大日本帝国海軍の艦艇

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分割済み[編集]

巡洋艦[編集]

  1. ロイヤルなネイビーから「飢えた狼」とまで呼ばれたくらい戦闘狂な設計だった。
    • かの国は世界中に領地があったため居住性を重視し長期間の航海を考えていたため、それと比較してという面もある。
      • 戦前、イギリスは、条約の制限下で重武装できた日本の巡洋艦の情報を欲しがった。植民地との海上交通線確保には、優秀な巡洋艦が必要だったから。技術交流の名目で、妙高級、古鷹級のデータを欲しいと、日本海軍に申し入れしている。
    • 戦前、妙高型の足柄はかの国に派遣されキングジョージ6世即位記念観艦式に参列する。その際に足柄を見た英国人記者に「我々はこんにち、初めて軍艦を見た。今まで我々が軍艦だと思っていたのはホテルシップだった」と言わしめたという逸話を持つ。我が国では↑の「餓狼」と合わせて長らく日本重巡の強力さに対する賛辞だと思われていたが、今では武装を重視したがゆえに居住性を極限まで犠牲にした日本艦への皮肉だと考えられている。まあ英国の巡洋艦=広大なシーレーンを確保するための艦艇、日本の巡洋艦=日本近海での艦隊決戦を想定した準主力艦、というふうにそもそもコンセプトが違うので一概に比較はできないが・・・長い記事

軽巡洋艦[編集]

大淀[編集]

  1. 最後の連合艦隊旗艦。
    • 当時の少国民たちは、戦艦でないものが旗艦と言うことで、不安を覚えるのもいたらしい。
      • その人たちは多分初代連合艦隊旗艦も戦艦ではなかったことを知らない。
    • 旗艦任務が解除されて平軽巡に戻ったとき安堵の声が上がったとか。
    • そのせいか冷暖房完備で、居住性もいい部類の艦だったらしい。
    • 日本海軍で、蛍光灯が本格的に導入された最初の艦。
      • ただ、品質の問題で光が安定せずチラチラするため、評判はいまひとつ。
    • 新造当時は、45メートルの大型カタパルトを装備していたらしい。
      • 連合艦隊旗艦になるときに、25メートルの普通型に換装するなどした。
    • 連合艦隊旗艦は巡洋艦に始まり、巡洋艦に終わることとなったわけだ。
  2. 軽巡のくせに、10000トン近い大型艦だったという。
  3. 司令部に改装された後は安定性がひどかった。

五十鈴[編集]

  1. 何かしらの因縁を言われることがあるらしい。
    • 竣工が8月15日で、沈没が場所は違うが戦艦大和と同日・・・。
  2. 開戦当時の第二遣支艦隊の旗艦。
  3. 大戦後期には高角砲に機銃、対空電探を沢山積み、対潜装備も充実させた。防空巡洋艦とのあだ名もある。
  4. 山本五十六、山口多聞、堀悌吉、高須四郎などの名軍人が艦長を務めたすごい船でもある。
    • さらに多くの貴族出身の将校を乗せていたため貴族船といわれるほど。

北上[編集]

  1. 数奇な運命をたどってる。
    • 軽巡→重雷装艦→高速輸送艦→回天母艦→(戦後)工作艦。
    • 戦果としては、全くないと言ってほぼ、差し支えない。

香取[編集]

  1. 世にも珍しい練習専門の巡洋艦。
  2. ただ就役した時期が1938年だったので実際に練習航海に出たのは1回だけ。
  3. 大戦中は旗艦や船団護衛や輸送船として使われた。
  4. そもそも練習専門なので火力はあまり高くない。
  5. なぜか駆逐艦より大きいのに建造費が安かった。
  6. 艦名はすべて神社の名前。
  7. 幅広い艤装を積んでいて使いやすかったようで、「便利な船」と評されている

阿賀野[編集]

  1. 日本海軍久しぶりの本格的軽巡(最上型は重巡への改装前提の船)
    • なのだが当時の軽巡の主流は最上型から始まった大型軽巡と呼ばれるものに変わり始めてた。
      • 現にほぼ同世代であるアメリカのクリーブランド級は1万トン近い大型軽巡である。
        • それは、そもそも阿賀野型は、敵の巡洋艦と撃ち合うためではなく、水雷戦隊の旗艦、5500トン級の後継として計画されたものだから。そのため阿賀野型の武装は雷装が重視され、砲力はアメリカの大型駆逐艦を制圧できるものであればよしとされた。
  2. 最新鋭軽巡ということで大活躍したともいきや3番艦矢矧以外パッとした戦果を残せず。
    • 阿賀野型の主任務として想定された水雷夜襲という戦術がすでに過去の遺物だったからね。

重巡洋艦[編集]

青葉[編集]

  1. ワレアオバ。
    • でもその会戦で沈んでないんだから相当な運を持ってると思う。
      • 運ではなく集中砲火を受ける青葉に気づき、その盾になり身代わりになって沈んだ艦のおかげである。
        • とにかくそれで五藤少将戦死してるし、普通なら、救援のありなしにかかわらず、沈んでいたことはあると思うのだが・・・。
          • 救援がなかったら確実に沈んでいたのでやはり運よりは身代わりのおかげである。
      • カビエン湾で損傷受けたり、マニラ湾口で雷撃喰らって沈みそうになっても、どうにか日本に戻ってきている事だけでも、運はあると思う。まぁ、最終的には呉空襲で着底だったから、終戦迎えるほどの運ではなかったようだけれども。
        • 米海軍「あいつなんなの…何度沈めても蘇るんだけど」「ソロモンの狼と呼ぼう。あっぱれな敵だ」
  2. 日本の軍艦にカタパルトをつけた最初の艦らしい。
    • 最初は姉妹艦の衣笠なんだけどね。
  3. SF作家の海野十三が乗っていた船。

高雄[編集]

  1. 最近女体化した。
    • アダ名はツンデレ重巡
    • 高雄に限った話ではないのでは・・・。
      • ↑×3を書いた時は艦これは存在していなかったので女体化した艦は少なかった。
  2. 姉妹艦共々後のイージス艦を彷彿させるような非常にゴツい艦橋が特徴的。
    • 後のこんごう型となるイージス艦が建造中の時、その外見から「日本はたかお型を建造中か」と海外で言われたとか言われなかったとか。
    • これ絶対、日本の城をイメージして図面ひいてるよな。
    • 当時のイギリス人が評して言うには「甲状腺の肥大したカバのようだ」
      • 今の基準で見ると相当かっこいいのだが、これは日本人に限ったことではなく外人から見てもかっこいいらしく、海外で一番人気のある日本重巡らしい。
      • 居住性は良かったようで、イギリス人は終戦後にこのカバをホテルシップとして使用した。
  3. ひとつ前の重巡(妙高型)が手狭で使い勝手が悪かったのと、艦隊指揮能力も付けるために艦橋を大型化した。
    • やはり大きすぎたのか、高雄と愛宕は艦橋を縮小する改装工事を行っている。
  4. 妙高とは姉妹艦以上に姉妹艦な関係
    • ネームシップ同士として同一工廠の同一船台で建造され、同じ海戦で大破し、同じ場所で終戦を迎え、ほぼ同じ地点で海没処分という奇妙な縁を持っていた
  5. 朝霜は命の恩艦

愛宕[編集]

  1. 高雄型二番艦のはずが、高雄より早く完成してしまった艦。
    • ちなみに起工日は昭和2年4月28日と高雄と全く同じ日。
  2. レイテ沖海戦時の栗田艦隊旗艦。
    • 栗田司令部「捷一号作戦では、旗艦を愛宕から指揮通信能力に優れた大和型戦艦に変更したいのですが…」連合艦隊司令部「バカもん!夜戦部隊たる第二艦隊の旗艦は伝統的に高雄型重巡だろ!旗艦の変更認めず!」で却下。愛宕は作戦序盤で沈没、おかげで以降の作戦に多大な影響を及ぼす。

摩耶[編集]

  1. シルエットが、かっこいいので有名だったらしい。
    • 途中で三番砲塔が撤去されて防空艦仕様に改造。見た目の屈強さにより拍車がかかった。
  2. 火垂るの墓の清太のお父ちゃんが乗ってたという船。
    • ジブリのアニメ映画で摩耶の原画を担当したのは、のちにエヴァンゲリオンで知られる庵野秀明。
      • 同型艦との違いを再現するべく、膨大な資料を調べたうえで一ヶ月かけて描いたが、監督指示で黒いシルエットに塗り潰されてしまい、それを観た庵野はショックを受けてしまった。
        • 黒く塗ったのは樋口真嗣の嫁であり、ジブリでハーモニー処理を担当している高屋法子。

鳥海[編集]

  1. 書類上、日本の建造した「最後の重巡洋艦」だったような。
    • これより後の最上型・利根型は艦名からも分かるように元軽巡で、その分類は終戦まで変わらなかったらしい。
  2. 姉妹艦のなかでもとりわけ内装が豪華だったとか。
    • 旗艦仕様だったからね。
      • また、居住性も良かったらしい。
      • そのためか、昭和10年度から連続五年でどこかの艦隊旗艦になってたらしい。
        • そのせいで十分な改装を施す機会がなく、そのまま戦没と言うことに。
      • 開戦後も単独運用が多かった。完勝した第一次ソロモン海戦での第八艦隊の単独旗艦でもあった。

那智[編集]

  1. 妙高型の中で一番竣工が早かった。
    • 昭和天皇即位記念の観艦式に間に合わせるために急がせたとか。
  2. 「重巡最上被害者の会」があるなら、まず含まれるであろう1艦。
  3. 第四艦隊事件では、駆逐艦初雪の漂流する艦首を主砲で葬る。その後、日本の誇る新鋭駆逐艦が波浪で船体を切断されるような構造上の欠点を抱えていることを列強に知られることは国防上の問題に関わると考えた海軍は真相を隠蔽することに決め、初雪・夕霧の損傷は両艦の「衝突」によるという発表を行った。よくよく衝突に縁の深い艦である。

最上[編集]

  1. 重巡洋艦に改装できる軽巡洋艦として設計された。
    • そのため最初は軽巡扱いだった。
  2. 書類上は最後まで軽巡だった。
  3. なぜか1番艦の最上は同士討ちや衝突が異様に多い。
    • 例ミッドウェー海戦で三隈に衝突、スリガオ海峡海戦で那智に衝突、バタビア沖海戦で陸軍の輸送船を誤射。
  4. 排水量をサバ読みしていた。
  5. 1,2番艦は船体強度に問題があったため3,4番艦は艦体構造が違う。
    • それだけでなく艦の缶数が違うためたまに3,4番艦は鈴谷型という時がある。
  6. 最初に積んでいた砲塔は大和型2隻と大淀に転用された。
  7. 最上は艦種が軽巡→重巡→航空巡洋艦と変わった。
    • 誤解がないよう補足しておくと、正式な海軍の艦種類別は除籍まで「二等巡洋艦」(いわゆる軽巡)。
  8. 砲塔が変わったことは、ミッドウェー海戦まで米軍は知らなかった。

駆逐艦[編集]

  1. 命名基準は、最初一等駆逐艦が「風」の付く名、二等が植物名だった。
    • だが数年で足りなくなる。最後には「波風」「沼風」といった語感のよろしくないものまであった。
  2. ならばと一等を奇数番号、二等を偶数番号に改訂したが乗員には不評。さらに軍縮条約が結ばれて、そこまでしなくてもよくなった。
  3. 三度目の正直で一等を気象や海象名、二等を植物名に改訂。さらに国文学者の先生に依頼して、艦名の候補を選定してもらった。
    • ただ、この先生が歌人でもあったせいか、文学的な名が多くなる(例:天霧、深雪、五月雨)。
  4. 松型以外の駆逐艦は機関系のどこかが壊れると航行不能になる欠陥があった。

特型[編集]

  1. 一言でいうと「ぼくのかんがえたさいきょうのほじょかんてい」
  2. 世界中の海軍に与えた影響はかなりのもので最終的に今まで使い捨てだった駆逐艦が現代の主力艦艇になる足がかりになった。
  3. ジパングの二話でみらいを追跡しようとしたのはたぶんこいつら。
  4. 建艦史上に名をとどめる傑作艦である一方で、第四艦隊事件で明らかになった欠陥を抱えていたことも忘れないように。何事も無理をしすぎるとひずみとなって現れるというのは現代にも通じる。

白雲[編集]

  1. とりあえず、二隻いる。
    • 白雲型のネームシップと、吹雪型の八番艦。(だったかな)
  2. この名前はなんかいやだと言う人たちもいたらしい。
    • ひらがなで表記すると、「しらくも」だから。

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  1. とりあえず、二隻いる。
    • 神風型の二十一番艦と、吹雪型の二十二番艦。(だったかな)
  2. なんだかんだと生き残り、最終的にはソ連に行った駆逐艦。
    • 現在はウラジオストク沖で魚礁になってるらしい。

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  1. 吹雪型駆逐艦、読みは「いかずち」
    • 「いかづち」でもいいらしいけど、MS-IMEでは変換できなかった。
  2. 「敵兵ことごとく救助せよ」の艦長命令の元、イギリス兵422名を救助した。
    • ちなみに同型艦の「電」も前日にイギリス兵376名を救助している。が、こちらが語られることはほとんどない。
      • 乗艦を沈められて浮遊漂泊している日本兵に、機銃掃射するアメリカの潜水艦の映像を、ヒストリーチャンネルで見た。
        • 残念ながら全く同じことを日本の潜水艦もやっている。
          • 「電」の方は救助された衛生兵曰く長時間甲板に放置したりと扱いが雑だったらしい。でもちゃんと救助した。
  3. あちこち出かけてる
    • マーシャル諸島、セレベス海、アリューシャン、ソロモン・・・。最期は、グァム近海で戦没。

吹雪[編集]

  1. 吹雪型駆逐艦1番艦。ネームシップ。
  2. 名実ともに当時世界最新鋭であり、特型駆逐艦の登場はかの戦艦ドレッドノート級にも匹敵する出来事と言われる。
  3. ワシントン軍縮条約の影響で相当無茶な設計を要求されたが見事達成
    • 結果、前級睦月型比1.5倍の重武装、従来からは考えられない外洋航行能力を得て艦隊型駆逐艦の基礎となる
    • 英国からは排水量偽装疑惑を掛かられ、米国からはリップサービスとは言え旧型と50:1で交換したいと言わしめた
    • しかしながら、コンパクトな船体に過剰な重武装を施したために、船体にはかなりの負荷がかかっており、第四艦隊事件でその欠点を露呈することになる。
  4. ロンドン軍縮条約で駆逐艦が矢鱈複雑な規制を受けたのは主に特型を初めとした大型駆逐艦台頭のせい。
  5. 当時は補助艦艇と目されていた駆逐艦にもかかわらず、艦隊の華「戦艦・長門」、「重巡洋艦・熊野」と並んでグリコのおまけ模型(今で言う金のエンゼルで貰えるおもちゃのカンヅメ)に抜擢されている。

陽炎型[編集]

雪風[編集]

  1. 最強伝説。
    • しかし僚艦からは疫病神扱いされることも。
      • 信濃が海の藻屑となる一方、その信濃の護衛だったこちらは何ともなかった。
        • それは信濃の艦長が雪風や浜風など護衛駆逐艦の艦長たちが陸に近いところを航行しないと危ないと意見しているのを退けて陸から遠いところを航行してしまったため。これで疫病神扱いされたらたまったもんじゃない。
      • そのお話はどうもデマという説が強い。
    • 同じ厄病艦としては最上も有名。しかも「運」ではなく「体当たり」で沈めた。
      • むしろ雪風の周りでは被害が比較的軽く、雪風以外が全滅した戦闘に至っては一度も無い。
  2. 戦後は中華民国海軍の丹陽となる
    • 魔改造するなw
      • 魔改造したわけではなく、駆逐艦のまま雪風の戦歴に敬意を払って旗艦となっていた。
  3. 上記の通りの疫病神呼ばわりもあるが、幸運艦としても有名。
    • 大和の最後の出撃の時、無傷で帰ってきた。(しかし一説には、糧食庫にロケット弾が被弾していたという)
      • その後、宮津湾で機雷に触れるが、爆発しなかった。その後、初霜がその機雷に触れて轟沈・・・。
      • 坊の岬では無傷ではなく中破ぐらいの損傷を負って帰還した。無傷だったのはその後宮津で沈んでしまう初霜。
    • その幸運を担保したのは、逆探知機の装備と、その後の対空レーダー、射撃レーダー、水中探信用ソナーこれらの第一号は全て雪風だったからというそうな。
      • 逆じゃね?こいつなら絶対帰ってくるからテスト目的で新型兵装のっけよう、という流れだった気がする。
      • 戦時中から乗員の練度が凄まじかった事でも知られ、準備はどの艦よりも早くダメコンは的確、探照灯で敵機撃墜などエピソードに事欠かない
    • なお幸運は丹陽になった後も健在。敵の砲撃が当たる直前に爆発して事なきを得たり、老朽化して出力が上がらなかった機関がピンチの時に急に全盛期の出力を出して危機を脱したり・・・
  4. 中華民国引渡前には復員船として活躍。延べ1万4千人を本土に復員させ、その中には水木しげる氏も居た。
  5. 最後は台風の影響で大破し曳航、そのまま台湾で解体された。結局砲撃でも魚雷でも機雷でも果ては台風さえもこの船を沈めることはできなかった。

秋雲[編集]

  1. たぶん世界で唯一敵味方問わず二隻の空母を沈めた駆逐艦。
    • 巻雲と間違えた。
  2. 南太平洋海戦の時こいつと僚艦の巻雲にホーネットの捕獲が命じられた。
    • 無論無理なので雷撃処分した。
      • なぜかこのとき秋雲の艦長がホーネットの絵を画くように指示してる。
        • 研究資料のために写真をとりたかったらしいが、薄暗くてまともな写真が取れないのでせめて絵でも。と思ったとか
  3. 最近まで陽炎型ではなく準同型艦の夕雲型だと思われていた。
    • そのためいまだに一部の本では夕雲型とされている。

野分[編集]

  1. 陽炎型の艦名リストを見てると唐突に出てくる海軍ぽくない艦名の艦
    • あまりなじみがないが台風の古称らしい
      • ちなみにこの次の船は嵐である。
  2. 実戦では台風の名に恥じぬ暴れっぷり見せる。
    • 僚艦嵐とともに数日の間に輸送船数隻と砲艦1隻、駆逐艦などを沈める。
      • ちなみにこのときの第4駆逐隊の司令は有賀幸作である。
        • さらにこの第4駆逐隊の歴史をさかのぼると日本海海戦に参加しておりそのときに戦艦数隻を撃沈した部隊である。(なおこのときの司令は鈴木貫太郎である)
    • さらに単艦米海軍の最新鋭戦艦2隻を含んだ大艦隊に補足されても損傷はしたものの横須賀まで逃げ切る。
    • その奮闘振りから「呉の雪風、佐世保の時雨」に倣って「横須賀野分」と呼んだ人も居たとか

秋月型[編集]

秋月[編集]

  1. 多分、第二次世界大戦中の最強の対空専用艦。
    • 確かに砲の性能は最強だったが、射撃指揮装置の性能などを総合するとA・M・サムナーの方が強力。
    • 「第二次世界大戦中最強」は言い過ぎ。「日本が終戦までに実用化した艦対空兵器の中で最良と言えるものを主兵装とした艦」程度が妥当。
  2. 軍令部のワガママで魚雷が積まれた。本来は軽巡並になる要求だったので、これでも妥協した方。
    • 米駆逐艦のA・M・サムナーやギアリングも魚雷つんでるぞ。しかも5連装2基。スペース的にまだ秋月の方がマシと言える。
  3. 秋月型の艦名を聞いた海軍将兵の感想は、「源氏物語みたいだねえ」と「飲み屋(もしくは置屋)の名前みたいだな」に二極化したらしい。
    • 夏月、待月、宵月が就役した時には「待合(連込み宿)の名前ばかりつけやがって」との揶揄も。
      • 秋月型に「待月」は存在しないが。
  4. 性能自体は申し分なかったのだが、一隻造るのに一年もの歳月を要するため戦時向きではなかった。
    • とは言えその一年という数字、従来の駆逐艦と比べるとかなり短い建造期間である。

冬月[編集]

  1. 今は涼月、初代柳と共に若松港の防波堤として眠っている。
  2. 運がいいんだか悪いんだか、よくわからない艦。
    • 大和特攻の時には、帰ってきた。そういう意味では運がいいのだが、レイテの時は、その作戦準備中に遠州灘で大損傷するし、戦後には、門司港内で触雷大破・・・。

涼月[編集]

  1. 本当の意味での幸運艦とはこういうものだ。
    • そりゃ、三度も艦体切断の大損傷受けながら、それでも沈まず帰ってくるんだから・・・。
  2. 大和の海上特攻に参加。ぜんぜん帰ってこないので沈んだと思われていたところへ、ひょっこり帰ってきた。
    • 乗員3名が自らを人柱としてダメコンを行ったおかげ。
      • 帰還したところでそのまま着底。まさに命を燃やして乗員を生還させた艦。
        • 実は本当なら多少は余裕があったらしいが、艦首付近に大穴が空いてて後進で帰ってきたのに佐世保に帰還した喜びのあまりついうっかり港内で前進。
          途端に浸水が広がって大慌ててでドックに押し込んだそうな。
  3. 坊ノ岬沖海戦のあと佐世保に向かっているとき飲み水がなくなりカルピスの原液をがぶ飲みして大変なことになったらしい。

その他[編集]

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  1. 雑木林と言われつつも高い生存性を持つ良艦。
  2. 準同型艦の橘型もよろしく
    • 松型から更に直線を多用した簡素な艦体デザイン、溶接の全面採用やブロック工法を採り入れるなど、極限にまで生産しやすくしている。
  3. 硫黄島への輸送作戦の帰りに運悪く米軍に捕捉されるも軽巡3駆逐艦12からなる敵艦隊を単独で足止め。お陰で第4号海防艦のみだが生き延びた。
  4. 今までの駆逐艦の防御上の問題だった機関室かタービン室に浸水すると動けなくなる欠陥を新しい機関配置で克服した。
    • がその配置はアメリカとフランスではほぼ全艦艇に使用されていた。
      • シフト配置生存性が向上するものの生産性・整備性がガタ落ちするため。
  5. 橘型の梨は、戦時中に米軍艦上機に沈められるも、戦後に浮揚・修復され、海自の護衛艦わかばとして生まれ変わったという、凄い経歴を持っている。

初春[編集]

  1. 初春型の一番艦。
  2. はつはる」であって「ういはる」ではない。読み間違えには注意を。
  3. 当初は、外観的にも斬新な艦だったそうだが、制限排水量のなかでの重武装などの問題があり、結局、改装することになったらしい。
  4. アッツ島攻略までは、駆逐艦子ノ日と同行動を取っていたらしい。

島風[編集]

  1. 日本海軍の駆逐艦の中で最高速力43ノットを誇り一度に最大15本もの魚雷を発射できる艦隊型駆逐艦の最高傑作。
    • が機関の量産性と信頼性が悪かったため計画段階では10隻以上作るはずが一隻のみに。
      • さらにその快速が原因で最後までどの駆逐隊にも配属されなかった。
  2. なぜかよくぜかましと呼ばれる。
    • 多分これの影響が大きいと思う。
      • そのキャラの救命浮き輪に書れている文字が由来だと思うが、史実では戦時体制移行後に竣工したので、艦体や備品含めて艦名が書かれたことはない。
  3. 空襲で沈んだが爆弾は一発も喰らわず機銃掃射を受けたのみだが浸水が発生最終的に機関が爆発して沈んだ。
  4. なぜかこいつが戦争で沈んだ船の慰霊碑一号だったらしい。

朝潮[編集]

  1. 艦隊型駆逐艦の完成形にして海上自衛隊の護衛艦の母
  2. ほかの駆逐艦と違い艦内電流に交流を使っていた
    • そのおかげで護衛艦の設計のベースになった。
  3. 朝潮は輸送艦との約束を果たすため戦場に残っていたため空襲にあって沈んだというカッコイイ話がある。

夕雲[編集]

  1. 陽炎型を若干大きくして早くして主砲塔の仰角を大きくした程度の船。
    • 陽炎型が計画速度の35ノットを達成できなかったので、高速性を持たせるために艦尾を50センチ延長した。
      • のちに、スクリューの形状が悪いせいで、陽炎型の速度が出ないことが判ったので、わざわざ延長しなくてもよかった。
    • 2式距離苗頭盤を搭載し、主砲の仰角が75度までとれるようになるなど、対空射撃能力が付与された。
      • ただし主砲は仰角が低く、毎回水平角に戻さないと装填できない構造だったため発射速度も遅く、その他の対空用設備に関しても、対空能力は同世代の米海軍フレッチャー級等に比べて遥かに劣っていた。
    • あとは艦橋の形が変わって後部に若干伸び、第一砲塔と前部マストがやや後ろに設置される等の違いがある。
  2. 最新鋭艦なのだがほかの船と比べると武勲艦が少ないというかパッとしない。
    • 有名な船だとホーネットを沈めた巻雲、ルンガ沖夜戦の立役者長波と高波、キングオブ駆逐艦乗りこと吉川中佐最後の船大波、最後まで残った朝霜、現在も水面上に残っている可能性のある早霜、礼号作戦唯一の戦没艦清。
  3. 秋雲はその艦名から、長いこと夕雲型とされてたが、実際は陽炎型だった。

潜水艦[編集]

  1. とにかくうるさい。ドイツ海軍が呆れるほどにうるさい。
  2. 航続距離がやたらと長い。
    • 地中海やドーバー海峡でちょろちょろするドイツ海軍に対し無補給でハワイやアメリカ西海岸までいける航続距離を要求してしまった。結果静かにするのは後回し。
      • なお日本と同じ条件のアメリカ潜水艦もドイツに言わせると同じレベルで騒音の塊だったりする。航続距離と静音性は相反するものではないはずだが、日米ともに設計の優先度でそうなったのだと思われる。
  3. 3の倍数は厄数。伊33なんてもう……。
  4. 喪失記録には、認定沈没と書いてあるのが多い。まぁ当たり前と言えば当たり前だが。
    • 単艦行動が基本であること、潜水艦の沈没はほぼ乗組員全滅とイコールなので、沈没地点・日時・状況は推測するしかない。

伊33[編集]

  1. ジンクスなんて言うものは大抵迷信や偶然で笑い飛ばせる。 この船以外は。

伊58[編集]

  1. インディアナポリスを撃沈したことで有名。
    • 艦長は戦後にGHQから呼び出しを食らって大変だったらしい。
    • 呼び出し食らった理由が「インディアナポリスの艦長が警戒を怠ったから撃沈できたと証言してほしい」ため。それに応えて曰く「あの時の航路ならどんな動きをされても撃沈できました」とのこと。
      • 要するに米軍はインディアナポリスの艦長の責任を追及したかったようだが、死後に名誉回復。
    • 原爆の部品を輸送するインディアナポリスには護衛の駆逐艦が随伴していなかったり、現在の航行位置を把握するシステムから外されていたり、撃沈後SOSを発信するも「日本海軍の罠だ」と救助に行かなかったのが原因。
    • インディアナポリスが発見されたのがきっかけでこちらも調査が始まった。
  2. しかも、トップシークレットの戦果もあるらしい。
    • アトムか?
    • 「ジョーズ」のクイント船長に鮫の恐怖を教えたこと。
  3. 映画「真夏のオリオン」に登場する伊77潜水艦のモデルとなった。
  4. 先代の伊58である伊158とは何かと縁がある。

伊400[編集]

  1. 水上機を格納してアメリカを攻撃しようとした。
    • 爆撃だけではなく疫病をまき散らそうとまでした。
    • 最初はアメリカ所有のパナマ運河を水上機で爆破して、大西洋の米英艦隊の太平洋への展開を遅らせようとしていた。
      • と思っていたら、竣工して訓練している間にドイツが降伏し、かなりの米英艦隊が太平洋へ移動してしまったので、ウルシー泊地への水上機による特攻作戦へ変更された。
        • しかも、この特攻作戦時には、上からの命令で水上機が米軍塗装にされていて、乗員から「情けない」と呆れられた。
  2. 某架空戦記の架空潜水艦のモデルとしても有名。
  3. とにかくでかい。へたな原潜よりでかい。通常動力潜水艦としてはいまだにレコードホルダー。
    • へたな原潜=フランスのリュビ級ですね。わかります。
    • とうとうと言うか、ようやくと言うか、中国の032型潜水艦が伊400のレコードを更新。 なおこの032型、実験艦の色が濃いが通常潜水艦のくせに弾道ミサイルが発射可能である。 ある意味伊400の思想と目的を最も色濃く受け継いだ現代通常潜水艦である。海上自衛隊が弾道ミサイルを持つことはまず無理なため、こちらはUAV搭載で伊400の再現をしたいところである!
  4. 抜かずに終わった伝家の宝刀。さっさと使えば、最低でも少しは米軍びびらせていたはずなのに。
    • 作戦では水上機を自爆特攻させるつもりだったんだから、むしろ使われなくてよかったよ。
  5. 潜水艦の秘匿性と航空機の航続距離を駆使して戦略目標を攻撃するというコンセプトは、現代のSSGN(巡航ミサイル潜水艦)やSSBN(弾道ミサイル潜水艦)の嚆矢とされている。
    • 実際、アメリカが初期に造っていたミサイル潜水艦は、航空機のような形をした巡航ミサイルを、甲板に備えられた発射台から発射するという、伊400の影響を受けた形態だった。
  6. 2013年、ハワイ沖の海底に沈んでいる姿が公開される。引き上げられないかなあ。
  7. 戦後、アメリカが接収して調査し終わったあと、保存せずにさっさと自沈処分したのは、敵国のソ連に存在を知られたくなかったから。
  8. 某メーカーから、木製の1/144艦船模型が売られている。デカイ。

三式潜航輸送艇(まるゆ艇)[編集]

  1. 何を間違ったか陸軍で開発された輸送専用の潜水艦。
  2. 海軍のフネとすれ違ったとき、艇長が「俺はこいつを一度やってみたかったんだ」と乗組員を整列させて登舷礼(海軍式の礼法)をやった。
    • 上司の逆鱗に触れこの艦長、左遷をくらった。
      • 同僚が意気揚々と広島の新天地へ向かうのを九州行きの列車から見守る元艦長。時は1945年8月6日午前6時である。
    • 海軍のフネも甲板に将兵が整列して答礼する。それは沖縄に向かう「大和」だったという……。
      • この後、大和の起こした大波をくらって全員ずぶ濡れというオチがつく。
  3. 一方、ドイツでは空軍士官に銃を持たせて陸戦隊を編成した。もちろん結果は惨敗。

伊一二一型(機雷潜)[編集]

  1. 呼んで名の通り、機雷を敷設する事の出来る潜水艦。しかし機雷を射出した直後に重心が前に急傾するため、すぐ後部タンクに注水しないとひっくり返る危険な代物だった。

輸送艦[編集]

  1. 輸送船は民間から強制レンタルしていたので、自前の輸送艦は少数。
    • しかも上陸艦艇は海軍より陸軍の得意分野だったり…。
  2. LST型揚陸艦も区分としては"輸送艦"。現在の海自と同じである。
    • 海兵隊と言う組織が無かったから上陸が陸海軍どっちの仕事かはっきりしていなかった・・・というのもある。
  3. 球磨型巡洋艦「大井」「北上」は本来重雷装艦という魚雷を大量にくっつけた変な軽巡だったが、戦中は魚雷発射管を何基か降ろされ、高速輸送艦として活躍した。武装を殆ど下ろして本格的に改装する計画もあったぐらい。

間宮・伊良湖[編集]

  1. 給糧艦。艦内にアイスクリームの製造室からクリーニング室まであった。
    • この艦で製造される羊羹は海軍一美味いと評判だった。
      • そのあまりの大きさから「間宮の洗濯板」との俗称が。
        • 反対に、伊良湖の方が間宮より小さいが、性能的には上だったそうな。
    • 他にコンニャク、豆腐、最中、饅頭等の製造設備も備え、しかも専門の職人が作るので味も抜群。
  2. 泊地に現れると他艦から艦載艇が殺到した艦隊のアイドル。
  3. 「明日は間宮で(兵学校同期の)クラス会」「夜食は間宮ですき焼き」
  4. 給糧艦の他に、艦隊の無線検査の役割も持っており、規定通りの通信をしていない艦には注意が行ったという。「艦隊のお母さん」は優しくも厳しいのだ。
  5. 給糧の帰り、護衛の打ち合わせ後にお土産の羊羹をカバンいっぱい渡したら、次の日には給糧艦には考えられないくらいたくさんの護衛機が飛んできたらしい。
    • 露骨に士気に影響するため、護衛が厳重だったとか。
  6. 直接戦闘に関係ない艦艇だったため、石炭炊きエンジン。
    • その代わり、石炭カスとかが降ってこないように煙突が高かったらしい。
  7. 伊良湖の竣工は、開戦3日前。(昭和16年12月5日)。駆逐艦夕雲と一緒。
    • でもその喪失は、間宮より早い・・・。(伊良湖=昭和19年9月24日、間宮=昭和19年12月20日)

一等輸送艦[編集]

  1. 第一号型というのが正式名称らしい。
  2. 便利そうなフネだが、完成が1944年以降というのが何とも…。
  3. あまり知られていないが日本海軍でブロック工法を最初に導入した船でもある。

二等輸送艦[編集]

  1. LST形式の輸送艦。
  2. 箱型なので、外洋では揺れまくって大変らしい。

陸軍特殊船[編集]

  1. ドック型揚陸艦のご先祖的存在。
  2. 船の横に舟艇を下ろす>縄梯子で兵士がえっちらおっちら移乗 という従来の面倒臭い上陸作業を一挙に解決。案外、大和以上に世界に誇れるんじゃないかと思ってみる…。
    • 飛行甲板が張ってあり直掩機を飛ばすことができるのだが、これのせいで「陸軍空母」とか言って長年馬鹿にされてきた。しかし、ヘリ時代になって強襲揚陸艦はみんなこのスタイルになったから、実は日本陸軍が30年ばかし先取りしてたことがわかった。

海防艦[編集]

  1. 平時は領海や沿岸の警備を主任務とする船。
    • そのためある程度の大きさのある船なら何でもよかったので退役寸前の旧式艦がほとんどだった。
  2. 戦中は船団護衛などに使用するため専用の艦が大量生産された。

志賀[編集]

  1. 呉市と奪い合ったここが使っていたが、みすみす解体した。
    • 解体当時の市長は陸軍士官学校出身の松井旭。何か因縁めいたものを感じる

占守[編集]

  1. 日本海軍初の本格的北方警備専用艦。
    • そのため居住性や性能はかなり良かった。
    • 当時の北方海域は、旭日旗を掲げた警備艦艇がいないと、赤い国の艦艇が漁船を拿捕して連れていってみたり、威嚇射撃をしてみたりと大騒ぎだったらしく、小ぶりでもいいので数が欲しいというのが現実だった。
  2. 三菱重工に設計から丸投げされたのでかなり無駄が多かった。
  3. こいつが登場したころはまだ海防艦は8000トンクラスの大型艦が多かったのでたった860トンのこいつは全く知られていなかった。
    • 発表した際も860トンを8600トンの誤記とされたり、軍艦なのに駆逐艦や掃海艇から欠礼されることも多かった。
    • 小さいけれど、菊花紋章の付いた立派な軍艦。艦長は海軍大佐。
  4. 割と働いていた船なのだが同型艦の4隻中3隻が無事終戦を迎えた。
  5. 3番艦の国後はキスカ撤退作戦にも参加するなどした武勲艦だった。

工作艦[編集]

明石[編集]

  1. その辺の工廠よりも高性能な機械を装備していたらしい。
  2. 曰く、こいつがいたおかげでどれだけ助かったがわからない。
  3. 開戦当初、アメリカが血眼になって探して沈めようとしていたらしい。
  4. 初代は日露戦争で活躍した巡洋艦、二代目がこの工作艦。
    • 三代目は、海洋観測艦の「あかし」になるらしい。
  5. 下記の関東亡き後、これが完成するまで、日本は、専門の工作艦不在の時代が続いてたらしい。

朝日[編集]

  1. 元戦艦。日露戦争以来の老兵を改装。
  2. 旧式な上、低速で、格好の的だったとかなんとか。

関東[編集]

  1. 元はロシアの汽船だったらしい。
  2. 日露戦争や第一次大戦で従軍して、功績が大きかったらしい。
  3. 最後は、台風により遭難し座礁、沈没。

哨戒艇[編集]

第102号[編集]

  1. 戦時中に鹵獲した駆逐艦を改造した哨戒艇。元々は米海軍の「スチュワート」だった。
    • 実はこの「スチュワート」、関東大震災が発生した際に現地で救援活動を行っており、意外と日本と縁深い船だったりする。
  2. 実は味方と協力して4日間に3隻の駆逐艦を沈めた化け物潜水艦を沈めてる。

特務艦[編集]

宗谷[編集]

  1. 数奇な運命を辿った船(海保巡視船)。商船として就役し特務艦として海軍籍に編入、戦後は引揚船を経て海上保安庁に移籍、灯台補給船、初代南極観測船となった。
    • 単に幸運の一言では言い尽くせないほどの天佑に恵まれた艦であり現存するという意味では雪風をも凌ぐ
    • 長い船歴を通じて数千人(引揚者を含めれば優に万を超える)にのぼる人々を救助し、あまたの新技術のテストヘッドとして戦後の海事技術を切り開き、日本初の南極観測船として、そしてヘリコプター母船(母艦)の礎を築き、後継船(そうや、ふじ、はるな他)に引き継いだ....という意味でも偉大な船。
  2. 現在は東京お台場「船の科学館」に展示されているが、実は現役で年数回海保の訓練にも使用され、船籍も有すためその気になれば抜錨して航行することが可能である
    • この点から旧大日本帝国海軍艦艇唯一の生き残りとされることもある

関連項目[編集]




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