もしあの県が存続していたら

2010年8月24日 (火) 15:40時点における>はなびによる版
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独立項目

若松県

  • 現在の福島県会津地方+新潟県東蒲原郡
  1. 山口県とはあからさまに対立していた。
  2. 「戊辰戦争で賊軍だったため…」などという始まり方をする都市伝説が通用しなくなっていた。
  3. テレビ局は4局揃っていないと思われる。

柏崎県

  • 現在の新潟県上越・中越地方
  1. 新潟市の政令指定都市化は数年遅れていた。
    • 下手すると現時点で良くて中核市
  2. アルビレックス新潟のサポーターが半減している(涙
    • 会津庄内がアルビレックス新潟の地盤になっている。
    • モンテディオ山形vsベガルタ仙台の対戦カードは、「東北ダービー」じゃなくて「蔵王ダービー」と呼ばれている。
  3. 上越新幹線の終点は長岡駅
    • 「とき」じゃなくて「いなほ」という名称の列車が登場する。
  4. 北陸自動車道の始点が長岡になる。長岡以北は日本海東北自動車道の沿線に。
    • 鉄道も同じく、長岡駅を境に西が北陸本線、北が出羽本線(現実の羽越本線)に分かれる。
  5. 柏崎県は「北陸地方○○局」の管内に、新潟県は「東北地方○○局」の管内に編入される。
    • 柏崎県は、長野富山との繋がりが深くなる。
    • 第二次大戦中の電力会社統合で、柏崎県は北陸電力のエリアに入れられている。
    • 故に上中越を駄目にしてるのは下越+東北エリアなのではないかな?ううむ頸城の人間として新潟の存在がウザイ
    • さらには道州制もすんなりいくよ!使う空港は富山空港だし最寄の新幹線の駅は長野だし…。道州制導入の前に柏崎県復活を望みます。19世紀の当時敵だった東北と一緒にされるのは御免だ。
  6. 柏崎・長岡・直江津のいずれかに、工業系か農業系の国立専門学校が建っていた。これらは、第二次大戦後の学制改革で「柏崎大学」になっている。

堺県

  • 現在の大阪府東部・南部+奈良県
  1. 関空は堺県に建設されている。
    • そして、伊丹空港を抱える「大阪府」からの反発を招く。
  2. 「鹿男あをによし」の撮影も堺県で行われることになる。
  3. 御堂筋線のあびこ以南が別会社になってたりして。
  4. 奈良府民という言葉はない。
    • そのかわり「堺府民」という言葉ができる。
  5. 旧河内国は大和川を境に大阪府と堺県に分断される。
  6. これでは大阪府の面積が狭すぎるため、尼崎市伊丹市川西市、川辺郡猪名川町が兵庫県から編入される。
  7. 「奈良テレビ」は存在せず、代わりに「堺テレビ」という独立U局ができる。
    • 送信所は二上山。
    • もちろん大阪市内でも視聴できるので、大阪で見ることができるテレビが1局増えることになる。
  8. 国立奈良女子大学は存在せず。
  9. 大阪府立大学は別の場所につくられ、現実の大阪府立大学の場所に国立堺大学ができる。
  10. 橋下大阪府知事が「伊丹空港不要」や「関空-成田線の新設」などを提唱することはなかった。
  11. 堺市中心部は現実ほどに衰退しなかった。
    • 山之口商店街が心斎橋より栄えている。
    • 堺市のLRTはすでに開業済み。
    • 東洋一の水族館だった堺水族館が世界一にリニューアルされている。
    • 東京の銀座が堺の銀座のパクリと言われる。
  12. 堺市と大阪市は、大津市と京都市の関係と同じになる。
    • 県庁所在地同士が隣接。
  13. 近鉄南大阪線は河内松原から堺東に向かって建設されていた。
    • この場合南大阪線は近鉄ではなく南海に編入されていた可能性もある。
  14. USJが堺浜に誘致されている。
  15. シャープ工場誘致位では騒がない。
  16. 南海電鉄が南海ホークスを売っていない。
    • 中百舌鳥球場か大浜球場が現実より立派に整備されて大阪球場が建設されない。
    • 中百舌鳥競技場で世界陸上が行われ長居競技場が建設されない。
    • 南海は球団名を「堺南海ホークス」に変更し、地元密着を打ち出していた。
  17. 大浜少女歌劇が今も存在して「サカイジェンヌ」と呼ばれている。
  18. 堺市は1990年代のうちに政令指定都市になっていた。
  19. 地下鉄四つ橋線が南海堺駅まで延伸されていた。
  20. 阪和線は明治のうちに開業していた。
    • 当初から国営で開業していたか、私鉄で開業していたとしても戦前のうちに国有化されていた。
    • この場合、現実のJR堺市駅が「堺」駅となり、南海本線の堺駅は「浜堺」駅に、高野線の堺東駅が「堺市」駅となっていた。
      • 現実のJR堺市駅前は堺市の玄関口としてもっと発展していた。
  21. 全国で唯一の漢字一文字の都道府県となっていた。

飾磨県

  • 現在の兵庫県西部(旧播磨国)
  1. 姫路市は飾磨県の県庁所在地となっていた。
    • 関東地方における宇都宮市と同じような存在に。
  2. 「飾磨」の字が読める人が増えていた。
  3. 旧播磨国のうち明石市三木市・小野市・加東市・西脇市は兵庫県に編入されていた。
    • 車のナンバーが神戸ナンバーの地域。
  4. 豊岡県は飾磨県に合併されていた。
    • ただ、豊岡県の県庁が豊岡から福知山に移転した可能性が高いので、やはり合併されなかった。
  5. 兵庫県の面積が現実よりかなり小さくなる。
  6. 飾磨県が近畿地方ではなく中国地方になっていた場合、新快速は西明石折り返しになっていた。
    • 西明石駅が神戸支社と岡山支社の境界になっていた。
    • 山陽電鉄も明石が終点になっていたかも。
      • この場合社名も兵庫電鉄になっていた。
    • 姫路市は神戸市大阪市より岡山市とのつながりが強くなっていた。
    • テレビも近畿広域圏に含まれなかった。
      • 代わりに在岡香局のエリアに含まれている。

旧愛媛県・旧高知県

  • 旧愛媛県は現在の愛媛県+香川県、旧高知県は高知県+徳島県
  1. 松山市今治市を併合せずとも政令指定都市に昇格していた
    • 国の四国の機関が全部松山市にある。
      • よって高松が寂れてた
    • この時代は高知が政治上優位な地位にいたことから、国の四国の機関は全部高知に設けられたはず。それに戦国時代には土佐の長曾我部氏が四国を支配してたし…。
    • 戦国時代はさておき、薩長土肥と言われていたしなあ。どうなっていたことやら。
  2. 徳島ヴォルデスでは無く高知ヴォルティスになってる
    • それはない。せいぜい「阿波ヴォルティス」。
  3. 徳島と高知を結ぶ鉄道はとっくに開通している。
  4. とりあえず、瀬戸大橋は作られない。神淡鳴道も微妙。
    • 瀬戸大橋は岡山県の要望で作られているかもしれない。
    • 鳴門・明石大橋と紀淡トンネルは普通に出来ているはず。
      • 加えて豊予海峡には海底トンネルが出来ていた。
  5. 実史以上に北四国の交流が活発化
    • 実際の香川と岡山、愛媛と広島という交流があるからねえ。
  6. 同じNNN系列局ではなくなるため高知放送VS四国放送は無かった。
  7. TV局は愛媛・高知県側共に3局。
    • 愛媛県側は岡山・広島県側のTV局と相互乗り入れ。
    • 高知県側は在阪局・宮崎県側のTV局の電波が乗り入れる。
      • ちなみに現実の高知県のTV局も3局。
      • 在阪局では高知県の情報も流される。
        • 無論、民放のみで。
  8. 中国地方と四国は1つにされている。
    • 「瀬戸内地方」などという具合に。
  9. 九州同様「なんで2県しかないのに四国って言うの?」というネタが定番になる。
  10. 高知・徳島連合が西日本一の野菜王国になっている。

小倉県

  • 現在の福岡県東部から大分県北部
  1. 「北九州市」は存在せず、門司は「小倉市門司区」となっていた。
    • それ以前に政令指定都市になっていない気がする・・
  2. 福岡県側の戸畑、八幡、若松の3市で「北九州市」を構成していた。
  3. 当然現実の北九州空港は、「小倉空港」になっていた。
  4. 小倉県』の観光PR大使に、『ゆうこりん』こと『小倉優子』がなっていた(かな…)。
    • その場合、小倉県はこりん星の無償租借地となる。
  5. 中津市や宇佐市も大分県でなく、小倉県のままであった。

旧長崎県

  • 現在の長崎県+佐賀県
  1. サガン鳥栖は長崎を本拠地にするサガン長崎になっていた。
    • 長崎県なんだから、「サガン」はおかしくない?
      • 「ヒゼン鳥栖」とかは?
  2. 福岡と仲良く合併して「西海道」が誕生していたかもしれない。
  3. サガテレビはなかった。
    • FM佐賀もなかった。
    • NBCラジオ佐賀はただの中継局。
    • 佐賀では、福岡ではなく長崎の局を見ていた。
  4. 福岡と熊本長崎のテレビ局の電波が相互乗りいれしていた。
  5. 県庁所在地はおそらく長崎市になっていた。
    • そもそも肥前国分割自体が「長崎市に県庁を置くことありき」だったわけで。
  6. はなわの「佐賀県」は「長崎県」になっていた?
  7. 大鹿児島県も存続し、ついでに福岡・大分・熊本も合併させられ、九州は三県に。
  8. 佐賀空港は建設されなかった。

都城県

  • 現在の宮崎県南部から鹿児島県東部
  1. 現在の宮崎市周辺や西都・児湯地域、熊本県球磨地方も併合していた。
    • 現実の宮崎県北部は熊本か大分の一部となっていた。
  2. 宮崎市は昭和の大合併でようやく誕生した。
    • 現実の市街地は大淀川の北側だから美々津県。南宮崎駅周辺も都城県の端っこで、郡名由来の宮崎よりは「日向中村」「城ヶ崎」辺りを名乗っていそう。
  3. いばらみやぎと釣られて、「みやこぎ県」と誤認されてしまう。
    • もちろん、出身者はご立腹である。
    • あるいは「としろ県」と言われる。
      • あるいは「とじょう県」。
  4. 東国原氏は都城県の知事になっていた。
  5. 都城大丸は上手くいけば山形屋鶴屋トキハと肩を並べられる程の規模の地方百貨店になっていたかも。
  6. 現実の宮崎・大隅よりは活気と魅力に溢れていたと思う。
  7. 九州新幹線は都城まで通っていたはず。
    • 吉都線は現在よりも繁栄している上に、志布志線ももちろん存続。
  8. 大鹿児島県成立後、旧美々津県と旧都城県の分県運動を糾合できず、そのままになっていたかも。
    • 史実では西南戦争時に鹿児島側が都城を見下したから、都城も分県に賛成となったらしい。

旧鹿児島県

  • 現在の鹿児島県+宮崎県
  1. 宮崎シーガイアは鹿児島シーガイアとなり施設も鹿児島市にある。
    • 九州新幹線が開通したので多少は寿命が延びる。
      • 「観光宮崎」という自負がないのでシーガイアが存在しない可能性もあり。そもそも鹿児島市にそんな土地はない。
  2. 上手くいけば鹿児島市が政令指定都市に昇格していた。
  3. 奄美諸島は沖縄県に編入していた。
    • 戦後、奄美諸島のみ復帰の時に一時的に鹿児島県になったが、沖縄復帰の時に再び沖縄県に戻った。
  4. 平成大合併の時には、都城市は今の曽於市、えびの市は湧水町、串間市は志布志市と合併していた。
    • 昭和の大合併の時点で志布志と末吉財部(曽於市)は都城と合併してそう。
  5. それでも官製談合事件が起きて、そのまんま東氏が鹿児島県知事に。
  6. テレビ局は5局は開局していたでしょう。
    • 少なくとも志布志・末吉の中継局は不要になる。が人口300万で5局作れるかは微妙なレベル。
  7. 県庁の移転先候補地に霧島市の名前が・・・・・(って時系列滅茶苦茶だな)
    • 「県央の都城へ」という主張もなされる。たぶん空港も都城辺りに出来そう。
  8. 宮崎市は間違いなく寂れていた。
    • 都城市が鹿児島県第2の都市に。
    • 意外と高岡・高鍋が「市」になっているかも。
      • あと↓の大淀(中村・城ヶ崎)市と、佐土原市・本庄市も十分可能性あり。宮崎平野は元々人口は多いから古くからの拠点を核にして小都市乱立。
    • 市の中心は今の南宮崎駅付近のままで、がんばって市制施行できるかどうかのレベル。
      • 宮崎地方(旧宮崎郡域)の中心をめぐって佐土原とライバル関係。平成の大合併で市名は「宮崎市」で合意するが、市役所をどっちにするかでもめる。
    • 鹿児島市よりはるかに広大な平野を有効活用できないはずが…鹿児島のことだから最悪肝属川下流みたいになる可能性あり。
  9. 南九州ファミリーマートは鹿児島ファミリーマートに。
  10. 県下全域にセブンイレブンは無い。
    • ただ、鹿児島市が中核市か政令指定都市になった場合は進出している。
      • 現実の鹿児島市が中核市なので政令指定都市クラスにならないと厳しい。
  11. タイヨーは延岡まで進出している。
  12. 蛯原友里は鹿児島県出身となっていた。

旧埼玉県

  • 領土は現在の埼玉県東部、荒川左岸、チャクウィキでいう「東埼玉県」
    • 旧埼玉県になるまでは、大宮県とか浦和県であり、赤羽、板橋、練馬なども旧埼玉県の領土であった。
  1. 旧入間県(チャクウィキでいう「西埼玉県」)よりも東京都との交流が深い。
  2. 秩父などを版図に含まれていないため、現実の埼玉県よりもさらに観光地に乏しくなり、単なる東京のベットタウン化の傾向が強まる。
  3. しかし、大宮、さいたま新都心、浦和、川口などの開発や経済が順調にうまくいけば、県の財政や経済はかなり豊かになっているであろう。

入間県

  • 領土は現在の埼玉県西北部、荒川右岸、秩父地方、チャクウィキでいう「西埼玉県」
  1. 現実の西武池袋線、西武新宿線や東武東上線のように入間県民は移動し、現在のさいたま市よりも東京との交流が深まる。
  2. 明治時代では、入間県の川越や熊谷は、さいたま(浦和や大宮)や川口などよりもかなり経済的に発展をしていたため、東北・上越・山形・秋田・長野行新幹線のルートは、旧埼玉県ではなく、入間県の川越あたりに駅ができていたかもしれない。

熊谷県

  • 領土は上記の入間県と群馬県の大部分
  1. 明治時代の熊谷県と上記の旧埼玉県の政治・経済規模は、熊谷県は旧埼玉県に勝っていたため、旧埼玉県だけ「ださいたま」とみなされていたかもしれない。
  2. 上越新幹線や長野行新幹線は、東京-(上野と大宮は通過)-熊谷-(本庄早稲田は通過)-高崎-(長岡、新潟、軽井沢、長野など)と停車し、旧埼玉県の大宮よりも、熊谷県の県庁所在地である熊谷駅のほうがよく停車し、駅前も熊谷駅前は大宮駅前よりも発展していたかもしれない。
  3. 高崎線と東北線が分岐する駅は、大宮駅ではなく熊谷駅になっているであろう。
  4. 天気予報で、埼玉県はさいたま(や旧浦和)よりも熊谷の気象を予報することに関して、県南の住民たちもそれほど違和感は感じないと思われる。
  5. あまりにも、旧埼玉県が熊谷県と比較して弱いがために、逆に旧埼玉県だけが東京都への吸収合併に成功し、旧埼玉県が東京都になっていたかもしれない。
    • そして、熊谷県は群馬的な要素も含まれてくるので、旧埼玉県は南関東、熊谷県は北関東とみなされたかもしれない。