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ざんねんな交通事典

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自動車

メーカー

オペル
  1. ドイツ発祥の自動車メーカー。かつてはGMのブランドの一つでもあったが、最近ではグループPSAに買い取られた。
    • 姉妹ブランドであるイギリス限定のボクスホールも同時にPSAへ売却された。
  2. 日本では東邦モーターズ→いすゞ→ヤナセが輸入販売を行い一時的に好評だったが、燃費が悪い上に、故障の多さがユーザーに敬遠されてしまい販売台数は急激した。
    • また、一部のユーザーから「他のドイツ車と比較して地味すぎる」と認知されたこともある。
    • 2000年代に輸入権をヤナセからGMの日本法人に変更するのも、落ち込みは止まらず、2006年には日本国内での販売から撤退。
  3. 海外展開もかなり小規模でヨーロッパ以外では中東やアジアの一部ぐらいしか展開していない。
ブリティッシュ・モーター/ブリティッシュ・レイランド/ローバー・グループ(MGローバー)
  1. 経緯が複雑すぎるので系列企業すべてここで扱うことにする。
  2. いくつかの自動車メーカーが合併してできたため、ブランドがやたらと多かった。あの有名なミニ(現在はBMWが保持)もその一つであった。
  3. イギリスのオースチンとナッフィールドの自動車大手2社が戦後に合併(後にジャガーとデイムラーも参加)してBMC→ BMHが発足、更にレイランドやローバーと合併したことでイギリス最大の自動車メーカーに…しかしそうはいかず、75年に破産寸前になり半国有化を余儀なくされてしまった。
    • その後ホンダと提携を結び、86年に社名をローバー・グループに改めて完全国有化され、その後再び民営化してBMWなどの他社に買収されるも失敗。
      • そして、会社は2005年の経営破綻でとどめを刺された。
  4. この会社が所有していた多くのブランド商標は倒産の影響でいくつかの自動車メーカーに持っていかれてしまっている。
UDトラックス
  1. バスは自社で車体を生産せず、富士重工と西日本車体工業に任せていた。
    • 富士重工のバス車体部門撤退、西工の廃業でとどめを刺した。
  2. 現在自社生産で販売している車種はクオンしかない。
    • このままでは廃業も時間の問題である。
三菱自動車工業
  1. とにかくトラブルやリコールが多すぎる。
    • 中でも2000年と2004年の相次ぐリコール隠しで信頼が地に落ちた。
  2. 一応三菱グループの1つではあるが、もともとが三菱重工業の合弁会社から出発したことも相まって序列はグループの中でも下だとみられている。
    • 現在は筆頭株主が日産自動車になっているので三菱グループとも言い難い状況。
  3. 日本のメーカーの中で唯一セダンを持っていないという潔さすぎるラインナップ。
    • スズキは?
パッカード
  1. 戦前ではアメリカを代表する高級車メーカーでもあった。
    • しかし、第二次大戦の混乱や戦後の品質の低下により、どんどん評判が落ちていった。
  2. その会社自体は他のメーカーと合併した後、50年代末期に消滅。やはりビッグ3(フォード・クライスラー・GM)には勝てなかった。
スズキ
  1. かつては軽No.1だったが、今やダイハツに水を開けられている。
    • ハスラーの大ヒットで持ち直したのは奇跡だが、それも一時的なものだった。
    • No.1の売り上げだったワゴンRですら堕落している。
  2. セダンの印象が薄い。
    • かつては発売していた。
    • セダンに代表的といえる車種がない。
  3. アイドルグループがCMに起用されると必ず脱退するメンバーが出るジンクスが出てしまい風評被害となった。

車種

フォード・エドセル
  1. フォードが莫大な宣伝費などを投じて投入した車だったが消費者心理の変化もありほとんど売れなかった。
    • 今ではマーケティング失敗の見本として世界的に語られるほど。
ダイハツ・アプローズ
  1. ダイハツが意気込みを込めて発売した5ドアセダンであったが、発売直後に発火事故が多発し、リコール騒動になり、更に当時の日本は5ドアセダンが売れなかった時代であり、売上が伸び悩んだ。
バモスホンダ
  1. 多用途車として売り出すもゲテモノ扱いされ、売れ残った。
三菱・ランサー(3代目)
  1. 当時の三菱の戦略で「セダンの派生車種は5ドアにすべき」として5ドア化したが、当時の日本は5ドアセダンが市民権を得ていない時代であり、更にディーラーから小型4ドアセダンがなくなったことに対する不満が寄せられたことから3年間の発売に留まった。
ホンダ・ステップワゴン
  1. 初代こそ他車に影響を与えるほどのヒットだったが、2代目以降がざんねんである。
    • 2代目は他車が5ドア化していく中で4ドアを堅持したため、伸び悩んだ。
    • 3代目は5ドア化されたもののダウンサイジングが裏目に出てしまい、中途半端な存在だった。
    • 4代目はスパーダが5ナンバー化された。
    • 5代目はエコのご時世にターボを出したことが裏目に出た。
      • 実際には2L→1.5Lのダウンサイジングターボなんでエコで言ったら微妙に良くなっているが、やはりターボ=悪化のイメージは避けられなかった模様。
      • 1.5Lも非力な印象を受けた。
スズキ・キザシ
  1. スズキが意気込みをかけたDセグメントセダンであったが、売れずに警察にも押し付けられ、遂にはセダン市場から撤退に追い込まれた。
    • 中には「キザシを見たらパトカーだと思え」と言われる始末。
トヨタ・スープラ(JZA80型)
  1. 表向きは「排ガス規制に適合できないため」生産終了。
    • 同時期に複数のスポーツカーも同じ理由で生産終了している。
  2. …が、同じエンジンを積んでいるJZS161アリストはその後も平然と生産されていた。つまり排ガス規制ではなく「単に売れないから」である。
三菱・ランサーエボリューション(CT9A型エボVII)
  1. WRカーのベースモデル…にするはずが、認定を取ることが出来なかった。そのためWRCにはエボVIIの元車であるセディアが基準となって、戦闘力が落ちた。
    • あまりにもセディアから改造しすぎて、ランサーの1モデルではなく、ランサーエボリューションという単独車種扱いになってしまったのが原因。それで販売台数規定をクリア出来なかった。
  2. VIIのこの大失態がネタにされるが、I=足回りが足りない。III=エンジンの耐久性が足りない。IV=ブレーキのキャパが足りない。VI=2段羽がレギュレーション違反。VIII=冷却性能が足りない。IX=タービンの耐久性が足りないとざんねんだらけだったりする。
    • 頭文字Dのエボ乗りは性格悪い奴だらけ。
日産・スカイライン(V35型)
  1. 登場した瞬間いろんな伝統を捨て去った事から「あれはセフィーロだ」「GT-Rも○テールも2ドアクーペもMTも無いスカイラインなんてスカイラインとは言えない」と盛大にブーイングを喰らいまくった。
    • これはデザインモデルが元々別の名前でモーターショーに出品されていたというのが大きい。スカイラインという名でなければここまでブーイングは生まれなかったが売れるということも無かっただろう。
  2. ルノーの横槍でスカイラインにされてしまった模様、また先代であるER34型も、このとばっちりで1年以上前倒しで廃盤にされてしまうざんねんっぷり。
フォルクスワーゲン・タイプ1
  1. 「ビートル」の愛称で世界的に親しまれた名車だがもともとはナチスの人気取りのための計画だった。
    • 労働者に安い価格で買える大衆車を提供するというのが狙いだった。
    • 実際に費用の積み立ても行われたが第2次大戦のせいで量産自体が中止に追い込まれた。
トラバント
  1. 東ドイツで生産され今や国を象徴する乗用車となっているが品質はお粗末そのものだった。
    • 末期には車体の材料に紙パルプが含まれていた。
    • 「レッカー牽引されるときが最高速」「説明書には壊れた時に備え電車とバスの時刻表が付属している」といったジョークも広まった。
  2. 注文してから実際の納車までに10年以上かかるのが普通だった。
    • その結果としてすぐ手に入る中古車のほうが高値で取引されるほど。
  3. モデルチェンジの計画もあったが党の許可が下りなかった。
    • よって30年間同じモデルをずっと生産することに。
    • まさに生きた化石。
  4. 東西ドイツの統一後は排ガス規制が強化され特別な許可がないと走行できない。
    • 日本にも何台か輸入されたが公道を走れるものはないらしい。
  5. エンジンと燃料タンクが隣り合っており、かつ車体前方にある。
    • 追突事故を起こした瞬間車体が炎上するスリル満点の仕様。
      • まず助からない。
デロリアンDMC-12
  1. 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのタイムマシンに使われたことで有名な車だが高価すぎたためろくに売れなかった。
    • しかもデロリアン社の社長が麻薬所持で逮捕され会社自体潰れてしまった。
  2. 上述のように映画出演で知名度を上げたが上映時には既に会社が潰れていたため後の祭り。
三菱500
  1. 通産省の国民車構想に最も近いスペックを持つ車だったが伊勢湾台風で名古屋の製造工場が浸水したせいで予定より発売が遅れてしまった。
    • 発売時には既にスバル360が普及しており手遅れだった。
三菱・eKアクティブ
  1. 本格的な軽クロスオーバーとして登場したものの、直後に起きた三菱リコール隠しで売り上げは伸び悩み、市民権を得られなかった。
マツダ・クロノス
  1. マツダが展開した販売店多チャンネル化の核として登場するも、販売台数が伸び悩み、さらにバブル崩壊と被ってしまったことでマツダが経営危機に陥った要因となった(通称: 「クロノスの悲劇」)。
    • 姉妹車は、マツダMX-6(クーペ)、アンフィニMS-6、ユーノス500等といった販売店多チャンネルごと車名が統一されておらず、どれもクロノスとは名乗っていなかった。
    • この失敗の影響からか、一時カーゴのみとなっていたカペラが復活し、クロノスは販売打ち切りになる。だが、6代目カペラ登場後も何故か国外ではクロノスをそのまま継続販売していた(輸出名はカペラと同じマツダ・626)。
イソ・イセッタ/BMW・イセッタ
  1. 卵のようなデザインが特徴。当時のトリノ・ショーで発表された時は奇妙なスタイルでセンセーションを巻き起こしたが、売り上げがイマイチで、すぐに生産中止された。
    • 生産台数も1000台程度に過ぎなかった模様。
    • BMW・イセッタもその一つだが、なぜか生産台数が本家よりも多い。そのためか逆にこっちが有名になった。なお、本家のイセッタを製造した会社(イソ社)は70年代に倒産している。
ホンダ・ドマーニ
  1. 初代は意気込みをかけた意欲作でシビックとプラットフォームを共有する程度だったが、2代目はシビックとの単なる姉妹車に成り下がってしまった。
    • バブル経済の反映を象徴していた。
  2. しかも2代目はシビックのフルモデルチェンジで車種整理の犠牲になった。
ランボルギーニ・イオタ
  1. 実験用のみで量産に至らなかった幻のスーパーカー。それはなんとたったの1台のみ。
    • なお、本物は売却後に車両火災で廃車になってしまい、今ではイオタに模したレプリカしか現存していない。
三菱・ミラージュ(2代目)
  1. 1984年に、初代ミラージュをフルモデルチェンジしてデビュー。
  2. しかし、有名になったのは、ミラージュ本体ではなく、そのCMに登場した「エリマキトカゲ」の方だった。
    • これがホントの「大山鳴動して鼠一匹」ならぬ「大山鳴動してトカゲ一匹」。

バス

路線バスの中型長尺車
  1. 大型車と同じ車両長だけど、車体幅が中型車のバスとして登場。
  2. ホイール間隔が大型車より広くなるので、傾斜が変わるところでボディを道路に打ちやすい。
    • 京王バスでは周辺の自治体に、中型長尺車を入れるためだけに道路を改良してくれと請願したらしい。
路線バスの大型短尺車
  1. 大型二種自動車免許の教習車として用いられていた規格。
    • しかし大型車が大型車と中型車に分けられることになり、規格変更。需要が無くなりこのサイズの製造が中止となる。
ノンステップバス
  1. バリアフリー対策を施した低床車。
    • しかし坂道を走るのに不向きなため郊外では導入が進まず、ワンステップバスが主流に。
中国バス高知線
  1. 高速バスだが、利用が少ないので29人乗り日野リエッセで飛ばしていた。
    • あえなく廃止。
女満別空港と美幌駅を結ぶバス
  1. かつては北海道北見バスの北見駅発着便が美幌駅を経由していたが、美幌バイパスができたため経由を変更し、美幌駅に乗り入れなくなってしまった。
    • 代替として高野第三に停車するようになったが、美幌駅まで3kmで市街地もなければ駐車場もないところにしかバス停を設けてくれなくなった。
  2. 乗り合いタクシーが一時期運転開始したが、採算が合わず撤退。
  3. 網走バス美幌線が女満別空港を経由化することにより復活。
    • しかしその美幌線も採算が合わず運転区間を短縮、女満別空港乗り入れや美幌駅乗り入れを廃止した。
神奈川中央交通のバスセンター
  1. とにかく駅から遠い。
    • 徒歩5分なんてまだマシ。10分かかることも。
  2. 戸塚のように間に駅ビルがあればまだマシだが、大船や町田はただ歩く距離が長いだけ。
バスタ新宿
  1. 開業当初は全く売店が無かった。
    • マスコミに対してNEWoManがありますよとコメントして失笑を買った。
    • 結局コンビニを設けることになって当初ポプラが決定したが撤退。
      • 理由がトイレの掃除で折り合いがつかなかったらしい。
      • 最終的に出店したのはファミリーマートだった。
    • その後土産品店もできたがバス利用客のことを考えてないという批判が多い。
  2. バス本数の多さに対し施設自体が狭すぎ。
沿岸バス(北海道)
  1. とにもかくにも、路線が長~~~い。
    • はぼろ号の長さときたら・・・
      • 豊富ー札幌間、5時間以上!

道路

高速道路

関越自動車道
  1. 首都圏の高速道路のなかで唯一首都高速と繋がっておらず常に練馬は渋滞している。
    • もともとは先に完成していた新大宮バイパスのほうに首都高を繋げてしまったため。
      • 当初は練馬ICから早稲田まで首都高速練馬線を計画していたのだが5号線の交通量をこれ以上逼迫させてはいけないとのことで中止された。
        • 中央環状線へとつなげる計画もあるようだが未だ目処は立っていない。
          • 中央環状線は既に関越接続は考慮されていない。
  2. 前橋まで3車線と整備されているが、ゴールデンウィーク・お盆休み・年末年始を含め連休時は毎度のように大渋滞が起きる。それだけこの高速道路を経由して行ける観光地が多い故だが・・・。
中国自動車道
  1. 関西圏と九州圏を結ぶ高速道路であり、中国地方の高速道路網の背骨として山陰山陽地方の中間部を貫く高速道路として完成した。
    • その結果中国地方の山の中を縫う形の道路になってしまい線形は悪くほとんどの区間で80キロ制限、呰部BSから新見ICの区間に至っては一般道並の60キロ制限というところに。
  2. その後山陽自動車道が開通。岡山・広島などの山陽地方の主要都市へのアクセスが良く線形も良く距離も短い山陽道に交通量はシフトしていってしまった。
    • そして先に開通したにも関わらず高速道路ナンバリングは「E2A」。すなわち山陽道の付属扱い・・・。
      • 中国道が優位を保っている山口県内(山口JCT~下関JCT)すらE2A。ちなみに下関JCT~門司IC間(関門橋など)も巻き添えを食らっている。
      • 一方で、アジアハイウェイ1号線は神戸JCT以東と山口JCT以西が含まれる。
    • 休憩施設にも影響が表れており、ガソリンスタンドが廃止されたり夜間閉鎖されているSAや売店類が廃止されトイレのみになったPAも多い。
      • そのため給油のため一部のICで途中下車が許可されている。
  3. とはいえ中国地方山間部の町や山陰地方へつながる道としての役割は果たせている。
    • でも尾道松江自動車道は中国自動車道を十字に通過。山陰も中国自動車道に頼らなくてもよくなってきた。
  4. 山陽道合流後にある宝塚東・宝塚西トンネルは毎週末や連休時には大渋滞を引き起こすことで有名。
    • でも新名神ができてから劇的に改善した。
  5. 山陽自動車道で兵庫~山口間を開業した後に、広島北JCT~山口JCT間を4車線化した。
    • 需要が減ったのに車線を減らす、正に無駄の極み。
    • 1997年よりは前に4車線化されていたかと。ただ山陽道の全線着工が決定した後ではある。
    • いちおう2005年に整備効果が発揮されているが…。
東京外環自動車道
  1. 千葉区間開通によって、断続的に渋滞していた川口JCT~三郷JCT辺りがさらに渋滞する羽目に。
    • 原因は恐らく、交通量が増えたことと2車線かと思われる。
  2. 人気取りのために時の政治家のせいで建設凍結と再開を繰り返す。
中央自動車道
  1. 本当は富士山麓を尻目に赤石山脈を突っ切って文字通り日本の中央部を通る予定だったのだが…。
    • 政治家は所詮日本の事より地元のエゴが大事ということを見せつけた例。
    • 地形からして難工事に尻込みしたという要素もあるのでは。
  2. 首都圏の高速道路のなかで上下3車線の区間が上野原~大月の間しかない。高井戸~上野原までは上下2車線(上り線のみ一部3車線の区間もあるが)である。
    • 当初はそこまで需要を見込んでいなかったが沿道の人口が増えてきたり観光需要の増加により交通量が増えた結果2車線では捌ききれなくなってしまう。
      • また線形もカーブや坂が多くスピードが必然的に低下してしまうことも。
        • その結果、週末や大型連休・お盆の時期には元八王子バス停や小仏トンネルを先頭に大渋滞が起こってしまう。
首都圏中央連絡自動車道
  1. 全開通…とは言えず、開通したのはごく一部でちょっとずつしか開通出来なかった。
  2. 高尾山の自然をまもる市民の会が立ち上げ、「圏央道から高尾山を守ろう」と言う声もあった。
  3. トンネル名が「JR高崎線トンネル」「旧中山道トンネル」「国道17号トンネル」と単なる名前しか名乗ってない。
  4. 郊外都市を結ぶ高速道路になったはいいが肝心の休憩施設が少なすぎる。PA間の距離が70~80キロは離れている。給油所は菖蒲PA(関越道~東北道の間)のみ。
  5. ところどころ暫定2車線の区間がある。
東京湾アクアライン
  1. 通行料金が高い高速道路で有名。ただ、ETCなら800円と安くはなるが…
  2. アクアラインに鉄道を開通させようという意見もあるが、実現に向けた具体的な事業案と市民運動等が起こってないので、現実性は皆無に等しい。
  3. かの有名な、浜田幸一先生にちなみ、通称「ハマコー道路」と呼ばれていたそうな。
暫定2車線の高速道路
  1. 国土交通省の高速道路チャレンジ10,000km政策を実現すべく、いかに安く造るかをモットーにして作り出された。
  2. 高速自動車国道の最高速度は100km/h、自動車専用道路の最高速度は80km/hなのに、暫定2車線の高速道路は70km/hまでしか出せない。
  3. 上下線がポールでしか仕切られていないので、飛び出し事故が多い。
    • 最近飛び出し防止のためポールではなくワイヤーに変えたらしいが、自損事故が増えて事故件数が増えたらしい。
  4. 結局安全性が担保できないので、4車線に再整備している。
  5. 料金制度も通常の高速道路と変わらない。しかも高額。
  6. NEXCOになってから開通した路線に至っては休憩施設すらケチる傾向にある。
    • 無料区間をはさむとはいえ、2019年9月まで大分松岡PAから川南PAまでの150kmも純粋なSA/PAがなかった東九州自動車道が典型例。
      • 道の駅北川はゆま(北川IC隣接)をSA/PAにカウントしても、65kmやら40kmやらとなかなか辛い間隔である。

その他

東京料金所
  1. 東京と名乗っているが、実は場所自体は川崎市
    • そばにあるバス停は東名向ヶ丘。がっつり川崎市の地名である。
  2. 料金所のすぐ近くの用賀出入口付近を先頭に渋滞になりやすい。
日本の道路信号
  1. 無駄に多い。そのくせ連携も悪い。
    • 法定速度で走れば青が続くように設定してあるらしい。
東名高速大和トンネル
  1. 本来は必要ないのだが、とある事情から二次災害防止のために作ってある。
  2. 正確にはトンネルでなくシェルター。だがトンネルとしか言われない。
  3. 微妙な勾配+トンネルによる無意識のスピードダウンのせいで、ここを先頭とした渋滞が毎日のように発生する。
    • 特に繁忙期には30kmとか平気で起こる。
名阪国道(国道25号)
  1. 今で言うところのA'路線(高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路)だが、その規格ができる前の1965年に開通している。
  2. 規格自体はかなり良いのだが、突貫で造ったため線形が酷い。もちろん事故も多い。
    • カーブの最小半径は150mで、なんと法定速度60km/hの下限である。
  3. 新名神開通で多少マシになったとはいえ、まだまだ交通量は多い。しかも無料なので長距離トラックから地元の軽トラまでいる。
  4. 奈良県知事がカーブのない新線の建設を提言したが、恐らく不可能。
    • 天理からトンネルを掘ると、出口は約30km先の三重県境になってしまうらしい。
  5. 旧道は酷道として悪名高い非名阪。そのためまともな迂回路がない。
草木トンネル(国道152号)
  1. 元々三遠南信道の一部として、難工事の末開通したのだが…
  2. 地盤が悪すぎるため一般国道に格下げ。しかもこのトンネルの先はトンネルも掘れないほど脆弱な地盤だったことが発覚。
    • おかげでルートを変更することとなり、ただの林道の連絡路と成り果ててしまった。

ナンバープレート

湘南ナンバー
  1. 対象エリアに、海から離れた山北町や秦野市などが含まれている。
    • 実際に湘南もどこまでなのかあいまいなんだけどね…
とちぎナンバー
  1. 名前で揉めた結果、当時栃木ナンバーがあったのに、平仮名の「とちぎ」が出来てしまった。
  2. 当初は佐野ナンバーになるはずだったが、足利市や小山市等が反対した。
横浜ナンバー
  1. 対象エリアに、流石に横浜じゃない場所の鎌倉市、横須賀市も含まれている。
    • 実際に横須賀ナンバーと言うご当地ナンバーが計画されていたが、見送りしたようだ。
  2. 逗子市、三浦市、葉山町も割当は横浜である。実際の所神奈川県でご当地ナンバーは使っていないのでしょうがないのだが。
    • 湘南は94年に運輸支局自体の増設で相模エリアから分割されたため、厳密にはご当地ナンバーでない。
    • 実は川崎も運輸支局自体が増設されているので、川崎市でないと登録出来ない実質ご当地ナンバーだが、定義からは外れている(そもそも当時はご当地ナンバーという制度が無かったけど)。
尾張小牧ナンバー
  1. 当初は小牧ナンバーとなる予定だったが、周辺都市からの横槍で旧国名がついた。
    • その横やりを入れた都市は次々ご当地ナンバーで抜けた…。
  2. なにかと「運転が荒い車のナンバー」のやり玉にあげられがち。
沼津ナンバー
  1. かつては静岡県東部全域をエリアとしていたが、相次ぐご当地ナンバーの独立により範囲がたったの1市2だけになってしまった。
    • 「実質ご当地ナンバー」になった。
世田谷ナンバー
  1. ご当地ナンバー制度で品川ナンバーから分割したが、反対論が多い。

実現しなかったもの

東美濃ナンバー
  1. 岐阜県の一部地域をエリアとする予定だったが、地元住民などからの反対意見が相次ぎ導入断念に至った。
さいたまナンバー
  1. 実際に議論があったが、ご当地ナンバーとしてさいたま市に導入した場合さいたま市以外に大宮ナンバーが残ってしまいねじれが発生してしまうため断念。

水運

ブリタニック(2代目)
  1. オリンピック、タイタニックに次ぐホワイト・スター・ラインの豪華客船として建造されていたが第1次大戦勃発により即座に徴用されてしまった。
    • 大戦中に沈められたため本来の豪華客船としての運航はかなわなかった。
  2. 本来は「ジャイガンティック」と名乗るはずだったがタイタニックの事故により名称が「ブリタニック」にスケールダウンされた。
    • ジャイガンティック→巨人のような、ブリタニック→ブリテンの
浅間丸
  1. 戦前の日本を代表する豪華客船だったが太平洋戦争により沈没。
    • 同級船の龍田丸、鎌倉丸も戦没した。
  2. 第2次大戦勃発後に乗船していたドイツ人船客がイギリスの巡洋艦に連れ去られる事件が起きた。
  3. 内装が欧米製品ばかりだったため一部から「日本で建造された欧米船」と揶揄されていた。
ノルマンディー
  1. 戦前の大西洋航路を代表する伝説的な豪華客船だが第2次大戦勃発によりニューヨークから動けなくなってしまった。
  2. その後現地で兵員輸送船に改造されることになったが途中で火災が発生しそれが原因で横転してしまった。
    • 消火作業で不用意に大量の放水を行ってしまったとか。
  3. 戦後まで埠頭をふさぐ巨大なスクラップと化した挙句そのまま解体された。
    • 空母改造や客船復帰も検討されたが多額の費用が掛かるため断念。
紫雲丸
  1. 戦後の宇高連絡船にデビューした車載客船だったが2度も死亡事故を起こしている。
    • 特に2回目は多くの修学旅行生が巻き込まれたことで悪名高い。
  2. 車載客船というのを生かし客車に乗ったまま大阪と四国を直通できるというのが魅力だったが2度目の事故により中止。
  3. 名前が名前なので当時のマスコミに「死運丸」と揶揄された。
    • 2度も事故を起こしたこともあり最終的に「瀬戸丸」に改名された。
      • ただしその後も一度衝突事故(死者なし)を起こしている。
ユナイテッド・ステーツ
  1. 第2次大戦後に大西洋航路最速を目指して建造された客船だが航空輸送の発展により一線を退かされた。
  2. 軍事転用を考慮し可燃部分を徹底的になくしているがそちらの出番は一度もなかった。
    • 「燃えるものはまな板とグランドピアノくらい」とされるほどの徹底ぶりも無駄になってしまった。
  3. クルーズ客船への転用も検討されたが内部のアスベストなどのせいで話が一向に進まない。
    • 現在はフィラデルフィアの港にあてもなくたたずんでいるだけ。
    • 2019年時点では埠頭と合わせた商業施設としてニューヨークへの再停泊計画があったり。
クイーン・エリザベス(初代)
  1. 就航当時世界最大の客船で引退後は移動大学船に改造される予定だったが香港で工事中に火災を起こし廃棄された。
    • 改造後は「シーワイズ・ユニバーシティ」と改名されるはずでスケジュールも発表されていたが全ては幻と消えた。
      • 円谷プロの誘致により日本(横浜・神戸?)への寄港も決まっていた。
  2. 残骸は007の映画に使われただけで解体され現在はほぼ名残がない。
    • 船の鋼材を原料に使ったペンなら販売されたらしい。

船会社

三光汽船
  1. 一時期は三大海運の商船三井の前身にあたる企業を買収しようとするなど海運業界で力を伸ばしたが、1985年に当時としては戦後最高額の負債を抱えて会社更生法の適用を申請した。
    • しかもそのニュースは前日に発生した日本航空123便墜落事故のニュースにかき消された。
  2. その後いったんは業績回復に成功したが、2012年にふたたび会社更生法の適用を申請した。
東洋汽船
  1. 日本で初めて1万トンを超える大型客船(天洋丸級)を就航させるなど積極経営で知られたが経営悪化により旅客船部門をライバルの日本郵船に売却した。
    • 浅野や安田といった財閥がバックについていてもどうにもならなかった。
  2. 貨物船部門は戦後まで生き延びたがこちらも他社に合併された。
    • 合併先の会社が後に日本郵船に飲み込まれたため結果として元ライバルに取り込まれた格好となった。
東日本フェリー
  1. 道央圏から関東甲信越や傘下を含めると博多まで網羅した日本最大のフェリー会社だったが、競合他社に負け不況に負け広島資本に身売り。
  2. 身売り後は豪州の高速船や日本海航路の旧さんふらわあ船投入やら金沢からの韓国航路やらを試行錯誤するも泣かず飛ばずで津軽海峡航路のみの新会社に縮小。
名門大洋フェリー
  1. 名古屋と門司を結ぶ名門カーフェリーと大阪と苅田を結ぶ大洋フェリーが合併した会社だが現在は名古屋成分がかけらもない。
    • 会社HPを見る限り名古屋には航路どころか営業所すらない。

関連項目




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