もしあの年のオリンピック招致が○○だったら

ナビゲーションに移動 検索に移動

オリンピック招致であの都市の対応が異なっていたら?

1940年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

南京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 清朝が近代化に成功していたらあり得た。

1964年冬季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. ≒「国共内戦で国民党が勝っていたら」である。
  2. 下の同年の夏季オリンピックの開催地に選ばれていたら、北京は史上唯一の夏冬両方のオリンピックを同じ年に同じ都市で開催した都市になっていた。

1964年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

南京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. ≒「国共内戦で国民党が勝っていたら」である。
  2. もしくは中ソ対立による米中接近が数年早ければあり得た。
北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. これも≒「国共内戦で国民党が勝っていたら」である。

1972年冬季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. この場合も≒「国共内戦で国民党が勝っていたら」である。

1976年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

東京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 中国国民党が中国共産党に勝っていたらこうなっていた。

1980年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

マドリード
  1. 招致活動はフランコが行っていた。
  2. 史実でも1972年に立候補しており、1976年も撤退せずに立候補を継続していたら有り得た。
  3. 場合によってはスペインが1982年のサッカーワールドカップに立候補していなかったかも。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. フランコが反ユダヤ主義者であったため、イスラエルはボイコットを考えるもフランコの死去により取り下げた。
    • 反共主義者でもあったため共産諸国もボイコットを考えていた。
    • 日本やアメリカはボイコットすべき理由がないため普通に参加していた。
  2. 2012年大会にはバルセロナが立候補していた。
  3. 「スペインの奇跡」と言われた経済成長が更に加速していた。
  4. 1982年のサッカーワールドカップの前哨戦と言われた。
  5. ボイコットもなく、情熱の国での開催だけあって現実のモスクワより熱い大会になっていたのは間違いない。
パリ
  1. 前後にフランスでの大きなスポーツ大会がなかったから当時のフランスの動き次第では有り得たかもしれない。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. パリは少なくとも1992、2008、2012年大会に立候補していなかった。
    • 2024年大会への立候補は微妙。
      • むしろ2020年大会に立候補していた可能性もある。
  2. ボイコットは無かった。
    • よって瀬古や山下も普通に出場していた。
      • 小学生で長崎宏子も出場していた。
  3. 大会では英語よりフランス語が優先された。
  4. オリンピックと政治の関わりを考えたらこの方が良かったと思う。
  5. 2004年がモスクワ、2012年がアテネ、2024or28年がロンドンになっていた。
    • むしろモスクワでの開催は未だに実現していない方の可能性が高い。
      • あのプーチン氏のことだから、ソチよりも夏季五輪を開催させることを優先しそう。
        • その場合はさすがにボイコットはないだろう。
  6. TGVのパリ~リヨン間はこのオリンピックに合わせて開業していた。
    • 1964年の東京オリンピックに合わせて開業した東海道新幹線と比較されていた。
  7. 映画「ベルサイユのばら」は大ヒットしたかも。
東京
  1. もし中国国民党が中国共産党に勝っていたらである。
    • あるいは1964年大会に落選していたら、である。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 日本の経済状況が史実通りだった場合、2度のオイルショックを克服し、安定成長の中で開催される五輪となっていた。
  2. もちろんボイコットはなかった。
    • 長崎宏子は異例の小学生での出場となっていた。
      • 瀬古や山下も普通に出場できていた。
  3. 開催された時期にもよるが、8月の新宿西口バス放火事件はオリンピック期間中の出来事として強く心に刻まれていた。
    • あるいは五輪で警備が厳しくなり、事件そのものが発生していなかった。
  4. 1988年大会に名古屋は立候補していなかった。
    • 2008年大阪は微妙。
    • 名古屋は2020年か2024年あたりに立候補していた。
      • 大阪か福岡かも。
  5. 営団半蔵門線の建設が早まり、オリンピックを前に半蔵門までは開通していた。
    • 東北・上越新幹線の大宮以北も1980年3月には開通していた。

1984年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

マドリード
  1. スペインは1982年のサッカーワールドカップに立候補しなかったかもしれない。
  2. 1980年の夏季オリンピックの開催地はヨーロッパではなかった。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1992年の夏季オリンピックの開催地はヨーロッパではなかった。

1988年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1990年のアジア競技大会は中国で開催されなかった。
  2. 文化大革命がなかったらこうなったかもしれない。
  3. 2008年夏季の開催地は大阪かソウルになっていた。
武漢
  1. この場合も≒「国共内戦で国民党が勝っていたら」である。
パリ
  1. 翌年のフランス革命200年を記念し立候補したとされる。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 4年後の開催地はスペインではなかった。
札幌
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 青函トンネルはオリンピックを前に開業したことになっていた。
    • オリンピック期間中は臨時列車が多数運行されていた。
      • 寝台特急「北斗星」の増発の他大阪発も運行され、それが「トワイライトエクスプレス」に繋がっていた。
      • むしろ青函トンネルは最初から標準軌で新幹線前提で建設され、間に合わない区間はリレー特急でつなぐ形になっていた。
        • そのためトワイライトエクスプレスは最初からなかった。
    • 札幌市営地下鉄東豊線も。
  2. 札幌は2022年北京冬季よりも先に夏冬ともに開催した都市となっていた。
  3. 札幌が2030年冬季大会に立候補しようという動きはなかった。
    • 1998年長野冬季五輪や2008年大阪五輪も立候補しなかった。
      • 代わりに1998年が平昌、2008年がソウルになっていたかも。
    • 2030年はハルビンになっていたかも。

立候補していなかったら[編集 | ソースを編集]

ソウル
  1. メルボルンが立候補を取り下げなかったら当選していたかも。
  2. '85年万博誘致に注力したかも。

1992年冬季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

平昌
  1. 1988年の夏季がメルボルンで開催されていたらあり得た。
  • 開催地に選ばれていたいた場合
  1. 半島北部が再び韓国になったかも

1992年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

名古屋
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1988年夏季オリンピックがメルボルンだったら、あり得た。
    • 夏季オリンピックの誘致に熱心だった、仲谷義明氏の自殺はなかったかもしれない。
    • 1998年冬季五輪も長野ではなかった。
      • 長野は2010年代の開催となっていた。
        • おそらく2018年だった。
  2. 伊勢湾岸道新名神の四日市JCT-草津IC間はオリンピックまでに開通。
  3. 中部国際空港はオリンピックまでに開港。
    • 名鉄常滑線は延長扱いで空港乗り入れ、知多横断道路・中部国際空港連絡道路も同時に整備された。
    • 代わりに関西空港の開港が1997年頃(なみはや国体に合わせる形)に。
    • 特急「北アルプス」は常滑線空港延伸と同時に空港に乗り入れ、現在も存続している。
      • キハ8500系の製造数がもう少し多かったかも。
      • その場合キハ8500系の後継車種にHC85系ベースのキハ8600系が開発されたかも。
    • 名鉄1000系は当初から空港アクセス・120km/h運転を考慮。
      • 5300・5700系の120km/h化改造は史実より早く行われ、1030・1230・1850・3500系は空港延伸前に登場。
      • 現実と異なりVVVFインバータ制御車になっていた。
    • 常滑線の高速化が開港までに行われたのは言うまでも無く、尾張横須賀駅の高架化がはやまり高架化と同時にホームが8両編成分対応に。
    • 6500・6800系は1991年度辺りで導入打ち切り。
    • 100系は常滑線空港延伸の頃に名古屋本線・常滑線から撤退した。
      • 地下鉄鶴舞線の上小田井延伸及び名鉄犬山線との相互乗り入れも2年ほど早まりオリンピックに間に合っていた。
    • JASが中部空港を国際線第二の拠点にしたかも。
    • 開港当初は欧州・北米や日本初就航の航空会社の就航が多かった。
    • 1994年の中華航空機事故」の内容が変わっていた。
    • 名鉄のCI導入は中部空港乗り入れ開始と同時だった可能性も。
      • 名鉄の空港乗り入れと同時に「新○○」駅「名電○○」駅は「名鉄○○」駅に変更された。
        • 「東岡崎」駅は「名鉄岡崎」駅に変更された可能性も。
    • 「北アルプス」は2010年代まで存続できなかったのでは。
      • その場合キハ8500系はミャンマー辺りに譲渡されている。
    • 中部空港の開港祝いにエールフランスのコンコルドが飛来したかも。
  4. 新幹線「のぞみ」のデビューが1年早まり、オリンピック開催を前にした1992年3月のダイヤ改正で1時間に1本の運転が実現していた。
  5. 1998年冬季五輪の開催地は長野ではなかった。
  6. この年の大会から野球が正式種目になっているので、ナゴヤドームの開業が早まっていたかも。
    • 名古屋市営地下鉄大幸車庫も同時期に使用開始したかも。
      • 名城線の環状化が五輪までに行われた。
    • 金山-名古屋港間は名城線環状化と同時に「名港線」となった。
    • 2000・5050形の登場が1年程早まっていた。
      • 1000・1200形は名城線環状運用に就いていた。
        • 1100形も。
    • その代わり桜通線今池~野並間の延伸は2000年頃にずれた。
    • あおなみ線や地下鉄上飯田線もオリンピックに合わせて開業した。
  7. 日本のサークルK(CVS)が本家を買収したかも。
  8. 志摩スペイン村はオリンピックまでに開園。
    • 近鉄22000系の登場が早まり予定通り112両導入された。
    • 23000系の登場も早まった(走行機器類は22000系とほぼ同一)。
    • スペイン村は同年のオリンピック、翌年の式年遷宮もあり史実より来園者数が多かった。
    • 近鉄グループの経営は史実よりマシだったか。
      • 近鉄バファローズはオリックスとの合併ではなく身売りで済んだかも。
      • 関西から近鉄を使ってオリンピック観戦に行く人も多かっただろう。
        • 名阪特急は大増発され、汎用特急車も名阪甲特急の臨時便に入っていた。
        • 「アーバンライナー」は全列車が中間に22000系2両を組み込んだ8両で運転されていた。
    • 開園が早まったことで、近鉄の伊勢志摩ライナー共々翌年の伊勢神宮式年遷宮にも間に合っていた。
    • JRの快速「みえ」用のキハ75の登場も1年早まっていた。
      • 急行「かすが」も臨時便が増発されオリンピック輸送に活躍した。
  9. 国鉄笹島駅跡地の再開発が早まった。
    • 名鉄グループが熱心にそこを再開発したかも。
    • 中京テレビは錦のビルを建て替え本社機能を集約したか笹島以外の場所に移転していたかも。
    • 西武系のプリンスホテルは別の場所にできた。
  10. 阪神淡路大震災発生までバブル景気が続いたかも。
    • 名古屋はバブル崩壊の被害が一番大きかった。
北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 国共内戦で国民党が勝っていたか文化大革命がなかったらあり得た。
  2. 1988年の開催地はソウルではなかった。
  3. 2008年の大阪五輪が実現していた可能性がある。
    • その場合、2020年はイスタンブールになっていた可能性が高い。
東京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. メイン会場がお台場に作られていた場合、ゆりかもめとりんかい線は現実より3年ほど早く開通し、オリンピックに間に合わせていた。
    • フジテレビの移転もオリンピックに合わせる形で行われていた。
    • りんかい線の車両は現実と異なり205系ベースとなっていた。
  2. もちろん2020年大会に東京は立候補していない。
    • 同年の開催地はイスタンブールかパリが立候補していて当選していた。
    • 日本の都市が立候補するにしても名古屋か大阪だった。
  3. 羽田空港の拡張及び国際線開設もオリンピックを前に行われた。
    • 京急空港線の空港ターミナル乗り入れも。成田スカイアクセスもこれに合わせて開業していた。
      • 京成AE100形は最高160km/h対応となっていた。
    • 東海道新幹線品川駅もオリンピックに合わせて開業していた。
  4. 同年日本で五輪が開催された場合全てに言えるが、バブル崩壊は史実より数年長く続いていた。

1996年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

京都
  1. 平安遷都1200年関連行事の1つとして立候補したことになっていた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 京都市営地下鉄東西線及び烏丸線の北山~国際会館はオリンピックに間に合うように1年半程度早く開通していた。
    • 京都駅ビルも1年早くオープンしていた。
    • 京阪8000系のダブルデッカー導入もオリンピックに間に合うよう1年半程度早まっていた。
      • 叡電の「きらら」も。
    • 京都市50系・京阪2代目800系・9000系も1~2年早く登場した。
      • 京阪9000系は転換クロスシート装備で登場、のちのオールロングシート化はなく13000系登場の頃に同系と似た塗装に変更される。
        • むしろ新3000系は登場せず中之島線開業時に13000系が登場していた。
    • 新幹線500系の営業開始も1年早かった。
  2. 2008年の大阪・北京及び2020年の東京は立候補しなかった。
    • 2020年が北京になっていた可能性もある。
      • むしろ2012年が北京になっていた。
    • 1998年の長野や2022年の北京の立候補もなかった。2022年の開催地はアルマトイになっていた。
  3. スタジアムの確保に手間取ることになっていた可能性が高い。京都市内に派手なスタジアムは作れないだろうし立地も厳しい。
    • 実質的に大阪と共催のような形になっていたかもしれない。
    • 恐らく伏見区の南部、横大路から巨椋池干拓地あたりになっていただろうな…。
      • その場合、京都市営地下鉄烏丸線は竹田からオリンピック会場まで延伸し、京阪も烏丸線との交点に新駅を設置していた。
    • 亀岡市のサッカースタジアムがオリンピックに合わせて建設されていた。
  4. 前年の阪神・淡路大震災の被害によっては開催を返上していたかもしれない。
    • あるいは1~2年延期されていた。
  5. 史実通り「西京極の奇跡」が起きれば同年Jリーグに加盟した京都サンガの人気もさらに高まっていたかもしれない。
  6. 近鉄3200系の増備が再開され地下鉄烏丸線国際会館延伸と同時に近鉄奈良~国際会館間の直通急行が運行開始されたかもしれない。
    • この場合近鉄3220系は登場しなかった。
    • この場合、ボルスタレス台車の採用や車体構造の一部変更などマイナーチェンジが行われていた可能性が高い。
    • 京都市交側も国際会館延伸に伴い10系の増備ではなく新形式を導入していた。
東京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 同年3月から開催予定だった世界都市博覧会は計画すらされなかった。
  2. メイン会場はお台場。
    • フジテレビのお台場移転も現実より早く行われた。
  3. さすがの青島知事もオリンピックまでは中止にできなかっただろう。
  4. 東海道新幹線は1996年までに「のぞみ」中心のダイヤになっていた。
    • 品川駅開業もオリンピックに合わせて前倒しされた。
  5. 1998年の冬季五輪の開催地は長野ではなかった。
    • 2008年の夏季五輪開催地に大阪が立候補することもなかった。
  6. 2020年の夏季五輪の開催地はイスタンブールだった。
    • 日本だとしても少なくとも東京ではない。
      • この場合おそらくここで大阪が立候補していた。2008年五輪立候補時と比べてインバウンドなどで大阪の知名度が上がっていたので少しは有利に招致合戦を展開できていただろう。
  7. 前年3月の地下鉄サリン事件により1964年大会以上に警備が厳しくなっていた。
  8. オウム真理教がオリンピック粉砕・撹乱を掲げ大規模テロを計画していた。
    • だが前年に麻原など教団上層部の多くが逮捕されたため無事阻止されていた。
    • これが発覚するのは強制捜査中のことだった。
  9. 北陸新幹線高崎~長野間はフル規格で2001年頃に開通。
  10. りんかい線は1996年3月16日の改正で新木場~大崎間が一度に開通し、同時に埼京線は新宿~大崎間が延長された。
    • 同時に相互直通運転が開始された。
    • りんかい線開通から五輪終了までJR東日本103系10両編成を借り入れた。
    • りんかい線70-000形は当初から10両固定だった。
      • 70-000形209系編入車、209系3100番代新製車は登場しなかった。
        • 103系3000番代の完全置き換えはE233系1000番代投入で捻出された209系0番代の改造車(おそらく3100番代)で、2008年頃に行われた。
  11. 営団半蔵門線は五輪までに水天宮前~押上間が開業し、同時に東武伊勢崎線と相互直通運転を開始した。
    • 営団側は9000系ベースの08系を開発して導入、東武側は9050系を導入。
      • 東武南栗橋工場の開設と西新井工場・杉戸工場の南栗橋工場への移転統合が早まった。
    • 東武側の乗り入れ区間は史実とは異なり、当初から伊勢崎線館林まで、日光線南栗橋までだった。
      • 「館林分断」「南栗橋分断」はこの際に行われた。
    • 伊勢崎線久喜~館林間の住宅開発が史実以上に進んだ。
    • 東武30000系は当初から10両貫通編成で登場、森林公園区に新製配置されたかも。
    • 東武9050系の大量導入の代わりに10030系の導入数が史実より少なかった。
      • そのため野田線60000系の導入数が史実より多く10000系6両固定も野田線に転出した。
    • 伊勢崎線北千住駅の2層化・草加~越谷間複々線化が半蔵門線相互直通開始までに実施された。
      • 東武20070系の登場が1年ほど早まった。
    • 営団南北線と都営三田線の目黒延伸と東急目黒線との相互乗り入れもオリンピックに合わせて開始された。
  12. バブル崩壊後の失われた20年の到来がやや遅れていたかもしれない。
  13. 京急空港線の羽田空港ターミナル直下乗り入れが2~3年早くなった。
    • 2100形も同時期に登場していた。
    • エアポート快特・特急の運行開始も同時に。
  14. 西武池袋線練馬駅の高架化がはやまり五輪開幕までに西武有楽町線が全線複線化・同時に西武池袋線と相互直通運転を開始した。
    • 西武の6000系の導入ペースがはやまりアルミ車は存在しないか史実より少ない。
      • 6000系の新宿線系統への配置と運用はなかった。
    • 701・801系全廃が早まった。
    • 9000系は新宿線系統を中心に活躍したかも。
広島
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1998年冬季オリンピックに日本は立候補しなかった。また、広島は1994年のアジア競技大会の会場に選ばれなかった。
    • 日本は2008・2020年夏季オリンピックにも立候補しなかった。
  2. 廣島(広島)そごう新館はオリンピックがきっかけで建設された。
  3. 新幹線500系の運行開始が1年早まった。
  4. 広島西武が実現したかも(広島駅南口再開発事業Bブロックの核テナントに内定)。
    • それが実現した場合、そごうとの合併後、そごう側に店舗が統合される。
    • あるいは同じセゾングループ(当時)のパルコがそこにできたかも。
  5. 広電3950形が1995年頃に登場する。
  6. アストラムラインはオリンピックまで開業した。
  7. 広島空港は羽田空港のように沖合展開事業が実施された。
    • 同時に広島高速3号線が全通した(広島空港付近は地下トンネル)。
    • 観音の三菱重工の工場の方が三原辺りに移転したかも。
      • その場合重工の工場跡地が空港の拡張用地に。
    • 広電の路線が空港に乗り入れたかも。
  8. オリンピック前に広島運転所へ223系1000番代が直接導入されたかも。
    • 「國鐵廣嶋」のイメージを崩せたかもしれない。
    • 残りの国鉄形電車の置き換えは2010年代後半に225系100番代で置き換えられた。
      • 223・225系の広島向けの車両は先頭部貫通幌設置・ワンマン運転対応・ヨーダンパ未設置、最高運転速度110km/h(・225系の車内旅客案内装置が3色LED式)の区分番代だったかも。
        • その場合223系1000代ベースは5000代(史実の5000代は5500代・史実の5500代は5700代か)、225系100代ベースは1000代を名乗る。
    • 223・225系4両以下で運行される快速はワンマン運転を実施。
    • 史実の227系0代相当の車両は製造されず、1000代が0代を名乗った。
  9. 同年の国体は別の府県で開催された。
  10. 1996年のセ・リーグは広島東洋カープが優勝していたかもしれない。
  11. 東広島→広島貨物ターミナル駅の広島操車場跡地への移転が早まった。
  12. 広島のテレ東系列局が実現したかも。
  13. マツダはJOCのスポンサーになっていた。

1998年冬季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 文化大革命がなかったらこうなったかもしれない。
  2. 2008年の夏季五輪は北京ではなかった。
    • 恐らく大阪になっていた。
米子
  1. 招致活動は島根県と共同で行っていた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 西日本初の五輪になっていた。
  2. 285系キハ187系の登場が早まっていた。
  3. アシックスがスポンサーになっていた。
  4. 鬼太郎が何らの形で登場する。

2000年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

大阪
  1. ≒「もし1998年の冬期五輪に日本の都市が1つも立候補していなかったら」である。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 2008年か2020年のオリンピックがシドニーになっていた。
  2. そうなっていたら、1995年の阪神大震災で開催が一時、危ぶまれていた。
  3. 2年前の明石海峡大橋開通が五輪開催に華を添えていた。
  4. 言い換えると、この内容
広島
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1998年の冬季オリンピックは日本で開催されなかった。
    • 1994年のアジア競技大会は広島ではない。アジア競技大会ではなく夏季五輪を誘致した、とされる。
  2. 広電5000形(グリーンムーバー)の導入はオリンピックがきっかけだった。
  3. 広島市民球場の(旧)東広島駅跡への移転は1999年までに行われる。
    • ここを拠点とする広島カープは同年にリーグ優勝したかも。
  4. 223系2000番代ベースの車両(先頭部に貫通幌設置・ワンマン運転対応・ヨーダンパなし、最高運転速度110km/h)がオリンピック前に広島運転所へ配置。
    • この車両が5000番代を名乗る(史実の5000番代は5500番代・史実の5500番代は5700番代を名乗るか)。
    • 2010年代後半に225系7000番代(仮、先頭部貫通幌設置・ワンマン運転対応・ヨーダンパなし、最高運転速度110km/h・車内旅客案内装置が3色LED式)で残りの国鉄形電車を置き換えた。
    • 223・225系使用の4両以下の快速はワンマン運転を実施。
    • 史実の227系0代相当の車両は製造されず、1000代が0代を名乗った。
横浜
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 横浜開港140周年・横浜市政110周年の、記念行事の1つとして立候補したとされる。高秀秀信元横浜市長の功績の一つとして、語り継がれる。
    • 1998年の冬季オリンピックは長野ではなかった。
  2. 湘南新宿ラインの運転開始が1年早まる。
    • 東京急行(東急)は対抗して東横特急の運行開始を1年早める。
    • E231系1000番代の登場がやや早まる。
  3. 地上デジタル放送が2000年に開始する。横浜オリンピックがきっかけで、在京局が積極的に地デジ放送の開始に力を入れたため。
  4. みなとみらい21線の開業が4年早まる。横浜高速Y500系は東急3000系を基本に製作。
    • 横浜駅9・10番線ホーム拡張が史実より早かった。
  5. 羽田空港第2ターミナルの供用開始が4-5年(オリンピックまでに)早まる。
  6. JR東日本のSuicaのデビュー(東京近郊区間424駅でのサービス開始)は当初予定より1年早かった(2000年1月)。
名古屋
  1. ≒「もし1998年の冬季五輪に日本の都市が1つも立候補していなかったら」。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 中部国際空港は五輪までに完成。名鉄空港線も同時期に開業。
    • 名鉄は7500系を2001年頃に全廃している。
  2. 名古屋が万博誘致に切り替えなければありえる。1988年の夏季大会に落選した過去のため、「12年ぶりの悲願達成」と語られる。
  3. 2005年の万博は上海で開催される。
  4. 現実の名鉄1600系が2000系を名乗り、当初から4両固定編成で製造された(車体傾斜装置を当初から全車両装備、先頭部貫通・吉良吉田駅入線可能な車体構造)。
    • 走行機器の配置は3700系に合わせている。
    • 空港線開業までに15編成程度製造。
    • いきなり量産車というのも不安なので、数年前に試作車が登場していた。
  5. 名古屋空港の旧国際線ターミナルの建て替えはなかった、中部空港開港後解体された。
    • 跡地はユニーの、空港と関係が薄い大型SCになる。
  6. 名古屋市営地下鉄名城線の環状化・上飯田線の上飯田-平安通間、あおなみ線は五輪までに開通する。
  7. 1988年夏季大会の落選経験から、1994年の国体で使用された会場の多くで、競技が行われた。
  8. 旧国鉄笹島駅跡地の開発が早まった。
    • 中京テレビは、史実でいうグローバルゲート相当の建物内に、まず本社機能の一部が移転する。
    • それに相当する建物は五輪までに完成、名鉄グループ主導で開発。
  9. 中日は同年にリーグ優勝したかも。
仙台
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1998年冬季オリンピックに日本の都市は立候補しなかった。
  2. 仙台空港鉄道はオリンピックまでに開業。
    • 当初の使用車両はJR側は701系1500番代ベースの都市型ワンマン対応車・SAT側はその同型車だった。
    • おそらく2000年3月の改正で開業した。
    • 名取のダイヤモンドシティ→イオンモールも同時期にオープン。
    • オリンピックと下記国体開催期間中、仙台空港~名取~岩切~利府間直通列車が多数運行された。
  3. 翌年の「新世紀・みやぎ国体」は、オリンピックで使用された会場が多く使用された。2002年FIFAワールドカップの試合は、仙台の代わりに名古屋(豊田スタジアム)で開催(オリンピック・国体が大きく絡む財政面の問題)。
  4. 北陸新幹線高崎~長野間はフル新幹線規格で建設されるが、高崎~長野間の開業が2001年頃になった。
    • 200系F80編成は存在しなかった。
    • 代わりに東北新幹線盛岡~新青森間が、仙台オリンピックまでに開業。
    • E2系の1998年以降落成車は1000番代になっている。
    • 東北本線盛岡~青森間の3セク移行は、1社(社名はみちのく鉄道か?)で行われた。
    • E751系の投入はなく、青森発着の「いなほ」は廃止されなかった。「かもしか」は上記の東北新幹線全通と同時に廃止。
  5. 長町仙台港に競技会場が多く設置される。
    • 一部は仮設になっている。
    • 東北本線長町付近の高架化が7年程早まり太子堂駅はSATと同時に開業した。
  6. 仙台開府400年関連行事の一つとして立候補した、とされる。
  7. 宮城スタジアムの開場が1年程早まった。
  8. 仙台北部道路はオリンピックまでに全通。
    • 常磐道・仙台東部道路も同時期に全通し東部道路は常磐道に編入(旧東部道路のIC番号とキロポストは常磐道三郷ICから通しに変更)。
      • 磐越道いわきJCT-郡山JCT間の4車線化はなかったか2010年代以降だった。
  9. JR東日本のSuicaがSAT開業と同時にデビュー(仙台都市圏でサービス開始)、東京近郊区間424駅でのサービス開始は予定通りの時期(2001年1月)に。
  10. オリンピック期間中は大阪・名古屋から観戦用に直通の臨時寝台特急が運転されていた。
  11. 2011年の東日本大震災で五輪が開催された施設に被害が出ていたかもしれない。
モスクワ
  1. 旧西側のボイコットはなかった。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 「ロシアの奇跡」と呼ばれる経済成長が起きたかも。
佐賀
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 佐賀空港福岡空港の移転扱いで国際空港になっていたかも。

2004年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

北京
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 中国の経済成長のペースが4年早まっていた。
    • この場合、2005年の万博開催地は上海になっていた。
      • さらに、2007年頃にはGDPが日本を抜き2位になっていた。
  2. 逆に2008年がアテネになっていた。
    • 大阪は2008年大会には立候補せず、2016年か2020年に立候補していた。
      • ただ現実通り東京も立候補していた場合、国内候補地選定の時点で大阪は東京に負けていた。
名古屋
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1998年冬季五輪の開催地が日本でなかったら、あり得た。
  2. 1988年夏季大会に落選した過去のため、「16年前の悲願達成」とされた。
    • 名古屋(愛知県)が、万博の誘致ではなく、夏季五輪の誘致活動をあきらめなかった為。翌年の万博は上海だった。
      • 4年後の夏季五輪はアテネだった。
      • 万博に関しては2010年代に福岡あたりで開催されていた。
  3. 開催地近くに本社を置くトヨタが、前年に自動車販売台数がフォード(アメリカ)を抜き世界2位になったことが、好調な名古屋(愛知県)経済の大きな要素になる。
  4. トヨタの「レクサス」日本投入が五輪までに開始。同社は2000年頃からIOCワールドワイド・オリンピック・パートナーに。
  5. 中部国際空港の開港が1~2年早まっていた。
  6. 2000年の項で述べた交通整備は2002~2004年に行われる。
    • 名鉄2000・2200・3150・3300系の登場も早かった。
  7. 2020年の夏季五輪開催地は東京ではなかった(日本の他都市で開催されていた場合も同様)。
    • 2020年の開催地はイスタンブールかパリになっていた。
大阪
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1998年冬季五輪が日本以外で開催されていたら、あり得る。
  2. 1995年の「阪神・淡路大震災からの復興」を掲げて当選した、と言われる。
  3. 大阪環状線桜島線に、223系2000番代ベースの321系(8両・MT比3:5、3扉、オールロングシート、トレインビジョン装備)が2004年3月までに集中投入され、森ノ宮区103系の全運用を置き換えた。奈良方面へ行く区間快速のごく一部に使用するため(同時に、奈良区103系大阪環状線運用は、すべて221系に変更)、120Km/h運転対応に。
    • 大阪環状線・桜島線は、オリンピックまでに可動式ホーム柵(20m車3扉用)を、全駅に設置。史実の321系にあたる車両は、323系となる。史実の323系相当の車両は開発されない。その後、京阪神緩行線の201系・205系は2005年から2007年にかけて323系へ置き換え。
    • サハ201とサハ205は体質改善工事の対象外に、6両化(サハ201・サハ205は引退、廃車)され、奈良区(201系のみ)と日根野区(201・205系)へ転属。
  4. 同年10月に新潟県中越地震が発生したことから、1964年の新潟地震と合わせ「日本国内で夏季五輪が開催された年には新潟で地震が起こる」というジンクスが生まれていた。
横浜
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 高秀秀信元横浜市長の功績の一つとして語り継がれる。
  2. 羽田空港第2ターミナルの供用開始が半年から1年早まる。
  3. 2004年3月ダイヤ改正で湘南新宿ラインの大増発を実現した。
    • E231系1000番代の投入は'04年3月改正までにほぼ完了、E231系0番代常磐線用の投入はその後にずれ込んだ。
  4. NHKのこの年のオリンピックテーマ曲は史実同様、ゆずが歌った。

2008年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

東京

2008年夏季五輪には日本国内の候補都市として大阪市が立候補していましたが、結局最下位で落選してしまいました。もし2008年夏季五輪の国内候補都市が大阪市ではなく東京都だったら・・・

  1. 五輪開催都市の投票の際当時の小泉首相が会場に駆けつけていた。
  2. 東京ジャイアニズムのおかげで2008年夏季五輪の会場に東京が当選していたかもしれない。
    • その場合、大阪市はさらに衰退していた。
    • 日本第2の都市圏は近畿圏ではなく中京圏となっていた。
  3. 京阪中之島線阪神なんば線は建設されていなかったか開業していたとしても史実より遅れていた可能性がある。
    • 下記の通り万博が開催されたらそれに合わせて整備されていたかも。万博に間に合ったかどうかはわからないが。

当選していた場合[編集 | ソースを編集]

  1. 東海道リニア新幹線が2008年までに東京―名古屋間で開業している。
    • 第二東名、新名神高速道路も2008年までに全線開通。
    • 新東名や新名神はともかくリニアは途中までしか開通してなさそう。(甲府止まり?)
  2. 北京は2016年のオリンピックに立候補していた。
    • 2016年がリオになった場合2020年の開催になっていた。
      • この場合、2022年冬季はアルマトイになっていた。
  3. 成田新高速鉄道線も2008年の東京五輪に合わせて開業していた。
    • 羽田空港の国際ハブ空港化も同時に行われた。
  4. 2020年のオリンピック選考はイスタンブールマドリードの一騎打ちになっていた。
    • ↑にもある通り北京も立候補していた。
  5. 大阪も負けじと万博を誘致し、2010年か2015年あたりに開催されていた。

立候補していたら(東京以外)[編集 | ソースを編集]

バンコク
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. バンコクや周辺の交通整備が大幅に進んだ。
  2. 名実ともに東南アジアの大国入りしたかも。
  3. タイ航空は開幕前にA380を導入した。

立候補していなかったら[編集 | ソースを編集]

大阪
  1. 大阪シティ信用金庫スタジアムができていたか微妙。
    • できていなかったら高校野球大阪大会の決勝は京セラドーム大阪で行われていた。
  2. 舞洲ゴミ処理場がフンデルトヴァッサーのデザインになっていなかったかも。
  3. はやいうちに万博招致構想が上がっていた。
    • アジア大会を誘致していたかも。
  4. 2012年大会に東京が立候補していたかも。
  5. 京阪中之島線の計画は中止されていた。
    • 阪神なんば線も現実よりも計画が遅れていたかも。
北京
  1. 大阪オリンピックが実現していたかも?
    • むしろパリだろう。
  2. 北京冬季オリンピックの開催が2010年代に実現していたか。
    • あるいは2016年か2020年の夏季五輪の開催地に立候補し、東京と争っていた。

2012年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

東京
  1. 2008年の大阪は立候補していなかった可能性が高い。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. 東京スカイツリーはオリンピックに合わせて開業していた。
  2. 前年発生した東日本大震災により開催を危ぶむ声も出ていた。
  3. 史実通り2008年大阪が落選していたら大阪の恨み節は現実以上だっただろう。
    • 大阪は2015年か2020年あたりに万博を誘致していた。
      • 仮に2020年だった場合、新型コロナウイルスの影響で中止になっていた公算が高いので、関西はさらに地盤沈下していた。
        • 東京への一極集中がさらに進んでいた。
  4. 逆にロンドンが2020年の開催地になっていた。
    • あるいはイスタンブールになっていた。
大阪
  1. 史実でも2008年に立候補し落選しましたが、それにもめげずに再立候補していたらあり得た。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. もちろん東京は2016・2020年の五輪開催地に立候補していない。
  2. 五輪開催決定が2005年だったので、同年の阪神タイガース優勝と合わせて語り継がれていた。
    • それとともに福知山線脱線事故で沈んでいた関西を励ます明るいニュースになっていた。
    • 場合によっては33-4もなく、阪神が日本一になっていた。
  3. あべのハルカスは現実(2014年)より2年早くオープンしていた。
    • 同年には奇しくも東京スカイツリーもオープンしており、日本の東西の2大都市で高層建築物が誕生したことになる。
  4. 招致当時の太田房江知事は高い評価を得ていた。
    • 恐らく3期目も務めていただろう。五輪成功を置き土産に勇退していた。
    • その場合、橋下徹氏が府知事や大阪市長になることはなく、大阪維新の会→日本維新の会も誕生しなかった。
  5. 1度2008年に落選しているので、「2度目の正直」と言われていた。
  6. 2025年の万博は日本だったら福岡あたりで行われていた。

立候補していなかったら[編集 | ソースを編集]

モスクワ
  1. ≒「もし1980年のモスクワオリンピックで西側諸国のボイコットがなかったら」である。
    • ≒「もしソチオリンピックが2010年に実現していたら」でもある。
  2. モスクワの再立候補は早くとも2020年ぐらいだった。

2016年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

パリ
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 2012年夏季・2014年冬季オリンピックの開催地が、ヨーロッパ以外だったらあり得た。
  2. リオデジャネイロは2020年にも立候補し、東京と開催地を争っていた。
    • もし2020年がリオだった場合、2024年が東京になっていた(逆のケースもあり)。
名古屋
  1. 国内候補都市選定の段階で東京と争っていた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 名古屋の人は「28年ぶりの悲願達成!」と大喜びしていた。
  2. 日本が獲得したメダル数はさらに多く、50個を超えていた。
    • 金だけでも20個以上獲得していた。
  3. 近鉄の新名阪特急「ひのとり」は現実よりも5年早い2015年に登場し、オリンピックを前に名阪甲特急の全てを置き換えていた。
    • 名鉄9500系もオリンピックを前に登場し、デザインも現実以上に斬新なものになっていた。
    • JRキハ85系の置き換えもオリンピックを前に行われていた。
  4. 名鉄・近鉄名古屋駅の改良工事や地上の再開発もオリンピックを前に完了していた。
  5. 新東名・新名神高速道路もオリンピックを前に全通していた。
  6. もちろん2020年の夏季五輪開催地は東京ではなかった。
    • 恐らくその時点でパリで開催されていた。コロナで延期になるのは史実通りだが。
  7. 大阪・関西万博開催も2020年前後に早まっていた。
大阪
  1. この場合も国内候補都市選定の段階で東京と争っていた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 2008年大会落選の経験があるだけに、「8年前の雪辱を果たした」と大喜びしていた。
  2. この場合も近鉄名阪特急「ひのとり」は2015年にデビューし、オリンピックまでに名阪甲特急の全てを置き換えていた。
    • おおさか東線の新大阪延伸もオリンピックを前にした2016年3月に早まっていた。
    • 京阪特急のプレミアムカー導入も1年程度早まっていた。
      • オリンピック期間中は中之島発着の特急も運転され、会場(恐らく舞洲か夢洲)へはシャトルバスが連絡していた。
  3. 阪神百貨店梅田本店の建て替えも2016年までに行われていた。
    • うめきたの再開発も。この場合大阪駅うめきた新駅もそれに合わせて開業し、同時におおさか東線は大阪駅発着になっていた。
  4. 2025年の大阪・関西万博は行われなかった。
    • 万博は2020年あたりに福岡で開催されていた。

2020年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

モスクワ

史実ではサンクトペテルブルクが招致を検討していました。

  1. ≒「もしソチオリンピックがなかったら」である。
    • ≒「もしソチオリンピックが2010年に実現していたら」でもある。
    • 1956年にコルティナダンペッツオ五輪を開催した4年後の1960年にローマ五輪を開催したイタリアの例があるからモスクワ市長のセルゲイ・ソビャーニンの動き次第ではありえたかも。
  2. その代わりにマドリードとローマが立候補していなかったかも。
    • どちらかが立候補してもさすがに一次選考で落選が限界だっただろう。
      • どちらとも欧州金融危機で財政的に立候補するためのお金の余裕がなかったため。
    • 東日本大震災の被害が現実よりもっと酷かったら、東京も立候補しなかったか、しても一次選考で落選が限界だったかも。
      • この場合、東京は2024年か2028年に再立候補していた。
        • 立候補したのは大阪など日本の他の都市だったかも。
  3. マリア・シャラポワが招致活動を行っていた。
  4. 立候補都市の顔触れは最終選考時点ではモスクワ、東京、イスタンブールになっていたが、上記の東京が立候補しなかった場合はモスクワとイスタンブールの一騎討ちになっていた。
    • 場合によっては、2020年の開催地をモスクワ、2024年の開催地をイスタンブールに振り分けていたかもしれない。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. もし史実通り東京が立候補していた場合、大阪五輪や東京五輪の落選はモスクワが関係していたと言われる。(2008年夏季五輪の開催地の最終選考はモスクワであった。)
    • 「1980年のモスクワオリンピックで日本やアメリカなどの西側諸国がボイコットしたことが2020年の東京オリンピックの落選の原因になった」と報じたメディアも多かった。
    • 「1980年のモスクワオリンピックで西側諸国のボイコットがなければ2020年のオリンピックが東京になっていたのに…」と嘆く人も多かった。
    • 最終選考がモスクワと東京の一騎討ちになっていたら、モスクワが現実以上に叩かれていた。
  2. 1980年の教訓からボイコットする国を1ヶ国も出さないようロシア政府が努力していた。
    • そのためドーピング問題によるリオ五輪の出場危機やクリミア侵攻はなかった。
    • 西側諸国もさすがにボイコットはしないだろう。
  3. 「めざせモスクワ」が「めざせモスクワ2020」としてリメイクされていた。
  4. モスクワ~カザン間の高速鉄道は2020年のモスクワオリンピックに合わせる形での開業を予定している
  5. 阪神尼崎駅にある「モンパルナス」がモスクワ五輪とコラボしたピロシキを売り出していた。
京都
  1. 少なくとも国内選考まで無事に辿り付けていた。
  2. 奈良との共催も一時、検討された。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 京都市が観光都市や五輪開催都市としてのPRを行っていた。
  2. 奈良線に225系が投入されており、2020年の京都オリンピックまでに103系の全ての置き換えを予定している。
    • 京阪も2020年までに8000系に代わる新型特急車両の導入を決定していた。プレミアムカーの導入もそれと同時に行われる。
    • 複線化も可能な限り進んでいた。
  3. メイン会場は伏見区の南部か巨椋池干拓地あたりが有力。
    • 会場アクセスとして地下鉄烏丸線が竹田から延伸される。
      • 京阪の淀~中書島間に新駅が設置され烏丸線と接続していた。五輪期間中は特急も臨時停車していた。
      • 烏丸線の新型車両もオリンピックに合わせて導入されていた。
    • 西京極も使われていた。
    • 京都競馬場の改修工事がオリンピックに間に合うよう早まっていた。
  4. 史上初めて西日本で開催される五輪となっていた。
  5. マラソンと競歩は現実通り札幌で開催していただろう(京都の夏の暑さは尋常ではないので)。
  6. 京都鉄道博物館がオリンピックと連動した企画を行っていた。
福岡
  1. こちらも少なくとも国内選考を通っていた。
  2. 広島や長崎との共催も検討されていたかも。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. こちらも史上初めて西日本で開催される五輪となっていた。
  2. 最近躍進が著しい福岡の勢いにさらに弾みを付けるようになっていた。
  3. 2016年の熊本地震で一時開催が危ぶまれていた。
  4. 821系は2020年の福岡オリンピックまでに投入を完了する見込み。
    • 305系も福岡市営地下鉄1000系置き換えを兼ねて製造数は現実より多かった。
  5. 史実通り1年延期になった場合、2021年のパ・リーグはソフトバンクがCS出場を決めていたかも。その場合楽天はBクラスになっていた。
ベルリン
  1. ドイツでの大きなスポーツ大会が前後に無かったのでクラウス・ヴォーヴェライト氏の動き次第では有り得た。
  2. この場合もマドリードとローマが立候補しなかった。
  3. ミュンヘンが2022年冬季オリンピックに立候補を検討する事はなかった。
  4. 現実でもライプツィヒが2012年のオリンピックに1次選考で落選していたが立候補しており、2016年のオリンピックにもドイツの都市が継続して立候補し、2018年と22年の冬季オリンピックに立候補していなければ有り得た。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1936年大会がナチスの宣伝に利用されたことから、ユダヤ人に有利な判定が行われるようになる。
  2. 開会式ではベルリンの壁を倒す演出が行われる予定。
    • 聖火リレーでも東西ドイツ国境やベルリンの壁の跡地を中心に行われる予定。
  3. 東京ではなくベルリンが水曜日から始まる閏年に2回オリンピックが行われた都市になっていた。(1936年は1964年や2020年と同じく水曜日から始まる閏年だった)
  4. 2026年の冬季オリンピックにミュンヘンが、2025年の万博にフランクフルトが立候補していた。
    • 代わりに2024年のオリンピックにハンブルクが立候補しなかった。
  5. ベルリンもパリもヨーロッパの都市なので2024年の開催地がロサンゼルスに、2028年の開催地がパリに振り分けられていた。
カサブランカ
  1. アフリカ初の開催を狙って招致活動を行っていた。
  2. この場合もマドリードが立候補しなかった。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. アフリカ初のオリンピックになっていた。
  2. 2013年・14年のクラブワールドカップが2020年のカサブランカオリンピックへの下積みになっていた。
  3. 郷ひろみが「哀愁のカサブランカ2020」という歌をリリースしていたかもしれない。
パリ
  1. 開催地を選ぶ決選投票で東京と激しいつばぜり合いを演じていた。
    • 前回開催がパリは1924年、東京は1964年だったのでその分東京は不利になっていたかも。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 東京は2016・2020年と2大会連続で落選していたことから、3度目の立候補はないと思われる。
    • 2016年の東京都知事選では五輪招致反対派が当選していたかも。
  2. 2024年大会の開催地はロサンゼルスが無投票当選していたか、日本国内の他の都市(仙台・名古屋・大阪・広島・福岡のいずれかが有力)が立候補していた。
    • 2024年の開催地がロスだった場合、2028年が日本だった可能性もある。
    • 札幌の夏季大会かもしれない。
名古屋
  1. もしバブルがなかったらである。
    • あるいは東日本大震災が発生しなかったら。
  2. 少なくとも国内選考は通過していた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 1988年大会に落選した過去があるだけに「32年ぶりの悲願達成」と言われていた。
  2. 競技場の改修などは行われるようだが、現実の東京五輪ほど費用はかからずコンパクトに済んだかも。
    • マスコミのバッシングも現実ほどではなかった。
  3. 少なくとも名古屋、いや中京圏では現実の東京五輪以上に盛り上がっていた。
  4. 近鉄の新型名阪特急はオリンピックに合わせてデビューする形になっていた。
    • むしろデビューが1~2年早まり、オリンピックまでに名阪甲特急の全てを置き換えていた。
    • 12200系はオリンピックの大輸送を最後に引退していた。
  5. 名鉄・近鉄両名古屋駅及び周辺の再開発はオリンピックを前に完成するよう前倒しされていた。
  6. 東京は2025年万博を誘致していたかも。
  7. 河村市長による金メダルかじり問題は起こらなかった可能性が高い。
    • 開催都市の市長という重責を担ったため。
  8. 史実通り1年延期になった場合、2021年のセ・リーグは中日がCS出場を決めていたかも。その場合巨人はBクラスになっていた。
札幌

史実では東京五輪のマラソン・競歩の会場が札幌に決定しました。

  1. 少なくとも国内選考は通過していた。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 札幌市は日本で初めてオリンピックを夏と冬両方の開催を経験することになっていた。
  2. 史実通り7~8月の開催であっても、暑さはさほど問題にはされなかった。
  3. それでも北海道新幹線の札幌延伸は間に合わないだろう。
    • でも延伸の機運は高まっていた。
仙台
  1. 現実以上に東日本大震災からの復興をアピールしていた。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. 仙台の夏は東京ほど暑くはないので、マラソン・競歩を札幌に移そうという話は出なかった。
大阪
  1. 東京は立候補しなかったか、国内選考で東京に勝って立候補していた。
  2. 京都や神戸との共催も検討されていたかもしれない。
  • 開催地に得ればれていたら
  1. 12年前の2008年夏季五輪落選の苦い経験があるだけに、「12年前の悲願達成」と言われていた。
  2. 会場は舞洲や夢洲がメイン。
    • 一部競技が京都や神戸など関西の他の都市で開催されていたら「大阪・関西五輪」とも呼ばれていた。
  3. 名古屋のケースと同じく近鉄名阪特急「ひのとり」のデビューは1年早まり、五輪前に全ての名阪甲特急を置き換えていた。
    • 阪神百貨店梅田本店の建て替えやうめきた新駅開業もオリンピック前に前倒しされていた。
      • 大阪中央郵便局も。
  4. それでもマラソンや競歩の会場は札幌になっていただろう。
  5. 2025年万博は福岡あたりでの開催が決まっていた。
  6. 京阪3000系プレミアムカーはオリンピック開催を前に連結されていた。
    • 8000系に代わる新特急車がデビューしていたかも。
    • そもそも京阪プレミアムカー導入はオリンピック開催がきっかけだった。
    • 大阪メトロ400系もオリンピックに間に合うように投入が前倒しされた。
  7. 大阪城の豊臣時代の石垣の復元もオリンピックを前に完成していた。
  8. 大阪駅地下ホームはオリンピックに間に合わせる形で開業していた。
    • 北大阪急行や京阪中之島線の西九条あるいは九条への延伸も。
      • 大阪モノレールの東大阪市内への延伸も。
  9. 場合によっては北陸新幹線の新大阪延伸がオリンピックに間に合うタイミングまで前倒しされていた。
  10. 史実通り大会が1年延期された場合、オリックスのパ・リーグ優勝も重なって大阪は大いに盛り上がっていた。場合によっては阪神もリーグ優勝していた。
    • もし日本シリーズが阪神×オリックスになった場合、「日本で夏季五輪が開催された年の日本シリーズは関西ダービーになる」というジンクスが成立していた。
神戸
  1. こちらも東京は立候補しなかったか、国内選考で東京に勝って立候補していた。
  2. 阪神・淡路大震災からちょうど25年という節目で復興をアピールしていた。
  3. 大阪との共催も考えられていた。
    • 同じ震災被災地という縁で一部競技が仙台で開催するという案も出ていた。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. メイン会場は神戸総合運動公園か、あるいは神戸ウイングスタジアムだろう。
  2. 神戸市営地下鉄6000形の登場が数年早くなり、オリンピックまでに西神・山手線の全ての車両を置き換えていた。
    • 北神急行線の神戸市への移管もオリンピックを前に行われていた(ある意味現実通りか?)。
    • 阪神の快速急行8連化もオリンピックがきっかけだった。
    • 場合によっては阪急神戸線と神戸市営地下鉄西神・山手線の直通が五輪開催までに実現していた。
      • 大阪市内から神戸総合運動公園まで直通で行けるようになっていた。
  3. マラソン・競歩は札幌ではなく仙台で行われていたかもしれない。
  4. 阪急神戸三宮駅の新駅ビル開業はオリンピックに間に合わせるため1年ほど早まっていた。
北京
  1. ≒2008年の夏季五輪開催地が北京以外だったら、である。
  2. 場合によっては東京と開催地を争っていた。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. 新型コロナウイルス感染症により開催が中止あるいは延期になることは間違いないだろうが、ウイルスの発生源が中国だったので「自業自得」だと言われていただろう。
  2. 逆に2022年冬季五輪の開催地が日本だった可能性が高い。
    • 2回目の札幌か東日本大震災からの復興を目指す仙台が有力だが、1998年の開催地が長野ではなかった場合は長野という可能性もある。
  3. 史実通り1年延期で開催されていた場合、日本のメダル数は現実の半分くらいだっただろう。
    • 場合によってはアメリカ共々ボイコットしていた。
釜山
  1. ≒2018年の冬季五輪開催地が平昌以外だったら、である。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. 韓国としては1988年ソウル以来2回目の夏季五輪だった。
  2. 韓国のメダル数は現実よりも多かった。
    • 野球はメダルを獲得していただろう。
  3. コロナ禍がなく有観客開催だった場合、地理的に日本に近いので日本からの観戦も多かっただろう。
    • 特に中国・九州地方からの観戦が多かった。
    • 関釜フェリーやJR九州の高速船も観戦に利用されていた。
  4. 韓国で2番手の都市での開催に成功したので、日本で同様の立場にある大阪が再立候補を検討するようになっていたかも。
    • 早ければ2032年大会に立候補していた。

立候補を取り下げていたら[編集 | ソースを編集]

東京
  1. 東日本大震災の被害が現実より酷かったらこうなっていた。
    • この場合、西日本への首都機能移転も議論されるようになっていたかも。
    • 東京都がオリンピック招致の是非を問う住民投票を行って招致反対票が過半数を占めていた場合でも有り得た。
  2. 上記の震災の後遺症が消えた頃に日本国内の他の都市が立候補していた。
    • 早ければ2024年大会に大阪・名古屋・福岡あたりが立候補していた。
      • あるいは東日本大震災の復興五輪を目指して仙台が立候補していたかもしれない。
        • 仙台の場合、冬季五輪に立候補していた可能性もあった。
    • 2024年大会の候補地決定がもっと盛り上がっていたことは間違いない。
      • 2032年大会の開催地が早々とブリスベンに決まることもなかった。
        • 2024・28年の開催地が日本でなかった場合、32年が東京だった可能性もある。
  3. 築地市場の豊洲移転は中止されていたか、もっとゆっくりとしたペースで検討されていた。
  4. 小池百合子は都知事にならなかったかも。
    • 安倍政権も現実ほど長続きしなかったかもしれない。
      • その場合野党は現実よりも強く、民主党の民進党への改名や立憲民主党や国民民主党への分裂もなかった。
        • 民主党は維新と組んで連立政権になっていた可能性もある。
      • 菅政権もなかった。
        • その次の岸田政権も。
      • 社会民主党も再び息を吹き返していたかも。
        • 共産党も。
      • レジ袋有料化も2021年の時点では行われていなかった。
  5. 大阪は2025年の万博開催地に立候補しなかった。
    • 前述の通り大阪は2024年あたりの夏季五輪開催地に立候補していた可能性が高い。
  6. 東海道新幹線における700系引退→N700系への車種統一は1~2年遅れていたかもしれない。
    • 銀座線渋谷駅の移転も。但しこちらは震災の被害が大きかった場合は震災復旧と同時に行われていた。
    • 日比谷線の20mへの統一も遅れていた。
  7. 2020年に発生した新型コロナウイルス感染症への対応も現実よりはうまくいっていた。
    • うまく行けば翌年秋までには収束していた。
    • その一方で「立候補を取り下げておいてよかった…」と安堵する声も多かった。
  8. 2020年夏季五輪の開催地はイスタンブールになっていた。
    • あるいはパリが立候補し当選していた。
  9. 小山田圭吾・小林賢太郎・河村たかしなどが炎上することもなかった。
  10. オリンピックによるペナントレース中断がなかったため、2021年のセ・リーグは阪神が優勝していた。

2022年冬季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

金沢
  1. ≒2020年の夏季五輪は東京ではなかった。
  • 開催地に選ばれていたら
  1. 北陸新幹線の全線開業がオリンピック開催前にまで早まっていた。
    • 東京はもちろん、関西方面からのオリンピック観戦も便利になっていた。
  2. 女優の浜辺美波が聖火ランナーに選ばれていた。
    • 元プロ野球選手の松井秀喜も。
  3. やはり森喜朗の政治力だと言われていた。
  4. スキージャンプ競技における高梨沙羅の失格はなかったかもしれない。
  5. 選手村にゴーゴーカレーや8番らーめんが出店していた。

2024年夏季[編集 | ソースを編集]

立候補していたら[編集 | ソースを編集]

大阪
  1. ≒2020年の夏季五輪開催都市が東京ではなかったら、である。
  2. 開催地決定は2017年であるが、インバウンドによる訪日外国人の増加で大阪の知名度は格段に上がっているため、史実の2008年大会ほど苦戦しなかった。
    • 最下位で落選、ということにはならなかった。
  3. 2024年の夏季五輪招致が現実よりも盛り上がっていた。
    • パリとの一騎打ちになっていた。
    • 2028年大会の開催都市を同時に決める、なんてことはなかった。
  • 開催地に選ばれていた場合
  1. 2025年の万博開催都市に立候補しなかった。
    • それでもカジノを含むIR(統合型リゾート)誘致計画は現実通り進んでいた。
    • 万博に関しては福岡あたりが開催地に立候補していた。
  2. メイン会場は2008年大会の時と同じく舞洲・夢洲になるだろう。
    • 他に関西一円に会場が広がり、「大阪・関西五輪」になっていたかもしれない。
    • 大阪メトロ中央線の夢洲・舞洲延伸は五輪開催前に早まっていた。
      • 30000A系及び400系の登場も早まっていた。
        • 阪急2300系(2代目)並びに座席指定車のプライベース導入も1年早まっていた。
      • 北大阪急行の箕面萱野延伸はオリンピックに間に合わせる形で開業していた。
  3. 2028年大会がパリとロサンゼルスの一騎打ちになっていた可能性が高い。
  4. 在阪マスコミは「16年ぶりの悲願達成!」と報じていた。
  5. 大阪モノレールの門真市以南東大阪市方面への延伸も2024年開通予定に計画が早まっていた。
    • 京阪中之島線の九条・西九条方面への延伸も早まっていた。
    • うまく行けばリニア中央新幹線の品川~名古屋間開通も2024年予定に早まっていた。さすがに新大阪までは間に合わないが。
  6. 開会式は中之島を中心とする土佐堀川や堂島川の船上で行われていた。
  7. 間違いなく日本維新の会の功績だと言われていた。

立候補を取り下げていたら[編集 | ソースを編集]

パリ
  1. 招致当時、フランス国内でテロが頻発していたらから有り得なくもなかった。
  2. 2024年のオリンピックは無投票でロサンゼルスになっていた。2028年大会の開催地は2017年時点で決まっていなかった。
    • 恐らくブリスベンが2028年になっていた。
  3. パリの2025年万博への立候補取り下げが現実以上に騒がれていたかも。
    • むしろ立候補の取り下げはなかった。

関連項目[編集 | ソースを編集]