貝塚市

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和 歌 山

貝塚市の噂[編集]

関連項目
水間寺
  1. かつては東洋の魔女がいた。(ニチボー貝塚)
    • おかげでやたらバレーボール関係にお金を使っている。
    • 「東洋の魔女」復活を狙い、優秀な中学生を集めて「バレーボール虎の穴」みたいな事をやってる。
  2. 櫛や園芸が地味に地場産業として存在する。
    • 園芸品種の「カイヅカイブキ」はここの地名を冠した。垣根なんかに使うモシャモシャした木。
      • それ市の木だよな
  3. こっそり岸和田市のど真ん中に飛び地を持っていたり。熊取町との境界は飛び地まみれ。
    • いつの間にか岸和田市に編入してた。
  4. 人口9万人の市のくせに、携帯電話の公式サイトを持っている。
    • しかも結構充実している。
  5. 国華園のCMが耳に残る。
    • それ、和泉市じゃなかった?
      • 二色の浜に2個目ができちゃいました!まわり海ですけど花大丈夫なんか・・・。
  6. コミュニティFM(貝塚コミュニティ放送)がある。
    • つぶれました。
  7. 経済的に余裕のある家庭は、子供が中学へ進学する前に上の方へ引っ越してゆく。(公立校学力低下などの懸念)
  8. スーパーテレビに麻生郷のだんじり祭りが紹介された。結構大々的に。
    • 岸和田市のだんじり祭りと並んで結構派手。
    • 場合によっては死者が出る場合も・・・。
  9. 大阪府内で三番目に借金を抱えている。
  10. 現市長はなんと現在10期目!!。
    • 引退しました。
    • 40年間市長が同じだった。
  11. 水茄子が泉州の有名な農作物であるが、中でも貝塚市の「馬場なす」などは「幻の水なす」とも呼ばれ滅多に市場に出る事は無い。 同じく「澤なす」は「水なすの原種」とされ現在泉州地域でも栽培農家はほとんどいない。
    • ネットスーパーとか高級料亭とか行くと食えまっせ。そんだけ、高級やっちゅうこと。
      • 関東で「浪速っこ御用達」とか広告に書いてあった。水ナスって一昔前は地元でしか食べへんかったから浪速と呼ばれる地域ではそんな食べてなかったと思うし、「御用達」なんていうような高級品じゃない、漬けもんやねんから庶民のもんやと思うねんけどなぁ。。。
  12. 市内のスーパーは全国チェーンが撤退、地元勢力が頑張る。和泉橋本のジャスコや貝塚駅前のヨーカドー(だっけ?)が撤退し、泉南&和歌山勢力の松源(鳥羽・木積)とオークワ(三ッ松・ユニチカ跡)、香川勢のマルナカ(加神)が残る。あ、マンダイも清児にあるのね。
    • 和泉橋本のジャスコはイオンとして復活。
    • 貝塚駅前にあったのはダイエーです。
    • 貝塚駅前のスーパーは万代になりました。
  13. 市全体が寂れている。影が薄い。
    • だんじり祭りで個性の強い岸和田と関空のある泉佐野に挟まれてるからね。
  14. 泉北と泉南の区別がつかない。タウンページでは泉北地域、ジェイコムは泉南地域となっている。
    • 基本的には牛滝川を辺りが境。自治体名(郡名)で見るなら岸和田以南が泉南、忠岡・和泉市以北が泉北扱い。
    • なので、貝塚を泉北に含むのは間違ってる。
      • せやけど、泉佐野以南は結構南泉州地域とか言うてまとまっとるんよな。行政が広域連携やったり、だいぶ前に一回(確か関空できてすぐの頃)、南泉州市構想なんかでとったし。そっちに比べたら貝塚って泉南カラーがめっちゃ薄い気がする。
        • 南泉州市構想は平成の市町村合併政策の頃ですな(関空開港後であってます)。泉南・泉北の境も一応川があるけれど地続きなので真ん中辺は色合い薄いのはしゃーないかと。山なんかで色がくっきり分かれるわけでなくグラデーションみたいに曖昧になるもんなので。昔は大阪府の高校の学区が9学区でだいたい泉南でしたけど(除く忠岡町)。ひょっとして律令制から江戸時代までの日根郡と南郡の差? 参考
      • かと言って、堺や和泉と一緒で泉北や言われてもちゃう気がするしなあ……
      • いっそ、泉中とでも名乗ってくれたら……
        • と思ったけど、センチューとややこしいか。
        • ならば泉央と言いたいとこやけど、和泉中央とややこしいか。
  15. 戦国時代は和歌山の根来衆・雑賀衆の影響下だった。豊臣秀吉(当時は羽柴姓)の軍勢と近木川沿いの城に籠もって戦っている。お得意の鉄砲で迎え撃つも、千石堀城では秀吉勢が放った火矢がたまたま火薬庫に入り大爆発、落城してしまった。なんて不運な。
    • ちなみにその時秀吉が陣取ったのが丸山古墳と言われる古墳。現在ではその前方後円墳の周りにびっしり住宅がたち、古墳部分が公園として残されている。
  16. 貝塚の市街地に願泉寺という寺があり、結構歴史がある。
    • 住職は代々卜半斎さんを名乗っていて、地元では「ぼっかんさん」の愛称で呼ばれている。
    • 戦国時代、大坂の石山本願寺が織田信長に負け、紀州に退去した後、一時期この寺を本拠にしていた。
      • その時の住職(卜半斎了珍)は根来寺の出身。あれ?宗派が違う…
    • 卜半斎了珍さん、大坂の陣の折は家康と会っていたとか、紀州浅野勢を迎撃に向かう大坂方を酒で接待して進軍を遅らせて紀州勢の勝利にこっそり貢献してたとかの逸話が残る。
      • 江戸時代は貝塚の中心地は願泉寺の直轄地だった。幕府の統制とは別なので色街もあったとか
  17. 大物YouTuberのおかげで一躍ネット上で有名に。
  18. 地元銘菓と言えば「村雨」。

地域の噂[編集]

水間[編集]

  1. 水間鉄道がある。
    • 鉄道会社名になってるぐらいだから「水間町」という自治体がある(orあった)のかと勘違いしてました。
      • そんな訳はない。水間観音への参詣客を運ぶため、貝塚から水間への鉄道として建設されたから。
      • 今の水間駅のある地区は、泉南郡貝塚町に編入される前は「西葛城村」でした。ちなみに東葛城村は岸和田市に編入。
    • 水間鉄道は日本一運賃が高いとのこと。ほんまなんかな・・・
  2. 善兵衛ランドという施設が水間の手前(三ツ松)にある。大型の天体望遠鏡があったりするが、「外環みたいな国道の横に造っても周りが明るすぎてもったいない」という評判だった。外環と府道40号の交差点横やからなぁ。
    • 「善兵衛」とは貝塚出身の岩橋善兵衛という江戸時代の人。望遠鏡を作ったりした。

蕎原[編集]

  1. 蕎原→そぶら
    • 蕎原には文野さんがいっぱい。
    • 蕎原は山あいの集落。廃校になった小学校跡は「ほの字の里」という温泉付きのバーベキュー等のレクリエーション施設として活用中。
      • もっとも、その近くには大阪府立少年自然の家という施設があるんだが。こちらは小学校とかの林間学校向けだから競合しないのか。
    • 地元の人は「そばはら」と呼んだりすると聞いた。
  2. 岸和田の牛滝とならんで、和泉葛城山への玄関口の一つだったりする。
    • でも基本的に公共交通機関によるアクセスが有ってもないようなもんなんで、あんまり意味が無い。
  3. 近木川の源流部にあたる。
    • とてもあのバッチー川の源流とは思えないくらいの清流。たかが10kmそこらでどうしてあんなにバッチくなるんやと思う。

二色浜[編集]

  1. 二色の浜も「パネルベイ」の一角。
  2. 二色の浜は南大阪の住民にとっては潮干狩りで馴染み深い。
    • その代わり、水質が良くないので海水浴には不適。
    • 大阪府唯一の自然の海水浴場と聞いた。他の所は砂を持ってきたりしてるのか?
      • でも今は頭上に阪神高速湾岸線が通っている。
        • 上に高速が走っていようと自然の海水浴場かどうかに関係なくない?砂浜が自然のものか他所から持ってきた物かの問題だから。
        • 厳密に言うと高速は砂浜の入り口の上あたりなので浜自体の頭上ではないが、非常に目立つ。
    • 二色浜の駅からはちょっと距離がある。
      • その駅から浜への道沿いにあの手のホテルがある。きっと海水浴帰りのカップルにはちょうど良いんだろうが、家族連れにはちょっと気まずい。
    • 大きい帆船の遊具(?)が特徴的。
  3. 実は湾岸線の工事の影響で、ハマヒルガオやハマエンドウの群落が一回消失してしまった。でも、関空と京阪神のアクセスを考えるとこの工事は止むを得ないものだったと思うので何とも言えないが。
    • 結局開業から20年近く経って回復してきたらしいが外来種の雑草も入り乱れているらしく、手放しには喜べない。




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