実は存在したモノ/スポーツ

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野球[編集]

記録[編集]

  1. 2015年以前の北信越地区の甲子園優勝。
    • 東北とともに優勝未経験地区だったと思ってる人も多いが、長野が1928年夏に松本商(現松商学園)、1954年春に飯田長姫(現飯田OIDE長姫)が優勝したことがある。
    • 2015年春の敦賀気比は「北陸勢」初優勝。
  2. 2013年以前の埼玉県の甲子園優勝。
    • 春は1968年に大宮工が優勝している。
  3. 熊本県の甲子園優勝。
    • 県内最多出場・勝利の古豪熊本工が3度の準優勝がありながら優勝ゼロだが、1958年春に済々黌が優勝している。
      • ちなみにその大会で熊本工もベスト4に進出し、準決勝で済々黌が熊本工に勝利していた。
  4. 鳥取県の甲子園決勝進出。
    • 1960年春に米子東が準優勝。山陰勢唯一の決勝進出である。
  5. 2015年夏以前の霞ヶ浦高校の甲子園出場。
    • あと一歩のとこで甲子園に出れない学校として知られているが、センバツは1990年に出場経験がある。
  6. 2011年春以前の明徳義塾の甲子園初戦敗退。
    • それまで初戦に強かった明徳義塾が1987年春のセンバツで関東一に負けて唯一の初戦敗退を喫していた。
      • 夏の甲子園は2015年夏まで初戦無敗を継続。
  7. 大阪桐蔭の甲子園初戦敗退。
    • 2002年夏に東邦に負けたのが現時点で唯一の初戦敗退。これがなければ今ごろ初戦無敗の学校として知られていただろう。
  8. 境高校の甲子園勝利。
    • 2007年夏など甲子園で大敗が多い学校だが、1974年春に長良、1990年夏に八戸工大一に2度勝利している。
  9. 日大東北の甲子園勝利。
    • 聖光学院が常連になるまで出ると負けの学校として知られていたが、1990年夏に長崎の海星に1度だけ勝利している。
  10. ヨーロッパ勢のワールドベースボールクラシック2大会連続ベスト4進出。
    • 2013年と2017年にオランダが達成している。
  11. 投手記録としての「引き分け」
    • 引き分け試合に最後に投げた投手に記録される。
  12. MLBで年間263安打以上を記録した選手
    • 一般にイチローが2004年に記録した年間262安打がMLBにおける年間最多安打記録とされているが、実は1887年にピート・ブラウニングとティップ・オニールが年間275安打を記録している。
      • このシーズンだけ四球も安打と記録していたため(正確には当時のルールでは四球ならぬ「五球」で出塁だった。四球で出塁となったのは1889年以後)。
        • 現在では1887年の四球は安打に算入しない場合が多い。その場合この年の年間最多安打はティップ・オニールの225安打となる。
  13. 最優秀防御率のタイトルを同率で複数の選手が獲得
    • 2003年のパ・リーグで斉藤和巳と松坂大輔がともに自責点61・投球回数194回の防御率2.83で同率でタイトルを分け合っている。
    • ちなみに首位打者の同率1位は1969年パと1987年セの2回発生している。どちらも打数・安打が異なっていても率を合わせやすい「.333」だった。
  14. 近鉄が親会社の球団の「日本一」
    • 1リーグ時代の1946年に近畿グレートリング(南海電鉄が近畿日本鉄道から分離する前)が優勝しているが、当時は日本シリーズがなかったので実質日本一ということに。
      • ただしNPBの公式記録としてはホークス(南海・ダイエー・ソフトバンク)の優勝回数にカウントされている。
  15. キャッチャーライナー(捕直)
    • 通常、打球がそのままキャッチャーミットに収まった場合はファウルチップとなるため、キャッチャーライナーは起こりえないと思いきや、他の野手が処理できなかったライナーを捕手が処理した場合はキャッチャーライナーが記録される。
      • 実際に1965年5月11日の巨人対広島戦にて、打者・瀧安治の放った打球が安仁屋宗八投手の膝を直撃し、跳ね返った打球を久保祥次捕手が捕球したため、瀧にキャッチャーライナーが記録された。

試合[編集]

  1. デーゲーム開催の日本シリーズ
    • ナイトゲームでの初開催は1964年の南海対阪神で、当時の東京オリンピックの妨げにならないように配慮された。
      • しかし、シリーズでの平均観客動員数は過去最低をマークしてしまった。この影響から1965年以降は再びデーゲーム開催に戻される。
    • しかし平日開催ともなると会社や学校を休まない限り観戦ができなくなり、さらに視聴率にも影響することから、1994年 (巨人対西武) で、西武球場開催分の第~5試合において試験的にナイトゲーム開催となった。
    • この評判が高かったことから、1995年 (オリックス対ヤクルト) から全試合に拡大された。
    • 2011年 (ソフトバンク対中日) の第一戦では、放映権を握っていたフジテレビの編成の兼ね合い (ゴールデンタイムにバレーボール中継を放送) でデーゲーム開催となった。
    • 結論、1963年以前と1965~1993年の全日程、1994年と2011年の一部でデーゲーム開催だった。
  2. 甲子園で市立船橋VS鹿児島実の対戦。
    • どう見ても高校サッカーにしか見えないカードだが、高校野球でも1996年夏の2回戦で対戦していた(5-3で鹿児島実の勝利)。
      • ネットが流通した時代に実現していればかなり話題になっただろう。

試合展開[編集]

  1. 甲子園全国大会で、ノーヒットでの勝利
    • 1953年夏の慶應義塾-北海で発生。この試合がなかったらもし高校野球全国大会でこんな有り得ない試合展開があったらに「ノーヒットで勝利」が追加されていただろう。
      • 決勝戦限定として記載されている。
      • 9回までノーヒットに抑えられるが、延長戦で初ヒットを打って勝利は近年でも何度か発生したので知られている。
  2. 高校野球地方大会で、9回裏2アウトから10得点で9点差を逆転サヨナラ。
    • 2014年の石川大会決勝の星稜-小松大谷で9回裏に9得点で8点差を逆転サヨナラ勝ちした試合が全国的に話題になったが、2002年の大分大会1回戦の中津北-緒方工ではそれを超える9点差の逆転サヨナラ勝ちがあった。
      • 8回までは7-5の2点差だったが、9回表に緒方工が7点を追加し14-5とするも、9回裏に中津北が2アウトから10点を取って逆転サヨナラ勝ち。
        • しかも2アウトからというのもいい。ランナーなしじゃないのが惜しいが(2アウト1・2塁からだった)。
      • 雨の影響があったらしい。
      • 9点と10点ではインパクトが違うが、残念ながら県予選の1回戦だったせいで星稜-小松大谷と比べてあまり知られていない。
        • 当時ツイッターはなく、2ちゃんねるは存在したが高校野球板がまだなかったためネット上でも話題にならず。今だったら1回戦の試合でも大騒ぎだろうが。
        • 一応wikipediaのサヨナラゲームの記事に載っている。
    • ちなみに地方大会準決勝までは7回・8回終了時点で7点差がついていたらコールドゲームになってしまう。上記の星稜-小松大谷は決勝だったからコールドがなかった。

事件[編集]

  1. 勝利後の校歌斉唱で、間違って敗戦校の校歌が流れる事件。

選手[編集]

  1. NPBに所属経験のあるドイツ出身の選手
    • 元巨人のデーブ・パブラスと元阪神のマイク・ブロワーズが該当。ただしどちらも国籍はアメリカである。
  2. NPBに所属経験のあるイタリア人の選手
    • 元オリックスのアレッサンドロ・マエストリが該当。元阪神のレノ・ベルトイアも該当するが、こちらはカナダとの二重国籍である。
  3. NPBに所属経験のあるスペイン人の選手
    • 元ヤクルトのダニエル・リオスが該当。
  4. NPBに所属経験のあるインドネシア出身の選手
    • 元横浜のトム・マストニーが該当。国籍はアメリカである。
      • ちなみにMLBに所属経験のある唯一のインドネシア出身の選手でもある。
  5. 巨人からドラフト1位指名を受け入団拒否した選手
    • 1973年のドラフト会議で巨人のドラフト1位指名を受けた小林秀一(愛知学院大学)は、それを拒否し熊谷組に就職した。
      • アマチュアの指導者を目指していた小林はすでに熊谷組への就職が内定していたが、指名を受けて気持ちが揺らいでいた。しかし川上哲治監督の「仕事の傍らで野球をするよりもうちで野球に専念してほしい」といった内容の言葉を受け、野球を仕事にするつもりではなかった小林は迷い無く入団を拒否した。
      • その後、熊谷組で選手として活躍したのち母校である愛知学院大学の監督に就任、現在は同学の准教授を務めている。
  6. プロ引退後にドラフト指名を受けた選手
    • 1959年に大毎オリオンズを退団した松井猛はその後日本軽金属、電電北海道で活躍し1965年に中日からドラフト10位で指名されたが入団を拒否している。
    • なお現在ではプロから社会人野球に進んだとしてもプロ復帰時にドラフトにかける必要はない。

サッカー[編集]

記録[編集]

  1. 北中米地区のワールドカップベスト4進出。
    • 1930年の第1回大会のアメリカ。欧州・南米以外のワールドカップベスト4進出は第1回のアメリカと2002年日韓大会の韓国(買収疑惑あり)だけ。
  2. インドネシアのワールドカップ出場。
    • 1938年大会に「オランダ領東インド」の国名で出場した。アジア勢初かつアジア勢戦前唯一のワールドカップ出場である。
  3. インドの幻のワールドカップ出場。
    • 1950年に本大会出場を決めていたが、裸足でのプレーを認められなかったため棄権した。
  4. サウジアラビアのワールドカップ決勝トーナメント進出。
    • 2002年のドイツ戦の0-8をはじめ出れば毎回大敗するイメージのあるサウジアラビアだが、初出場した1994年大会は決勝トーナメントに進出していた。
  5. 北海道の全国高校選手権決勝進出
    • 1978年度の第57回大会で室蘭大谷が準優勝。
  6. 四国の高校選手権優勝
    • 1989年度の第68回大会で南宇和が優勝。
  7. ワールドカップ開催国の地区予選参加
    • 1934年大会には開催国枠がなかったためのイタリアも欧州予選に参戦した。
    • 2010年大会のアフリカ予選はアフリカネイションズカップ2010の予選を兼ねたため南アフリカも参加したが、2次リーグで敗退した。
  8. PKのみでハットトリック
    • 2000年に藤田俊哉が記録した。

試合[編集]

  1. インターハイでの同県同士の決勝
    • 1991年の清水東VS東海大第一の静岡対決、2013年と2017年のいずれも市立船橋VS流通経済大柏の千葉対決と、これまで3度実現している。
    • 市立船橋VS流通経済大柏は2008年も決勝で当たる予定だったが、雷雨のため中止で両校優勝に。

試合展開[編集]

  1. ワールドカップのグループリーグで4ヶ国がすべて勝ち点4で並ぶ展開。
    • もしFIFAワールドカップでこんな有り得ない展開があったらに書かれそうな内容だが、1994年大会のグループEで本当に発生した。
      • 勝ち点だけでなく得失点差もすべて並び、総得点で順位決定。メキシコが1位、ノルウェーが総得点1点の差で最下位となり涙をのんだ。
      • アイルランドとイタリアは総得点も並んで抽選でアイルランド2位、イタリア3位に(当時は3位でも決勝トーナメントに進めた)。
  2. 国際大会のグループリーグで2連敗したチームが最終戦に勝利し1勝2敗で決勝トーナメント進出。
    • ワールドカップではなく2009年のコンフェデレーションズカップで発生。3戦全勝のブラジル以外のアメリカ、イタリア、エジプトの3ヶ国が勝ち点3で並び、総得点で最初の2試合を連敗していたアメリカが大逆転で決勝トーナメント進出。
      • 第2戦終了時点で間違って「アメリカはグループリーグ敗退決定」と書いてしまった日本のニュース記事があった。
      • ワールドカップではなかったためあまり知られていない。
      • さらにアメリカは決勝トーナメントでユーロ2008王者で翌年のワールドカップで優勝するスペインに2-0で勝利し、決勝でもブラジルに前半2点をリードした。後半に逆転負けで準優勝。
  3. 年代別大会のグループリーグで2分1敗の勝ち点2で2位通過。
    • 2005年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)でなんと日本が勝ち点2での決勝トーナメント進出を経験した。
    • 3戦全勝のオランダ以外の日本、ベナン、オーストラリアの3ヶ国が勝ち点2で並び、総得点で日本が2位で決勝トーナメント進出。
      • ちなみに日本は初戦でオランダに負けて残り2試合引き分けだった。
      • 日本はベスト16でモロッコに敗れ、決勝トーナメントに進出したのに4試合未勝利で大会を終えた。
      • この大会に出場していた主な選手は当時エースの平山相太、のちのA代表のエース本田圭佑、飛び級の森本貴幸。
    • 3位でも一部が決勝トーナメントに進出できた1986年のワールドカップで、ブルガリアとウルグアイが2分1敗の3位で決勝トーナメントに進出。
  4. ワールドカップのグループリーグで得失点差-5で決勝トーナメント進出。
    • 上でも書いた1986年のワールドカップで、ウルグアイがデンマークに1-6の大敗、残り2試合引き分けで2分1敗の勝ち点2ながら3位で決勝トーナメント進出。
      • 現在のように決勝トーナメント進出が全グループ2位以内だったら敗退だった。
      • また現在のように勝ったときの勝ち点が3だったとしてもウルグアイは敗退(別のグループで1勝2敗のハンガリーが通過)だった。
  5. UEFAチャンピオンズリーグのグループリーグで4勝2敗の勝ち点12で敗退。
    • 2013年シーズンのグループFで発生。6戦全敗のマルセイユ以外のドルトムント、アーセナル、ナポリの3クラブが勝ち点12で並び、当該チーム間の成績でナポリが涙をのんだ。
      • 3試合のグループリーグで2勝1敗の勝ち点6で3チーム並ぶ展開は1996年のアトランタ五輪のブラジル、ナイジェリア、日本(日本が敗退)など国際大会で何度かあるが、ホーム&アウェーで6試合のグループリーグで4勝2敗の勝ち点12で3チーム並んだのは史上初。多分二度となさそうな記録だろう。

選手[編集]

  1. Jリーグに所属経験のあるアメリカ代表選手
    • 元広島のダニエル・カリッチマンが該当。
  2. Jリーグに所属経験のあるニュージーランド代表選手
    • 元市原のウィントン・ルーファー、元仙台のマイケル・マグリンチィらが該当。
  3. Jリーグに所属経験のあるケニア代表選手
    • 2018年にマイケル・オルンガが柏レイソルに入団。

オリンピック[編集]

  1. 女子体操で日本がメダル獲得。
    • 1964年東京オリンピックの団体総合で銅メダル。女子体操唯一のメダル獲得。
  2. 1940年東京オリンピック
    • 東京オリンピックと言えば1964年と2020年だが、実は1940年にも東京オリンピックが開催するはずだった。日中戦争の拡大で中止に。
    • この年の立候補国はリオデジャネイロも含まれていたとか…?
  3. 1960年東京オリンピック
    • 1960年にも立候補していたのだが、一回目で落選。
  4. 冬季オリンピックで南半球の国が金メダル
    • 2002年ソルトレークオリンピックのショートトラックでオーストラリアの選手が獲得。
      • しかも2回戦以降は全部転倒絡みと、棚からぼたもちという奇跡で金メダル。

相撲[編集]

  1. 序ノ口~前頭の張出
    • 大相撲の番付は平成初期まで、同地位で3人目以降の役力士を「張出」とし番付の欄外に書いたが、一時期下位にも張出が存在した。
      • 公傷制度導入後10年余りの間、同制度が適用された平幕以下の力士は「張出前頭○枚目」などと扱われた。
  2. 幕内力士の顔ぶれが前場所と変わらない番付。
    • 1987年九州場所から1988年初場所にかけては幕内と十両の入れ替えが全くなかった。
      • 公傷休場者を除く前頭8枚目以下の力士が全員勝ち越したため十両への陥落者が出ず、十両上位の好成績者が幕内に昇進できなかった。
      • 1987年末に横綱双羽黒が廃業したが、その時点で番付発表済みだったため四股名は残っている。
    • なお「十両陥落力士0」なら1985年九州場所や1997年秋場所も該当するが、幕内に引退力士が出たため翌場所にそれぞれ1名が入幕している。
  3. 二子山・藤島・貴乃花部屋以外で「貴」の付く力士。
    • 頭に「貴」のつく四股名は貴ノ花や貴乃花の弟子に多いが、貴ノ花の現役時代から井筒部屋に貴ノ嶺が在籍していた。
  4. 幕内の半数を同部屋所属の力士で占有
    • 昭和6年に幕内の西方全員が出羽海部屋の力士で占められたことがある。
  5. 同じ四股名の力士同士の対戦
    • 江戸・寛政期(1790年・1791年・1793年)に「雷電対雷電」(雷電為右衛門と雷電灘之助)、大正期(1919年)に「大錦対大錦」(大錦卯一郎と大錦大五郎)の対戦が行われた。
      • 後者は1916年にも同じ取り組みを行っているが、大錦大五郎が朝日山と改名していた時期のため「大錦対大錦」の対戦にはならなかった。
  6. 場所中の四股名の代替わり
    • 文化2年(1805年)冬場所(10月)の五日目に千田川喜平治が玉垣額之助に改名し、六日目に弟弟子の荒岩亀之助が千田川善太郎に改名した。

ボクシング[編集]

  1. ボクシングのリングアウト決着
    • リングアウトと言えばプロレスのイメージが強いが、ボクシングでもリングアウトルールがあり、それで決着した試合がいくつか存在している。
      • 史上初の4団体統一王者バーナード・ホプキンスが引退試合でリングアウト負けを喫している。
  2. マニー・パッキャオと対戦した日本人プロボクサー
    • 1998年5月18日に寺尾新が東洋太平洋チャンピオン時代のパッキャオと対戦、結果は1回KOでパッキャオ勝利。
    • なお、在日コリアンにも広げると千里馬哲虎も対戦歴がある。
  3. JBCのIBF加盟前の日本人IBF世界チャンピオン
    • 1984年に新垣諭がIBF世界バンタム級王座を獲得している。なお新垣の所属ジムはJBCとは別に存在した日本IBFに参加していた。
  4. 38歳で全日本新人王
    • 1980年に磯野明が達成。なお当時は37歳定年制が導入される前だった。
  5. デビュー戦が世界タイトルマッチのプロボクサー
    • ピート・ラデマッハーとラファエル・ロベラの2人が該当。

その他[編集]

  1. バスケットボールの完封試合
    • 2014年に高校女子バスケの新人戦で桜花学園が268-0というスコアを記録している。
  2. 競馬の重賞競走「銀盃」
    • 1995年まで大井競馬場で施行されていた、アングロアラブ種限定の重賞競走である。
  3. NFLにおける全勝優勝
    • マイアミ・ドルフィンズが1972年シーズンに開幕戦からスーパーボウルまで全勝での完全制覇を果たしている。

関連項目[編集]




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