藤井寺市

提供: chakuwiki
移動先: 案内検索

ご当地の噂 - 世界アジア日本近畿 > 大阪河内藤井寺

大阪 東大阪
八尾
松原 藤井寺 柏原
美原 羽曳野
大阪
狭山


太子
河南

河内長野 千早
赤阪
和歌山

藤井寺市の噂[編集]

藤井寺球場の跡地にはモニュメントが立っている
寺の名前は葛井寺
  1. 球場がなくなって特徴の無い街になってしまった。
    • 残せばよかったのに・・。そしてオリックスの2軍の試合をたまにやれたし・・。
    • 日本で6番目に面積の小さい都市。
      • 大阪府内の市では面積が最小。全国でも五本の指に入るほどの狭さである。
    • 大阪近鉄バファローズの旧本拠地であるのみならず、昭和3年に出来た球場で、関西圏では阪神甲子園球場に次ぐくらいの伝統があった。
      • 球場があったころの藤井寺市は…野球のある日は街全体が渦を巻く感じだったそうな。
      • そのころって、藤井寺駅に急行も停車してたよな・・・。
      • 1989.10.14…全国から近鉄ファンが藤井寺球場に集結。前年の10.19から360日の大河ドラマ完結を見届けた。試合開始前からウェーブ起きるわ、選手コールが響くわ。試合終了直後はスタンドもグラウンドも歓喜!歓喜!
    • 河内弁のヤジがグラウンドに響き、審判も相手捕手も「近鉄ファン怖ぇ~」と漏らしたとか。
  2. 古墳が多く、能の「道明寺」で有名なお寺の道明寺もここにあり、長い歴史が感じられる土地。
    • 面積辺りの古墳数は全国一とされる。
    • 畑から縄文、弥生式土器の破片が拾える。
    • 古墳の頂から子供が自転車で猛スピードで下ってくる。
    • 道明寺粉。
    • ちなみに「花より男子」とはまったく無関係。
      • 近鉄南大阪線に道明寺駅がある。ちなみに牧野駅は京阪本線にある。両方とも河内国に収まっている。
    • 人骨も出土した「国府遺跡」もある。それにしても古く大きい木造の家が多い。
    • よく社会科の資料集にも古墳の項目で載ってるので、小学生には歴史を教えやすい土地柄(奈良には負けるが)
    • ちなみに藤井寺の市名も寺の名前に由来しているが寺の方は表記が井寺。
  3. 市制施行寸前、「藤井寺道明寺町」という町名だった。おそらく日本一長い町名。
    • 市制施行寸前は、「美陵町」。
  4. 微妙に飲み屋(キャバクラ・ラウンジ・スナック)が多い。
    • 駅前再開発の影響でレンタカーガレージ跡に「ソリアビル」完成。
    • 近鉄藤井寺駅至近(迷いさえしなければ徒歩2~3分)に元近鉄選手経営のスナックがある。
  5. 昔、学校給食が無かった。
    • 現在は藤井寺、柏原に給食を提供。
  6. 行政サービスが行き詰っている、下水もないし、市民病院も廃墟のような建物
    • 市民病院は北に移転決定か?
      • 市民病院は改装され営業しています。移転なんて誰が言い出したのか?
    • 流域下水の設備があることを考えたら、下水が無い訳が無い。
    • 下水道が作れないとこは、水路の中に下水管を設置して処理している。
    • コンパクト(狭い)な市だけあってそれを有効活用できる街づくりを目指してるらしい。
  7. 俺たち金持ちだから羽曳野なんかと一緒になれるかと藤井寺市を作ったが今や金持ちだった人たちは高齢者で納税せず藤井寺球場もなくなって四天王寺中学に財源がなく警察・消防もごみ処理も羽曳野に依存している。
    • 地価がかなり違う。ワンルームでも若干 家賃が高い。
      • 藤井寺ってだけで土地が高い。ただ、住宅情報誌を見ると、最寄り駅「藤井寺」って書いてあるのに、比較的安値の住宅があったりするが、住宅の住所をよく見ると、羽曳野市羽曳が丘だったりする・・・。
    • 保健所は藤井寺市。西名阪の南河内の玄関。が、沢田の交差点の貧弱さは言葉に出来ない。
  8. 博物館とかがある生涯学習センターの名前が「アイセルシュラホール」。近隣の市に劣らないよく判らない名前である。
    • 今はどうか知らないが、10年ほど前はプレステのゲームが楽しめた。
  9. 警察署がありそうでない。
    • 羽曳野警察署管内だ。
  10. 藤井寺駅になぜか羽曳野の市民便りがおいてある。
    • 羽曳野市(羽曳が丘)の住民は藤井寺駅を利用するからかな・・。
  11. 市のマークは、遺跡から出てきた耳飾と前方後円墳をあしらったもの・・・だが、どうでもいいか。
  12. 車で言うと南河内の玄関口。
    • 西名阪自動車道と、南河内の南北方向の幹線・大阪外環状線が交わるから。
    • そのくせ、主要地方道堺大和高田線は貧弱。
  13. 「南河内で一番近代的」と周りの市から言われる・・・んやろなあ。(BY富田林市民)
    • 人口、面積面ではさすがに少ないが、人口密度は南河内で松原市に次ぐ2番目。藤井寺駅北側はソリアとジャスコ(イオンに改名)、南側は高級住宅街で道路も整備されてるからそう言われるのかも・・。
      • 比較的高級ぼいが高級住宅街ではない。
    • 道路が綺麗かっつえばそんなに綺麗じゃないな・・・。今都市整備が進んでる柏原市に負けるかも・・・。
    • 商業施設は充実してきた。道明寺中学校前にマンダイも完成。
      • そこの警備員の存在の意味が不明。
    • どっちかと言うと松原の方が都会じゃね?
      • 生活圏だけど、松原には買い物にいかないなあ・・・たまに藤井寺にない国道309号沿いのチェーン飲食店に行くくらい。買い物に行くなら八尾か大阪市内まで行く(藤井寺市民)
        • 松原からいちいち藤井寺に買い物に行く奴もそんなにいない。結局はどっちもどっち。
  14. 地域差はあるが、市内でも藤井寺市役所よりも、周囲の市の役所がすぐそこに見える地域がある。
    • 柏原市役所は新大和橋を渡ってすぐの地域、羽曳野市役所は野中ならすぐそこ。
  15. 「府道西藤井寺線」と言う道路がある。藤井寺市西部を通ってる・・・と思いきや、羽曳野市・堺市にまで渡って府道になってる・・・そして西端の起点が「堺市東区日置荘西町」。分かりにく杉。
  16. 大和川の対岸にも市域がある.ちょうど外環状線沿い。
    • 藤井寺市川北ですね。
    • 外環状線沿いではないが、小山も一部対岸にある。
      • その川北にかつてアメリカ堂パンの工場があったが、第一パンへ事業譲渡し工場も閉鎖。
  17. 南河内の中でも八方び人。南河内の市町村とは元々仲良し、堺とは古墳繋がりで仲良し、八尾・東大阪では市外局番同じで仲良し、そして徳島県吉野川市とも仲良し(藤井寺という寺があるから。)
    • その堺市とは距離的には近いが、鉄道で行くと一旦大阪市内を経由する必要がある。
    • 河内長野経由でも可。メリットは・・・聞かないで下さい。
  18. ええ加減そろそろ合併したら・・・
  19. いちじくの収穫量が多い。市の商工会がお土産に薦めるほどである。
  20. 「藤井」姓が多い。
  21. 筧利夫が大阪芸大の学生のころに住んでいた街。
  22. 沢田の交差点周辺が異常にヤンキーが多い。この前傘差した状態で原付二人乗りのアホがいた。
    • つまり、若者が来やすくなったってこと。ガストにGEO,BOOKOFF、ネットカフェ、情熱ホルモン、ボンズ・・・西名阪西側にコンビニも完成。俺も毎週通ってるぜ。
    • 沢田の交差点周辺を毎週の様に族が通る。
      • 沢田の交差点周辺で昼真、姑息なネズミ取りが行われており、主婦やサラリーマンがバンバン切符を切られるが、毎晩の様に通る族は、目の前通っても無視。
  23. 若者からの愛称はじじいでらその由来は、お年寄り(じじい)が多いこと。
  24. イオンモール藤井寺は開店40周年でボロボロ。
    • ついに、建て替えか分からないが、閉店。これだけで藤井寺は衰退必至。(2014年3月)
    • かつては「ダイヤモンドシティ」と呼ばれていたが数ある「ダイヤモンドシティ」でもかなり初期の店舗である。
      • 近いところでは大阪市平野区の喜連瓜破にも同じようなものがあった。今は建て替えられているが。
  25. 藤ヶ丘に梨田昌孝の家があった。
    • そこら一体に、はさみ山遺跡という遺跡があり、梨田邸を建設する際にその一部が発見されたというわけで、梨田地点という名前が付いているらしい。恐らく遺跡の名前に残った野球選手は球界で梨田くらいだと思う。

道明寺[編集]

  1. 菅原道真ゆかりの地。
    • 菅原氏の祖先である土師氏の根拠地がこの辺りだった。
  2. 道明寺は藤井寺ではなく羽曳野にあると思っている人が多い。
    • 一見嘘だろと思われるかもしれないが、南河内に住んでいる人間でさえ、そう思っていることもある。
  3. 道明寺と道明寺天満宮がある。神仏分離令で分割されたが元々は同根。因みに「道明」というのは菅公の号にちなむ。
    • 梅で有名なのは天満宮の方。

小山[編集]

  1. 乳ボーロの大阪前田製菓もある(当たり前田のクラッカーとは別会社)。
  2. 八尾空港の南側の大和川北岸地区を占領中。
  3. 小山善光寺という寺がある。パッと見は信州の善光寺の末寺か何かのように思えるが、実は此方が元祖。
    • 向こうで祀られている御本尊さんは、此方の御本尊が分裂してできたうちの一体を信州善光寺平へ持って行って祀ったものらしい。因みにこの分裂する御本尊様は、大阪市内で拾われたとか。
      • なお、この珍事以降、新たに分裂したという情報は今のところはいっていない。



関連記事