関東の城
2013年9月14日 (土) 22:25時点における>Foldingfanによる版 (東屋の蕎麦と盛岡冷麺は旨かった(小並感))
> 城
日本の城 目次 | ||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
北海道 | 青森 | |||||||||||||||||
秋田 | 岩手 | |||||||||||||||||
山形 | 宮城 | |||||||||||||||||
山 口 |
島根 | 鳥取 | 兵 庫 |
京 都 |
福井 | 石 川 |
富 山 |
新潟 | 福島 | |||||||||
佐賀 | 福岡 | 広島 | 岡山 | 滋 賀 |
長野 | 群馬 | 栃木 | 茨 城 | ||||||||||
長崎 | 熊 本 |
大分 | 大 阪 |
奈 良 |
岐 阜 |
埼玉 | ||||||||||||
宮崎 | 愛媛 | 香川 | 三 重 |
山梨 | 東京 | 千 葉 | ||||||||||||
鹿児島 | 高知 | 徳島 | 和歌山 | 愛知 | 静岡 | 神奈川 | ||||||||||||
沖縄 |
独立項目
北海道
五稜郭
- 所在地:函館市
- ★
- 五稜郭は戊辰戦争で有名な北海道函館ものもが有名というか、これ1つの固有名詞みたいなものだが、実は長野県にもあるらしい。
- 長野県佐久市の龍岡城という城らしい。
- 幕末に西洋の軍学を取り入れたためこんな形。どっから攻められても応射できるよう死角をなくしてる、らしい。
- でも、これが完成したときには、このタイプの城はすでに時代後れだったとか。
- 近所にある四稜郭。でも、たぶん誰も知らない。
- 近くといっても4キロ程あり、道も分かり辛く、他に観光する所も無い、そもそも地味すぎなど、一般の観光客が行くには敷居が高すぎる。
- 予算があまり無かったらしく、ケチってたり未完成な部分もある。
- 土塁を固めるため石垣をわざわざ積んだのはまあいいとして、あまりいい石使ってない。
- そもそも案外小さい。
- 現在、敷地内の施設は復元された函館奉行所のほか数棟しかなく基本的に公園、他の城のようにわざと道を複雑にしたりはしてなくルートが単純という理由もあるが、割とあっさり回れてしまう。
- なお、奉行所内解説ビデオのナレーターは、「アド街」などでお馴染みの武田広氏。妙な所で金かけてる。
- 現在、敷地内の施設は復元された函館奉行所のほか数棟しかなく基本的に公園、他の城のようにわざと道を複雑にしたりはしてなくルートが単純という理由もあるが、割とあっさり回れてしまう。
- 近世以降の城郭には多かれ少なかれ、我が藩の中心地なのだから立派なものを作ろう、という矜持が感じられるが、幕府の出先機関に過ぎない五稜郭にはあまりそういう意識が感じられない。
- 無論、西洋に学んだ先進的な城を作ろうという意欲はあるのだが、予算や時間不足で中途半端な感があるのが世知辛い。
- 堀には、他ではありそうでない貸しボート屋がある。
- 井の頭公園のように、カップルで乗ると別れたりはしないようだ。チッ
松前城
- 所在地:松前町
- 松前藩の城。
- 桜の名所。
- 戦後に天守を失った今のところ唯一の城。
- 修理のため部材を天守閣の中にしまっていた塀も一緒に焼失してしまったらしい。
- まあ、文化財に対する造詣が少なそうな北海道らしい事件の例とも言えるかも……
ユクエピラチャシ
- 所在地:陸別町
- 最大級のチャシ。
- 火山灰を盛り上げて、白く見えるのも面白い。
- ユクは鹿のこと、人間が食べた鹿の骨がたくさん埋まっている。
青森
弘前城
- 所在地:弘前市
- 桜の名所。
- 天守閣は表面は破風などがあり派手だが、本丸の中から見ると装飾の減らした地味な形。財政的理由による。
- 城下町に武家屋敷も4つ見学出来る。うち1つは有料。
- 有料なのは現役の酒屋さんなので。見学の最中にも仕事してはったりご飯食べてはったりするので邪魔にならないように見せてもらいましょう。
- 二の丸だか子の櫓は火事で焼けた。だからか知らないが、場内はバーベキューとか火気厳禁。
浪岡城
- 所在地:青森市
- 南北朝時代からの名族、北畠氏の居城。
- 戦国時代末期に津軽為信に滅ぼされる。さすがに戦国末期にこの平城(というか館?)ではつらかった気がする。
- 建物こそないが、建物あとがわかっているところには杭とかを打ってある。
- 広々とした草原に、堀でいくつかの郭が分けられている。その間には小さい橋を架けてある。
- 晴れた日には結構気持ちの良い空間。
根城
- 所在地:八戸市
- 南北朝時代の城。
- 日本百名城なのは八戸城じゃなくてこっち。
- 時代が違うので天守閣なんかはないが、館なんかが復元されている。
- 建物がなくても、建物跡の区画がわかるようにしてある。
- 南部藩の南部氏が、根城を根城にしていた。
八戸城
- 所在地:八戸市
- 現在は割と普通の公園。市役所、公民館の横。多分城跡の敷地を利用して建てたんだろうなぁ。
- 一応は崖の上に建つが、反対側は平坦な市街地。
三戸城
- 所在地:三戸町
- 平山城。標高差は70m程度。車道もあるけど、結構急勾配。
- 天守っぽいものはあるが、ありがちな模擬天守で中が博物館。
岩手
九戸城
- 所在地:二戸市
- 二戸にあるけど九戸城。城の名前は地名じゃなく、城主にちなむ。地名じゃなくて城主の名前を城の名前にするのって珍しい気が。
- 九戸氏は南部氏の一族。
- ここでの九戸の乱を最後に、豊臣秀吉の全国統一は完成するので、戦国最後の合戦場とする見方もある。とくに地元では。ま、関ヶ原と大坂の陣はあるけれど。
- 建物はないけど、平城の郭とか堀はわかる。結構広々。
盛岡城
- 所在地:盛岡市
- 不来方(こずかた)城。
- 石川啄木さんが十五の心を空に吸われたところ。
- 一応平城なんだが、ちょっと小高いところに建っている。
- 一応南部氏の居城。
- 盛岡藩20万国の城だけあって、石垣はなかなか立派。
- 建物とかはないけれど、市民の憩いの場にはなっているっぽい。
- 天守がないだけならともかく、天守跡にあるのが戦中の金属供出で台座だけ残った銅像跡というのが、城全体の印象を悪くしている。
- 敷地内に最近できたもりおか歴史文化館は、箱は綺麗だが展示は中の上程度。
花巻城
- 所在地:花巻市
- 平山城で、建物は塀とか櫓くらい。
- 敷地には体育館とかが建つ。
胆沢城
- 所在地:奥州市
- おじゃる丸作。
- 一度、廃城になったはずが復活した。
- 因みに、このエリアでの次の大規模開発が平泉造営。その次が小沢一郎の各種開発事業。
- 実は、おじゃる丸よりも、はるか昔に、土建業で名を馳せた高僧が来ていたという。
宮城
仙台城
- 所在地:仙台市/青葉区
- 青葉城。
- 恋唄。
- 伊達政宗公の城。銅像もある。
- 流石県庁所在地、伊達70万石の城跡、土産物屋もたくさん。ずんだでも食べてくか。
- この城の別名を四股名にした幕内力士が複数名いる。
多賀城
- 所在地:多賀城市
- 平安期の対蝦夷の前線。
- 広々とした城跡、というか館跡と言った方が良いか。一般的な山城や天守閣がある城とは異なるので。
- ボランティアの人がいると結構親切に説明してくれる。
秋田
秋田城
- 所在地:秋田市
- 駅に近い江戸時代に佐竹氏がいた方の城ではない。
- 平安時代の城。
- 発掘調査の結果や復元した建物を展示してる。
- この前にあったはずの、有耶無耶関とかって、コレができた後どうなったんだろう?
久保田城
- 所在地:秋田市
- 江戸時代に秋田藩・佐竹氏の居城だったところ。千秋公園。
- そこそこ広く、道も整備されているのでご近所の方のウォーキングに最適。一応平山城なのでコースによって少し上り下りもあるけどね。
- 天守閣はない。が、天守閣っぽい櫓がある。
- あと、門が残っている。
山形
鶴岡城
- 所在地:鶴岡市
- 鶴岡市民が酒田市に対して優越感を持つ根拠の1つが江戸時代に藩であったこと。
- 平城で堀などは残る。
- 中心に神社があって公園になっていて周囲に資料館と高校がある。
- 藤沢周平作品の舞台。
- 海坂藩の城。
新庄城
- 所在地:新庄市
- 平城。堀があるくらい。
- 神社があって近所に資料館。
天童城
- 所在地:天童市
- 山城。そこそこ登るよ。
- 山の上には9×9のマスを引いた広場がある。用途はもちろん天童のビッグイベント、人間将棋。
- 藩主は織田氏だった。
山形城
- 所在地:山形市
- 平城。
- 最上義光の銅像がある。時代考証にとらわれず自由に創ったものらしい。おい、いいのかよ、それで。
- 野球場や弓道場があるが、取っ払って整備する予定、らしい。平成45年くらいまでかかるけど。
長谷堂城
- 所在地:山形市
- 東北版関ヶ原の戦い、長谷堂城の戦いがあったところ。
- 直江兼継率いる上杉勢が最上領へ侵攻、山形城まであと少しのここまで攻め入ったものの、肝心な関ヶ原で味方の西軍・石田方が敗北したため壮絶な撤退戦を行う羽目になる。
- 直江の陣地跡もすぐそこ。
- 小高い丘に廓とかの形は残る。
- 地元の中学生が総合学習で作った資料を無料で置いてある。結構しっかり調べてあるので嬉しい。
上山城
- 所在地:上山市
- 山城に天守閣がある。山形県では天守閣があるのはここだけで、観光パンフにも結構写真が載っている。が、残念ながら模擬天守だ。
- 足湯もあるよ。
米沢城
- 所在地:米沢市
- 上杉藩の城。
- 堀と石垣があって神社がある公園で、特に天守閣とかそういう建物はない。
- 城跡には上杉謙信、上杉景勝&直江兼継、上杉鷹山の銅像が建つ。
- 上杉謙信は潘祖のような扱いだが、ずっと越後の領地で米沢なんか来たことない。実際の初代藩主は養子の景勝。
- 上杉家歴代の廟所とか、直江兼継の墓とかも近くにある。家臣団の墓は穴が空いていて、有事の際は並べて防御壁にし、穴を狭間(弓鉄砲を打つための穴)にするつもりだったとか。
福島
若松城(鶴ヶ城)
- 所在地:会津若松市
- 本当の所、鶴ヶ城天守閣は築40年だ。地元の人間からしてみれば、あんな物を有難がって見に来る観光客の気持ちが理解できない。
- でも再建される前はボロボロの無残な姿を晒していたし、アレを放置しておくよりはずっとマシ。
- もうちょいで築50年、その時天守閣は赤くなるらしい。
- 1枚2千円で赤瓦への出資を募集。銀色のペンでその瓦に名前やメッセージを書けるのだが、あれだけ書いていたら本当に紅く見えるのだろうかと思った。
- しゃちほこは金ではなく銀。鯱は銀。
- 2011年3月から赤瓦でリニューアルオープンしたそうです。
- 鶴ヶ城でデートをすると別れるという噂は地元中高生では有名。
- 2、3年に一度は鶴ヶ城のお堀に落ちて死ぬ人がいる。(特に冬)
神指城
- 所在地:会津若松市
- 会津に来た上杉景勝が若松城の拡張性に限界を感じて直江兼続に作らせた城。
- が、南から徳川が攻めてくるので白河城の改良が優先され放置プレイを食らう。
- その後施工主が米沢転勤になったので用済みとなり未完成のまま破却。
- その後加藤家により石垣が若松城の修復にリサイクルされた。
- ここのせいで国道401号バイパスが作れない。
二本松城(霞ヶ城)
- 所在地:二本松市
- 二本松丹羽氏の城。
- ああだこうだ言われているが秋の菊人形は未だに大人気である。
- JR二本松駅からこの城を目指すと急坂を上って下って平坦路をちょっと歩いて着く。
- 丸岡城と山形城も別名・霞ヶ城だったりする。
- 20世紀後半には新興宗教団体が怪しい天守閣風建造物を建てていたらしい。
- 市が撤去したので、現在の天守台は石垣だけになっている。
白河小峰城
- 所在地:白河市
- 白河松平氏の城として有名。
- 震災で自慢の石垣が崩れてしまった。
- 復活天守だが地味に木造である。
- 建築基準法があるので木造のモニュメントとして作成。
- 完成してから内部を客に開放。
- 脱法行為としてお上はもちろんオカンムリ。
- 完成してから内部を客に開放。
- 建築基準法があるので木造のモニュメントとして作成。
- 城名をもとにしたご当地萌えキャラが登場。
- ご当地キャラのはずが県の献血キャンペーンやラノベ展開など多方面に活躍。
- 戊辰戦争の大激戦地。
福島城
- 所在地:福島市
- =福島県庁。
- 県庁正門ロータリーの福島城跡碑で確認することしかできない。
- 県庁脇の紅葉山公園が庭園跡。
- 県庁正門ロータリーの福島城跡碑で確認することしかできない。
- 西側を寺社で固めていた。今でも有数のお寺密集地帯。
- 阿武隈川、荒川のおかげで掘りを掘る必要がなかった。
茨城
土浦城
- 所在地:土浦市
- 堀や門やら櫓やらはあるけれど。まぁ普通の公園。
栃木
宇都宮城
- 所在地:宇都宮市
- 釣り天井事件で有名。え、史実じゃない?
- 櫓と塀はあるが、堀の先にあるのは石垣じゃなくて草の斜面。
- 市役所の方から来ると立派な堀や櫓や城壁が見えて「おぉっ!」と思うけれど、裏はただの空き地という壮絶な張りぼて。
- 櫓はいつでも中に入って見学できる。ただロフト部分には上がらせてもらえない。
群馬
沼田城
- 所在地:沼田市
- 豊臣秀吉が小田原北条氏が攻めるきっかけになったのは真田氏の名胡桃城をここの城主・猪俣邦憲が攻め取ったことから。秀吉が停戦令をだしてたのに。あーあ。
- 鐘楼がある。
- 他は花壇っぽいのとか明治期くらいの建物とか野球場とか。
- 沼田駅からなら河岸段丘の崖の上、沼田の街からなら平なところ。
厩橋城
- 所在地:前橋市
- 石垣なんかは残るけれど、あとはすっかり市街地化されてしまっている。
高崎城
- 所在地:高崎市
- 堀と石垣は残る平城。
- ドデンと市役所の高層ビルが建つ。
- いや、あれ本当に市役所なのかというレベルの大きさ。あの辺も城だったのか…。
- 払い下げられていて残っていたいくつかの遺構が復元されている。写真の東門もその一つ。
埼玉
鉢形城
- 所在地:寄居町
- 昔北条氏の三大拠点の1つだったところ。
- 川の河岸段丘にたつ。川の方はマジで崖。
- 城の中にも支流が流れる。
- 広く整備されてる。草原に塀だけ復元したところも、林になっている部分も。
- 郭跡はそこそこわかる。
- 資料館もあり。
川越城
- 所在地:川越市
- 太田道灌が造った城。
- 川越夜戦の舞台。
- 平城。御殿がある。
- 川越は小江戸として有名すぎて、城のほうは地味かも。
- 絶対城よりも時の鐘の方が有名だ。
忍城
- 所在地:行田市
- 石田三成による水攻めで知られる。
- 小説「のぼうの城」の舞台。
- 水攻めの時の堤は「石田堤」として一部が残っている。
- 築堤の際に、周辺にあった古墳をいくつか壊してしまったという話も。
- かつて近所(というよりはむしろ古墳の方に近いが)に「忍城アスレメイズ」というズバリ忍城を意識した迷路のアトラクションがあった。
- バブル期に各地に建てられた巨大迷路の一つ。
- 読みは「おしじょう」。「しのびじょう」とか「しのぶじょう」、ましてや「にんじょう」ではない。
千葉
佐倉城
- 所在地:佐倉市
- 河岸段丘の上に建つ。
- 建物とかはないけれど、広々とした公園。
- 城趾にある資料館は佐倉城の資料館でも佐倉市の資料館でもなく、国立歴史民俗博物館。
大多喜城
- 所在地:大多喜町
- 一応天守閣が再建されている。
- 元々は「小田喜城」だったとの説あり。
- 本多忠勝の居城としてのPRに熱心なあまり、以前の城主に関する説明はおざなりである。
東京
- 独立項目:江戸城(皇居)
渋谷城
- 所在地:渋谷区
- ビルの谷間、大都会渋谷の裏路地にある金王八幡がその名残。
- 本殿の左手にある階段下の小さな公園から石垣が確認できる。当時のものかは不明。
- 金王桜が名物で春になると花見客が多く訪れる。
- 結構売れっ子な神社で、普段から参拝客が途絶える事はない。
石神井城
- 所在地:練馬区
- 現在の石神井公園。
- 言われなければ気付かないし、言われても分からない。
- 公園内の一角に碑があるだけで、ただの小山か盛り土にしか見えない。恐らく住民のほとんどもその歴史を知らない。
八王子城
- 所在地:八王子市
- 小田原北条氏の北条氏の三大拠点の1つだった山城。
- 豊臣秀吉の小田原攻めの時は領主の北条氏照さんは小田原へ詰めており、さくっと落城。
- ほんとに山城。麓から200mくらい上らなきゃいけないからそのつもりで。
- 小田原攻めの時にすぐに落ちたのは城主がいなかったとか大軍に攻められてそれまでの城も落とされてたとかいろいろ要因があるので、自分もすぐに落とせる(登れる)とか思わないように。
神奈川
小田原城
- 所在地:小田原市
- 小田原城はもともと、小田原の町がすっぽりと入るくらい広大な城だった(城下ではなく城の中に町がある状態。惣構えと呼ばれる)。
- 20年ほど前、山の高台にある中学校の運動場で城壁の発掘調査が行われていた。
- 明治に入って廃城した後、関東大震災で石垣まで崩壊したが、戦後になって江戸時代の資料を基に復元されて観光地になっている。
- 歴史ファンは本丸跡の城址公園が、チャチな動物園や遊園地になってることにがっかりする。
- この動物園があるために、休憩所では動物から発せられる臭気を吸いながら飲食することになる。なお、動物園は国から「史跡にふさわしくない」というお達しがあったため、縮小傾向にある。
- さらに天守閣西側の一夜城方面の視界に、観覧車が見えるのも気に入らなかったりする。
- 現在の小田原城は鉄筋コンクリートだとか。
- 城址公園の遊園地と動物園はまだやってるんですか?
- 一応やってる。中三の時の担任曰くウメコ(象)が死んだら潰れるらしい。
- 門をくぐると正面に現れるやる気の無いライオンはまだいるのかな?
- もういない(2009年5月5日現在)。何年か前に死亡したらしい。
- ウメコ、2009年9月17日死亡。推定62歳。これにて小田原動物園は事実上閉園。
- サルがいて、一応は続いてる。遊園地もやってる。(2011年5月)
- 門をくぐると正面に現れるやる気の無いライオンはまだいるのかな?
- 一応やってる。中三の時の担任曰くウメコ(象)が死んだら潰れるらしい。
- 城址公園の遊園地と動物園はまだやってるんですか?
- 歴史ファンは本丸跡の城址公園が、チャチな動物園や遊園地になってることにがっかりする。
- 小田原城は何十年かに一度の地震のたびに崩壊し、そのたびに作り直しているらしい。
- 十年くらい前、甲冑を着て城内を練り歩くことができると聞いて早速行ってみたら「あとはご自由に」と武者姿のまま放り出された。子供と外人さんにあっという間に囲まれ恥ずかしかったが面白い体験だった。今でもやってんのかな?
- ありますよ。一回200円。着たこと無いですが。
- 自前の服の上に直接甲冑を着るため(靴もそのまんま)微妙な姿だったんだよなぁ。ジーンズ丸見え。でも改めてその時の写真見るとやっぱり鎧兜のインパクトが強すぎてそれほど気にならないのが不思議だ。
- というか、それ以前に一回200円で甲冑が着られるというこの安さ!
- ありますよ。一回200円。着たこと無いですが。
- 何故かお堀址が田んぼになっている。
徳島
徳島城
- 所在地:徳島市
- 正露丸が売れたおかげで、市民公園として開放されたのが、一般開放のスタート。
- にも関わらず、すぐ横にでっかい塀があってその中では白と黒の横縞模様の服の方が居らっしゃったという事実。
- さらに、昔は、蜂の巣だった。
- 実は最初の城主は、縄文時代の名もない人達だったりする。
- 現在の城主は詐欺師だったりする。
- 天守は作ってすぐに破壊された。
- かわりに、限りなくそれに近いものを二の丸か何かの魔改造で造りあげる。
- 旧表御殿の庭園は国の名勝だが、車いすでは介助がいないときつい。
牛岐城
- 所在地:阿南市
- 六角形の展望台が土塁の上にあるイメージ。
- 今じゃすっきりとした公園の一部かなぁ。
- JR阿南駅からすぐ近く。
- 別名を富岡城と言うらしい。
- 浮亀城とも言うらしい。
- 阿波九城の一つだったらしい。
平島館
- 所在地:阿南市
- 阿波公方館のあったところに、ふるさと創生事業で記念館建設。
- かつてのあとは、地名と田んぼの区画のみ。
- そのせいかわからないが、気をつけないと気づかずに通り過ぎてしまうことも。
- 城址の碑は、記念館の裏の土盛りの中。
撫養城
- 所在地:鳴門市
- 別名を岡崎城というらしい。
- 阿波九城の一つであって、狸の生まれた場所とは関係ない。
- そういえば、林崎城とも言うらしい。
- 別名多いな……
- 足利義稙と足利義栄が没した場所。
- 畿内方面からの四国への入口と言う重要拠点だったらしい。
- 真ん前に自然の良港があったから、そうなったんだろうなあ。
- 天守はなかったが、現在そんな感じの建物がある。
香川
丸亀城
- 所在地:丸亀市
- 平山城。丸亀の市街地等からよく見える。
- 讃岐富士もよく見える。結構美しい。
- 天守閣は下から見ていると結構存在感があるが、上に登ると意外と小さい。櫓みたい。
- 石垣は立派。
- 天守閣の小ささも相まって、竹田城(兵庫)・岡城(大分)にも引けを取らないスケールに見える。
- 四国の現存天守・その1。
- そして、四国の現存天守では唯一、駐車料金が無料である。
- ウィキペディアには「冬期は天守が閉鎖されてしまい登閣できなくなる」と書いてあるが、真冬の平日でも問題なく登閣できる。
高松城
- 所在地:高松市
- 海が直ぐ側にある。
- なので、海水を引き入れた堀からは潮の香りがする。
- 高松港に出入りする船が見える。
- 玉藻公園という名前からして、そういう雰囲気が出ている。
- 高松駅前にある。
- 城の脇を走る琴電の写真が有名。
愛媛
川之江城
- 所在地:四国中央市(川之江)
- 作り物っぽい天守閣以外に何があったかなぁ…
今治城
- 所在地:今治市
- 築城名人・藤堂高虎によって造られた城。
- さすがというか、堀は立派。
- 天守閣以外に櫓も4つ資料館になっている。
- 昔は海に面して舟で乗り入れられたんだとさ。
松山城
- 所在地:松山市
- 松山の小山の上にそびえる。
- ロープウェイで登れる。でも歩いてもそんなにしんどくないよ。
- 黒門から登ったら心臓が破裂するかと思うくらい滅茶苦茶しんどかった。
- 麓にはぼっちゃん球場。
- 明治から終戦直後にかけてなぜかよく火災に遭っている。
- 四国の現存天守・その2。
宇和島城
- 所在地:宇和島市
- 平山城。山のてっぺんの広場にぽつんと天守閣が建つ。
- 藩主は伊達家。仙台の分家。
- 四国の現存天守・その3
- 四国の現存天守ではもっともアクセス困難だと思う。
- その割には、土地が狭いせいなのか、しっかり駐車料金を取られる。
高知
高知城
- 所在地:高知市
- 平山城。
- 下から登っていくと上の方で門があって、それをくぐっていくと天守につかずに反対側へ降りてしまう。天守閣に行くには門のところで一旦天守と反対側へ曲がり、門の建物の2階部分をわたらないといけない、というトラップが仕掛けられている。
- 日本で唯一天守閣と本丸御殿がともに現存する城。
- そして、四国の現存天守・その4である。
中村城
- 所在地:四万十市(中村)
- 小山の上に建つこぢんまりした小さな天守。
- 天守閣の中は資料館。
- 中村は小京都として有名だけれど、といって別に城跡は京都っぽさはない。
- まあ、あそこが小京都たる最大の理由は城主が一条さんだったことに有るくらいだし……
安芸城
- 表向きは一国一城令で廃城となった。
- 実際には、安芸土居と名称変更しただけで、五藤吉蔵が居住する。
- 土佐一国を与えられた山内一豊が、気を良くして「欲しいところがあったら言え。遠慮なくくれてやる。」と、甲浦から浦戸への道中でのたまったのを受け、肥沃そうな平野を見つけた際に、「ここをくれ」と言ったためにここに居付く事となったらしい。
- その後、もっと広くて肥沃そうな高知平野を見て、たいそう悔しがったとか。
- とはいえ、流石に、櫓とか物騒なものを残しておくと流石にアレだったのか、御殿だけ造って他に建物を残さなかったらしい。
- 土佐一国を与えられた山内一豊が、気を良くして「欲しいところがあったら言え。遠慮なくくれてやる。」と、甲浦から浦戸への道中でのたまったのを受け、肥沃そうな平野を見つけた際に、「ここをくれ」と言ったためにここに居付く事となったらしい。
- 実際には、安芸土居と名称変更しただけで、五藤吉蔵が居住する。
- 鎌倉の頃より安芸氏というのが支配していた。
- その支配が終わったのは1570年頃。長宗我部に攻められたためだが、その時期ですら、土佐一国の統一も終わってなかったんだと思うと、言うほど大したこと無いな……
- 逆に、その程度の頃から織田方へ使者を送っていたと解せば、元親は先見の明があったと取ることもできるから、ごぶごぶか。
- その支配が終わったのは1570年頃。長宗我部に攻められたためだが、その時期ですら、土佐一国の統一も終わってなかったんだと思うと、言うほど大したこと無いな……