大阪の寺院

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大阪市内[編集]

太融寺[編集]

太融寺.JPEG
  1. なんとなく、大人向けな感じがする……
    • 門を出ると広がる兎我野町のラブホ街と風俗店街。道を行く少し妖しいスーツケースのお姉さま方や、何かの送り迎えっぽい車。大人向けな街である。
    • 昼間は場所柄を感じさせないほどに静か。
  2. 実は結構歴史あり。
    • 弘法大師が、マブダチでもあった嵯峨天皇の勅願により創建した。
      • 橘逸勢が咬んでいれば、三筆所縁の寺と名乗れたのに……と思うと惜しい気がする。
    • 臣源所縁の寺。寺名の由来も役職と名前の合成。
    • なんで大→太と点が入ったかはわからない。因みに創建時には入ってなかったらしいよ。
  3. ぼけ封じの観音さんがいる。
  4. 神仏霊場巡拝の道の順番で行くと1つ前が大阪天満宮で近いのに、次が槇尾山施福寺とめっちゃ遠い。
  5. 新西国三十三箇所の第2番札所。
    • 因みに第1番札所は四天王寺だが、1番と2番の間に客番として天王寺の清水寺が入っている。

鶴満寺[編集]

鶴満寺(大阪市北区).JPEG
  • 大阪市北区
  1. 長柄にあるこじんまりとしたお寺。
    • 特になんもないように見えて実は鎌倉時代の仏像なんかもある、そこそこ由緒ある寺。
  2. 桂雀々
    • 彼の持ちネタに鶴満寺というネタがあるが、それによれば、嘗てはものすごい桜の名所やったらしい。
  3. 新西国三十三箇所の第3番札所。太融寺から歩いて15~20分くらいなので、簡単に回れる。

国分寺[編集]

国分寺(大阪市北区).JPEG
  • 大阪市北区
  1. 通称長柄国分寺。
    • 国分寺建立の詔を聖武天皇が出す以前から長柄寺という名前で存在していたと寺伝にある。
  2. 真言宗国分寺派大本山だったりする。戦後の分派だけどね。
    • 独立前は、あるときは教王護国寺の末寺となったかと思えば、あるときは東大寺や長谷寺の末寺になり、かと思えば住職同士の付き合いで山階派に入ったりと結構入れ替わりが激しかった模様。
  3. 動乱のたびに境内を縮小している。歴史のある割に結構悲惨。
    • 大阪の陣で燃えて境内縮小。
    • 明治維新の廃仏毀釈で荒れて境内縮小
    • 大阪大空襲で米軍に焼かれて、また境内縮小。
  4. 本尊阿弥陀仏は聖徳太子の作、赤不動尊は空海の作らしい。大阪大空襲で全部燃えてなくなったけど。

三津寺[編集]

三津寺境内
  1. 御堂筋に面した心斎橋の歴史ある寺。
  2. 庫裏は地上3階、地下1階建ての鉄筋コンクリート造で、外観を除けば味は1つもない。
  3. 本堂は第一回大阪府議会の議場となった。位牌堂の内装なんかは相当金が掛っているのが見て取れるが、江戸時代のものらしくいかほど行ったのかは分からんらしい。
  4. みってら~
    • まっちゃまちとかと同じ論理ですわな。
  5. 寺の本殿に祀られた赤色のびんずるさんは撫でると健康になるらしい。
    • びんずるさんは正確にはビンドラ・バラダージャとかいう仏様の一種らしい。

北御堂[編集]

  1. 正式名は本願寺津村別院。西本願寺の別院。
  2. 「御堂筋」は北御堂と後述の南御堂を結ぶことに由来する

南御堂[編集]

  1. 正式名は真宗大谷派難波別院。東本願寺の別院。
  2. 既存の建物ぶっ壊して、ホテルを作ってるらしい。

法善寺[編集]

  1. 水掛不動で知られる。
    • 多くの参拝者が水をかけるため現在は苔まみれになっている。
  2. この寺は千日念仏を行っていたため門前の街が「千日前」と呼ばれるようになった。
  3. 織田作之助が小説の舞台にしなければ全国区の名所にならなかった気がする。

四天王寺[編集]

四天王寺
  1. 日本初の官立寺院
    • でもその背景はあんまり褒められた内容ではない。要は、「アイツ殺せたら御礼に寺建てますわ。」という皇族の方の約束が実っただけ。
    • 元は、現在地とは違う場所にあった。環状線の森ノ宮駅あたり。
  2. 現存する中では世界最古の企業が起こったのはここの造営事業の賜物。
    • 数年前に一回倒産したけどね……
      • どこかの傘下に入ったんじゃなかったっけ???
    • 何気に法隆寺と同じくらい歴史が古かったりする。
  3. 施薬院や悲田院など、ビスマルクもびっくりの社会福祉事業団を展開していたらしい。
  4. 宝物館は宝物の宝庫。国宝がゴロゴロ転がっている。
  5. 五重塔とあべのハルカスが同時に写せる場所があるが、11時以降だと逆光で絶対にうまく写せない。
    新旧塔対決in天王寺
    • その五重塔は鉄筋コンクリート製。歴史的な価値はない…。
  6. 谷町筋側は三が日や祭りの時は必ずと言っていいほど混むが、裏側の上町筋側は基本的にガラガラだったりする。
  7. 自転車乗り入れが許されているみたい。いつ行っても誰かが絶対通り抜けている。
  8. 伽藍や庭園の外側は24時間365日常時無料開放されている。近隣住民は早朝のジョギングや通勤時の駅までの抜け道など、その辺の公園と同じような扱いで通りすぎて行く。
    • その伽藍なども、天王寺博覧会の頃までだったかまでは常時開門してた。防火対策などの理由で現在の通り。
  9. 大阪の中心部であることを考えたら、いくらプチ高級住宅地や言うてもうるさいはずなのだが、ここは静か。
    • 朝夕スピーカーから流れてくる寺の変な歌みたいな奴が一番やかましかったりする。
    • 周囲には学校も多い。四天王寺自身も高校を経営している。
  10. ~ワッソ
    • 韓国っぽいお祭り。(ですよね?見に行ったことはないもので)
      • 百済だか朝鮮通信使だかその辺からのいわれらしいが、言い出したのが戦後だけに、どこまで事実なのか疑わしいと思う。
  11. どやどや
  12. 天王寺の地名の由来ともなった。
  13. 1年に何度か境内で古本市が開かれている。
  14. 境内の池にはがいっぱいいる。

勝鬘院[編集]

愛染さん
  • 大阪市天王寺区
  1. 「愛染さん」として大阪では有名。
    • 毎年6月30日~7月2日には「愛染まつり」が行われる。
      • 大阪三大夏祭りの1つである。
  2. 本堂である愛染堂の愛染明王像は正月と愛染まつりの期間だけご開帳される。
    • 愛染まつりの期間中は他に大日大勝金剛尊が1年に1度だけご開帳される。
  3. 場所は四天王寺から谷町筋を挟んだ反対側。
  4. 愛染堂というと意外と見に行く人が少ないが本堂裏手の多宝塔がなかなかよろしい。
    多宝塔
    • 角度によっては後ろのマンションが背後に映ってしまうのが撮影時のネックだが、上町台地の断崖上にあるのを上手く活かすとそこそこ良いものが撮れる。
  5. 愛染堂の前の坂は愛染坂。下ってちょっと行った所にかつてあったのが愛染橋。
    • 因みにお隣にあるのが狛虎で有名な大江神社。私、神道は絶許なんですという人でもない限りはまとめて言っときなはれ。
    • また向かいにあるのが大阪府下でも有数の進学校として知られる星光学院さん。ここはカトリック系の高校だが神仏のみならず西洋の宗教まで同居するという奇妙な街がそこにはある。

円珠庵[編集]

悪縁断つ鎌八幡
  • 大阪市天王寺区
  1. 悪縁を絶つ鎌八幡。
    • 境内の大きな木の根っこに結構大きな鎌が刺さってたりする。縁絶ち祈念に訪れた人がやるんだろうけど……
  2. 真田山の山の上にある。と言ってやってもこじんまりとしていてあの辺りに詳しくない人は、迷う。
  3. あの国学者、契沖が開基。彼の墓も存在する。
  4. 境内は写真撮影禁止。縁を切りたいと願うほどの人がお越しになっている以上、生半可な気持ちでお参りなどしたらアカンし、静寂な環境を保つためには当然だわな。
    • 因みに撮影したら機材事没収らしいので悪しからず。どうしても撮りたければ外から撮ろう。

道善寺[編集]

一見何もない
  • 大阪市天王寺区
  1. 生玉さんの参道をまっすぐ谷町筋まで歩き、左へ折れてすぐの所にあるこれといってなんの特徴もないお寺。
    • むしろやや近代的な感じさえ漂ってくる、ご利益のなさそうな寺である。
  2. 実はとある吉本芸人の実家として一部で知られているのがこの寺。なお本人も公表済み。
    • 彼いわく人間の生と死を一手に引き受けているのが谷町9丁目というエリアらしい。

一心寺[編集]

  1. 浄土宗の寺だが、ほとんどどこの宗派でも受け入れる。
  2. 遺骨を10年間集めて仏像を作る骨佛寺である。
  3. 2018年9月現在、本堂は工事中である。
    • 老朽化に伴う改装工事ね。

善福寺[編集]

  1. 通称どんどろ大師。
    • どんどろには嘸かし由緒正しき由来があるのかとおもいきや、単純に土井さんって人が深く帰依していた事から「土井殿の御大師」と呼ばれ、それが訛って「どんどろ大師」になったとかいう。
  2. 元々は能勢の方にあったらしく、その頃には亥の子餅を宮中に収める際の祈祷を担う寺院だったとかいう話もあるが、それならなぜ市内へ移ってきたのか……
  3. 浄瑠璃『傾城阿波の鳴門』の舞台らしい。こんな小さい寺院でも、歴史は古いのである。

大応寺[編集]

  1. 木村兼葭堂の墓がある。
  2. 森川竹窓の墓もある。

心眼寺[編集]

  1. 真田丸跡地にある真田幸村・大助父子の菩提を弔う寺。
    • 1622年(元和8年)に真田家の先祖海野氏の助力で建立された。
  2. 山門の門扉に六文銭が刻まれている。
  3. 反幕府の人の英雄真田幸村を弔う寺だが、何故か幕末の京都見廻組の志士(佐幕派)も葬られている。
  4. 寺の前の坂の名前にもなっている。(心眼寺坂)

興徳寺[編集]

  1. 行基菩薩開基の寺院。
  2. 山門以外は全部大阪大空襲で燃えたため、戦後の再建物。でも山門は江戸期からの物で、歴史を感じさせる。
    • その山門には今も焼夷弾の跡が残っている。こういった痕跡の数々が、歴史の生き証人のようであるように思える。
  3. 平成の初めころか昭和の終わり頃に、やたら馬鹿でかい准低観音像が建てられた。軽く10mは超えていると思うが、バブルの生き証人感半端じゃない。

実相寺[編集]

  1. 當麻曼荼羅の模写の中でも特にレベルが高いとされる曼荼羅を持っている。
    • 模写が行われたのは鎌倉時代とか。
  2. 住友政友の墓がある。

誓願寺[編集]

  1. 寺の歴史は焼失と再建の繰返し。
    • 1580年(天正8年)無宅天牛上人により創建されるも、大坂夏の陣の戦火ですべての堂宇を焼失する。その間たった30年余り。
      • 元禄の頃に、再建されたとか。
    • 大阪大空襲で再び伽藍の大半を焼失。今の本堂は1964年(昭和39年)の再建物。
  2. 井原西鶴の墓がある。
  3. 慈覚大師円仁作と伝わる本尊阿弥陀仏像がある。
    • あくまで慈覚大師円仁作というのは寺伝なので、本当かどうかは不明。

圓通寺[編集]

  1. 摂津名所図会などを描いた丹羽桃渓の墓がある。
  2. 1598年(慶長3年)3月に伝誉牛澤上人が開基となって創建された。
  3. 寺の建造物は庫裏以外、すべて江戸中期に作られた歴史的価値のあるもの。
  4. 境内に池がある。その中に二重塔がある。
  5. 本尊阿弥陀仏像の下地の漆地が美しい。
    • 源信作らしい。

増福寺[編集]

  1. 昔から檀家に本屋が多いらしい。
  2. 1602年(慶長7年)、良誉冥託上人が開基となり創建。
    • ただし、本堂は1768年(明和5年)に焼失しており、今あるものは1773年(安永2年)の再建物。それでも十分歴史的価値はあるだろう。
    • 山門は、創建当時の建造物。幾多もの焼失の危機を乗り越えている。
  3. 薄田兼相の墓がある。

大乗坊[編集]

  1. 大阪七福神の1つで、毘沙門天が祀られている。
    • 本尊はかつて60年に1回だけ公開されていたが、今は年2回(5月と11月の第2日曜日)公開が行われている。
  2. 日本橋のオタク街のど真ん中にある。

大念佛寺[編集]

  1. 平野のでっかい寺。寺内町を作っていた。

大日寺[編集]

  1. 弘仁年間創建の由緒あるお寺。
    • 但し今は隣接する八劔神社の影に隠れている感が半端ない。
  2. 通りがかった弘法さんが、難産に苦しむ地元の婦人を見て、その難産を取り除くために大日如来を彫ったのだが、それを祀って今に至る。
    • 今でも御本尊として崇め奉られているとか何とか。なので、「子安の大日さん」と呼ばれているらしい。そんな話聞いたことあらへんけどな。
    • 因みに、この話は摂陽群談にも出ているそうな。こういうたぐいの話に関しては結構網羅的やね。
  3. 鎌倉時代の宝篋印塔なども在るようで、隠れた古寺といった所か。
  4. 実は、太閤さんの命令で、大阪城の鬼門封じも任ぜられていたらしい。こういう寺社は大阪じゅうにあるけど任命しとったんやな。

北摂[編集]

勝尾寺[編集]

  1. 東海自然歩道から行くとタダで入山できる。
  2. 秋口の紅葉が一番見ものな気がするが春先の桜もなかなか。
    • 箕面の滝とともにどうぞ。
  3. 噴水とかあってあんまり古刹なイメージがない。入口の所の建物も。
  4. 読み方は「かつおうじ」が正しい。でも「かつおじ」でも通じる。
  5. 「勝運だるま」で有名。

総持寺[編集]

総持寺
  1. 阪急とJRの両総持寺駅の駅名の由来になった寺。
  2. 本尊は千手観音菩薩だが、亀の上に載った姿が特徴。
    • 御開帳は年1度、4月の1週間くらいのみ行われる。
    • 平安時代に作られたが、江戸時代に火災に遭ったため、下半身が黒焦げになっている。
    • それ以外の時は前立本尊を拝むことになる。
  3. 境内は案外狭い。
  4. 横浜市鶴見区にある同名の寺とは特に関係はない。
    • 向こうは曹洞宗なのに対しこちらは真言宗。
    • というか、「総持寺」を名乗る寺は全国に100ヶ所以上あるらしい。東京の西新井大師も寺の名前は「総持寺」。

久安寺[編集]

池に浮かんだあじさいの花
  1. 池田市北部の山間部にある、真言宗高野山派の寺院。
    • そのため境内には壇上伽藍もある。
    • そのため交通アクセスがやや悪いのが玉にキズ。
      • 阪急池田駅から阪急バスに乗ることになるが、1時間に2本しかない。
  2. 「花の寺」としても有名。
    • 6月のあじさいや秋の紅葉は美しい。
      • 特に池の水に浮かんだあじさいは見もの。しかも検札所の前の無料エリアにある。
  3. 本尊は秘仏だとか。
    • 本堂の隣には西国三十三箇所の仏像が置かれている場所がある。

河内[編集]

成田山明王院[編集]

  1. 成田山の別院だが、交通安全祈願でも知られる。クルマに乗ったまま ご祈祷を受けるってのは あまりないかも。(←ドライブスルー?)
    • 京阪神では、成田山のお守りステッカーを貼った車を、よく見かける。
    • 「車に乗ったまま」というより「車ごと」のご祈祷ってことですね。
  2. 節分の豆撒きで毎年、BK制作の朝ドラの出演者が登場する。
    • そろそろ、地元寝屋川出身の力士、豪栄道にも参加してほしい。
  3. 元々ここに、京阪が、野球場だったかテーマパークだか作ろうとして失敗したあとが、これになったんだっけ???
    • たしかそんな話だったと思う。そんでもって春の高校野球をここでやる計画だったらしい。実現してたら阪神は開幕戦を甲子園でやることができたのにね……
      • 京阪が球場を作ろうとしたのはここではなく寝屋川市駅からちょっと香里園方向に向かった所。かつてここに豊野駅があった。今でも寝屋川グランドがあったことを示す石碑があるらしい。
    • ここが大阪都心から見たら鬼門の方角だったため、京阪が成田山の別院を誘致したらしい。
    • そのためか京阪電車の車内にはここの御札が付いている。
  4. 最寄駅は京阪香里園駅だが、バスに乗り継ぐ必要がある。
    • とは言っても歩いて行けない距離ではない。歩いて行った場合駅とここのほぼ真ん中あたりに友呂岐神社もある。
    • 正月や節分にはバスが臨時増発される。

慈眼寺[編集]

本堂
  1. 通称野崎観音
  2. 飯盛山のすぐ下にある。本殿の裏からハイキングができる。
  3. 毎年5月上旬の「野崎参り」は有名。
  4. 天平勝宝年間にインドからはるばる来日した婆羅門僧正が、野崎は鹿野苑に似ていると言ったらしい。
    • それを真に受けた行基菩薩がお寺を開いたのが野崎観音の始まり。
  5. 中興の祖は今風に言えば十三のソープ嬢。
    • 平安期、荒廃していたこの寺を、江口で遊女をやっていた江口長者が中興の祖となり再建したとか。

顕証寺[編集]

  1. 聖徳太子が創建したらしい。けれどもそんな雰囲気は一つもない。
  2. 昔は堀が2重にあるそこそこ大きい寺内町を持っていたらしい。
  3. 道頓堀の名前の由来ともなった安井道頓の一族が支配していたらしい。

大信寺[編集]

  • 八尾市
  1. 通称八尾御坊。八尾の街の生みの親。
    • 本当は八尾の街は寺内町だったのだが、今の雰囲気を見る限りでは、そんな感じは全くしない。
  2. 実は久宝寺からの分離独立運動の賜物だったりする。
    • 本願寺門徒お得意の東西対立の結果だが……
  3. 久宝寺に比べて建物が真新しい。木造の古めかしい感じを期待していく側からすると、ぶっちゃけあの鉄筋コンクリートはチープ。

葛井寺[編集]

  1. 年末になると大根が振る舞われる。結構旨く炊いてある。
  2. 上に書いてある通り、市名とは漢字表記が異なる。
    • そもそも「井寺」で「ふじいでら」とは読めないからなあ…

道明寺[編集]

  • 藤井寺市
  1. ご飯の粒々が残っている方の桜餅。
    • 関西では桜餅としか呼ばないが、関東などでは桜色の餅を丸めて餡を巻いたやつが桜餅(関西などでは)で、こっちは道明寺餅とか呼ぶんだってさ。関東の方のは関西では長命寺餅と呼ぶ、らしい。

西琳寺[編集]

  1. 古市の古寺その1。
  2. 飛鳥時代に創建された古い寺院。
    • 古代には河内でもかなりの大きさを誇る大寺院だったらしい。
    • 令和の今は、そんな雰囲気を感じさせない、街のちょっと歴史あるお寺という感じの寺院になっている。
  3. 西琳寺文永注記という1200年代後半に編纂された古文書がある。
    • これによると応神天皇の御代に百済から渡来した王仁氏の子孫、西文氏の人がこの寺を建立したとか。
      • 建立に合わせて阿弥陀仏の像を造立したとか。もちろん今は残っとらん。
  4. 過去何度か発掘調査がなされており、それによると東に塔を持ち、西に金堂を配置する法起寺式の伽藍配置がなされていた大寺院やったんちゃうかと考えられとるらしい。
    • 境内に残る塔の心礎は、かなりの大きさらしく、でっかい塔だったんだろうと推察されている。

真蓮寺[編集]

  • 羽曳野市
  1. 古市の古寺その2。
  2. 浄土真宗本願寺派の寺。
    • 割と古い歴史が有り、平安時代には真言宗の寺であったことが記録として残っているとか。
      • 真言宗寺院だった頃は蓮華台寺という寺だったらしい。
  3. 1238年(暦仁元年)に見真大師が来訪し、浄土真宗に改修させる。
    • 以後、当時は戦国の終わりまで河内一帯の一向宗門徒の基地として栄えたらしい。
  4. 明治初期には、古い手で一番立派な寺院だったこともあって古市郡役所としても使われたんだとか。

西念寺[編集]

  • 羽曳野市
  1. 古市の古寺その3。
  2. 寺自体の創建は宝治年間(鎌倉時代)。
    • 創建から令和の今に至るまで浄土真宗の寺院。
      • でも南北朝の争乱で焼失して一度なくなったんですけどね……
  3. 古市高屋城の城主でもあった畠山持国が家老に命じて再建した。
    • 以降、この寺の住職はその家老(斎藤山城守という人らしい)の末裔が、代々つとめていたとか。
  4. 現在の本堂である八間四面の大堂は結構立派。
    • 1758年(宝暦8年)に再建されたものだとか。
  5. 寺自体の創建は鎌倉時代だが、昔、この寺にあった池は神亀年間(飛鳥時代)まで遡る歴史がある。
    • 池の中に居た亀の甲羅に「天平貴平・知百年」という文字が書かれていたから、天平に改元されたとか。

大黒寺[編集]

  • 羽曳野市
  1. 七福神の石像がある。
  2. 大黒にあるから大黒寺なのか、大黒寺があるから大黒なのか、どっちなんや?

叡福寺[編集]

  1. 聖徳太子永眠中。
  2. 3つに分かれた竹がうんたらかんたら……
    • の伝説の竹が今もあるんだっけ……

弘川寺[編集]

  1. 西行終焉の地。
  2. 枯山水と桜がナイス。

観心寺[編集]

  1. 仏堂みたいな塔がある。三重塔の一段目だけ造って、後は放置プレイらしい。
    • そりゃ、湊川で勝ったら、残り作りますだっけか。それで負けたんだから、そりゃそうだろう。
  2. 南朝所縁の寺院。楠木正成が馬に乗っている像がある。
    • 楠木正成ってあの辺の山々を根城にして山岳ゲリラをやってたわけだから、馬に乗ってってのは無理なような気がする……
  3. 河内長野の山奥のサントー線沿いにあるんだが、こんな所に国宝が3点もある。ありえへん。
  4. 大阪府内にある木造建築で最古の建物があるらしい。

金剛寺[編集]

  • 河内長野市
  1. 滝畑ダムから下って行って、旧外環にぶちあたった所にある寺。女人高野の一つらしい。
  2. 南朝北朝双方の行在所になった過去あり。楠木正成のお膝元にあるにも関わらず、北朝の行在所やっとんのかい!
  3. 金堂にある3つの仏像は運慶さん作。歴史あるのが分かる。
    • 違う。快慶の高弟で、事実上の後継者・行快の作。近年、金剛寺をはじめ作品が次々と「発見」され、評価が上がりそうな仏師の一人。
    • なお、そのうちの降三世明王は、奈良国立博物館の仏像館にしばらく出張中。
  4. 紅葉の名所。夕日に映える紅葉が美しい。
  5. 寺で酒を造っている。
    • 天野酒と呼ばれるこの酒は豊臣秀吉も認めたというほどの味らしい。飲んだことはないので分からんが。
  6. 美術マニア的には、「日月山水図屏風」で有名。
    • 今は重要文化財。いつ国宝になってもおかしくない逸品だが、制作時期など謎が多すぎて二の足を踏んでるのだろう。
    • 5月5日と、11月3日のみ公開。まあ、注意してれば数年に一度は、展覧会に貸し出されているが。

泉州[編集]

願泉寺[編集]

  1. 寺内町・貝塚の中心となったお寺。
  2. 住職は代々卜半斎を名乗る。地元ではこのお寺を「ぼっかんさん」と呼び親しまれていた。
    • 平島公方にも一応関係があるらしい。
  3. 本願寺が織田信長と講和して石山本願寺を撤退、紀伊に行った後にこの寺に来ている。
    • そんときの住職・卜半斎了珍さんは根来寺の出身である。あれ?本願寺とこの願泉寺が浄土真宗、根来寺は新義真言宗…
  4. 卜半斎了珍さん、徳川家康とも仲が良かったらしい。大阪夏の陣の折、豊臣方が紀州浅野氏を攻めに行ったときには大阪方を接待し、大野某ら後続部隊を酔い潰して戦に遅延させるという働きを見せる。
  5. そんなことで徳川家からも信頼され、貝塚の自治を認められる(市全域じゃなくて当時の寺内町のあたりね、念のため)。
    • 自治が認められたから町内には遊郭もあったそうで。

水間寺[編集]

水間寺
  • 貝塚市
  1. 泉南地方でもっとも有名なお寺、といって良いのではないだろうか。
  2. 名前の通り水の間(川の合流地点)にある。
  3. 三重塔が有名、というほどではないが、一応シンボル。
  4. 江戸時代は金貸しもやっていたらしい。ちっとも返しに来なかった若者が数十年後に馬にいっぱいの銭を積んで返しにやってきた、みたいな美談がある。
  5. ここに詣でるための電車が水間鉄道。水間駅はお寺っぽい感じの建物になっている。
    • 今は水間観音駅に駅名改称されました。

七宝瀧寺[編集]

  1. 犬鳴山の山深いエリアにある。犬鳴山温泉と一緒にどうぞ。
  2. 役行者の修行の地。吉野大峰よりも6年ほど早い開山。
    • まあ、大峰に比べたらラクやろからなあ。
  3. 渓谷の小滝と紅葉が美しい。そんな小滝で滝行やってる人が結構多い。
    • また行場もある。こっちは相当険しい箇所もあり、生半可な覚悟できたらアカン。
  4. 義犬伝説というそこそこ泣ける話がある。犬鳴山の由来はそれ。

家原寺[編集]

受験シーズンには本堂がハンカチで埋め尽くされる
  1. 「えばらじ」と読む。
  2. 合格祈願で有名だが、ハンカチを本堂に貼り付けて祈願することで知られている。受験シーズンには本堂の壁や柱がハンカチで埋め尽くされるとか。
  3. 行基が誕生した場所らしい。
  4. かつては拝観無料だったが、現在は拝観料200円が必要。
    • とは言え検札所があるわけではなく、寺の入口に賽銭箱が置かれているだけ。

施福寺[編集]

  • 和泉市
  1. 通称は槇尾寺(まきのおでら)
  2. 西国三十三所第4番札所。泉州では唯一の西国三十三所の札所。



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