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高校野球/大会別

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1990年代[編集]

1990年夏[編集]

  1. この大会から参加校が4000校を超えた(4027校)。
  2. 沖縄水産が沖縄県勢として初めて決勝に進出。天理との決勝戦も終始押し気味に運んだが、0-1で惜敗。
    • 沖水は翌年も決勝に進出したが準優勝。沖縄県勢の夏の甲子園優勝は20年後の興南まで待つことになる。
  3. 中村紀洋(渋谷)・鈴木一朗(愛工大名電)・松井秀喜(星稜)といった後の名選手たちが出場した大会でもある。
    • 他にも北川博敏(大宮東)・村松有人(星稜)・武藤孝司(横浜商業)など、後にプロで活躍した選手たちも出場した。
    • 中村が所属していた渋谷は無名の高校だったが大阪府大会の決勝で上宮に勝ち、公立高校としては8年ぶりの甲子園出場を決めた。
  4. 9回裏二死ランナーなしから怒涛の連打で逆転サヨナラ勝ちという劇的な試合もあった(2回戦の山陽対葛生戦)。

1993年夏[編集]

  1. 冷夏の影響か地方大会で雨天順延が頻発。全ての代表校が出揃ったのは開会式5日前の8月3日だった。
    • 地方大会で波乱が続出したこともあり、初出場が15校というフレッシュな大会に。
  2. 混戦の本大会を制したのは育英(兵庫)。大会新記録の30個の犠打を決め、6試合で僅かに4つのエラーと守備も安定していた。

1995年春[編集]

  1. 阪神・淡路大震災の影響で開催が危ぶまれた大会。
    • 被災者や復興工事関係者への配慮のため、出場校の選手は貸切バスではなく電車を利用しての球場入り・応援団バスの甲子園球場付近への乗り入れ・応援時の楽器使用を自粛などが呼びかけられた。
      • 更に開幕直前の3月20日に発生した地下鉄サリン事件の影響で、入場者には厳重な手荷物検査が実施された。
  2. ライト側のフェンスには高野連と毎日新聞社による「復興・勇気・希望」、レフト側のフェンスは兵庫県と西宮市による「全国の皆さん、温かいご支援感謝します。」というメッセージが掲示された。
  3. 優勝は初出場の観音寺中央(香川)。真っ白いユニフォームが印象的だった。
    • その観音寺中央に決勝で敗れたものの銚子商が久々に復活。初戦では後にプロ入りした澤井良輔とPL学園の福留孝介が対決し、ともにホームランを放ち甲子園を沸かせた。
      • ほかにも、荒木雅博、森野将彦、藤本敦士、鶴岡一成など、後にプロ入りして活躍する選手が数多く出場した大会だった。
  4. この回から両耳の打撃用ヘルメットの着用が義務化。
  5. 宇部商が初戦で初回に6点取られるも逆転勝ち。またしてもミラクル宇部商伝説が生まれた。
  6. 兵庫から3校選出された。

1995年夏[編集]

  1. この年から4試合日の1試合目の試合開始時間が8時30分と従来よりも30分繰り下げに。
  2. 北国のチームが奮闘した大会。ベスト8の半分が北陸・東北・北海道勢だった。
    • 2回戦で15‐13の歴史に残る大打撃戦を制した旭川実や、好投手がいた柳川に延長15回の死闘の末に勝った敦賀気比、そして後に金農旋風で世間を騒がせた金足農などが入った。
      • 旭川実に関しては1点ビハインドの9回2アウトで平凡なサードゴロがイレギュラーしてヒットになる幸運もあった。地元では「ミラクル旭実」とも呼ばれた。
    • そんな中で星稜が石川県勢初の決勝進出。2年生エース山本省吾は決勝で左足を痛めながらも好投したが惜しくも敗れて準優勝。
  3. こういった北国の健闘が光った中で優勝したのは帝京。
    • だが、東東京大会でのコールド回避による得点拒否や、初戦の初出場日南学園戦でのラフプレーなどが原因でヒール役を買って出てしまう。
      • この日南学園をはじめ、後に甲子園の常連となる盛岡大付や山梨学院大付、98年に準優勝した京都成章など近年では多い15校が初出場となった。
  4. 福留孝介が初戦で2HRなどの活躍でPL学園をベスト8に導いた。
    • 全国制覇も狙えたが準々決勝で智弁学園にまさかの敗戦。ちなみにこれが智弁勢初の夏の甲子園準決勝進出となった。
  5. 春夏連覇を狙った観音寺中央がサヨナラ負けのピンチの場面で内野5人シフトを仕掛ける。が、実らず無念のサヨナラ負け。

1996年春[編集]

  1. 初日から夏春連覇を狙った帝京が初出場の岡山城東に敗れる波乱の幕開け。
    • 勢いに乗った岡山城東はベスト4まで進んだ。
      • このほか、隣県の広島高陽東もベスト4まで進んだ。両方とも初出場の公立校。
    • 帝京は去年のセンバツに続いて2年連続でまさかの初戦敗退となった。
  2. 鹿児島実が決勝で2年前の優勝校智弁和歌山を下して鹿児島県勢初優勝を果たす。
  3. ホームランはたったの5本。これは18本も出た前年の3分の1以下だった。

1996年夏[編集]

  1. 「奇跡のバックホーム」で全て持って行かれた大会。
    • 奇跡のバックホームばかり取り上げられているが、これも色んな奇跡が重なって起きた。
      • 9回裏に1点ビハインドの場面で2アウトから1年生バッターのホームランで熊本工が追いつき、10回裏1アウト満塁で一打サヨナラのチャンスで松山商がライトを変えた直後にライトへ大飛球が飛び誰もが犠牲フライでサヨナラ勝ちかと思った場面で、ライトの矢野正嗣から約80メートルのノーバウンド返球で3塁ランナーをホームでアウトにした。文字で表すのは難しいけど、映像を見ればその凄さがわかるはず。
    • 松山商は大正・昭和・平成と3元号で優勝を果たした。
      • この年は松山商や熊本工を含めてベスト4が全て公立校で占められた。
  2. 三重海星が2回戦で早稲田実に逆転サヨナラ2ランで劇的勝利。学校では今でも伝説になっているらしい。
    • 逆転サヨナラ2ランを打った稲垣正史はその後大学へ進学したが、白血病を発病し23歳の若さで亡くなってしまった。
  3. 丹波慎也が亡くなって1年経った命日の日、横浜が試合をするも9回に6点取られてまさかの逆転負け。
    • この試合に勝利した福井商はその後ベスト4まで勝ち進み、福井県勢2年連続のベスト4入りとなった。
  4. 女子マネージャーが記録員としてベンチ入りした初めての大会。
  5. 関本賢太郎、後藤武敏、石井義人と後に代打の切り札としてプロで活躍する選手が出場した大会。

1997年春[編集]

  1. 雨の影響をもろに受けた結果、決勝戦が午前中に行われることに。
    • その決勝戦は中京大中京と天理の名門対決に。結果天理が勝ちセンバツ初優勝。
      • この年は天理を含め近畿勢が3校もベスト4に残った。
  2. 日高中津が分校として初めての甲子園出場を果たす。
  3. 9回2アウトからエラーでまさかの逆転劇に繋がる試合が2試合もあった。
    • 郡山と育英か…。マモノさん活躍しすぎ…。

1997年夏[編集]

  1. 後に甲子園の常連となった光星学院、日本文理、履正社などが初出場した。
    • 光星学院は青森県勢甲子園初ホームランを放つも佐賀商に逆転サヨナラ負け、日本文理は優勝した智弁和歌山に19失点の大敗、履正社は1点ビハインドの9回2アウト2,3塁のチャンスでホームスチールを仕掛けるも失敗し敗戦。だが、この経験がその後の甲子園での活躍に繋がったのは言うまでもない。
  2. 平安の川口投手が活躍。ビックマウスにも注目が集まった。
    • しかし、決勝で智弁和歌山に打ち込まれ惜しくも準優勝。ちなみにこの時の智弁和歌山のキャプテンは、後にプロ入りして現在は母校で監督を務めている中谷仁監督だった。
    • ちなみに初戦で戦った県岐阜商には石原慶幸、高知商には藤川球児がいた。藤川に至っては兄との兄弟バッテリーで注目を集めた。
  3. 後にプロで活躍する当時2年生エースの和田毅と石川雅規が初戦で激突。最後は9回裏同点の場面でノーアウト満塁から和田が打者の石川に押し出し四球を与えてしまい石川に軍配が上がった。
    • まさかここから秋田県勢が夏の甲子園で10年以上勝てなくなるとは思わなかった。一方和田は翌年も甲子園に帰ってきてベスト8まで進出した。
  4. 市立船橋が甲子園史上最大の8点差をひっくり返す大逆転勝利。ブルーのユニフォームが印象的だった文徳を下した。
  5. 敦賀気比が福井県勢3年連続のベスト8進出も、準々決勝で前橋工の好走塁にやられて無念のサヨナラ負け。
    • その前橋工は2年連続ベスト4に進むもまたしても準優勝校に敗れ群馬県勢初の決勝進出を逃す。
  6. 浦添商が快進撃を見せてベスト4入り。準決勝では優勝した智弁和歌山に互角の試合を演じるも延長10回に無念のサヨナラ負け。沖縄県勢初優勝にあと一歩届かなかった。

1998年春[編集]

  1. 準決勝がともに神奈川vs大阪に。
    • 一方が松坂大輔vs上重聡、もう一方が久保康友vs館山昌平だった。
      • 勝ち上がった松坂と久保が決勝で投げ合い、松坂の完封で横浜が優勝。
        • 横浜とPLは夏も戦うが、まさかこの戦いが歴史的死闘になろうとはこの時は誰も思わなかっただろうな。
  2. 関西学院が61年ぶりに、関大一が69年ぶりに選抜に出場。
  3. 実は近畿勢はこの年8校も選ばれたが、和歌山だけ選出されなかった。

1998年夏[編集]

  1. 記念大会に伴い、東京と北海道に加えて、埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫からも2校出場。
    • その中には、中居正広の母校平塚学園、JFKのK(久保田智之)擁する滑川、後に色んな意味で注目を集めるTDN擁する八千代松陰などが初出場。
  2. 開会式でジャニーズjr.がライブをした結果物議を醸す結果に。
  3. 平成の怪物松坂大輔フィーバーに沸いた大会。
    • 準々決勝はPL学園に延長17回250球をを投げ切り完投勝利すると、登板回避(9回のみマウンドに上がった)した準決勝の明徳義塾には0-6から8回、9回でひっくり返し劇的サヨナラ勝ち。極め付きは決勝戦でノーヒットノーランを達成し春夏連覇達成。漫画でも描けないような物凄い勝ち方だった。
      • PL学園との試合は球史に残る試合だった。その一方で250球は投げすぎとの意見が増えたため、2000年より延長戦が15回にまで短縮されることになった。
      • 明徳義塾戦ではテーピングをしていた松坂が8回の猛反撃を見てテーピングを取る瞬間、甲子園が一気に盛り上がった。そして9回表マウンドに上がった松坂が3人で抑え裏のサヨナラに繋げた。
      • 準々決勝以降の戦いばかり注目されるが、それまでの戦いも楽な戦いではなかった。特に2回戦では初戦でノーヒットノーランを達成した杉内俊哉擁する鹿児島実に中盤まで抑えられていたが、最後は松坂が杉内からホームランを打つなどして何とか勝利した。
        • この年は松坂や杉内をはじめ、和田毅、村田修一、新垣渚、久保康友、森本稀哲、栗原健太、東出輝裕など多くのプロで活躍する選手が出場した。
      • 松坂に隠れがちだが、準優勝した京都成章の古岡投手もよかった。何せ初戦から決勝まで1人で投げぬいたんだから。
  4. 大会序盤は雨の影響を受けた。第1回大会以来の雨天によるコールドゲームによる引き分け再試合があった。
  5. 何度見ても宇部商藤田投手のサヨナラボークは切ないな…。
    • 延長15回の熱戦の終わりがこれだからな…。この試合に勝利した豊田大谷は次の試合で智弁和歌山の夏連覇を阻止し、その勢いでベスト4まで進んだ。
  6. レフトのラバーフェンスの隙間に腕が挟まって動けなくなる珍事があった。
  7. 富山商が逆転の報徳に満塁ホームランを浴びせ逆転勝ち。ちなみにこれが富山県勢11年ぶりの甲子園での勝利となった。
    • 他にも浜田が和田毅の活躍で島根県勢10年ぶりの夏1勝。その勢いで強豪帝京まで撃破しベスト8まで進んだ。
  8. 開幕戦は桐生第一が延長戦の末サヨナラ負け。だがこの翌年、その桐生第一が甲子園を沸かせることに。

1999年春[編集]

  1. この年から初戦の2回攻撃前にお互いの対戦校の校歌が流れるように。またセンバツ限定で第1試合前に小中学生による始球式が行われるようになった。
  2. 沖縄尚学が沖縄県勢として甲子園初優勝。紫紺の大旗がついに東シナ海を渡った。
    • 試合終了後には甲子園全体でウェーブが起きた。
    • この年の入場行進曲が沖縄出身kiroroの「長い間」だったのも何かの縁か。
    • 準決勝のPL学園戦が大熱戦だった。延長12回の死闘、エースの比嘉公也が212球の熱投で完投勝利。その彼は9年後監督として母校を再びセンバツ優勝に導くことに。
      • この年は延長戦が異様に多かった。1回戦の最後の方は4試合連続延長戦が続くことも。
  3. PLと横浜が3季連続で対戦。PLが3度目の正直を果たした。

1999年夏[編集]

  1. 好投手が多かった大会。
    • 中でも凄かったのは桐生第一の正田樹。決勝までの全試合をほとんど1人で投げぬいて去年の松坂大輔を上回る防御率1.00の驚異的な数字を残し、群馬県勢初優勝に導いた。
  2. 吉備のドカベンこと森田選手が甲子園で1番飛んだと言われる超特大ホームラン(推定飛距離150m)を放った。
    • 準決勝の智弁和歌山戦では9回1点ビハインドの場面で敬遠され、続く馬場選手が守備の際で負傷した左足の痛みをこらえて逆転サヨナラヒット。岡山理大付を岡山県勢初の夏の甲子園決勝に導いた。
      • 前年の横浜vs明徳の熱戦に隠れがちではあるが、この年の準決勝は2試合とも面白かった。次の試合も緊迫の投手戦だったし。
  3. 都立高が19年ぶりに甲子園に出場した。ここから2003年まで奇数年ごとに出場することに。
  4. 富山の新湊が0‐5で迎えた9回に一挙5点を奪いその後延長戦で勝ち越して劇的勝利。石川の小松との隣県対決を制した。
    • 勝負は下駄を履くまではわからないとはこのことを言うんだな…。小松は甲子園初勝利を思わぬ形で逃した。
  5. 鳥谷敬が甲子園初出場。甲子園のマウンドにも上がった。
    • 他にも田中賢介や鶴岡慎也もこの大会に出場した。
  6. 青森山田が青森県勢として三沢高校以来のベスト8に進出したが、なんと全試合相手が九州勢だった。

2000年代[編集]

2000年春[編集]

  1. 内海哲也がいた敦賀気比が不祥事で出場辞退。
    • 出ていたら優勝していたかもしれなかったのに…。結局夏も出れず内海は甲子園を経験することなく高校野球生活を終えた。
  2. 長野商がなんと68年ぶりにセンバツ出場。金子千尋の好リリーフもあって見事初戦を突破した。
    • ちなみに2回戦で対戦した鳥羽にはのちにチームメイトとなる平野佳寿がいた。
  3. 東海大相模が初優勝。初戦で20得点を挙げた強打の智弁和歌山を抑えての優勝だった。
    • だがこの悔しさが夏の猛打につながっていくんだよぁ。

2000年夏[編集]

  1. 智弁和歌山が打力で圧倒した大会。
    • どれだけ点を取られても打って取り返す、そんな超攻撃的野球だった。
    • ジョックロックが魔曲と化した。
      • 特に柳川との準々決勝は凄かった。強打の智弁和歌山相手に血豆を潰しながら粘投した香月投手も見事だった。
        • この年の準々決勝は全試合が1点差、白熱した試合ばかりだった。
  2. 背番号1じゃない背番号一桁の選手がピッチャーで活躍するチームが多かった。
  3. 左投げのキャッチャーに左投げのサードといった個性派ぞろいの那覇高校が出場。
    • 初戦で相手チームにいた熱男のエラーが決勝点となり甲子園初勝利を挙げた。
  4. 札幌南が当時の最長ブランクとなる61年ぶりの出場。またセンバツにも出場した鳥羽も夏54年ぶりに出場した。
  5. 去年のベスト8の青森山田を上回り、光星学院がベスト4まで進出した。この辺りから青森が高校野球の強豪県になってきた感じがする。
  6. 打つ方ばかりクローズアップされがちだが、好投手も数多くいた。中でも浦和学院の坂元弥太郎は大会タイ記録の1試合19奪三振を達成した。

2001年春[編集]

  1. 21世紀最初の甲子園となったこの年から「21世紀枠」が新設された。
    • そしてその21世紀枠で出場した宜野座がベスト4。
  2. 21世紀枠新設のため記念大会でもないのに34校出場。
    • 翌年から関東と近畿の枠が1枠ずつ減らされる。
  3. 茨城から3校も選ばれた。そして常総学院が初優勝。

2001年夏[編集]

  1. 日南学園の寺原隼人のスピードに注目が集まった。
    • ちなみに154㎞を出した2回戦の試合がこの大会唯一の延長戦だった。
  2. 日大三が強力打線で初優勝。
    • 前年の智弁和歌山が記録したチーム打率記録を上回る強力打線だった。
      • この年のドラフト会議で日大三高からは近藤一樹(近鉄)・内田和也(ヤクルト)・都築克幸(中日)・千葉英貴(横浜)の4人が指名された。
    • 近江が滋賀県勢初の決勝進出。三本の矢と呼ばれた継投策が上手くハマっていた。
  3. のちに甲子園の常連校となる明豊と聖光学院がともに初出場し初戦で対決。20-0という圧倒的大差で明豊が勝った。
  4. 松山商がベスト4に入ったが、これが平成最後の甲子園出場となってしまった。
    • ちなみに初戦で対戦したのが35年ぶりに出場した駒大苫小牧。この3年後同じ愛媛の学校に勝って優勝することになる。
  5. 部員17人、全校生徒も100人ほどしかおらず、廃校の危機に立たされていた塚原青雲が初出場。
    • 甲子園出場が大きく影響したのか、廃校の危機を脱し現在は校名を変えつつも存続している。
  6. この年から選手宣誓が立候補制に。
  7. 新潟県大会を制したのはノーシードの十日町。日本文理との決勝は延長10回・逆転サヨナラ勝ちで初の甲子園出場を決めた。

2002年春[編集]

  1. 大体大浪商が平成で唯一甲子園に出場した大会。
  2. 21世紀枠で鵡川が初出場。どんな時でも必ず行う全力疾走が話題に。
  3. 優勝は報徳学園。しかし準優勝した鳴門工をはじめベスト8以上に四国勢が3校も残った。

2002年夏[編集]

  1. 日韓ワールドカップのため予選の注目度が低かった年。
  2. あの松井五打席連続敬遠からちょうど10年後に明徳義塾が初優勝した。
    • しかし明徳義塾が決勝に進出できたのはこの大会だけ。
  3. 四国勢が全てベスト8に残った。
  4. 1,2年生だけのチームがベスト8に残った。
    • そしてその学校の選手が夏の大会1000号ホームランを放った。
  5. 智弁学園と智弁和歌山の智弁対決があったのもこの大会。
  6. なんと22安打を放ったチームが9安打しか放っていないチームに敗れるというまさかの試合があった。
    • 他にも相手に2安打しか打たれてないのに負けるチームも。
  7. 地方大会には歴代最多の4163校が参加。
  8. ホームランが出まくってラッキーゾーンが撤去されてから最多の43本も出た。

2003年春[編集]

  1. この年から「希望枠」と「神宮枠」が新設された。
    • 希望枠は2008年で廃止になる。
  2. 東洋大姫路-花咲徳栄が1969年夏の決勝戦以来34年ぶり、15回制になって初の引き分け再試合になった。
    • そして史上初の引き分け再試合も延長戦。
      • 延長10回ワイルドピッチで東洋大姫路がサヨナラ勝ちした瞬間の写真がウケてAA化された。
  3. 隠岐の島から甲子園出場校が誕生。初戦で大敗してしまったが。
  4. 全試合危なげなく勝ち上がった広陵が涌井や成瀬など多くのスター選手がいた横浜を倒して3度目の優勝。
    • とは言っても広陵も上本博紀や西村健太朗などのちにプロで活躍する選手ばかりだったけどね。

2003年夏[編集]

  1. 大会前に勇退を表明していた常総学院の木内監督が有終の美の優勝。
    • しかし2008年に一度まさかの復帰。
  2. 番狂わせと雨による順延が多かった年。
    • ベスト8の顔ぶれが常総学院と東北以外前評判の低かったとこばかり。
      • その一つが岩国。2回戦では選抜王者広陵を撃破する番狂わせを見せベスト8入りした。なんとそれまで1度も甲子園で勝てていなかったのだから尚更。
    • この年から準々決勝が2日に分けて開催されるはずだったが相次ぐ順延により1日で実施。
  3. 倉敷工-駒大苫小牧で駒大苫小牧が8-0とリードしていながら降雨ノーゲームで得点が無効となり、再試合は駒大苫小牧が2-5で負けてしまう悲劇が発生。
    • しかしその翌年から…
  4. 2020年時点で都立高が夏の甲子園に出た最後の大会。
  5. この大会からベンチ入りの選手が18人に。
  6. 鳥栖商のチアが色んな意味で話題に。
  7. 江の川が島根勢としてなんと80年ぶりにベスト4入りした。
  8. 平安対東北の投手戦は凄かった。平安の服部大輔と東北のダルビッシュ有の奪三振ショーは最後まで目が離せなかった。
    • 両投手の奪三振数は合わせて32個。延長11回まで及んだ激戦を制した東北はその後決勝戦まで進出した。

2004年春[編集]

  1. 済美が創部2年で初出場初優勝。”やればできるは魔法の合言葉”というフレーズが一番似合う大会だった。
    • 初戦以外は全て1点差を制しての勝利。特に準々決勝では、優勝候補の東北相手に9回2アウトから逆転サヨナラ3ランで勝利。これで勢いに乗った。
  2. 雨の影響で決勝戦が史上初のナイターに。
  3. 山形県勢が甲子園で初めてベスト8に進出。
    • それも含めて東北の学校が3校ベスト8に残った。みんな準々決勝で負けたが。
      • 東北は勝てたよな…。まさか9回に4点差をひっくり返されるとは。
  4. 愛工大名電が執拗にバントで攻めた。おかげでバント成功という意味の”ナイスメイデン”という語句まで誕生した。
  5. ダルビッシュ有がノーヒットノーランを達成。これが甲子園での平成最後のノーヒットノーランとなった。
  6. 公立校の社が快進撃を見せてベスト4入り。

2004年夏[編集]

  1. 駒大苫小牧が北海道勢初優勝。白河の関を飛び越え津軽海峡まで越えてしまった。
    • 東北勢初優勝なるかと注目された大会で北海道に先を越されるというまさかの結末。
      • そして未だ全国唯一東北だけ甲子園優勝は果たせていない。
  2. 北海道の星駒大苫小牧と、選抜王者済美の決勝戦の打撃戦は印象に残る名勝負の1つにあげられる。
  3. アテネオリンピックと同時期の開催ながら、駒大苫小牧の活躍のおかげで高校野球も盛り上がった。
  4. ダルビッシュ、涌井、前田健太と球界を代表するピッチャーが出場した大会。
    • ダルビッシュが最後の打者で三振に倒れて笑顔を見せたシーンは高校野球の歴史に残る名シーンだと思う。
  5. モリシが盛大にやらかした大会。相手に満塁策を取られて抑えられた直後のイニングで、満塁策でお返しをしてそれで打たれて負けるってさ…。
  6. 東北の学校が春に続いて逆転サヨナラ3ランで敗れた。東北勢はこういうところでの勝負弱さがあるよな…。
  7. 千葉経大付が初出場ながら親子鷹の活躍で4強入り。
  8. 京都勢が昨年のダルビッシュに続いてこの年は涌井相手に延長11回1‐0でサヨナラ負け。後に日本を代表するピッチャー相手に2年連続でやられた。
    • しかしこの試合で敗れた京都外大西は翌年に快進撃を見せることに。

2005年春[編集]

  1. 愛工大名電が前年準優勝の悔しさを払拭し初優勝。
  2. 創部3年目の神村学園が準優勝。前年の済美のような快進撃を見せた。
  3. 雨の影響で初日が開会式しか行われなかった。
  4. 関西が45年ぶり出場の慶應義塾にサヨナラ負け。ここから関西の悲劇が始まることに…。
  5. 高松が当時の史上最長ブランクとなる72年ぶりの出場。

2005年夏[編集]

  1. 開幕2日前に明徳義塾が不祥事でまさかの出場辞退。
    • 当時戦後最長だった7年連続出場が途切れる。
    • 夏の甲子園の出場辞退は戦後初と話題になった。
  2. 駒大苫小牧が57年ぶりの夏の選手権連覇。しかし大会後に駒大苫小牧にまで不祥事が発覚した。
    • 準々決勝が1-6からの逆転、準決勝は大阪桐蔭との事実上の決勝戦を制しての優勝だった。
  3. 平田良介(現中日)が清原和博に並ぶ1試合3HRを放った。
    • 浜風さえなければ3打席目のライトフェンス直撃の2塁打もスタンドインしていて史上初の4打席連続HR達成となっていたかも。
  4. 初出場の清峰が快進撃を見せた。初戦で春の王者愛工大名電を撃破すると、勢いそのままに2回戦で前年夏の準優勝校済美を下し、大阪桐蔭に敗れたものの最後まで白熱した試合を展開した。
    • この活躍が4年後の優勝に繋がっていくんだよなぁ…
  5. 大阪桐蔭辻内が152㎞をマークしたが、この年を境に毎年のように150㎞を超えるピッチャーが現れるようになったと思う。
  6. 宇部商が久しぶりに4強入り。地方大会から1人で投げ抜いたエースで4番の好永投手の活躍が光った。
  7. 春のセンバツにはよく出る国士館が意外にもこの大会で夏初出場を果たす。
  8. 中田翔が衝撃のデビューを果たしたのもこの大会。

2006年春[編集]

  1. 駒大苫小牧が不祥事で出場辞退という波乱の幕開け。
  2. 八重山商工が石垣島の学校として初の甲子園出場。優勝した横浜相手にあと一歩のところまで追いつめた。
    • 初戦では逆転タイムリーを打たれたのに相手選手のベース踏み忘れによって幻になる珍事も。
  3. 斎藤佑樹はこの大会でも延長15回引き分け再試合を経験した。
    • 再試合で勝利した後、甲子園球場に雪が舞うというドラマチックな結末。
  4. 日本文理が新潟県勢としてセンバツ初勝利。
    • 高校野球弱小と呼ばれた新潟勢の快進撃がここから始まったと思う。現にその3年後日本文理が夏の大会で準優勝する。
  5. 長崎県勢として初の決勝進出を果たした清峰相手に21-0で勝った横浜高校…。
    • 準決勝で前田健太擁するPL学園が勝っていたら、決勝で横浜vsPLになっていた。
  6. 坂本勇人が甲子園に出場した唯一の大会。最初の打席で初球を打ってヒットにした場面を巨人のスカウトが物凄く評価したらしい。

2006年夏[編集]

  1. 早稲田実の斎藤佑樹が「ハンカチ王子」の愛称で大ブレイク。
  2. 1969年夏の松山商-三沢以来37年ぶりの決勝戦引き分け再試合。
    • 再試合で早稲田実が駒大苫小牧の3連覇を阻止し初優勝。
  3. 他にも準々決勝の智弁和歌山-帝京など名勝負が続出し、2000年代最大の神大会と言われている。
  4. 日大山形が延長13回逆転サヨナラ勝ちで山形県勢初のベスト8。47都道府県最後となる初のベスト8だった。
  5. 4季連続出場の関西が3季連続の終盤逆転負け(2005年春もサヨナラ負けだった)。まさに悲劇のチーム。
  6. 昭和生まれが出場した最後の大会である。
  7. 斉藤君と田中君しか興味が無い世間がうざい。
    • 2007年は中田君(大阪桐蔭)。・・・が、負けた!グッジョブ金光大阪!
      • 2017年は清宮君(早稲田実業)・・・が、負けた!グッジョブ東海大菅生!
    • 真のマニアは夏の大会に出てこなかった増渕君(鷲宮→ヤクルト)こそ一番の大物だと思っている。
  8. 「日本最南端」の八重山商工が出たとき、何故か感動した。
    • 八重山商工OBの大嶺祐太投手はロッテに入りました。
    • 沖縄本島以外の離島が出た事でも感動した。
    • 「空を見上げました。沖縄の空にも繋がっています」の実況が忘れられない。
  9. 最後は斎藤佑樹が田中将大を三振に抑えて優勝を決めたっていうのもドラマチックだよなぁ。
  10. 誰も挙げていないけど、鹿児島工の活躍も凄かった。特に代打の神様今吉君とか。
    • 元々控え捕手だったが腰を骨折。夏は間に合わないと医者に宣告されたが、不屈の根性で代打の座を勝ち取った。
      • 斎藤佑樹曰く「彼(今吉)だけは三振を狙った」。
    • 鹿児島県大会すら準決勝の段階で「御三家不在」という大波乱。しかも決勝の相手は公立の鹿屋高校(もちろん初進出だし、学校の性質上地元民しかいない)。そこすら8-7での辛勝。雨天中断がなかったら甲子園へ行けたかすらも怪しい。
    • 地元の民放局名物だった実況風解説も、動画配信サイト草創期と重なったこともあり全国的に注目される。
  11. この年初戦で福井と富山が対戦したことなどから翌年より初戦の東西対決方式が廃止されフリー抽選方式に。

2007年春[編集]

  1. この年から出場する選手が全員平成生まれになった。
    • そのことが開会式の実況や選手宣誓でも言われた。
  2. まさかの東海勢のワンツーフィニッシュ。
    • ちなみに同時期に開催された世界フィギュアスケート選手権でも愛知県出身の日本選手、安藤美姫と浅田真央がワンツーフィニッシュ。
  3. 中田翔(現日本ハム)がゴジラ松井以来の2打席連続HRを放った。
  4. 甲子園にイタチが乱入した。
  5. 室戸高校は普通に強かった。報徳学園、宇部商といった常連校を次々と倒しての8強入り。下馬評を覆す戦いぶりだったな。
  6. 常葉菊川が今までの高校野球の常識を覆すノーバントフルスイング野球を見せ初優勝。準優勝した大垣日大も希望枠での出場ながら強豪帝京を倒すなど堂々とした戦いぶりだった。
  7. 21世紀枠で出場した東国原英夫の母校都城泉ヶ丘がのちにプロ入りする藤岡貴裕を攻略して完封勝ち。東国原氏は知事室で喜びを爆発させていた。
  8. 帝京の大田阿斗里が佐賀の小城相手に20奪三振の大会史上2位タイの記録を作った。が、帝京はその年の夏同じ佐賀の学校相手に苦杯を喫することになる。

2007年夏[編集]

  1. 特待生問題で予選の開幕前は大荒れ。
  2. 佐賀北のがばい旋風で佐賀県が大盛り上がり。
    • そして決勝戦で8回裏の奇跡の逆転満塁ホームランで佐賀北が優勝した。
      • NHK(ラジオ)の実況アナウンサーが「あり得る最も可能性の小さい、そんなシーンが現実でーす!」って叫んでたほどだったからなぁ。どれだけ奇跡だったことか。
    • 佐賀代表が開幕戦に登場、決勝戦で満塁ホームランと1994年夏のデジャヴができすぎている。
      • 準々決勝で優勝候補の帝京を倒した辺りから佐賀だけでなく日本中が騒ぎ出したと思う。現に決勝戦ではあの盛り上がりだったからな。
    • この年は九州勢が本当に強かった。長崎はベスト4、大分は初出場校がベスト8、福岡は初戦で劇的サヨナラ勝ち、宮崎は選抜王者相手に大熱戦を演じ、鹿児島は中田翔擁する大阪桐蔭を倒した金光大阪に勝利した。なお熊本は…。
      • 熊本は春にベスト4に入ったから…。
  3. 鳥取の境のトリプル悪送球が2ちゃんねるで大受けとなった。
  4. 興南vs文星芸大付の試合は前の試合が延長戦続きになった影響で20時42分に試合終了。これは記録が残っている中で大会史上最も遅い時間に試合が終了した。
  5. この年より抽選方式がフリーになり、結果関東勢同士が初戦で対決する試合が2試合も発生。
  6. 駒大苫小牧と駒大岩見沢がアベック出場。これが最初で最後のアベック出場となってしまった。
    • 駒大苫小牧に関しては歴代最強のチームだったらしい。初戦でエラーさえなかったらいいところまで勝ち上がっていたのにな…。
  7. 広陵が準優勝。野村祐輔、小林誠司の後に日本を代表するバッテリーが活躍したが、決勝戦で疑惑の判定に泣いた。
    • 小林がミットを叩きつけていたのが印象的。だが、これで野村がこの悔しさを糧にして成長しプロで活躍できたのは紛れもない事実である。

2008年春[編集]

  1. この年から内野席がリニューアルし、ファールエリアが狭くなった。
  2. 21世紀枠がこの大会より3校に。そしていずれも初戦突破する。
    • その中にはライアン小川やX JAPANのYOSHIKIとToshiの母校も。
  3. 沖縄尚学が2度目の優勝。初優勝した時のエースが監督として母校を指揮してそして優勝するドラマみたいな優勝だった。
  4. 投手戦がめちゃくちゃ多かった印象。
  5. 希望枠はこの年限りで廃止。なお、この年の希望枠は2年前にも希望枠で選ばれていた一関学院だった。
  6. 平安が校名変更前最後の出場。2回戦では延長15回再試合の末に勝利。原田監督がインタビューで涙を流していたのが印象的だった。

2008年夏[編集]

  1. 北京オリンピックの影響で印象が薄い大会だった。
  2. ビッグイニングが多い大会だったな。特に常葉菊川と智弁和歌山。
    • 智弁和歌山は1イニング3HRという離れ業をやってのけた。
  3. 満塁ホームランばかり出る大会に。なんと9番打者にも満塁ホームランが出るとは…。
  4. 近年の決勝戦では異例のワンサイドゲームだった。
    • 大阪桐蔭が強かったのもあるし常葉菊川はエースが故障してたってのはあるけど、17-0って…。
      • ちなみに準優勝した常葉菊川の監督は元プロ野球選手。元プロの選手が指揮を執るのは夏の甲子園では初めてのことだった。
  5. 選抜優勝の沖縄尚学を倒した浦添商は本当に強かったな。
  6. 46年ぶり出場の慶應義塾がベスト8進出。高校野球では珍しい長髪の選手が多いことでも話題に。
  7. どれだけ守備の上手い選手が現れても、この年の常葉菊川のセカンド町田と大阪桐蔭のショート浅村の華麗な守備には叶わないと思う。
    • セカンド町田の守備には実況アナも「セカンドに打ってしまえば望みはありません」と言わしめるほど。
  8. 筒香嘉智が大活躍。1試合最多打点タイ記録も作った。
    • そんな彼が初戦では絶不調で7番を打っていたのだから驚き。

2009年春[編集]

  1. 今村猛、菊池雄星と好投手ばかりが目立った大会。
    • 開幕戦はド派手な試合だったなぁ…。延長戦で11-10って。どうなるかと思ったけど結果的に投手が目立ったな。
      • その開幕戦では誤審も発生。誤審のせいで負けなかったのはよかったが…。
    • 今村猛と菊池雄星が決勝戦で投げ合い、今村猛が投げ勝ち長崎に初の紫紺の大旗をもたらした。
  2. 19個も三振を奪ったのに敗れたり、9回までノーヒットに抑えながらも打線の援護がなく延長10回に初ヒットを打たれ敗れたりと、悲劇的負け方が多かったような気が。
  3. 21世紀枠の利府がベスト4進出。しかしベンチ入り選手がブログで対戦校を侮辱し炎上してしまう。
  4. 箕島が久しぶりに選抜出場。ベスト8に進出した。
  5. 早稲田実と慶應義塾がアベック出場し、大会前には甲子園で早慶戦が行われるのではないかと話題に。しかし、慶應が初戦で負けてしまったため実現せず。
  6. 彦根東が56年ぶりに出場した。ちなみにひこにゃんは甲子園に入れなかったらしい…。
    • エースが脱水症状で降板しなければ勝てたな…。ちなみに相手は美爆音応援でおなじみの習志野。ただ、この出場後何度も甲子園に出場するようになった。

2009年夏[編集]

  1. 決勝戦、6点差の9回2アウトランナーなしから1点差まで追い上げる粘り。
    • 「日本文理の夏はまだ終わらない」は高校野球史上最大級の名実況となった。
      • ただしABC。NHKがこんなフレーズ言うわけない(アテネ五輪の体操除く)。
      • この実況が生まれる前の伊藤コールも含めて球史に残る名シーンだと思う。
    • とはいえ10年くらい経った現在でもこの試合が名勝負ランキングの上位に来るのは違和感を覚える人もいる。
  2. 史上初の2試合連続降雨ノーゲームがあった。
  3. 関西学院が70年ぶりの出場。これは2020年時点で史上最長ブランクらしい。
  4. 新型インフルエンザが流行り、その影響を受けるチームも。
  5. この大会は東海勢が揃って活躍した大会だった。中京大中京は優勝、県岐阜商は45年ぶりのベスト8、三重は三重県勢11年ぶりの夏1勝、常葉橘は初出場でベスト16。2000年代で一番東海勢が輝いてた大会だったと思う。
  6. 選手宣誓がまさかのカンペ読み。
    • その学校が初戦で対戦したのが阪神のユニフォームにそっくりの学校だった。まさにネタ満載。
  7. 作新学院が久々に夏の甲子園出場。この翌々年から栃木は作新一強に。
  8. 都城商がベスト8入り。初戦には母校が出場した際に応援に駆けつけることが出来なかった当時の宮崎県知事が甲子園に駆けつけた。
  9. 決勝戦ばかり取り上げられるが、明豊vs花巻東も好ゲームだったと思う。
    • 菊池雄星負傷により途中降板からの逆転劇に今宮健太の覚醒など、濃い試合だったな。
      • 明豊に関してはその前の常葉橘戦も好ゲームだった。試合後に常葉橘のエース庄司隼人が今宮にバッティンググローブを渡して、そのバッティンググローブをつけてこの試合に臨んでいた。
  10. 某けいおん!声優の母校が初出場した。
    • この学校も含めて初出場は13校。全体の4分の1を占めた。

2010年代[編集]

2010年春[編集]

  1. 前年春夏連続出場しながら一度も勝てなかった興南が初優勝。
    • 前年は島袋投手のワンマンチームっていう感じがあったが、この年は投打ともにレベルアップして強かったな。多分歴代の沖縄のチームの中でナンバーワンのチームだと思う。
  2. 雨の影響で順延が多かった。
    • その影響で準々決勝が1日4試合に。
  3. 大会最多安打タイ記録が2人も出た。
  4. この大会より、緑色のラバーで隠されていた外野フェンスの企業広告が表示されるように。
  5. 「末代までの恥」事件が起きたのもこの大会。

2010年夏[編集]

  1. 興南が史上6校目の春夏連覇で沖縄県勢夏の甲子園初優勝。
    • 投打ともに圧倒的な力を見せての優勝だった。 
  2. 全体的に大差のつく試合が多かったな。特に開幕戦とか。
    • 早稲田実業が去年の優勝校中京大中京に21-6で勝ったのもその一つ。
      • とにかく打が目立った大会。その割にホームランの数が少なかったのは意外だったが。
  3. 仙台育英がミラクルを起こしまくった。
    • まず初戦9回2アウトでセンターフライで試合終了かという場面でセンターが落球し逆転。裏の守りであわや逆転サヨナラかという左中間への大飛球をレフトがダイビングキャッチして勝利。次の試合でも延長12回3時間を超えるゲームを制し、3回戦でも優勝した興南相手に最後まで食い下がった。
      • 因みにその左中間への大飛球を打ったのは、後に阪神に入団する糸原だった。
  4. 北海道勢が1日で全部姿を消した。相手はともに九州勢だった。
  5. 15年ぶりに東京対決があった。今回も東東京が勝った。
  6. 新潟明訓が去年の日本文理に続いてベスト8入り。新潟が弱いという時代は終わった、そんな気がする。
  7. 山田哲人が甲子園に出場した唯一の大会。まさか後にプロ入りしてトリプルスリーを達成しようとはこの時は誰も思わなかっただろう。
  8. 北大津の選手が大会通算1200号ホームランを放った。実は2年前のセンバツでも大会通算600号を放っている。
  9. 宮崎県大会は準々決勝まで事実上の無観客開催だった。
    • 例年は決勝だけ地上波放送する民放局が、夜中にダイジェスト番組を流す対応を採った。

2011年春[編集]

  1. 震災の影響で開催が危ぶまれた大会。
  2. 高校野球ファンならよく考える。もしこの大会が中止になっていたらその後の高校野球の歴史はどう変わっていたか。
    • 基本的な情報として、まず東海大相模の優勝回数が1回減っていた、九州国際大付はまだ春夏通じてベスト4以上進出がなかったとかだが、おそらく九州国際大付はその後強豪になることなく低迷し、創志学園は未だに1度も甲子園に出場できてないのではないだろうか?
      • 佐渡島から初の甲子園出場も幻になっていた。
  3. 延長戦なし、主な逆転劇なし、ナイターなし、鳴り物なし、サヨナラゲームも1試合だけ。名勝負ファンにとっては中止になっても同じだった大会。
  4. 商業高校が出場しなかった。これは春夏通じて史上初の出来事だった。
  5. 1イニング3HRに、1試合2本の満塁ホームランが飛び出すなど、投手が目立つ選抜大会にしては珍しい打力が目立った大会だった。

2011年夏[編集]

  1. 震災の影響による電力不足が懸念され、初日と決勝を除いて第1試合が8時開始、決勝戦が午前中に行われた。
  2. 能代商が秋田県勢として14年ぶりの1勝を果たした。
    • 3回戦のでは中継プレーで2度のサヨナラ負けを防ぐ好プレーもあったし、昨年0-15での敗戦を払拭する活躍だった。
  3. 好投手が多かった印象。特に速球派投手が多かったな。
    • これが大きかったのか、延長戦が8試合と歴代最多。如水館に至っては3試合連続延長戦を制してベスト8に進出した。
    • だが優勝したのは全試合で2桁安打と打力で圧倒した日大三だった。
  4. 関東の強豪校が関西の学校に相次いで9回に逆転されて負けることが多かったな。
    • 帝京は八幡商に逆転満塁ホームランを打たれて、横浜は智弁学園に9回2アウトから8点取られて逆転負けを喫した。ちなみにこれが奈良勢にとって甲子園で12度目の対戦にして初めて神奈川勢に勝った試合だった。
  5. 習志野の美爆音応援が一気に全国に知れ渡ったのもこの大会からだったような気がする。
    • 戦い方も凄かった。初戦では満塁からのトリプルスチールを決め、その勢いに乗ってベスト8入り。
  6. 関西がベスト4入りしたが、準決勝で優勝した日大三に敗戦。これで出場した大会では3回連続で優勝したチームに敗れたことに。
  7. 光星学院が準優勝したのに、その後不祥事が発覚。
    • 準優勝返上とかはなかったが、そこから光星学院は3季連続準優勝することに。優勝するチャンスは十分あったのに…。
  8. 大谷翔平が甲子園デビューした大会。
  9. 東海勢が全て初戦敗退。それも3日目までに全て。
  10. Be togetterや夢追人といったユニークな校歌が話題になる大会だった。

2012年春[編集]

  1. AKB48の曲が入場行進曲に。
  2. 初日からいきなり藤浪晋太郎vs大谷翔平で盛り上がる。
    • その対決を制した藤浪晋太郎擁する大阪桐蔭が選抜初優勝。
  3. 通信制の高校が甲子園初出場したのもこの大会。
  4. 誤審のせいで勝敗を左右する試合が多かった印象。
  5. 震災で津波の被害を大きく受けた石巻工が出場。選抜で準優勝経験がある神村学園相手に堂々とした試合を演じた。
  6. 延長戦は2試合だけ。2試合とも鳴門の試合だった。

2012年夏[編集]

  1. 史上初めて春と夏の決勝カードが同一になった。
    • 春とは違い大阪桐蔭が圧倒して春夏連覇を果たした。
      • スコアは3-0だったがそれ以上に力の差を感じた。この時の藤浪晋太郎がチート過ぎて打たれそうな感じが全くしなかったな。
  2. 松井祐樹が1試合22奪三振という今後恐らく塗り替えられることのないであろう大記録を作った。
    • その後も奪三振数を積み上げて、板東英二の大会通算奪三振記録を更新するか、というところまで来たが惜しくも準々決勝で敗戦。
  3. 先頭打者ホームランが異様に多かった。
    • それもあってかこの大会のホームラン数は56本。これは当時歴代2位の記録だった。
  4. ルールブックの盲点の再現があったのもこの大会。
  5. 雷雨の影響で2時間以上中断した試合があった。
  6. 閉会式の高野連会長の発言が物議をかもした。確かに大谷翔平は見たかったけれども…。
  7. 大会期間中に不祥事が発覚してしまうチームが出てしまう。
  8. 鳥取城北が鳥取勢9年ぶりの勝利。たった1勝しただけなのに地元では号外が出たそうだ。
  9. モリシがまたしても投手起用でやらかす。
  10. 広島工が20年ぶりに出場したが、チャンスをことごとく併殺で潰して初戦敗退。あれ?これって広島工OBの25番という選手も似たようなことをやっていたような…。

2013年春[編集]

  1. この年だけ「東北絆枠」導入。
    • しかし選出されたのは被災地とは言い難い山形中央。
    • その後2018年春の90回記念大会は東北が1枠増枠になり、東北絆枠が継続した形に。
  2. 史上初の21世紀枠対決が実現。しかも試合時間1時間16分というとてつもなくスピーディーな試合に。
  3. いつもやらかすモリシが珍しくやらかさず、そのまま優勝監督に。
  4. 安楽智大が1試合で232球を投げたことが国内外で問題視されてしまう。
    • 安楽は結局決勝までの5試合をほぼ一人で投げ、その結果決勝戦ではメッタ打ちにされてしまった。
  5. 森ルール(ラフプレー禁止)の適用第1号がなんとその当事者森友哉擁する大阪桐蔭だった。
    • この行為により、3季連続優勝の夢が潰えた。
  6. 盛岡大付が春夏通じて10回目の出場にしてついに甲子園初勝利を挙げた。

2013年夏[編集]

  1. いろんな学校のブラスバンドがあまちゃんを演奏。
    • その挙げ句、準優勝の延岡学園は決勝まで進出したのにあまちゃんしか印象に残ってない学校に。
      • 確かにあまちゃんのイメージは強かったが、準々決勝の幻のダブルプレーからの連続三振も凄かった。
  2. 花巻東のサイン盗みが物議を醸す。
    • それだけでなく千葉選手のカット打法も問題に。
      • 3回戦では、相手の済美が千葉選手対策としてセンターを三遊間にライトをセンターの守備位置に守らせる内野5人シフトで臨んだが、結果誰もいないがら空きのライトに飛ばされてしまう。ちなみにこの日3安打でチームの勝利に貢献した。
  3. この大会から準々決勝が1日4試合開催に戻り、翌日に休養日が設定された。
    • この時は4試合とも1点差ゲーム。うち2試合は延長サヨナラだった。
  4. 奈良から天理・智弁学園・郡山以外の学校が出るとは思わなかった。
    • 和歌山もそれまで8連覇中だった智弁和歌山が敗れ、箕島が29年ぶりに復活した。
      • 兵庫に至っては駅伝の強豪西脇工がまさかの初出場。ちょっと予想外過ぎた。
  5. 強豪同士が早いうちに当たってしまった結果、準決勝の時点で優勝未経験の学校ばかりに。
    • 結果、前橋育英が初出場初優勝の快挙を成し遂げた。
      • 東北勢が2校残り今年こそ東北に栄冠が、と思っていたが準決勝で全て消えた。
  6. この大会より2回戦以降の対戦相手が抽選方式によって決まることに。
  7. 関西勢が不振。その結果春夏通じてベスト8に関西勢がいない異様な事態となった。
    • と同時に東海勢も7日目までに3校敗れ3年連続全滅かと思われたが、49番目に登場した常葉菊川が勝ったため回避した。が、次の試合で1-17と大敗…。
      • ちなみにその常葉菊川に負けたのが初出場の有田工。実は開幕戦で勝利したため、佐賀商や佐賀北のように佐賀代表開幕戦のジンクスが発動するか話題になったが、常葉菊川にそのジンクスを止められた形になった。
  8. 日大山形が山形県勢初のベスト4進出。これで夏の甲子園でベスト4以上の経験がないのは富山だけに。
    • 実はその富山もこの年富山第一がベスト8に進出しており、ベスト4に進出できそうだったが準々決勝でサヨナラ負けを喫してしまった。
  9. この年は春も夏も2年生投手が優勝投手だった。
  10. 県外選手が多い青森代表だが、この年は全員青森県人で固めた聖愛が初出場。ベスト16に進出した。
    • 試合前や試合終了後の礼儀正しい挨拶が話題に。

2014年春[編集]

  1. 入場行進曲は2年ぶりにAKB48だった。
  2. 延長戦やサヨナラゲームが多かった大会。
    • 6年ぶりに引き分け再試合もあった。
  3. 龍谷大平安が選抜38回目の出場にして初優勝。
    • 決勝は履正社との史上初の京阪対決に。
  4. 池田、駒大苫小牧と甲子園を一世風靡した高校が復活したのもこの大会。
    • この他都立高として初めての選抜出場となった小山台や、奄美諸島の学校として甲子園初出場となった大島も出場。
      • その大島は初戦で優勝した京都の龍谷大平安に、さらに大島と同じ鹿児島からアベック出場した神村学園は2回戦で平安と同じく京都からアベック出場した福知山成美に大敗。この年の選抜大会での京都対鹿児島の総得失点数は28-2…。
  5. 岡本和真がこの大会活躍。2回戦ではピッチャーとしてマウンドにも上がった。が、サヨナラ負けを喫した。
  6. 初出場の豊川が4強入り。準決勝は打ち合いの末履正社に敗れた。
    • 2アウトからの連打で逆転、直後にホームランで追いつかれる、最後はピッチャーがいなくなる、帝京VS智弁和歌山を思い出すような試合だった。

2014年夏[編集]

  1. いきなり台風接近で開会式が2日順延された。
    • 大会前半はほとんどの日にちで4試合(または3試合)のうちのどこかで雨が降っていた印象。
  2. いきなり開幕戦で選抜王者龍谷大平安が敗れる波乱の展開。
    • 相手は埼玉の春日部共栄。ちなみに龍谷大平安は翌年の春にも同じ埼玉の浦和学院に敗れ春連覇を逃している。
  3. 地方大会決勝で逆転劇が多かった流れからか、大会を通じて逆転劇が結構多かった印象。
    • 地方大会決勝で0-8から逆転した星稜をはじめ、大会史上最大の8点差をひっくり返した大垣日大、逆転サヨナラ2ランで夏を終わらせなかった日本文理、優勝した大阪桐蔭も初戦は0-4からの逆転勝ちだった。
  4. 東海大四西嶋投手の超スローボールに機動破壊の健大高崎がこの大会を盛り上げた。
    • 健大高崎の大量点差での盗塁が物議をかもすことに。高校野球は一発勝負なんだから別にどれだけ点差があっても盗塁しても構わないと思うのだが…。
  5. 敦賀気比が3試合連続で2桁得点を挙げるなど打力で圧倒した。
    • その敦賀気比に準決勝で打ち勝った大阪桐蔭が2年ぶりの優勝。
      • ところがその決勝では大阪のチームなのに、県勢として59年ぶりの決勝進出で盛り上がる三重の影響でアウェー状態に。
    • 敦賀気比をはじめとして北信越勢は全て初戦突破。東北勢も秋田を除いて全て初戦突破。北国のチームが健闘した大会だった。
  6. 明徳義塾と大阪桐蔭が3年連続で対戦した。12年は大阪桐蔭が、13年は明徳義塾が勝ったが、今回は大阪桐蔭が前年のリベンジを果たした。
  7. 二松学舎大付が初出場。これまで10度もあと一歩のところで泣いていたが、11度目の決勝進出にして初の悲願だった。
  8. 中国勢が2年連続全滅しそうになるが、滅多に勝たない鳥取代表が勝ったため全滅を回避できた。

2015年春[編集]

  1. 決勝が福井vs北海道になるなんて誰が想像しただろうか。
    • 準決勝での史上初2打席連続満塁ホームランを放った松本選手の活躍で昨夏負けた大阪桐蔭にリベンジした敦賀気比が勢いそのままに初優勝。
    • 敦賀気比はある程度来るだろうなとは思っていたが東海大四は予想外過ぎた。
  2. 松山東が2020年時点で大会史上最長ブランクの82年ぶりの出場。
  3. 西日本勢にとっては散々な大会だった。中国勢、九州勢は全て初戦敗退、四国勢も健闘した松山東以外は微妙な結果に。近畿勢で唯一ベスト4入りした大阪桐蔭も大会期間中に裏金問題が発覚してしまう。
    • この年の西日本勢はあまり良くなかったな。夏の甲子園でもベスト4入りした学校が1つもなかったし。
  4. 延長戦はわずか1試合。サヨナラゲームもわずか1試合と劇的な試合が多かった前年よりもかなり減った。
  5. 機動破壊の健大高崎に触発させられたのかわからないが、常総学院が1試合個人最多タイ盗塁を2人もマークした。

2015年夏[編集]

  1. 優勝したのは東海大相模なのにマスコミは清宮やオコエばかり取り上げていたな。
    • 清宮幸太郎にとってはこれが最初で最後の夏の甲子園となった。
      • 清宮の実力は評価してもごり押しぶりに嫌悪する向きも多かった(地区予選から観ていると尚更)。 
  2. この年の決勝は久々に優勝候補の本命同士の白熱した決勝戦だった。
    • 東海大相模がリードしつつも仙台育英が追いつき、仙台育英に流れが傾きつつある中で力投していた東海大相模のエース小笠原が決勝弾を放つ、ドラマのような展開だった。
      • 東海大相模は優勝した35年前と同じスコアの10-6で勝利した。
  3. 四国勢が全て初戦敗退。明徳義塾の夏の甲子園初戦突破記録もついにストップしてしまった。
    • とはいえ選抜優勝の敦賀気比相手に互角の戦いを見せた。その敦賀気比は次の試合で継投ミスによって負けてしまったが。
      • ちなみに試合終了後の校歌演奏の際、機械トラブルにより途中で流れなくなるハプニングもあった。
  4. 高校野球100年の年だからという理由で、第1回優勝校の京都二中の流れをくむ鳥羽の主将が選手宣誓を務めた。というか主催者側が指名した。
    • ちなみに始球式を務めたのは第1回大会に出場した早稲田実業のOB王貞治だった。
  5. 霞ヶ浦の呪いが解け悲願の初出場。が、初戦で霞ヶ浦と似たような境遇にあった広島新庄に敗れた。
  6. 高校で離ればなれになったシニア時代からの親友バッテリーが最後の夏に甲子園で対決する胸熱な試合もあった。
  7. 智弁和歌山、天理がそろって初出場校に初戦で敗れ、ネットがざわついた。
  8. 秋田商が80年ぶりにベスト8進出。イケメンエース成田翔が話題となる。というか秋田のピッチャーってイケメンばかりだよな…。

2016年春[編集]

  1. この年からバックネット裏は小中学生の球児たち専用のドリームシートになった。
  2. 開幕試合でこの春の第1球を投げたピッチャーが、決勝戦でサヨナラタイムリーを放ち優勝を決めるという漫画でもないような展開に。
    • この大会は優勝した智弁学園を含めて近畿勢が強かった。
      • 中でも滋賀学園は色んな意味で注目された。サングラスをかけた選手にヘリコプター打法の4番、監督の名前がTOKIOの元メンバー、応援団がキレッキレの踊りでネットがバズる、県議会議員に「1回戦で負けろ」と暴言を吐かれながらもベスト8、ネタ要素満載のチームだった。
  3. 第1回大会の優勝校高松商が準優勝。
    • その高松商に秋季大会勝った小豆島も21世紀枠で出場。香川が一番盛り上がった大会だった。
    • 植田兄弟が兄弟そろって1大会でホームランを放つ快挙も達成。
  4. 昨年とは違いこの年は西日本勢が活躍。ベスト8に7校も残った。
  5. 準々決勝以降劇的な試合が多かった。特に準決勝・決勝はここ数年で1番面白かったのでは。
  6. 明石商の応援で使われたサンバデジャネイロ(通称アゲアゲホイホイ)が話題に。この翌年からいろんな学校で取り入れられるようになった。
    • ちなみにこのアゲアゲホイホイを最初に作ったとされる報徳学園は出場できず。(翌年のセンバツには出場したが。)

2016年夏[編集]

  1. リオデジャネイロオリンピックと完全に被った大会。
    • この影響で決勝戦の試合開始時間が14時に。この大会以降決勝戦は14時開始となった。
  2. AKB48が甲子園の応援ソングに選ばれた。
  3. 超高校級のエースを温存して負ける試合が多かった印象。
    • エースを全試合に登板させ、点差のついた準決勝以外エース一人でマウンドを守った作新学院が優勝した。
      • 準優勝した北海も全試合エースが登板。決勝で打ちこまれるまで全試合一人でマウンドに立ち続けた。
  4. 東邦が甲子園の観客を味方につけて八戸学院光星に7点差をひっくり返す大逆転勝利。
    • 試合後光星のエースが「全員が敵に見えた」とコメントした。それくらい凄い盛り上がりだった。
      • この件があって甲子園でのタオル回し応援が自粛する運びに。
    • この試合を境にロッテのチャンテを使う学校がかなり増えた。特にモンキーターン。
  5. 甲子園で沖縄代表の友情応援をしている市尼崎が33年ぶりに出場。
    • 初戦で敗れてしまったが、その2日後に試合をした嘉手納の応援に市尼崎の選手たちが駆け付けたそうだ。
      • ちなみに、市尼崎の試合にはこの年の沖縄代表嘉手納高校の選手たちが応援に駆けつけてくれたそうで、その恩返しの意味も込めて嘉手納の応援をしたそうだ。その嘉手納は初戦で3年前の優勝校前橋育英に逆転勝ちの番狂わせを見せた。
  6. 中越が2年連続サヨナラ負け。それも9回1アウトまでノーヒットピッチだったのに、そこから連打を打たれてのサヨナラ負けだった。
    • 中越はその2年後も初戦でサヨナラ負けを喫した。
  7. 秀岳館が熊本県勢として久しぶりにベスト4入りしたのにも関わらず、甲子園の一部の観客にヤジを飛ばされてしまう。
    • いろいろあったとはいえ、10代の子供たちにヤジを飛ばすのはな…。ちょっとかわいそう。
  8. この大会は好投手ばかりいたな。現にドラフト会議では高卒の上位指名の多くがピッチャーだった。
  9. この年のベスト4が全部2回戦から登場のチームばかりになってしまったため抽選方式が見直されることに。

2017年春[編集]

  1. 2試合連続で引き分け再試合のあった大会。
    • これがあって翌年からタイブレークが導入された。
  2. 閉会式で高野連の副会長がやらかした。
    • 不来方(こずかた)は読めたのに…。
  3. 入場行進曲が星野源の「恋」。その影響もあって応援で恋ダンスを取り入れるところが多かった。
  4. 史上初の大阪勢同士の決勝戦となった。
    • その決勝戦で決勝戦史上初の先頭打者ホームランと代打ホームランが生まれた。
  5. ベンチ入り10人で出場する学校が現れた。
    • 不来方(岩手)ね。21世紀枠の。誤解されそうだが全校生徒827人で盛岡市へのベッドタウンの学校。10人なのも3年生13人がごっそり抜けたから。
  6. マスコミは清宮幸太郎に大注目していたが、結局ホームランを打つことなく甲子園を去り、これが高校時代最後の甲子園出場となった。
  7. 「21」世紀枠で出場した多治見(岐阜)が1回戦で報徳学園(兵庫)に0-「21」で大敗…。
    • 報徳学園の安打数は「21」安打、多治見高校の野球部は昭和「21」年に創部、岐阜の都道府県コードは「21」、多治見の画数は「21」画など、やたらと「21」という数字が関わる試合だった。

2017年夏[編集]

  1. 2017年夏の高知代表は、明徳義塾でなく、梼原(ゆすはら)高校に出て欲しかった。
    • 総人口3600人の過疎の町の高校で、高校自体が統廃合の危機にあったが、町おこしで町を挙げて野球部の強化に取り組み、決勝で明徳に負けた。
    • 学校の標高が1500mのため「雲の上の球児」と呼ばれてメディアにも取り上げられた。
    • 野球用具やトレーニング器具は寄付で賄われている。また公立には珍しく、全寮制。
    • 同様に大阪代表も大阪桐蔭じゃなく大冠に出てほしかった。もし出ていたら激戦区大阪で1990年の渋谷以来27年ぶりの公立校出場で大きく盛り上がっていただろう。
  2. 中村奨成が神懸っていた大会。
    • 1大会6HRとあの清原の記録を更新。さらに最多打点、最多塁打の記録を更新し、最多安打と最多二塁打のタイ記録を作った。
      • その影響もあってかマスコミの扱いは優勝した花咲徳栄を上回っていた。
  3. 大会通算のホームラン数は過去最多の68本。一時はホームランが出すぎていて飛ぶボールが使われているのではないかと疑われるほど。
    • 代打満塁ホームランに満塁ホームラン返しに多数の2打席連続ホームランとホームラン出まくりの大会だった。
  4. 花咲徳栄が埼玉県勢夏の甲子園初優勝を果たす。
    • それまでの2年間は全てその年優勝した学校に負けていた。この優勝で関東勢は全て夏の甲子園で優勝を経験することに。
  5. 東海大菅生が活躍してくれたのが何より。これで清宮が見たかったとか言っている人たちをギャフンと言わせたに違いない。
  6. アルティメットクラッシュかき氷打線がネットで流行る。
    • 三本松はこの大会ベスト8入り。一方この言葉が流行るきっかけを作った下関国際も翌年夏にベスト8入りを果たす。
      • しかもその後の雑誌のインタビューでかき氷を食べていた選手が三本松の選手じゃなかったというオチまでついてきた。
  7. 大阪桐蔭がベースを踏み損ねて逆転サヨナラ負けを喫する。
    • だがその試合に勝利した仙台育英の選手が走塁の際に一塁手を蹴ったことが話題になり、当該選手のTwitterが炎上してしまう。
      • 結局準々決勝で当該選手は欠場。チームも広陵に4-10で敗れてしまった。
    • そのベースを踏み損ねたファーストの選手は、翌年主将として甲子園に戻ってきて2度目の春夏連覇を達成する。
  8. 天理の不動の応援団長が話題に。準決勝で敗れたあと、表情を一切変えなかった応援団長が号泣するシーンでもらい泣きした人も。
  9. 中京大中京が継投ミスで初戦敗退。試合後監督に対してのバッシングが過激化してしまいには爆破予告まで書き込まれる羽目に。
  10. 注目されていた清宮幸太郎がいた東京の「WASEDA」は出場できなかったが、佐賀の「WASEDA」が初出場。
    • 初戦で同じ九州宮崎の聖心ウルスラ学園に敗戦。ちなみにカタカナの学校が勝つのは甲子園初。
      • ちなみにその次の試合が聖光学院との聖聖対決となって話題に。しかも宿舎も同じだった。

2018年春[編集]

  1. なんと30年ぶりに選抜大会で満員通知が出た。
  2. 滋賀から3校が出場した。
    • 近江、彦根東は順当だったけど、まさか21世紀枠で膳所を選ぶとは。
  3. サヨナラゲームが過去最多7試合。うち3試合でサヨナラホームランが出た。
    • 明徳義塾は初戦で逆転サヨナラ3ランで勝ったのに、次の試合で逆転サヨナラ3ランで敗れた。
    • 彦根東は9回までノーヒットに抑えながら、延長10回に初ヒットを打たれサヨナラ負け。
  4. 智弁和歌山が久々に輝いた大会だった。
    • 準々決勝は延長10回逆転サヨナラ勝ち、準決勝はジョックロックが炸裂し4点差をひっくり返しての勝利。優勝した2000年を思い出すような強力打線だった。
      • 3回戦で智弁学園が勝っていたら準々決勝で智弁対決が久しぶりに見られたのにな…。
  5. 石川県勢が2校ともベスト8に入りながら準々決勝で敗戦。ベスト4以上にいける大チャンスだったのに…。
  6. 何だかんだ言って強かった大阪桐蔭。土壇場まで追い詰められた準決勝を除けば圧倒的な強さを見せ、春連覇を達成した。
  7. 伊万里が佐賀勢11年ぶりの出場。だが初戦で大阪桐蔭と当たってしまい完敗。
    • ちなみにその時の大阪桐蔭のエースは佐賀出身。
  8. 近江が応援スタイルを洋楽中心に変えた結果ネットがバズる。確かに選曲チョイスも含めてかっこよかった。

2018年夏[編集]

  1. 同大会から今まで無料だった外野席も500円が必要になった。高校野球人気が上がり混雑するようになったためらしい。
    • そのため、今までのようにふらりと外野スタンドに寄って観戦することができなくなったので賛否両論。
      • それでも連日満員通知が出た。特に準々決勝の日は朝5時40分に満員通知が出る異常事態に。
  2. この大会は記念大会ということで従来の北海道・東京に加え、埼玉・千葉・神奈川・愛知・大阪・兵庫、そして初めて福岡から2校が出場することに。
  3. 史上初のタイブレークが適用された試合が2試合もあった。そして逆転サヨナラ満塁ホームランが生まれた。
    • 逆転サヨナラ満塁ホームランで済美は勢いに乗ってベスト4に進んだ。
  4. 大阪桐蔭が史上初2度目の春夏連覇という偉業を成し遂げたのにも関わらず、金農フィーバーにかき消された。
    • 平成最後の怪物吉田輝星に、秋田県勢として第1回大会以来103年ぶりの決勝進出、逆転サヨナラ2ランスクイズなどの劇的な試合も多かったからね…。
      • 一方で6試合で881球は投げすぎだという批判の声も多くあり、球数制限が議論されるようになった。
      • 初回の守備の際にやっていた侍ポーズを高野連がやめるように言ったのにも関わらず、決勝戦で否応なしにやったというエピソードが面白い。
    • 決勝戦終了後、甲子園に虹がかかった。奇しくもそのころ秋田でも虹がかかっていたようだ。
      • ちなみに、昨年の甲子園応援ソングは秋田出身高橋優の「虹」。本人もTwitterで反応していた。
      • 金足農が勝ち上がる度に秋田の企業の公式Twitterが軒並み壊れた。特にここの壊れっぷりは凄まじかった。
        • この快進撃にTwitter上で「平成最後の百姓一揆」というタグがトレンド入りする。
  5. この大会から優勝旗が新調された。
  6. 龍谷大平安が100回大会で甲子園通算100勝を達成。
    • 試合後アルプススタンドは「V100」という人文字で快挙を祝った。
  7. 2年前まで10年連続で地方大会1回戦敗退していた三重の白山高校がまさかの甲子園初出場。「日本一の下克上」とも言われた。
    • しかし初戦で愛工大名電に完敗。その愛工大名電はこれが平成唯一の夏の甲子園の勝利となった。
  8. 連日レジェンド始球式が行われた。
    • 初日には星稜の試合でOBの松井秀喜が始球式をするという奇跡が。
    • 準決勝第1試合では桑田真澄が始球式を務めた。奇しくもこの試合は1984年にの準決勝で桑田擁するPL学園に敗れた金足農が出場してた。
    • 甲子園史上最高の試合といわれた箕島のピッチャーが始球式をし、その時の主審が相手ピッチャーだった。
  9. なんと北海道勢が2日目にして全て敗退した。
    • 旭川大高に関しては、史上初のタイブレークの末に敗れた。
  10. 巨人ファンの俺でも金足農の「Gフレア」は本家を超えたと思う。
    • 「Gフレア」とともにチャンスで流れた「タイガーラグ」も魔曲化。金農旋風を呼び込む形に。
      • 他にも奈良大付の応援歌「青のプライド」も話題に。日大三戦では一昨年の東邦のような盛り上がりを見せた。

2019年春[編集]

  1. 平成では最後のセンバツだった。
    • そのため行進曲が「世界に一つだけの花」と「どんなときも」という平成を代表する楽曲に。前年に続いてその前の年におけるヒット曲が採用されなかった。
  2. 決勝戦が東邦×習志野となり、習志野側の応援のブラスバンド演奏が大いに注目された。
    • 「美爆音」とも称された。
      • あまりの迫力に球場近くの住民から苦情が入るほど。
    • 対して東邦サイドには大阪桐蔭のブラスバンドが参戦。
    • 優勝したのは東邦だが、奇しくも平成最初のセンバツと同じだった。
  3. 21世紀枠が久々に存在感を見せた。
    • 石岡一は盛岡大付をあと一歩まで追い詰め、富岡西は優勝した東邦相手に白熱した試合を展開した。
  4. 習志野がサイン盗みをしたのではと疑われた。
    • 星稜の監督が試合後に習志野の監督室に殴り込んだことで騒動が大事になってしまった。なお、その後星稜の監督は謹慎となってしまったが。 
  5. 1試合で先頭打者ホームランとサヨナラホームランを達成する選手が現れた。
    • その選手は夏の甲子園でも先頭打者ホームランを放っている。
  6. 山梨学院が初戦で打ちまくって選抜記録を更新する24安打を放った。
    • だが2回戦は打線が沈黙し敗れる。これも高校野球ではよくあるよね…。
  7. 大分勢から2校出場。そして2校とも初戦突破。明豊に至っては初めてのベスト4進出を果たした。

2019年夏[編集]

  1. この大会から準決勝と決勝の間に休養日が設けられた。
  2. 履正社がついに甲子園で優勝した。
    • 初戦で1試合最多タイの5HRを放つなど強打のイメージが強いけど、ここぞの場面はきっちりと送りバントを決めていたし、こういった基本に忠実した野球をしていたからこそ優勝できたと思う。
    • にもかかわらずU-18代表選手に一人も選ばれなかったのは意外だった。
  3. 令和最初の甲子園大会。
  4. 開幕試合での初ヒットがなんと満塁ホームランだった。
    • ちなみに満塁ホームランを打った選手は県外出身選手が多い八戸学院光星の中でも数少ない青森県出身だった。
  5. 初出場の誉が選手宣誓を務め、なおかつ開幕戦を戦った。
    • ヘリから投下される始球式のボールをレフトがキャッチしてしまう出来事も。
  6. この大会でもジョックロックが魔曲ぶりを発揮した。
    • 智弁学園も智弁和歌山も1イニング7得点を挙げ、ショートゴロがイレギュラーする場面も。
      • 智弁和歌山は11年前に記録した1イニング3HRをまたしても達成した。
  7. 肩付近に当たったのに自ら死球じゃないことを申告した直後にホームランを放つ選手が現れた。
    • また熱中症で足が攣ったピッチャーに相手選手が水を渡す場面もあった。こういうスポーツマンシップ溢れる場面が多い大会だった。
  8. 足が攣ったのにも関わらず、150㎞を超えるストレートを投げて智弁和歌山相手に14回を投げぬいた奥川恭伸が凄すぎた。
    • 去年のあの悔しさがあったからこそだろう。星稜は2年連続タイブレークを経験し、今度はサヨナラ3ランで勝利した。
  9. 中京学院大中京が7回に異常に強かった。
    • だが、ネットでは中京大中京と間違える人が多数。
      • 中京大中京がこの年からユニフォームを変えた(というか昔のものに戻した)ので、もし出場していたらもっと間違える人がいただろうな。
  10. 15年ぶりにサイクルヒットが誕生した。
  11. 立命館宇治(京都)と宇和島東(愛媛)の応援歌が話題に。
    • 立命館宇治に関しては京アニの事件があって地元住民の要望があったから採用された。
      • しかも初戦はコンクールの為甲子園の応援に行けず、初戦で勝てば応援できるというストーリーもあった。
  12. 国学院久我山のチャンステーマ「一本」はマジでかっこいいと思った。
    • 国学院久我山はこの曲の盛り上がりを力に変えて春夏合わせて6度目の甲子園出場にして甲子園初勝利を果たす。

関連項目[編集]




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