「もしあの鉄道路線が開業していなかったら」の版間の差分

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===小田急多摩線===
 
===小田急多摩線===
 
#新百合ヶ丘駅は開業しなかった。
 
#新百合ヶ丘駅は開業しなかった。
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#*宅地開発などの影響で開業した可能性はあるが、駅名が「万福寺」とか「西百合ヶ丘」だったかもしれない。
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#**利用者数にもよるが、急行は通過した可能性もある。
 
#こちらの場合も小田急の代わりに西武の多摩ニュータウン延伸構想が実現していた。
 
#こちらの場合も小田急の代わりに西武の多摩ニュータウン延伸構想が実現していた。
 
#相模大野発着の千代田線直通準急は今でも健在。
 
#相模大野発着の千代田線直通準急は今でも健在。

2018年8月29日 (水) 18:23時点における版

  • 新規追加はJR→私鉄(会社別・大手→その他)→地下鉄になるようにしてください。

新幹線

もし新幹線が建設されていなかったら

北海道・東北

石勝線

  1. 追分〜夕張、紅葉山(新夕張に改称せず)〜登川だけで「夕張線」のまま。
    • 美祢線同様、かつて貨物輸送が盛んだったことから辛うじて幹線に指定される。
  2. しかし2004年に登川支線が廃止される(史実の楓駅廃止年)。
    • 廃止直前は1日1往復で「日本一本数の少ない鉄道路線」だった。
  3. そして夕張線自体も、2010年代に入って廃止が議論されるようになる。
  4. 駅ナンバリングはおそらく設定されなかった。
  5. 帯広・釧路方面への列車は相変わらず滝川経由だが、高速道路との競争面でネックになる。
    • 特に札幌/新千歳〜帯広はバスがほとんどになる。
      • また、新千歳〜帯広間の航空便も存在している。
    • 「なぜ石勝線を凍結してしまったのか」と当時の国鉄を批判する文脈で言及される。
  6. 根室本線の滝川〜新得間の廃止が検討されることは無い。

千歳線

白石-北広島

  1. 当然苗穂-北広島間の旧線が健在。
  2. やや線形が悪いため、道内特急の所要時間が若干延びていた。
    • それでも複線化はされていると思われる。
  3. 現在近いルートを走っている札幌市営地下鉄東西線にも当然影響する。
    • 終点が新さっぽろ駅でなかった可能性が高い。

空港支線

  1. 千歳空港駅からターミナルまで新交通システムか何かができていた。
    • 運賃がかなり高額になっていた気がしてならない。
      • 逆に、運賃を無料にする措置が取られていた可能性もある。
  2. 利用者や専門家から「ターミナルまでJRの支線を作ればよかったのに」という声が上がる。
  3. =千歳空港のターミナルビル移転がなかったらである。
    • 南千歳駅が千歳空港駅を名乗っていた。

津軽海峡線

もし青函トンネルが○○だったら#建設されなかったら

田沢湖線

  1. 盛岡-秋田間の移動がかなり不便になっていた。
    • 北上線が早期から電化されるも、高速道路がほぼ同一のルートを通るので激しい競合に晒される。
    • 少なくとも特急の列車名は「たざわ」にはなっていない。
  2. 北上線が秋田新幹線に相当する路線として改軌されたとしても、時間短縮を口実に仙台で増解結が行われていた可能性大。
    • 一方で大曲でスイッチバックする必要は無くなっていた。
  3. 角館-大曲間は秋田内陸縦貫鉄道として経営分離されていた。
    • 国鉄時代の名称は「角館線」。

仙石線

  1. 「日本最初の地下鉄」は名実ともに銀座線になっていた。
  2. 東北本線と石巻線の直通運転が史実よりも早く行われていた。
    • 震災以降は「石巻東北ライン」として増発が実施される。
    • 女川行きの本数も史実より多かったかもしれない。
  3. 山手線を追われた205系は両毛線辺りに転属していた。
    • 当初の予定通り房総地区じゃない?

関東

南武線

  1. 武蔵野線が鶴見駅起点であることが現実より知られていた。
  2. 川崎市を縦貫する高速鉄道の計画が出ていた。
    • 川崎市営地下鉄は頓挫せずに開業出来ていた。
  3. 浜川崎支線は鶴見線の一部だったかも。
  4. 横須賀線の武蔵小杉駅はSM分離運転開始からあり、新川崎駅は無かった。
  5. 溝の口駅、登戸駅、京王稲田堤駅、分倍河原駅は単なる中間駅。
    • 川崎市営地下鉄が開業していれば、溝の口ではなく宮前平が乗り換え駅として重要視されている。

京葉線

  1. 東京ディズニーリゾートの来園者数が史実より少なかった。
    • そのTDRへは東西線浦安駅などからのバスが一般的になる。
      • また、東京駅などからの高速バスが史実以上によく利用される。
        • JRバスの「ファンタジア号」が現存していた。
    • 流石にTDRの最寄り駅はある気がする。モノレールか私鉄のアクセス用は作っていたかもしれない。
      • もしやディズニーリゾートラインが浦安駅まで延伸されていた?
      • 海浜ニュータウンまでのアクセス路線は必要だから、有楽町線と千葉都市モノレールがそれぞれ海浜幕張まで乗り入れる。結果的に武蔵野線が来ない事と乗り換えを必要とする事以外は案外史実と変わらないかも。
  2. 内房線・外房線の特急が史実以上に衰退する。
  3. 成田新幹線の東京駅ホームは放置されたままか、別の活用で何とか機能していたかも。
    • あそこのホームって新幹線の用地を流用しただけだから、京葉線が出来なければ何も建設されずに放置されていただけなのでは。ウルトラCでリニア中央新幹線のコンコースにすると言う手もあるけど。
  4. 幕張本郷〜海浜幕張(に相当する場所)間で新交通システム(千葉都市モノレールの飛地?)かLRTが開業していた。
  5. 有楽町線が千葉市まで延伸されていた?

武蔵野線

  1. 山手貨物線を通る貨物列車が多いので、湘南新宿ラインは設定されなかった。
    • 埼京線は池袋以南は山手線に乗り入れていた。
    • もしかしたらりんかい線はJR貨物の路線になっていた。
  2. 越谷レイクタウンや新三郷ららシティもない。
  3. 圏央道の鉄道版を作ろうという動きがあったかもしれない。
  4. おそらく京葉線、りんかい線も未開業。
  5. 開業していないととなると貨物路線のままなので貨物ターミナル駅に強化を入れていた。
  6. 自動改札機が本格的に導入されたのは山手線だったかもしれない。導入時期も史実よりやや遅れていたかも。
  7. 元々別路線だった新松戸-西船橋間は建設されるが、起点・終点が柏と船橋に変更されていた。
    • 東武野田線と重複しないか?
  8. 新座市に鉄道が通っていないと誤解する人が多かった。
    • 東上線志木駅に「志木新座駅」などへの改称要望があった。

上越線

  1. 吾妻線は高崎起点になっていた。
    • むしろ吾妻線は史実通りで、両毛線が高崎〜新前橋間を含んでいた。
  2. 東武鉄道の路面電車が水上に乗り入れていた。
    • 6.があれば廃止される。
  3. 信越線の碓氷峠の交通量が激増したため、北陸新幹線が早期開業していた。
    • 一方新潟と関東のつながりが弱くなるため、上越新幹線は計画止まり。
      • そもそも計画すらされていない。
      • 新潟は現実よりも関西指向が強くなり、「サンダーバード」の一部が新潟発着になっていた。
      • 新潟地区は場合によってはJR西日本だった。
    • 新潟への新幹線は北陸新幹線(この世界では大阪から作られる)が分岐して到達していた。
  4. 在来線特急ときは磐越西線経由になっていた。
  5. 新潟地区の鉄道路線は交流電化になっていた。
  6. 群馬県内では水上までが「水上線」、新潟県内では越後湯沢までが「湯沢線」として開業していた。
  7. 川端康成の「雪国」は存在しなかった。
  8. 北越急行ほくほく線も開業していない。

山手線

もし山手線が○○だったら#建設されなかったら

川越線

  1. 西武大宮線は現在なお走っている。もちろん普通の鉄道路線として走っていた。
    • こちらが高麗川駅まで延伸していた。
  2. 埼京線は最初から高崎線直通になっていた。
    • そのため埼京線の車両基地は浦和に建設されていたかも。
  3. さいたま市西区は史実ほど発展しておらず田舎のまま。

埼京線

  1. 新幹線は速度制限する事はなく大宮以南も240km/hになっていたかもしれない。速度制限があったとしても170km/hになっていた。
    • 「埼京線が建設されない=史実のルートで建設できなかった」という可能性もある。この場合は東北貨物線の用地を転用して新幹線の高架を建設していた。
    • 東北新幹線は地下に建設されていた。(地下案が頓挫して地上線建設→反対運動で見返りに埼京線を建設だったので)
  2. 代わりに都営三田線の延伸が実現出来ていた。もちろん戸田市にも駅が出来ている。
    • 少なくとも史実の武蔵浦和駅まで建設出来ていただろう。
  3. りんかい線は開業出来たとしても史実ほど発展していなかったかもしれない。
  4. 大宮ー赤羽間がパンク状態になったので、武蔵野線方面の列車が増発されていた。
  5. 戸田市は川口市に吸収されていた。
  6. 川越線は非電化ローカル線のまま。
    • 川越以西や八高(南)線さえ電化されてるんだから、さすがに電化されるでしょう。
  7. さいたま新都心が大規模になっていたかも。
  8. 旧赤羽線区間に湘南新宿ラインが通っていたかもしれない。

京王相模原線

  1. 京王多摩川までは史実通り建設されるが、現在まで競馬場線クラスの支線として放置される。
    • 調布駅は地下化してもあそこまで複雑な構造にはならなかった。
    • 競馬場線同様、京王閣で競輪が開催される時のみ臨時の直通列車が運行される。
    • 路線名は「京王多摩川線」。西武東急と並んで関東私鉄に3つ「多摩川線」があることに。
  2. 都営新宿線からの直通列車は全列車が高尾山口へ向かっていた。
  3. この路線の代わりに西武の多摩ニュータウン延伸構想が実現していた。
    • 中央線に悪影響を与えないように、上石神井-武蔵境間も同時に着工されていた。
    • 西武資本なら財力にも余裕があるので、観光開発も兼ねて津久井までの延伸もすんなりと実現できていたかもしれない。

小田急多摩線

  1. 新百合ヶ丘駅は開業しなかった。
    • 宅地開発などの影響で開業した可能性はあるが、駅名が「万福寺」とか「西百合ヶ丘」だったかもしれない。
      • 利用者数にもよるが、急行は通過した可能性もある。
  2. こちらの場合も小田急の代わりに西武の多摩ニュータウン延伸構想が実現していた。
  3. 相模大野発着の千代田線直通準急は今でも健在。

東急田園都市線

  1. 未だに横浜市青葉区一帯は田舎と馬鹿にされていた。
  2. 東急世田谷線は渋谷まで伸びていた、というか玉川線が残っていた。
    • 新玉川線と田園都市線の計画は元々別のものだったから、当初の計画通り銀座線が二子玉川まで乗り入れる形になっていたかもしれない。
  3. かわりに横浜地下鉄が小田急まで伸びていた。
    • ただし接続先は新百合ヶ丘ではない可能性大。
  4. こどもの国線は現在でも休園日になると1時間に1本しか運転されない。
    • 長津田駅には横浜線しかないことから、こどもの国線はJR風の雰囲気になっていた(さすがにJR線そのものにはなっていない)。
  5. 横浜市の人口は250万人程度にとどまっていた。
  6. 二子玉川-溝の口間は大井町線になっており、二子新地・高津両駅もそちらに属していた。
    • 新玉川線(あるいは半蔵門線の二子玉川延伸)が開業した場合、JRとの連絡のために溝の口までは直通しているが、史実とは逆に溝の口行きが二子新地・高津両駅を通過する。
  7. 今でも南林間の方が中央林間より地位が高かった。

西武秩父線

  • 路線名称上の吾野〜西武秩父間のみとします。
  1. 現在でも池袋線は吾野止まり。
    • 某ハゲタカファンドの圧力により、飯能以遠はあっさり廃止してしまったかもしれない。
      • ただそれでもJRとの連絡のために東飯能までは残すかも。
  2. 西武最長のトンネルである正丸トンネルは当然建設されなかった。
  3. 秩父市の人口がかなり減っていた。
  4. 秩父鉄道が秩父市唯一の鉄道となるため、利用者数は一応増えていた。
    • PASMO導入も行われていた。
    • 秩父鉄道は東上線との直通がメインだった。そちらに有料特急が走ったかも。
    • 場合によっては秩父鉄道ごと東武に合併。熊谷と寄居で運行系統が分割される。
  5. 吾野周辺が西武資本で観光開発された可能性も高い。

住宅・都市整備公団千葉ニュータウン線

  1. 草深や松虫は未だに開発されていない。
    • もしくは史実通り開発されるも、都心に出るにはバスの使用を余儀なくされていた。
      • 千葉県営鉄道北千葉線の早期建設運動がたびたび起こっていた。
  2. 松虫に駅が出来るのは成田スカイアクセスの開業を待たなければならなかった。
    • そもそもスカイアクセスが開業できたかどうか…

新京成電鉄

もし京成電鉄が○○だったら#鉄道連隊演習線が民間に転用されなかったら

つくばエクスプレス

  1. つくばみらい市は誕生しなかった(つくばみらい市の由来はみらい平駅から)。
  2. 高速バス「つくば」号は相変わらずドル箱路線で減便もない。
  3. 常磐線は未だに403系/415系。
    • あれはもうガタが来ていたから、開業していなくても置き換えられただろう。
    • でも、E531を130Km/h運転対応にはしなかったかと。
      • 史実通りグリーン車を導入していたら普通車利用客の苦情が現実以上に多かった。
    • 415系は1500番台がまだ上野に乗り入れていた。
      • 更新によってVVVF制御や車内案内表示機が導入されていた。
      • 2階建て車だけは不便なので先に廃車になっていた。
  4. 常磐線の特別快速は運転されなかった。
    • 通勤快速が現在も運転されていた。
  5. 鹿島鉄道はまだ走っていたかもしれない。
  6. 筑波鉄道もまだ走っていたかもしれない。
  7. 関東鉄道常総線に「快速」が運転されることもなかったかもしれない。
  8. 守谷の発展は遅れ、昔ながらの田舎町のまま。
    • 特に21世紀に入ってからは人口が激減していたかもしれない。
  9. つくば市はただのハコモノで終わっていたかも。
    • つくば市は東京都心への通勤圏には入らなかった。
      • 「無用の長物」「バブルの置き土産」とまで称されていた。
    • つくばはつくば以外の住民にとって「近くて遠い場所」のままだった。
  10. 代わりに土浦〜つくば間のLRTが開業している。
    • 土浦ニューウェイが当初の計画通りに鉄道線として開業していたかも。
  11. 八潮市埼玉県で鉄道が通っていない唯一の市のままだった。
  12. 筑波大学の学生は未だに自宅外通学(要するに下宿)の割合が高いままかもしれない。東京都区部出身の学生が自宅通学ではなく現地で下宿するため。

北総鉄道

  1. 千葉ニュータウン自体がもう少し北側に建設されていた。
  2. 千葉県営鉄道北千葉線は建設中止となることなく開業していた。
    • もしかすると千葉県営鉄道(に相当する路線)が第三セクター化され、こちらが「北総鉄道」を名乗っていたかも。
    • この場合、起点が高砂ではなく本八幡に変わっていたことと軌間が1372mmだったこと、浅草線ではなく新宿線に直通していたことを除けば史実とあまり変わらない。
  3. 成田スカイアクセスは存在せず。
    • もしくは千葉県営鉄道と並走する形で建設されていた。
    • スカイアクセスが無い場合は代わりにJRで船橋〜佐倉間の新線が開業したかも(改正鉄道敷設法別表第50号に計画があった)。
      • これを開業させることで成田新幹線の代替としていた。

りんかい線

  1. ゆりかもめの混雑がひどくなる(特にコミケの時など)。
  2. 品川シーサイドに本社を構える企業も少なくなっていた。
  3. 元々京葉貨物線として建設された側面もあるので、開業していないとなると名古屋の南方貨物線のように高架やトンネルが放置されている可能性も…。
  4. 現在は京葉線延伸計画として旅客化を目指してるかもしれない。
    • 但し大崎ではなく羽田空港が終点となっている。

みなとみらい線

  1. 当然東急東横線は桜木町まで残っている。
  2. 「横浜高速鉄道」はこどもの国線の所有者として存在するが、知名度は大幅に低くなっていた。
  3. みなとみらい地区の開発が滞っていた。
  4. 関内駅の混雑が現実以上に悪化する。
    • 東横線を桜木町から関内まで延伸する計画が出ていたかも。

多摩都市モノレール

  1. 多摩地区の南北輸送は今まで以上に不便だった。
    • 交流も少なかった。
  2. 武蔵野線の本数が増えてたりしてたかも。
  3. 多摩動物公園駅への京王線の直通が増えていた。
    • 大学輸送もあったので混んでいた。
      • 明星大や帝京大はともかく、中央大は本気で都心回帰について検討していた可能性が高い。特に主要学部である法学部だけでも都心に戻そうと躍起になっていただろう。
    • もしかしたら動物園線が多摩センター延伸してたとか。
  4. 立川市役所移転はなかったかも。
  5. この作品の舞台は違う地域になっていた。
  6. 武蔵村山市は別の形で鉄道路線の開業を要望していた。
    • ほぼ間違いなく西武鉄道に路線新設の打診をしていただろう。

埼玉新都市交通

新幹線の見返りとして開業したニューシャトル。もし建設されなかったらどうなる?

  1. 伊奈町は現実よりも空き地だらけに。
    • 最悪の場合伊奈町は上尾市と合併していたかもしれない。
  2. 鉄道博物館は別の所に建設していたか、神田のままだった。
    • 場所を考えると史実通りの可能性もある。流石にアクセス用の何かは作っていただろうが。
      • おそらく高崎線か川越線に新駅が出来ていた。
  3. ステラタウンのアクセスは宮原駅か土呂駅となってるので現実より悪かったかもしれない。
  4. 高崎線・川越線大成駅が実現していたら現実よりアクセスが良かった。
  5. これで史実通り埼京線が開業していたら「不公平だ」と言われていたかもしれない。
  6. かわりに埼京線が伊奈町に来ていた。

ゆりかもめ

  1. りんかい線が現実より早く開業していた。
  2. レインボーブリッジは道路単独橋として建設されていた。
  3. 東京オリンピック招致の際に、都心~晴海~新豊洲~有明に鉄道を建設すべきという声が出ていた。
  4. 「公共交通機関が無い豊洲市場への移転は高齢者いじめではないか」という批判が飛んでいたかもしれない。

東京モノレール

  1. 羽田空港は1990年代までまともな鉄道アクセスが無い状態になっていた。
    • JRの羽田空港アクセス線構想がもっと早くから具体化していたかもしれない。
    • 名ばかりの京急羽田空港駅を使う人よりもバスで直接蒲田や都心に向かう人が圧倒的に多かったが、ターミナル移転後は史実通りのシェアに落ち着く。
      • そもそも京急空港線自体が早期に羽田空港乗り入れをはたしていたかもしれない。
  2. 京浜東北線の快速は現在も浜松町を通過している。
  3. 天王洲アイルの再開発が史実よりも遅れていた。
  4. 代わりにほぼ同じ区間に普通鉄道が開業していたかも。
    • それでも東海道貨物線は転用されない。

東京メトロ

有楽町線

  1. 和光市~池袋間及び西武有楽町線は副都心線と同時に開業していた。
    • 後者は路線名が「西武副都心線」となっていた。
    • 副都心線も開業しなかった場合、あのあたりは鉄道空白地帯になっていた。
      • ただ当初の計画通り丸ノ内線がほぼ同じルートで成増まで延伸された可能性も(練馬方面への支線は開業せず)。
      • 国際興業バスが史実の有楽町線・副都心線とほぼ同じルートで池袋〜成増間の路線を走らせていた。
  2. 住吉~豊洲間の鉄道計画が真剣に検討されていた。
  3. 当初の計画通り丸ノ内線が小竹向原まで延長されていたかもしれない。
  4. 綾瀬工場まで回送できないため、南北線の車両は鷺沼工場で検査を行っていた。

副都心線

  1. 新線池袋は健在…と言う事は勿論なく新線池袋自体が存在しない。
  2. 10000系は史実より少し遅れて登場。
    • 塗装は07系に準じたものになっていた。
      • 07系も東西線に転出することはなかった。
  3. 東横線渋谷駅地上ホームは現在も使用されている。
    • 日比谷線直通も廃止されることはなく、20m・7両化に合わせて独自仕様の5000系が増備されていた。
  4. 東急9000系の東横線からの撤退が遅れた。
  5. S-TRAIN?何それ?
    • あるとすれば有楽町線方面のみだった。
  6. 西武と東急が今でも仲が悪ければこうなっていたかも(東上線方面のみ直通という可能性もあるが…)。
  7. 有楽町線の準急は廃止されることはなかった。

東海

東海道本線(熱海-沼津)

もし東海道本線が○○を通っていたら#御殿場経由

御殿場線

もし東海道本線が○○を通っていたら#最初から丹那トンネル経由

紀勢本線(尾鷲-熊野市)

紀勢本線の熊野市~尾鷲間は険しい地形の関係で同線では最後に開通した区間ですが、もし同区間が建設されなかったら…。

  1. 新宮~熊野市間はJR西日本に帰属している。
    • 1978年の和歌山~新宮間と同時に電化されている。
  2. 三重県の熊野市以南は名古屋よりも大阪志向が強まっていた。
    • 熊野市以南の地域では和歌山県への編入運動が起こっていた。
  3. 名古屋発着の特急「南紀」はなかったかもしれない。
    • かわりに「くろしお」が熊野市発着となっている。
    • 天王寺発着の夜行普通列車が「はやたま」に改称されず「南紀」のままだった。
    • 「紀伊」の特急格上げもなかったか、和歌山線経由で和歌山に発着していた。
    • JR化後は快速「みえ」に尾鷲編成が併結されていて、多気駅で分割併合が行われていた。
  4. 路線名は亀山~尾鷲が「紀勢東線」、熊野市~和歌山市間が「紀勢西線」となっている。
    • あるいは亀山~多気〜鳥羽が「参宮線」、多気〜尾鷲が「尾鷲線」、熊野市~和歌山市が「紀勢線」。
      • 天王寺〜和歌山〜熊野市が「阪和線」という可能性も。熊野市まで「阪和」ってのも変だけど。
  5. 未だにJRバスが矢ノ川峠を登り降りしている。
    • 2000年代半ば頃に三重交通へ路線譲渡されていた。

伊勢鉄道

  1. 快速「みえ」は設定されていない。
    • 名古屋〜伊勢間の輸送はほぼ近鉄が独占していた。
  2. 特急「南紀」は亀山でスイッチバックしていた。
  3. 「一度開業できたけど第三セクターにすらならず廃止された」という可能性も。
    • 鍛冶屋線の廃止同様、学者や評論家などからかなり批判されていた。

甲信越・北陸

中央本線(岡谷-みどり湖-塩尻)

  1. 現在も全列車が辰野経由になっている。
    • 一部の「あずさ」が辰野に停車していた。
  2. 飯田線の多くも辰野止まり。
  3. 東塩尻仮乗降場が民営化時に駅に昇格し「東塩尻駅」が誕生していた。

北越急行

  1. 上越新幹線→北陸方面への乗り換えはずっと長岡で行われていた。
    • 「きらめき」はともかく「かがやき」は北陸新幹線開業まで存続。
    • 米原乗り換えのシェアを大幅に奪えるのはおそらく「のぞみ」の大量増発後。
  2. 681・683系の編成数が若干少なくなっていた。
    • 但し「かがやき」や「北越」に683系の投入が検討されていたかもしれない。
      • その場合、北陸新幹線開業後史実とほぼ同じ経緯を辿っていた。
    • かがやき・北越に683系が導入されない場合、289系は誕生しなかった。
  3. 北陸新幹線開業まで首都圏から北陸への観光客は少ないままだった。
  4. 京成スカイライナーの時速160km/h運転が現実以上に取り上げられていた。
  5. 鍋立山トンネルの大工事もなかっただろう。あそこまでしたのになんか無駄になった気がする…
    • しかしこれによる技術向上が無かったため、別のトンネルで苦戦しそこが有名になっていた。

近畿

もしあの鉄道路線が開業していなかったら/近畿

中国・四国

可部線

全線

  1. 可部町・安佐町は広島市への編入が遅れていた。
    • 芸備鉄道(現芸備線)が可部経由のルートになっていたら可部町についてはあまり変わらない。
  2. アストラムラインのルートが現実と大きく変わっていた。

可部-三段峡

  1. 赤字83線にはならなかった。
  2. 桃鉄に三段峡駅(?駅)は存在しなかった。
  3. 三段峡の観光客数はずっと低調。
  4. 国道191号に沿った小規模な延伸が提案されていた。
  5. 「加計」の固有名詞が全国区になるのが10数年遅れる。

三江線(浜原-口羽)

  1. 江津-浜原間が「三江北線」、三次-口羽間が「三江南線」のまま。
  2. しかし三江北線、三江南線ともに特定地方交通線に認定され、現在では廃止されている。
    • 三江北線は比較的古くからあるので、第三セクター「江の川鉄道」に転換されたかもしれない。
  3. 興浜線同様「全通せずに廃止された悲運の鉄道路線」として語り継がれている。

瀬戸大橋線

岩徳線

  1. それでもあまり歴史に大差はなかった。
  2. 山陽新幹線の新岩国〜徳山間の運賃が若干高くなっていた。
  3. 岩国〜川西間は錦川鉄道として経営分離されていた。

智頭急行

  1. もちろん「スーパーはくと」は存在せず。
    • 岡山発着の「スーパーいなば」も存在しないので、急行「砂丘」が現存していた。
      • 特急化されていた可能性もある。
    • 特急「あさしお」も。
  2. 特急「はまかぜ」は全列車鳥取発着となっていた。
    • 大阪-鳥取間は現在でも3時間以上を要していた。
    • 鳥取県が関西広域連合に加入することはなかった。
  3. 日本交通の高速バスは現在でも京阪神-鳥取間の輸送の主役。
    • 増便に次ぐ増便を重ね、日本交通のほか日ノ丸自動車や阪急バス西日本JRバス神姫バスも共同運行に参加していた。
    • ネオプランメガライナーの日本デビューは東京~つくば間ではなく鳥取~京阪神間になった可能性がある。
    • 他にも広島行き高速バスも増便され、岡山行きと名古屋行きの高速バスも開設された。
  4. 鳥取自動車道が15年早く開通していた。
  5. 関空が神戸沖か播磨灘で開港していた。
    • その場合、鳥取空港が廃港の危機に遭い、最悪なら廃港という事態に陥っていた。
  6. 余部鉄橋は1990年代のうちに架け替えられていた。
    • あるいはトンネルの新線に切り替えられていた。
  7. 寝台特急「出雲」は2011年まで運行され、最後の東京発着ブルートレインになっていた。
  8. 全日空の大阪-鳥取便は2009年頃まで運航され、その後も大阪-但馬便を運航するコミューター航空会社に引き継がれて運航されていた。
  9. 山陰本線の城崎温泉〜鳥取が電化されていた可能性もある。

九州

山陽本線(下関-門司)

もしあの鉄道路線が○○だったら/JR九州#建設されなかったら

日豊本線(隼人-都城)

  1. 吉都線と肥薩線の吉松-隼人間が日豊本線に編入されていた。
    • 電化、複線化なども行われていた。
      • スイッチバックも廃止された。
  2. 隼人駅が「国分駅」のままだった可能性が高い。
  3. 代わりに大隅線が生き残っていたかもしれない。
  4. 在りし日の寝台特急「富士」は下手すりゃ26時間近い所要時間で運行されていた。

沖縄都市モノレール

  1. 開業できない理由があるとすればおそらく「行政側が普通鉄道での建設にこだわっているから」。
    • もしくは「マイカー社会の沖縄で鉄道なんか作っても大赤字になる」と言う反対意見が強いから。
  2. モノレールの代わりにBRT導入が検討されていたかもしれない。
  3. 宮古島のリフトが「沖縄唯一の正式な鉄道路線」としてもっと取り上げられていた。



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