大東市

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

ご当地の噂 - 世界アジア日本近畿 > 大阪北河内大東市



枚方
摂津 寝屋川 交野

守口 四條畷
門真 大東

大東市の噂[編集]

関連項目
住道駅前
  1. 野崎以北に住んでいると最寄駅は四條畷なので、アイデンティティーは四條畷に帰着してしまう(大東市民)
    • 四条畷警察(四条畷市と大東市を管轄)は大東市にある。
    • JR四条畷駅も大東市にある。
    • 四條畷学園は大東市と四條畷市にまたがってたっけ?
      • 一応所在は大東市だったかな。「学園町」っていう地名がある。
  2. 船井電機アート引越センターフレンドリーの本社がある。
    • フレンドリー本社は、建物がファミレスと一体化しているので、本社組織があるようには見えず、ただのファミレスと誤認する。
    • 最近フレンドリー本社横のファミレスが潰れたはず。
      • 現在はエディオンになっている。70年代前半はボウリング場だった。
  3. 住道駅の前を寝屋川が流れるが、堤防ではなく「壁」がある。水害が来ても、あんなモンで防げるのだろうか。
    水害を防ぐ防水扉
    • ちっちゃなころ、寝屋川があふれて床下浸水になった記憶があります('74年生まれ・当時北楠在住)。それであの「壁」と治水緑地が出来たんじゃなかったかな。
    • 「雨が降ると運休する片町線」って過去にあった話ですな。
  4. 外環以外の道が狭い。
    • 近鉄バス運転手泣かせの道多し。瓢箪山駅→四条畷駅行きはその狭さ上、遅れて当たり前。
      • 市の西端に中環も通るが。
    • 東西のメインストリートは府道8号阪奈道路、南北のメインストリートは府道21号八尾枚方線。どちらも基本片道1車線…道路事情はお察し下さい。
  5. 18年前まで下水道復旧率が50%なかった。
    • 今でもバキュームカーが走り回ってるよ
      • 三年くらい前から見なくなった。 by大東市民
    • 昔の洪水の時には寝屋川の水とともにウ○コが流れていたとか。
  6. 南郷町にオートバックス1号店がある。が、名前はなぜかセブン東大阪店。
    • 大阪市福島区の「末廣商会」は創業店。
      • 住道駅から南へ少し歩いた市道諸福中垣内線(阪奈下り線)沿いにエコリング東大阪店があるからびっくりしたが住所は東大阪市の加納だから間違いではない。
  7. 南津の辺は魔の三角地帯と恐れられている。
  8. 阪奈道路や国道170号線沿いには、バイク屋さん(用品店含む)が多いと思うが、気のせい?
    • 阪奈道路が関西有数の走り屋スポットになっていて、その辺の需要を当て込んだからだと思う。
      • 最近は警察による取締強化の効果もあってか走り屋の数はかなり少なくなってきた。
  9. 古本市場の昔のCMで、芸人のレギュラーが出てたのは、大東店で撮られた。
  10. ゴミ収集車のメロディーは、野崎参りの歌(野崎小唄)。
    • ところがどっこい、全部が全部そうではなく普通に「赤とんぼ」の所もある。
    • 深北緑地でこれが流れると、6時の合図。
  11. 大東銀行の店舗はない。
    • 大東文化大学もない。
    • 大東俊介の出身地でもない(彼は堺市出身)。
    • 大東文化教室は住道駅前にある。
    • 大東建託の本社もここにはない。
  12. 大阪府で一番無名な市町村だろう?
    • ぶっちゃけ、大阪に縁がない人から見ると、北河内・河内両エリアにある細かい市町村群は殆ど判りません。(by県民)
    • 大阪府内では羽曳野市と並ぶ存在感の薄さ。市の代表駅名が市名と異なる点も同じだし。
      • 隣のの方が知名度が高いという点も似ている。しかもその隣の市は自分の市よりも人口が少ない。
        • 無名な市町村なんか大阪府内だけでも結構あると思うが?
          • 見たってあるのは「田尻町」のような小さい町だけだぞ?ホントに大東市には何もない上に無名で(ry
  13. 北河内か中河内か微妙な地域。隣が東大阪市だし近鉄沿線とも近い。事実東大阪市との結びつきも強いし。
    • いちおう北河内に分類されるものの、京阪電車は通っていないし京阪バスよりも近鉄バスが優勢。その点でも他の北河内の市とは異なる。
      • 市民としては北河内としての認識が強い。
    • 地域区分では守口門真・大東・四條畷という4市でひとくくりにされることもよくあるが、門真・四條畷はともかく守口と大東では沿線が違うためか生活圏も全然別で結びつきも希薄なように思う。
      • 距離的にはそんなに遠くないが「縦方向」にはバスしかないしね。自転車なら遠征感覚。
      • 京阪の萱島から近鉄の八尾まで近鉄バスが運行されているが、河内を南北を縦貫する貴重な公共交通機関で、かつ大東市と門真市を直接結ぶ数少ないバス路線。
        • 大東市と門真市の境界付近では京阪バスと近鉄バスの両方が見られる。
    • 奈良に向かう阪奈道路が市内を通っているのも要因だろう。
  14. 深北緑地は「ふきたりょくち」か「ふきたりょくち」かの不毛の論争が絶えない。
    • 「深野」は「ふかの」ではなく「ふこの」と読みます。
    • そのクセ、公式サイトは「ふかきたりょくち」と書いてある。
    • 四條畷や寝屋川の人が「治水」って言ってるのを聞いたことがある。どこ?って思ったいたら深北に連れていかれてずっこけた。
  15. 何気に奈良県生駒市と隣接している。
    • 野崎の北に北条を「ほうじょう」と読む地名があるが、生駒市には「きたんじょう」と読むバス停がある。
  16. 子供が勉強しない。確か2008年の学力テストで中学の大阪府下ワースト1だった。
    • 市内にある野崎高校は普通科として府下ワーストクラスの偏差値(因みに隣の市にある四條畷高校は府下トップクラス)。
      • 大阪府の高校では珍しく女子の制服は超ミニスカ。
      • 俳優の木下ほうかの出身校。
  17. 実は市の西端に大阪市バスが通っている。但し停留所はない。
    • その市バスが一時期、住道駅まで乗り入れてたことがあったらしい。
  18. 東大阪市の略称かと思った
    • 大東諸島にある市と思っていた人もここにいます。
    • 一応東大阪市が成立する時合併の協議会には参加したようだが、布施・河内・枚岡の3市が中河内郡なのに対し大東市は北河内郡なので最終的には離脱した。
  19. 市内には関西電力東大阪変電所がある。
    • 高槻市には北大阪変電所があり、和泉市には南大阪変電所があるので、東大阪市の名前とは関係ないが。
  20. 京橋には約10分、キタには約20分で行けるのが数少ない強み。
  21. 1956年4月に市制、意外にも箕面市より8ヶ月早く市制している。
    • 東大阪市より11年も早く市制。
  22. 大阪府33市で市内の鉄道がJRしかないのはここと四條畷市だけ。だが、大阪モノレールが門真市から瓜生堂へ延長されれば大東市域を通ることに。
    • とはいえ市内に駅はできない模様。
    • 大阪市と接しているものの鉄道で大阪市内に行くには一旦東大阪市内を通る必要がある。
  23. ボウリングブームだった1971年当時、人口・可住面積の割にボウリング場が6ヶ所もあった。
  24. 新田北町・新田西町・新田境町は最寄駅が大阪市高速電気軌道長堀鶴見緑地線の門真南駅。
    • この「新田」は言うまでもなく大和川の付替えによって生じた新田開発に由来する。
      • その新田境町にコーナンラ・ムーがし尿処理場(店舗東側に縮小して存在)の所に出来たが、両店とも市内2店目である。(住道店からの建て替えでコーナンが御領にあり、その近くの三箇にディオがある。)
    • 「新田」とは付くものの鴻池新田駅まではちょっと遠い。
      • 西濃運輸の大東支店があるのはこの新田エリアであり門真市境に近い。住道駅だと河内支店(東大阪市加納)の方が近い。
  25. 秀吉という運送会社がある。

地域の噂[編集]

野崎界隈[編集]

野崎観音
  1. 野崎参り(だいたいゴールデンウィーク頃)には野崎駅から野崎観音まで露天がひしめく。
    • 美味しくて良心的な出店のおっさんは、ガラが悪い。
    • 「必ずゲームソフトが当たる!」で引くプレイステーションやスーファミの聞いたこと無い名前のカセット。
    • 最近は同時期に入場無料のプロレスイベントが開催されており、「ダイナマイト野崎」や「野崎のおっさん」といった謎の覆面レスラーが活躍している。
  2. 四條畷市と領有が争われている「飯盛山」がある。
    • 大東市民は、頂上が市内にあることを領有の根拠としている。
    • 山頂には、FM局の送信アンテナが建っている。
    • 因みに、山頂には楠木正行の像が立っている。南朝方の城が、その昔あったためであるが、どうやって運んだんや、あれ?
  3. 野崎の花屋は良心的な店が多い。
    • 野崎観音の側にあるので、墓花の値段は高く釣り上げられていてもおかしくないのだが、街なかよりちょい高い位の値段で提供してくれる。
    • 山を越えて田原台付近の霊園に墓を持っている知り合いが、時々墓参りに行くときはここで花を買うてから、飯盛山、山上口IC経由で、ハイキングを兼ねて行くといって居た。
  4. 野崎観音は北河内の歴史を語る上で無くてはならない存在。
    • よく、なにわの歴史話とかにも出てくる。
      • 京橋あたりから舟で行く人間と、歩いて行く人間とで喋ってる間に着いてもうたみたいな噺がなかったかな。
    • 市民の足たる学研都市線自体が観音参りのために出来たようなもん。
    • 大東市のマンホールにも描かれているほどのもん。
    • 千林商店街も野崎観音に向かう街道沿いにできた。
      • 京阪千林駅のすぐ京都寄りにあるガードは「野崎ガード」と呼ばれている。この野崎はもちろんここに由来。
      • 野崎街道の本筋は都島の片町から府道石切大阪線沿いに徳庵まで抜けて、住道で古堤街道と分かれるルート。千林経由のものは後にできた亜流でしか無い。
  5. 大東市立歴史民俗資料館が国道170号旧道沿いにある。
  6. 駅前商店街には貝をトッピングしたラーメンを出す店がある。
    • 醤油味はしじみ、塩味はあさり、味噌味はほたてとトッピングする貝の種類も違う。

住道界隈[編集]

JR住道駅
京阪沿線でもないのに京阪百貨店がある
  1. 住道駅は、下手な新幹線駅より地上高がある。
  2. 大阪駅のショッピングモールでギャレ大阪というのがあるが、住道駅にもさり気なくギャレ住道というのがある。
    • だが、モールとして市民のスポットとして京阪百貨店に負けてしまった。
      • 元守口市民だが、なぜあそこに京阪百貨店があるのか理解できない。特に京阪沿線でもないし。
    • ギャレ大阪は大阪駅の新駅ビル開業に合わせて閉鎖されました。
      • 閉鎖ではなく「ALBi(アルビ)大阪」に変わりました。(住道の方も「アルビ住道」に。)
  3. 住道駅近くにレンタルサイクルが存在する。産大(大阪産業大学)の学生が目当てかな。
    • 工場に派遣されるフリーター達目当てでもあるようだ。
  4. 昔の人は住道(すみのどう)を(じゅうどう)と呼んでいたらしい。もしかしたら俺の親だけか?
    • いまだに年齢が40~50代以上の人は(じゅうどう)と呼び、しばしば若者との会話に支障をきたす。
      • 噂では昔そう言ってたとか言ってないとか
        • 他地域の人は、(すみみち)と呼んでしまうらしい。
    • 大阪市東住吉区には「住道矢田」と書いて「すんじやた」と読む地名もあります。
      • 読み方こそ違えど、大東市のほうの住道と東住吉区のほうの住道は街並みがまるで異なる。
    • 通な人はジュウドウと呼ぶと親から習ったが、逆に読み方を知らないと思われそうで怖くて使えない。
    • 少年野球のチーム名がオール住道(じゅうどう)じゃなかった?
      • 野球なのに「じゅうどう」なのか。
  5. 「赤井」と言えば元ボクサーの俳優よりも、渋滞で有名な交差点を思い出す。
    • 自分の時代は、よく「赤井」の交差点がイベントの集合場所になってた。デートの待ち合わせも然り。
  6. 住道駅近くにあるオペラパークになぜか京阪百貨店ができた。別に京阪沿線でもないのに。場所もちょっと微妙。
    • かつてはダイエーがメインテナントの「ポップタウン住道」だったが、建て替えによるリニューアルでオペラパークとなった。
      • オペラパークになってからダイエーはグルメシティに格下げ。
        • ちなみに、市内にグルメシティが各駅ごとにあるが、四条畷駅にあるのは住道と同じ格下げ店で、野崎の駅西にあるのは旧サカエと店の造りが違うらしい。
  7. 住道駅の近くには何故かイズミヤが2つもある。駅前の「大東サンメイツ」にあるのが「大東店」で駅のちょっと西側にあるのが「住道店」。
    • だが駅前のやつを「住道店」だと思っている人も多いかも。by自分もそうでした
    • 「大東サンメイツ」はどことなく古めかしい。リニューアルしたオペラパークと比較すると余計にそう思う。
    • こんな近くに2つの店舗があって競合しないか?と思うが大東店は駅前なので鉄道利用客、住道店は府道21号沿いなのでクルマ利用客、と棲み分けができているらしい。
    • 住道店の方は建て替えのため一旦閉店したらしい。
      • 建て替え後は「カナートモール住道」に生まれ変わろうとする矢先にサンメイツの方(大東店)が退店に…。(サンメイツ専門店街はイズミヤ退店後も継続して営業。)

御領[編集]

  1. 菅原神社という神社がある。それなりに歴史を感じる。
  2. 街自体も結構歴史がある。大阪府が「河内を代表する水郷地帯」だということで大阪ミュージアムに「御領水路と段蔵」として登録している。
  3. そこら中に、井路があって小舟が家の軒先まで入れるようになっていたと思われる。
    • 一時期は井路も減っていたが、減らしすぎて水質が悪化したのか、一部街並みとともに復活させたところもあるとか。
      • 御領の家という改修してきれいになった江戸末期から明治初期の建物もある。
  4. 元々は深野池の西岸にある水運の街だったらしい。
    • そして、河内木綿の生産もやっていたとか。
  5. 御領三丁目の一部だけは本当に昭和の時代にタイムスリップしたような感じになる。とても同じ三丁目に工場街が広がっているとは思えない……
    • 街並みが古くて、木綿栽培で潤ったと思われる豪農の大きな屋敷と家屋が連なっていたり……
    • 井路には田舟が浮かんでいたり……

寺川界隈[編集]

  1. 高校野球で有名な大阪桐蔭高校がある。
    • 大東市民の大阪桐蔭に対する意見や評判は、賛否が極端に別れる。
      • 良い方は「文武両道を地で行ってて、最近伸びてる高校やん」という、全くもって高評価なのに対し、悪い方は「×××いっぱいやってて、あそこまで行かんほうがおかしいわ」という軽蔑感情。
      • 「どっちも正しいので、何とも言えませんなあ」というのが、傍から見た感想。
    • 大阪桐蔭高校の親玉である大阪産業大学もある。
      • キャンパス内にはかつて南海平野線で使われていた車両が保存されている。
      • 大阪産大高校はここではなく大阪市城東区にある。
  2. 中垣内の阪奈道路下り終点の横に東大阪変電所がある。
  3. はや山荘のあるところ。
    • はや山荘の前の府道701号ではテレビ和歌山を受信できる。
  4. 阪奈道路が本格的なバイパスになりだすのもここから。
    • 旧170号と阪奈道路の交叉点から奈良宝来までが阪奈道路らしい。
      • その阪奈道路沿いにイオン(マックスバリュ)が元々万代があった所にできたが、その運営は山陽マルナカでちょっと不便。
        • そのお声を反映して、2017年4月1日から山陽マルナカに店名が変わりました。
          • 2019年2月からマルナカの運営元が変わって、市内4店目のダイエーになってしまった。
  5. かつて梅田から産業大学前まで近鉄バスが直通していた。
  6. 十林寺は真宗大谷派のお寺。結構でかいし歴史もある。
    • 元々、行基菩薩が聖武天皇の勅令を受けて創建したお寺らしい。

龍間[編集]

生駒山に抱かれた龍間の里
  1. どこにあるかしらん人がほとんど。
    • 大東市民でも知っている人が少なくなる、大東市内唯一の山間部の集落。
    • 寧ろ、阪奈道路を走ってた、元走り屋とかのほうが知ってるかも知らんくらい。
      • 阪奈道路で3つしか無い信号のうちの一個があることと、よく、走り屋を取り締まるパトカーが待機してた所があるから。
      • 阪奈道路の上り線と下り線の分岐点。山上口ICで取り締ってる覆面パンダがよくここでUターンをかけている。
  2. おそらく阪奈道路がなかったら今頃は限界集落だったと思われるような所。
    • これがなけりゃ、公共交通など絶対なかったに違いない。
    • これでも、昔は古堤街道という間道の通り道だったのでそれなりに栄えていたらしい。
      • 今、大阪京橋から街道をトレースしようと思っても龍間の先、生駒山麓公園を抜けて宝山寺方面へ行くルートは阪奈カントリークラブの真ん中を突っ切るコースになっていることに加え、今は藪こぎ状態になったためトレース不可になっているし、田原へ抜けるコースも信貴生駒スカイラインと雑木林、阪奈道路に阻まれて山上口IC付近がトレース不可。
  3. 場所がいいのでゴルフ場が2件ほどある。
  4. 大産大グループのグラウンドがある。
    • 大阪桐蔭のグラウンドはやたらと金がかかっているのが見て取れるが、大産大付属のグラウンドはその点で行くと、結構手抜きなのがよく分かる。
      • 大産大付属も何気に甲子園に出たことはある。
    • 同じ学校法人なのにこの格差、流石は桐蔭さん。やることが違うと思う住民もいる。
  5. 明治の町村制以降は「四条」の一部だった。
  6. 正式な表記は「間」か「間」か混乱する。
    • 正式には龍間が正しいようですな。なので節名も変更しときます。
    • とはいえ、竜間で郵便を出しても届く。もちろん郵便番号があってればの話だが。
  7. 大阪霊園からは天候次第だが六甲山地、和泉山脈、淡路島、小豆島、四国山地(剣山?)を見える。
  8. 野崎の堂山古墳の裏手から舗装された道が龍間まで伸びていく。ところどころ大阪平野の眺めが良い。
    • この道を登りきりわかくさ龍間リハビリテーション病院の横の細い道を抜けると、右斜め前の生駒山に抱かれた龍間の里の美しい景色が眼前に広がる。(右上画像参照)



関連記事