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*現在、無双シリーズの題材となっているのは中国の三国志と日本の戦国時代です(フィクションならガンダム)。ではもしそれ以外の時代を題材した新作が出るとしたら??
==就任しなかったら==
===イビチャ・オシム(千葉)===
#ジェフは今ごろJ2を彷徨っていた。
#*少なくとも、2009年以前にJ2降格の憂き目に遭っていたのは間違いないだろう。
#*ただ、同時のGMを務めた祖母井氏の事なのでオシム氏に匹敵する様な監督を招聘していたかも知れない。
#日本代表の監督就任もなかった。
#*代表監督には岡ちゃんが復帰していたかも。あるいはシャムスカとか。
#*フッフバルトが就任して「ギドジャパン」がという可能性もある
#**'''ブ'''ッフバルトね。
#*契約が残っていたけどガンバの西野朗とか
#*当時フリーに近かったセレーゾが就任してたと思う
#*関塚監督をフロンターレから引き抜く…という可能性もありえたかもしれない。
#阿部勇樹は欧州へ移籍していた。
#*或いは浦和への移籍が早まってジェフ時代の阿部はフリューゲルス時代の遠藤の様にマイナーな存在になっていた
#巻誠一郎が代表に選ばれる事もなかった。
#SMAPの草薙がやっている「悲劇の監督オシモ」もなかった。
#今の監督はアマルじゃなかった(2007年現在)。
#リトバルスキーはアビスパ福岡では無くジェフ千葉の監督に就任していた


== ○○無双にこだわる場合 ==
===ハンス・オフト(浦和)===
#タイトル獲得はおろか、2度目のJ2降格を味わっていた。
#負けが重なる度にサポーターが減っていった。
#*今もなおホームゲームは駒場。埼スタは超赤字スタジアムと化した。
#そして大宮と合併し、「'''さいたまレッドアルディージャ'''」となっていた。
#史実通りブッフバルトが監督になっても、最高でも中位争いにとどまった(移籍組を除き、当時の主力がオフトの元で育った選手が中心だったため)。
#*一昔前のガンバや、名古屋のようなポジションに落ち着いていた。


=== 源平無双 ===
===ペリクレス・シャムスカ(大分)===
#主人公は何故か弁慶。しかも美形。
#ポタフォゴの監督をもう少し長く務めていた。
#*君主系のキャラを避けるならしょうがない。
#当然「シャムスカ・マジック」もないので大分は2005年にJ2降格していた。
#女性キャラは静御前・巴御前・北条政子で決まりだな、あとは平徳子と皆鶴姫かな?
#*同年のJ1優勝争いにも大きく影響した。
#平家勢のラストステージは鎌倉で決まりだな。
#**浦和やガンバが大分相手に星を落とすことはなく、最終節前にセレッソが首位に立つ可能性は低かった。よって「長居の悲劇」は再発せず。
#*うっかり平景清をアレのまんま出してしまい、バンナムに怒られる。
#*ただ降格を機に身の丈に合った健全経営に移行→その後リーグ側から6億円もの借金をするような事態にはならなかったかも知れない。
#*でもガンダムが出たくらいだし、許可もらえそうだな。
#九州勢のタイトル獲得は未だに無い。
#主なステージ。
#2009年の14連敗はなかった。
#*石橋山の戦い、富士川の戦い、熊野海賊菜切攻め、墨俣川の戦い、横田河原の戦い、火打城の戦、野木宮合戦、倶利伽羅峠の戦い、篠原の戦い、水島の戦い、法住寺合戦、宇治川の戦い、一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦い、衣川の戦い、奥州合戦、承久の乱(北条政子外伝)、鎌倉の戦い(平家、義経郎党、木曽勢の外伝Orラストステージ)。
#主な無双武将
#*源氏
#**源義経(この人ははずせない)
#***武蔵坊弁慶(何故か主人公的な扱い)、佐藤兄弟、伊勢義盛、鷲尾義久(何故か忍者)、静御前など
#**木曽義仲
#***巴御前、今井兼平、樋口兼光(実はこの三人は兄妹です)など
#**源頼朝
#***北条政子、梶原景時など
#**その他
#***那須与一とか
#*平家
#**平清盛
#***平知盛、平教経、平徳子とか


=== 幕末無双 ===
===ミハイロ・ペトロヴィッチ(広島)===
#主人公は土方歳三。この人しか思いつかない。
#少なくとも、2012年の優勝はなかった。
#*土方歳三の無双演舞案。
#当時の監督代行だった望月一頼が昇格していた。
#**禁門の変→鳥羽伏見の戦い→甲州勝俣の戦い→宇都宮城の戦い→会津戦争→宮古湾の戦い→函館戦争
#*実際この時点でセレーゾとハシェックに断られ、なり手がいない状況だった。
#**他のキャラのステージは…
#*この年はその後も残留争いを余儀なくされ、場合によってはJ2へ降格していた。
#**ウィキぺディアで[[wikipedia:ja:戊辰戦争|戊辰戦争]]や[[wikipedia:ja:幕末|幕末]]を調べてみよう。
#ポポヴィッチが日本で監督になることはなかった。
#***長岡の戦いとか下関戦争とか…
#*大分はともかく、ゼルビアに関しては大きく歴史が変わっていたかもしれない。
#***天誅組の変、八月十八日の政変、生野の変 天狗党の乱、薩英戦争、禁門の変、下関戦争、長州征討 や、戊辰戦争では 鳥羽・伏見の戦い淀千両松の戦い、阿波沖海戦、甲州勝沼の戦い、宇都宮城の戦い、上野戦争、北越戦争(長岡の戦い)、、会津戦争(白河口の戦い 、母成峠の戦い 、二本松の戦い) 、日光口の戦い 、磐城の戦い 、箱館戦争(宮古湾海戦 、二股口の戦い 、箱館湾海戦 )で、明治以降は、佐賀の乱 、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱、西南戦争(熊本城の戦い 、田原坂の戦い )などがあります。
#**もしかしたら町田ゼルビアのJ2昇格はなかった可能性も。1年早くアルディレスが就任してれば分からないが…
#新撰組勢・桂小五郎・高杉晋作などは「銀魂のパクリ?」とか言われそうなキャラ設定になる。
#*FC東京は大熊清がそのまま続投していた…か?
#*しかも坂田銀時そっくりな銀髪の浪人がオリジナルキャラとして出演。
#当然その後浦和の監督になることもなかった、と考えると現在(2013年)は誰がやっていることやら?
#*違う。新武将の頭部パーツに銀髪のパーツがある。で、坂田銀時を作る奴多数。
#*順当にいけばひとまず堀孝史の昇格か、または福田正博を監督に就任させたか…だと思う。
#**結局「銀魂無双」もできることに。
#*槙野智章・森脇良太が浦和に移籍して来ることもなかった(柏木陽介はミシャ就任前に既に移籍していたので史実通り?)
#女性キャラは……思いつかん。
#**あと、西川周作・李忠成も。
#*千葉さな子とか、お龍とか…。
#J2降格で監督解任・辞任がこれまでの規定路線だったので、2007シーズンのJ2降格決定時にミシャを解任しなかったことのJリーグへの影響は少なからずあったと思う。上の大熊もその一人だけど。
#*坂本乙女(龍馬姉)、幾松(小五郎妻)、おうの(晋作妻)、おつね(勇妻)、いと(隆盛妻)や大浦お慶(貿易商)、お登勢(寺田屋女将)、島津篤子(?)、楠本いね(シーボルト娘)、乾亥生(夫と共に天誅組に従軍)などプレイヤーキャラや護衛武将になりそうな人は意外と多い。
#*これを考えると2011年の柏の優勝も無かった可能性がある。
#*会津戦争においてはゲーベル銃で夜襲に参加した山本八重や、薙刀で戦ったこう子とその娘竹子・優子がいます(全員会津人)
#プレイヤーキャラになりそうな人たち。↓どんどん追加して!
#*新撰組
#**土方歳三
#**近藤勇
#**沖田総司
#*長州
#**桂小五郎
#**高杉晋作
#***山県有朋
#*海援隊
#**坂本龍馬
#*土佐
#**武市半平太
#**中岡慎太郎
#**岡田以蔵
#*他勢力
#**ジュール・ブリュネはどうでしょう?時代考証無視して武器はバズーカとか(笑)
#'''会津若松市がコーエーに非難声明'''


== 架空もので勝負!! ==
===西野朗(G大阪)===
ガンダム無双のように架空もので無双シリーズを作るとしたら?
#もしかしたらリーグ優勝はおろか、史実(2012年)より早くJ2降格の憂き目に遭っていたかもしれない。
#二川孝広、橋本英郎のブレイクは勿論、大黒将志の日本代表入りは無かった。
#*遠藤保仁にも影響はあったかもしれないが…まあ、あまり大きくない気もする。
#吉原宏太、都築龍太、新井場徹などの移籍は無かった。
#*2002年以降の浦和、鹿島の成績にも少なからず影響を与えているのは必至で、川崎か千葉が一度はリーグ優勝しているかもしれない。


=== FF無双 ===
==就任していたら==
*どうせPSPかPS3あたりで「ディシディア ファイナルファンタジー」のスタッフがFF7以降のキャラをかき集めて適当なのを作りそうな気がするが、もっと誰もが楽しめそうなキャラを望みたい。というわけで勝手に妄想してみた。
===関塚隆(札幌)===
関塚隆は2004年から2008年まで[[川崎フロンターレ]]の監督を務め、J1昇格、さらに首位争いに加わりACL出場にまで導きましたが、川崎だけでなく[[コンサドーレ札幌]]も監督就任オファーを出していました。もし、川崎でなく札幌の監督に就任していたら…
#代わりに柳下正明が川崎の監督になっていたかも。
#札幌がJ1昇格を2005年までに決め、2008年現在ではJ1中位に定着した可能性が高い。
#*低予算なので大物選手の獲得は無いが、優秀な下部組織を持つ札幌だけに若手選手の台頭は著しくなっていた。
#一方、川崎はJ1になかなか辿り着けず、中村憲剛らは移籍していただろう。
#*それよか、今現在で引退していた可能性もあっただろう(関塚監督就任後にレギュラーに定着したため)。
#*少なくともJ1に昇格できていたとしても、残留争いの常連となっていただろう。
#札幌の鹿島色は強くなっており、現在までに一つぐらいはタイトルを獲得していたかもしれない。
#*相馬直樹も札幌に移籍して現役引退し、その後監督に就任していたかも。


==== ゴルベーザ編 ====
===長澤和明(山形)===
#四天王とともに世界を悪の力で征服しようとするが、途中で改心する。
1996年、[[モンテディオ山形]]は[[ジュビロ磐田]]の初代監督でクラブをJリーグに昇格させた長澤和明(女優長澤まさみの父)に監督就任のオファーをしましたが、当時小学生だった娘・まさみが静岡を離れたくない、と拒否したため話は流れ、代わって長澤の紹介で大学時代のチームメイトだった石崎信弘(現[[コンサドーレ札幌]]監督)が監督に就任しました。その後石崎が監督として色々なクラブを渡り歩くことになる訳ですが、もしまさみがゴネずに当初の予定通り長澤が山形の監督に就任していたら果たしてどうなっていたでしょうか?
#決め台詞はもちろん「'''いいですとも!'''」


==== ギルガメッシュ編 ====
#名監督・石崎の誕生はなかった。
#ある意味、FFで一番無双っぽいキャラ。
#代わりに長澤が石崎が監督を務めたクラブ(モンテディオ山形→[[大分トリニータ]]→[[川崎フロンターレ]]→[[清水エスパルス]]→[[柏レイソル]]→コンサドーレ札幌)で指揮を執っていた。
#知ってはいるけど、エクスカリパーで千人斬り達成してみたい。
#(家族で山形に引越していた場合)長澤まさみの芸能界入りもなかった可能性大。
#*芸能界入りは生田智子(ゴン中山夫人)の薦めだったので。
#常葉学園サッカー部の監督として高校選手権に出場することもなかったかも。


===なのは無双===
==辞任していなかったら==
*長距離砲撃~近接攻撃までキャラ選択により戦略が大幅に変わる。
*年は辞任した年を書いて下さい。
*魔法少女で無双というのは'''根本的になにか違う'''ような気がするが気にしてはいけない。
===岡田武史(札幌・2001年)===
*むしろ魔法少女無双はどうよ。
#少なくとも2003年はJ1。
**第1部:サリー、アッコ、エッちゃん、チックル、メグ、ララベル、ルンルン・・・など。
#横浜F・マリノス監督就任もなかっただろう。
**第2部:モモ、マミ、ペルシャ、エミ、ユーミ、ミント、ララ・・・など。
#柱谷哲二が「凍傷」と呼ばれることもなかった。
**第3部:マリーベル、ヤダモン、サミー、コメットさん、どれみ・・・など。
#山瀬功治はマリノスに移籍しなかった。
#ハーフナー・マイクも札幌ユースからトップに昇格していた。


====StrikerS編====
===関塚隆(川崎・2008年)===
*プレイヤーキャラは最初はティアナかスバル。最終的には機動六課メンバー全員+α
2009年シーズンに復帰した関塚隆監督ですが、その前年はJ1優勝を含むタイトル奪取を期待されながらも、フッキの移籍騒動による心労や自らの健康問題を理由にシーズン途中の辞任を余儀なくされました。<br>もし、2008年シーズンに何事も起きずに辞任せずにフルシーズンで監督を務めていたら…。
*操作を覚えるための「訓練ステージ」がある。
#それでもフッキの退団騒動は回避できなかった。
**ある条件がそろってしまうと通称「冥王イベント」が発生する。
#優勝争いに加われたかどうかは微妙なところ。
#*史実では高畠勉監督(現・ヘッドコーチ)の就任後に成績を上げた感がするので。
#我那覇の出番はもう少し増え、戦力外通告で川崎を去ることもなかった。
#*ドーピング騒動がひと段落ついたところで代表に返り咲いていた。
#*レナチーニョの加入は無く、ジュニーニョ・鄭大世・我那覇の3トップになっていた。
#確実に2009年あたりで一つぐらいはタイトルを獲得しており、ガンバ時代の西野監督並みの長期政権になっていた。
#*U-22の監督にはおそらく城福浩が就任していた(当然、史実通り2010年に東京の監督を退任していたら)。
#*そのあとの低迷期は無く、2010年以降の川崎の成績は史実よりも良くなっていた。


===藤子不二雄無双===
===内田一夫(甲府・2010年)===
#プレイヤーはドラ、Q太郎、コロ助、パーマン、ハットリくん、怪物くんからスタート。
2010年シーズン、甲府をJ1へ導きながらも指導経験の乏しさを疑問視したクラブの判断で、1年限りで退任となった内田監督。もし、翌年も内田監督が指揮を執ったら…
#*追加で21エモン、エスパー魔美、喪黒福造、ジャングル黒べえなどなど・・・。
#少なくとも翌年、甲府が1年でJ2へ降格することは無かった。
#*それぞれにライバルや仲間等が設定されており、クリアするとそれも使用可能。
#*となれば、ハーフナー・マイクは残留していたはず。
#**ドラミ、ドロンパ、勉三さん、バードマン、ケムマキ、怪子ちゃんなど。
#城福浩は相馬直樹の解任と共に、川崎の監督に就任していた。
#**チンプイ・ワンダユウ、魔太郎・切人、猿・ドラゴン・・・あと小池さんは外せないな。
#逆に浦和がJ2へ降格し、冬の時代が到来していた可能性が。
#たいていのキャラは「学校」or「土管のある空き地」から開始。
#*喪黒はもちろん「魔の巣」から開始。21エモンは「トーキョーシティ」。


===円谷無双===
[[Category:歴史のif検討委員会 日本サッカー史|あのしえいりいくくらふのかんとく]]
#プレイヤーはウルトラマン、ミラーマン、ジャンボーグA、ファイヤーマンからスタート。
 
===ラノベ無双===
*古今東西のライトノベルの勇士?が集結!
#ストーリーおよびシステムは無双OROCHIのような感じになる(三人で一組とか)
#'''こともあろうか涼宮ハルヒがラスボスに付いてしまう。'''
#アニメ化された作品のキャラが優遇される。特に京アニ組の相良軍曹とか。
#世紀のツンデレ対決!ぜひ見たい。
 
===マガジン無双===
*ジャンプオールスターズに対抗して…
#絶望先生が'''「絶望した!何でもかんでも無双にするコーエーに絶望した!」'''と、叫ぶ。
#*何しても絶望先生は褒めてくれない。
#ネギま!、ツバサ、FAIRY TAILが大優遇。
 
===東映無双===
*ズバット、キカイダー、イナズマン、アクマイザー、ビビューン、キョーダイン、カゲスター、キャプター、コンドールマン、マシンマン、バイクロッサー、赤影・・・
#敵役に困らないので、無双らしくなるとは思う。
#世代的についてこられるユーザーが少ないが、仮面ライダー、戦隊、メタルヒーローも全部取り込むとなると、とんでもないことに。
#巨大ロボ編がある。
#*ジャイアントロボ、17、レオパルドンは外せない。
#*戦隊、戦闘母艦シリーズ(宇宙刑事)。もちろん磁雷神、カブテリオス、ドデカブタック等も忘れてはならない。
 
[[category:もしも借箱|むそう]]

2014年3月12日 (水) 07:15時点における版

就任しなかったら

イビチャ・オシム(千葉)

  1. ジェフは今ごろJ2を彷徨っていた。
    • 少なくとも、2009年以前にJ2降格の憂き目に遭っていたのは間違いないだろう。
    • ただ、同時のGMを務めた祖母井氏の事なのでオシム氏に匹敵する様な監督を招聘していたかも知れない。
  2. 日本代表の監督就任もなかった。
    • 代表監督には岡ちゃんが復帰していたかも。あるいはシャムスカとか。
    • フッフバルトが就任して「ギドジャパン」がという可能性もある
      • ッフバルトね。
    • 契約が残っていたけどガンバの西野朗とか
    • 当時フリーに近かったセレーゾが就任してたと思う
    • 関塚監督をフロンターレから引き抜く…という可能性もありえたかもしれない。
  3. 阿部勇樹は欧州へ移籍していた。
    • 或いは浦和への移籍が早まってジェフ時代の阿部はフリューゲルス時代の遠藤の様にマイナーな存在になっていた
  4. 巻誠一郎が代表に選ばれる事もなかった。
  5. SMAPの草薙がやっている「悲劇の監督オシモ」もなかった。
  6. 今の監督はアマルじゃなかった(2007年現在)。
  7. リトバルスキーはアビスパ福岡では無くジェフ千葉の監督に就任していた

ハンス・オフト(浦和)

  1. タイトル獲得はおろか、2度目のJ2降格を味わっていた。
  2. 負けが重なる度にサポーターが減っていった。
    • 今もなおホームゲームは駒場。埼スタは超赤字スタジアムと化した。
  3. そして大宮と合併し、「さいたまレッドアルディージャ」となっていた。
  4. 史実通りブッフバルトが監督になっても、最高でも中位争いにとどまった(移籍組を除き、当時の主力がオフトの元で育った選手が中心だったため)。
    • 一昔前のガンバや、名古屋のようなポジションに落ち着いていた。

ペリクレス・シャムスカ(大分)

  1. ポタフォゴの監督をもう少し長く務めていた。
  2. 当然「シャムスカ・マジック」もないので大分は2005年にJ2降格していた。
    • 同年のJ1優勝争いにも大きく影響した。
      • 浦和やガンバが大分相手に星を落とすことはなく、最終節前にセレッソが首位に立つ可能性は低かった。よって「長居の悲劇」は再発せず。
    • ただ降格を機に身の丈に合った健全経営に移行→その後リーグ側から6億円もの借金をするような事態にはならなかったかも知れない。
  3. 九州勢のタイトル獲得は未だに無い。
  4. 2009年の14連敗はなかった。

ミハイロ・ペトロヴィッチ(広島)

  1. 少なくとも、2012年の優勝はなかった。
  2. 当時の監督代行だった望月一頼が昇格していた。
    • 実際この時点でセレーゾとハシェックに断られ、なり手がいない状況だった。
    • この年はその後も残留争いを余儀なくされ、場合によってはJ2へ降格していた。
  3. ポポヴィッチが日本で監督になることはなかった。
    • 大分はともかく、ゼルビアに関しては大きく歴史が変わっていたかもしれない。
      • もしかしたら町田ゼルビアのJ2昇格はなかった可能性も。1年早くアルディレスが就任してれば分からないが…
    • FC東京は大熊清がそのまま続投していた…か?
  4. 当然その後浦和の監督になることもなかった、と考えると現在(2013年)は誰がやっていることやら?
    • 順当にいけばひとまず堀孝史の昇格か、または福田正博を監督に就任させたか…だと思う。
    • 槙野智章・森脇良太が浦和に移籍して来ることもなかった(柏木陽介はミシャ就任前に既に移籍していたので史実通り?)
      • あと、西川周作・李忠成も。
  5. J2降格で監督解任・辞任がこれまでの規定路線だったので、2007シーズンのJ2降格決定時にミシャを解任しなかったことのJリーグへの影響は少なからずあったと思う。上の大熊もその一人だけど。
    • これを考えると2011年の柏の優勝も無かった可能性がある。

西野朗(G大阪)

  1. もしかしたらリーグ優勝はおろか、史実(2012年)より早くJ2降格の憂き目に遭っていたかもしれない。
  2. 二川孝広、橋本英郎のブレイクは勿論、大黒将志の日本代表入りは無かった。
    • 遠藤保仁にも影響はあったかもしれないが…まあ、あまり大きくない気もする。
  3. 吉原宏太、都築龍太、新井場徹などの移籍は無かった。
    • 2002年以降の浦和、鹿島の成績にも少なからず影響を与えているのは必至で、川崎か千葉が一度はリーグ優勝しているかもしれない。

就任していたら

関塚隆(札幌)

関塚隆は2004年から2008年まで川崎フロンターレの監督を務め、J1昇格、さらに首位争いに加わりACL出場にまで導きましたが、川崎だけでなくコンサドーレ札幌も監督就任オファーを出していました。もし、川崎でなく札幌の監督に就任していたら…

  1. 代わりに柳下正明が川崎の監督になっていたかも。
  2. 札幌がJ1昇格を2005年までに決め、2008年現在ではJ1中位に定着した可能性が高い。
    • 低予算なので大物選手の獲得は無いが、優秀な下部組織を持つ札幌だけに若手選手の台頭は著しくなっていた。
  3. 一方、川崎はJ1になかなか辿り着けず、中村憲剛らは移籍していただろう。
    • それよか、今現在で引退していた可能性もあっただろう(関塚監督就任後にレギュラーに定着したため)。
    • 少なくともJ1に昇格できていたとしても、残留争いの常連となっていただろう。
  4. 札幌の鹿島色は強くなっており、現在までに一つぐらいはタイトルを獲得していたかもしれない。
    • 相馬直樹も札幌に移籍して現役引退し、その後監督に就任していたかも。

長澤和明(山形)

1996年、モンテディオ山形ジュビロ磐田の初代監督でクラブをJリーグに昇格させた長澤和明(女優長澤まさみの父)に監督就任のオファーをしましたが、当時小学生だった娘・まさみが静岡を離れたくない、と拒否したため話は流れ、代わって長澤の紹介で大学時代のチームメイトだった石崎信弘(現コンサドーレ札幌監督)が監督に就任しました。その後石崎が監督として色々なクラブを渡り歩くことになる訳ですが、もしまさみがゴネずに当初の予定通り長澤が山形の監督に就任していたら果たしてどうなっていたでしょうか?

  1. 名監督・石崎の誕生はなかった。
  2. 代わりに長澤が石崎が監督を務めたクラブ(モンテディオ山形→大分トリニータ川崎フロンターレ清水エスパルス柏レイソル→コンサドーレ札幌)で指揮を執っていた。
  3. (家族で山形に引越していた場合)長澤まさみの芸能界入りもなかった可能性大。
    • 芸能界入りは生田智子(ゴン中山夫人)の薦めだったので。
  4. 常葉学園サッカー部の監督として高校選手権に出場することもなかったかも。

辞任していなかったら

  • 年は辞任した年を書いて下さい。

岡田武史(札幌・2001年)

  1. 少なくとも2003年はJ1。
  2. 横浜F・マリノス監督就任もなかっただろう。
  3. 柱谷哲二が「凍傷」と呼ばれることもなかった。
  4. 山瀬功治はマリノスに移籍しなかった。
  5. ハーフナー・マイクも札幌ユースからトップに昇格していた。

関塚隆(川崎・2008年)

2009年シーズンに復帰した関塚隆監督ですが、その前年はJ1優勝を含むタイトル奪取を期待されながらも、フッキの移籍騒動による心労や自らの健康問題を理由にシーズン途中の辞任を余儀なくされました。
もし、2008年シーズンに何事も起きずに辞任せずにフルシーズンで監督を務めていたら…。

  1. それでもフッキの退団騒動は回避できなかった。
  2. 優勝争いに加われたかどうかは微妙なところ。
    • 史実では高畠勉監督(現・ヘッドコーチ)の就任後に成績を上げた感がするので。
  3. 我那覇の出番はもう少し増え、戦力外通告で川崎を去ることもなかった。
    • ドーピング騒動がひと段落ついたところで代表に返り咲いていた。
    • レナチーニョの加入は無く、ジュニーニョ・鄭大世・我那覇の3トップになっていた。
  4. 確実に2009年あたりで一つぐらいはタイトルを獲得しており、ガンバ時代の西野監督並みの長期政権になっていた。
    • U-22の監督にはおそらく城福浩が就任していた(当然、史実通り2010年に東京の監督を退任していたら)。
    • そのあとの低迷期は無く、2010年以降の川崎の成績は史実よりも良くなっていた。

内田一夫(甲府・2010年)

2010年シーズン、甲府をJ1へ導きながらも指導経験の乏しさを疑問視したクラブの判断で、1年限りで退任となった内田監督。もし、翌年も内田監督が指揮を執ったら…

  1. 少なくとも翌年、甲府が1年でJ2へ降格することは無かった。
    • となれば、ハーフナー・マイクは残留していたはず。
  2. 城福浩は相馬直樹の解任と共に、川崎の監督に就任していた。
  3. 逆に浦和がJ2へ降格し、冬の時代が到来していた可能性が。