もしあの年の紅白歌合戦で○○だったら
新規追加は年代順でお願いします。
- 「あの歌手が出場していたら」に書かれている歌手で現時点で既に出場している歌手は、「史実より早く出場していたら」となります。
- 「あの歌手が出場していたら」に書かれている歌手で出場回は多いもののその年に出場しなかった場合は「史実で出場しなかった年に出場していたら」となります。
1960年代
1967年(第18回)
- あの歌手が出場していたら
- ザ・タイガース
- 史実での初出場は1989年(第40回)。この年、史実ではNHKの長髪系GS締め出しにより落選。
- コンサートでの将棋倒し事故が起きなければ、実現していたかもしれない。
- それはどうだろうか。上記の通り当時のNHKは長髪のグループサウンズ系バンドを出演させない方針を取っていたため、事故があろうがなかろうが出場はしなかったと思う。
- NHKが長髪系GSを締め出したきっかけが将棋倒し事故という説がある。
- それはどうだろうか。上記の通り当時のNHKは長髪のグループサウンズ系バンドを出演させない方針を取っていたため、事故があろうがなかろうが出場はしなかったと思う。
- 翌1968年も出場していた可能性が高い。
1970年代
1970年(第21回)
- あの歌手が出場していたら
- 江利チエミ
- 「ヒット曲がありません」と出場を辞退することはなかった。
- 史実で代役として出場していた日吉ミミは紅白に出場できないまま生涯を終えていた。
- もしかしたら、「酒場にて」のヒットの際にも紅白に出場していたかもしれない。
1972年(第23回)
- あの歌手が出場していたら
- 吉田拓郎
- 史実での初出場は1994年(第45回)。この年吉田拓郎は、年末に旅行に出かけることを理由に辞退しました。
- フォーク歌手が次々と紅白出場を辞退することはなかった。
- もしかしたら、フォーク歌手が次々とテレビ出演を辞退することもなかったかもしれない。
- それでも、ファンからの反応はいまひとつだった。
1976年(第27回)
- あの歌手が出場していたら
- 荒井由実(松任谷由実)
- 史実での初出場は2005年(第56回)。史実では「都会の10代・20代の支持は高いが、30代以上の支持は皆無に等しい」との理由で落選。
- 「あの日にかえりたい」を歌っていた。
- その後も何回か出場していたかもしれない。
- 河島英五
- 史実での初出場は1991年(第42回)。
- 「酒と泪と男と女」を歌っていた。
- 2001年の紅白は…案外史実通りだったかもしれない。
- 子門真人
- 史実では歌手のアンケート支持が下位だったことを理由に落選。
- 「およげ!たいやきくん」を歌唱していた。
- それでも、子門の生き方にはさほど影響がなかった。
- 内藤やす子
- 史実での初出場は1989年(第40回)。この年、史実では歌手のアンケート支持が下位だったことを理由に落選。
- 「想い出ぼろぼろ」を歌唱していた。
- 村田英雄の歌唱曲が「風と雲と虹と」(この年の大河ドラマの主題歌)だったら
- 実際には「男の土俵」が歌唱されました。
- 26代木村庄之助の引退がこの年でなければ、こうなっていた可能性は高い。
- 村田の歌唱時にゲスト出演したのは26代木村庄之助ではなく加藤剛。
1978年(第29回)
- あの歌手が出場していたら
- ピンク・レディー
この年ピンク・レディーは、裏番組に出演するために紅白の出場を辞退しました。
- その後の人気の下降が史実より緩やかになっていた。
- 解散した際に史実より大きく取り上げられていた。
- キャンディーズの解散といい意味で比較されていた。
- ピンク・レディー人気は翌年以降も健在。
- 実際は紅白辞退以前から既にピンク・レディー人気は下降気味だった。なので史実とさほど変わらなかったかもしれない。
- ピンク・レディーは翌年も紅白に出場できたかもしれない。
1980年代
1982年(第33回)
- 桑田佳祐の「とにかく受信料は払いましょう! 裏番組はビデオで見ましょう!」発言がなかったら
もしあの芸能人の問題発言がなかったら/あ~さ行#桑田佳祐の「とにかく受信料は払いましょう! 裏番組はビデオで見ましょう!」発言
- あの歌手が出場していたら
- 薬師丸ひろ子
- 史実での初出場は2014年(第65回)。この年薬師丸ひろ子は、大学受験のために芸能活動を休業していたこともあり紅白の出場を辞退しました。
- もちろん、「セーラー服と機関銃」を本人の歌唱で歌っていた。
- 2014年(第65回)の出場は史実どおり。
- だが、2014年の出場は「32年ぶりの復活出場」となっていた。
1984年(第35回)
- 生方恵一の「ミソラ」発言がなかったら
もしあのアナウンサーのあの事件がなかったら#生方恵一の「ミソラ」発言(1984年)
1985年(第36回)
- あの歌手が出場していたら
- おニャン子クラブ
- 史実より人気が長続きしていた。
- もしかしたら、史実より長く活動していたかも。
- さすがに、「セーラー服を脱がさないで」は歌っていないだろう。
- 世間の反応は賛否両論だったかもしれない。
- 吉川晃司の一連のハプニングがなかったら
- 吉川晃司がその後、NHKをしばらく出入り禁止になることはなかった。
- その後も何回か出場していたかもしれない。
- 出入り禁止になっていなかったら、紅白で「モニカ」を歌う機会があっただろう。
- 河合奈保子のファンに恨まれることはなかった。
- フジテレビ「世界紅白歌合戦」に敗れていたら
もしあの裏番組の平均視聴率が紅白歌合戦を上回っていたら#世界紅白歌合戦(1985~86年・フジテレビ系列)
1987年(第38回)
- あの歌手が出場していたら
- 島倉千代子
第8回から連続30回の出場という記録を持っていたが、「30回という記録を汚したくない」との意向で卒業宣言をし、出場を辞退しました。
- 「人生いろいろ」を歌っていた。
- 本格的なヒットを遂げる前のこの年であっても日本作詩大賞・日本レコード大賞作詩賞受賞と、当時の島倉の格と実績と照らし合わせたら出場は確実だった。
- ヒットに更に勢いがついて、ダブルミリオンを達成していた可能性もある。
- レコード盤からCDへの移行による音盤不況期にて、これを達成した曲は史実では1曲もなかった。
- もしかしたらこの年ですら大トリ、それが難しくてもトリ位は務めたかもしれない(史実ではトリ和田アキ子、大トリ五木ひろし)。
- ヒットに更に勢いがついて、ダブルミリオンを達成していた可能性もある。
- 本格的なヒットを遂げる前のこの年であっても日本作詩大賞・日本レコード大賞作詩賞受賞と、当時の島倉の格と実績と照らし合わせたら出場は確実だった。
- 史実で130万枚のロングランヒットを達成し、日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した翌年も同曲を歌い、確実に自身2度目の大トリを務めていた(史実では北島三郎)。
- 同じ曲を2年連続で歌い2年目で大トリという、都はるみの「北の宿から」以来の珍記録としてとりあげられていた。
1988年(第39回)
- あの歌手が出場していたら
- 田原俊彦
レコード会社や所属事務所の同意を得て出場が決定しましたが、前回落選したこともあり、「昨年の段階で卒業しました」と出場を辞退しました。
- 「抱きしめてTONIGHT」を歌っていた。
- 田原俊彦はこれ以降も何回か紅白歌合戦に出場していた。
- 男闘呼組の出場は翌年にずれ込んでいた。
- 中止になっていたら
- NHKは昭和史関連番組を放送。
- 視聴者の大半は民放に流れたかも。
- こちらも、89年は反動で超華やかになる。
- 枠の拡大は現実通り。
- この年開局した、BSで『BS紅白』を放送?
- その可能性あり。
- 「アジア音楽祭」を放送していたかも(1980年代後半頃に将来の紅白打ち切りを想定して計画されていたとされる番組)。
1989年(第40回)
- あの歌手が出場していたら
- プリンセス・プリンセス
- 史実での初出場は2012年(第63回)。スケジュールの都合で辞退したそうです。
- この時点で「Diamonds」を歌唱していた。
- けっこうな話題となっていた。
- その場合、紅白効果もあいまって売り上げがさらに伸びていた。
- その年の紅白の視聴率の下降はある程度食い止められていた。
- 少なくとも、当時の史上最低記録である47.0%を記録することはなかったはず。
- これ以降も夜9時開始が続いていたら
この年から放送開始時間が21時00分から繰り上げられましたが、もしこの年以降も21時00分開始が続いていたら…。
- 一番大打撃を受けていたのはアイドルだと思われる。
- 史実でもフィンガー5が紅白に出られなかったのは当時の紅白が夜9時開始だったかららしい。
- 未成年のメンバーがいるアイドルが出場する場合はどう対応していたのだろうか?
- そのメンバーだけ出演しないとか?
- レコード大賞の視聴率が下がることはなく、開催日を移動することもなかった。
- 「アジア音楽祭」計画が実現していたら
この年に就任した当時の会長は紅白廃止論を掲げており、後継番組として『アジア音楽祭』なるものを企画していたそうですが、その後放送衛星の打ち上げ失敗に関する国会での虚偽答弁を追及されて辞任し、後任の会長の就任により紅白廃止の話は消滅しましたが、もし本当に紅白が廃止され『アジア音楽祭』が実現していたら…。
- 紅白の廃止を巡って間違いなく業界内で大きな論争になる。
- 以降もアジア歌手の出場は史実より多かった。
- =当時の会長の失脚がなかったらである。
- ジャッキー・チェンが歌手として出演していた(史実では、ゲスト出演しメッセージを寄せた)。
- 韓国KBS、香港TVB、台湾TTVあたりと共同制作・同時放送していた。
- 2010年代頃はいわゆるK-POP歌手が大量に出演。
- ネット右翼や在特会によって抗議される。
- 史実で2019年、NHKが主催・放送した「ABUソングフェスティバルin東京」のような内容になっていた?
- 案外、紅白のような視聴率を挙げられず結局紅白歌合戦を復活させる…という結果になったりして。
- もしくはバブルの崩壊で終了というパターンもありそう。
1990年代
1990年(第41回)
- 長渕剛の問題行動がなかったら
この年、長渕はベルリンからの中継で3曲も歌い、15分(17分とも)もかかり進行が押した挙句 現地入りしたスタッフに対する非難まで口にしました。もしそれがなかったら…。
- その後2002年(第53回)まで中継先から歌う演出が途切れることはなかった。
- 長渕の行動を抜きにしても中継先から歌う演出は不評だったので(「中継が入るごとに会場の熱気が冷める」「リアルタイム感に欠け紅白らしくない」などと)、途切れる可能性は十分ある。
- 進行は史実より余裕を持って行われ、いくつかの歌手の歌唱時間がカットされることはなかった。
- 植木等のスーダラ伝説が4分50秒にカットされることもなかった。
- 「日本人はタコ」という名言(迷言?)は生まれなかった。
- 長渕剛が常連出場歌手との間に遺恨を残すこともなかった。
1991年(第42回)
- あの歌手が出場していたら
- HOUND DOG
一度出場が決定していましたが、歌唱曲でもめ辞退しました。
- それでも、「ff(フォルティシモ)」を歌っていた。
- バブルガム・ブラザーズが出場することもなかった。
- Bro.KORNが、曲の終わりに「Thanks to HOUND DOG!」と叫ぶこともなかった。
- 欧陽菲菲の歌唱曲が「雨の御堂筋」だったら
- 実際には「ラヴ・イズ・オーヴァー」が歌唱されました。
- ザ・ベンチャーズが演奏を担当していた。
- ザ・ベンチャーズは実質的に、同一回に紅白の両組に出演したことになっていた。
1992年(第43回)
- チェッカーズがトリとして出演していたら
当時、この年の紅白を最後に解散するチェッカーズが白組のトリとして出演する構想でしたが、グループでトリは前例がないことを理由に見送られました。もしトリとして出演していたら・・・。
- グループで初めてトリを務めたのはチェッカーズになっていた。
- 対戦相手は由紀さおり・安田祥子になっていただろう。無論安田は正規の出場歌手にカウントされている。
- 2012年の由紀は「ソロでは25年ぶりの紅白出場」となっていた。
- SMAPがトリを務めるのももっと早かった。
- 早ければ「夜空ノムコウ」の1998年あたり。
- これ以降も外国人枠が続いていたら
1989年(第40回)~1991年(第42回)まで紅白歌合戦には外国人枠があり、1989年(第40回)にケー・ウンスクやチョー・ヨンピルなど、1990年(第41回)にはシンディ・ローパーやポール・サイモンなど、1991年(第42回)にサラ・ブライトマンやザ・ベンチャーズなどが出場していましたが、もしこの年以降も外国人枠が存在していたら…。
- 2003年(第54回)にt.A.T.u.が有力候補になるも、ドタキャンで(ry
- 2008年(第59回)に特別枠として出演していたエンヤは紅組として出場していた。
- レディー・ガガも普通に紅組として出場していた。
- K-POP勢は外国人枠として出場していたか。
- 或いはアジア枠として出場?
- バブルが崩壊していなかったらこうなっていたかも。
- 権利関係が複雑になるので、NHKオンデマンドで配信される際はどうなるか。
- その歌手の歌唱部分だけカットするという措置が取られるかも。
1993年(第44回)
- あの歌手が出場していたら
- 井上陽水
- 「あの場は余りにもハデ。恥ずかしいから」という名言(迷言?)は生まれなかった。
- そして、それをVOWにネタにされることもなかった。
- 歌唱曲は朝ドラの主題歌である「カナディアン アコーデオン」だろう。
1994年(第45回)
あの歌手が出場していたら
Mr.Children
- 史実での初出場は2008年(第59回)。
- この年1番のヒット曲「innocent world」を歌唱。
- 「Tomorrow never knows」の歌唱は恐らく次回の1995年(第46回)。
1996年(第47回)
- あの歌手が出場していたら
- PUFFY
- 史実での初出場は2016年(第67回)。
- メドレーになっていた可能性大。
- 史実ではこの年の紅白でメドレー歌唱の歌手はいなかったので、一曲になっていたかもしれない。
- 当日テレビ神奈川主催の年越しライブとブッキングしていなければ、実現していたかもしれない。
- しかし、史実どおり吉村由美が自転車事故で重傷を負っていれば、結局辞退していた。
- 仮に当時、中継での出演が認められてなおかつ自転車事故がなかったら、ほぼ確実に実現していただろう。本人らには紅白に出る意思はあったようだし。
- 「NHKが一地方局に負けた」と言われることはなかった。
- 久保田利伸
- この年、年末にニューヨークにいくことを理由に辞退したそうです。
- 歌唱曲は『LA・LA・LA LOVE SONG』だろう。
- ナオミ・キャンベルの出演も有り得ていた。
- しかし、1992年(第43回)に中山美穂のゲストで出演したWANDSの時みたいにナオミ・キャンベルはゲスト歌手扱いで、正式な出場歌手に含まれない可能性が高い。
1997年(第48回)
- あの歌手が出場していたら
- 猿岩石
- 史実ではアンケートでの支持が低かったことを理由に落選。
- それなりに話題になっていたはず。
- 裏番組が電波少年の特番じゃなかったら実現していたかもしれない。
- 猿岩石がユーラシア大陸横断ヒッチハイク終了後、本格的にブレイクしていたら当然こうなっていただろう。
- 松本梨香
- ポケモンショックが無ければ出場が実現していたそうです
- 正規の出場というよりはキッズコーナーでの登場になっていた。
- 翌年(1998年)にも登場していたかもしれない。
- 声優初の紅白出場者は松本梨香になっていた。
- 演出は、松本をバックに出場歌手全員で「めざせポケモンマスター」を歌っていた可能性が高い。
- もちろん、ポケモンのぬいぐるみのゲスト出演が実現していた。
- どこかのスポーツ新聞に「紅白、ゲットだぜ!」と書かれていたかも。
- 間奏時に本人がそう叫んでいたかも。
- KinKi Kids
- 史実での初出場は2016年(第67回)。大晦日の公演を優先するために辞退したそうです。
- ジャニーズの2枠制限がこのときから崩壊していた。
- あるいはTOKIOが落選していた。
- 曲目は『硝子の少年』~『愛されるより愛したい』のメドレーになる可能性大。
- 当時の紅白では初出場の歌手がメドレーというのはほとんど例がなく、どちらか一曲になっていたかもしれない。
- この場合、歌唱曲は「硝子の少年」の可能性が高かったと推測。
- 当時の紅白では初出場の歌手がメドレーというのはほとんど例がなく、どちらか一曲になっていたかもしれない。
- ジャニーズ事務所がこの時点でTOKIOを推すのをやめていたら実現していたかもしれない。
1998年(第49回)
- あの歌手が出場していたら
- V6
- 史実での初出場は2014年(第65回)。なお、この年V6は年末のコンサートを理由に辞退。
- 「WAになっておどろう」をこの時点で歌唱していた。
- 長野オリンピック絡みの紹介をされたのは確かだろう。
- KinKi Kidsと同じく、ジャニーズの2枠制限がこのときから崩壊していた。
- この場合もTOKIOが落選してたかもしれない。
1999年(第50回)
- あの歌手が出場していたら
- 宇多田ヒカル
- 史実での初出場は2016年(第67回)。
- 間違いなく、大きな話題となっていた。
- 冗談抜きで、瞬間最高視聴率になっていたかもしれない。
- この年の紅白の話題は宇多田一色になっていた。
- 歌唱曲はメドレーとなる可能性が高いと思われる。
- NHKとしても最大の目玉にしたいだろうから、歌唱時間を他の歌手より長くしていただろう。
- その年の平均視聴率が50%を超えていた。
- 紅組司会との兼任も考えられた。
- 宇多田一家が居住するニューヨークからの中継も考えられた。
- 母親の藤圭子との共演も考えられた。
- KinKi KidsとV6が正規の出場歌手としてカウントされていたら
- この年の紅白ではKinKi KidsとV6がコーナーゲストとして持ち歌を披露しました。もし、白組の歌手として出場していたら?
- 歌唱曲は史実と同じ。
- 代わりにTOKIOが落選していたかもしれない。
2000年代
2000年(第51回)
- あの歌手が出場していたら
- ZARD
NHKのシドニーオリンピックテーマ曲を歌ったことでNHKが出演交渉を行いましたが、坂井泉水の体調不良を理由に辞退しています。
- 「Get U're Dream」を歌唱していた。
- ZARDにとっては、1993年2月5日に『ミュージックステーション』で「負けないで」を歌唱して以来のテレビの音楽番組出演となっていた。
- ゆずよりも先にNHKのオリンピックテーマ曲の紅白での歌唱が実現していた。
- 02年にはMISIAの出場も実現していた。
- 松田聖子の歌唱曲が「The Sound of Fire」だったら
実際の歌唱曲は「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」でした。
- 原田真二が演奏ゲストとして出演していた。
- 当時、松田聖子・原田真二の二人は不倫疑惑で騒がれていたため、かなりの話題になっていた。
2001年(第52回)
- あの歌手が出場していたら
- 桑田佳祐
- この年、恒例のカウントダウンコンサートを開催しなかった桑田に対し、NHK側は粘りの交渉で出演交渉を行いましたが辞退されました。
- 歌唱曲は「波乗りジョニー」と「白い恋人達」のメドレー。
- 第2部の後半あたりに出場していた。
- 中島みゆき
- 前年に続いてNHKは出演交渉を行いましたが、中島本人が「興味はあるがふっ切れない」として辞退しました。
- 歌唱曲は勿論「地上の星」。
- 桑田と同じく、第2部の後半あたりに出場していた。
- ただこの場合、翌年に黒部川第四発電所から中継で出演することはなかった。
2002年(第53回)
- あの歌手が出場していたら
- 元ちとせ
元の所属事務所が元本人がレコーディングを行うパリからの中継にしてほしいと申し出ましたが、番組がその申し出を断ったため、結局辞退しました。
- 仕事先からの中継が許されるのなら…と仕事先からの中継を選択する歌手が史実より増えていた。
- 歌唱曲は朝ドラの主題歌である「この街」か。
- 1990年(第41回)に長渕剛の問題行動がなかったら、少しは有り得ていたか。
2004年(第55回)
- 安倍なつみの詩の盗作問題がなく「後浦なつみ」が出場していたら
- 「恋愛戦隊シツレンジャー」を歌唱していた。
- もしかしたら、デカレンジャーとのコラボもあったかもしれない。
- 小林幸子への組織票が無かったら
- 審査方法が変更されず、2005年から2010年までの間、何度か紅組も優勝していた。
- 一方で女性歌手の不作ぶりがさらに露呈されていた。
- ペ・ヨンジュンとチェ・ジウのゲスト出演が実現していたら
- 間違いなく、大きな話題になっていた。
- 関東地区における視聴率が40%を割ることはなかったかもしれない。
- あるとすれば、2016年(第67回)のポール・マッカートニーみたくVTRでの出演が有力か。
- あの歌手が出場していたら
- 安室奈美恵
- これ以降、テレビ出演を縮小することはなかったか史実より遅れていた。
- もしかしたら、リオデジャネイロオリンピックがあった2016年(第67回)に『Hero』で出場していたかも。
- 歌唱曲は『ALL FOR YOU』か。
2005年(第56回)
- 「スキウタ」の失敗がなかったら
- 好評だったので、これ以降もアンケートがいくつか実施されていた。
- 出場者選考や歌唱曲選定への反映がもう少しわかりやすかったら、このようになっていたかもしれない。
- 組織票問題についてはどうなっていただろうか・・・。
- 少なくとも、前回の反省を踏まえて少しぐらいは改善はされていたと思う。
2006年(第57回)
- DJ OZMAの過剰なパフォーマンスがなかったら
- DJ OZMAがNHKを出入り禁止になることはなかった。
- これ以降も本番でサプライズのパフォーマンスをする歌手が現れていた。
- ステージの際、NHKが歌手に誓約書を書かせる様になることもなかった。
- 「アゲ♂アゲ♂EVER☆騎士」のイメージが悪くなることはなかった。
- 安定してヒット曲を出し、一発屋扱いされることはなかった。
- 例のボディスーツは一部のワハハ本舗ファンのみの知る人ぞ知るものとなっていた。
- とんねるずが親近感を抱く事は無く、矢島美容室は無かった。
- もしかしたら、矢島美容室の紅白出場が実現していたかも。
2008年(第59回)
- あの歌手が出場していたら
- AKB48
- 曲目はもちろん「大声ダイヤモンド」。
- 2017年の紅白歌合戦ではこの曲が投票で3位に入ることはなく、代わりに「恋するフォーチュンクッキー」が歌われていた。
- 「モーニング娘。が出られなくなったので、アップフロントが腹いせに圧力をかけた」とか言われることはなかった。
- =桜の花びらたち2008独占禁止法問題がなかったらである。
- あの歌手が出場していなかったら
- 羞恥心
- 解散時期がズレたと思われる(紅白出演したら解散説)
- 年末特番でフジテレビがNHKに殴り込むことが無かった。
2009年(第60回)
- あの歌手が出場していたら
- やしきたかじん
- この回の出場を最後に「後進に枠を譲りたい」との理由で紅白勇退を表明した布施明が、たかじんの紅白出場を推奨したが、たかじん本人が「NHKの番組には絶対に出ない」というスタンスを持っており、結局実現しませんでした。
- 歌唱曲は「やっぱ好きやねん」か?
- 死去後の2014年に天童よしみが同曲を歌うことも無かった。
- 年明けの冠番組で何らかの感想を語っていただろう。
- 大江裕
- 実際に出場の打診があったようですが、所属事務所が北山たけしを推していたため、実現しなかったそうです。
- 歌唱曲は「のろま大将」。
- 2018年の「北島兄弟」としての出演は史実通りか?
- AI
- 歌唱曲は「おくりびと」だろう。
- この曲がイメージソングとなった映画『おくりびと』のアカデミー賞外国語映画賞受賞について触れられていたに違いない。
- あの歌手が出場していなかったら
- 水樹奈々
- 声優の紅白歌合戦出場は、2015年(第66回)のμ'sを待つことになる。
- 声優の紅白出場なんて夢のまた夢とみなされていた。
- あるいはスフィアあたりが歌手として出場していた。
- 逆に放課後ティータイムが出場…ってことはさすがにないか。
2010年代
2010年(第61回)
- 北島三郎の歌唱曲が「夫婦一生」だったら
実際には「風雪ながれ旅」が歌唱されました。
- この年のヒット曲の歌唱として話題になっていた。
- この曲はオリコン総合トップ10入り・日本レコード協会ゴールドディスク獲得と演歌としてはかなりの大ヒットになっていた。
- あの歌手が出場していたら
- Superfly
- 史実での初出場は2015年(第66回)。
- 歌唱曲はもちろん「タマシイレボリューション」だった。
- 南アフリカのワールドカップ絡みの紹介をされていたのは間違いないだろう。
- ペギー葉山
- 歌唱曲は「夜明けのメロディー」だった。
- 五木ひろしよりも先にNHKラジオ深夜便の「深夜便のうた」の紅白での歌唱が実現していた。
- 近藤真彦
- 代わりにNYCが落選していた可能性が高い(週刊文春に、NHKがジャニーズ側にNYCか近藤のどちらかと要請したという記事がある)。
2011年(第62回)
- あの歌手が出場していたら
- さとう宗幸
- 東日本大震災の被災地を拠点とする歌手として出場していた。
- 歌唱曲はもちろん「青葉城恋唄」だった。
2012年(第63回)
- あの歌手が出場していたら
- NMB48
- 翌年のアルバム「てっぺんとったんで!」や同アルバム収録曲「12月31日」は存在しなかった。
- 「北川謙二」か「ナギイチ」あたりを歌っていたかも。
- 逆にSKE48は出場していなかったか。
- 出場するにしても翌年に出場していたはず。
- もしかしたら「12月31日」をSKE48が歌っていたかも。
- 小林幸子
- =お家騒動がなかったらである。
- 2015年(第66回)の出場は史実通りか。
- とはいえ、紅組として出場していた可能性があるかも。
- 当時の最新曲である「茨の木」が史実以上に大ヒットしていたらありえた。
- 八代亜紀
- この年、ジャズアルバム『夜のアルバム』の発売やブルーノート東京で初公演を行ったことから、ジャズナンバーを披露していた。
- 歌唱曲は「Fly Me To The Moon」だったかもしれない。
2013年(第64回)
- あの歌手が出場していたら
- モーニング娘。
- 某OGの不倫騒動がなかったら、実現していたかもしれない。
- やっぱりその年の曲をメドレーで披露していただろう。
- 4期以前の元メンバーが中心となって出場し、現役メンバーは4期以前メンバーのバックダンサー扱いになっていた。
- SEKAI NO OWARI
- 「Death Disco」を歌っただろう。
- ロングヒットした「RPG」では?
- 逆に、サカナクションは出場していなかったか。
- 新沼謙治
- 「ふるさとは今もかわらず」を歌唱していた。
- 杉並児童合唱団の代わりに東日本大震災の被災地の児童による合唱をバックに歌ったかもしれない。
- MAX
- 「Tacata'」を歌唱していた。
2014年(第65回)
- あの歌手が出場していたら
- 松たか子
- 間違いなく、大きな話題となっていた。
- 場合によっては、瞬間最高視聴率も夢ではなかった。
- 妊娠の発表と重なっていなかったら、実現していたかもしれない。
- 身ごもっての紅白出場はそれなりにあった筈なので(直太朗産む直前の森山良子とか)強行出場もそれなりにあったかも。
- 最近だと2011年(第62回)のアンジェラ・アキも。
- 身ごもっての紅白出場はそれなりにあった筈なので(直太朗産む直前の森山良子とか)強行出場もそれなりにあったかも。
- MayJは出場していなかった。もしくは別の曲を歌っていたか。
- May J.&松たか子のデュエットになるのでは?
- 乃木坂46
- 史実での初出場は2015年(第66回)。
- さすがに48グループだけで5組出場することはないだろう。
- その場合、他の48グループのどれかが落選していた。
- もしかしたらももいろクローバーZが史実より早く落選していたかもしれない。
- その場合、他の48グループのどれかが落選していた。
- =松村沙友理の不倫スキャンダルがなかったらである。
- aiko
- ツイッターで落選を悔しがるツイートをすることはなかった。
- 歌唱曲は『君の隣』あたりか?
- 秦基博
- この年にヒットした『ひまわりの約束』を歌っていたに違いない。
- その場合、2006年(第57回)のスキマスイッチに続いて、映画ドラえもんシリーズの主題歌を紅白で歌った2組目の歌手になっていた。
- オフィスオーガスタに所属する歌手では珍しい紅白出場者になっていた。
- 他の出場歌手が史実通りの場合、スキマスイッチ、山崎まさよし、スガシカオ(当時)に続いて史上4組目だった。
- もしかしたら、「STAND BY ME ドラえもん」について言及されることもあったかもしれない。
- バックで「STAND BY ME ドラえもん」の映像を流しながら歌唱するという演出もあったか。
- キング・クリームソーダとDream5が正規の出場歌手としてカウントされていたら
キング・クリームソーダとDream5は「妖怪ウォッチ」関連の特別コーナーでの出演という形ですが・・・。
- ここで言う正規の出場歌手とは紅組(もしくは白組)の歌手として出場することを指します。
- たぶん、ポケビ&ブラビみたくひとまとめにされていただろう。
- 名前は「キング・クリームソーダ&Dream5」になりそう。
- 労働基準法の絡みもあってかなり早い段階での登場となっていた。
- 曲順は「ようかい体操第一」~「ゲラゲラポーのうた」のメドレーになっていたかも。
- この場合「妖怪紅白歌合戦」というコーナーではなく、通常のメドレー扱いになっていた。
- μ's
- 南條愛乃は主演できていた。
- そうなるとfripSideのライブは日付が変わる直前のスタートになる。
- MXでの年末特番はなかったか、年始に後日放送となっていた。
2015年(第66回)
- あの歌手が出場していたら
- ももいろクローバーZ
- 紅白からの卒業を宣言をすることもなかった。
- 平均視聴率が史実より少し向上していた。
- 過去最低記録を更新することもなかった。
- アニメ紅白歌合戦でムーンライト伝説を歌っていたのはHKT48ではなくこっちだった。
- 男祭り2015の実施において、地元の人権団体からの抗議がなければ少しはありえていた。
- 歌唱曲は『青春賦』あたりになるだろう。
- 『夢の浮世に咲いてみな』でKISSとコラボ…はさすがにないか。
- HKT48
- 年齢の下限から21時までの出場になっていただろう。
- 『12秒』を歌っていた。
- 『バグっていいじゃん』での選抜総入れ替えがなかった。
- SKE48
- =某メンバーのプリクラ流出がなかったらである。
- 『コケティッシュ渋滞中』あたりを歌っていた。
- 水樹奈々
- μ'sは紅白出場を果たせないまま、翌年に史実通り活動を終えていた。
- 水樹奈々ファンとラブライバーのいがみ合いは無かった。
- 「どちらも出場」というパターンもあり得るか。
- この場合、バランスをとるために白組にもアニメ枠が1組か2組割り当てられる。
- μ's側のスタッフが写真の差し替えを要求したとする報道もなかったため、紅白歌合戦のスタッフが声優の出場を忌避するようにならなかっただろう。
- 声優枠が事実上消滅することはなく、2018年(第69回)のAqoursや刀剣男子も普通に紅組や白組として出場していた。
- 歌うのは『Angel Blossom』あたりだろうか。
- きゃりーぱみゅぱみゅ
- 『もんだいガール』あたりを歌っていただろうか。
- 『Crazy Party Night 〜ぱんぷきんの逆襲〜』かも。
- もしかしたら、SEKAI NO OWARIとの対決でワイドショーのネタになっていたりして。
- 総論
- これらのアイドルグループが出場したお陰でアイドル戦国時代が終息することはなかった。
- AKB48と乃木坂46で人気を二分することはなかった。
- アイドルの仕事がベテランに奪われることもなかっただろう。
- 白組のトリが近藤真彦ではなかったら
- 少なくとも視聴率が過去最低を記録することはなかっただろう。
- そうなった場合、白組のトリはこの回を最後に勇退した森進一あたりが有力か。
2016年(第67回)
- あの歌手が出場していたら
- SMAP
- 解散大トリ?
- 安室奈美恵
- 当然歌唱曲は『Hero』になっていた。
- 確実に中継出演もしくは、事前収録した映像を流す感じになっており、司会者とトークすることもなかった可能性が高い。
- 視聴率は史実より少しは上がっていたか。
- 2017年に特別出演していた際は『Hero』ではなく別の歌を歌唱していた。候補としては『Just You and I』だろうか。
- 特別出演ではなく通常通り紅組での出演になっていた可能性もあった。
- ゴールデンボンバー
- この年のミュージックステーションスーパーライブで全身紅白の衣装を纏って本家紅白さながらのステージで『女々しくて』を披露することはなかった(史実では、紅白落選の悔しさを晴らすためにやったため)。
- AKB48夢の紅白選抜総選挙がなかったら
- 兒玉遥が活動休止に追い込まれることがなかった。
- 兒玉が活動休止→HKT48卒業に追い込まれることがなかった。
- なこみくも天童よしみのバックダンサーとして共演した本田望結の影に隠れることもなかった。
2017年(第68回)
- あの歌手が出場していたら
- どうぶつビスケッツ×PPP
- 曲目はもちろん『ようこそジャパリパークへ』になっていた。
- 『けものフレンズ』の本編映像を使ったステージになっていた。
- 紅白のためにアニメーションが製作されていたかもしれない。
- 日本の国産アニメーション100周年と関連付けて紹介されていただろう。
- 『けものフレンズ』の本編映像を使ったステージになっていた。
- 2015年(第66回)のμ'sをもって声優枠が事実上途絶えることはなかった。
- 2018年(第69回)のAqoursは普通に紅組として出場していた。
- その場合白組の男性歌手のバックダンサーを務めなかったか。
- 2018年(第69回)のAqoursは普通に紅組として出場していた。
- 荻野目洋子
- 曲目は勿論「ダンシング・ヒーロー」だった。
- 登美丘高校ダンス部がコラボレーションでダンスを披露していた。
- 平野ノラのゲスト出演も実現していた。
- 安室奈美恵が出演していなかったら
- 視聴率は更に低下し、史上最低視聴率の更新も十分ありえた。
- 埋め合わせとして「ひよっこ」だけでなく「わろてんか」の特別編も作られていたかもしれない。
2018年(第69回)
- あの歌手が出場していたら
- DREAMS COME TRUE
- 史実では「スケジュール上の都合」を理由に出場を辞退。
- 曲は「あなたとトゥラッタッタ♪」だろう。朝ドラの主題歌だし。
- BTS(防弾少年団)
- 原爆Tシャツ問題がなければ出場していただろう。
- 曲は「FAKE LOVE」か。
- 史実でこの年の12月31日に出演した『MBC歌謡大祭典』には日本からの中継で出演していた?(2011年の東方神起・少女時代・KARAみたく)
- 由紀さおり・安田祥子
- かつて童謡運動を広めた『赤い鳥』創刊100周年(童謡100周年)にちなみ、童謡歌手として返り咲き出場。
- 紹介でも『赤い鳥』創刊100周年について触れられていた。
- 曲は『赤い鳥』から誕生し、かつ曲がつけられた童謡としては第一号である「かなりや」か。
- クイーン
- 曲はもちろん、大ヒットした映画にあやかり「ボヘミアン・ラプソディ」。
- 映画の興行成績も史実以上に伸びていたかもしれない。
- フレディ・マーキュリーは死去しており、ジョン・ディーコンもすでに引退しているため、クイーン+アダム・ランバートとして出演。
- 冒頭にブライアン・メイとロジャー・テイラーのコメント動画が流れる。
- 実際この年の12月にはNHKの取材にブライアンとロジャーが応じたり、映画の大ヒットを受けてクイーンの特番が放送されたことから「本当にクイーンが出演するのでは?」という噂が流れたほど。
- あの歌手が出場していなかったら
- サザンオールスターズ
- 「究極の大トリ」として出場。
- この年の紅白の話題は米津玄師一色に。
- 結果にも影響をもたらしていたかも?
- 米津玄師
- この年の紅白の話題はサザン一色に。
- 大塚国際美術館が有名になることもなかった。
2019年(第70回)
- あの歌手が出場していたら
- 共通として
- 視聴率の最低記録更新は免れていた可能性は高い。
- 米津玄師
- 実際は「カイト」披露時にコメント出演をしました。もし二年連続で歌手として出場をはたしていたら?
- おそらく新国立競技場からの中継出演でホールでの歌唱ではなかっただろう。
- 歌唱曲は「馬と鹿」か。もしかしたら「カイト(嵐)」→「馬と鹿(米津)」→「パプリカ(米津&嵐)」というメドレーになっていたかも。
- スピッツ
- 歌唱曲は「優しいあの子」だろう。もちろん「なつぞら」出演者も応援出演していた。
- ゴールデンボンバー
- 歌唱曲は勿論「令和」だろう。
- 紅白の3日前に発売されたアルバムのタイトルが「もう紅白に出してくれない」になることも無かった。