「もし都電が廃止されていなかったら」の版間の差分
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#*その後超低床車が投入される。 | #*その後超低床車が投入される。 |
2021年9月5日 (日) 19:17時点における版
栃木・群馬
東武日光軌道線
- 「貨物列車が走る路面電車線」として鉄道ファンの注目を集める。
- 「日本一高い地点を走る路面電車」としても。
- 日光アイスバックス(アイスホッケー・アジアリーグ)のラッピング電車が走っている。
- いろは坂対応車両が新造されて中禅寺湖まで延伸し、日本最小半径・最急勾配を走る路面電車として有名になっている。
- 環境と景観保護対策として、アプト式と第3軌条が採用され、坂がレールで占拠されるため、歩行者と車両がいろは坂から締め出される。
- その為、『頭文字D』にいろは坂が登場せず物語も若干変わっていた。
- むしろ馬返-明智平間のケーブルカーも残っていたと考えた方が自然かもしれない。
- 中禅寺温泉ロープウェイも現存し、明智平展望台~茶ノ木平両駅の登山道が整備され、いろは坂の渋滞を嫌う人間のルートになる。
- 環境と景観保護対策として、アプト式と第3軌条が採用され、坂がレールで占拠されるため、歩行者と車両がいろは坂から締め出される。
- 観光用の車両(叡山電鉄「きらら」辺りに類似した車両かな)が製造され、東武日光駅でスペーシアと接続したダイヤで運転される。
- 同じ急勾配を走る路面電車同士ということで、京阪京津線と共同キャンペーンを行っている。京阪京津線には東武日光軌道線塗装の車両が、こちらには京阪特急色(旧塗装)の車両が運転されている。
- 軌間が1067mmだからJR日光線を介して宇都宮LRTと直通しろという案が出る。
- おそらく東武から拒否される。
- 日光方面は下今市でのきぬ連絡のみになってけごんが廃止されていた
- 宇都宮ライトレールは2000年頃に設立、社名は「栃木ライトレール」辺りに。
- 東武からこの路線と車両を譲り受けた。
- その後超低床車が投入される。
東武高崎・前橋・伊香保軌道線
- 元日は「ニューイヤー駅伝」のため一部運休。
- 「都道府県対抗男子駅伝」開催時のダイヤの組み方を広島電鉄に教わり、競技中も運行できるようになった。
- 上越新幹線に「渋川伊香保」駅ができていた。
- 野良犬電停が犬好きの聖地になる。
- さすがに新車が投入されてるよな?特に伊香保線は日光軌道線用と共通の仕様で急勾配線用の性能を持った観光電車が出てきそうだ。高崎・前橋線はインターアーバンとして大型連接車の投入がありそう。
- 伊香保線は線形も見直されて一部にラックレール区間ができそう?
- 上毛電気鉄道も東武鉄道に編入されて、前橋軌道線が専用軌道化され、浅草(中央林間)~渋川間が結ばれ、さらに吾妻線経由で夜行高原列車(冬は夜行スキー列車)が走っていたことだろう。
- 伊香保線は線形も見直されて一部にラックレール区間ができそう?
- 2000年頃に、第3セクター「群馬ライトレール」が設立され、東武からこの路線を譲り受けた。
吾妻軌道
- 戦時統合により、東武鉄道の路線となっていた。
- 路線名は東武中之条線となっていた。
- 伊香保軌道線と一体的な運用になっていた。
利根軌道
- 戦時統合により、東武沼田線となっていた。
- 上毛高原駅まで延伸していた。
埼玉・千葉・茨城
成宗電気軌道
- 年末年始は終夜運転されている。
- 京成グループに入っていると思われる。
- 史実、電車のあった昭和初期から京成の傘下だったけどね。
- 函館市からササラ電車を買い取り、原型復元して看板電車に仕立て上げる。
- 市街地の渋滞が今より酷くなり、廃止論議が何度も出ては消えを繰り返していたかもしれない。
- 地形の関係上、道を拡幅するのが不可能なため。
茨城交通水浜線
- 鹿島臨海鉄道のせいで水戸駅前以東は廃止されてた可能性が高い。
- それ行っちゃぁ(ry
- 戦後復興の時に路面区間の複線化を強行。
- 80年代までの上水戸駅周辺は大賑わい。その代わりにフードオフストッカー(カスミの安売り店)は無いけどね。
- 南町・泉町・大工町には及ばないが、下市の商店街くらいと張り合えるくらいの勢いがあったかも。
- ガルパンブームでガルパン電車が走る。
- むしろ劇中に登場し、併用軌道を戦車が爆走する。
- 優勝祝いの花電車が走ってたかも。
- むしろ劇中に登場し、併用軌道を戦車が爆走する。
- 1970年代の大洗水族館リニューアル時に水族館前まで延長。アクアワールド大洗への改装で入り口までの乗り入れor那珂湊までの再延長が検討される。
- 茨城交通が経営難になった際には湊線と一緒に分社化され、ひたちなか大洗鉄道のような社名になっていた。
- 茨城線も大学前までは水浜線の一部として残したかもしれない。
- いばっピが使えるようになっていた。
西武大宮線
- JR川越線開通後は、大宮~川越の都市間輸送よりも三橋など途中のエリアからの輸送がメインになっていた。
- 川越側の起点が久保町では不便という事で、後に本川越駅経由で川越駅前まで延伸。
- 喜多院・川越城・三芳野神社の最寄駅はこの沿線になるので、川越観光の輸送手段となっていた。
- 下手したら路面電車ではなく立派な鉄道路線に進化していたのかもしれない
東京
武蔵中央電気鉄道(初代京王高尾線)
- 馬車軌道に戦後改軌され、京王線が大型化するまで乗り入れが行われていた。
- 道路拡張で複線化。
- 1960年代後半に都電の中古で近代化、80年代に新車で冷房化されていた
- 現高尾線開業で八王子線などに改名。
都電(荒川線以外)
「今も荒川線が残っている」というツッコミは無しで。
- 荒川線は生粋の都電じゃないからな。
- 多分今より便利になる。都電の頃はもっと今よりこまかく路線網があったから。
- それに駅間距離も短い。運賃だけ用意すればさっと乗れる。
- 都バスは今ほど走っていない
- 都営地下鉄も無かった。
- その代わり、その路線は営団地下鉄が建設していた。
- 東京は日本の地下鉄(郊外鉄道の地下区間を除く)がある都市で唯一公営路線がない都市となっていた。
- いやいや、都営地下鉄もあったと思う。が、都電の急行線として駅間が少なくとも2kmと長くなっていたと思う。
- 大手町等の(当時の)ビジネス街を経由する路線はそのまま建設されていたと思う。但し、幾つかの駅は存在しなかっただろう。
- 銀座線と丸の内線はかなり前から造られていたからそのままか。
- 丸ノ内線の新宿-荻窪間は史実より遅れて都営新宿線or大江戸線の一部として建設。途中駅は鍋屋横丁と杉並区役所だけ。
- 浅草線も基本的には存続。但し、各駅停車の運行頻度は減少、スカイライナーの乗り入れやエアポート快速運行頻度増加(両方とも成空~羽空で乗り換えなし)はありか。
- 千代田線の停車駅は日比谷・大手町・新御茶ノ水・根津・西日暮里が造られ、二重橋前・千駄木・湯島はカットだろうか。
- 東西線は現実の西船~葛西までの各駅・(新)南砂町(現実の南砂~東陽町の中間)・門前中町・日本橋・大手町・千代田区役所前・飯田橋・弁天町(現実の早稲田~神楽坂の中間)・高田馬場・中野。
- 都営三田線は三田・御成門・日比谷・大手町・水道橋・白山下(現実の白山よりやや南)・巣鴨かな。
- 半蔵門線は余り変わらないか:(現実の渋谷~半蔵門までの各駅)・千代田区役所前・大手町・三越前・清澄・錦糸町・押上か。
- 新宿線は都電。
- 大江戸線もなくてその代わり都電が大江戸ループ系統を運転。
- 東武啓志線の線路を活用していたかも。
- 銀座線と丸の内線はかなり前から造られていたからそのままか。
- 大手町等の(当時の)ビジネス街を経由する路線はそのまま建設されていたと思う。但し、幾つかの駅は存在しなかっただろう。
- 地下鉄は路面電車と棲み分けを図るために郊外電車の都心部乗り入れが重視され銀座線と丸ノ内線以外の路線は他私鉄と直通運転が行われていた。
- その場合、京王井の頭線、東急池上線、つくばエクスプレス線、西武新宿線はどれかの地下鉄と直通運転が実施されていた。
- 西武新宿線は東西線、つくばエクスプレスは千代田線と直通していた。この場合千代田線は北千住が終着駅になっていた。もちろんJRとの直通はなし。
- その場合、京王井の頭線、東急池上線、つくばエクスプレス線、西武新宿線はどれかの地下鉄と直通運転が実施されていた。
- 新宿西口のバスターミナルは都電ターミナルになっている
- 東京の渋滞はもっと激しくなっている。
- 渋滞解消のため、都心への自動車乗り入れ制限措置が行われる。
- 渋滞が回避できない場合、都電は渋滞しない深夜のみに倍額運賃運行をして存続。
- 20階建ての高層駐車場が山手線を囲むように点在。
- 渋滞解消のため、都心への自動車乗り入れ制限措置が行われる。
- 環七、環八など、郊外の区を走る路線も出来ている。
- 台場や豊洲などの新名所にも通される。
- レインボーブリッジにゆりかもめの代わりに都電が敷かれている。
- そして今ならライトレール化が進んでいる。
- 「東京でも路面電車が残れるのだから」と他の大都市でも路面電車は廃止されていなかった。
- 東急玉川線も廃止を逃れていたかもしれない。
- むしろ直通していた。
- 環境にやさしい首都になっていた。
- こち亀の「東京に都電があった日」はなかった。
- 「ガンコ電車」もなかった。
- 「ALWAYS 三丁目の夕日」には本物の都電6000系が使われた。
- グリーンライナーは存在しなかった。
- ドラマこち亀放送時に都電の一部にこち亀のラッピングが使われた。
- 日暮里・舎人ライナーは都電の新線(ライトレール)として建設された。
- 1990年代に開業していた。
- 今よりももっと系統数が増えてた。
- 世界有数の路面電車都市になっていた。
- 新宿付近にて京王線と直通。
- 東京以外の大都市でも路面電車が存続していた。
- 全国でLRTがもっと早く見直されていた。
- 京都市営地下鉄は建設されず、京都市の市内交通といえば市電ということになっていた。
- 23区の東側は南北の行き来が不便だと言われることは起きなかった。
- 「荒川線」という路線名は存在せず、早稲田・三ノ輪橋での直通運転もなかった。
- 2017年にようやく「東京○○トラム」と言う愛称が各系統につけられる。
- 系統表示ではわかりにくいという声も多少はあっただろうから、史実よりは受け入れられている…はず。
- それでも離れ小島の14系統と26系統は廃止の対象になっていただろう。
- 特に後者は西荒川-東荒川間に架橋するよりも、小松川橋にトロリーバスを走らせた方が財政に良いと判断されたらすぐさま廃止されていたと思う。
- 特定の路線だけが残されていたら
- 史実の地下鉄路線と並行する路線はことごとく廃止されていた。
- 一方で、現実で廃止されてその後代替バス路線が都市新バス化された系統はすべて残っている。
- 該当するのは6・9・11・13・34系統。
- 都電は地下鉄のネットワークを補完する存在になっていた。この場合、都営地下鉄は存在しない。
- 後になぜか東急世田谷線も買収し、渋谷~六本木~新橋の路線と繋げてしまう。
東急玉川線
- ちなみに当初の計画では新玉川線開業後も玉川線は存続させる予定だったらしい。
- 渋谷~二子玉川の地下線は営団(東京メトロ)の路線になっていたか、最初から「田園都市線」としての建設に。
- 玉川線との差別化のため、急行は三軒茶屋も通過。
- そもそも急行線扱いとなり、三軒茶屋以外の中間駅は建設されない。一方、二子玉川駅では玉川線が高架ホームに乗り入れ、田園都市線と同一ホームで乗り継ぎ可能に。
- 上にある通り当初の計画(銀座線と新玉川線の乗り入れ)が実現していたらどちらも残るし新玉川線の駅もほぼ史実通りになる。要は新玉川線のルートが北にズレるだけ。
- 玉川線との差別化のため、急行は三軒茶屋も通過。
- 砧線は小田急線の駅(成城学園前か狛江)まで延伸していた。
- 東急多摩川線は「多蒲線」になっていた。
- イントネーションが悪いし普通に「蒲田線」では?
- 田園都市線の混雑は少し緩和されていた。
- 残すとすれば首都高3号線がどうしても邪魔になる…。
- 少なくとも大橋JCT建設の為に車庫の移転は避けられなかったと思う。
- 渋谷マークシティの構造が若干変わっていた。
- 渋谷駅の大改良工事の際に渋谷駅構内の高架化が検討される。
- 渋谷~二子玉川間は玉川線・田園都市線共通定期券が発売される。
- 渋谷~三軒茶屋だけ存続していたら
- 世田谷線は全列車渋谷発着。
- 田園都市線の渋谷~三軒茶屋の混雑は緩和されていた。
- 田園都市線の急行は三軒茶屋通過だった。
京浜電気鉄道大森支線
- 道路の拡幅時、高架化+普通鉄道に直されていた。
- 車両は空港線と、後に大師線と共通。
- 普通鉄道に直されていない場合、LRT化され、羽田空港まで伸ばされていた。
- 馬込まで伸ばされていた。
神奈川
横浜市電
- 塗装変更は避けられなかった。
- でも、今でも色は変わっていない。
- みなとみらい地区への新線計画が論議されている。
- その場合はみなとみらい線が地下鉄として計画されることはなかった。
- 横浜駅~高島~みなとみらい~赤レンガ~山下公園~中華街~馬車道~桜木町~横浜駅東口~横浜駅西口間の環状線が出来た。
- 副都心環状線はLRTで運行。
- さらに東白楽~桜木町は廃止されずに、そのまま神奈川臨港線を直通して根岸まで運転されていた。
- それに先駆けて1989年に横浜博覧会での輸送は横浜市電のボギー車(1300形.1400形.1600形)がフル稼働。
- 弘明寺~洋光台~戸塚間はできていたはず。
- 杉田から金沢八景まで運転していたはず。
- 国道16号線はかなり渋滞がすごいため、広島みたいに専用軌道や車横断禁止などの対策がでていた。
- 国道1号線も。
- 市電は生麦~鶴見間は復旧していた。
- 川崎市電と乗り入れを行っていた。京急大師線は廃止の運命にただされていた。
- 横浜駅~生麦は大赤字だったので国道1号経由に付け替え。もちろん川崎市電に乗り入れね。
- 113系統、58系統、156系統、158系統は存在していなかった。
- 市営バスの話。
- さらに103系統.86系統etcは存在しなかった。
- 日本一長い路面電車として記録されていた。
- 滝頭上町は存在していない。
- あるいは滝頭3丁目が今より小さかったかも・・・・
- さらに、激狭道路岡村にも市電は通っていて、ゆずも横浜市電がCDリリースされていた。
- あるいは「桜木町」に「横浜市電」が登場してたかも・・・・
- 78系統はなかった。
- よって、戸塚~根岸間が南環状線として運転されていた。
- 新横浜方面へも延伸していた。
- 田園都市線沿線方面へも。
- 確か六角橋~新横浜は本当に一時計画されてたと聞いたことがある。でも六角橋以北の道路が狭くて…。
- アプト式軌道を導入した最初の路面電車が登場していた。たとえば横浜市営バス25系統の帷子町会館前〜桜ケ丘&明神台〜星川小学校前。
- 現在ブルーラインが走っている舞岡駅〜戸塚駅間は、柏尾川に橋を架ければOKになり、運賃がばか高くなることはなかった。
- 1998年に横浜ベイスターズが日本一になった際には確実に花電車が走っていた。
- それをきっかけに毎年5/3の港まつりは、花電車のパレードになり、広島市のフラワーフェスティバルと人出を競うようになっていた。
- 初音町電停がこの人たちの聖地になっている。
- その数年前は某ゲームのファンたちの聖地。
- ミルキィホームズのラッピングが施された車両が走っていた。
- 車両から見てみれば1500形と1100形は廃車され、長崎電鉄に譲渡された(その後はイベント用に)。
- それを言うなら「長崎電気軌道」。
- 1967年にワンマン化が行われ、対象は「1100形.1200形.1300形.1400形.1500形.1150形.1160形.1600形」に選ばれた。
- それと当時に1300形はブレーキの回生ブレーキ搭載(電制搭載)工事が行われ、野毛坂.打越坂etcの運用に固定。
- さらに1972年には1000形初代ボギー車が引退され、1両は滝頭車庫に、もう1両は交通公園に譲渡された(現在解体済み)。
- 1300形は昭和50年(1975)に未更新車が廃車され、床下機器などは1700形(車体更新車)に譲り受けた。
- 1200形もね。(1750形)
- さらに1982年には在来車の大規模更新工事が行われ、車両の冷房化、集電装置のZパンタ化etcが行われた。
- さらに横浜市電は平面交差が多い路線としてこいつらの注目を集める。
- tvkのオープニングかクロージングに市電が登場していた。
- 2004年の本社移転時には記念の全面広告車が走っていた。
- クロージングのBGMが「ねむれる海の男たち」だった頃は、怖いクロージングとされた。(乗客がのっぺらぼうに見えるとか、心霊写真のようだと評される。また、横浜市電がアップになるシーンで、丁度バイオリン演奏になる)
- 現行のオープニングやクロージングでは好評。オープニングの直後は「ドロンコロン」クロージングの直前は「あおほし」で、いずれも環境の大切さを扱った番組なので、環境負荷の少ない市電はぴったりと評される。
- 車両は超低床車、表示はLED。クロージングの場合、「Good Night!Sweet Dreams!」の辺りでこの市電が出て来て、tvkのロゴが出ると共に去っていく。
- 横浜が舞台となった特撮映画(例:1992「ゴジラvsモスラ」)でよく破壊されていた。
- 環状2号か4号を使って横浜外環市電が開通している。
- トロリーバス廃止されない。
- それでも地下鉄は建設されていたはず。
川崎市電
- トロリーバス路線の市電への移行や京急大師線との直通といった思い切った手を取らない限り生き残れなかったと思われる。
- 千鳥町や浮島町方向へも延びている(一部は神奈川臨海鉄道との三線軌条)。
- 大師線の川崎市による買収、環状線化が実現していた可能性はある。
- 経営主体が川崎市ではなくなっていた可能性がある。
- 近年までマスコミへの露出が少なかった。
- 最近は「工場萌え」や「鉄子」などの風潮によりそこそこ注目されている。
- 旅行番組などで「工場街を走る路面電車」として取り上げられた。
- 沿線からは大きく外れるが藤子・F・不二雄ミュージアムのラッピング電車がこっちにも走っている。
海岸電気軌道
- 京浜電気鉄道の湘南電気鉄道との直通運転開始時に1435mmに改軌されていた。
- 鶴見臨港鉄道は国有化されなかったかもしれない。