. クソ設計とはいえ最初凸形で目立つ形態だったのに復元保存皆無、無念。

EF15形[編集]

大宮工場のカットモデル
  1. 貨物専用のジミなやつだけど日本の色々な場所で幹線用電気機関車として活躍していた。
    • どこにでもいるしたくさんいるし、ということで鉄道ファンはこぞってマイナーだけど何か魅力のあるED17、EH10、EF13等を追いかけたため、気づいたら国鉄解体とともにいつの間にか消えていた。
      • しかし保存車はそれなりにある。国鉄解体まで残っていた最後の制式貨物用旧型電機のためだろうか。
  2. EF58とはほぼ同一設計だが人気の差も見た目の差も歴然。
    • 製造両数としてはEF58をわずかに上回ってた。
    • 大宮工場の前、大宮駅と鉄道博物館の間にそのEF58と共に168号機が見るに堪えない姿になって保存されている。
  3. 貨物機ながらイベントで12系客車を牽引したらしい。
    • これは12系客車の空調装置が発電機から供給する方式であり、牽引する機関車を制限しなかったからできたこと。
  4. 数年前までプラレールで販売されていた、現在は絶版。
    • 同時期のプラレールと比べるとかなりチープで他の機関車には号機まで書かれてるのにEF15としかない。色は違えど同じ金型で二十年以上前から作られ続けていたのかもしれない。
  5. 全廃は実は2011年。
  6. 関東では青梅線や南武線をよく走ってた。奥多摩からのセメント輸送列車牽引で。

EF16形[編集]

  1. EF15を勾配区間用に改造(回生ブレーキ取り付けなど)して誕生。
  2. 補機専門で、活躍したのは奥羽本線板谷峠区間と上越線水上~石打間。
  3. 数や活動範囲では EF15 >>> EF16 だが、人気は EF16 > EF15 だったかも。
    • 当時の水上~石打間では、EF16(ブドウ色でデッキ付)+EF58(青塗装)+ブルトレ「北陸」、という編成が実現していた。そりゃ人気も出るわ。
      • 当時の鉄道誌の「北陸」紹介の写真は多くがこれ。撮影の難しい深夜帯にもかかわらず。

EF50形[編集]

  1. イギリス生まれの大型F級電機。ED17と同じく1925年生まれ。
    • EF52よりデカい。長い。全長が21米
  2. 故障がち、デカ過ぎで使いにくいカマだったけど、それでも持ち前の高出力と巡航性で戦後しばらくまで活躍した。
  3. 同じイギリス生まれのD形機、ED50(=ED17,18)系列は平成時代まで生きながらえたのに、こっちは哀しきかな、保存機ゼロ
    • 引退の時は一応盛大に見送られたのだが。

EF52形[編集]

  1. 記念すべき国産初の省形F形旅客機。
  2. 交通科学博物館に保存されている1号機は鉄道記念物に指定されている。
  3. 7号機も生まれ故郷の工場に戻り安らかに余生を送る幸運なカマ

EF53形[編集]

  1. EF52形の設計を全面的に見直した。
    • ギアレシオ変更して(EF52→3.45、EF53→2.63)最高速重視に、全長もややコンパクト化。
    • 2次形の13号機からモーターをチューンして巡航性強化。15,16号機はお召列車に抜擢された。
  2. しかし、早々に主要線区から外されて全車瀬野八越えのEF59になり第二の人生を。
    • その結果オリジナルで残るものは皆無になってしまった。鉄道文化むらのEF53 2号機はガワだけ作り直しただけ。
  3. 残っていた数量分の部材がEF55として活かされた。
  4. 引退したのは実は2006年だったりする。
    • EF59 10=EF53 1のことか。でも晩年は殆ど仮死状態だった。おまけに廃車と同時に天国へ。残念無念

EF55形[編集]

  1. 通称「ムーミン」。
  2. 流線型で有名だが、片方の前面は当時の普通の機関車である。
    • こちら側の従台車は貨物用EF10形と同じものなので、本来の最高速度は95km/h(戦後の制動600m制限による。設計時は換算10両で平坦線釣合最大速度120km/h)だが、こちらを向いているときは75km/hまでしか出せない。
      • ゆえにこちら側の運転席は滅多に使われずターンテーブルで方向転換して流線型側を使っていた。
    • 一応平たい方にも簡易運転台は付いている。
      • 流線型側と比べるとかっこ悪い。 かといって両端が流線型のものを想像すると、微妙すぎる…。
        • 日本国内ではないが、ペンシルバニア鉄道GG1形というのがある。なかなかのかっこ良さだ。
        • 半流線型程度の(前進する風を切るイメージのデザイン)なら、日本にもEF58やEF66がある。どっちも人気機種。
    • プッシュプルにしたらよかったかもしれない。
  3. イベントには欠かせない存在だったが、ついに引退が決まった。
    • 最後は高崎~横川で最後を飾った。
      • しかし、新幹線0系の引退と被ったため、あまり注目されずに引退。 ほんとに在来線が好きな人はこちらへ、新幹線好きやこの人たちは新幹線へ。
  4. 安易に言えば失敗作だけど、元々使い勝手が悪いのを承知で作った節がある。
  5. C57より年上なのに営業運転に復帰した奇跡の電気釜。

EF56形[編集]

  1. パンタグラフが中央寄りに設置されているのが特徴。
  2. 前期型は車体が丸くなっていて、後期型は車体が角ばっている。
  3. EF59形の種車になった。
    • 2号機ベースでEF59になったEF5921がこいつの形態を唯一伝える。オリジナル機体は残念ながら保存皆無。

EF57形[編集]

保存車
  1. 何故かパンタグラフとライトが車体屋根からはみ出ている。
    • デッキが広く取られている似た様な容姿の機関車は幾つかあるものの、パンタが飛び出しているのはこのEF57だけ。もはや一種のチャームポイント。
    • 1号機だけはパンタが真ん中寄りに設置されているものの、これはこの1号機が当初EF56として作られた名残り。
  2. 7号機が宇都宮の公園に静態保存されている。
    • 普段はフェンスに囲まれていて直接触れることはできない。ただたまに解放される日はあるらしい。フェンスに囲まれていても隙間からデジカメ等で撮影する事は可能。
    • EF57で現存するのはこの7号機のみ。かなり貴重。
  3. 東北本線の雄。

EF59形[編集]

  1. あれ、おまえいたの!?
  2. EF53、EF57形の改造で、EF67登場前のセノハチで補機として活躍していた。
    • EF53とEF56だった気がする。
    • これで結局この2形式は国鉄末期まで長生きする事になった。
  3. 西村京太郎の小説に出てきたが、今一つ地味。というか最近の鉄ちゃんで知ってるやついるのか?
  4. 下関にいたEF59 10、ボロボロでほったらかしと思ったらまだ車籍残ってたのね(なんで動いてる事にしてんだ…)…
    • と思いきや、或る日突然廃車にしてアッサリぶっ潰してくれた。元EF53形のトップナンバーなのになんて事を。

EH10形[編集]

  1. 別名「マンモス」。
    • 黒地に黄色のストライプの2車体永久連結構造はかなり目立つ。
      • もはや厳ついを通り越して恐い。当時の子供達のトラウマにっていてもおかしくない位の独特な迫力がある。
    • 後にEH500形が「平成のマンモス」とあだ名されると、今度は「昭和のマンモス」と呼ばれるように。
    • 東淀川区内で静態保存されている61号機の別名は冷凍m(ry
  2. 車体や台車の構造は新性能機っぽいが、主電動機はEF15形と共通。
    • よって旧式機扱いされる。
  3. 東芝製の15号機はギア比を変更し、高速度試験に使われた。
    • 以前に当時最新鋭の10系客車を120km/hで牽引する動画がYouTubeに上がっていたのだが、その姿はド迫力だった。
      • なお、残念ながら現在は削除されている模様。
    • 公式にはそういうことになっているが、実は戦前の頃から横浜あたりから小田原にかけて電気機関車で120km/hでぶっ飛ばすのは常態化していたらしい。
  4. 新性能機関車が実用化されると、何から何まで上位互換な彼らのせいでかなり早くお役御免になってしまった。
    • もうひとつ、使い道が東海道本線しかないというのがあった。山陽本線には瀬野八のEF59、EF67とノッチ段が合わず使えなかった。耐雪ブレーキを備えていなかったので、上越線で使うわけにも行かなかった。京葉地区や京阪神地区の貨物線での短距離運用には図体がでかすぎた。
  5. かつてHOゲージでこれをモデルにしたEB10なる機関車が発売されていた。
  6. ウドの大木
    • 設計時はあれがベストって想定&判断なんだから、可哀想な事言うなよ。

新性能直流機[編集]

  1. 今となっては「新」なのか……。
    • 実はこれより前の従台車のついた電気機関車の足回りというのは、蒸気機関車の足回りを背中合わせにつなげた構造をしていた(ED15やEH10といった例外はあったが)。これ以降、大型電機も電車形のボルスタ台車を採用するようになった。

ED60形[編集]

  1. 新性能電機第1弾。
  2. ローカル線に居座っていた戦前製の機関車を置き換えるために登場。
  3. D型ながらも性能が良く、アトム機関車と呼ばれた。

ED61形[編集]

  1. ED60の親戚。というか兄弟機。
  2. ED62の素

ED62形[編集]

  1. JR貨物更新色が居た。
  2. 1号機が長野で、17号機が大宮で保存されている。大宮のものはたまに宇都宮線の電車の中から見えることがある。

EF60形[編集]

ELみなかみ号
  1. EH10を置き換える性能を持つ。
    • ただし、高速特性もEH10程度。なのでブルトレ牽引に当たらせたところ(500番台)、弱メ界磁多用で故障しまくった。
      • EF65Pにバトンタッチして以降はブルトレの先頭に立つことはなく、EF65が不足した際はEF58の再登板になった。
  2. 2011年現在、今尚現役。
    • ただし専らのイベント担当。
  3. 4次型は形式名を見ないと……。
  4. EF60 19号機は沖縄県に行ったことのある唯一の電気機関車。
    • 19号機はかつてジョイフルトレイン「やすらぎ」の相方として白地の専用塗装にされていた車両。「やすらぎ」廃車後もしばらくはそのままだったものの、その後再び青の国鉄色に戻された。かつては特徴的なブタ鼻ライトだったのに近年になって大型の単眼ライトに変えられてしまった。
    • ちなみにこの19号機こそ2012年現在でもイベント等で働いている唯一の現役車両。
  5. 123号機が両毛線・足利駅前に、501号機が横川にそれぞれ完全な形で保存されてる。他の保存機は運転台だけのカットボディで、個人所有のもある。

EF61形[編集]

  1. ブルトレを引いたこともあるのに今一つ地味。というかほぼ空気扱い。
  2. むしろセノハチ補機限定の200番台(EF60改造)の方が存在感があったのでは。JR化後も暫く残っていたし。
    • あっちはEF60からの改造だけどね。
  3. 広島車両所に4号機の生首が保存されている。

EF62形[編集]

  1. 碓氷峠、信越本線といえばEF63ばかり持て囃され、こいつの存在は軽視されている。
    • 保存車両の数も大きな差がある。
      • 東海道線のEF58に事実上とどめを刺した形式なので、当時鉄道ファンからの評判はすこぶる悪かった。それも理由かも。
  2. EF63程ではないが、山岳用として特殊化している部分はたくさんある。
    • しかしそのせいで運用に柔軟性を持たせられず、かと言ってEF63と違い碓氷峠という定位置もないので早めにお役御免になってしまった。
  3. 日本で一般的なB-B-B台車ではなく、欧米で一般的なC-C台車を履いているのが個性的。
  4. 「A列車で行こう」では「5(Windows版)」まで常連だった。
  5. 蒸気暖房が付いていたので山陽本線で荷物列車を引いていたこともあるが、故障が頻発し前任のEF58が代走に入ることがしばしばあったらしい
    • 確かEF62は電気暖房だった気がする・・・。
  6. 東海道・山陽に移ったのはJR化までに廃車となったが、廃車後、瀬戸大橋開通時の試運転の死重用で使われ、まさかの四国入り。製造時にこの形式が四国で走る事になろうとは誰も予想できなかっただろう。

EF63形[編集]

  1. 別名「峠のシェルパ」、または「ロクサン」。
    • 碓氷峠専用の、何から何まで特殊な奴。
      • おかげで他線区への転用が効かず、同区間廃止とともに運用終了。
  2. 2両重連での運用がデフォ。
    • ロクニやロクヨン牽引の列車だと3重連になる。
    • 3両程度の普通電車にも重連で対応する。
  3. 横川→軽井沢間の上り坂では、機関士は後ろ向き(最後尾車両の第1エンド搭乗)の姿勢で坂を登っていった。
  4. 碓氷鉄道文化村にて動態保存されている。
  5. 鉄道会社に就職しなくても運転できる唯一?の機関車。
    • ただし研修を受けたうえで試験に合格してから。
      • 講習料は3万円と結構良いお値段。
  6. 前面のゴチャゴチャ感は異常。
    • 協調運転を行う為どの車両にも対応できる様にジャンパ栓が多数装備されている。連結器も双頭。
  7. 線路から転げ落ちて一気に4両もお釈迦にしてしまった事がある。
    • 機関車のみの回送だったので大惨事には至らなかった。ただお陰で2両追加生産する羽目になった。
      • 下り勾配で暴走したときのために、最後の手段として電機子短絡スイッチ(回路をショートさせ、電動機を破壊してでも列車を止めるための装置)が装備されてたが、それを作動させてもダメだった。
    • EF63とEF62がそれぞれ2両づつ。全部廃車になりましたが。
  8. 必ず横川方に連結される。
    • つまり勾配の下の方に連結される。軽井沢へ登る時は後ろから押し上げ、軽井沢から降りて来る時はつつつつと行かない様に前に立って押さえながら降りてくる。
    • このため下りと上りで所要時間が違う。

EF65形[編集]

1000番台(新習志野駅にて)
国鉄色。
  1. ブルートレインを牽引する印象が強いが、貨物列車を牽いてもサマになるので牽引する車両を選ばない。
    • EF66やEF81と並ぶ電気機関車の象徴。
  2. 国鉄時代、貨物専門のF型(0番代)・客車専門の500番代(P型と一部F型)・客貨両用の1000番代(PF型)と区分はあった。501号機・535号機がイベントん時顔出すだけで、ほとんど失業状態。今は車年若いPFがナンデモカンデモ引いてる。
    • 東海所属の112号機(ユーロライナー塗装)は書類上廃車扱いだが、まだ解体されずにいる。
    • F型って言うのは500番台のうち10000系貨車用のCLEブレーキ指令線と空気管付連結器を持っている車体のことで、0番台はF型ではないよ。
    • 真っ赤な車体・白塗り裾で、側面に形式ペイントしたSRE(スーパーエクスプレスレインボー)2代目牽引機1118号機がイベントやら何やらで頑張っている。
      • 初代は1019号機。ただ残念ながらこの車両は既に廃車。2代目は健在ながら、どうやら定期運用の列車は受け持っていないらしい。
      • レインボー色は他にEF81の95号機と、何故かED75の1028号機に施された。前者はバリバリの現役ながら、後者は既に廃車。好きだったのに。
      • あだ名は「ゲッパ」。由来は専門用語で「1」を「ゲ」と呼ぶ為で、「ゲゲゲパ」→「ゲッパ」となった。
  3. 0番台の中から、東京発ブルトレ増発のために500番台P型に改造された車体がある。
    • 地味な汎用機から旅客特急専用機への昇格だったので、後にシンデレラ65と呼ばれるようになった。
      • これはRail Magazine 233号の記事によるものなのだが、なぜかこの事をWikipediaに書くと消される
  4. 確か電気機関車では日本一生産量数が多かった気がする。
    • 日本一はED75。
  5. 2012年になって新鶴見所属機にまさかの新番台、2000番台登場。でも実際はPFの元の番号に+1000したナンバーを取り付けただけで、改造らしい改造は一切ない。
    • その通り「改造をしなかった個体」という意味の改番。
  6. 1000番代でも大きなひし型パンタを載せた前期型は残り3台(2000番代になってるが)。
    • 後期型はやっぱり国鉄色が人気だが、東西旅客会社が使ってるやつは国鉄色(例外1台あり)だし、貨物にも複数いるので実は数は多い。

EF67形[編集]

私ロクナナちゃん、あなたの後ろにいるの。
  1. あれ?お前いたの?
    • 最近まで国鉄の新型電気機関車の最終形式はEF66だと思い込んでいた。
  2. 機関車なのに電気子チョッパ制御の変わり者。
  3. 同じく新型電機のくせに、一部車両にはデッキがついている。
    • 0番代はEF60 4次型、100番台はEF65-0改造で、新型では……。
  4. 仕事場は山陽本線のセノハチ
    • ただし正面で待っていても見られない。編成のお尻にくっ付いて後ろから押してあげるのが仕事。
    • 文字通り瀬野~八本松の1駅間が仕事場ながら、広島タからくっついて来て、西条で別れる。帰りは1人で広島タまで帰って行く。
  5. EF60改造のやつはそろそろ老朽化がやばい気がする。更新や廃車を行わなくて大丈夫なのだろうか。
    • EF210に置き換えるらしい。
    • 0番台車がEF210-300に代替されました。EF67-1は動態保存で、それ以外の2両は解体(´・ω・`)
  6. パンタグラフを3種類(大型・下枠交差・シングルアーム)装着して営業したのはこの機関車くらい。
    • シングルアームは不具合が多かったようで下枠交差に戻りつつある。
  7. 塗装は広島のもみじに因んで朱色。直流機関車なのに。
    • そのため最初見たとき交流機関車かと思った。
  8. 補機だが、ホキではない。

交流機[編集]

ED70形[編集]

  1. 日本初の量産型交流機関車
  2. 黎明期だけあってちょっと残念な能力。
    • 試行錯誤中だったので仕方がないといえば仕方がない。
  3. 最終機の19号機は複周波数対応機だったりする。
    • 広い意味ではE2系のご先祖様…は言いすぎかな。

ED71形[編集]

  1. 初代東北本線の赤い機関車(量産機という意味で)。
  2. 量産数も何気にED75、ED76の次に多い55両。
  3. 最初の3両は全て整流方式が別の試作機。
    • 勝者は1号機、それでも負けた2号機はED72、ED73のご先祖様になったのである意味勝ち組。
      • 3号機は(ry
  4. でも寒さに不安があることもあって小牛田から北にはいかせてもらえなかった。
  5. 37号機がJR東北本線・船岡駅そばで保存されている。

ED72形[編集]

九州鉄道記念館にて
  1. 鳩胸。
  2. SG搭載のため、同時期の交流機の中でこれだけ車体が長い。
  3. 末期は門司~博多間で「あさかぜ」を牽引していた。
  4. ED73共々ED71 2号機の子孫。

ED73形[編集]

  1. 鳩胸Part2。
  2. 本来はED72形の貨物版でSGを搭載していない機体だったが、ブルトレ用客車はいずれも自前の電源を持っているため、ED72が指定のところをしばしば紛れ込んだ。
    • なお、初期の交流機は全段電圧制御なので、直流機(EF60←→EF61)で問題になった定格速度の違いはこの両者にはない。
  3. 1016が只1両残っていたのに腐らせてぶっ潰した。何たること
  4. 15号機~22号機はナンバーを黄色枠で囲ってた。特急「つばめ」・「はと」の博多乗り入れに伴って151系電車への補助回路用引き通しとサヤ420形(のちモハ420形)の非常パンタグラフ下げ回路を装備したかどうかの区別用。
  5. ヨンサントオ改正で、全機が高速走行用にブレーキ装置やらジャンパ連結器やら新設した1000番代に改造された。

ED74形[編集]

  1. ED72、73より早くに全廃になった。
  2. 最後は大分に集結し、ブルートレインを牽引していたこともあるのに殆ど忘れ去られている。
  3. ED75形同様のショートボディに非貫通顔の珍しい車両。しかし全て解体され現存車0…。
  4. 「貨物はEF70、旅客はED74にしようぜ」の計画だったが、節約の為にEF70に一本化したのが少ない原因。
    • しかし、そのEF70も晩年は九州へ…。

ED75形[編集]

JR貨物のED75形
  1. 東北地方で活躍していることから「赤べこ」というあだ名がある。
    • だからといって「モーモー」鳴かない(笑)
    • 短い車体に似合わず(?)結構パワフル。
    • 赤白パンダに進化したカマがたくさんいた。
      • しかし既に絶滅した。
    • 『ナナゴ』の愛称で呼ぶファンも多い。
  2. なぜかレインボー色の車両が一機ある。もちろんスーパーエクスプレスレインボーを牽引したことは無い。
    • 1028号機のこと。2009年3月に運用離脱。
      • あだ名は『センニッパ』。本家のEF81やEF65の虹ガマとは側面に大きく塗られた形式番号の書かれ方が違う。EF81やEF65は側面中央に左上から右下にかけての斜字で、ED75は真ん中から車体後方にかけて形式番号が大きく書かれている。
      • 当初その予定は無かったのかも知れないけど、どうせなら当面廃車予定のない車両に塗って欲しかった。
  3. 一般型・耐寒型・奥羽型・九州型・高速型・北海道型と分類出来る。九州型は走れる線区少なかったので、早い時期に全車廃車。
    • 奥羽型700番代機は下枠交差形パンタ装備。屋根上が他機と違ってシンプル。一部ED79に改造された
    • 九州の300番代機はたった11両しかいなかった…。
    • 北海道型(500番台)に至っては1両しかいない。理由はSG付のED76を増備する方針としたから。それ故に運用が制限された。
      • そんないわく付きの500番台だが、小樽で保存されている。
  4. EH500の台頭で淘汰進んでるが、鉄道ファンのみならず現場のベテラン機関士にも人気がある。重連で貨物引く姿はEH500には無い迫力がある。
  5. ED93(のちED77-901)・EF90(のちEF66-901)のような試作機がいない。1・2号機が試作機で、3号機以降から本格的に増備されはじめた。
  6. 電気暖房表示灯装備が基本だが、撤去された機関車もいる。
  7. 津波には耐えたのです。が……。
    • 1039号機。震災の爪痕を表すオブジェの様な形で敢えてそのままにしてあるのか、単に処置が決まらないだけなのか、現在でも当時のままの場所に物悲しく佇んでいる。
      • 現地にて解体された。合掌…。
        • 保存も考えられてはいたそうだが、流石に海水もろに被ってたから仕方ない…
          • なおナンバープレートが東京貨物ターミナルに保管されている模様。
      • この1039号機こそ、数あるED75のラストナンバーでもある。
  8. -775が大宮で保存されている。
  9. TOMIXの香港製時代のED75の車番は実際に存在しない513号機
    • 国産化に際してはKATOとの差別化のためか1000番台前期型に刷新された(KATOは0番台<一般型、耐寒型>、700番台が各種発売されていたため)。
      • そのため、NゲージファンにとってはJR発足後の客車列車を牽引するユーザーを困惑させていたとか(1000番台前期型はJR貨物にしか継承されなかったため)。

ED76形[編集]

  1. 九州の主。
  2. 中間台車装架しているので、九州全域走れないED75-300(九州版ED75)にとって代わった。
    • ED76は蒸気暖房、ED75-300は電気暖房の装置を搭載しているのも関係している。
  3. 1000番台は桜島の降灰対策で運転台窓がアルミサッシ。
    • 末期に製造されたグループが対象。
    • 1008号機はJR貨物色で貨物牽引以外に旅客列車牽引のアルバイトしてた。
  4. ここではEH500型に仕事奪われつつあるが、まだまだ健在。
  5. 鹿児島市電新車製造時の電圧整流器の役割担った。
  6. 実は北海道にもいたらしい
    • 顔付が全然違っていた
    • 札幌近郊の客レ廃止の時にほぼ廃車となった。一機だけ青函トンネル用として生き残ったが、使い勝手が悪かったのかそれもあえなく廃車された。
    • 最初は別形式にするつもりだったものの国労の顔を伺わなければいけないからバリエーション扱いに…
  7. 一部では地元のJRから形式消滅したといわれている。
  8. Nゲージでは長らく1000番台しかラインナップされなかった。
    • その1000番台はJR貨物にしか継承されなかったため、JR化後にNゲージで九州地方を牽引するブルトレを楽しみにしているユーザーを困惑させていた。
  9. 78号機はジョイフルトレイン専用機。1994年に廃車。

ED77形[編集]

ED77形
  1. 磐越西線電化用に製作された。
  2. ED75形に類似するが、軸重制限のある路線で使用するため、中間台車を装架している。
  3. 試作機である901は元々はED93形として制作され、量産化改造されてED77形に編入された。
    • 登場時は非貫通でED74形に類似していたが、量産化改造の時に貫通扉が設置された。
  4. 磐越西線の軌道強化でED75形が入線できるようになったため、全廃された。
  5. 1号機が唯一残っている

ED78形[編集]

ED78形
  1. 奥羽本線板谷峠区間と仙山線の全面交流電化用に製作された。
  2. 試作機である901は元々はED94形として制作され、量産化改造されてED78形に編入された。
  3. 軸重制限のある仙山線でも使用するため、中間台車を装架している。
  4. 貫通扉がある以外はED76形に類似している。
  5. ED78同士の重連では非力であったため、重連にはED78+EF71の組み合わせで運用された。
  6. EF71が全廃されたあとも仙山線での需要があったため、生き残っていた。
    • その仙山線もED75が入線できるようになったため、全廃された。
      • 最終増備車はED75より若かった。
  7. 1号機が唯一残っている
  8. EF71の相方でかつEF71より長生きしていたが、Nゲージではラインナップに恵まれなかった。

ED79形[編集]

  1. 青函トンネルの補機。
    • ここを通る寝台特急は、青森(青森信号所)から函館までこの機関車のお世話になる。
  2. JR貨物機は交流機なのに青系の塗装。
    • しかも増備したのは民営化後、外見は旧型だが新しい機関車である。
    • 運転室の扉の色が赤いだけ。
  3. 補機専用の改造が最小限の100番台より、金をかけた0番台の方が廃車が進んでいる。
    • しかし両方とも北海道新幹線開業で大量廃車になる公算が高い。
      • 貨物委託廃止で100番台の存在意義がなくなったので、一足先に鬼籍入り・・・
  4. 一部はED75-700を改造して生まれたカマ。
    • 一部というか大多数が改造車。新造は貨物機のみ。

EF70形[編集]

  1. 北陸本線の交流電化に伴い開発された6動軸交流機。
    • しかしEF81形の進出に伴い、次第に活躍の場を奪われていった。
  2. 初期型と後期型では見た目がかなり異なる。
  3. 1980年代以降余剰が進んで、一時期直流化して東海道の荷物列車用EF58を置きかえる計画もあったが、同時期に余剰となったEF62を流用する方が安くつくので、計画は流れた。
  4. KATOが青いEF70を発売したことがある。EF65登場までのつなぎだったとか。

EF71形[編集]

EF71形
  1. 奥羽本線・板谷峠越え区間が交流電化されたのに伴って投入された、赤いマンモス機。
    • 直流電化時代に走ってたED16やEF64を追放した。
      • EF16じゃなくて?<ED16
      • スマンセン、EF16ですた。ご指摘ありがとうございますた。(byED16云々書いた人)
      • EF64を転出に追い込んだ車両だが、EF71が先に形式消滅してしまった。
  2. 重連で走る時はED78+EF71の組み合わせ。EF71重連だと線路を傷めてしまうかららしい。
    • ED78同士の重連では非力だったため、補機扱いでEF71が製作された。
      • 実際は単機運用もあった。
  3. 非奥羽型のED75やED76などと比べると屋根上が交流機らしくなく、シンプル。
  4. 気動車時代の「つばさ」の補機も勤めた。
    • キハ80系時代にEF16から後を継ぎ、キハ181系化で一旦任を解かれるも、オーバーヒート多発で再び補機連結となった。
      • なお、485系電車でも危ないか? と言われていたが、付随車を引っこ抜いてMT比2:1にすることで対応。ただし、セノハチをMT比1:1で走れるMT54主電動機車としては異例の高M比である。
        • セノハチの22.5パーミルと板谷峠の33パーミルの差だね。
  5. これまた1号機が唯一残っている貴重な存在

交直流機[編集]

EF30形[編集]

  1. 関門海峡専用機第1号。無塗装のステンレスボディが最大の特徴。
    • 第2号のEF81形300番代もステンレスだが、こちらはローズピンク(赤13号)に塗装された。
  2. 1台車に1モーター。つまり実質上は「EC30」。
    • 確かに1台車1モーターだけど、一個で2軸回すから6軸駆動。れっきとしたF型です。
  3. 実走する交流区間は実質門司駅構内のみ。最高出力も1/4に削がれてしまう。
  4. なぜか20号機は関門海峡とは全く関係ない碓氷峠鉄道文化むらで余生を送っている。
    • 電気機関車の博物館を高崎に作る予定だったから。その車両を事実上引き継いだのが今の碓氷峠鉄道文化むら。吹田でも同様の計画があってEF30含む大量の機関車が集められたが、中止で全車解体。
  5. 実は国鉄・JR通じて初の全車オールステンレスの形式。
  6. 大分では動かすからつって3号機保管してたのに突然お面だけ遺してポイチャ。要らないなら置いとくなよ…。
    • キハ07と明暗が分かれた。
      • 現在はどちらも門司港で展示されてる。
  7. 前面がED71に似てる。

EF80形[編集]

  1. こちらも実質上は「EC80形」。1台車1モーター方式。
    • この方式のため直流機に改造して飯田線や身延線を走らせようとする計画があった。実現しなかったが。
  2. 常磐線専用機として開発されるも、EF81形の進出により国鉄分割民営化前に全機淘汰された。
  3. 最後はつくば万博輸送用で残され、臨時用で使われたが、時々EF81に混じって特急ゆうづるの運用についたり、万博臨時列車で昼間に20系を牽いて白昼堂々上野駅に現れるなど、凄い運用についていた。
  4. 保存はされとるけど、丁重に扱われとるのかコレで客は来ねえと思われとるのか…
    • 横川で保存されてるのはまだラッキーな方。引退後大宮に居たのは整備だけされたものの近年に解体されちまった。鉄博に居てもおかしくなかったんだが…。

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