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大阪市/住吉区

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ご当地の噂 - 世界アジア日本近畿大阪大阪市住吉区

大阪市・住吉区
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街の噂[編集]

住吉区の噂[編集]

住吉大社近くにある「大坂」と書かれたビル
  1. 大阪で初詣客最大の寺社、住吉大社がある。
    • 区名の由来にもなったものの、実際には区の西端近くにある。元々は住之江区も含んでいたが。
  2. 実は住吉と住之江は同義語。
    • 昔住吉区から分離してできたのが、住之江区。住之江区立の小、中学校は昔は住吉区立である。
    • 粉浜の団地も住之江になってもうた。
      • 粉浜は住吉区と住之江区で分断され、帝塚山は住吉区と阿倍野区で分断されてしまった。もっとも浅香と遠里小野なんか大阪市と堺市に分断されてしまっているけど。
  3. 高級住宅地・帝塚山がある。
    • かつて高級住宅地として開発された名残があるのみ。
  4. 大阪市営バス住吉営業所がある。
  5. 東京にも住吉が、そんでもって神奈川には元住吉がある。そこらへんの住民にとっては紛らわしい。
    • もっと近い神戸にもある。現実的にはコッチと間違える事が多々ある。
    • まぁ「住吉さん」は海の神さんで、港町漁師町には住吉神社が結構ありますから、あちこちで地名になるのも当然(漁船で「住吉丸」ってのもおおいでしょ)。でも本家本元はここ、と思ってますが。
      • 伊勢神宮みたいに遷宮して移動してきたという説もあるにはある。
  6. 大阪一、美容院が多い。隣同士で店舗を構えているのもザラ。多すぎてどこに行っていいのかパニックになり、結局値段が一番安いとこに落ち着く。
    • 美容院の多さは全国で2位。ちなみに1位は東京・代官山。
    • 因みに、住吉区の中で特に「我孫子前」方面が多い気がする。
  7. とにかくガラが悪い。ひったくりも多い。
    • そうでもない。ただ長居・あびこ周辺は確かにちょっとアレ
      • 犯罪件数が西成区の倍近いけどね。
  8. 深夜の1時頃でも集団で騒いでいる中学生の男女グループが多い(特にあびんこ商店街周辺)
    • 確かに言えている。そういう迷惑を考えない馬鹿は住吉から消えろ!
    • ほんまや。「住吉」が「住凶」に変わってまうがな。
  9. 大阪市内でも特に高齢化が進行している住吉区。区内の公営住宅は年寄りだらけ。建物の築年数の高さと住民の年齢の高さが比例している。
    • それでも東京・巣鴨に比べれば遥かにまし
    • そのためかデイサーヴィスなど、老人介護福祉施設の利用者争奪戦激戦区らしい。
  10. 今からは想像もつかないが、かつてはここがシルクロードの日本の玄関口だったらしい。
    • 遣唐使船もこの辺りから大陸に向けて出発していた。
      • 港は住吉大社の南側辺りにあったらしい。(今の阪堺電車細井川駅付近)
      • 住吉公園の26号側にある高灯籠も昔は海からの目印だった、って聞いた気がする。それが江戸時代なのかいつの話なのかわからんが、海岸線はそれからどんどん遠くへ行ってしまった。
  11. 住吉大社駅(南海)と住吉公園駅(阪堺)の位置関係が変。本来住吉公園(これは住之江区になる)が西、住吉大社が東なのだが実は住吉公園駅の方が東にある。
    • これは元々、住吉公園駅の駅舎が南海本線の駅舎であり、その当時は南海本線の駅名が住吉公園駅だった名残。阪堺線と同じ駅名だと紛らわしいし、住吉大社を駅名にした方が遠方からの初詣客にも分かりやすいので、高架化に伴って駅名を変更した経緯がある。
  12. 何気に英会話のECC発祥の地でもある。
  13. 住吉大社の陰に隠れがちだが、オリックス→日本ハムに移籍した大引啓次選手の実家の神社がある。
  14. かつて住吉郡という郡だった。
  15. 阪堺線の住吉電停から少し北に行った所に壁面に「大坂」と大きく書かれたビルがある。阪堺線(上町線でない方)に乗っていても見える。
    • 「住吉警察署の向かい」と表現した方がわかりやすい。
  16. 元グラドルの女優・山崎真実の出身地。
  17. 市域西部ではないが、郵便番号は550番台の「558」。
    • ついでに言うと、北隣の阿倍野区は「545」。

住吉大社[編集]

住吉大社
初辰まいりでいただける招福猫
  1. おとんが昭和51年初詣で、たこやき5百円やったゆうとった。
    • そのときは、午前0時少し前に参拝客が押し合ったので、先頭の柵が倒れ、参拝客が転んだ。
    • 露店のたこやきなんてほかでも大体そんな値段でしょ?
    • 昭和40年代後半の頃は、常設の露店のたこやきの価格は4個20円だった。
  2. この界隈、夜になると異常に暗い。
  3. 太鼓橋 妙に傾斜が急でうっかり滑ったことがある。
    • 昔は滑り止めの横方向の木がなく、もっと怖かったらしい。
      • しかも、中央の付近に穴が開いていたらしい。
  4. 正月になると、粉浜商店街方面から参拝客が来て、信じれんくらい道が人で混む。
    • 初詣の時は26号線浜口交差点あたりから誘導の警備員がいた。歩道で誘導してたけど車用?
  5. 神ノ木から下ったほうが楽に参拝でける。
  6. 南海住吉大社駅には正月3ヶ日しか営業しない「幻の?コンコース」がある。
  7. キタから直通で来れないのが不便
    • 大阪を代表する観光地ではあるが、なぜか地下鉄の駅が近くにない。
      • 作ろうとしたことはあるらしい。というのは、阪堺線を廃止して谷町線延伸という感じで。しかし、当時の地元が反対して頓挫・・・。
        • 谷町線は平野に行ってしまった…。お陰で阪堺線ではなく平野線が廃止に。
      • 当面はなにわ筋線に期待しましょう。
    • 正月は四つ橋線・玉出駅に「住吉大社方面→」という張り紙がされている。約1キロなので運動がてら歩いてみるのも良いよ。
      • 1.6kmくらいありますが…
        • 住吉公園か粉浜商店街抜けて歩いたらええがな。夜間以外やったら悪ないやろ。さすがに夜中は寒すぎるけど……
    • 大阪市バス62系統だったら大阪駅前から住吉車庫前まで乗り換え無しで行けるが、住吉大社からはかなり東に離れている。
  8. この神社の境内に置かれている賽銭箱はなぜか金属製のものが多い。
    • それだけ賽銭泥棒の被害が多かったんじゃないかね?
  9. 正式には住吉大社なのだが、鳥居にはなぜか「住吉神社」と書かれている。
    • 戦前の社号は「住吉神社」。鳥居にある神額は、戦前に造られたものを今も使っている。
  10. 元日参拝の狙い目は日の出後から午前中。意外と空いている。午後からまた混み出す。
  11. 上記の住吉公園の26号側の高灯籠も勿論 住吉大社の参道だったためにあるもの。結構でかい。
  12. 南海高野線の住吉東も結構近い。が、裏口方向からの神社に入ることになってしまう。
  13. ここの神様はもともと大阪湾で進みゆく船を沈めては遊んでいたことで有名。結構悪質な遊びである。
    • 大量の幣を海に供えて難を逃れたとあるおネエ系の方は、それをわざわざ『楫取りの心は神の御心』と乗っていた船の船長ともども糞味噌にこき下ろしたことで有名。
  14. プロ野球・オリックスの選手や関係者がシーズン前に必勝祈願するのがココ。
  15. 境内の奥には初辰まいりで知られる楠珺社(なんくんしゃ)がある。
    • 初辰の日には招福猫(小猫)が1体500円でいただけるが、4年間毎月通って48体集めると中猫1体と交換、さらに中猫2体と小猫48体を集めるとようやく大猫1体が貰える。
      • だがそれを実現するには最低でも24年かかる上、費用もかなりかかる。
  16. 御旅所の宿院頓宮は、大鳥大社と共用している。
    • 頓宮自体は住吉さんの持ち物だけど、夏の渡御祭では大鳥さんから先に使わしてあげている。

帝塚山[編集]

路面電車も通っている
  1. 大阪府でのブランドネームは絶大でここに住んでいると言うと皆に一目おかれる(ここに匹敵する住宅地は府内では0)
    • それは昔の話。今はそんなことはない。住んでいるとこは帝塚山って言うと、「あ~、昔はあそこら辺はよかったよねぇ~」と言われること多々。
    • 大阪市には高級住宅街のバロメーターである第一種低層住居専用地域がない。
      • 帝塚山は第二種中高層住居地域。第一種じゃないのが情けない。
      • 「ない」じゃなくて、「なくなった」の。相続税対策で泣く泣く売らざるを得なかった人が沢山いる。しかもそのあとにできるのは安っぽいマンションだったりする。他所の高級とか言われているところもいずれはこうなるよ。他所を情けないという前に、これを他山の石とすべきだと思うが。
    • 箕面豊中は?
    • 最上段を書き込んだ方は住吉区ではなく阿倍野区の方の帝塚山と混同してしまっているのでは(それなら納得)
      • あの辺は団地と建売だらけです。
  2. わいのおとんが、昭和50年ころでも、普通の家多かったゆうてるでぇ、万代池の府女、外短近くにあったらしい。
  3. 一運寺・大海神社界隈は道が狭い、車で進入すると、塀にドアミラーが当たる。
  4. 帝塚山4丁目界隈は下町ぽい。
  5. 住吉育ちやけど、高級ちゅうより、庶民的な下町感覚やおもてる。
    • 昔からのおしとやかな資産家というより、趣味の悪い成金が多い気がする。
  6. 古い大きい家は姫松界隈ちゃうやろか。ちん電やと天王寺まで時間がかかる。
  7. その万代池のほとりの家に、おこたえしますの田中佐和さんがいたはった。
    • 関西外国語短大時代、彼女のおかあはんがお掃除したはった。
    • 当時の大阪府立女子大の校舎窓からショパンワルツ嬰ハ短調が聞こえてきた。
    • 「万代」は「まんだい」「ばんだい」双方の読み方があるが、どうもスーパーの影響で「まんだい」と読んでしまいがち。
  8. 確かに帝塚山を歩いていると大きな家が多く、高級住宅地という雰囲気はするが芦屋などと比べると大したことはない。少し離れるとスーパー玉出もある。
    • それは場所にもよると思う。北畠なら芦屋にあっても自然に馴染む位に大きい家も多いですし帝塚山や帝塚山中でも大きい家なら芦屋の家より大きい家もあります。むしろ芦屋も南北で格差が大きいから他の街の事を言えないのでは。
    • スーパー玉出というのはスーパーというよりパチンコ屋な外観・内装の ガラの良くない安っぽい 格安なスーパーです。
    • 相続税で泣く泣く手放したモノとかあるから・・・「今は小学校だけど昔は大邸宅」とかあるしね。
  9. 阿倍野区の帝塚山(エリア)へ行ってみると分かり易いが(ここからは主観的)北畠から帝塚山にかけてはかなり高級感があるが帝塚山から帝塚山中にかけては(場所にもよるが)高級感が薄いのに気付かされる
  10. 明治まで原野だった。
  11. コンビニ急成長期に出来、大通りに面し、競合相手も居ないファミマがつぶれた。
  12. 帝塚山大学はここではなく奈良市にある。
    • 奈良にも帝塚山と言う地名があるから。
    • でももともとはこちらにあった。
    • 帝塚山学院大学も違う。
  13. 岡田武史が育った場所でもある。
    • ラサール石井も。兄がここでうどん屋を経営しているらしい。
  14. 実は正真正銘の「山」である。
    • 正確には「山」というより「古墳」なのだが、大阪市内の「山」を語る場合天保山などとともに取り上げられることが多い。
      • もっとも天保山も人工の山であるが。
      • 史跡に指定されてるので中には入れないものの、ちゃんと三角点もあるらしい。
        • 管理しているのは帝塚山学院。なのでそこの児童・生徒がたまに授業で入ってます。

我孫子[編集]

大阪市立大学
かつて地下鉄の車庫があったことを示すモニュメント
  1. 杉本には、昭和3年に全国で最初の市立商科大学として開設された大阪市立大学がある。
    • 市大周辺は他と比べて治安が良いと思う
      • 杉本町は住宅街だからね。JR沿線は静かで安全、御堂筋沿線が賑やかでガラが悪いと言う感じか。
    • 杉本町駅近辺には飯屋が多いがほぼ学生向け。駅出口を東側(大学側)に作ると言う計画もあったが、駅前の商店街の反対で中止になったそうな(学生マネーが入らなくなるから)
      • でも開かずの踏切が問題になり、東側にも改札口を新設することが決まりました。
        • 平成23年6月から、東口改札建設工事(の関連工事)が始まりました。
        • 平成24年3月11日供用開始。ただし、改札を抜けなければ東西の通り抜けはできないので、開かずの踏切問題は依然未解決。
  2. 「依羅」と書いて「よさみ」と読ませるこの根性。
    • 「依羅吾彦(よさみのあびこ)」という地元豪族から来ているという説もあるからね。
  3. 常磐線と同じ「我孫子」(ただしひらがなで「あびこ」)という名前の駅がある(大阪市高速電気軌道御堂筋線)。さらに、JR-W阪和線には「我孫子町」、南海高野線には「我孫子前」とあるので千葉県の「我孫子」からクレームが来ないか心配だ。。。
    • チンチン電車の「我孫子道」もお忘れなく。
      • 本来の我孫子とはかなり離れているが、恐らくあびこ観音への道がある、という意味があるんだろうな。南海高野線の我孫子前駅も。
    • でも橋の名前は「吾彦大橋」
    • 因みに大阪の我孫子のイントネーションは「びこ」で、千葉の方は「あび」。
      • 「あこ」じゃないか?「びこ」は地下鉄の英語放送の発音だよ。
  4. 地下鉄我孫子駅の近くには「苅田」と言う地名があるが読み方は「かりた」。これが福岡県では「かんだ」と読む。
  5. 我孫子というと我孫子と名前のつくエリアのみを指すと思っている部外者も多いが、元はといえば依羅村一体(但し途中で分離した長居村は除く)を指す広域的な地名だった。今でもそういう感覚で使う人が地元を中心に多い。
    • これに従えば、苅田、庭井、杉本、浅香(大阪市内)、山之内など、なかなかの範囲になる。
      • 「浅香」は大和川の対岸にあたる堺市側にもあるが、江戸時代に大和川が現在の流路に付け替えられるまでは1つの村だった。遠里小野もそう。
      • JR浅香駅と南海浅香山駅はどちらも堺市側にある。
  6. 我孫子といえばあびこ観音。
    • 推古天皇の御代に聖徳太子が御寺を建てたのが、なんだかんだで今でも残っているというのが、この寺である。
    • やたらとジジババの信仰が篤く2月の節分の時の御法要には大阪南部を中心に幅広いエリアから数多の人がやってくる。そのため、この日だけ住吉区の昼間人口がいつもの倍になるとかいう噂。でもその大半が年寄りなので、消費行動以外には使えないという統計があるらしい。
  7. 庭井の大依羅神社は今でこそその辺の神社よりちょっとだけ格上かなという感じの神社だが、元を正せば開化天皇の四男坊を祀る由緒正しき神社だった。
    • この四男坊は依羅氏の先祖に当たるとやらで、神功皇后の命でこの神社ができて以来、南北朝期に依羅家が没落するまでずっと神主を務めていたとか。そんなこともあって摂津国では、住吉大社の次に偉い神社とされたこともあったと、社伝に記載されているらしい。
  8. かつて御堂筋線の車庫・工場があった。
    • 御堂筋線の10両編成化に伴い手狭となるので車庫は中百舌鳥に、工場は住之江区の緑木に移転した。跡地は浅香中央公園になり、園内には車輪と車両番号が埋め込まれたモニュメントが設置されている。
    • 御堂筋線が堺市にある中百舌鳥に延伸したのは南海高野線・泉北高速との接続よりも新車庫の用地を確保する意味合いが強かったらしい。
  9. 大阪府立阪南高校は阪南市や阿倍野区阪南町ではなくここにある。

長居[編集]

大阪競馬場があった頃のポスター
  1. 長居といえば長居公園でありセレッソ大阪が本拠地とする長居スタジアムだが、あそこだけは東住吉区が分区された時に、東住吉にひっつけられた。
  2. 大引啓次の神須牟地神社がある。ああ見えても結構由緒正しい神社らしい。
  3. O157事件の時に、院内感染で多数の死者を出したY病院がある。



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