甲信越の城

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山梨[編集]

躑躅ヶ崎館[編集]

  1. 甲斐の英雄・武田信玄公の居城。
  2. 現在は武田神社になっている。お堀のなかに神社があるんだなぁ、っていう程度。
  3. 平城、というか館で防御施設としての機能はあんまりない。
    • 「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」という信玄公の言葉通り、人心をまとめるため防御施設を必要としなかったとか、基本的に外に攻め入るので守りを固める必要がなかったとか言われてる。
      • 攻め込まれた信州や駿州には、侵略の前線基地となる武田流築城の堅城が数多く残っている。

甲府城[編集]

天守台跡
  • 所在地:甲府市
  1. 甲府駅すぐのところにあるお城。っていうか甲府駅が城の元敷地のうちか。
    • お城から線路を越えた反対側に大手門が復元されてるね。
    • 駅前が大して発展してないし、山交百貨店とセットで甲府駅を移動させて、城域の復元を提案します!
  2. 江戸時代に甲府藩の城として建てられたもので、山梨の英雄・武田信玄には関係がない。
  3. 石垣とかは整備されているが、特に他は何もない。
    • ただし、石垣自体はなかなか立派で見応えある。
    • 地元商店街が天守閣を建てようと運動している。
    • 関東の城好きにしてみれば、甲府城の石垣は西日本並みの規模で驚きなんだぜ?
      • 元々は織豊時代に築かれた徳川押さえの城。当時は天守を持つ大城郭だった。

新府城[編集]

  1. 武田勝頼が防御に難のある躑躅ヶ崎館から移る予定で建てた城。
    • 出来た頃にはそもそもの武田家が滅んじゃったけど。
  2. 城跡としては何もない。七里岩の崖の上に建てらてていたんだなぁ、というくらい。
  3. 長篠の戦いで討ち死にした重臣達の碑があるが、新府城が出来たのって長篠合戦の10年くらい後なんだよなぁ。
  4. 焼け跡掘り返したら、今でも当時の焼け米が発掘されるとか言うそうだが、ほんまかいな。

長野[編集]

諏訪高島城[編集]

湖城・諏訪高島城
  1. 昔は諏訪湖に隣接しており、諏訪湖に浮いているように見えたので浮島城とも言われた。今は周りが陸地化しちゃってるけど。
  2. 地元の豪族(諏訪神社の神官の流れ)の諏訪氏の居城。戦国時代に一旦は諏訪地方を離れるが、帰り咲いた。
  3. 城を建てたのは日根野氏と言う美濃出身の人。だが、城内の展示ではほとんど扱われていない。やっぱり地元の諏訪氏の方がメイン。
    • 解説文は、長過ぎず短過ぎず適切にまとまってると思う。
  4. 武田信玄の嫁さん(武田勝頼の母)の顔ハメ板もある。え?彼女が生きていた時代に城はなかった?気にするな。
    • 場所は少し違うが、湖衣姫の時代から高島城(上諏訪中学の北側)はあったよ。
  5. 壁の色が木の板みたいな黄土色してるけど、よく見たらコンクリに色塗ってるだけだった。
  6. 明治まで天守が残っていた。壊さず残しておけば国宝だったろうに。
    • 今の天守は、城ヲタから忌み嫌われる「味気のないコンクリ再建天守」の典型なので、観光客も来ない。
    • 諏訪湖から離れてしまったし、コンクリ天守再建などしないで、石垣と堀と木造隅櫓だけの方がよかったと思う。
  7. 最近地元の某企業が諏訪姫という萌えキャラとセットでお城を売り出し中。

松本城[編集]

黒と赤の対比 国宝天守閣と橋
  1. 国宝松本城、しかし国宝なのは天守閣だけだという事実からは、市民は目をそむけている。
    • わざわざ頭に「国宝」と付ける必要はないのに・・・。地方は国宝などの文化財指定を有難がりすぎる。
      • 国宝松本城天守群が正確な呼び方。
  2. ほかならぬ松本市庁舎が周辺の建築物に課した高さ規制を破っている。
    • そもそも市役所自体が二の丸に建っている。これを撤去すれば城側から総掘が見えるのに、すごく邪魔だ。
  3. その松本城が2005年のApple PowerbookG4のトップページに登場。
  4. 非常にどうでもいいことだが、酔って落ちてしまったのか松本城のお堀で死んでいた人がいる。
  5. 国宝指定されている城はここと姫路城、犬山城、彦根城の4つである。ただし姫路城以外は天守閣だけが国宝。
    • 世界遺産になったのは姫路城のみ。
    • 国宝の城という括りなら、京都府の二条城も国宝で世界遺産だ。天守より貴重な御殿が残ってる。
    • 2015年に松江城天守が国宝指定された。
  6. 築城から400年ちょっと。信州博開催時にちょうど400年だったので、便乗して400年祭開催。
  7. 一時期は存続の危機にあった。当時の写真が残っているが今にも崩れそうなボロボロの状態。修復費用捻出のため、堀を埋めて土地にして売り出した。
    • その後観光収入で潤ったので、土地を買い戻して堀に戻した。
      • 復元された堀は、考証がいい加減で元々の堀のラインを再現しておらず、しかも浅い・・・早期再復元を
      • 母方の祖母が、堀が埋められて天守近くまで歩いていけた時代の写真持ってたわ。
  8. 松本城をデートしたカップルは必ず別れると噂がある。しかしながら家族連れには憩いの場になっている。
    • 松本城ではなくて、すぐ近くの神社を詣でると別れると聞いたが?
  9. 城内はほとんど現代的な改修を行っていない。それ故に階段が上がりにくかったりするが、城址マニアの間では好評である。
    • 松本城の黒金門は内部が管理棟になっており、現代建築だ。早期撤去と木造再建を望みます。
    • 松本が県都でなくて良かったと思えるのは、今以上に松本城が破壊されなくてすんだと言う事。県庁所在地の城郭の破壊度は悲惨だ。
    • 梯子のような急な階段はいいけれど、横幅が狭すぎる。混んでる時だと、階段のたびに行列ができる。
  10. 熊本城の方が広いし、色々復元されていて立派だが、実はその熊本城の親である。(加藤清正がデザインの参考にしたらしい)
  11. チケットは同じ敷地内の博物館と共通。
    • 城の券売所が混んでる時でも、博物館ならすぐ買える。

妻籠城[編集]

  1. 妻籠の宿場町からはちょっと離れたところにある。山城。
  2. 郭っぽく平になったところはあるけれど、他には特にあるわけではなく。ほぼ林の中。
  3. まぁ砦みたいなもんで、何の合戦があったわけでも無し、歴史好きだからって妻籠宿のついでに訪れよう、って人はほぼいない。

小諸城[編集]

小諸城城門
  1. 全国的にも珍しい「穴城」。小諸城は城下町よりも城の方が低い位置にある。
    • 水害で三の門が押し流されたことがある。
  2. 南の千曲川の方や堀は絶壁。
  3. 入場料は日中は資料館の入館料とセットで払わなくてはならないが、資料館の閉館時間を過ぎたら無料で入って良い。
  4. 城内にある動物園は日本で4番目に開園したという。
    • 売店で、大きな音でラジオかけっぱなしにするのはマジで止めて欲しい。古城の雰囲気ブチ壊し。

上田城[編集]

上田城城門。残っている数少ない城っぽい建物
  1. 言わずと知れた真田氏の城。ここで徳川軍を二度撃退した。
  2. 城自体は平城。上記の戦果は城が固い、ということ以上に 真田昌幸の知略によるところだろうけれど。
    • 自然の川と人工の堀を組み合わせて守りを固めており、実際の戦闘では地の利を活かして、城周囲の細かい高低差を上手く使って戦ったんだろう。
    • 駐車場から登るのがとても大変。
  3. 城跡は公園や資料館や市民会館や高校になっていて、門くらいしか残っていない。
    • 城門は1994年の再建。廃藩置県の際に7つの櫓が残されていたが、西櫓以外は廃棄とされ、北櫓と南櫓は上田遊廓(今の国立長野病院の場所)に移築される。戦後、市民有志が北櫓と南櫓を遊廓から買い戻して櫓が3つとなり、城跡らしくなる。
  4. 近くの郷土資料館には上田城の城門や真田幸村をナノブロックで作ったものを置いてある。
    • そーいやナノブロックを作っているカワダは地元(と言っても東御市)だな。
  5. 二の丸にある上田高校の前には堀があって門も歴史ある建物っぽい。羨ましいぞ、おい。
    • 藩主の御殿跡だけあってなかなか立派な門で、石垣もやや中振りだがなかなか美しい。確かに羨ましい。
  6. 城のチケットは、敷地内の市立博物館と山本鼎記念館と共用でどれも入れる。
    • 山本鼎の社会的美術運動は今の目で見ると突っ込み所が結構あるが、作品自体は分かりやすく観光のついでに見るには充分。ただし、同じ上田にある信濃デッサン館にも寄って、従弟の村山槐多の方が絵のセンスあるよね、とか思ってはいけない。
      • 彼の農村芸術運動や、児童雑誌『赤い鳥』誌上での自由画選評における当時の児童の画力の向上ぶりを評価する者も少なくない。
    • 近くの池波正太郎真田太平記館とのセット券もある。50円しか安くならないけど。
  7. 城の東北方向、いわゆる鬼門の方角には災いを避けるため鬼門欠きが念入りに施されているのが珍しい。
    • 昌幸時代からの遺構らしい。何となく昌幸のイメージにそぐわないような気もするが、こうした用意周到な準備をする昌幸の性格がのちの戦果に繋がったのだろう。
  8. 市は市民会館を移動して、城内の整備に取り掛かってる。
    • その市民会館は2016年に「真田丸」の大河ドラマ館として使われた。
    • 施設が古すぎる。
  9. 2016年限定で西櫓も公開。著名な門のところは明治になり破却されるときに遊郭に売却された移設されたのを再移築したものだが、こちらはずっとこの場に残っていたらしい。
  10. 石垣や山の上ではなく、土がムキ出しの河岸段丘の崖に立っている姿が、他の城と違ってカッコいい。昔は段丘下が田んぼで「田舎の苔むした城」という感じだったが、公園整備したら急にカッコよくなった。
    • かつて堀だった上田電鉄の軌道跡の欅並木は美しく、映画やMV撮影によく使われる。

真田本城[編集]

  • 所在地:上田市(旧真田町)
  1. 真田氏の上田城以前の本城は規模・位置的にこれだろ、というお城。
    • 別に確証があるわけでも、当時からそう言われていたわけでもないらしい。真田町周辺の城郭群のなかで一番それっぽいってことか。
    • なお、少し離れたところにある真田氏の資料館のところには館跡がある。
  2. 三方が崖になった山城。急峻なので防御面では納得。
  3. さすがに建物はないが、郭が連続して並んでいる形状はよく分かる。

葛尾城[編集]

  1. かの武田信玄を2度撃退した北信の豪族・村上義清の本拠だが、ひょっとしたら信玄を実際に撃退した舞台の砥石城の方がかも。
  2. 坂城駅の北西に位置し、登山できる。

荒砥城[編集]

荒砥城、対岸の山が葛尾城
  • 所在地:千曲市
  1. 村上氏の氏族、山田氏が居た山城。村上氏本拠だった葛尾城から千曲川を挟んでだいたい反対側。
  2. 何ということのない山城だが、ふるさと創生一億円事業で門や館や物見櫓を再現。
    • 大河ドラマ「江」「風林火山」のロケ地になるなど、雰囲気は抜群。
    • 歴史上の役割はあまりないが、雰囲気を味わいたい方にはおすすめ。
  3. 上山田温泉から道なりに2kmくらい登ったところだが、その道は急坂で冬期通行止め。
  4. 施設内で案内のVTRを見られるが、2000年代前半の作成だったが、どうもスペックの足りないPCで無理矢理作ったCGっぽさが。ちょっと辛い。

松代城[編集]

  1. ひょっとしたら川中島合戦の海津城、と言った方が知られているかも。
  2. 真田氏10万石の城。
    • もっとも、江戸時代に入ってから移ってきたものなので、真田氏として連想される武勇談みたいなものはない。
    • 堀と石垣を組み合わせた、割と典型的な近世城郭。
  3. 堀、門と塀は残る。(門は復元?)
    • 堀は一部積み直し。門と塀は復元。天守はない。
    • 綺麗に復元されてて歩いてて気持ちがいいが、日本百名城に入る程かというとやや疑問。それでも入っているのは、やはり川中島の戦いと真田氏補正のせいだろう。
  4. 目の前には池田満寿夫美術館がある。
    • 元は三の丸の敷地の一部で、入口に堀の一部が残る。
    • 開館する際、地元でかなり反対されたらしい。まあ当然か。
    • 入館料は700円とやや高いが、周辺の8施設に入れる「まつしろ遊学手形」を使えば簡単に元が取れる。
    • 個人美術館にしては展示面積は広く、これをそのまま他地域に持っていけば、中規模の展覧会が開ける程展示は充実しているので、興味があるなら行って損はないと思う。
  5. 石垣の上に昔の石碑がいくつかあるのだが、今は立ち入り禁止になっており見ることが出来ない。

高遠城[編集]

  1. 桜の名所。
    • コヒガンザクラなるこの辺りでしか見られない桜で有名。
    • 時期になると桜目当てに、カメラが趣味の方々が向かう。
  2. 悲劇の城である。
    • 落城時の総大将織田信忠と城主(誰だったか忘れた)の妹で当時籠城していた姫様が、元々は婚約者であったため。
      • 仁科盛信(武田信玄五男)ですね。近親者から寝返りが続出しても徹底抗戦した忠義のお人。
  3. 城下には、江戸中期の一大不倫スキャンダル絵島生島事件でお馴染みの絵島様が住んでおられたそうな。
  4. 江戸時代には、京極、保科、鳥居など、譜代の家か、外様でも比較的信用の置ける家を配置した事から、まあまあ重要な城だったことが分かる。
    • 武田家の時代から、結構重要視されており、一時期は武田勝頼が居城としていた。
      • 織田方を睨むのにどうしても制圧しておきたいエリアだったらしい。
      • 武田氏滅亡後は家康が支配。
  5. 長野県民なら知っているあの信濃の国の5番に出てくる「仁科の五郎信盛」は上で出てきた徹底抗戦のお人。
    • 高遠民以外、「仁科の五郎信盛って誰だ」と思ってたりするのは、言ってはいけない。
    • 実はほんとは仁科盛信という名前が正しく、長野県民は間違えて名前を覚えているという事実。
      • 信盛名義の文書もあったりして、どっちでも良いらしいよ。

伊那大島城[編集]

  1. 天竜川に突き出した河岸段丘上の城。
    • だいたいこの地方の城は河岸段丘の崖を利用している。
  2. 堀切や郭跡、土塁がよくわかる。井戸の跡も残っている。
  3. ツツジの名所にもなっているらしい。
  4. 郭跡がすっかりパターゴルフ場に利用されている。ただし、ツツジのシーズンは使用禁止らしい。

飯田城[編集]

  1. 天竜川沿いの河岸段丘上に建てられた城。別名・長姫城。
  2. 図書館の横っちょに赤門がある。数少ない遺構。
  3. 本丸跡は神社くらいしかそれっぽいものは残ってない。ホテル前の空き地、みたいな感じになってしまってる。一応 この近辺では一番大きな城跡だったはずだが…

高梨氏館[編集]

  1. 中野城ともいうらしいが、地図の表記では高梨氏館だったのでこちらで。
  2. 名前の通り、北信の豪族・高梨氏の館跡。
    • 武田信玄の圧迫を受けて越後の上杉氏を頼る。川中島の原因となる北信の豪族達の一人。
  3. 城というか、ほんとに館。100mくらいの正方形の四方に空堀と土塁がある。あとは建物跡を示す杭とか、庭園のあととか。
    • 今は公園として気持ちいい空間です。遊具とかは置いてないのもこの場合はよいね。
  4. 発掘調査では土塁の中に塀が埋め込まれていたらしい。なんかの時に防御を堅固にするために塀を埋めて土塁にしたっぽい。

飯山城[編集]

  1. 平山城。西も東も北も崖。広くはないものの城を築きたくなる地形。
  2. 上杉謙信の信州侵攻の前線基地だった。
  3. 石垣が残る。虎口の形状とか、本丸とかの郭の感じは分かる。
  4. 神社があって、少し植物が植えられていて、あとは公民館やら弓道場やら。
    • 公民館は耐震強度が弱いとかで移転するそうな。飯山駅が北陸新幹線開通で移動するので、そっちの方に。

新潟[編集]

春日山城[編集]

  1. 上杉謙信の居城。山城。
  2. 天守閣、櫓という建物はないが、郭は結構あり、誰の居たところ、という案内も多い。
    • 上杉景虎の屋敷跡の郭の説明板、景勝の説明で「炎の蜃気楼(ミラージュ)という小説では現代に生まれ変わった美少年として描かれ」みたいな書かれ方していたが、それって史蹟の説明文で書くことではないだろ。×××やってるし。
  3. 上越の街並みを一望できる。
  4. 周りを見渡すと他にも高い山があるので、何故ここに城を、と思うけれど、上の方にも井戸があるので、籠城の際の水とかを考えての築城だろうか。

高田城[編集]

  • 所在地:上越市
  1. 堀とか石垣とか櫓は残る。
  2. 城跡は公園、博物館、図書館とか。
  3. 城跡に学校があるのはありがちな話しだが、3つもあるのはありすぎる気がする。

新発田城[編集]

  1. 未だに軍事施設として現役と言えなくもない城。
    • 陸自が駐屯している。
    • おかげで城内部の建造物には入れないものもある。
  2. 県民にとっては近くのゴルフ場(新発田城カントリー倶楽部)の名称として聞く機会の方が多いかもしれない。

長岡城[編集]

  1. 長岡市街中心部にあった平城。
    • 本丸は駅のあたりらしい。今は市役所の横に碑とかが残るくらいで何もない。
    • 堀などは明治期に市街地にするために埋め立てられたらしい。
  2. 長岡藩・河井継之助が活躍した戊辰戦争の舞台。
    • 奥羽越列藩同盟に与した継之助率いる長岡藩が新政府軍相手に奮闘。一旦城を奪われるものの、奪い返す。
    • 歴史ファンとしてはそんな実戦を経験した城が残されていないのは残念至極だが、市の発展の礎になっているのなら仕方ないか。
  3. 長岡市郷土資料館が城郭風の作りをしており、何もない城よりも城郭風建物が好きな人はそちらに観光に行くのも良いだろう。
    • 最もこの城は長岡城とはほとんど関係がないのだが。強いて言えば石垣に長岡城のものが少しだけ使われている程度である。

松代城[編集]

  1. 長野の松代城と同字だけど知名度は低い。どんな由来があるのかもほとんどわからない。
    • ところが、そんなちょっとした山城でしかないけど、地元民からとても親しまれている不思議な場所。
  2. 大地の芸術祭の展示物の野外美術が麓にたくさんあり、一種異様な雰囲気。
  3. 毎年市街地から城を目指して、深さ3メートルにもなる雪の中を行く雪中レースがある。

村上城[編集]

  1. 石垣しか残ってない。あとは石碑と案内杭。
    • 「○○跡」と書かれた杭がさしてあるだけで、碌な説明がない。一方、石垣は現物が残っているからか、それなりに詳しい解説がある。
  2. 臥牛山の麓から頂上までの遊歩道は「七曲道」というが、そのわりに折り返しは八つある。



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