ざんねんなモノ事典

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どこかざんねんなモノを集めるページ。

  • 単なる批判にならないようお願いします。

独立済み

商品

ICテレホンカード
  1. 偽造テレホンカード対策として導入したが、今までのテレホンカードとの互換性がなく、対応できる公衆電話の設置も少なく、有効期限もあったため、普及には至らなかった。
    • 日本で導入された当時(1999年)は既に携帯電話の普及期に入っていたことも災いした。
    • ICカード黎明期の頃であったため、チャージすらできない使い切りの代物だった。
  2. Suicaとかで公衆電話をかけられたわけではない。
  3. 一方フランスでは、日本にさかのぼること約15年前に導入され普及した。
iPod
  1. かつてはウォークマンのシェアを上回ったこともあるが、今や1機種のみに。
  2. ハイレゾプレーヤー隆盛の中で今や孤立した存在に。
ウォークマン
  1. デジタルオーディオプレーヤーとして登場間もないころはATRACオンリーでMP3など、他のファイルフォーマットには対応していなかった。
カップライス
  1. 日清食品が食糧庁の要請を受けて開発した加工米飯だったが即席めんと比べると高価で食感もよくなかったため短命に終わった。
    • チキンラーメンやカップヌードルをヒットさせた後の安藤百福としては珍しい大失敗作となってしまった。
    • 任天堂も開発したことがあるが、こちらも失敗した。
ゲーメスト
  1. ゲーマーのライターにより非常に濃密な攻略情報が掲載。当時のアーケードゲーマーには欠かせない雑誌であった。
  2. しかし、一方では誤植が多発。「インド人を右に!」などはもはや伝説と化している。
ベータマックス
  1. ソニーが独自規格のビデオとして発売したが、家庭用では日本ビクターなどのVHSに敗北した。
    • テレビ局がこっちがいいと言ったためひっそりと長きにわたり製造させられる羽目になった。
ミニディスク(MD)
  1. カセットテープに代わる録音媒体として登場したが、PCによるCD-Rへの録音が普及すると急速に衰退。
    • むしろiPodじゃない?

交通

自動車

フォード・エドセル
  1. フォードが莫大な宣伝費などを投じて投入した車だったが消費者心理の変化もありほとんど売れなかった。
    • 今ではマーケティング失敗の見本として世界的に語られるほど。
ダイハツ・アプローズ
  1. ダイハツが意気込みを込めて発売した5ドアセダンであったが、発売直後に発火事故が多発し、リコール騒動になり、更に当時の日本は5ドアセダンが売れなかった時代であり、売上が伸び悩んだ。
バモスホンダ
  1. 多用途車として売り出すもゲテモノ扱いされ、売れ残った。
三菱・ランサー(3代目)
  1. 当時の三菱の戦略で「セダンの派生車種は5ドアにすべき」として5ドア化したが、当時の日本は5ドアセダンが市民権を得ていない時代であり、更にディーラーから小型4ドアセダンがなくなったことに対する不満が寄せられたことから3年間の発売に留まった。
ホンダ・ステップワゴン
  1. 初代こそ他車に影響を与えるほどのヒットだったが、2代目以降がざんねんである。
    • 2代目は他車が5ドア化していく中で4ドアを堅持じたため、伸び悩んだ。
    • 3代目は5ドア化されたもののダウンサイジングが裏目に出てしまい、中途半端な存在だった。
    • 4代目はスパーダが5ナンバー化された。
    • 5代目はエコのご時世にターボを出したことが裏目に出た。

道路

関越自動車道
  1. 首都圏の高速道路のなかで唯一首都高速と繋がっておらず常に練馬は渋滞している。
    • もともとは先に完成していた新大宮バイパスのほうに首都高を繋げてしまったため。
      • 当初は練馬ICから早稲田まで首都高速練馬線を計画していたのだが5号線の交通量をこれ以上逼迫させてはいけないとのことで中止された。
        • 中央環状線へとつなげる計画もあるようだが未だ目処は立っていない。
中国自動車道
  1. 関西圏と九州圏を結ぶ高速道路であり、中国地方の高速道路網の背骨として山陰山陽地方の中間部を貫く高速道路として完成した。
    • その結果中国地方の山の中を縫う形の道路になってしまい線形は悪くほとんどの区間で80キロ制限、呰部BSから新見ICの区間に至っては一般道並の60キロ制限というところに。
  2. その後山陽自動車道が開通。岡山・広島などの山陽地方の主要都市へのアクセスが良く線形も良く距離も短い山陽道に交通量はシフトしていってしまった。
    • そして先に開通したにも関わらず高速道路ナンバリングは「E2A」。すなわち山陽道の付属扱い・・・。
  3. とはいえ中国地方山間部の町や山陰地方へつながる道としての役割は果たせている。

航空

広島空港
  1. 山奥にある空港。
    • 公共交通によるアクセス方法は空港バスのみで、鉄道は通っていない。
    • “広島”空港と名が付くので、広島市に近いと思ったらさほどアクセス性は良くない。
      • 隣の山口県にある岩国空港の方が、広島市とのアクセスの面で便利だったりする。
高松空港
  1. 山奥にある空港。
  2. 濃霧の影響を受ける頻度が多く、着陸できず出発地に折り返すか、目的地変更で岡山空港への着陸することになる確率の高い空港。
    • 高松行の便では、機長による「濃霧による影響でUターンするか、岡山空港への着陸になることがある場合もありますのでご了承ください」のアナウンスはお約束。

コンピュータ

ハードウェア

Pentium 4
  1. クロック周波数至上主義の設計であり、発熱量が高く、CPUファンの騒音がすごかった。
    • そのせいでAMDに負けていた。
Pentium D
  1. Intel初のデュアルコアCPUだが、シングルダイを2つくっつけたなんちゃってデュアルコアだった。
  2. Pentium 4を元にしているので、消費電力や発熱量が高かった。

ソフトウェア

Windows RT
  1. ストアアプリは使用できてもPCアプリは使用できない代物だった。採用機種はMicrosoft Surface以外に普及しなかった。
Windows Me
  1. Windows 9x系の最後のバージョンだが、フリーズやブルースクリーンが多発するので、不安定だった。
  2. わずか1年強でWindows XPに取って代わられた。
Windows Vista
  1. 当時のパソコンの性能に比べ、要求スペックが高かったため、企業等ではXPにダウングレードされた。
    • 7はVistaの改良版である。こちらは普及した。Vistaを飛ばしてXPからアップグレードした個人ユーザーや企業等も多かった。要するに「時代が追いついた」というべきか。
      • それ以降、「Vistaのように固有名詞を付けるとあまり普及しない」と思ったのか、単に数字の名前になってしまった。
Windows 8
  1. スタートメニューとスタートボタンが廃止され、新インターフェイスとしてスタート画面が採用されたが、不評でわずか1年で8.1が登場し、スタートボタンが復活した。
    • スタートメニューは10で復活。
    • その後8.1にアップデートしていない8はVistaや7よりも先にサポート終了となった。
    • タブレットとタッチパネルPCを重視した結果、それが裏目に出た。タッチパネルPCはコストがかかるため、メーカーが消極的だった。
Windows 10
  1. Windows10へのアップデートのお知らせがしつこく、ネットでは批判した人もいた。
    • 最終的には自動的にアップデートされてしまう羽目に…。
Windows XP
  1. 未だに個人でも法人でもXPのパソコンを使っているところが多いのにもかかわらず、2014年にサポートが終了した。

歴史上の人物

坂本龍馬
  1. 明治になるまで生き延びていたら経済面でどれほど活躍していたことか…。
伊達政宗
  1. 古くから「もっと早く生まれていれば天下取りにも絡めていただろう」という見解が多い。
    • 実際には外交の天才ながら戦にはあまり強くなかったのでかえって埋もれた可能性もあり。
武田信長
  1. 武田信玄でおなじみの甲斐武田氏の傍流にあたる、上総武田氏(真里谷氏)の祖。
    • ネーミングだけ見ると、「武田」と「信長」で何かと強そうなイメージだけは湧く。
  2. 上総一国でおよそ10万石を有する有力な大名ではあるが、戦国時代の主戦場である畿内から離れた関東にあるので、何かと歴史の片隅に追いやられている感が強い。
  3. 信長の野望より、前の時代のひとなので、ゲームには登場しない。

スポーツ

団体

大阪近鉄バファローズ
  1. 球団創設以来一度も日本一になれれないまま、2004年にオリックス・ブルーウェーブに球団合併された。
    • リーグ優勝した1979~1980年・1989年・2001年は日本シリーズに出場したものの、いずれもセ・リーグ球団(1979・1980年→広島(前者はあの『江夏の21球』)、1989年→巨人、2001年→ヤクルト)に日本一を献上している。
横浜フリューゲルス
  1. 全日空のクラブチームが母体となり、佐藤工業も資本参加してJリーグに加盟したが、佐藤工業の撤退で横浜マリノスに合併された。
  2. 準ホームタウンを九州に定めたため、移動が非常に過酷だった。
オリックス・バファローズ
  1. 最近でこそファンクラブ会員は増加傾向にあるが、未だにメディアでは阪神タイガースの需要が高い。
  2. 2019年現在までリーグ優勝経験なし。
    • 最後の優勝はブルーウェーブ時代の1996年。
  3. クライマックスシリーズを勝ち抜いた経験がない。
    • 2回進出しているが、いずれもレギュラーシーズン2位で1stステージがホーム開催にもかかわらず敗退。
鹿島アントラーズ
  1. Jリーグ屈指の強豪チームではあるが、東京方面から本拠地のカシマサッカースタジアムまでのアクセスが良くない。
    • 東京駅から高速バスで2時間以上。
    • 鹿島線・鹿島臨海鉄道の運行本数が少ない。
阪神タイガース
  1. 関西を代表する球団であるが、日本一になったのは(2リーグ時代に限れば)1985年の1回のみ。
    • 平成時代は広島や(球団消滅した)近鉄共々、一度も日本一を経験できずに終わった。
日拓ホームフライヤーズ(現:北海道日本ハムファイターズ
  1. 東映撤退後に日拓が参入したが、わずか1年(1973年)で日本ハムへ球団を売却。
  2. 7色のユニフォームが特徴的であった。
日本ハムファイターズ(東京時代)
  1. 参入初年で前後期ともに最下位、総合最下位に終わった。
  2. 一度も日本一になれないまま(しかも東京ドーム時代に至ってはリーグ優勝すらできず)、2004年に本拠地を北海道へ移動した。
    • 唯一リーグ優勝した1981年は日本シリーズに出場したものの、同じく当時後楽園を本拠地とした巨人に日本一を献上している(北海道移動後の2009年・2012年にも巨人と対戦したが、いずれの年も巨人に日本一を献上している)。
    • 東京時代(前身含め)で唯一の日本一は東映フライヤーズ時代の1962年。
  3. 後楽園→東京ドームでの試合日程は巨人中心で、日本ハムは8月を中心に他球場で試合を余儀なくされたり、ダブルヘッダーの場合はデーゲームが巨人であるのに対して日本ハムはナイトゲームでの開催を余儀なくされたりしていた。
東京ヴェルディ
  1. 読売グループが撤退してからの迷走っぷりが激しい。
  2. Jリーグ初期は三浦知良やラモス瑠偉などを擁し、Jリーグ連覇を達成するなど強豪チームであったが、半ば川崎市に追い出されたようなかたちで2001年に味の素スタジアムに本拠地を移転。さらに2006年にはJ2に降格し、2008年に一度J1に復帰するも1年でJ2に再度降格、現在はJ2に定着してしまっている。
  3. ホームゲームでの入場者数もFC東京が2万を超えているのに対して東京ヴェルディは5~6000人程度。それに加えて上層部の客席を開放していない。

人物

浅尾美和
  1. 「ビーチの妖精」と呼ばれマスコミの注目度が高かったが、ツアーの戦績が伸び悩み、西堀健実とのペアの解消してからは相手が目まぐるしく変わっていた。
伊東勤
  1. 西武監督時代の2007年に怪我人が相次ぎ、交流戦で10連敗を喫し、26年ぶりのBクラス (5位) に終わったことにより監督を辞任。
亀田三兄弟
  1. ボクシング人気復活の起爆剤として期待されたが、相次ぐトラブルで国内ライセンスを失い、長男興毅と次男大毅はアメリカで引退を余儀なくされた。大毅に至っては海外初戦で敗れ網膜剥離のおまけ付き。
  2. 残った三男和毅は国内復帰が認められたものの、テレビからは見放され世界戦ですらネット配信のみという寂しい有様。
  3. 妹の姫月もプロボクサーになったが、セコンドライセンス停止中の父から離れられないため、海外で転戦せざるを得なくなっている。
桜井孝雄
  1. 日本初のオリンピックボクシング金メダリストだが、プロ転向を巡り大学と揉めてOB会名簿からも除外されてしまった。
  2. プロでも自分のスタイルが受け入れられず「所詮アマ出身」とバッシングされた。
  3. 2012年、ロンドン五輪での村田諒太の金メダルを見ることなく逝去。
高野人母美
  1. プロボクサーとモデルの二刀流で女子ボクシングを背負って立つ存在として期待されるも、世界王座には届かず、その後は引退撤回騒動やファイトマネー未払いとトラブルが相次ぎ、日本を離れてアメリカ西海岸を拠点とするも戦績は芳しくないらしい。
  2. アマチュア時代には発熱でロンドン五輪につながる大会を欠場したこともあった。
長義和
  1. モントリオール五輪に出場した自転車トラックレーサー。モスクワ五輪を捨てきれず競輪学校合格も辞退してまでアマチュアを続行するが、日本のボイコットで出場が消滅。競輪への道も当時存在した年齢制限のため閉ざされてしまい引退せざるを得なかった。
辻内崇伸
  1. 大阪桐蔭時代に甲子園を大いに沸かせ、ドラフトの目玉として注目を集める中で巨人に1位指名され入団するが、度重なる怪我のため一軍登板はないまま引退。
西本幸雄
  1. 監督として日本シリーズに8度出場しながらも優勝できなかった 「悲運の名将」 。
    • このうち5回は巨人のV9時代 (1967~1969・1971・1972) に重なっている。

競馬

ハルウララ
  1. 連戦連敗続きにより一躍大スターとなったが、引退後の扱いは・・・
スシトレイン
  1. デビュー1戦目、2戦目はいずれも圧勝。エルコンドルパサーの再来と持ち上げられ海外遠征の話まで上がる。
  2. しかし、その後は惨敗続き。結局3勝目はおろか掲示板にすら入れないまま引退した。
    • だが、2戦目と3戦目は同条件で殆ど変わらないタイムである。つまり、今まではレベルが低すぎただけであった。
ラムタラ
  1. 欧州で活躍した競走馬。引退後は種牡馬として英で1年供用された後、3000万ドルで日本に導入されるが結果は大失敗。再輸出の価格は購買時の100分の1以下であった。
サラブレットクラブ・ラフィアン所有の競走馬(冠名にマイネル・マイネと付いている馬。)
  1. 2歳戦やローカル重賞では活躍馬をそこそこ出しているがGIやクラシックでは好走まではするが勝てない。
  2. マイネル軍団の総帥こと岡田繁幸氏の目標は東京優駿(日本ダービー)制覇と言われているが果たしてその夢はかなうのか・・・。
    • ただ、下部を見れば分かる通り彼の馬選は良いとは言えない。
ウォーエンブレム
  1. アメリカで二冠を達成。引退後は日本で種牡馬となる。
  2. しかし、小柄な栗毛の牝馬(つまり人間で言う金髪幼女)でしか反応しないと言う性癖によりほとんど産駒を残せなかった。
  3. 数少ない産駒から重賞馬やG1馬を多数排出しており、産駒の質だけなら優秀な種牡馬であった。ロリコンでさえなければ・・・
ダンツフレーム
  1. クラシックでは全て入着。その後も重賞やG1を賑わせ続け、グランプリホースにもなった。
  2. しかし引退後は種牡馬入りできず、屈腱炎にも関わらず地方で再び走らされ散々戦績に傷がついた挙句、肺炎で急死。あんまりな末路である。
    • 元々血統が悪くサンデー産駒全盛期の時代に需要が無かったこと、勝った宝塚記念もジャングルポケットやマンハッタンカフェ・ナリタトップロードと言った有力馬のいないレースであり低レベルだった事情もある。
マイネルエクソン
  1. キーンランドのセリで55万ドルで競り落とされ、総帥が「朝日杯を楽勝したら欧州へ」「国内で稼げれば良いと考えるなら出資を見送るように」などと吹きまくったが、デビュー後は中央未勝利のまま地方へ・・・
カーム
  1. マイネルで有名な岡田総帥が3億2000万円と言う高額(サンデーサイレンス産駒中3番目の高額)で落札。やはりデビュー前は絶賛されたが中央未勝利に終わった。
  2. 一応種牡馬にはなれており、産駒が中央で勝てなかった父の無念を晴らしている。
オーシャンエイプス
  1. 新馬戦の勝ちっぷりで大きな話題に。一時はオーシャンエイプスの新馬戦の単勝馬券が高額でオークションに出されたほどだった
    • ・・・が、次戦のきさらぎ賞で平凡な馬だと分かり価値が暴落。入札者が出品者を脅迫して入札を削除させる事件までもが起きてしまう。
ディープインパクト(2006年の凱旋門賞)
  1. 日本の悲願だった凱旋門制覇だ!とばかりに意気揚々とフランスに遠征。テレビで特番が組まれたりツアー旅行が組まれるなど盛り上がった。
    • だが結果は3着に完敗。さらに餌に禁止薬物が入ってたことが判明し失格になるという散々なことになってしまった。
      • 観光客のマナーの悪さも問題になった。
ハマノパレード
  1. グランプリホースとなったが、高松宮杯競走中止後はそのまま屠畜場行きに。後にこの事実が新聞で取り上げられ批判が殺到。これを切欠に予後不良と診断された競走馬の屠殺は行われなくなった。
  2. なお、ハマノパレード事件以前は取り沙汰されていなかっただけで、予後不良となった馬を馬肉に転用することはしばしばあったとか。

試合・シーズン展開

プロ野球

2005年の日本シリーズ(阪神タイガースVS千葉ロッテマリーンズ
  1. トラキチにとっては非常に最悪な結果に(33-4)。
1975年の読売ジャイアンツ
  1. 長嶋茂雄が監督に就任して1年目の巨人だったが、チーム創設以来初めてリーグ最下位に終わった。
    • なお、巨人が最下位に終わったのはこの年が唯一である。
1989年の日本シリーズ
  1. 第3戦までに近鉄が3連勝するも、加藤哲郎の発言が 「巨人はロッテより弱い」 と報道されてから、巨人が4連勝して逆転優勝を収めた。
2007日本シリーズ第5戦 中日対日本ハム
  1. 中日は山井大介が先発で登板し、8回ノーヒットで抑えるも落合博満監督などの判断で9回に岩瀬仁紀に交代した。結果は岩瀬もノーヒットに抑え1対0で中日の優勝が決定。この采配に賛否両論の意見が寄せられた。
2014日本シリーズ第5戦 阪神対ソフトバンク
  1. トラキチにとっては悪夢以外の何物でもない。阪神の西岡剛が一塁へゴロを放つとファーストがバックホームで2死を取り、再びファーストへ投げたが、ファーストが捕球できず、外野へ転がる間にランナーが帰ったが併殺プレーにおいて西岡がラインの内側を走ったことによる守備妨害でアウトとなり、そのままソフトバンクの優勝が決定。
セ・パ交流戦
  1. パ・リーグの強さが顕著になり、セ・リーグが勝ち越せたのは2009年のみ。
    • 交流戦優勝球団もパ・リーグ球団が12回 (うちソフトバンクが8回) 。
  2. 2015年から2018年まで、交流戦で勝ち越したリーグがドラフト会議で優先的に指名できるルールだったのが、4回ともパ・リーグが勝ち越したこともあり、1年おきに交互に優先権が与えられるルールに変わった。
2010年9月30日 プロ野球セ・リーグ 阪神対横浜
  1. この試合は阪神・矢野燿大の引退試合で、9回表2アウトの時点で阪神が勝ち越していれば矢野が捕手として出場する予定だったのが、9回表に横浜・村田修一が3ランホームランを放ち横浜が3対4で逆転。矢野は出場できなくなってしまった。試合は3対4で横浜が勝利。
  2. なお、試合後に行われた矢野の引退セレモニーで花束を贈呈したのは村田修一だった。
  3. この試合のサンテレビでの実況中継で 「行くな、行くな、越えるな!」 が話題となった。
2012年10月8日 プロ野球パ・リーグ ソフトバンク対オリックス
  1. この試合はソフトバンク・小久保裕紀の引退試合だったが、オリックスの先発である西勇輝がノーヒットノーランを達成。
  2. なお、このノーヒットノーランは平成生まれの選手では初記録となった。
2007年10月6日 プロ野球セ・リーグ 広島対横浜
  1. この試合は佐々岡真司の引退試合だったが、佐々岡が登板した9回表に村田修一が36号ホームランを放った。なお、このホームランは村田の本塁打王を決定付けるものだった。
2008年10月12日 プロ野球セ・リーグ ヤクルト対横浜
  1. ヤクルトの4選手の引退試合だったのにもかかわらず、またしても村田修一が7回表に46号3ランホームランを決め、これが村田の本塁打王を決定付けた。この46号が、横浜ベイスターズの年間のホームラン記録を塗り替えるものとなった。

高校野球

1992年夏2回戦 明徳義塾対星稜
  1. 星稜のプロ注目4番打者松井秀喜に対して明徳義塾が全5打席連続敬遠。スタンドからメガホンが投げ込まれ球場から大ブーイングが発生し、明徳義塾の勝利の校歌斉唱で「帰れコール」が起きて校歌がほとんど聞こえず。
  2. 明徳義塾の学校や宿舎に苦情電話が殺到。あまりの大バッシングに続く3回戦で明徳義塾の選手は本来のプレーができず広島工に0-8で完敗。
2006年春の選抜高校野球大会
  1. 前年夏の甲子園・秋の明治神宮大会優勝の優勝候補筆頭・駒大苫小牧が出場辞退したせいでどこが優勝しても「ナンバー2を決める大会」になってしまった。
  2. 決勝の横浜対清峰は21-0という記録的大差がついてしまい最後まで後味の悪い大会になった。
2011年春の選抜高校野球大会
  1. 東日本大震災で中止も検討された中、何度も開催にこぎつけるも入場行進中止、鳴り物禁止、延長戦なし、終盤の逆転劇なし、ナイターなし、サヨナラゲーム1試合だけという非常に盛り上がりに欠ける大会に。
  2. 被災地からの出場で被災後数日連絡が取れてなかった東北高校は、全国から大声援を受けるも初戦で大垣日大に0-7で完敗。
    • 東北に勝利した大垣日大の学校や宿舎に(上記の明徳義塾のような)苦情電話が殺到。続く2回戦で大垣日大の選手は本来のプレーができず東海大相模に5-13で完敗。
2013年夏 花巻東対鳴門
  1. 花巻東の選手がサイン盗みを行っていたことが発覚しネットで大問題に
    • さらにカット打法も問題になる
  2. 続く準決勝で花巻東の選手は本来のプレーができず延岡学園に完封負け
2017年夏 仙台育英対大阪桐蔭
  1. 仙台育英の選手が大阪桐蔭の一塁手中川卓也の足を蹴った疑惑でネットが大炎上
  2. 続く準々決勝で仙台育英の当該選手は欠場となり、広陵に完敗。

サッカー

2013年の大分トリニータ・2014年の徳島ヴォルティス
  1. どちらも1年間、ホームでの勝利が全くなかった。
1999年J1最終戦 浦和レッズ対サンフレッチェ広島戦
  1. 他チームの試合が終了し、浦和の降格が既に決定した段階での延長戦前半、福田正博による 「世界で一番悲しいVゴール」 。
東京ヴェルディ対サガン鳥栖(2009年 J2第8節)
  1. 試合が開始して、わずか9秒でヴェルディの菅原がレッドカードを貰って一発退場。
  2. 開始初っ端から退場者が出て、数的に優位のはずのサガン鳥栖だが、いざ試合が終わってみたら2-0でヴェルディが勝ってしまった。
2014FIFAワールドカップ準決勝 ブラジル対ドイツ
  1. 開催国として出場したブラジルが準決勝でドイツに1対7で大敗を喫した 「ミネイロンの惨劇」 。現地では自殺者が出るほどの大事件につながった。
2017年のブラウブリッツ秋田
  1. J3優勝を果たしたものの、Jリーグのクラブライセンス制度を満たしておらずJ2に昇格できなかった。なお、同年2位の栃木SCはJ2どころかJ1ライセンスを保有していたため、こちらはJ2に昇格できた。
2019年8月23日 J1リーグ サガン鳥栖対ヴィッセル神戸
  1. フェルナンド・トーレスの引退試合だったが1対6で敗戦。
  2. この試合は神戸も、アンドレス・イニエスタが前半45分に左大腿付近を負傷したため途中交代となってしまった。

その他

山中慎介VSルイス・ネリの2戦
  1. 最初の対戦は具志堅用高に並ぶ13連続防衛が懸った試合。ネリがTKOで沈めたがドーピング検査で陽性反応が出たと発表され大混乱。
  2. その後命じられた再戦でネリは体重超過のため王座剥奪(試合はネリがTKOで返り討ち)。その後ネリは日本のリングから永久追放処分、山中は引退。後味の悪さを残した。
内藤大助VSポンサクレック・ウォンジョンカムの第1戦
  1. 内藤にとって敵地タイでの世界初挑戦だったが、当時の世界タイトルマッチ最短記録となる34秒KO負けを喫し、帰国後に「日本の恥」などとバッシングされた。

競技場

川崎球場
  1. 1988年、ロッテ対近鉄の 「10.19決戦」 が川崎球場で行われたため多くの観客が詰めかけたものの、球場に発券機がなく窓口はてんやわんやに。さらにもともと入場者数が少なかったのが災いし、売店や自動販売機が品切れとなり、トイレも男女兼用で鍵が壊れていたところもあり、特に女性にとっては不便だった。
  2. 1989年から1991年にかけて改修工事が行われ、1988年に比べると利便性は向上したものの、それでもロッテ球団側の不信感を拭えず、1992年にロッテは千葉に移転した。
  3. そして現在は野球場としてはほぼ使われておらず、主にアメリカンフットボールが行われている。

企業

イオン
  1. 出来たら出来たで田舎扱いされてしまうショッピングセンター。
ダイエー
  1. 一時は流通業界日本一にまで上り詰め、球団まで保有したが、バブル期に過大投資し、阪神・淡路大震災でとどめを刺されて経営が悪化、最終的にはイオンの軍門に下った。
そごう
  1. こちらもバブルで経営に失敗し倒産。その後西武百貨店やセブン&アイホールディングスとの経営統合を経験した。
    • おかげで発祥の地大阪からは撤退、さらに2019年には神戸店を阪急百貨店へ移管されるため、関西発祥でありながら関西では影が薄くなってしまった。
マイカル
  1. こちらもバブル期の経営拡大で倒産。その後イオンの軍門に下り最終的に吸収された。
    • 子会社のマイカル北海道はポスフールとして独立したが、結局はそっちもイオンに吸収された。
西武百貨店
  1. 未だに 「西武」 と名がつくが、実際には西武グループから離れている。
  2. 現在正式名称は単に 「西武」 だが、未だに 「西武百貨店」 と言わなければ通じない場合も多い。
  3. 関西にも出店していたが、閉店が相次ぎ、高槻店も阪急百貨店に移管されるため、残るは大津店だけになった。

学校

高校

PL学園
  1. 一時期は甲子園で何度も優勝し、清原や桑田をはじめとした名選手を何人も送り出したが監督の後継が決まらなかったことで野球部を休止すると、それを目当てに入学していた学生が大量に辞退してしまい、学校そのものの存続が危うくなった。
武蔵(私立)
  1. 男子中学御三家の1つとして名をはせていたが、駒場東邦や海城などの新興校が難関大への進学指導に熱心だったのに対し、こちらは進学指導をそれほど重視せず、校風も自由過ぎたために進学実績が下がってしまい人気が低下した。
霞ヶ浦
  1. 夏の高校野球茨城大会決勝、及び秋季関東大会準々決勝(勝てば選抜出場が確実になる試合)でリードしながらことごとく逆転負けやサヨナラ負けを連発し、高校野球ファンの間で「悲劇の学校」「甲子園拒否力」として知られるようになる。
    • そして全国のあと一歩で甲子園出場を逃している学校が「○○県の霞ヶ浦」などと呼ばれるようになる。
  2. 2015年夏に悲願の夏の甲子園初出場を決めるも、その後も2015年秋・2017年夏・2017年秋と甲子園に王手をかけた試合での負け癖はなおらず。
    • 2019年夏に夏2度目、春夏通算3度目の甲子園出場を果たした。今後はどうなるか。
生光学園
  1. 徳島県唯一の野球部がある私立高校だが、現在まで夏の徳島大会決勝や準決勝で何度も負け続け、上記の霞ヶ浦とともに「悲劇の学校」「甲子園拒否力」として知られている。
  2. 生光学園がなかなか甲子園初出場を果たせないせいで徳島は全国で唯一の私立高校が甲子園未出場の県に。

大学

学習院大学
  1. 皇族が通う学校として知られていたが、承子さまが2005年に学習院大学の姉妹校に当たる学習院女子大学を中退したことを皮切りに皇室の学習院離れが深刻化した。
    • 特に秋篠宮家は眞子さま、佳子さまがICUを卒業し、悠仁さまもお茶の水女子大付属小・中に進学とみな学習院から距離を置くようになっている。
      • 佳子さまはいったん学習院大学に進学しながら、あっさりと中退してしまった。
関西学院大学
  1. 関関同立の中ではかつては比較的上の方だったが、阪神淡路大震災やキャンパスのアクセスの悪さ、学部構成の悪さで偏差値が低下した。
    • 他にも阪神淡路大震災以降偏差値が下がった神戸の大学はそれなりにある。
  2. 一般入試で大学に入った学生率がMARCHやほかの関同立と比べても低い。
女子大学(全般)
  1. 共学の大学が女子に人気である語学や国際系統などの学部をそろえたことや女性の社会進出が進んだことで女性だけをわざわざ隔離して学習させることへの異議が生じるようになったことから人気や偏差値が低下した。
    • 国立の2校や栄養系や保育系の学科を持つ女子大は資格が取れるため現在でもある程度の人気はあるが、文学や教養系が中心の女子大の偏差値低下は深刻な状態になっている。

教科・科目

数学活用
  1. 「数学C」の廃止の代わりとして2012年4月施行の学習指導要領で新設されたが、履修する人が多くなかったため、僅か10年で廃止されることになった。(その代わり数学Cが復活)
    • しかも新設時に行列がほぼ壊滅状態になったのでなおさら。

食べ物

イギリス料理
  1. あまりにも不味いことで有名。
    • まともな料理が朝食や飲み物(紅茶やウイスキー等)位しかない。
サルミアッキ
  1. 非常に食べにくい上に不味い。噛んではいけない。
    • 塩化アンモニウム入り。
関連項目

1989年
  1. この年に生まれた女性芸能人が不毛すぎる。
    • 女優では桐谷美玲や仲里依紗くらいしか成功例がない。
    • AKB48では1989年生まれのメンバーが少なすぎた。
1992年
  1. この年に生まれた世代は「悲劇の世代」と呼ばれる。
2004年
  1. 自然災害や凶悪犯罪が特に多く、おまけに三菱のリコール隠し問題や政治家の年金未納問題も発覚した。
  2. プロ野球でもストライキや球団再編問題があった。

その他

コツウィキ
  1. かつて存在していたウィキ系サイトだが、ユーザーが少なく更新もされていなかったからかいつの間にか閉鎖してしまった。
  2. 元々コツウィキはChakuwikiから独立されたモノ。
こも巻
  1. 冬に、松の木の根元に巻かれるムシロ。
    • 冬は変温動物であるマツカレハ(松の害虫。毛虫の一種)が温かいムシロに潜り込んでくるから、それを剥がして焼いちゃえば皆殺しだぜ! 汚物は消毒だ~! という発想で江戸時代から行われていた年中行事である。
      • ところが、近年の研究でムシロにはマツカレハはほとんど入り込まず、むしろ松にとって有益な虫がどんどん入ってしまい、やればやるほど松を苦しめるという結果が明かされた。なんでそんな根本的なことに数百年も気づかなかったのだ。
マクドナルドの紙ストロー
  1. イギリスのマックでエコのためプラスチックのストローが紙製に変更されたがリサイクルできない、シェイクが飲みづらいと欠陥だらけ。
パラジウム
  1. 希少なのに記号PdがPb(鉛)と似ているため、しばしば間違えられてしまう。
1970年の台風13号
  1. 寿命0時間の台風だが、「北太平洋西部にある熱帯低気圧」という領域の制限があるため、ほとんどが北太平洋中部のため。
神奈川県警
  1. 不祥事の多さは日本一。
    • 戦後最大の無差別テロ「地下鉄サリン事件」に至るきっかけの一つに、神奈川県警の捜査ミスが挙げられる。
    • 都道府県県警で唯一、ウィキペディア不祥事の専門ページが作られている。
  2. すぐ隣に日本最大の警察組織「警視庁」があるため、将来有望な若者はそちらを選ぶというのが噂として挙げられる。
野田佳彦
  1. 日本の黒歴史である、ミンス党政権の最後の総理大臣。
    • ルーピー鳩山や、未納兄弟の4人目の菅直人、枝野など、ホントの意味でざんねんなヒトたち揃いのミンス党の中での数少ない良識人である。
    • 最大の功績は、内閣総辞職をしてミンス党政治を終わらせたこと。
平成時代
  1. 改元当初はバブル景気で良かったものの、その後のバブル崩壊で長期不況に陥り、「失われた20年」と呼ばれるようになった。
    • おまけに地震や風水害など自然災害も多発、夏は猛暑に見舞われることも多くなった。
    • 「失われた20年」と比例するように今まででは考えられなかった凶悪犯罪も多発。
  2. ネット社会になったのは良かったものの、ちょっとしたことでも炎上する不寛容社会にもなってしまった。
  3. この時代の間に夏季五輪は1度も開催できなかった(冬季は1998(平成10)年に長野で開催)。
  4. 昭和天皇の誕生日(4月29日)は「みどりの日」→「昭和の日」として祝日になったものの、平成時代の天皇誕生日(12月23日)は退位後祝日にならなかった。
  5. この時代の間に阪神タイガース広島東洋カープは1度も日本一になれなかった。
    • 前者は2003年・2005年・2014年、後者は1991年・2016年・2018年に日本シリーズに出場したものの、いずれもパ・リーグ球団(阪神:2003年と2014年→ホークス(ダイエー→ソフトバンク)・2005年→ロッテ、広島:1991年→西武・2016年→日本ハム・2018年→ソフトバンク)に日本一を献上している。

関連項目




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