「もしあの鉄道が国有化されなかったら/東日本」の版間の差分
ナビゲーションに移動
検索に移動
編集の要約なし タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集 改変 |
編集の要約なし |
||
160行目: | 160行目: | ||
#≒[[もしあの鉄道路線が開業していなかったら#信濃大町-中土|もし大糸北線が開業しなかったら]]かもしれない。 | #≒[[もしあの鉄道路線が開業していなかったら#信濃大町-中土|もし大糸北線が開業しなかったら]]かもしれない。 | ||
#松本電鉄と戦時合併していたかもしれない。現在はアルピコ交通大町線になっているかも。 | #松本電鉄と戦時合併していたかもしれない。現在はアルピコ交通大町線になっているかも。 | ||
===佐久鉄道=== | |||
*現在の小海線の一部区間(小諸~小海間) | |||
#少なくとも小海駅~佐久海ノ口間は開業していない。 | |||
#小海南線は清里線になっていた。 | |||
#*国鉄末期に廃止されている可能性が高い。 | |||
#それでも電化されない。 | |||
#現在の車両は津軽鉄道の21形に似たような車両が導入されている。 | |||
#佐久平駅は新幹線が高架化されている。 | |||
{{DEFAULTSORT:こくゆうかされなかつたらひかしにほん}} | {{DEFAULTSORT:こくゆうかされなかつたらひかしにほん}} | ||
[[カテゴリ:歴史のif検討委員会 鉄道路線史]] | [[カテゴリ:歴史のif検討委員会 鉄道路線史]] | ||
[[カテゴリ:歴史のif検討委員会 国鉄・JR史]] | [[カテゴリ:歴史のif検討委員会 国鉄・JR史]] |
2022年1月10日 (月) 21:48時点における版
東北
関東
青梅電気鉄道・五日市鉄道・南武鉄道
総武鉄道(初代)
- 現在の総武本線
- 東武亀戸線は現在でも総武線に直通していて曳舟~浅草は開業しなかった。
- 陸上交通事業統制法で京成と合併する。
- 亀戸線の直通運転の経緯を考えると東武かもしれない。この場合は船橋で野田線と線路が繋がっていただろう。
- 寧ろこちらが陸上交通事業統制法の併合会社となり、野田線(場合によっては京成)を併合し、一大私鉄になっていた。
- しばらくは両国をターミナルとしていたが戦後史実の総武快速線とほぼ同じルートで大手町まで延伸し、半蔵門線に乗り入れる。
- 西武や地下鉄の計画と若干被るが、秋葉原か万世橋を経由して巣鴨・大塚方面に向かっていた可能性もある。
- 千葉駅は移転しなかったかもしれない。
- 千葉県は奈良県と並んで国鉄→JRの弱い県となっていた。
- そもそも京葉線がくるまで県庁所在地にJRが来てないと言う。
- 鉄道国有の原則から見るとあまりにも問題がありすぎるため国が自前で別路線を建設していた。
- 房総鉄道(外房線)なども国有化されてなかったかも。
- 代わりに京葉線が国鉄時代に全線開業していた可能性がある。
- 東京駅のホームはあんな場所にはない。
- 駅名が南市川、南幕張、南検見川、南稲毛…と「東」のつく駅名が多いこの路線のような雰囲気になっていた。
- 現実の京葉電車区→京葉車両センターが「習志野電車区」を称する。
- そこから上総国、安房国方面に南下。
- 逆に京成が国有化されていた。
- 中央線緩行も東京発着。
- 御茶ノ水-東京間も複々線化されていた。
鶴見臨港鉄道
- 現在の鶴見線
- 昼間の運転本数は現実よりも多くなっている。
- 鶴見駅の周辺では15分に1本程度運転され、末端部でも30分に1本の運転本数が確保されている。
- 海芝浦駅は現在でも東芝社員専用で、一般客は利用できない路線となっている。
- 陸上交通事業統制法で大東急の一員に組み込まれていた。
- 戦後は京浜急行電鉄の1路線となっていた。
- その場合鶴見線(?)のホームは京急の方の鶴見駅へ移動し、改軌した上で直行列車を運行する。
- 京急鶴見は少なくても特急停車駅の格になった。
- ただし、貨物列車の運行も維持しなければならないので三線軌条になっていた。
- 大川支線は武蔵白石分岐のまま。
- 史実の東海道貨物線のルートで大師線と直結させる構想が浮上していた。
- 必然的に京急と東芝の関係が深まり、VVVFなどの制御機器は東芝製の物を優先的に採用するようになる。
- 川崎鶴見臨港バスも京急バス本体に吸収されていた。
- その場合鶴見線(?)のホームは京急の方の鶴見駅へ移動し、改軌した上で直行列車を運行する。
- 戦後は京浜急行電鉄の1路線となっていた。
甲武鉄道
- 現在の中央線の一部
- 陸上交通事業統制法で川越鉄道・青梅鉄道と合併する。
- 京王も東急ではなく甲武鉄道と合併していた。
- しばらくは御茶ノ水をターミナルとしていたが戦後大手町まで延長される。
- 京王にとって最大のライバルとなっていた。
- 少なくとも準特急の新宿線直通ぐらいはやっていた。
- 多摩ニュータウンへ支線が延びていた。
- 史実で国有化された頃にはすでに八王子~篠ノ井間の官営鉄道があったことを考慮すると「私鉄ではあるが実質官営」という状態になっていただろう。
- 筆頭株主は政府。
- トップは元官僚による天下り。
- そうでもしなければ「東京~中央高地~北陸・名古屋」のルートに穴が開いてしまう。
- それこそ京王や甲武とは異なるルートで東京に達していたのでは。
- 横浜線が中央本線になっていた。
- かいじは全部はまかいじ。
- 現実の西武鉄道になっているような気がする。
- 東京モノレールのようにJR東日本の子会社になっていた。
- 青梅線・五日市線は立川から南武線に直通していた。
日本鉄道
- 現在の東北本線・赤羽線・山手線の一部・常磐線・高崎線・両毛線・水戸線・日光線・塩釜線・八戸線・隅田川貨物線。
- 全線電化されている。
- 最高速度210km/h対応できるように線形が改良されている。
- 史実の信越本線・北陸本線・上越線・羽越本線・奥羽本線を開通させたかもしれない。
- 中仙道沿いに鉄道が通っていた。
- 東武にとって最大のライバルとなっていた。
- 北総鉄道や東上鉄道などは日本鉄道の路線になっているかもしれない。
- 東武自体が日本鉄道に吸収された可能性も否定できない。
- 「=鉄道民営論が通っていた場合」である。
- 日本の鉄道史は根底から覆っていた。
- 実質的に半官半民で国策に強く影響されていたこの鉄道が国有化できなければ、他の私鉄の国有化など到底不可能だっただろう。
- ただし、軍事や国家経済への影響を考え外国人や外国資本が鉄道会社の株を持つことは法律で禁止されていた。
- 第2次大戦時には全国の鉄道会社が国策会社に統合されていた。
- 戦後の鉄道は史実の電力会社みたいに全国9ブロックの国策会社に再編されていた。
- 近畿日本鉄道は別の社名となっていた。
- 「関西急行電鉄」のままだったかもしれない。
- ↑の鉄道会社は、実在する東京の大手私鉄に倣い「関急」と呼ばれる。
- 「関西急行電鉄」のままだったかもしれない。
- 事実上「=現実のJR東日本」である。規模も体質も現実のJR東日本そっくりの会社になっていた。
横浜鉄道
- 現在の横浜線
- 陸上交通事業統制法で東京急行電鉄に統合され、小田急または相鉄の一路線となっていた。
- 統合時に町田駅が一体化。
- おそらく相鉄の一路線(町田線?)となっており、東神奈川-横浜間を自力で開業させていた。
- みなとみらい線と横浜線の相互直通が実現していたら、本線共々横浜駅を地下化して乗り入れていた。
- ついでに相鉄が保有していた場合は、おそらく相模線も相鉄のままになっていたと思われる。
- 再度標準軌に改軌される。
- 東神奈川駅は仲木戸駅に統合され、京急と直通していた。
- 相鉄と同じく、都心直通を画策し始める。
- 狭軌の場合東神奈川から京浜東北線・原町田から小田急、標準軌の場合仲木戸から京急。
- 長津田から田園都市線直通だったかも。
相模鉄道相模線
- 現在の相模線
- 陸上交通事業統制法で東京急行電鉄に統合され、戦後相鉄の一路線となっていた。
- 戦後すぐ、または戦時中に早々に電化され、本数も史実より多くなっていた。
- 相鉄本線の海老名駅は、小田急ではなく相模線に隣接していた。
- すぐに複線化されており、本線は厚木方面に延伸していた。相鉄海老名駅は、現在の大岡山駅のような構造になっていた。
- 小田急との乗り換えは、厚木駅または本厚木駅ですることとなっていた。
房総鉄道
- 外房線大原以北・東金線
- 千葉-蘇我間は国鉄内房線が房総鉄道線とは別に建設される。
- 東京への直通列車は運行されない。
- 私鉄に頼りたくない国鉄は、いすみ線を久留里線とつなげ、東京から木更津-上総亀山-大原経由で外房につながる列車を運行。
- 逆に小湊鉄道が国有化されていたかも
甲信越
魚沼鉄道
- 廃止された魚沼線
- 長岡鉄道の一部になっていた。
- おそらく電化されていただろう。
- 小千谷まで延伸していた可能性がある。
- 1972年に旅客営業が廃止され、1984年の廃線は事実通りになっていたか?
越後鉄道
- 現在の越後線・弥彦線
- 柏崎~寺泊間は越後交通、寺泊~新潟間は新潟交通の路線になっていた。
- 弥彦線の部分は新潟交通の路線になっていたはず。
- いずれは寺泊~分水間は廃止されて切り離される。
- そこは越後交通になる前の話である。
- 現在の寺泊駅を名乗る大河津駅はスイッチバック化し、柏崎まで乗り入れができていた。
- そして越後長沢~只見までのこの路線の開業が実現していた。
- あそこは国有化されて下田線を名乗っていた可能性も。
- 路線名は「越後交通柏崎線」と「新潟交通吉田線」と「新潟交通弥彦線」になる。
- 史実の新潟交通電車線は「新潟交通中之口線」を名乗っていた。
- この路線が東三条駅まで乗り入れていた。
- 史実の新潟交通電車線は「新潟交通中之口線」を名乗っていた。
- 新潟電鉄や長岡鉄道や栃尾鉄道の利用者が史実以上に増えて、撤退に追い込まれることもなかった。
- 下手すりゃ廃止自体なかったかもしれない。
- それでも寺泊新道~寺泊間の廃止は史実通りになっていた。
- 下手すりゃ廃止自体なかったかもしれない。
- 寺泊へのアクセスがかなり強まっていて、うまくいけば寺泊は市になっていたかもしれない。
- 長岡市への編入合併もなかったかも。
北越鉄道
- 現在の信越本線(直江津~新潟間)
- 新潟~三条間は新潟交通、三条~柿崎間は越後交通、柿崎~直江津間は頸城鉄道(頸城自動車)の路線になっていた。
- 全線通しの優等列車が一本は運転されていた。
- むしろそれら一つまとめて「北越交通」になっていた。
- 路線名は「新潟交通三条線」と「越後交通長岡線」と「頸城鉄道柿崎線」になる。
- 現実の新潟交通電車線が国有化して長岡まで伸びるか越後鉄道は史実通り国有化しないと新潟から最悪国鉄が存在しないことに。
- 北越急行はどうなっただろうか…。
信濃鉄道
- 現在の大糸線の一部区間(松本~信濃大町間)
- 間違いなくしなの鉄道は別の社名になっている。
- 信濃大町~糸魚川間はJR西日本が運営していたが…。
- 長野オリンピックの開催を機に、信濃大町~糸魚川間は信濃鉄道に経営移管。
- JR西日本の区間はえちごトキメキ鉄道の路線だろう。
- 現在は「信濃鉄道松大線(松本~信濃大町)」と「信濃鉄道大糸線(松本~糸魚川)」になっている。
- もしかしたら南小谷~糸魚川間は廃止されているかも…。
- ≒もし大糸北線が開業しなかったらかもしれない。
- 松本電鉄と戦時合併していたかもしれない。現在はアルピコ交通大町線になっているかも。
佐久鉄道
- 現在の小海線の一部区間(小諸~小海間)
- 少なくとも小海駅~佐久海ノ口間は開業していない。
- 小海南線は清里線になっていた。
- 国鉄末期に廃止されている可能性が高い。
- それでも電化されない。
- 現在の車両は津軽鉄道の21形に似たような車両が導入されている。
- 佐久平駅は新幹線が高架化されている。