「もしあの年の夏季オリンピックが○○だったら」の版間の差分

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(シドニー(2000年))
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#ビデオ判定・ジュリー制度の導入は少し遅れていた(この判定がきっかけで導入されたので)。
 
#ビデオ判定・ジュリー制度の導入は少し遅れていた(この判定がきっかけで導入されたので)。
 
#その後の篠原信一の人生は…あんまり変わってないかも。
 
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===田村亮子が金メダルを獲得していなかったら===
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#3大会連続の銀メダルだった場合、阿武教子ではなく田村亮子が「柔道界の七不思議」と言われる。
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#*現在でも語り継がれている
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#この大会で引退していた可能性もある
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#翌日の新聞の一面は野村忠宏になっていた
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#*さすがに2大会連続金メダルをさしおいて銀メダルが一面はないと思われるため
  
 
==アテネ(2004年)==
 
==アテネ(2004年)==

2019年6月15日 (土) 00:14時点における版

もしあの年のオリンピックが○○だったら > 夏季

  • 項目の追加は開催順でお願いします。

目次

アテネ(1896年)

この時にパラリンピックが開催されていたら

パラリンピックは1960年のローマで最初に開催されましたが、もし1896年のアテネから開催されていたら…。

  • パラリンピックが元々異なる大会だったという事は気にしない方向で。
  1. ストーク・マンデビル病院は有名になる事は無かった。
  2. この場合だとオリンピックの開催期間中に障害者部門として開催されているかもしれない。
    • マラソンは車椅子マラソンと通常のマラソンが同日に行われるようになっていた。
    • どこかしらでデフリンピックを内包するかがIOCによって議論される。
  3. 障害者スポーツの発祥が19世紀にさかのぼっているのが大前提。
    • なお史実での誕生は20世紀にずれこんでいる。
    • おそらくナポレオン戦争かクリミア戦争の後に傷痍軍人が国民国家に参画できる体力を取り戻す手段として誕生していた。
    • 障害者の権利についての考えも現実よりずっと早いスピードで進歩していた。
  4. 障害者のための大会が行われたくらいなら女性向けの大会も行われているはず。
    • ただしこの時だけはオリンピック本体とは別個の「婦人オリンピック」などという名称になっていた。

パリ(1900年)

失敗していたら

  1. 失敗したのは「発祥の地でやっていないからだろ」と見なされる。
    • そんな事を言うのは多分ギリシャ国民だけだと思うが。
  2. それでも、万博は盛り上がっていた。
  3. 「万博付属だとろくなことにならない」ということがよく理解されたため次回大会は予定通りシカゴで行われていた。
  4. 下手をすると本大会は1906年のアテネ大会同様に公式記録から抹消されていた。

金メダルがなかったら

  • この大会でも前回アテネ大会同様に選手に授与されたのが「1位:銀メダル、2位:銅メダル」だったら?
  1. その後の大会でも上記のような表彰が定着していた。
    • オリンピックで「3位決定戦」などというものが行われることはなかった。
  2. 大会準備にかかる費用がほんの少しだけ安くなった。
  3. 金メダルは世界記録など特別な場合の表彰にのみ用いられるメダルとして誕生していたかもしれない。

ストックホルム(1912年)

マラソンの世界一遅い公式記録が生まれなかったら

  1. 開催55周年記念式典はもちろん無い。
    • いやそれはない。あれはあくまでも「55周年式典やろう!→マラソンで完走も棄権もしていない選手がいるらしいから呼んで完走してもらおう」という流れ。
      • だから世界一遅い公式記録が生まれないとなると「金栗四三がきちんと完走or棄権していた」という場合になる。

ベルリン(1916年)

開催されていたら

  1. この大会の例に倣い第二次大戦中の40年、44年大会も何とかして開催していた。
  2. 予定通りベルリン開催の場合は連合国は軒並みボイコット。
    • ただしアメリカは対独参戦前のため出場可能。
  3. 中立国の都市で代替開催の場合はIOC所在地のローザンヌ(スイス)あたりが使われていた。
    • それでも英仏などは戦争中のため出場できず。
      • 2016年現在の夏季オリンピック全大会出場国はギリシャ、スイスだけだったと思われる。
  4. 現在では「オリンピックは世界大戦にも屈しなかった」という美談として語られている。

ベルリン(1936年)

中止されていたら

  1. 原因はナチスドイツの政治姿勢を問題視したIOCによる開催権剥奪。
    • その後のオリンピックでは「開催地は民主主義が確立し差別が蔓延していない国」という暗黙の了解ができていた。
    • いくつかの大会では史実と開催地が変わっていた。
      • モスクワや北京もやはり開催不可だろうか。
  2. 前畑秀子や孫基禎など多くのアスリートが歴史に埋もれていた。
  3. 聖火リレーは存在しない。
  4. 東京オリンピックの招致活動にも何らかの影響があった。
  5. 中止決定の時期によっては同年のガルミッシュパルテンキルヒェン冬季五輪も行われなかった。
  6. バルセロナでの人民オリンピックが無事行われていたらそちらの方が夏季五輪にカウントされた可能性さえある。

東京・ヘルシンキ(1940年)

中止にならなかったら

曖昧さ回避 この項目では、ヘルシンキで開催された場合について記述しています。東京で開催された場合については「もし1940年の東京オリンピックが開催されていたら」をご覧ください。
  1. 1952年の開催国は別の国になっていただろう。
    • アムステルダムか?
      • あるいは史実で5都市も立候補していたアメリカのどこか。

ロンドン(1948年)

日本・ドイツの参加が認められていたら

  1. もちろん古橋は圧倒的な強さで金メダルを獲得。
  2. ドイツ選手団はまだ統一状態で出場できた。
    • どんな旗を使うかで紛糾していた。
      • 五輪旗かな…(「適切な国旗がない場合は五輪旗」と定められているため)
  3. 両国は同年のサンモリッツ冬季五輪にも参加できたかもしれない。
    • この場合ドイツは何かメダルを獲得していた。

イタリアの参加が認められなかったら

  1. 「世界大戦で負けると認めなくなる」と見なされる。

独立参加の制度が当時からあったら

IOCでは、国内オリンピック委員会が未設立だったり資格停止中などの場合に、選手の個人扱いで参加する「独立参加選手団」の結成を認めていますが、この制度が導入されたのは1992年(ユーゴスラビア解体・資格停止に伴う措置)です。ではこの頃からこの制度があったら?

  1. 日本・ドイツの選手のほとんどがこの選手団から出ていた。
    • ここに書かれていることの多くが実現していた。
  2. 当然日の丸は掲げられないが、それでも戦後の人々を勇気付けることになったに違いない。
  3. 80年モスクワ五輪でも西側諸国の選手の多くが独立参加として参加(史実でも似たような感じではあるが)。
    • さすがに全て単一の「独立参加選手団」とする訳にはいかないので事実上は国別出場になっていた。
  4. 南アフリカのIOC追放後も独立参加として出場していたかもしれない。

ローマ(1960年)

マラソンでアベベの靴が脱げなかったら

  1. 脱げなくても史実通り金メダルは獲得できていたと思われる。
  2. 世界的な知名度が後世まで持続できたかどうかはやや怪しい。
  3. もっぱら「エチオピア軍人として仇敵イタリアに逆襲」というのが大きく扱われた。
    • 愛称は「走る戦士」あたりになっていた。
    • 「人種差別との闘い」などの文脈でも注目されていた。

東京(1964年)

中止になっていたら

  1. 天皇杯・皇后杯はもちろん無かった。
  2. 高度経済成長期も終わってたりして…。
    • 終わることは無いだろうが、TV等の普及は若干遅れていた。
      • 東海道新幹線は1970年の大阪万博に合わせて開業していた。
  3. 過去に一度中止になった事があるので「2回目じゃねぇか」と叩かれる。
    • そんな事を言う人がいるとは思えない。
  4. 原因は自然災害か。
    • 地震だったら競技場とインフラだけでも突貫で復旧させていたかもしれないが、むしろ富士山が噴火していたら…。
  5. 中止は無くてもやはり返上か。
    • 自然災害でも早急に復興させるだろうから返上する理由が見当たらない。
  6. 1988年の夏季五輪に立候補していた可能性もある(史実では名古屋が立候補し落選)。
    • もし当選した場合、「3度めの正直」と言われていた。
  7. 三波春夫は「東京五輪音頭」などのイベント・キャンペーンソングのイメージを持たれなかっただろう。
  8. 当然、パラリンピックも開催されなかった可能性もあるので、障害者は「邪魔者」という認識がぬぐい去れなかった。(実際は、東京パラリンピックに出場した日本人が金メダルを取った事で、障害者に対する認識が変わった。)

バレーボール女子日本代表がメダルを逃していたら

  1. 日本でのバレーボールはハンドボール並みかそれ以下のマイナースポーツになっていた。
    • 見るスポーツとしてはそんな感じだろうが、やるスポーツとしては女性を中心に普及している。
    • 男性のスポーツとしては、見る・やる共に非常にマイナーになっていたかも。
    • 見る・やる共に、人気や普及度はJリーグができる前のサッカーを男女逆にした感じだっただろう。
  2. モントリオールかロサンゼルス辺りで五輪出場は途絶えていただろう。
  3. ワールドカップバレーは開催されなかった。したとしても2,3回で終わるか、欧州開催で続けられる。
  4. 世界選手権が日本で開催されても、マスコミは消極的だった。
    • NHK-BS1で録画中継されるのみ。
  5. いまもなお日本リーグのままで、プロ化のプの字も出なかった。
  6. 背の高い子供はほとんどがバスケットボールに流れていた。
  7. 杉山マルコスはサッカー選手になって2002FIFAワールドカップに日本代表として出場していた。
  8. 全日本の監督は外国人になっていた。
  9. 「アタックNo.1」も放送されなかった。
    • 「アタック25」のタイトルも変わっていた。
      • 「アタック・ナンバーハーフ」(Satree-Lex)の邦題も変わっていた。
    • 「ガールズ&パンツァー」のアヒルさんチームの設定が全く違うものになっていた。
  10. 大松博文は選挙に出馬すらしなかった。
  11. ユニチカ(ニチボー)と言えばバスケットボールだったかもしれない。

開会式が雨だったら

  1. 降り方次第では開催の諾否を決める午前7時の決定が注目されていた。
    • それでもよほどの荒天ではない限り挙行するつもりだったため無事行われた公算が大きい。
  2. 北出清五郎アナの「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような・・・」という実況はもちろんない。
    • その代わりその代わり雨を「全日本国民の感動の涙雨」などと表現していた。
  3. 空に五輪を描く予定だったブルーインパルスは飛べなかった。
  4. 昭和天皇の開会宣言or聖火点火のタイミングで雨が降りやんでいたら現実よりさらに劇的な開会式になっていた。
    • 一部の右翼がこの出来事を根拠に「天皇陛下はやはり現人神である」と主張していた。

アベベの履いていた靴が鬼塚(現・アシックス)だったら

日本のマラソンでも裸足で走る予定だったアベベを鬼塚の社長が説得してシューズを提供していたが、東京オリンピック時はプーマのシューズで参加した。

  1. アシックスの世界的知名度が上がったのはいうまでもない。
  2. アベベは日本のスポーツメーカーの専属契約第1号になっていた?

沖縄が単独参加していたら

独自でオリンピック委員会を立ち上げて、沖縄として出場する案もあったが、五輪参加は日本で参加すべきという意見もあり設立されなかった。

  1. メダルと取っていた場合、日本と合算すべきかという議論になっていた。
  2. いずれにしろ本土復帰でJOCに吸収されていた。
  3. 出場する際の旗はなんだったのだろうか。
    • ちなみに現在の沖縄県旗は本土復帰を受けて制定されたので論外。
  4. 1952年ヘルシンキ大会に独自出場したザールラント(フランス占領地、現ドイツ領)と比較されていた。

失敗していたら

  • もし1964年の東京オリンピックがモントリオールのように大赤字を計上していたらどうなっていたかを考えましょう。
  1. 東京でのオリンピック再開催なんて夢のまた夢にすぎないままだろう。
  2. 「戦後復興を世界に披露した晴れの舞台が財政的失敗で台無しになった」と嘆く人も多かった。
  3. 東京はモントリオールのように借金返済のために税金が使われる状況が21世紀に入るまで続いていたかも。
  4. これをきっかけに商業主義化が進んでいた。
    • プロ参加も早まった。
    • 東側諸国では開催どころか不参加国が増えていた。
  5. 東京都の黒歴史となっていた。
  6. 東知事(当時)が1965年初頭辺りにオリンピックでの大赤字の責任を取って退陣していた。
    • 下手したら現在も都知事が左派系だったかも。
  7. 高度成長が1965年辺りで終わっていた。
  8. 日本の経済成長が十分では無かったことが失敗の原因と見なされていた。
    • このためオリンピックの開催国の条件に1人当たりの所得が5000ドルというものが設けられていた。
    • ソウルオリンピックは2000年に、北京オリンピックは2020年にずれ込んだ。
  9. 札幌オリンピックの1972年開催も無理だった。
    • 札幌オリンピックは1984年に、長野オリンピックは2010年にずれ込んだ。
      • その場合、青函トンネルの開通はオリンピックに間に合うように前倒しされ、逆に長野新幹線の開通は遅れた。
    • 赤字の額にもよるが日本でオリンピック誘致はできなくなる。
  10. 1970年の大阪万博が史実通り成功していた場合、現在に至るまで日本経済の中心は大阪だった。
  11. OECD加盟が遅れた。
  12. テレビの普及が遅れる。
  13. 日本がスポーツ大国になれなかったかも。

メキシコ(1968年)

南アフリカ共和国の参加が認められていたら

  1. もちろんブラックアフリカ諸国・社会主義国はこの大会をボイコットしていた。
    • アメリカなどの黒人選手も一部は出場を拒否していた。
  2. 下手をするとオリンピックは東西で分裂していたかもしれない。
    • 結果としてアフリカでのソ連の影響力が史実よりやや強まっていた。
    • 80年代後半になってやっと統一される。
      • やはり1988年大会だった。
    • 1980年大会はロサンゼルスとモスクワで同時開催になった。
      • 1984年大会はソウルと平壌で同時開催、だろうか?
        • 北京かもしれない。

この年以降も東西統一ドイツ選手団が出場していたら

1956年から1964年まではドイツ西ドイツ東ドイツの合同選手団が出場していましたが、1968年以降選手団も東西に分裂しました。もし、分裂がなく統一選手団が続いていたら?

  1. 現在の集計では一貫して「ドイツ」と扱われている。
  2. 1972年ミュンヘン大会は東ドイツにとっても「自国開催」ということになっていた。
    • 同大会が東西両ドイツの融和を示す場になっていた(ちなみに同年東西ドイツ基本条約締結)。
      • しかし、パレスチナ過激派のせいで台無しに…
  3. 1980年モスクワ大会・1984年ロサンゼルス大会にも出場するが、実際には前者は東ドイツ、後者は西ドイツの選手しか出場していない。

ミュンヘン(1972年)

ホッケー日本代表の予備エントリー提出を忘れていなかったら

ミュンヘン五輪ホッケーでは日本代表の出場権を得ていたが、前年末が期限だった予備エントリーの文書提出を忘れてしまうミスをJOCが犯し、出場できなくなりました。もし、文書提出期限を守り出場を果たしていたら?

  1. 当時の戦力的には決勝ラウンドは厳しかっただろう。
  2. モントリオールも出場できたかもしれない。
    • でも、モスクワボイコットで連続出場が途絶えたような。

パレスチナゲリラの襲撃がなかったら

  1. この大会最大の事件といえばバスケットボールアメリカ選手団の銀メダル受け取り拒否。
  2. 西ドイツ警察の特殊部隊GSG-9誕生のきっかけはルフトハンザ機ハイジャック事件になっていた。
  3. イスラエル選手宿舎は現存せず。
  4. アメリカ同時多発テロまでオリンピック選手村の警備はずっと緩かった。
  5. アトランタ五輪開催中の爆破事件がさらにセンセーショナルに扱われていた。

モントリオール(1976年)

中止になっていたら

モントリオール五輪はオイルショックによる物価高騰の影響で予算が大幅に膨れ上がり、何十年も返済に税金が充てられるほどの赤字を計上してしまいました。もし、市が財政問題を理由に開催不可と判断し中止されたら?

  1. オリンピックのプロ参加及び商業主義化はなかったか遅れていた。
  2. 最悪の場合、1980年モスクワ五輪を最後にオリンピック廃止も検討されていた。
    • 三連続失敗(ゲリラ襲撃→財政赤字で開催不可→大量ボイコット)となるので相当窮地に追い込まれていた。
  3. その後のオリンピック開催地決定で財政状態に対する審査がより厳しくなっていた。
  4. 麻生太郎が出場することは無かったため、彼がクレー射撃の選手であったことはあまり知られていない。

モスクワ(1980年)

より多くの国がボイコットしていたら

モスクワ五輪ではアメリカがボイコットを呼びかけたが、イギリスなど西ヨーロッパの大半は政府のボイコット指示にも関わらず各オリンピック委員会が競技に参加しました。もし、これらの国もボイコットに踏み切っていたら?

  1. 東側諸国の選手の活躍ばかりが史実以上に目立つ大会になっていた。
  2. セバスチャン・コーがロンドン五輪招致に関わることもなかったかも。

中止になっていたら

  1. 理由は言うまでもなくアフガン侵攻。
  2. 1940年の東京オリンピックと比較された。

ソウル(1988年)

聖火点火時に鳩が巻き込まれなかったら

  1. その後も開会式では本物の鳩が飛ばされ続けている。
  2. シドニー五輪ではアメリカを意識して昼間に開会式が行われていた。
    • 一説によると夏季オリンピックの開会式が夜間限定になったのはこの鳩巻き込み事件がきっかけらしい。

東側諸国がボイコットしていたら

開催地決定以前、JOCはソウルに決まった場合は東側諸国がボイコットする可能性もあると予想しており、実際にソ連は名古屋五輪開催を支持していました。

  1. ソ連・東ドイツにとっては、モスクワオリンピックが最後の参加となっていた。
    • ほぼ全地域が出そろうのもバルセロナオリンピックに持ち越しとなっていた。
  2. 地元の韓国や歴代メダル獲得数最多のアメリカを中心に、西側諸国のメダル数が増えていた。
    • 逆に東側諸国はその後の大会でもメダル数が史実より少なかった。
  3. 日本もボイコットか?
    • 当時はそこまで反日一辺倒ではなかった全斗煥政権だったのでそれはなさそう。
  4. 不参加表明の時期によっては大韓航空858便爆破事件は発生しなかった。
  5. 北朝鮮大喜び。
    • もしかすると平壌でソウル五輪に対抗する独自の大会(当然参加国は東側のみ)を開いていたかも。
  6. 東側でも自主路線を採っていたルーマニアやユーゴスラビアは1984年に引き続き参加していた。但し、中国は微妙。
  7. 果たしてボイコットの理由は何なんだろうか。
    • 「モスクワ五輪の報復」という理由も使えなければグレナダ侵攻のような事件も発生していない。
    • ましてやこの頃にはもう対外融和派のゴルバチョフの時代になっていたわけで…

バルセロナ(1992年)

男子バスケットボールアメリカ代表がメダルを逃していたら

ラリー・バード、マジック・ジョンソン、マイケル・ジョーダン…バルセロナ五輪のアメリカ代表「ドリームチーム」は力量的に他チームを圧倒し、負ける要素など一つもないようなチームでしたが、バスケットボールがチーム競技であり、「ドリームチーム」が裏を返せば「お山の大将の集団」でもある以上、こうなる可能性もゼロではなかったわけで…

  1. NBAは二度とオリンピックに関わることはなかった。
    • 1996年大会で実際の1992年大会のとき以上に強いチームを送ってきた可能性も。
  2. 「あまりスター選手だけを集めてチームを作るとかえって弱体化する」という格言ができ、それ以降のスポーツの国の代表チーム、特にサッカー日本代表の編成などにも影響を与えていた可能性がある。
    • 日本に影響があるとしたらサッカーより野球の代表だろ。
  3. 現在のように欧州のトッププレイヤー達がNBAに来ることは無かった。
    • ユーロリーグも多分なかった。

アトランタ(1996年)

中国がボイコットしていたら

  • 北京が2000年大会の開催地に選ばれなかった際に中国の一部で96年大会のボイコットを求める声があった。
  1. IOC加盟国が全て出るオリンピックの実現は8年後のアテネまで持ち越し。
  2. 北京のオリンピック招致には大きなマイナスになった。
    • 2008年大会の開催地はパリになっていた。
    • その場合、東京の立候補は現実よりも早く、2012年か2016年に開催していた。
  3. 中国は史実では獲得メダル数4位のため競技結果もかなり変動している。
    • 日本の場合銅メダルが4枚くらい増えていた。
  4. 男子バスケットボールのアジア枠は代わりに日本が出場。女子とともに悲願の20年ぶり出場を果たしていた。

男子サッカー日本代表が決勝トーナメントに進出していたら

ブラジルを下しながらも予選敗退に終わった日本ユース、仮に決勝トーナメントに出場出来ていたら?

  1. 上手くいけば日本が銀、更に行けば金を獲得できていたか!?
    • 少なくともナイジェリアとブラジルの双方がメダル獲得という結果にはならない。
      • 準決勝で両者が再び戦うこともなかった。
  2. でも例えメダルを取ったとしてもフランス大会の落胆はすごかっただろう・・・
  3. メダルを取れなかった場合、ロンドンオリンピックでの男子代表へのメダルへの期待とその後の落胆は史実以上だった。
  4. 西野朗の代表監督としての評価がもう少しまともになっていたはず。
    • 「28年目のハーフタイム」は無く、選手と衝突ばっかりしているイメージはそれほど付きまとわなかった。

シドニー(2000年)

篠原信一が金メダルを獲得していたら

柔道100kg超級決勝で、不可解な判定で敗れた篠原信一。もし金メダルを獲得していたら?

  1. ビデオ判定・ジュリー制度の導入は少し遅れていた(この判定がきっかけで導入されたので)。
  2. その後の篠原信一の人生は…あんまり変わってないかも。

田村亮子が金メダルを獲得していなかったら

  1. 3大会連続の銀メダルだった場合、阿武教子ではなく田村亮子が「柔道界の七不思議」と言われる。
    • 現在でも語り継がれている
  2. この大会で引退していた可能性もある
  3. 翌日の新聞の一面は野村忠宏になっていた
    • さすがに2大会連続金メダルをさしおいて銀メダルが一面はないと思われるため

アテネ(2004年)

北島康介が金メダルを獲得しなかったら

  1. 「チョー気持ちいい」は流行る事は無かった。
    • そもそも言っていない。

伊調千春が金メダルを獲得していたら

  1. 14年早く史上初の姉妹でのオリンピック金メダル獲得になっていた。
    • 史実では2018年平昌オリンピックの高木姉妹。
      • 高木姉妹が史実より騒がれなかった。
  2. 北京でも金メダルだった場合、女子レスリングの最軽量級はアテネからリオまで日本が4大会連続で3人が金メダリストになっていた。

女子レスリングの階級数が世界選手権と同じだったら

  1. 坂本日登美(現小原日登美)は51kg級でこの年からオリンピック出場、アテネ・北京・ロンドンと3大会連続で出場し場合によっては吉田や伊調馨とともに3連覇を達成していた。
  2. 日本のメダル数が1つか2つ増えていた。
  3. 逆に男子の階級数が減らされていた。

男子マラソンの競技妨害がなかったら

  1. バンデルレイ・デ・リマは金(最悪でも銀)メダルを獲得できていた。
    • ただ、リオの最終聖火ランナーはともかく、「オールスター感謝祭」での来日はなかったかもしれない。
  2. ニール・ホランの名はF1妨害を知るファン以外には広がらなかった。

北京(2008年)

中止になっていたら

  1. 中国は世界中に恥をさらす。
    • 「もう充分に恥を振りまいてる」という突っ込みは無しで…
    • 「開催しても大恥をさらす」という突っ込みも無しで…
  2. 中国のプライドはズタズタに。
    • 本番じゃCG花火だの歌手すり替えだの捏造しまくりだったから、それが無いだけマシ・・・でもない?
  3. 多分、直接の原因はチベット暴動だろう、でもそこを占領した中国に非があるわけで…
  4. なし崩し的に上海万博も中止に。
    • さらにバブルも崩壊してしまいそう。
    • 史実より早く世界同時不況に突入か?
  5. ニンテンドーDS「マリオ&ソニック AT 北京オリンピック」は回収後、名前を変えさせられてひっそり販売。
    • 「マリオ&ソニック AT ベルリン世界陸上」
    • 代替開催が行われればその土地の名前を付けて販売。
  6. いい見せ場がなくなったので「よーしパパ北朝鮮を攻めちゃうぞー。」とか胡錦濤あたりが言って第三次世界大戦が起きる。
  7. 石井慧や上野由岐子は有名にならなかった。
    • 当然石井慧のプロ格闘家転向もなし。
    • 石井慧はロンドン五輪に出ていた可能性もある。
  8. セ・リーグのペナントレースは阪神タイガースが優勝していた。
    • 主力の新井・矢野・藤川が抜けなかったため。
    • 新井の故障もなかった。
    • 2009年の成績ももっとましになっていた。
    • そしてオリックスが最下位に。
    • 「Vやねん!」と煽られることもなかった。
  9. 大阪かパリで代替開催。
    • 大阪なら2016年の東京は立候補を取り下げた。
      • 2020年も。同年のオリンピックはイスタンブールで行われることになっていた。
    • むしろトロントじゃないかと…。
    • 中国側の意志による返上でない場合、代替開催のオリンピックを中国はボイコットしていた。
  10. ロンドンオリンピックをボイコットした。
    • 中国が?
  11. サッカー日本代表では既にA代表デビューも果たした本田圭佑はともかく、香川真司や岡崎慎司らは主力に入れなかった可能性があった。
  12. 2016年大会の開催地は東京になっていた。
    • 2008年大会の代替開催地が大阪になった場合を除く。

聖火リレーが○○だったら

順調に進まなかったら

北京オリンピックに向けて聖火をリレーで各国を回るものであったが、中国政府によるチベット侵攻を受けて一部の集団が妨害行為をしてましたが聖火リレーは順調に進められ北京オリンピックも無事開催されました。だが、仮に妨害されつづけ聖火リレーが順調に進まなかったらどうなっていたのだろうか?

  1. 聖火が会場に届かないが、中国政府はお得意のニセモノを作って対応する。
妨害がなかったら
  1. 抗議運動自体がなかったらその後も世界規模の聖火リレーが行われた。
    • ロンドン五輪では聖火が英語圏各国を巡っていた。
      • その場合「帝国主義的だ」などの批判が出ていそう。
    • 東京五輪(2020年)では1964年大会のものに中国や韓国を加えたルートが想定されている。
  2. 厳重な警備で妨害を防いだ場合は史実と変わらない。
  3. 代わりに競技や式典の妨害が計画されていた。

野球・ソフトボールが除外されていたら

野球・ソフトボールの除外は北京五輪でも検討されていました。

  1. 森野将彦・G.G.佐藤の3割到達はなかったかもしれない。
    • アテネ・北京では、規定打席数の算出に五輪派遣期間中の試合数を含めずに計算されていたため。
    • もちろんG.G.佐藤が「しくじり先生」に出ることもなかった。
  2. ソフトボール日本代表はオリンピックで金メダル取れずじまいに終わった。
    • 上野由岐子も有名になれなかった。
  3. ソフトボールのみならず野球も2013年よりワールドゲームズに復帰していた。
    • 第3回WBCは2015年にずれていた。プレミア12はない。

女子ボクシングが採用されていたら

女子ボクシングは北京五輪からの採用も検討されていました。

  1. 女子世界選手権の開催時期が五輪前にずれていた。
  2. 日本での女子プロボクシング公認が遅れていた。早くても五輪後。
    • 小関桃、富樫直美、多田悦子、藤岡奈穂子は北京五輪を目指していた。
    • 安藤麻里や黒木優子らも五輪目指したかもしれない。
      • 橋本めぐみ(真道ゴー)も五輪を目指し、順調に行けば高校時代からの親友・田中理恵とともにロンドン出場を果たしていたかもしれない。
  3. (階級数と出場枠にもよるが)箕輪綾子辺りは出場権を獲れていた可能性があった。
  4. しずちゃんが担がれることもなかった。
  5. チェ・ヒョンミも脱北しなかった。
  6. リオか東京辺りで階級が増えた可能性もあった。

ロンドン(2012年)

女子バレーボール世界最終予選での談合疑惑がなかったら

両方にいえること
  1. タイ代表はオリンピックに初出場できていた。
日本が敗退していたら
  1. 日本にとって3大会ぶりの予選落ちとなり、銅メダルはなかった。
  2. 眞鍋監督の名声は史実よりも上がらなかった。
    • 史実のようにリオまで続投とはならなかった。
  3. 荒木絵里香は予定通り2012/13シーズン限りで引退していた。
    • 木村沙織はビーチ転向を真剣に考えたかもしれない。

サッカー

男子サッカー日本代表が銅メダルを獲得していたら
  1. 相手が韓国と言うこともあり、大騒ぎになっていた。
    • 韓国代表の例のアピールは負け惜しみ呼ばわりされていた。
女子サッカー日本代表が金メダルを獲得していたら
  1. 報道はなでしこジャパン一色になり、競泳や女子バレーの報道がかなり減る。
  2. 澤は2年連続バロンドール受賞もありえた。
サッカー日本代表が男女そろって金メダルを獲得していたら
  1. 日本に限らずオリンピック史上初の男女アベック優勝となり世界中が大騒ぎ。
  2. 「サッカーは男女とも日本の時代になった」と言われた。

バドミントン

無気力試合がなかったら
  1. 日本のペアは銀メダルを獲得できなかった。
  2. ロンドンオリンピックのハプニングが1つ減っていた。
    • 最大のハプニングは何になっていたかな?
  3. なでしこジャパンの南アフリカ戦の引き分け狙いがバドミントンを引き合いに出されることはなかった。
    • かえってなでしこジャパンの方が叩かれていたかもしれない。
無気力試合のペアが失格になっていなかったら
  1. やはり日本のペアのメダル獲得はない。
  2. 無気力試合のペアが金メダルを獲得していたら、表彰式でブーイングが起きていた。

柔道

男子柔道が1つでも金メダルを獲得していたら
  1. 史上初の金メダルゼロと批判されることはなかった。
    • 仮に金メダルが1つだけだったとしても、メダル数が4~5個で北京より多いので批判は少なかった。
  2. それでも危機感は持たれてた。
松本薫が金メダルを獲得していなかったら
  1. 男女ともに金メダルゼロになっていた。
    • 柔道への批判は史実以上に。
中村美里が金メダルを獲得していたら
  1. 平成生まれ初の金メダリストになっていた。
  2. 前回のリベンジと大きく取り上げられていた。

女子ボクシングの階級数が世界選手権と同じだったら

  1. 世界選手権は男子と合同開催に移行していた。
  2. 日本選手も1人か2人は出場できていただろう。
    • 可能性高いのは釘宮智子と箕輪綾子。しずちゃんと伊藤沙月はさすがに厳しい。
    • 和田まどかは階級変えずリオに出場できただろう。

リオデジャネイロ(2016年)

あの国の参加が認められなかったら

ロシア

ロシアは国ぐるみのドーピング問題のため参加禁止が通達されていましたが、最終的には陸上・ウエイトリフティング以外は条件付きで認められました。もし全面的に参加が認められなかったら。

  1. ロシアは史実では獲得メダル数4位のため競技結果もかなり変動している。
  2. 以降の動き次第で次の東京五輪も出場できないか、認められたとしてもそっちからボイコットに動いたかもしれない。
  3. 女子バレーボールは世界最終予選繰り上げでタイが出場していた?
  4. それでも一部の選手は「独立参加選手団」から出場している。
ケニア
  1. マラソンの金メダリストは男女とも変わっていた。
  2. ケニアオリンピック委員会への不信感を募らせ、国籍を変えるケニア人選手がより増えていた。
    • 東京五輪を目指して日本に帰化する選手も多かっただろう。特に陸上長距離で。

東京(2020年)

レスリングが除外されていたら

  1. 吉田沙保里と伊調馨はリオデジャネイロ五輪を最後に引退することになったか。
  2. 日本のメダル数の見込みが少し減る。
    • ただし代わりに野球・ソフトボールが選ばれていたらそれほど影響はなかっただろう。
      • というより、自国開催なので有利になっていたことは間違いない。

関連項目




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