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2019年7月16日 (火) 00:43時点における版

もしあの鉄道路線が開業していたら > 地下鉄

関東

川崎縦貫高速鉄道

  1. 社名は「川崎市営地下鉄」となって、全国9都市目の公営地下鉄が開業していた。
  2. 宮前平に田園都市線の急行が停車していた。
    • 宮前平~あざみ野が4駅連続停車となって苦情が来ていた。
      • むしろ、(実史上で)横浜市営地下鉄3号線開業時に急行を通過させたあざみ野駅の様に「なぜ乗り換え駅なのに急行が停車しない」といった苦情が入りそう。
    • 仕方ないので田園都市線にも特急が新設されていたか。
    • むしろ、急行を廃止し、(実史上で朝通勤時間帯のみ運行の)快速をデータイム以降も運行。
      • 実史の1996年4月25日以前の様に、急行は朝通勤時間帯のみの運行に戻るかも。
      • 実史の2017年7月に走った臨時列車の停車駅が新たな急行の停車駅になって、現行の急行は全て「ひる準」に格下げして宮前平を追加。
  3. 元住吉が起点だった場合、元住吉に東横線・目黒線の急行が停車していた。
    • 東横線急行の停車駅がますます増えて苦情が来ていた。
    • 史実では武蔵小杉が起点になるよう計画が変更されていたから、元住吉についてはそのままだと思われる。
  4. 等々力緑地にも駅ができる予定だったので、川崎フロンターレのラッピング列車が走っていたかもしれない。
  5. それでも川崎延伸はいろいろ問題があって構想止まりに終わっていた気がする。
    • 一応京急大師線の地下化は地下鉄延伸に関係なく行われているようだから史実通り。

横浜市営地下鉄2号線

神奈川新町~横浜駅東口~藤棚町~吉野町~滝頭町~屏風浦間。京急本線のバイパスとして建設予定だった。

  1. おそらく屏風浦より先大船方面への延長が計画されている。
  2. 屏風浦にも快特、少なくとも特急が停車していた。
  3. 路線愛称は「レッドライン」となっていた。
  4. 横浜市営地下鉄の車両も千葉へ進出
  5. 横浜線との相互直通が検討されていたそうなので、同路線への乗り入れを検討していたみなとみらい線の計画に影響を及ぼしていた。

横浜市営地下鉄3号線(未成区間)

  • 関内-山下町-本牧間が建設されないまま現在に至る。関内駅のホームが上下2層式なのはこの計画の名残。
  1. 少なくともみなとみらい線よりは先に開業していた。
    • 一方でみなとみらい線自体は横浜駅の地下化やみなとみらい21のアクセス云々から結局建設される。
    • 地下鉄の山下町駅(仮)の位置によっては、元町・中華街駅の建設位置が若干異なっていたかもしれない。
  2. 史実通り1号線と3号線を直通する列車も運転されるだろうから、愛称はこちらも「ブルーライン」になる。
    • 駅ナンバリングは丸ノ内線の方南町支線のように小文字になっていた。
      • のちに「Bb01」や「B51」のような表記方法になっていた。
    • 関内で同一ホーム乗り換えができるように、ダイヤの調整が行われていた。
    • 1号線直通が「ブルーライン」、山下町直通が「パープルライン」とかになってた可能性も。
      • この場合、関内以北は有楽町線・副都心線の共用区間みたいな扱いになり、ラインカラーも2本引いている。
      • ただし共用区間が長すぎるため、ナンバリングは(あざみ野から)「BP01」みたいになっている。
  3. 地図を見た限りでは横浜スタジアムや中華街の真下を通過せざるを得なかっただろうから、建設時の交渉に手こずっていたかもしれない。

町田市営地下鉄

  • バブル期に検討されていたとか。
  1. 少なくとも町田市だけで完結させることは不可能だった。
  2. 町田市には交通局がないので結局都営町田線になっていたかもしれない。

東京高速鉄道

  • 鬼怒川水力電気が小田急電鉄を設立する前に東京高速鉄道を設立して新宿ー大塚間等に地下鉄を建設する計画が存在した。
    • 実在した新橋駅ー渋谷駅間を建設・運営していた所とは無関係。
  1. 現在の小田急電鉄が存在していたかどうか。
    • 一応現在の小田原線は東京高速鉄道の延長線敷設という形をとっていた。
  2. 皇居の外濠が埋め立てられていた。
    • 会社側は地下鉄工事で掘削した土で外濠を埋め立てて、公共用地と宅地として売り出すことを考えていた。
  3. 新宿以東の地下線は営団の路線になっていただろう。
  4. 千代田線の乗り入れは無かったかもしれない。
  5. 小田急新宿駅の構造が頭端式ホームでは無かった。

営団地下鉄・東京メトロ関連

銀座線

三ノ輪延伸

  • かつて実際に計画があったがいつの間にかフェードアウトしていた。
  1. 「三ノ輪では結節点としての役割を担い難い」と言う理由で、終点が南千住に変更されていたかもしれない。
    • もし計画通り三ノ輪が終点になっていたら、川島令三のように都電荒川線との相互直通を要望する無謀な案が出ていた。
    • 終点が南千住に変更となった場合、千住車両基地の地下に新たな車庫が作られていた。
  2. 東京メトロ1000系の案内表示で浅草駅の到着ホームを案内することは無かった。
    • 浅草のターミナル駅としての立場がますます低くなっていた。
  3. もしかすると吉原にも駅が出来ていたかもしれない。
    • 一部の人が「江戸時代の遊郭は静岡の吉原にある」と言う勘違いをすることもなかったはず。
      • 但し駅名が現在の地名である「日本堤」になっていたら話は別。
  4. 安宿街から有名観光地に直接アクセス出来るため、外国人観光客からは重宝されていた。

二子玉川方面延伸

  • 当初、東急新玉川線(後の田園都市線地下区間)は銀座線の延伸で行おうとしていました。しかし直通が不可能であるなどの問題により11号線(半蔵門線)に計画は移され、後に東急が開通させました。
    • ではもし、当初の予定通り銀座線の路線になっていたら?
  1. 東急大井町線と田園都市線が分割されることはなかった。
    • このため、駅は6両、8両に対応できるよう拡張され、九品仏駅も踏切を跨いでホームが設置されることもない。
  2. 渋谷駅はこの時点で地下化されていた。
    • 当初の案だと渋谷は高架駅のまま→車庫の先で再び地下に潜るという構造になる筈だったような。

丸ノ内線

池袋-成増間

  • 計画では成増まで行く予定でしたが、路線免許を8号線に譲りました。
  1. 有楽町線は池袋どまりになっていた。
    • 池袋から先は「西武有楽町線」として建設されて西武池袋線と直通運転していた。
      • 千川、要町のホームは無し。
      • 新桜台もなかった。
      • その場合、京王新線のように練馬~池袋に「池袋新線」として作られていたかもしれない。この場合、新線は同駅間ノンストップになっていた。
  2. 都営三田線が西高島平から和光市まで延伸していて東武東上線に乗り入れていたかもしれない。
    • 実際この区間が狭軌に決まったことが東武が三田線乗り入れを取りやめた最大の理由らしい。
  3. 東京メトロ副都心線は新宿どまりになっていた。
    • 池袋まで開通し、「西武有楽町線」へ直通していたかもしれない。
  4. 大運転(成増-荻窪間を通しで運転する系統)は早朝と深夜に各数本ずつだけであり、日中の運転系統は成増-新宿・池袋-新宿・池袋-荻窪の3つに分けられていた。

赤羽方面への支線

  • 丸ノ内線の本郷3丁目から分岐し、現在の南北線ルートを通って、 赤羽までの支線を誘致する動きがあったそうです
  1. 南北線後楽園以北のルートが変わっていた。
    • もしかしたら日暮里方面に向かって日暮里・舎人ライナーのルートで足立区に入っていたかも。
  2. 方南町支線とは違って6両で運転されていた。
  3. 春日と後楽園の連絡運輸がもっと早くから実現していたかもしれない。

朝霞方面延伸

  • 都営大江戸線開業前に要望があった
  1. ルートは荻窪~上石神井~大泉学園~朝霞か。
  2. 都営大江戸線延伸の声は史実より小さい。それでも清瀬市や所沢市は要望する。
  3. 池袋ー朝霞間も建設して環状運転しろという声が出てくる。特に成増まで丸ノ内線が建設されていた場合。

有楽町線・副都心線

護国寺-中村橋間

  • 現在の東京メトロ有楽町線の検討案として都市交通審議会の答申内に存在。後に12号線の一部に変更されるも結局削除される。
  1. 有楽町線は池袋ではなく目白を通っていた。
  2. 西武有楽町線は建設されず、有楽町線は中村橋―新木場間の路線になっていたかもしれない。
    • ただ、答申の時点で池袋経由の路線も考えられていたらしいので、そうなると史実通り池袋経由で東武も乗り入れてきた可能性がある。この場合は護国寺駅が史実の小竹向原駅のような構造になっていただろう。
      • いずれにせよ副都心線は東武と東急の相互乗り入れのみになっていた。
    • もしくは史実で一度12号線に組み込まれたように別路線として独立していた。
  3. 大江戸線のルートにも間接的に影響が出ていた。
    • 練馬―中井間が史実とは異なるルートになっていた可能性大。
      • 都営地下鉄大江戸線の新宿・六本木・大門方面の電車に乗ると練馬駅の次の駅は、もっと北に位置するのかな?
        • たぶん千川通りに出来るハズだから駅名は「地下鉄桜台」か「地下鉄江古田」が妥当かと。
    • 江古田まで大回りせず、野方・中野経由になっていたかもしれない。それでも西武線急行が野方に止まることはなさそうだが。
  4. 史実でも検討されていた野方への支線が実現していたかもしれない。

羽田空港延伸

  • 終点が渋谷に決まるまで品川を経て羽田空港方面への延伸を検討する旨も併せて示されていた
  1. 東上線・西武線沿線民が羽田空港に行きやすくなっていた。
  2. 副都心線の東急線乗り入れが東急車の片乗り入れになっていたかもしれない。
  3. 東横線は現在も日比谷線との直通運転を行っていた。

東西線

下板橋方面への支線

  • 東西線の支線として「大手町~下板橋」 の路線が計画されていた。さらに西が丘を経由し、赤羽まで延伸させようという動きがあったそうです。
  1. 現実と同ルートを通る都営地下鉄三田線に影響が出ていた。
    • と言うかこの支線の計画を発展させたのが6号線じゃなかったっけ。
      • 6号線が赤羽方面に向かっていた。
  2. 東武東上線との直通運転が提案されるも実現せず。
    • 直通運転が実現した場合東上線の複々線区間は下板橋~志木間になっていたかもしれない。
      • どのみち本線に乗り入れる可能性は低い。
  3. 営団のステンレス車安住の地になっていた。
  4. それでも西が丘サッカー場が東京ヴェルディの本拠になることはない。

南北線

舎人方面への支線

南北線には計画当初、駒込で本線と分岐し上中里~堀船~宮城~江北~舎人公園~舎人~南越谷方面の支線を造る計画がありました。しかし、財政問題等の理由から地下鉄は建設されず、新交通システム(現在の日暮里・舎人ライナー)に変更されて現在に至ります。では、もしも計画通り南北線の支線が開通していたら?

  1. 当然日暮里・舎人ライナーは建設されなかった。
  2. 乗客が山手線と接続する南北線に流れ、東武伊勢崎線は苦戦を強いられる事に。
  3. 舎人から川口・草加方面への延伸も計画されるが、計画止まりになりそう。

都営地下鉄関連

三田線

港北ニュータウン延伸

  • 東急への乗り入れ計画が破談した後に策定。白金高輪から独自ルートで港北ニュータウンに向かう予定だったらしい。
    • 横浜市営地下鉄のセンター北-センター南間の並走区間にある空き地がこの計画の名残とされている。
  1. おそらく「池上線との直通が中止になった補償」と言う大義名分もあるだろうから、東急が建設・運営する事になっていた。
    • 多摩川を渡るまで都営、そこから先は横浜市交通局か、県・川崎市・横浜市・東急が出資する3セクの運営になったかも?
  2. 横浜市営地下鉄グリーンラインが史実通りの形で開業したかどうか怪しい。
    • 少なくともセンター南-中山間は開業しなかった。
    • 史実のように目蒲線を流用して日吉から新線を作るか、東急が白金近辺(おそらく目黒)まで新線を作るかでグリーンラインの運命が変わる。史実の計画では後者(等々力・武蔵新城を経由する予定だったらしい)が優勢だったそうだが果たして…。
      • 後者が採用されていた場合、目蒲線は分断されない。下手すると目蒲線ホームも地上に残ったままだったかも。
  3. 港北ニュータウンに直結している事もあり、田園都市線よりも混雑が酷い事になっていた。
    • 三田線(と南北線)の8両化が既に実現している。

旧大宮市西部延伸

  • 東武東上線との直通運転計画が破談となった後、都が単独で西高島平から新大宮バイパス沿いに旧大宮市西部まで延伸させる計画が持ち上がりましたが、埼玉県側が慎重姿勢で結局実現しませんでした。では、もしも延伸計画が実現していたら?
  1. ルートは西高島平~美女木~西浦和~三橋~指扇or西大宮か。
    • 基本が新大宮バイパスに沿う形というのを考えると、川越線と交差する宮前インター辺りに新しく駅が造られ、そこが接続駅となっていたかも。
      • あの辺は宮前インターの所為で駅を造る場所が無さそうだから、川越線との接続駅だけバイパスから外れた場所にできそう。
  2. 延伸区間は埼玉県になるので3セクや別会社・・・と言いたい所だが、都が単独で計画を推し進めていたり、東京都交通局の職員が直々に下見に行っていたりという事を考えると、都営地下鉄のまま延伸していた可能性も高い。
    • 一方これを前例に、南北線蓮田延伸を営団地下鉄で建設しろという要求が強まっていた。
  3. 埼京線の建設計画にも影響が出ていた。
    • 三田線延伸部や京浜東北線まで距離がある事、新幹線の見返りという事を考えると、何も造られないというのはなさそう。ただ、輸送力過剰になるのでニューシャトルの様な新交通システムになっていたかも。
  4. 大宮から高崎線・宇都宮線・川越線・アーバンパークライン直通やニューシャトルの代わりに伊奈や鴻巣延伸が妄想されるも実現性は薄い。

中部

金沢市営地下鉄

野町-香林坊-金沢-金沢港

  1. 石川線が昇圧し、同線を利用して北陸鉄道浅野川線・石川線が直通運転を行っていた。
    • 車両も両線で統一されていた。
  2. 開業時の車両が最近まで残っていた。

名古屋地下鉄道

名岐鉄道と愛知電気鉄道(愛電)が、共同で計画していた名古屋市の地下鉄計画

  1. 戦後の名古屋市の地下鉄建設は名鉄が主導していたかもしれない。
    • 名鉄瀬戸線は地下鉄に乗り入れていた。
  2. 名岐と愛電が合併しなかった場合、名古屋市の路線になっていたか、最悪国有化された。
    • 国有化された場合、営団地下鉄の路線になっていた。
      • 営団地下鉄民営化後は東京メトロと分離されて「名古屋メトロ」?
      • 営団地下鉄の正式名称も「帝都高速度交通営団」ではなく「日本高速度交通営団」になっていた。
  3. いずれにしろ名古屋市の地下鉄は様変わりしていた。
    • 史実の東山線と名城線は建設されなかったか、同線に乗り入れていた。
  4. 名古屋市の地下鉄は戦前から存在していることになっていた。

大阪市営地下鉄・大阪メトロ関連

中央線

分岐線(深江橋-放出間)

  1. 深江橋駅は分岐可能な構造となっていた。
  2. 放出駅はJR学研都市線との乗り換え駅となっていた。
    • 地下鉄側が国道479号の地下に建設されていた場合、JRの駅の方が国道との交点に移転していた。
    • JR東西線開通までは学研都市線沿線から地下鉄を利用する場合、ここで乗り換える人が多かった。
      • 中央線の利用客も現実よりも多かったかも。
  3. 放出から先、今福鶴見方面への延伸も実現している。
    • というより井高野への路線(現実の今里筋線に相当する)はこの路線を延長する形で行われていた。

四つ橋線

大浜延伸

  1. 南海本線沿線から四つ橋線沿線に行く場合、難波ではなく堺で乗り継ぐ人が少なからずいた。
    • 南海本線沿線から南港方面に行く場合便利になっていた。
    • 堺東駅・堺駅~南港・天保山を結ぶ南海バスの路線は存在しなかった。
    • 四つ橋線岸里駅から南海天下茶屋駅へ歩いて乗り換える人も現実ほど多くならなかった。
  2. 堺市のLRT計画は市営地下鉄として計画され、四つ橋線との相互乗り入れを前提にしていた。
    • 実現すれば日本唯一の市営地下鉄同士の乗り入れとなる。

堺筋線

中百舌鳥延伸

当初の予定では、御堂筋線が中百舌鳥に乗り入れる予定でした。

  1. 当然ながら、御堂筋線の延伸はなかった。
  2. 堺筋線の車両基地は東吹田検車場ではなく、中百舌鳥検車場に設置された。
    • その代わりに、御堂筋線の車両基地は我孫子検車場を拡張して、使用していた。

杉本町延伸

  1. 大阪市立大学へ通う学生にとって、便利になっていた。

中国

広島市営地下鉄

1960年代に中国地方の拠点を目指して市で地下鉄を整備するという構想が持ち上がった。

  1. アストラムラインの地下区間を地下鉄だなんて言う広島市民はいないだろう。
  2. 呉線・可部線・芸備線と直通乗り入れしていたか。
    • 実際に呉線への直通計画は実在していた。
    • 地下鉄直通用として呉線に103系1000番台が転用されていた。
  3. 福岡市のように市当局と広電が対立していた。
    • それでも福岡市内線が廃線になったように、広島電鉄の市内線も全廃ないしは札幌のように大整理がなされた可能性はある。
  4. 運賃は初区間210円程度。
  5. 太田川など、広島市内を流れる川の関係で、駅は深いところにできる。

海外

奉天市地下鉄道(中国)

計画はかなり細かくできていたが太平洋戦争勃発により着工できず。

  1. 日本が負ける前に完成できたのはせいぜい第一期の区間くらい。
    • 戦時中の完成のはずなので満洲国時代の写真は極めて少ない。
    • ソウルメトロ同様、満州国が建設した路線のみ左側通行になっている。
  2. 大阪市が計画に関与していたため『ごちそうさん』の劇中で言及されていたかもしれない。
    • 場合によっては悠太郎が満州に送られた理由が「奉天の地下鉄建設」になっていた。
  3. 国共内戦や文化大革命などのせいで路線建設はたびたび中止を強いられていた。
    • 戦前に計画された路線が大体できたのは90年代に入ってから。
  4. 北京や天津などの後に中国で建設された地下鉄にも影響を与えている。

ドネツィク地下鉄(ウクライナ)

1992年に工事が始まったが慢性的な資金不足のため2011年に中止された。

  1. 現実でドネツィク市内を走っているトラムやトロリーバスは必然的に縮小を余儀なくされた。
  2. 2012年のUEFA欧州選手権の際には観客の輸送に大活躍した。
  3. 2014年ウクライナ騒乱の際には間違いなく戦場となった。
    • ウクライナ政府軍と「ドネツク人民共和国」軍がトンネルや駅でどこかのFPSさながらの銃撃戦を繰り広げていた。
    • 結果として復旧に数年かかるほどの被害を受けている。

シンシナティ地下鉄(アメリカ)

第1次大戦後の資材高騰のためトンネルを作ったところで予算が尽き完成できず。

  1. オハイオ州初の地下鉄となっていた。
    • シンシナティ市民がクリーブランドの市民に対してしばしば自慢していた。
  2. よく見かける広告といえばP&G、メイシーズ百貨店、チキータといった地元の大企業のもの。
  3. シンシナティの人口減少の幅は史実より小さかった。
    • 現在でも30万人を下回っていない。
  4. 構内の治安は良くない気がする。
    • ガイドブックなどで「地下鉄に乗車する際は泥棒などに注意してください」という趣旨のことを書かれた。



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