ページ「もしあの鉄道路線が開業していたら」と「鶴岡市」の間の差分

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*乱立防止の為、記載は実際に元ネタがあるものに限ります。
{{市|name=鶴岡|reg=東北|pref=山形|area=庄内|ruby=つるおか|eng=Tsuruoka-city}}
**項目内にそれに関する文章を書いていただければ幸いです。
{{庄内}}
==独立項目==
==鶴岡市の噂==
*[[もしあの国鉄路線が全通していたら]]
;関連項目
*[[もしあの新幹線が開業していたら]]
*[[山形の駅#鶴岡駅の噂|鶴岡駅]]
*[[もし筑波高速度電気鉄道が開業していたら]]
*[[北海道・東北の城#鶴岡城|鶴岡城]]
*[[もし名古屋急行電鉄が開通していたら]]
*[[もし沖縄の鉄道復旧計画が実現していたら]]
*[[もしあの鉄道路線が開業したら]](現在構想がある路線はこちらへ)


==分割項目==
#庄内の中高生が内陸のチームと試合をすると、審判の誤審(意図的)で必ず数点とられる。数点前のプレーを問題として減点されることすらある。
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/関東]]
#酒田とほぼ同時に人口10万を割り込んだが合併で復帰。
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/東京]]
#*この合併で鶴岡市はめでたく東北一広い市となったが、市としての人口密度は低くなった。
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/神奈川]]
#*人口は現在も毎年微(?)減。
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/千葉]]
#藤沢周平の一連の時代小説に登場する、「海坂藩」なる架空の藩のモデル。
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/中部]]
#*藤沢周平の記念館もあるし、あちこちに小説の舞台となった場所の案内板がある。
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/東海]]
#人面魚
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/近畿]]
#日本で最高気温を記録しているのは山形の40.8℃だが、非公認では昭和52年頃山大農学部(鶴岡)で42.1℃の記録があったはず。
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/大阪]]
#*1978年8月1日観測の40.9℃が正解。同日酒田市で40.1℃を観測(こちらは公式記録)
**[[もしあの鉄道路線が開業していたら/兵庫]]
#真冬に海岸沿いの道を走っていると一回は波をかぶる。
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/海外]]
#*同じく海岸沿いでは波の花もよく飛んでくる。
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/モノレール]]
#日本の学校給食発祥の地
*[[もしあの鉄道路線が開業していたら/地下鉄]]
#*旧市内小中学校の給食では、毎年記念日に、当時の給食を再現した特別献立が組まれ・る(ていた?)。
#サーフィン発祥の地でもある。
#バンジージャンプの発祥の地でもある
#[[東日本旅客鉄道#羽越本線の噂|羽越本線]]の鼠ヶ関駅~小波渡駅付近にかけては、昭和40年代から昭和50年代にかけて新線に切り替えられた際に放棄された旧線の廃線跡が点在する。中には、1972年の電化完成後の昭和50年代初め頃に新線に切り替えられた際に放棄された旧線の廃線跡もあり、そちらには、コンクリート製の架線ポールなども残されている。
#*小岩川駅-あつみ温泉駅間には、現在の線路(単線)から少し離れた場所に、複線断面の2つの長いトンネルがあるが、トンネル本体の工事は完成しているものの、旧国鉄の財政難と赤字のため、建設が中断され、現在に至るまでも線路は敷設されていない。
#明治の頃「鶴岡県」が存在した。
#*そのことをライバルだと思っている酒田市民に自慢すると、「鶴岡県になる前は酒田県だったんだゼ」と斬り返され、撃沈する。
#平成の大合併により、温海温泉も鶴岡市の一部となったが、旧・鶴岡市地域にも、湯野浜温泉や湯田川温泉、由良温泉などといった温泉地がある。
#[[Mr.Childrenファン|Mr.Children]]の桜井和寿のスタジオがあるらしい。何でも、母方の実家がご当地にあるのが理由とか。
#「加藤の乱」で有名な加藤紘一の出身地。ただ乱の後は失脚。
#遠方からはるばるやってきて、鶴岡八幡宮がないことを知って愕然とする観光客が多い。でも、あらためて[[観光地鎌倉|鎌倉]]へ向かう気力はもうない。
#*鶴岡八幡宮の鶴岡は、つるがおか。
#*鶴岡市に観光に来てついでに八幡宮あるかも?


==超広域==
==鶴岡==
===日本電気鉄道===
#「日本国」という地名が存在する。
[[wikipedia:ja:日本電気鉄道|こちら]]を参照。
#*しかも「ここは日本国です」とでかでかと書いてある工場がある。
#どのみち戦時中に国有化される。
#城下町なので道が複雑。
#*政府から、『中山道経由で狭軌規格なら、官鉄未開業区間から即建設許可』の横槍が入り免許が下りたものの、建設費の高騰で、辰野〜和田〜長久保〜中込〜下仁田間しか開業できず、上信電鉄を介した東武鉄道線との連絡や伊那電気鉄道、三信鉄道、鳳来寺鉄道、豊川鉄道を介した名古屋鉄道線との連絡に方針転換した可能性もあり。
#一方通行が多い。
#**設立趣旨から見ればそんな遠回りのルートは電鉄側が認めないだろう。せいぜい1067㎜軌間で建設なら認めるかもしれないが。
#*特に川端通り・銀座通り近辺の一方通行に戸惑う転入者が後を絶たない。
#*国有化されなかった場合、大東急、名鉄、京阪神急行のどれかの路線になっていた。もしかしたらこれらの3社の路線が合併して大日本電気鉄道が誕生していた。
#合併して人口14万人もいるのに駅前ジャスコが閉店して以来大型店が1店も無い。
#**むしろ東武鉄道の経営者であった根津嘉一郎が計画した路線であったので、東武系列になっていた。1944年6月に東武鉄道(既に現実の東武の路線網と同じ規模になっていた)と合併し、社名も「日本電鉄」と改称していた。
#鶴岡の城跡には堀があるのとちょっと土塀があるくらいで城っぽいものはない。神社、藤沢周平記念館、大寶館(鶴岡にゆかりのある文学者等の展示がある大正くらいの建物)、あとは公園。
#東京オリンピックの時に開通したのは東北新幹線(上野-仙台)。その後、万博に合わせて山陽新幹線が広島まで開通。
#藩校だった致道館が城跡の公園のはす向かい(南東)、市役所の前に残され、復元されている。
#*東海道新幹線も建設が計画されるが、リニアモーターカーにすることになって建設中止。
#*城跡よりも藩があった証っぽい。
#**ただし上記にある東武鉄道の日本電鉄化が行われた場合、対抗して東海道新幹線を史実よりも早く建設していた。
#鶴岡城跡の西側には致道博物館。江戸時代の門や明治時代の建物や古い農家の家など、建物が複数あり展示も様々。
#<b>開通していようがしてなかろうがたいして変わらないんじゃね?</b>
#*鶴岡地方の歴史から昔の漁具、農具など。展示品はバラエティに富む。特に漁具が多いかも。
#*直流3000ボルト架線の採用などそのあとの鉄道に影響があったと思うけど。
#*他にも伝統ありそうな建物では城から少し東の鶴岡カトリック教会天主堂は入れてもらえる。無料。
#東海道電気鉄道や名古屋急行電鉄は計画されず、近畿日本鉄道も名阪間で現実以上の厳しい運営を強いられた。
#**ここには日本で唯一、黒い聖母マリア像が存在する
#*近鉄がこの路線を介して東京まで直通運転していたかもしれない。名阪は無いかもしれないが、伊勢方面はあったかもしれない。
#山形なのに日本一のアマゾン資料館がある。
#**近鉄名古屋線は四日市以東は建設されなかったと思われる。
#*それから武家屋敷も1つあった気がする。
#***近鉄自体がこの会社の子会社になった可能性もある。
#駅前の銅像、親子が収穫した稲を背負っているんだと思うが、なんかつらそう。子供は楽しそうだが父母が苦役を強いられているような風に見えてしまうもんで。
#*京都連絡を口実に名古屋急行電鉄のルートが支線として建設されていたかもしれない。
#駅近くにJAの大きな倉庫群がある。倉っぽい感じの外観で良い感じ。おそらく米をはじめとする農産物を鉄道貨物輸送していた時代からのもの。
#[[NEC]]が、鉄道事業を経営している、車両を製造していると誤解される。
#*有名さや歴史の重みって点ではライバル[[酒田市]]の山居倉庫にはかなうべくもないが。
#[[木津川市]]の市制施行が早まっていた。逆に[[京都市]]は衰退していた。
#観光客向けにレンタサイクル有り。駅の観光協会や城跡の神社等がステーションになっている。確か無料。ただし、ライバル酒田市と違って借りた場所で返さなきゃいけない。
#「大淀川」という地名が存在する。
#*しかも鶴岡インター周辺のR7沿い。宮崎県にゆかりのある方々を戸惑わせている。


===日本環状線===
==藤島==
戦前に軍事上の理由から計画された。
#‘キャイ~ン’ウドちゃん!
#青函トンネルの建設・完成がさらに早まった。
#*ウド鈴木がTVに出ると、お茶の間が異常に盛り上がる。
#*もし、国鉄が黒字時代に開業していたら、青函連絡船の廃止も無く、鉄道・船との併用が続いていた。
#***20年ぐらい前はよく、藤島の国道345号線沿いのファミマによくウド鈴木が出没していた。
#鉄道の日辺りに、鹿児島中央(当時:西鹿児島)駅発稚内行き臨時列車が運行されていた。
#「幕の内」バス停がある。
#*または、日本一周列車が運行されたかも。
#*因みに、地名は「幕野内」で、近くにある羽越本線の信号場は「幕ノ内」である。
#長沼にある温泉施設「ぽっぽの湯」は、名前とは裏腹に鉄道観光客が利用するにはきつい。
#*駅から離れているうえ、旧町時代にコミュニティバスがあったが廃止されてしまい、以来足無しに。


===中山道幹線===
==温海==
[[wikipedia:ja:中山道幹線|こちら]]を参照。
[[画像:山形-新潟県境1.jpg|thumb|160px|山形-新潟県境標]]
#名古屋の代わりに岐阜が日本の第3の都市となった。
*[[東北の道の駅#あつみ|道の駅あつみ]]
#*田中あたりは日本の第4の都市に。
#温海温泉は、江戸時代から続く朝市でも有名。
#*温泉街の外れには、バラ園もある。
#奥州三大関所の一つ、鼠ヶ関(念珠関)。
#新潟([[村上市#旧山北町の噂|村上市(旧山北町)]])との県境には、一部が新潟側にはみ出した集落がある。県境は細い路地。[[NTT]]では新潟側も山形の鶴岡MA(0235)が管轄している。なお、新潟側は行政上はその南にある離れた集落の大字に所属している(大字中浜)。
#*上記「鼠ヶ関」そのものでしたね(苦笑)。
#**その新潟県境と目と鼻の先にイオンタウンを建設中。
#*なんか地名が大字中浜から大字伊呉野(いぐれの)に戻っているみたいなんだけど。
#[[熱海市|熱海(あたみ)]]と温海(あつみ)、音が似てるし字義も同じ。海のそばに温泉が湧いてて海が温かったから同じような地名になるのも必然ですね。
#ガタガタ県境。


==北海道==
==羽黒==
===札幌~千歳空港のHSST新線===
#北東部は観光地や文化財が豊富だ。
かつて札幌~新千歳空港を結ぶリニアモーターカーの構想として[[もしリニアの実験線があの地域にあったら#札幌~新千歳空港|リニアの実験線を誘致する構想]]の他、日本航空がHSSTによる札幌~千歳空港の空港アクセス鉄道を構想としていたが実現に至らなかった。
#町域が鶴岡駅の東1km程のとこまで迫っていた。
#JR北海道の経営が悪くなる。
#*そのためか、旧町の町営バスが鶴岡駅まで乗り入れていた。
#札幌から石狩市方面に伸ばせという声が出る。
#甲子園で活躍した羽黒高校は、本当にここ(旧羽黒町内)にある。
#運賃はたぶん高め。
#羽黒山の神社がある。五重塔も有名。
#千歳空港移転時に新千歳空港に延伸する。
#*出羽三山神社は羽黒山・月山・湯殿山の3つをお祭りしている。羽黒山には羽黒山単体の神社はないっぽい。
#快速エアポートの混雑は史実通りか。
#羽黒高校には日本で唯一、自動車科が存在し、高校で自動車免許を取得できる日本で唯一の高校である。
#*出羽三山神社と五重塔は結構離れていて急な石段が長く続く。足腰や体力に自信のない方はバスで別々に行くのも手かも。杉林の中で味があって良いので元気な人は歩いた方が良いと思いますが。
#*神社の入口から北に行くと宿坊街がある。宿坊の数の多さ(それだけニーズがある)に驚かされるが、建物の様式もある程度統一されており、見て回るだけでも下手な小京都の街並みなんかより楽しめそう。
#*更に西に2km程の所に大鳥居があり、その大きさにびっくりするが、それとは別にここからの酒田の辺りまで見通せそうな庄内平野の眺望が素晴らしい。
#2016年4月に「紅花慕情」で歌手デビューした、演歌歌手の羽山みずきさんは、高校卒業後から歌手デビュー直前の2015年12月までの約6年間、出羽三山神社で巫女さんとして勤務していた。
#*キャッチコピーは、「開運演歌女子」。デビュー曲の衣装は、巫女さんの衣装(袴の色は、本物の巫女さんの衣装のものとは違い、上の方が緋色で、下の方は黒色であるが)。
#*ちなみに、出身地は鶴岡市大山地区。


===札幌急行鉄道===
==櫛引==
詳しくは[[wikipedia:ja:札幌急行鉄道|こちら]]を参照。
#元・櫛引町(の黒川地区)では、昔から「黒川能」なる芸術が受け継がれているが、その年の「当番」になった家は、「芸能舞台」や(その際の)「ご馳走」の資金調達のために奔走するとのこと。
#[[じょうてつ|定鉄]]は鉄道会社として生き残り、[[東急グループ]]が札幌圏の交通を牛耳っている。
#[[仙台南部道路・山形自動車道|山形自動車道]]がちょっとだけ通る。
#*東急が経営しているお陰で[[Kitaca]]の他に'''[[PASMO]]と[[suica]]'''が使えるように。
#*そのちょっとだけの町内区間に[[東北のサービスエリア・パーキングエリア#櫛引PA|櫛引PA]]があり、ハイウェイオアシスまである。
#*むしろ「定山渓鉄道」から「札幌急行鉄道」に社名変更している。
#この町にある温泉施設の正式名称は、「くしびきおんせん ゆ~Town」。
#**そして、東京急行電鉄が『東急』と言われた様に、札幌急行電鉄も『札急(さっきゅう)』と言われる様になる。
#*何故ひらがな…?
#***東急が「109」となったみたいに、札急は「39」となってた?
#当然、ゴムタイヤ式地下鉄は存在して無く、地下鉄東西線は山鼻線と称して札幌急行の一支線扱い?
#[[札幌市/南区|南区]]の人口が多くなり、南区と真駒内区に分区していた
#[[北海道中央バス]]は[[東急電鉄|東急]]傘下に入って銀赤塗装?
#夕張は隠れた札幌のベッドタウンとして炭鉱閉山後もそこそこの人口を有し、財政再建団体入りは免れていた。
#*むしろ錦沢のスイッチバック等の山越え区間がネックで夕張本町~栗山は廃線、一方南幌や長沼、栗山は札幌のベットタウンとして発展。
#**地下鉄と乗り入れていれば車両も勾配に強くなっていたので、新線を建設して錦沢のスイッチバックをやり過ごしていたかもしれない。
#**栗山・夕張間は「蒸気鉄道」として観光に特化。終点には炭鉱跡を活用した大規模な博物館施設。
#夕張鉄道バスは「札急バス夕張営業所」になっていた。
#今頃(2019年)は8500系が使用されている。(長野電鉄の8500系と同じ改造が施行されている)
#どこかの段階で東急グループから実質的に独立し、北日本唯一の大手私鉄となる。


===北海道拓殖鉄道延長線===
==朝日==
北海道拓殖鉄道は上士幌から先、居辺を経由して池北線本別駅までの延伸計画を持っていた。
#湯殿山神社がある。
#後に国有化されて国鉄北十勝線になっている。
#田麦俣の多層民家で有名。
#北十勝線と白糠線をつないでバイパス線にする構想はなかった。
#巨大魚・タキタロウが生息しているといわれる大鳥池も有名。
#*拓殖目的で作られたので規格が低いため。
#*その正体は、巨大イワナではないかとか、イトウではないかなどといった説がある。
#**白糠線の北進延長自体なかった可能性がある。
#*仮にバイパス線にするとしたら居辺~足寄間のバイパス線を作る必要がある。
#*むしろ「高規格化してバイパス線にする」という構想になっていた。但し実現はしなかったと思われる。
#確実に特定地方交通線に指定されている。
#*赤字83線で廃止されていた。


===愛別馬車軌道===
==鶴岡市民==
比布~愛別を結ぶ軌間762mmの馬車軌道計画
#鶴岡の人たちは、よそ者が来ると離れたところからツンツンつついて正体を確かめ、いいやつだとわかるまで、つき合おうとしない
#改正鉄道敷設法138号に基づき国有化される。
#*それはいやだ。間違っても[[新庄市]]の二の舞だけは絶対に演じないで欲しいな。
#改軌は1950年代までに行われている。
#*この手の話は田舎者の常套句で、田舎者はすべて(最低限自分は)良い人でよそ者は悪い人が多いことを大前提にしているが、こんなヤツよりよそ者の方が良い人に決まっている。
#*他の特殊狭軌線の改軌により多くの車両が流れ動力近代化を果たす。
#*同じ日本人でありながら、よそ者と挨拶代わりの雑談もできない欠陥人間が多い。
#優等列車や貨物列車の多くがこの路線を経由する。
#*初対面のよそ者を平気で悪い人と決めつける人が多いが、性格が悪くないとそんなことはできない。(初対面の人と仲良くできないなんて、なんと不憫な)
#ただ途中駅はかなり減っているかもしれない。
#*同じ人間でありながら、人を疑いの目で見ることに全く罪悪感のない特異な人種。(何でも疑ってばかりだから、嘘と冗談の区別がつかない)
#*目を覚ませ、鶴岡人よ。君たちは決して性格は良くないのだから。(ただ世間体を気にして善人を装っているだけ)
#*「正体を確かめ」と書いているが、(詐欺師など)悪人ほど目的を果たすまで正体を表さない。だからすぐに騙されるのだよ。
#*特に「正体を確かめ」るといった意識もなく、ただ外交的でない行動パターンが身についてしまっているだけの人もいる。
#「かきく」「け」「こ」で会話が成り立つ。「柿食べる?」「食べなよ」「食べようよ」。
#酒田市民をライバル視する。
#電撃ネットワークのリーダー・南部虎弾が鶴岡市出身なのはあまり知られていない。
#*元ダチョウ倶楽部だって
#**元記事もコメントも間違ってない。ダチョウ→電撃です。
#車の運転が変。
#*路肩の白線を越してまで左寄りで走る車が多数いる。(原因不明)
#*スピード感がないため、時速40kmでも平気で50~60m以上の車間で走る。
#*同じくスピード感がないため、交差点で直進車は時速60km以下まで減速しないと、対向の右折車が捨て身で突っ込んでくる。
#*交差点での「3秒ルール」が存在し、直進車が前の車から3秒以上経っても来なければ、対向の右折車は前を見ず無条件に突っ込んでくる。
#*ノロノロ走るペースメーカー車が実在し、私たちを先導してくれる(交通事故は激増するが、それは私達の忍耐力がないから)
#*車に乗ると人が変わるのか、意外に譲り合いの精神が見られないことが多い。
#「無償の親切」とかいう、東京人の偽善を絶対に許さない。
#*親切なんて、恩を売ってなんぼのもんやからな(なんで関西弁?)
#*いちいち恩を着せないと何もできない。


===温根湯軌道===
[[Category:温泉地]]
留辺蘂~温根湯の軽便鉄道計画。
[[Category:●岡]]
#改正鉄道敷設法別表第147号に基づき買収される。
[[Category:所属に議論のある地域]]
#鉱山への路線である事から比較的早期に改軌とイトムカへの延伸が行われている。
#貨物輸送のおかげで幹線となっている。
 
===大函電鉄===
函館~大野の路面電車計画。
#駅数や本数の多さによって、地域輸送で函館本線より有利に立てた。
#*戦後、函館市電に買収されて「市電大函線」に。
#**現在まで存続していれば市電の函館駅前-ガス会社前-五稜郭駅前間も廃止されなかった。
#距離が長いため、急行運転が行われていたかもしれない。
#北海道新幹線からの市内アクセスとして重宝される。
#*渡島大野までは行かない計画だったみたいだからどうだろう…。
#大野町と函館市が合併していた。
#*北海道新幹線の駅名も単に「新函館」となり、「北斗」は付かなかった。
#大沼まで伸びて…いないか。
#*大沼まで延伸し、かつ『大沼電鉄』の廃止が無かったら、大函鉄道と大沼電鉄が相互乗り入れていたかもしれない。
#**↑の通りになれば、函館から大沼国定公園へのアクセスとして機能したかもしれない。
#広電宮島線や名鉄美濃町線のように、専用軌道区間も比較的多くなっていた。
 
===石狩鉄道(札幌臨港鉄道)===
桑園駅(厳密には現在の新川駅付近から分岐)と石狩市方面を結ぶ予定だった路線。
#現実では鉄道空白地帯の石狩市に鉄道がやってくるため、札幌のベッドタウンとして石狩市の人口は現実より多くなっている。
#石狩新港には工業地帯のほか大型商業施設もでき、平日は通勤客、休日は買い物客で賑わうように。
#札幌市営地下鉄南北線に直通するようになり、札幌側の末端区間は廃止される。
#*もちろん南北線はゴムタイヤ式ではなく、普通鉄道規格となっていた。
#*後述の国有化が無ければ、の話。
#改正鉄道敷設法別表第135号の一部に相当するため、場合によっては国有化されていた可能性も。国有化された場合は路線名が「札増線」(札幌と増毛を結ぶ路線)あるいは「石萌線」(石狩振興局と留萌振興局を結ぶ路線)となっていた。
#*増毛〜留萌〜深川と合わせて「留萌本線」となる方が自然か…。
#*これが全通していた場合、旧石狩鉄道線の石狩市側の終着駅辺りを境目に輸送形態が大きく異なり、さながら北海道医療大学〜新十津川間廃止前の札沼線のような様相を呈していた。
#**羽幌線が廃止されていなければ、特急宗谷号は留萌本線・羽幌線経由で運行されていた。特急サロベツ号は史実通り。
#石狩モノレールは計画すらされなかった。
 
==東北==
===青森市電===
*戦前に市営電車の運行計画があったが、冬の豪雪により、運行が困難と判断され計画を断念、バス運行に計画変更した。
#おそらく、路線は青森駅前から合浦か国鉄浪打駅前あたりまでか?(実際に最初の市営バス車庫は合浦地区に置かれていた。)
#当然、青森市営バスが無いので、青森バスが、青森市営バスに吸収される事も無く、青森市内及び東津軽郡一体に路線網を維持していた。(実史は東津軽郡内の市営バス路線が、平内町内では「下北交通」に、同郡西部は「今別町営バス」と「外ヶ浜町営バス」にそれぞれ移行・移管されている。)
#*むしろ函館市のように青森市企業局交通部もバス事業を行うのでは?
#**この場合、青森バスは弘南バスに買収されたかもしれない。(実史では青森バスは経営不振で市営バスに吸収された)
#道路事情の悪化で、昭和40年代に廃止。市電運行区間の代替区間を青森バスがバス路線として引き継ぐ。
#弘南バスが「天狗立」・「青森駅前」に乗り入れるのが、実史(2002年12月1日)より早かったか?
#現在も運行されていたら、(実史で運行している)函館市電と何らかも交流があったかもしれない。
#実史上では、2005年4月1日に旧浪岡町が青森市に合併された後から、青森市営バスがJR浪岡駅までの路線を運行したが、それ以前から、青森バスと弘南バスの2社が、該当路線を運行していたかもしれない。
#また、青森空港連絡バスも、青森市営バス(市営バスは実史上では路線撤退)とJRバス東北との共管だが、青森バスの単独運行になっていたか?
 
===磐城軽便鉄道===
植田駅~山田~上遠野の鉄道を予定していた。
#結局国鉄に買収され、国鉄磐城線となる。
#いずれ改軌される。
#改正鉄道敷設法別表第32号に基づき上遠野から磐城石川までの延伸工事が行われる。
 
===片浜軌道===
江名~平(現いわき)の鉄道を予定していた。
#江名鉄道ともども小名浜臨港鉄道の傘下に入る。
#後に小名浜臨港鉄道、江名鉄道ともども国鉄に買収される。
#*よって福島臨海鉄道は存在しない。そのかわり泉~小名浜~江名~平は国鉄片浜線となる。
 
===鈴木学経営軌道===
白河から七ヶ宿までを人車軌道で結ぶ計画だった。
#着工直後に1067mmに規格を変更している。
#確実にガソリンカーが導入されている。
#二井宿までつなげようと計画するが干蒲までしか建設できずに終わる。
#*仮に開通していた場合は、高畠鉄道とともに山形交通の路線となる。
#白棚線と同時期に国鉄に買収される。
#*路線名は上白線
#戦後上山までの延伸工事が行われる。
#結局特定地方交通線として国鉄から切り離されている。
#社名がこのままだったら「人名が社名に入る鉄道会社」として有名になっていた?
 
===岩木鉄道===
弘前電気鉄道が西弘前~田代の目屋線を自力で建設できないために設立された。
#開通後は弘南鉄道に合併して同社目屋線となっていた。
#仮に国鉄に買収された場合西弘前から奥羽本線への連絡線が建設されていた。
#*国有化された場合、弘南鉄道は保証として国に中央弘前~板柳の建設のバックアップを求めていた。
#国有化されてもされなくてもおそらく末端区間の存廃問題が提起されていた。
#*国有化されていた場合、1998年に黒石線とともに弘南鉄道に引き継がれていた。
#**この場合、運営体制が抜本的に改革され、その結果現在でも黒石線とともに存続している。
#2016年4月-6月期に放送された弘前を舞台にしたテレビアニメ『ふらいんぐうぃっち』に登場するのは、実史の弘南鉄道大鰐線及び同線の車両ではなく、当路線だったかも。
#*その「ふらいんぐうぃっち」に登場する、木幡真琴・石渡那央(なお)・倉本圭の3人が、当路線で列車通学していた。
#世界自然遺産「白神山地」への入口として、特に夏場は活況を呈したかもしれない。
#*終点「田代駅」から、津軽峠方面へのシャトルバスが運行されていた。(現実は、弘南バスが弘前バスターミナル⇔津軽峠間のバスを夏季のみ運行している。)
#*また、津軽ダムへの水陸両用バスが田代駅発着となっていた。
#*実史上では計画が頓挫した<!---津軽鉄道から新幹線奥津軽いまべつ駅を結ぶ--->DMVが、本路線から津軽峠まで運行する形で実現したかもしれない。
 
===陸羽軌道===
一関~巌美を結ぶ軌間762mmの馬車鉄道計画
#昭和一桁頃に動力近代化が行われており、その際新設軌道に移される。
#巖美渓や祭畤温泉への観光客に親しまれた。
#白棚線と同じ頃に改正鉄道敷設法別表第12号に基づき買収される。
#キハ01系気動車やDD11形ディーゼル機関車が活躍していた。
#国鉄再建時に第三セクターになっている。
 
===蔵王高速電鉄===
山形~上山を結ぶ計画だった。庄内交通などが出資。
#備南電気鉄道(後の玉野市電)の車両はどうやってやりくりしたのやら。
#庄内交通と山形交通の対立が激しくなっていた。
#山形市を通っているので利用客はそこそこいる。
#おそらく1990年には接続していた。
#海産物など輸送は庄内交通湯野浜線~蔵王高速鉄道~山形交通三山線経由で運ばれていた。
#そもそも三山線の車両や860系の譲渡は1990年頃になっていた。
#東急から1000系を譲渡していた。
 
===庄内交通湯野浜線(未成区間)===
かつて加茂に延伸する構想があったようでしたが実現できませんでした。もし、実現していたらどうなってたか。
#湯野浜温泉~加茂~加茂水産高校~加茂水族館まで伸びていた。
#そもそも送迎バスを走らせる必要がなかった。
#加茂水族館の観光客や加茂水産高校の人が利用していた。
#鶴高養生も利用していた。
 
===羽後交通雄勝線(未成区間)===
*湯沢から矢島までを結ぶ構想だったが、梺駅までしか開業できなかった。
#言うまでも無く羽後町に駅が出来る。
#*駅は萌えキャラばかり。
#由利高原鳥海山ろく線が奥羽本線と羽越本線と乗り換る事が可能性になる。
 
===羽後交通横荘線===
#横手線直通運転があるかもしれない。
#矢島線もろとも国有化されていたかも知れない。
#*その場合矢島線は前郷~矢島の線名となり、横手~羽後本荘が本荘線となっていた。
 
===八戸市内の路面電車===
;「『新編八戸市史 近現代資料編Ⅱ第六章まちづくりと八戸市誕生 トピックス「夢に終わった路面電車」』には、八戸市内に路面電車を運行する計画があったが、1929年に起きた昭和恐慌と計画立案者の死去により、計画が頓挫した。」との記載があります。もし、計画通り路面電車が運行されたら?
#↑にある『新編八戸市史』にある通り、荒町から湊橋まで開通していたら、途中の十三日町・八日町停留所は、国鉄尻内(現八戸)・八戸(現本八戸)に次ぐ、第3のターミナルとなっていたかも。
#おそらく、実在の「八戸中心街ターミナル」は、路面電車と路線バスとの連接点になっていた。
#*実際に運行されている十和田観光電鉄バス『三沢空港~八戸市内』線連絡バスも、この「中心街ターミナル」発着となっていた。
#国鉄尻内駅まで延伸したら、市内への乗り換えに便利な路線になっていた。
#*当然、路線バスにも何らかの影響(運行ルートなど)を与えていた。
#運行は八戸市交通部で、八戸市電?
#*尻内まで延伸し、かつ南部鉄道が廃止されなかったら、尻内(現:八戸)駅で、南部鉄道と路面電車が接続していた。
#交通事情の悪化で1960年代に廃止。市電路線のルートを八戸市営バスが引き継ぎ。
#*もし廃止されず、かつ尻内駅まで延伸したら、東北新幹線八戸駅から中心街に行く足となっていたかも。
 
===日本鉄道青森-弘前間===
*1890年に出願するも却下される。
#八戸よりも弘前に先に鉄道が開通していた。
#弘前より南は青森-弘前間ほど需要が見込めないので日本鉄道は手を出さず、史実どおり官営で建設。
#*いや日本鉄道は高崎~中山道~新潟~羽州(秋田)も建設予定だったから秋田まで伸ばすのでは。
 
==中国==
===呉軽便鉄道===
呉~警固屋町を結ぶ計画だった。
#改軌が行われている。
#呉市電が乗り入れている。
#*その後呉市電に吸収されているかもしれない。
#さらに南へ延びていた。
#*それでも倉橋島延伸は実現しなかったと思われる。
 
===芸石鉄道===
吉田口駅~大朝を結ぶ計画だった。
#改正鉄道敷設法別表第92号に基づいて買収される。
#終点の大朝駅は鉄道とバスの連接点として賑わっている。
 
===長防軽便鉄道===
小郡~萩を結ぶ鉄道計画だった。
#陰陽連絡線の一つとして栄えている。
#中間地点の美東は秋吉台・秋芳洞へのバスの乗り換えで賑わう。
#*美祢あるいは於福への支線が計画される。
#*また、宇部~吉部より更に延伸された船木鉄道の終点となり、大田駅はターミナル駅となっていた。
#確実に国鉄に買収される。
#*路線名は国鉄バスにならい防長線か。
#**史実では美祢線や山口線を走った優等列車や貨物列車のいくつかがこの路線を経由している。
 
===松江電気鉄道===
*出雲大社-美保関を結ぶ予定だったらしい。
#松江側では島根大学の近くを通るため通学に役立っていた。
#ルートのほとんどが重複してしまう為、こちらが開業していた場合は一畑電鉄は存在しなかった可能性が高い。
 
;境港まで延びていたら
#美保関-境港間の開業は戦後にずれ込んでいた。
#*境港へ入る大型船の妨げにならないようにするため境水道を越える橋は国鉄境港駅より西側に建設。
#JR境線との直通が何回か検討される。
#電鉄境港(仮)-電鉄出雲市or出雲大社前の特急が運転されていた。
#境港市が「島根県境港市」と揶揄されることもあった。
#「ゲゲゲの鬼太郎」のラッピング車両が運行されてたとか?
 
===錦川鉄道(錦町~六日町)===
錦町駅から先六日町(島根県吉賀町)まで大半の路盤が完成していて開業が可能だったが、島根県側と折り合いがつかず断念した
#とことこトレインは無かった。
#それでも路線名は全区間錦川清流線のまま。
#錦町駅は交換可能な駅になっていた。
 
===大社宮島鉄道===
三次~出雲市間。史実では、出雲市~出雲須佐間が開業したのみ。もし全通していれば…
#のちに、国有化されて、「雲芸線」になっていた。
#*広島~米子間を結ぶ急行「ちどり」がこの路線を経由していた。
#*のちに、特急に格上げされていた。
#*うんげー。
#木次線は開業していなかったかもしれない。
#沿線にある立久恵峡に訪れる観光客が史実よりも多くなっていた。
 
==四国==
===愛媛電気鉄道===
阿波池田駅と川之江駅を結ぶ計画だった。
#確実に国鉄に買収されている。
#*そうなれば徳島と松山を結ぶ列車が運行されていた。
#史実では同区間を結ぶバスが廃止になっているから、おそらく現代では電化廃止の上3セク化されている。
#電化されていたら徳島県にも電車が走っていた。
#国有化後に伊予三島駅方面に付け替えられる。
 
===四国中央鉄道===
第一期線として立江駅と勝浦町を建設する予定だった。そして最終目標は長安口・木頭をへて土佐山田駅に至る計画だった。
#石原産業がマンガンや銅や石炭をこの鉄道を使って運んでいた。
#那賀川のダム建設で活躍していた。
#森林鉄道が沿線から分岐していた。
#全通していた場合は国鉄に編入される。
#*全通していなかった場合は南海電鉄(史実で一期線に沿って走るバスは南海系列の徳島バスだから)に編入される。
#**南海電鉄になっていた場合1990年代に廃止か3セク化されていた。
#**あるいは、単独で南海系の零細鉄道会社になっていた。現在は車両のほぼ100%が南海のお古。
#***↑の通りになった、実在の南海貴志川線みたいになったかも。(南海貴志川線は、NHKの番組で紹介後、和歌山電鐵に移管した。)
#*国鉄になっていた場合並行道路未整備を理由に特定地方交通線指定をまぬがれていた。
#*全通していた場合はゲーム「ものべの」にこの路線が登場していた。
 
===上徳電気軽便鉄道===
佐古駅と神山町を結ぶ計画だった。
#一時期は周辺の鉱山からの貨物輸送で賑わう。
#*その結果改軌が行われていた。
#戦後南海電鉄(史実で予定線に沿って走るバスは南海系列の徳島バスだから)に編入される。
#1980年代に廃止もしくは1990年代に3セク化されている。
 
===徳島市営電車===
徳島駅から蔵本や二軒屋への路面電車の計画があったらしい。詳しくは[http://web.archive.org/web/20131203020802/http://www.jrt.co.jp/tv/ohayo/20c/42dreamlike/ こちら]を参照。
#もし現在まで存続していたら徳島が電車のない唯一の県と言われることはなかった。
#徳島市交通局は史実の1929年より早い段階で設立されていた。
#もちろん史実通りユーフォーテーブルとタイアップしアニメキャラのラッピング電車が走っていた。
#*徳島バスに対抗して独自の萌えキャラが登場していたかも知れない。
#みのりスクランブル!やハロー・レディ!の作中でも登場。こちらのラッピングも計画されていた。
#実在の伊予鉄松山市駅みたいに、市内中心部に市電と路線バスとの乗換ができるターミナルができた可能性も…。
 
===高松琴平電気鉄道延長計画===
長尾線(長尾~白鳥本町間)、志度線(志度~津田~松尾間)
#開業した区間では、史実より繁栄していた。
#京急1000形電車や700形電車が史実より多く譲渡されていた。
 
==九州==
===筑豊電気鉄道(未成区間)===
筑豊電鉄はかつては筑豊直方から先、飯塚を経由して八木山を越え[[福岡市]]まで延伸する計画があった。
もしこの計画が実現していたらどうなっていただろうか。
 
#西鉄天神大牟田線のように福岡~黒崎間の特急や急行が多く運行され、西鉄グループの基幹路線となっている。
#*特急停車駅は当初は飯塚と直方のみ。後に筑豊粕屋(JR長者原駅に併設)や通谷にも停車するようになる。
#*JR九州も対抗して門司港-南福岡に「特別快速」を運転。当初は折尾-博多はノンストップで、後に赤間・香椎にも停車。
#幻となった西鉄博多線の計画が実現していた。
#*天神大牟田線の雑餉隈駅から分岐して諸岡あたりを経由、筑鉄の終点である新堀町付近に西鉄博多駅を建設。
#**筑鉄の一部の電車も春日原や二日市まで乗り入れる。
#*雑餉隈は急行停車駅になっている。
#現実のJR福北ゆたか線よりも運賃が安く、さらには所要時間が短くなっている。
#*西鉄博多から飯塚までは特急で30分弱、直方までは約40分で結ばれ、特急かいおうよりも速い。
#*運賃は飯塚まで650円、直方までは820円ぐらいでJRよりも1割程度安い。
#JR篠栗線は未だに非電化で盲腸線のまま。
#*「福北ゆたか線」などという愛称は誕生していない。
#*筑豊本線の桂川~原田間は今でもそれなりの本数を確保。原田経由博多行きの快速にはキハ200系が投入されるが、筑鉄と比べて本数や所要時間は雲泥の差。
#**JRの利用客はほとんどが桂川町民と旧筑穂町民
#*少数だが未だに黒崎経由[[博多駅|博多]]行きの列車も存在。
#*福岡市営地下鉄は福岡空港からさらに篠栗まで延長され、それと引き換えに非電化盲腸線の篠栗線は廃止されている可能性も。
#桂川町がベッドタウン化して人口増になる事は無かった。
#*そのため平成の大合併で飯塚市か嘉麻市に吸収される。
#JR直方駅に併設される形で筑鉄の駅も造られ乗換の利便性が図られる。
#*駅名は「筑豊直方」になりもとの筑豊直方駅は「須崎町」に改称される
#*特急電車はこちらの駅に停車。
#[[西鉄バスグループ|西鉄バス]]の筑豊特急は大幅減便。
#*空港経由博多駅行きの急行や中間高速は廃止される
#さらに筑豊飯塚から分岐して後藤寺・伊田へ至る路線を新設。「筑鉄田川線」と命名される
#*西鉄博多から筑豊後藤寺までは特急で約45分で結ばれ、JRで[[北九州市の駅#小倉駅の噂|小倉]]に出るよりも早くなる。
#*こうなると田川市も福岡市の通勤圏となり現実よりも発展していたはず。
#**一方でJR後藤寺線は利用客が激減し廃止対象路線に・・
#*その後行橋を経由して[[中津市|中津]]まで延伸。「筑鉄中津線」に改名され、西鉄博多~中津を結ぶ特急が運行されるようになる。
#**平成筑豊鉄道田川線は廃止。
#**速達ソニックと比べると行橋・中津までの所要時間ではやや劣るものの、運賃面では筑鉄の方が圧倒的に有利。
#元西鉄北九州軌道線の地下に路線建設。門司まで結ばれる。
#*小倉・砂津ないし門司まで開業していたら、西鉄バスの「なかたに」「ひきの」「いとうづ」号は存在しなかった可能性も大。
#**現実として天神大牟田線に完全並行する高速バスはないから。空港連絡を除くと。
#後に下関方面に延伸する構想を立てていた。
#いずれにしても、空前絶後の'''長距離チンチン電車'''となったかも知れない。
#*日本式のインターアーバンは平面軌道解消後、車両置き換えで大型車両を導入して今の大手私鉄(阪神、京急その他)になってる。筑豊電鉄もそうなったに違いない。
 
===宮崎電気鉄道===
宮崎駅から国富町を経て綾町へ至る計画だった。
#九州中央山地国定公園や綾の照葉大吊橋への観光で賑わっていた。
#国鉄に買収されたうえで森林鉄道の路盤を活用して小林まで延伸される。
#戦時中に国に買収された国電の一つで、今は筑肥線の103系のお下がりが2両で走っている。
 
===日向軌道延長線===
二軒橋から先、村所までの延伸計画が存在した。
#史実と異なり国鉄妻線に編入される。
#*どこかの時点で改軌、改良が行われている。
#村所から先、湯前までの延伸工事が行われていた。
#*全通した場合、湯前線ともども日肥線と改称される。
#史実では実用化されなかった気動貨車キワ90形が実現している。
#銀鏡軌道が日肥線の支線になったかどうかは微妙。
#おそらく分割民営化で国鉄から分離されている。
 
===鹿児島南海鉄道===
指宿枕崎線の延伸前、指宿~枕崎間を私鉄として開通させる計画が存在した。
#開通後程なくして鹿児島交通に買収される。
#*もし鹿児島交通が買収しなければ国鉄に買収されている。
#**下手すれば鹿児島交通南薩線も巻き込んで国鉄に(ry
#鹿児島交通の路線になっていれば知覧線の頴娃延伸計画はより具体性を帯びていた。
#国鉄に買収されなければおそらく南薩線と運命をともにしている。
#*日本最南端の普通鉄道駅<!--モノレールは含まれない-->は山川駅になっていた。
#おそらく起点は山川駅になっているが、指宿駅か西鹿児島駅<!--現・鹿児島中央駅-->まで国鉄線に乗り入れていた。
#社名から「南海グループ」と勘違いする人がいる。
 
===高鍋鉄道===
高鍋~木城町を結ぶ計画だった。
#木材輸送で賑わっていた。
#*開業時は非電化だが後に電化され日向電気鉄道に名称を戻す。
#**電化後は木城から先、妻への延長をもくろむ。
#田口線や北恵那鉄道と同じく1076mmの森林鉄道と言われていた。
#*森林鉄道の路盤を活用し石河内への延伸をもくろむ。
 
===臼杵鉄道===
臼杵駅~三重町駅を結ぶ軽便鉄道の計画で史実では用地買収の途中で道路への転換と国鉄バス路線の開設に方針転換し、国道502号となった。
#最近まで史実の国道502号にあたる道路は開設されず、やたら貧弱な道路しか存在しなかった。
#*最近になってようやく並行道路が開設される。
#国鉄に買収され、臼三線と名乗る。
#*買収時点で当然ながら改軌が行われている。
#*豊肥本線のバイパス線として賑わっていた。
#**豊肥本線を通る貨物列車のほとんどや優等列車の半分がこの路線を通過していた。
#まともな並行道路が存在しなかったため、独占状態となっていた。
#*貨物営業もごく最近まで行われていた。
 
===那珂川軽便鉄道===
博多駅から博多南駅の周辺地域までを鉄道で結ぶ計画だった。
#戦時統合で西日本鉄道に吸収され、同社の那珂川線となる。
#福岡市内線の車両が乗り入れ、史実の揖斐線みたいな扱いとなっている。
#市内線廃止後は筑豊電鉄みたいな路面電車みたいな鉄道線か宮地岳線のような扱いとなっている。
#鉄道線として孤立しているため雑餉隈線計画はより重要視されていた。
#当然ながら博多南線は存在しなかった。
 
===鹿児島交通(未成区間)===
南薩鉄道時代に、枕崎線の日置または永吉から西鹿児島(現・鹿児島中央)をほぼ直線ルートで結ぶ新線を建設し、さらに枕崎線の高速化を行うことで西鹿児島と枕崎を最速で50分前後で結ぶ計画が存在したが、融資面での条件が折り合わず実現しなかった。
#経営難を理由に三州自動車と合併する必要がなくなるため、現在も南薩鉄道を名乗っている。
#指宿枕崎線の快速「なのはな」は枕崎まで運転されていた。
#知覧線と万世線も現在まで存続していた。
#*あるいは廃止時期が遅れていた。
 
===西鉄雑餉隈線(博多~雑餉隈間)===
#JR及び新幹線と西鉄の乗り換えがスムーズになっていた。
#西鉄天神大牟田線雑餉隈~西鉄小郡間において、複々線化していたかもしれない。
#西鉄博多はヨドバシ博多と直結していた。
 
===長崎電気軌道諫早線(長崎~諫早間)===
#広島電鉄宮島線と同じようなものになっていた。
 
===熊本電気鉄道山鹿線===
*菊池~山鹿間
#「山鹿温泉」駅になっていた。
#多くの温泉客で賑わっていた。
#水道町までの延伸が計画されていた。
#*場合によって、1986年2月に山鹿温泉~菊池間が廃止されて、御代志~菊池間は存続していた。
 
 
[[カテゴリ:もしあの鉄道路線が開業していたら|*]]

2021年8月7日 (土) 11:51時点における版

  秋田
遊佐  
酒  田
  三川

 
  新潟

鶴岡市の噂

関連項目
  1. 庄内の中高生が内陸のチームと試合をすると、審判の誤審(意図的)で必ず数点とられる。数点前のプレーを問題として減点されることすらある。
  2. 酒田とほぼ同時に人口10万を割り込んだが合併で復帰。
    • この合併で鶴岡市はめでたく東北一広い市となったが、市としての人口密度は低くなった。
    • 人口は現在も毎年微(?)減。
  3. 藤沢周平の一連の時代小説に登場する、「海坂藩」なる架空の藩のモデル。
    • 藤沢周平の記念館もあるし、あちこちに小説の舞台となった場所の案内板がある。
  4. 人面魚
  5. 日本で最高気温を記録しているのは山形の40.8℃だが、非公認では昭和52年頃山大農学部(鶴岡)で42.1℃の記録があったはず。
    • 1978年8月1日観測の40.9℃が正解。同日酒田市で40.1℃を観測(こちらは公式記録)
  6. 真冬に海岸沿いの道を走っていると一回は波をかぶる。
    • 同じく海岸沿いでは波の花もよく飛んでくる。
  7. 日本の学校給食発祥の地
    • 旧市内小中学校の給食では、毎年記念日に、当時の給食を再現した特別献立が組まれ・る(ていた?)。
  8. サーフィン発祥の地でもある。
  9. バンジージャンプの発祥の地でもある
  10. 羽越本線の鼠ヶ関駅~小波渡駅付近にかけては、昭和40年代から昭和50年代にかけて新線に切り替えられた際に放棄された旧線の廃線跡が点在する。中には、1972年の電化完成後の昭和50年代初め頃に新線に切り替えられた際に放棄された旧線の廃線跡もあり、そちらには、コンクリート製の架線ポールなども残されている。
    • 小岩川駅-あつみ温泉駅間には、現在の線路(単線)から少し離れた場所に、複線断面の2つの長いトンネルがあるが、トンネル本体の工事は完成しているものの、旧国鉄の財政難と赤字のため、建設が中断され、現在に至るまでも線路は敷設されていない。
  11. 明治の頃「鶴岡県」が存在した。
    • そのことをライバルだと思っている酒田市民に自慢すると、「鶴岡県になる前は酒田県だったんだゼ」と斬り返され、撃沈する。
  12. 平成の大合併により、温海温泉も鶴岡市の一部となったが、旧・鶴岡市地域にも、湯野浜温泉や湯田川温泉、由良温泉などといった温泉地がある。
  13. Mr.Childrenの桜井和寿のスタジオがあるらしい。何でも、母方の実家がご当地にあるのが理由とか。
  14. 「加藤の乱」で有名な加藤紘一の出身地。ただ乱の後は失脚。
  15. 遠方からはるばるやってきて、鶴岡八幡宮がないことを知って愕然とする観光客が多い。でも、あらためて鎌倉へ向かう気力はもうない。
    • 鶴岡八幡宮の鶴岡は、つるがおか。
    • 鶴岡市に観光に来てついでに八幡宮あるかも?

鶴岡

  1. 「日本国」という地名が存在する。
    • しかも「ここは日本国です」とでかでかと書いてある工場がある。
  2. 城下町なので道が複雑。
  3. 一方通行が多い。
    • 特に川端通り・銀座通り近辺の一方通行に戸惑う転入者が後を絶たない。
  4. 合併して人口14万人もいるのに駅前ジャスコが閉店して以来大型店が1店も無い。
  5. 鶴岡の城跡には堀があるのとちょっと土塀があるくらいで城っぽいものはない。神社、藤沢周平記念館、大寶館(鶴岡にゆかりのある文学者等の展示がある大正くらいの建物)、あとは公園。
  6. 藩校だった致道館が城跡の公園のはす向かい(南東)、市役所の前に残され、復元されている。
    • 城跡よりも藩があった証っぽい。
  7. 鶴岡城跡の西側には致道博物館。江戸時代の門や明治時代の建物や古い農家の家など、建物が複数あり展示も様々。
    • 鶴岡地方の歴史から昔の漁具、農具など。展示品はバラエティに富む。特に漁具が多いかも。
    • 他にも伝統ありそうな建物では城から少し東の鶴岡カトリック教会天主堂は入れてもらえる。無料。
      • ここには日本で唯一、黒い聖母マリア像が存在する
  8. 山形なのに日本一のアマゾン資料館がある。
    • それから武家屋敷も1つあった気がする。
  9. 駅前の銅像、親子が収穫した稲を背負っているんだと思うが、なんかつらそう。子供は楽しそうだが父母が苦役を強いられているような風に見えてしまうもんで。
  10. 駅近くにJAの大きな倉庫群がある。倉っぽい感じの外観で良い感じ。おそらく米をはじめとする農産物を鉄道貨物輸送していた時代からのもの。
    • 有名さや歴史の重みって点ではライバル酒田市の山居倉庫にはかなうべくもないが。
  11. 観光客向けにレンタサイクル有り。駅の観光協会や城跡の神社等がステーションになっている。確か無料。ただし、ライバル酒田市と違って借りた場所で返さなきゃいけない。
  12. 「大淀川」という地名が存在する。
    • しかも鶴岡インター周辺のR7沿い。宮崎県にゆかりのある方々を戸惑わせている。

藤島

  1. ‘キャイ~ン’ウドちゃん!
    • ウド鈴木がTVに出ると、お茶の間が異常に盛り上がる。
        • 20年ぐらい前はよく、藤島の国道345号線沿いのファミマによくウド鈴木が出没していた。
  2. 「幕の内」バス停がある。
    • 因みに、地名は「幕野内」で、近くにある羽越本線の信号場は「幕ノ内」である。
  3. 長沼にある温泉施設「ぽっぽの湯」は、名前とは裏腹に鉄道観光客が利用するにはきつい。
    • 駅から離れているうえ、旧町時代にコミュニティバスがあったが廃止されてしまい、以来足無しに。

温海

山形-新潟県境標
  1. 温海温泉は、江戸時代から続く朝市でも有名。
    • 温泉街の外れには、バラ園もある。
  2. 奥州三大関所の一つ、鼠ヶ関(念珠関)。
  3. 新潟(村上市(旧山北町))との県境には、一部が新潟側にはみ出した集落がある。県境は細い路地。NTTでは新潟側も山形の鶴岡MA(0235)が管轄している。なお、新潟側は行政上はその南にある離れた集落の大字に所属している(大字中浜)。
    • 上記「鼠ヶ関」そのものでしたね(苦笑)。
      • その新潟県境と目と鼻の先にイオンタウンを建設中。
    • なんか地名が大字中浜から大字伊呉野(いぐれの)に戻っているみたいなんだけど。
  4. 熱海(あたみ)と温海(あつみ)、音が似てるし字義も同じ。海のそばに温泉が湧いてて海が温かったから同じような地名になるのも必然ですね。
  5. ガタガタ県境。

羽黒

  1. 北東部は観光地や文化財が豊富だ。
  2. 町域が鶴岡駅の東1km程のとこまで迫っていた。
    • そのためか、旧町の町営バスが鶴岡駅まで乗り入れていた。
  3. 甲子園で活躍した羽黒高校は、本当にここ(旧羽黒町内)にある。
  4. 羽黒山の神社がある。五重塔も有名。
    • 出羽三山神社は羽黒山・月山・湯殿山の3つをお祭りしている。羽黒山には羽黒山単体の神社はないっぽい。
  5. 羽黒高校には日本で唯一、自動車科が存在し、高校で自動車免許を取得できる日本で唯一の高校である。
    • 出羽三山神社と五重塔は結構離れていて急な石段が長く続く。足腰や体力に自信のない方はバスで別々に行くのも手かも。杉林の中で味があって良いので元気な人は歩いた方が良いと思いますが。
    • 神社の入口から北に行くと宿坊街がある。宿坊の数の多さ(それだけニーズがある)に驚かされるが、建物の様式もある程度統一されており、見て回るだけでも下手な小京都の街並みなんかより楽しめそう。
    • 更に西に2km程の所に大鳥居があり、その大きさにびっくりするが、それとは別にここからの酒田の辺りまで見通せそうな庄内平野の眺望が素晴らしい。
  6. 2016年4月に「紅花慕情」で歌手デビューした、演歌歌手の羽山みずきさんは、高校卒業後から歌手デビュー直前の2015年12月までの約6年間、出羽三山神社で巫女さんとして勤務していた。
    • キャッチコピーは、「開運演歌女子」。デビュー曲の衣装は、巫女さんの衣装(袴の色は、本物の巫女さんの衣装のものとは違い、上の方が緋色で、下の方は黒色であるが)。
    • ちなみに、出身地は鶴岡市大山地区。

櫛引

  1. 元・櫛引町(の黒川地区)では、昔から「黒川能」なる芸術が受け継がれているが、その年の「当番」になった家は、「芸能舞台」や(その際の)「ご馳走」の資金調達のために奔走するとのこと。
  2. 山形自動車道がちょっとだけ通る。
    • そのちょっとだけの町内区間に櫛引PAがあり、ハイウェイオアシスまである。
  3. この町にある温泉施設の正式名称は、「くしびきおんせん ゆ~Town」。
    • 何故ひらがな…?

朝日

  1. 湯殿山神社がある。
  2. 田麦俣の多層民家で有名。
  3. 巨大魚・タキタロウが生息しているといわれる大鳥池も有名。
    • その正体は、巨大イワナではないかとか、イトウではないかなどといった説がある。

鶴岡市民

  1. 鶴岡の人たちは、よそ者が来ると離れたところからツンツンつついて正体を確かめ、いいやつだとわかるまで、つき合おうとしない
    • それはいやだ。間違っても新庄市の二の舞だけは絶対に演じないで欲しいな。
    • この手の話は田舎者の常套句で、田舎者はすべて(最低限自分は)良い人でよそ者は悪い人が多いことを大前提にしているが、こんなヤツよりよそ者の方が良い人に決まっている。
    • 同じ日本人でありながら、よそ者と挨拶代わりの雑談もできない欠陥人間が多い。
    • 初対面のよそ者を平気で悪い人と決めつける人が多いが、性格が悪くないとそんなことはできない。(初対面の人と仲良くできないなんて、なんと不憫な)
    • 同じ人間でありながら、人を疑いの目で見ることに全く罪悪感のない特異な人種。(何でも疑ってばかりだから、嘘と冗談の区別がつかない)
    • 目を覚ませ、鶴岡人よ。君たちは決して性格は良くないのだから。(ただ世間体を気にして善人を装っているだけ)
    • 「正体を確かめ」と書いているが、(詐欺師など)悪人ほど目的を果たすまで正体を表さない。だからすぐに騙されるのだよ。
    • 特に「正体を確かめ」るといった意識もなく、ただ外交的でない行動パターンが身についてしまっているだけの人もいる。
  2. 「かきく」「け」「こ」で会話が成り立つ。「柿食べる?」「食べなよ」「食べようよ」。
  3. 酒田市民をライバル視する。
  4. 電撃ネットワークのリーダー・南部虎弾が鶴岡市出身なのはあまり知られていない。
    • 元ダチョウ倶楽部だって
      • 元記事もコメントも間違ってない。ダチョウ→電撃です。
  5. 車の運転が変。
    • 路肩の白線を越してまで左寄りで走る車が多数いる。(原因不明)
    • スピード感がないため、時速40kmでも平気で50~60m以上の車間で走る。
    • 同じくスピード感がないため、交差点で直進車は時速60km以下まで減速しないと、対向の右折車が捨て身で突っ込んでくる。
    • 交差点での「3秒ルール」が存在し、直進車が前の車から3秒以上経っても来なければ、対向の右折車は前を見ず無条件に突っ込んでくる。
    • ノロノロ走るペースメーカー車が実在し、私たちを先導してくれる(交通事故は激増するが、それは私達の忍耐力がないから)
    • 車に乗ると人が変わるのか、意外に譲り合いの精神が見られないことが多い。
  6. 「無償の親切」とかいう、東京人の偽善を絶対に許さない。
    • 親切なんて、恩を売ってなんぼのもんやからな(なんで関西弁?)
    • いちいち恩を着せないと何もできない。