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阪神タイガースファン/暗黒時代

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阪神タイガース/暗黒時代阪神タイガースファン

阪神暗黒時代のファン[編集]

  1. 阪神が弱かった頃にガラガラの甲子園で応援していた人こそ、本当の阪神ファン。そしてそういう人は決まって、現状に嫌気が差して球場に来ていない。
    • あの頃は、負け試合を観に行った事のスラングに「芝生鑑賞をして来た」というモノがあった。
      • うちの学校では「小/中連体の下見に行ってきた」というのが流行った@西宮
      • 高校野球の下見に行って来た」ってのも聞いた(大阪尼崎在)。
      • 「阪神園芸の仕事っぷりを観察してきた」と芝生鑑賞には亜種のパターンも有る。
    • 暗黒から応援していて、今は鼻高々な人ももちろんいる。
    • この頃の自由な阪神のほうが好きだった人も少なくない…はず。
  2. また、ヤクザだが選手応援歌作曲センス最高の中虎連合応援団がいなくなり、健全だが応援歌作曲センス皆無のダサ黄色ジャージ応援団が跋扈していることに憂いている。
    • 個人的な話で申し訳ないが、シーツの応援歌のファンファーレだけは評価してる。それでもアリアスの「メシアフロムUSA」には負けてるけど・・・。
      • 特に八木や秀太の応援歌は良かったし、今でも口ずさんでしまう。今のバルの応援歌なんかかなりやる気がない。
        • 秀太の曲って確かにええ曲なんやけど、元々中野が使ってたオヤジギャグソングなんだよな……
      • 確かにこの暗黒時代の選手の応援歌は意外と良い曲が多かった。自分もこの時代の選手の曲で好きな曲は多い。
  3. 苦しい時は、あの85年の栄光の映像を見て耐えてきた。
    • そのため2003年5月9日に「平成の三連発」(横浜戦)を目撃し、これでこの年の優勝を確信したファンもいた。
  4. 10点のリードでも逆転されるんじゃないかとハラハラしながら観戦。
    • でもいつだったか、1回に満塁ホームラン2本打った時はやり過ぎだと思った。
      • 1996年10月の試合で新庄と塩谷が記録していた。確かに凄かった。
      • 某特番では「(6位入賞が確定して)開き直ったら強い」と揶揄された。
      • 2015年6月2日のロッテ戦の9回でロッテに2死走者なしからの逆転満塁ホームランを喰らって敗北。しかも、次の日のロッテ戦で6回が終わった時、8-0で阪神が勝っていたのに、7回でロッテに8点取られて同点になってしまった事がある。でも、延長10回で阪神がサヨナラ勝ちした。
  5. そう言えば昔、徳光が「阪神が優勝する事はハレー彗星が来るのと同じ位の珍事」って言ってたけど
    • 空き巣に入られた家主が一番嘆いたのが「頼むから優勝記念のライターだけは返してくれ。もう二度と手に入らんのやから」・・・
      • わかるぞ~~、わかるぞ~~
    • 1985年のこと。この発言の2年後だったか、暗黒突入は。
  6. 負けることを前提に試合を見に行く。ゆえに万が一勝ってしまったら、球場の外でも馬鹿騒ぎ。
    • 勝った時の甲子園の高架下は、無法地帯だった。
  7. 大量得点をあげて勝つと、自分の身に良からぬことが降りかかるのではと、不安になる。
    • あるいは大連敗と言う反動がくるに違いないと思っていた。
  8. いつかバースが「選手として」帰ってくることを、本気で願っていた。
    • 「ああ、ここにバースがおったらなぁー」と呟いた人もいたはず。
      • それで、生まれた格言「バースの再来」。実際に、再来といってよかったのはオマリーとパチョレック、アリアスくらいかな。(2003年以前)
        • それ以外はバースの再来の再来と言われる始末。
        • この時代を経験した阪神ファンは、外国人にはあんま期待していない。
          • マートンも2010年シーズン半ばまでは懐疑的な目で見ていた。
          • というか、暗黒時代後もオマリースカウト時代の助っ人はダメなのばっかりだったから、今のファンの多くも助っ人には懐疑的な目がある。
            • マートンに続き、2014年のマウロ・ゴメスもキャンプ欠席の逸話とイニシャルから「グリーンウェルの再来」などとスポ新で書かれた。掲示板では出場試合0 打点0 打率0(前年のコンラッド以下になる)と予想された。
          • 2015年のマートンは打てないし、ストライク判定に不満な態度をとったり、クレームをつけてしまった。毎年、マートンは問題を起こすね。
  9. ファンの合言葉は「あと100連勝すれば逆転優勝できるから」。
    • シーズン前に先発投手の勝利数を予想して合計すると、余裕で100勝を越える。しかしその内容は「藪18勝、川尻15勝、湯舟15勝、中込13勝、山崎10勝」のような到底不可能な設定。
    • 夏を超える頃には「残り試合全勝でAクラスや!!」と目標が下方修正されている。
  10. シーズン中は、3日に1回はファンを辞めようと思っていた。
    • それでも関西の球団ファンに転じることができず、ずるずるとファンを続けていた。
      • それらの球団が好調&優勝したとき、にわかでそっちのファンに転じるものもいた。
        • その中には、単に優勝セールや騒ぎ事狙いの人も結構いそうだが。
        • 縦縞のハッピを着た人が、グリーンスタジアム藤井寺に来てた。
        • 都合よく掛け持ちファンを公言する奴も当時から少なからずいた。
      • その他球団のファンに乗り換えようと思っても、やっぱり阪神に未練があり乗り換えきれなかった。
        • 親の影響でファンになったとかいう場合、特に多い。
      • ファンを辞めたいと思っても、一度も浮気しなかったのは「真のファン」。
  11. 圧倒的な負け試合の中トラッキーのパフォーマンスが唯一の楽しみだった・・・
  12. この頃からファンをやってる人は、2007年オールスター明けの驀進劇~嘘のような連敗を見て心のどこかでホッとしたハズ。
    • 「9連勝したら10連敗する」なんて事が多々あったモノだ。暗黒時代は。
    • 2008年の戦績(13ゲーム差からのV逸)を見ても、この時代からの阪神ファンの中には「当然だろう」「むしろ安心した」と思う人が少なからずいるらしい。
  13. 当時からのファンは、「自分が観戦したから負けた」とか、「自分がファンだから最下位」とかいう考えが染み付いてしまっているので、強い今でもチームに申し訳なくて観戦できない。
    • そのためどれだけ他球団とゲーム差が離れようと、リバウンドを恐れる阪神ファンは今なおいる。
    • 怪我をしたり物をなくした日は、試合に運が向いてくると思って観戦に行った人もいるらしい。もちろん、更に憂鬱になることの方が多かったらしいが・・・
    • これと関係あってか強くなっている最近でも、負けかけていると「見てたら負ける…」と思い、テレビのチャンネルを変えたくなる。
      • 甲子園などの球場で見ているときも、ピンチになると目をそらしたくなる。
        • チェンジになった時に相手のバッターを確認してすぐにお手洗いや売店目当てに席を外した。
  14. 3連戦で「斎藤・桑田・槙原」をぶつけてくる読売は、血も涙もないと思っていた。
    • 槙原だけは嫌な思い出ばかりでもないけどね。
    • 槙原は伝説のバックスクリーン3連発や新庄の敬遠球サヨナラのイメージが強すぎる。
      • その槙原がバックスクリーン3連発の11年後に対中日戦で音・山崎・大豊から3連発を食らった時に、11年前を思い出して笑えてしまった。
      • それは別々の試合で槙原から打った3発のホームランの映像を特番放映時に繋いだのが流れたら、85年当時の阪神の猛打のイメージと繋がって3連発ホームランと誤解されて印象に残っただけだから。
    • だが、槙原が出てきたら勝てる気が全くしなかったのも事実。
    • 槙原の阪神戦成績は38勝10敗と、阪神戦がもっとも得意だった。2つの負け試合が有名すぎるために意外な印象がするが。
      • 巨人ファンでもないのに「まきはら」「マッキー」といえば歌手ではない。
    • 兵庫出身の村田が阪神戦にやたらに強かった。
    • あの頃の読売は人でなし集団に見えた。
      • 阪神ファンのアンチ巨人傾向はいつになっても変わらないが、この頃は巨人を試合以外の面でしか貶めることができなかった。
      • ジャンパイアとかドームランなどを唱える輩もこの頃は多かった気がする。
        • 大阪や神戸の大手企業が東京流出したのもこの頃からだった。東京の象徴が憎いのは仕方がない
    • 阪神戦見ようとして新聞でサンテレビのテレビ欄を探し、「巨人先発:斎藤雅」という文字を見ると敗北を確信する。
      • 現実逃避に別チャンネルにも目を通す。
      • 巨人戦の斎藤の他、ナイター中継見ようとTVつけて「広島の先発は北別府……」と聞いただけですぐチャンネル変えてた人がいるとのこと(90年代前半)
      • 槙原は1998年8月2日の阪神対巨人戦で起きた乱闘でビビッてしまった。
      • 斎藤や桑田は打撃センスもあり、当時の阪神の下位打撃陣よりよほど脅威だったとか。
        • 「巨人だけDH制」という言葉もあった。
      • 横浜DeNAファンはスポーツ新聞で「阪神先発:藤浪晋太郎」という文字を見ると敗北を確信してしまいます。
  15. 1回の攻撃、1番和田豊の応援歌を歌い始めた時が、試合で一番楽しい時だった。
    • 「おとこーならいーのちかけーてーぼーるーにーくーらーいつーけー♪」
      • 「ゆけよーゆけよーわだゆたーかーおまえーのーでんばんだぜー♪」
    • その次が「こーのーいちだにかーけろー♪」だった事がある。暗黒史に残る謎の「スタメン2番・桧山」・・・(しかも開幕3連戦でやった)
      • 2番は「レツゴーレツゴーてるーよし」がデフォじゃないのか!?
        • 中日に行ってまた阪神に戻った久慈か・・・。沖原に応援歌を譲ってもらえずヒッティングマーチ2番だったな・・・。
        • 実は、最初にこの歌を使っていた吉竹も2番打者というのが多かった。
    • シーズン中の希望といえば、和田の打率だけだったというファンは決して少なくない。
      • 暗黒期後半は新庄の珍プレーもだぜ。
        • 新庄はファインプレーとその失敗の珍プレーの半々だったなあ。
    • 2001年の和田の引退スピーチを聞いていた人は、2003年の優勝の感動も一入だったと聞く。
      • また某所では選手としての和田豊と、2012年以降のスパイスを別人扱いしているところがある。
      • 2012年は、アレやったけれども、2013年は、交流戦前の時点で破竹の勢いで突っ走ってて、和田の優勝への意気込みが伝わってくるようで、これも、あの引退スピーチが思い起こされてなんか泣けてくる……
        • 優勝してしもたら往年のファンは発狂するかも……
          • だがその結果は余りにも酷すぎた。
  16. 負け試合を見せられ、「二度と見に来るか!ボケ!」と捨て台詞を残し、次の日も同じ席で観戦
    • 阪神ファンの悲しき習性。今の横浜ファンより熟成されていただろうか。
      • それでもあちらは内川・村田といった個人タイトル獲得選手が出てくるだけかなりマシなはず。
        • 和田豊とか、どんでんとかってタイトル持ってなかった?
        • この頃の阪神からのタイトルホルダーといえば、新庄がゴールデングラブの常連で01年に赤星が新人王と盗塁王をダブル受賞していた。
    • とりあえず得点してくれれば何でも良かった。
  17. 子どもの時、「何で阪神は勝てないの?」と親父に聞いたら「阪神だからに決まっとるやろ!」と言われ、それ以上何も言えなかった。
    • 僕も昔、「何で阪神と巨人はこんなに強さの差が激しいの?」とオカンに聞いたら「阪神と巨人は、小6と小1の喧嘩みたいなもんやから、しゃーないやん」と言われて納得せざるを得なかった。
    • 「阪神は『草野球チーム』でリーグに入れてもらっているんだ」って言われた人もいたと聞いたことがある。
  18. ぶっちぎりで指定席への道を突っ走ってた時、七夕の短冊に「阪神が優勝しますように」と書かれているのを見て、思わず泣きそうになった
    • 優勝は無しでも良いから3位にはなってくれって言っていた人がいたぞ
    • ゴメン、絵馬に書いたわ。
    • 1992年は狂喜乱舞(だった、途中までは)。 byその時はまだ生まれていなかった中学生
    • 甲子園裏の素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)の絵馬には「せめて3位、最悪でも4位に入ってくれ~」「Aクラスなんて贅沢言わん!せめて5位に…」「もう最下位は嫌や~」など切実なメッセージがあった。
      • 5位入着させてくださいと書いたことあるわ。でもその年も(ry
  19. 5位のことを「セリーグの5本の指に入った」と言う。
    • 又は、競馬風に入着、もしくは着を拾うともいう。
    • 1990年代後半は最下位が当たり前だったので、1997年に5位になっただけでも嬉しかった…。
      • 「今年のタイガースはよく頑張りました。大躍進の5位!」とバラエティ特番でも言われました……
  20. 15年前の虎の涙が、今、美味い!
    • 2008年現在で唯一の現役、檜山がそんなに貢献しているかどうかは微妙なところである。
      • 「焼酎」の話よ。
    • 2003年に阪神百貨店の優勝セールで日本酒買ったけど、2年後に飲む事になるとは思わなかった。
  21. 新聞の順位表は下から見てしまう。
  22. イチローの打率よりも、勝率が低くなったらどうしようと戦々恐々。
  23. 俺が小学生の頃、ポケモンで阪神はコガネライコウズだよなと言ったらライコウ好きの俺の友達がきつい一言(以下↓)
    • 「ハア!あんなチームライコウが可哀そうだよ!、阪神はゴ○○○ズで十分だよ!」と言っていた
    • ちなみに「ゴ○○○ズ」はポケモンですら無いし・・・
    • 実はアニメ版ポケットモンスターには「コガネエレブース」が登場しているんだよね。コイキングスとかも出てた(元ネタはあえて言うまい)。そしてエレブースの成績はというと・・・お察し下さい。しかしポケモンでもネタにされる阪神って・・・
  24. 「せめてゲームの中だけは・・・」とファミスタパワプロに現実逃避を試みるも、ちっとも現実逃避になっていなかった。
    • 上のほうにも書かれていたが、攻略本でも駄目押しされる始末。
    • パワプロ95では結構強いけどな 他は知らんが
  25. 「最下位を脱出した」だけで、道頓堀川へ戎橋から飛び込む人がいた。
  26. 当然のことではあるが、最近以上に大阪の巨人ファンが少なくなかった。阪神ファンとしては、地元にも関わらず、(色んな意味で)肩身の狭い思いをせざるを得なかった。
    • 友達や先輩に好きな球団を聞いたところ、大阪にも関わらず「巨人」と答える人が多く、がっかりした。
      • 続けて「何で巨人なん?」と聞くと「阪神ショボいやん」と答えていた。確かに無理なかったな。
        • 今中学生だが、今でも名残か(もしくは再来か)その傾向がある。野球部員の3割は巨人ファン。ちなみに4割阪神、2割オリックス。
          • そのうち、また出てくるんやろな。「実は俺阪神ファンだったんだ」とかホザク奴。
        • この頃の関西の巨人ファンは1985年の阪神優勝以前(特に昭和40年代の巨人の超黄金時代)よりも多くいたかもしれない。
          • 阪神の暗黒時代っていうのもあるが巨人が長嶋監督や松井秀喜の活躍で注目を集めていた時代だったっていう意味でも張り合えなかったのは仕方なかったかも。
        • 小学校の同級生で、クラスに1人以上は巨人ファンがいた。よりによって星野監督時代で阪神ファンの先生のクラスだった。
        • 90年代当時はもちろん、優勝経験し成績マシになった2000年代や暗黒再来しそうなこともある2010年代現在も、関西の巨人ファンにはアンチ阪神として旧近鉄を含めオリックスと掛け持ちのファンも多い。
    • こういう人たちに限って、星野監督時代ににわかで阪神に乗り換えてきた…。
      • “仲間”が増えたのは少しうれしいが、素直に喜べなかった。
      • 素直に喜べなかったというよりも腹が立った。
      • 「よく巨人を捨てれたな」とも思った。
        • それから数年経ってから八木や新庄を忘れてる事からも今なおにわかが健在なのが伺える。
          • にわかに対して「これまで阪神の『ハ』の字も出さんかったくせに今更阪神もないやろ!」と怒るファンも少なくない。
            • 全くその通り。
      • 阪神が強くなりだした星野監督時代、にわか阪神ファンが多かったがアンチ阪神も相変わらず多かった。
        • 俺自身、阪神ファンになりたての2001年頃は「阪神ショボい」とからかわれていたが、阪神が強くなればなったで「優勝しやがって…」みたいなことを言われた。
          • あっ! にわかめっけた。でも正直でよろしい。
          • 2001年(野村最終年、和田引退年)なら「ニワカ」でも「弱い現状含めて愛してる」ということだから、良いファンだと思うが。
            • そもそも「にわか」と常にいってたら、新規ファンが入ってこなくなってしまう。
              • あの~~、「でも正直でよろしい。」と書いて良い評価をさせてもろたんですけども……
              • 2003年や2005年の優勝をみてからファンに成った人ならともかく、暗黒最末とはいえもう12年経ってる人を「にわか」というのに違和感を覚えたもので。
              • へえ!そんなに経ってたんか…… 感覚的にはまだ5年くらいしか経ってないもんやとばっかり思ってた…… 年とるとなんか5年10年くらいの感覚ってずれてくるんよね、すんません。
            • 野村最終年って、スコア的には弱かったけど充分復調傾向出てたような気がする。
      • 結局、彼らは真弓、和田の時代に巨人ファンに戻っていった。
        • 広島へ乗り替わりました。
      • 00年代の暗黒脱却するかしないか以前からニワカ関係なく巨人から阪神に乗り換えた人自体少なからずいた。芸能人だと水樹奈々や大林素子などがその例。
  27. 2008年、阪神ファンが巨人のホームランになる打球を妨害したが、実は暗黒時代には新庄の打球を妨害して2ベースにしてしまった。
    • その人の試合後の処遇については定かではないが(応援団員だった)、新庄本人は後のTV出演時に彼を擁護する発言をしていた。
    • もし当時からネット、特にTwitterやなんJがあればその打球を妨害した犯人が本当の犯罪者並みに恥晒しに遭っていたかも。
  28. 現在はみんな座っているけど、暗黒期はガラガラのアルプススタンドで立って応援。
    • もしくは席で横になって野球鑑賞。
    • それでも流し素麺や麻雀をしていないだけマシだと思う。
  29. ペナント中、試合が無い日だけほっとすることが出来た。
    • 試合に勝てた日も心穏やかになることは出来なかった(後遺症が怖かった)。
    • ペナント中の試合が無い日だけでなく、ペナント終了後の“本当の”ストーブリーグに入った時もほっとできる。
      • ある意味、気分転換のしやすい時だった。
  30. 序盤だけ好調ということが多かったため、優勝した2003年も実はずっと阪神半疑(半信半疑)だった。
    • 6月、7月、8月と月が変わる度に、「そろそろダメだろう」と思っていた。この年も死のロードは大きく負け越したからなお更。
      • いしいひさいちの漫画で、あまりに阪神が序盤独走するのでナベツネが強引に2003年のシーズンを前期後期制にしたところ、阪神の選手がとりあえず前期優勝だと大はしゃぎして「今年このまま優勝できるとは誰も思っていなかった」というオチがあった。
    • そしてそれが現実になってしまったのが2008年……暗黒時代からのファンだからまだ耐えられたが、やはり悲しい。
    • 当時の阪神に慣れてるだけに、2、3位で優勝を逃した時「昔(つまり当時)を思えば、恵まれている」と思う。
    • この当時のことがあるだけに、快進撃を続けていても、いつ没落するか心配でチームの快進撃を素直に喜びづらかった。
  31. 甲子園球場には「失策」という名前のコントを見に行っていた。
    • 巨人をはじめとする他の球団選手にどれだけ笑われ、さらにどれだけTVのネタにされただろう・・・
      • キヨに笑われた新庄、成長が見えない今岡……
    • ゴロが失策で本塁打になってしまったことまで・・・
      • 2014年9月18日の楽天対ロッテ戦でロッテの鈴木とデスパイネの失策(Wトンネル)で楽天の嶋のゴロが本塁打になったことがある。
    • 凡フライでもちゃんとキャッチできるかどうか常に不安な状態で試合を見ていた。
    • 最近では、鳥谷がひどすぎる。ちゃんと、ボール取れよ!
    • 2016年、エラーを連発した鳥谷が2017年、ゴールデングラブ賞に。2016年は何だったの?
  32. 余りに球団が不甲斐無かったため、ファンが抗議で応援するのをやめてしまった時期がある。
    • 「鳴り物中断」と週刊誌にも書かれた。
      • 鳴り物中断どころか、阪神側スタンドがほぼ無人だった時期もあった。
  33. 試合で一番盛り上がるのが、途中経過で読売が負けているのを知った時。
    • 他力本願しかできなかった。
    • あるいは「阪神対巨人3連戦のうち、1勝でもいいからしてくれ」と思っていた。口が裂けても勝ち越しとか三タテなんて望めなかった。
      • 万が一勝ち越しでもしようものなら2カ月間、そして3タテしようものなら半年間は話のタネになった。
    • ちなみに現在でも途中経過で読売が負けているのを知った時は凄まじく盛り上がる。
      • 土・日に虚塵(巨人)がデーゲームで負けた日の阪神のナイターでも良く盛り上がる。2010年夏などの首位争い中なら尚更。
  34. 元阪神ファンであった者や関西出身者で、他球団で活躍している選手を見ると、羨ましく思うとともに自軍のフロントを恨んだ。
    • 90年代後半だと代表は松井。
      • 次が古田だけど、何故か池山はあんまり言われないなぁ。
      • 最近では巨人の坂本。
      • 松井はプロ入り前阪神ファンだったので、大リーグ時代「もし日本球団に復帰したら『阪神松井』を見てみたい」と思っていたが2012年シーズン限りで現役引退…。ついに「阪神松井」を見ることはかなわなかった。
      • 山田哲人はドラフトで負けた過去や高校の先輩がいることからオリファンも気になっている。
    • 野球を題材にしたギャグ漫画だと、野村監督が松井を阪神に移籍させようとして失敗する場面がよくあった。
    • その点では、下柳(日ハム時代に中野猛虎会所属)が阪神に来てくれてホンマに良かったと思っているファンは多数。
  35. 2003年の優勝を見たとき、次はまた18年後に違いないと思っていた。
    • 阪神優勝特集の漫画でも「18年後また会いましょう」なんて記していたのが沢山あった。
    • 1985年の21年ぶり優勝時にも同じように「次は20年後だろう」と思っていた人はいるらしい。ほとんど事実(そこまでの過程は悲惨だが)となったが。
    • 2004年にスポニチの4コマで岡田監督(当時)と巨人・堀内監督(当時)が話をしていて、堀内に「また去年みたいに優勝するでしょ。…18年後に」と言われ、岡田が「分かりやすいオチや…。」と呟いた。
    • そういう意味では、2005年の優勝を見たとき、阪神が強くなったのを喜ぶ反面、10~20年に一回しか優勝できなかった事もあって正直びっくりした人も多くいたはず。
      • 実際、ココリコ遠藤がスポニチの取材で「次は50歳ぐらいまで待たなアカンと思ってた」と言っていた。
      • 1962年優勝(2年)1964年優勝…(21年)…1985年優勝。あ(察し)
  36. 試合で大量の得点差を相手に対してつけると、「今日はもうええ、明日に取っといてくれ」と願った。
    • もちろん、連勝は初めから期待していなかった。
  37. 2001年のみだったが、実はロッテよりも先にビッグフラッグを使っていた。
    • 紺色で「Let's Go!Tigers」と書いてあるでっかい旗。ナゴヤ東京で使っているのを見たが迫力があった。
  38. ロッテと大洋に親近感があった。
    • それゆえ2005年の日本シリーズは、始まるまでは期待していたファンも多かった。
    • 「がんばろう神戸」以降合併後も含め、オリックスにも親近感を感じて同情してしまう。
  39. リーグ優勝といえば、セではなく、ス(=ストーブの略)だった。
  40. 弱い阪神にキレて牛丼を投げた阪神ファンがいた。
    • 当時の助っ人の不甲斐なさもあるんだろうが、そこにマートンがいたら何を思うのだろうか。
    • 92年9月の東京エッグでの巨人戦では不甲斐なさにラジカセを投げた奴もいた。
  41. この80年代後半~00年代初頭の暗黒時代を経験したはずなのに、03年・05年の優勝を見てそれ以降の優勝争いに慣れてしまい、阪神ファンは良く言えば貪欲悪く言えば贅沢になってしまった。
    • ファンといいマスコミといい暗黒時代から悪いところ探しや自虐の癖を引きずっているところが多い。
      • 09年以降優勝争いの反動や世代交代の苦戦などで暗黒に逆戻りしかねない状態が多かった時に、良くも悪くも90年代頃を思い出す人が多かったかも。
      • 選手本人特に暗黒と好調期の両方知る桧山も「油断しているとまた昔に戻ってしまう」とテレビの取材で語っていた。その言葉通りだった。
    • 同じ順位でも感想が180度違ってしまう。近年優勝やAクラス入りを逃がした際、惜しいというよりガッカリが先行してしまう。
  42. 2006年までの日本ハムや16年までの広島カープを見ていて、優勝のブランクの長さで85年や03年の阪神を思い出したファンが良くも悪くも多かっただろう。

阪神タイガース
項目別:親会社 | ダメ外人 | アンチ阪神 | 暗黒時代
本拠地:甲子園球場/大阪ドーム/甲子園駅
ファンの噂:阪神ファン暗黒時代 | 選手別 | ファン?
○○に言いたい:球団に言いたい | ファンに言いたい
勝手国:阪神タイガース共和国
研究:死のロードを解消する方法 | 用語:33-4
もしも借箱(プロ野球編) | 歴史のif検討委員会(野球)
偽モノの特徴:偽球団 | 偽選手/偽星野/偽新庄 | 偽ファン | 偽甲子園



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