知らなかったギネス
2006年1月19日 (木) 02:03時点における220.209.110.191 (トーク)による版
月極駐車場を34歳まで「ゲッキョク」と呼んでいた、
などの、「私何歳まで○○を知りませんでした」を競う。
- 吉川英治(三国志)をずっとキッカワエイジだと思っていた
- もんじゃ焼きを20歳の春まで知らなかった。
- 高1まで角川文庫を「つのかわ文庫」だと思っていた。
- 青森県弘前市を「ひろまえ」と読んでいた。
- 23歳の夏までリリー・フランキーを外国人の女性作家と思っていた。
- 半年前まで。
- 今まで。
- 38歳です。真実の愛を知りません。
- 18歳までアヲハタをアヨハタだと思っていた。
- 21歳まで「サグラダ・ファミリア」は日本人の桜田さんが作ったと思っていた。
- 15の年まで「ブルース・リー」を「ブルー・スリー」と思っていた.
- 中学生まで賄賂とは「お食事券」で取引されるものだと思っていた。
- よくある事かもしれませんが「汚職事件」を「お食事券」と勘違いしていて、お食事券を配ると捕まるのかと社会人になるまで思っていた。
- 「詳細」を10歳まで「くわこま」だと思っていた。
- 12歳の時までロリコンを「ロリータコンピューター」、マザコンを「マザーコンピューター」と思っていた。
- 小6の時に「マザコンホモ」と言うあだ名のクラスメイトがいてそれではじめてマザコンの意味を知った。
- 幼稚園の時、「デート」を異性のみならず、お母さんや友達とのお出かけを含めたものと捉えていた。
- 10歳のときまで非行少年を飛行少年と思い「空を飛べる少年」だと思っていた。
- 小学校4年生に「ひこう少年になりたい」といって親をあわてさせた。
- 17歳まで初七日を初夜から七日目だと思っていた。
- 親戚の葬儀で「大人って汚い!」と一人悩んでいた。
- 33歳まで「索引」を「けんいん」と読んでいた。
- 小4まで車のプレート「品川」をひんかわって読んでた。イントネーションが難しいと思った。
- 小6まで、自分の県の天気予報が全国でも中心的に扱われていると思っていた。
- 14歳まで、ど忘れの「ど」を大阪弁の強調の「ど」だと思っていた。
- 小学校の卒業文集に「将来なりたいもの:テクノポリス」と書いた兄は現在34歳。
- 「フォーリーブス」は「四つ葉」の意味であり、決して「フォーリー・ブス」ではないと気付いたのは高校の時。
- 野球選手の契約更改のことを・・・契約公開だと思っていたワタシ。だって公開してるじゃない?
- 金額まで公開していないはずなのに、どうやって推定年俸を割り出しているのだろう。
- 本当は1000万円もないのに「推定年俸1億円!」と書かれた選手のやるせなさはどこにぶつければよいのだろう。
- 中学まで「任期満了に伴う○○市の選挙…」を「人気満良」だと思っていた。
- 未だに、「液晶テレビ」と「プラズマテレビ」の違いがわかりません。(24歳 理系院生)
- TMNのメンバーは2年前に全員わかりましたが、未だにBOOWYのメンバーは全員わかりません。
- 三菱東京UFJ銀行の略称MUFGのGは、三菱UFJ銀行(GINKO)の“G”だと思ってた。Financial Groupの“G”だそうだ(33歳 海外在住経験あり)
- むしろ、略称は“MUFJ”だと思っていた。
- 中学に入るまで、「勧善懲悪」を「完全超悪」だと思っていた。