阪急の車両/形式別
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独立項目
- 阪急京都線の車両(新京阪鉄道の車両を含む)
現役車両
3000系
- 神宝線系の車両では最古参。
- モータは高速運転のため170kw×4台/1両と大出力。
- 冷房改造の時期によってスイープファンのある車両とない車両があり、屋上の冷房装置の配置が異なる。
- スイープファン付きの方が中央に寄って配置されている。
- 今津線最後の標識板取付車(3058×6連)は映画「阪急電車」の撮影に使われた。
- 映画撮影のために廃車が延期されたらしい。何という心遣い。
- 他に3011号車が標識板付きで登場するが、実際の3011号車は方向幕装備…。実際には存在しない3544号車が登場するなどあの映画は鉄道マニアが見ると突っ込みどころ満載。
- 映画撮影のために廃車が延期されたらしい。何という心遣い。
- もうすぐ神戸線からは撤退するらしい。
- 2012年度に神戸本線から撤退。宝塚本線には1~2本残っていたはずだが、新1000系が宝塚本線に入ったらすぐ撤退するだろう。
- 全盛期には全て8連だったが、3000系だけで組成された編成は1本もなく、必ず1~2両は2000系の中間車が入っていた。
- 方向幕装備車両は側面の方向幕の位置が車両によって異なる。
- スイープファン装備車両は中央扉の左側、非装備車両は中央扉の右側にあり、方向幕の幅も後者の方が狭い。
- 前者は冷房改造と同時に方向幕を取り付けたのに対し、後者は冷房改造後に後付けした点が異なる。3100系も同様。
- スイープファン装備車両は中央扉の左側、非装備車両は中央扉の右側にあり、方向幕の幅も後者の方が狭い。
- 宝塚線で運用される車両には前面にスカートが取り付けられていた。
- 伊丹・箕面線運用車両は前照灯がLED化されている。
- このため両線の3000系はもう少しは安泰、と思ったが2016年に入って箕面線からは撤退…。
3100系
- 3000系の宝塚線バージョンで、モータ出力が120kw×4台/1両に小さくなった。
- 宝塚線用として設計されたが、宝塚線のスピードアップによりパワー不足になり現在では伊丹線・今津(北)線といった神戸線の支線で運用されている。
- 製造当初は神戸線の普通運用も考えていたらしい。
- 1編成が能勢電鉄に譲渡されたが、前面のデザインが変更された。
- 銀仮面。車内のデザインまで変わった。
- 木目化粧板とオリーブ色座席から白色化粧板とネイビーブルー座席に交換された。
- とにかく能勢電鉄の車両では異彩を放っている。
- 貴重な片開き扉を持っていた1000系を廃車に追いやった張本人
- 銀仮面。車内のデザインまで変わった。
- T車1両(3651)は3000系に組み込まれている。
- この編成で神戸線の定期運用に入っていたこともある。
- 3000系と異なり、編成中間に入る車両の運転台を撤去した車両は存在しない。
- パンタグラフの下には冷房改造前のファンデリアのカバーが残っている。
5000系
- 実は1968年登場。製造後30年以上を経た2001年からリニューアルされ新車並みになった。
- リニューアル後は車内LEDやパワーウインドー装備など8000系以上の内装となった。
- これは9000・9300系や7000・7300系リニューアル車の内装の基本となった。
- リニューアル後は車内LEDやパワーウインドー装備など8000系以上の内装となった。
- 同時期登場の3300系と対照的にモータは静か。
- 実は登場時は非冷房車だった。
- その後冷房改造・前面行先表示機取付け・リニューアル工事と3度の大改造を経験し現在の姿となった。
- 最高速度115km/h運転には対応していないため、昼間の特急運用には入らない。
- 最近土休日ダイヤの日は車庫で寝ているらしい。
- 最初にリニューアルされた編成(5010F)のみ前面の車両番号が貫通扉に大きく取り付けられている。
- 他の編成は車掌台側窓下に移され、数字も小さくなった。
- リニューアル前は2000・2800系の中間車を組み込んでいたことがある。特に2000系の中間車を組み込んだ編成は屋上のクーラーの数が異なる(2000系:3個・5000系:4個)と異なるため違和感もあった。
- 2800系は元京都線用特急車両だったため側面の窓配置が異なっていた。しかし2800系の組み込みは短期間で消滅した。
- リニューアル後は5100系を改造し中間に組み込んだがこれまでとは異なり5000系に編入されている。但し元から5000系の車両と5100系の改造車では車体断面が異なっている。
- リニューアル前は5000系としてのT車(5550形)は1両(5563号車)しかなかった。
- しかもその車両は5200系に組み込まれていたこともある。
- 初期にリニューアルされた5008Fと5010Fの運転台撤去跡は運転室と客室の仕切がそのまま残され、元運転室の部分に2人分の座席が設置されている。
- そこはちょっとした個室の雰囲気が味わえる。
- 以後のリニューアル車では運転台撤去車も完全な中間車の形態になった。
- 6両化され今津北線に運用開始したが運転室の部分に2人分の座席は残されたままになっている。
- 6両化により抜かれたT車は廃車。因みにこれは元5100系である。
5100系
- 当初は6000系として計画されていたが、大阪市営地下鉄60系との番号の重複を避けるため5000番台の空き番である5100系に変更された。
- 製造当初は京都線にも投入されていた。
- 5000系のリニューアルに伴い、一部車両が5000系に編入された。
- 現在は宝塚線及び今津線で運用されているが、伊丹線・箕面線に入ることもある。
- 両線で運用されている3000・3100系が検査に入るときなど。
- 箕面線は2016年から本運用になった。
- パンタグラフは原則として梅田寄り先頭車に1個付いているが、5132F・5136F・5146Fは2個付いている。
- 登場時は0番台→4両、20番台→3両、40番台→2両編成に割り当てられていたため、必ずしも製造順に付番されていない。
- 6000・7000系にも同様のことがいえる。
- 2014年7月、5136Fが阪神本線を尼崎駅まで自力回送された。
- 阪急車両が阪神の線路を走るのはかつて今津駅で阪急車両が阪神線に暴走進入して以来。高性能車の時代になってからは初。
- 登場時は前述のように京都線を走り(堺筋線には入線してないが)、神戸高速、山陽と走り、阪神をも走行、能勢電でも運行と、何気に阪急では運用区間がもっとも広い車両となった。
- 阪神線は回送扱いだから運用と言えるのだろうか?
- 登場時は前述のように京都線を走り(堺筋線には入線してないが)、神戸高速、山陽と走り、阪神をも走行、能勢電でも運行と、何気に阪急では運用区間がもっとも広い車両となった。
- 阪急車両が阪神の線路を走るのはかつて今津駅で阪急車両が阪神線に暴走進入して以来。高性能車の時代になってからは初。
- 5700番台のT車はMc車(5100形)からの改造車。
- 全部で4両あるが、うち2両は元運転台のスペースが残るのに対し残りの2両は完全な中間車形態に改造されている。
- 能勢電鉄に5136Fが持っていかれ、既存車両を置き換える模様である。
- 片方は非表示幕の原型顔をもっていたのが、成形されてしまった。
- 3月中旬に営業開始。
- 自動放送の中の人が加藤純子さんに、関西標準の「プー♪」チャイムも阪急8000系以降と同じチャイムに。
- 3月中旬に営業開始。
- 移籍にあたり前照灯・行先表示器がLED化され、前面にはイノシシ対策とかでスカートが取り付けられた。
- LED前照灯のメーカー・形状や行先表示器のLEDのフォントは阪急とは異なる。
- 片方は非表示幕の原型顔をもっていたのが、成形されてしまった。
- 9000系のような顔に整形された車両が存在したことがある。
- 7000・7300系リニューアルの検討のために試験的に改造したもの。前面の車番も「7320」になっていた。
- この顔で実際に営業運転に入ったことはなく、試験終了後に廃車された。
6000系
- 宝塚線の主力。
- 神戸線系統の支線を中心に運行される6020Fはアニメ涼宮ハルヒの憂鬱に出演を果たした。2009年放送の第20話において細かく描かれていた。
- 両端の先頭車両のみ6000系、その他の車両は7000系という編成が存在する。
- 神戸線の6050Fがそう。因みに両先頭車(6050・6150)は2200系の改造車。
- 宝塚線の6750形も2200系の改造車。特に6015Fに組み込まれている6762は阪急初のVVVF車である2720号車の改造。
- 逆に7000系編成の中間付随車だけ6000系という編成も存在する。
- 7021Fの6671・6681号車がそれ。6000系とはいえ7000系登場後に製造されたため車内は7000系後期車両と同じ。ただし車体は鋼製。
- 6012Fの6670・6680ともども神戸線の10連運転に備えて昭和60(1985)年に製造された。
- 7021Fの6671・6681号車がそれ。6000系とはいえ7000系登場後に製造されたため車内は7000系後期車両と同じ。ただし車体は鋼製。
- 神戸線の6050Fがそう。因みに両先頭車(6050・6150)は2200系の改造車。
- 神戸線所属車両は大半が支線運用。本線にでるのは増結用の6016×2両のみ。
- 制御装置は6000系が抵抗制御、7000・7300系は界磁チョッパ制御だが、外からは車体番号以外見分けがつきにくい。
- 6005F・6006Fは前面の方向幕が大型のものに改造されているが、他の編成には及んでいない。
- 基本性能はブレーキが電気指令式であることを除けば5100系と同一。
- 90年代後半になってから6300系等と同様、屋根付近にアイボリーを塗装するようになった。
- この塗装は7000系にも施された。
- 6001Fはそれに先立って、前面と妻面を除いて屋根付近にアイボリー塗装された。
- この塗装は7000系にも施された。
- ドアチャイムの設置されている車両が存在する。
- 6000Fは阪急初のアルミ車。
- 鋼製車と同様塗装されているのでわかりにくいが、外板が鋼製車よりも厚みがあるため、側扉が少し奥まった所にあるのでここで区別が付く。7300系も同様。
- 実は6000Fより6001Fの方が登場が早かった。
- 2014年8月、6002Fが能勢電鉄に移籍した。
- とはいっても側面の阪急マークが能勢電鉄のマークに変わった程度。運用も阪急時代と変わらず、自社線には日生エクスプレス運用時しか帰らない。
- 車内広告も阪急仕様。
- 芝山鉄道3600形を思い出した。
- そのうち、普通のワンマン車もこれになりそう。
- とはいっても側面の阪急マークが能勢電鉄のマークに変わった程度。運用も阪急時代と変わらず、自社線には日生エクスプレス運用時しか帰らない。
- 6007Fの6610・6510は本来M車だが暫定T車として運用されている。
- しかも15年以上前からこの状態。その間にリニューアルまで行われている。
- 床下機器は撤去されているが、屋根上のパンタ台が残っているのが特徴。
- 他に6024Fの宝塚方先頭車の6114も暫定Tc車である。
- 減速時のモータ音が「欽ちゃんの仮装大賞」で不合格時に鳴る音と似ている。
- 同じ機種のモーターを使っている5100系も同様。
7000系・7300系
- 7000系は神戸線の主力。
- 神戸線運行車両の中にはラッキーナンバーのぞろ目車番「7777」が存在する。
- 7027編成。大体特急で走る。
- リフレッシュ工事が進んでいるが、2008年以降に出場した編成では車内設備が9000系並みになったほか、LCD案内装置やフルカラーLED行き先表示搭載、そして前面形状まで変更される魔改造ぶり。まるで新車。
- まるでライバル会社のようだ…
- このタイプの更新はあまりに金がかかりすぎたのか、2011年出場の7009Fは内装とドアは変更したが案内装置はLEDに戻って、行き先表示も幕のまま、前面形状も変更していないようだ。
- 2013年出場の7010Fでは外観は前面の車番の位置が変わり、車内にはLCD案内装置がついた。LED照明も採用されている。
- 後述のVVVF改造と言い、もはや同形式では括れないレベルのバージョンが溢れている。
- VVVF改造車は貫通扉の窓が縦長になり、5000系の前面に近くなった。
- 結果、せっかくの新車並みのイケメン顔からトーンダウンし中途半端で非常にダサいと不評、これなら下手に前面いじらない方がよかった…。
- 内装とかは大改造しているのに、何故か前面側面表示器は幕のまんま、と言う意味不明な車両まで登場。
- 結果、せっかくの新車並みのイケメン顔からトーンダウンし中途半端で非常にダサいと不評、これなら下手に前面いじらない方がよかった…。
- VVVF改造車は貫通扉の窓が縦長になり、5000系の前面に近くなった。
- 後述のVVVF改造と言い、もはや同形式では括れないレベルのバージョンが溢れている。
- 2013年出場の7010Fでは外観は前面の車番の位置が変わり、車内にはLCD案内装置がついた。LED照明も採用されている。
- 阪急初のVVVF車がある。
- 阪急最初のVVVF車は今はなき2200系の2720-2721では?。同車は阪神・淡路大震災で被災し2721は廃車・2720は電装解除の上6000系に編入された。
- 7300系に1両いたはず。
- いや、1982年に1600系の1601号が東洋電機のVVVFの試験車になっていた。
- 阪急最初のVVVF車は今はなき2200系の2720-2721では?。同車は阪神・淡路大震災で被災し2721は廃車・2720は電装解除の上6000系に編入された。
- 初期製造車両は鋼製車体で後期製造車両がアルミ製車体。内装も両者でやや異なる。
- アルミ車はVVVF改造も検討されたが今のところ施工された車両はない。
- 2014年に入って7303FがVVVF改造を受けたみたい。
- 7000系のアルミ車は新工法で製造されたため、6000・7300系と異なり外板が薄く、ドア部分の凹みが少ない。
- 後期車両の内装は系列会社の北大阪急行8000系、北神急行7000系、神戸電鉄2000・5000系に影響を与えた。
- 初期タイプは運転台の直後に窓がなく、そこに「H」のシンボルマークが付けられたが後期タイプでは細長い窓が設置された。初期タイプも後に窓を設置。
- 後期タイプも登場時はその細長い窓の上に「H」マークをつけていた。ともにCI制定に伴い撤去。
- アルミ車はVVVF改造も検討されたが今のところ施工された車両はない。
- 7010、7012、7013、7015はドアチャイム試験車。7010は高音、7012、7013、7015は低音。低音の方は音を外している感があり、若干不気味である。
- 1980~1989年の10年近くに亘って増備が続いたことから元々のバリエーションが多かった上にリニューアルも加わって形態はまさに多種多様。リニューアルも最初は化粧板の張り替え程度であったが後に車内案内表示器の取り付けや5000系と同じ濃い色調の化粧板への変更、7007Fなどのような前面の変更などもあって内容は編成によってかなり異なる。
- 1989年製造の7327Fは8000系登場後に竣工したことから新造時から車内が8000系と同様の仕様となり、パワーウインドウまで装備している。
- それにしても8000・8300系が登場していたのに何故1世代前の7300系を製造したのだろう?
- 7300系の車体寸法は将来の山陽電鉄への乗り入れにも対応しているらしい。現時点では神戸線の車両限界が未改良のため乗り入れはできないが。
- そのため3300・5300・8300系よりも車体幅が少し狭い。
- 神戸線所属の7000系のうち6連のものは、春秋の行楽シーズンには嵐山への直通特急で京都線に入線する。
- 間合い運用で嵐山~河原町の直通特急にも運用されるので、河原町駅にも入ってくる。
- そのため、方向幕に「嵐山」「河原町」などがある。
- 一部の編成にはドアチャイムが試験的に設置されている。
- 「ソ・ミ・ソ・ミ」という音程の編成もいる。
- アルナ車両のラインが塞がっていたせいか、近畿車輛で更新工事を受けた編成があるとか。
- アルミ車は当初車内に「アルミ車両」の銘板が貼られてたがいつしか撤去された。
- 7300系の20番台は当初2両編成の増結用車両として製造されたが7320~7322は京都線10両運転を行うにあたり基本編成の7300~7302とトレードされた。
- 車番の並び方が不自然になっているのはそのため。
- 10両運転開始に伴う連結器の交換を避けるためだったとか。
8200系
- 8200系が2両だけ作られた。収容式座席、3色LED式行き先表示、松下製S-VHSビデオデッキ搭載だった。
- 阪急で3色LEDを行先表示に採用したのは後にも先にもこの車両だけ。理由は側窓の大きさの関係で通常の方向幕が設置できなかったから。
- 実は阪急で最初に車内の液晶表示を採用した。
- 混雑が以前よりも緩和された為、結局収納式座席は普通の座席に改造されてしまった。
- スタンションポールも撤去されてしまい、他の車両と同じ様なごく普通の車内になってしまった。
- 朝のラッシュ時にしか走らない非常にレアな車両。
- 当初は2編成以上作る予定だった
- が、計画が震災の影響でそれ以上作る必要が無くなり、発注したものの余ってしまった各部品は8000系の後期車体と組み合わせた8000系8040形になったそうな
- 8200系は試作車なので宝塚線に配属したほうが成績が出て増備されたと思うのに。
- 本系列が神戸線に配置されたのは最混雑区間が西宮北口以東と比較的短いためらしい。西宮北口で今津線、塚口で伊丹線からの流入があるため。それに対し宝塚線は神戸線よりも線形が悪く距離の割に乗車時間が長いということもあるらしい。
8000系・8300系
- 何気に20年選手。
- 昭和64年に走りだした。
- 全国的に見ても昭和に営業開始した最後の新型電車だろう。
- 8000系は後ろ2両が転換クロス。
- 8002F~8007Fです。クロス車両を含む編成は宝塚線に優先的に配置されている。
- 8300系と8000系は音が違う。
- 制御装置を作った会社が違うからね。
- 8300系でも8300F・8301F・8330Fとそれ以外では音が異なる。8040形は8200系と同じ制御装置のためこれも異なる。
- 実は8000系の中でも8000F-8003Fと8004F以降の編成とではモーター音が微妙に異なる。(VVVFの音は同じ)
- 駆動装置は8000系はWN駆動、8300系はTD平行カルダン駆動と異なる。
- エコまちトレイン。
- 8300系の第1・2編成は堺筋線用自動放送機未設置。そのため、大阪市営地下鉄で肉声放送が聞ける車両はこのふたつだけ。
- 古い車両のリニューアルが進んだお陰で、比較的新しいはずのこの車両の車内が最近では古臭く見える様になってしまった。
- 昔は前面部に飾り板が取り付けられていた。
- 光が反射して運転上支障をきたすので後に撤去された。
- ケイマン諸島と関係があるらしい
- 8300系は全車、税金天国ケイマン諸島に籍を置く会社からのリースである。
- 額縁がある初期車は空気抵抗の都合で額縁削りを順次行っている
- 後期車は額縁がなくなったほか横から見ると「く」の字形に折れ曲がるようになり、番号も貫通扉から車掌側に移されている。
- 特に8040F~8042F・8304F・8315Fでは番号が前面窓の中に収められ、しかも電照式になっている(8200系も同様)。
- 初期車でも番号を車掌側に移した車両がある。
- 前面形状は試行錯誤が続いた結果、今までに何種類ものバリエーションが生じている。今は見られないものを含めて。
- 後期車は額縁がなくなったほか横から見ると「く」の字形に折れ曲がるようになり、番号も貫通扉から車掌側に移されている。
- 8001Fと8020Fは製造当初は6両編成だった。
- 8001Fは今津(北)線に、8020Fは山陽電鉄線に入線したこともある。
- 2012年になって8001号車がPMSMモータの試験車両になった。
- 均衡速度は170km/h以上
- 8300系の後期車両と8040形はボルスタレス台車を採用したが、後継となる9000・9300系には引き継がれなかった。
- 8000系2連車8030F~8035F、8300系2連車8331Fの台車は5200系から流用されたもの。
- ただし、8035Fの8155の台車は新製されている。
- 阪急初の量産VVVFインバータ制御車。
- 阪神・淡路大震災後に神戸線の西宮北口以西が部分的に復旧した際には離れ小島ということでこの8000系が優先的に投入された。
- VVVF制御で故障時の対応がやりやすいため。
- 8040形は登場からずっと宝塚線の増結用で使われていたが、2015年3月のダイヤ改正で10両運用が減ったことから8040Fと8041Fが連結されて箕面線で運用されるようになった。登場から18年目でようやく終日運用。
- 8040形は阪急最後のアルナ工機製の車両。
- 1997年に8040形が登場してから2003年に9300系が登場するまで6年間阪急に新車のない時期が続き、その間にアルナ工機が原則として路面電車以外の車両の製造をやめたので。
9000系
- 神戸線・宝塚線の次世代を担う車両。
- …のはずなのだが、なかなか増備が進まない。
- 9300系の増備が一段落した2010年度から急速に増備が進み。最終的には11編成88両が揃った。
- これでも「A-train」。
- 安っぽさのかけらも感じさせない内装は、さすが阪急といったところである。
- 外観は9300系と殆ど同じだが、車内は全然違う。
- 特急用の兄貴分:9300系とは対照的に、こちらは普通運用が多い(特に神戸線所属車両)。
- 8200系と連結したら行先表示にバグが生じるので、8200系と連結する可能性のある特急運用には外される傾向にあった。最近は特急運用も増えてきたような気がする。
- 9000・9300系は車端部と乗務員室背後以外窓が開かないが、わずかな開く窓がちゃんとパワーウィンドーになっているのは阪急クオリティか。
- 方向幕(幕ではないが)が切り替わると、車内液晶テレビの左側が阪急マークになる。回送の場合は、両方阪急マークになる。終点駅手前のどこで切り替えたか、車内から分かる。
- 2012年現在偶数編成は神戸線に、奇数編成は宝塚線に投入されているが、今後は置き換え対象の3000系が宝塚線に集中しているので9000系も宝塚線ばかりに投入されるのであろうか?
- 但し最終編成の9010Fは偶数編成だが例外的に宝塚線所属。
- 新1000系としてモデルチェンジ車が投入される為、この系列は打ち止め決定。
- 日生エクスプレスの運用につくのはいつなのかが分からない。
- 日生エクスプレスの運用は1000系に先を越されてしまった。
- 最近は神戸・宝塚両線間の車両数調整に使われることが多い。
- 行き先表示がLEDなので設定を変更するだけで対応できるため。
- 車内灯は9000・9001Fが蛍光灯で9002F以降はLEDに変更された。
- カバーが付いているためわかりにくいが後者の方が少し暗いような感じもする。
1000系・1300系
- 阪急初の大型袖仕切り・スタンションポール搭載車。
- 先頭車が付随車となった。
- 車両間の貫通扉は自動ドアでなくなった。
- 停止直前に「プー」という音を出す。
- これは1000系のみ。1300系は出さない。
- 照明のLEDはメーカー標準品。
- 今まで阪急は照明カバーをつけていたが、1000系ではLEDを採用したため、カバーが省略された。
- カバーのように見えるのはあくまでもLEDユニットのカバー。同じユニットを採用した東武は、今まではカバーをつけていなかったことからも、LEDのカバーが今までのカバーに相当するものではないことがわかる。
- でも見た感じ従来の蛍光灯カバーと比べても違和感なくお上品にまとまっているので良かったりする。
- カバーのように見えるのはあくまでもLEDユニットのカバー。同じユニットを採用した東武は、今まではカバーをつけていなかったことからも、LEDのカバーが今までのカバーに相当するものではないことがわかる。
- 今まで阪急は照明カバーをつけていたが、1000系ではLEDを採用したため、カバーが省略された。
- 1000系のモーターは東芝製PMSMだが、1300系のそれは東洋電機製の密閉式誘導電動機。加減速時に発する音もかなり異なる。
- 1000系は低い音だが1300系はかなり甲高い。
- そのせいかは定かではないが、1300系の方は登場当初しょっちゅう故障しまくっていた。
- 1000系は低い音だが1300系はかなり甲高い。
- 阪急のこれまでの車両とは番号の付け方が大きく変わった。
- 側面の窓は9000系とは異なり3連窓となった。そのためか側面のデザインはどことなく名鉄3100・3700系に似ている。
- LCDが他の事業者では見かけたことのない独特の形。
- この案内表示、Windowsで動いているらしい。そこまでして差別化したいのか阪急。
- 最近施工された7000・7300系更新車にもこのLCDが装備されている。
- 阪神のシルバージェットカーにも同じようなLCDが装備された。
- 7000系更新車はすべて9000系タイプLCDだったような…
- 1000系のLCDは、PMSMと一緒に東芝のCM(関西篇)に登場した。→CM
- LCDの方は全国に…
- 走行中のニュースのフォントがメイリオなので、やっぱりWindowsで動いていると思われる。ちなみに駅名表示はたぶんイワタUDゴシックにFrutiger。デザインに凝ってるね。
- 最近施工された7000・7300系更新車にもこのLCDが装備されている。
- 後に東洋電機の汎用製品になる。
- この案内表示、Windowsで動いているらしい。そこまでして差別化したいのか阪急。
- 6000~9000・9300系と異なり増結仕様ではないため、平日ダイヤにおいては神戸線の特急運用に入らない。
- 前面の貫通路に銀色の幌枠がないのもそのため。
- 1000Fは営業運転開始後1ヶ月ほどの間だけ「三宮」の行先表示が見られた。
過去の車両
90形
- 昇圧で不要になった鉄道省の電車を目黒蒲田電鉄がもらったものの、いっぱいありすぎて一部を阪急がもらった。
- 「阪急のつばめ号」と言われた。
96形
- 戦時下で通勤者が増加した阪急が、加越鉄道で気動車に置き換えられて留置されていた客車に目を付けた。
- 末期は伊丹線で使われていた。
610系
- 木造車の更新名義で登場した小型車両。
- 車体は810系を15m級に短縮した感じで車体幅は他の小型車よりも広かった。
- トップナンバー(610・660)のみ前面非貫通だった。
- その他の車両は810系と同じ顔だったが、前面窓がHゴムになった車両もあった。
- 小型車だったためか、比較的早くに阪急から引退、1970~80年代に能勢電鉄に移籍した。
- 能勢電鉄には勾配区間があったため、阪急時代にT車化された車両もM車に戻された。
- 能勢電鉄に移籍したことが幸いして710系や810系が1980年代のうちに全廃されたのに対しこちらは1990年代初頭まで活躍できた。
800系
- 920系の増備車。
- 一部の車両は前面非貫通型だった。
- その車両は中央部の窓がやや高く、現在の和歌山電鐵2270系に似たようなスタイルだった。
- 一時期アメリカ博をPRするためにマルーン以外に塗装されていたことがある。
- 登場時は700系を名乗っていたが、京都線の700系との重複を避けるため800系に改番された。
810系
- 神宝京3線共通の車体寸法を採用した初めての車両。
- 神宝線では初の19m車だった。
- 阪急の吊り掛け駆動の車両としては最後まで残った。
900系
- 快速阪急の名を轟かせた名車両。
- 現在は正雀工場にトップナンバーの900号車が保存されている。
920系
- 900系の片運転台版で、Mc-Tcの2両ユニットを採用した。
- 連結面には広幅貫通路が採用された。
- 900系と異なり車内はロングシートだった。
- 製造初年は昭和9年だが、戦後の昭和23年まで製造された。
- 昭和初期製造にも関わらず、1980年代まで活躍していた。
1010系・1100系
- 阪急初のカルダン駆動電車。
- 神宝線の片開き扉を持つ最終形式でもあった。
- 廃車になった車両のうち2本はのせでんに譲渡され、1000系と名乗った。
- 2001年に3100系(鉄仮面)に代替される形で廃車・解体となってしまった。
- 1970年代に冷房改造が行われたが、全車両には及ばなかった。
- 冷房改造された車両は阪急としては珍しく車内の蛍光灯のカバーがなかった。
2000系
- 現在の阪急スタイルを確立した車両。
- 編成としては1992年に阪急から姿を消したが、中間車の一部が3000系などに組み込まれて現存する。
- 阪急から引退した車両は能勢電鉄に譲渡され、同社の1700系となっている。
- その1700系が随時、5100系に置き換えられる模様となっている。
- 阪急時代2100系に組み込まれていた車両については同系とともに1500系として一足早く能勢電鉄に移籍した。その際阪急に残った2100系の中間車を2000系の空き番号に改番している。
- 阪急から引退した車両は能勢電鉄に譲渡され、同社の1700系となっている。
- 2021・2100系という派生系列がある。
- 2021系は比較的早くに全車両T車化され、3000系や5000系に組み込まれていった。
- 3000系の3066Fに組み込まれている2093号車は阪急としては最後の旧2100系の生き残り。
- トップナンバー(2050号)は六甲駅の事故で廃車になってしまった。
- 2代目2050は2100系の2154を改造したもの。この車両は今でも能勢電鉄で現役。
- 当初は回生ブレーキ・定速制御を有し「オートカー」の愛称があったが、昇圧時に撤去され空気ブレーキのみとなった。
- そのためか、神戸線の高速走行に支障を来たし比較的早く阪急から撤退した。
- 2021系は昇圧後も回生ブレーキと定速制御があったが、その分制御装置が複雑だったため、上記の如く早くに全車両T化された。
- 2100系も同様。
- 昇圧改造の際モーターを複巻から直巻に改造している。
- 実は短期間だが京都線を走っていたことがある。
2100系
- 2000系の宝塚線バージョン。
- 1980年代に入るとスピードアップなどで宝塚線でも性能的に不十分となったため、冷房改造されずに廃車されて能勢電鉄に譲渡された。
- 現在の能勢電鉄1500系。
- 一部の車両は阪急に残って2000系に編入され、2013年現在2093号車(旧2163)が現存。
- 2013年に廃車されました。
- それ以外にも昇圧時にモーターを2000系と同じものに交換し、2000系相当の性能になった車両もあった。これらは後に2000系に編入され、能勢電鉄へは他の2100系よりも後に1700系として移籍した。
2200系
- 阪急における電機子チョッパ制御の試作車で、1編成しか存在しなかった。
- この車両から車体がモデルチェンジされ、6000・7000系にスタイルが引き継がれた。
- 運転室の寸法が拡大されたことから運転室直後の側窓が廃止され、そこに阪急の頭文字である「H」をモチーフにしたシンボルマークが付けられた。このシンボルマークは現在のCIが制定された1992年に廃止され、現在ではその場所にCIのマークが貼られている。
- 6000系や7000系では「H」マーク撤去後に細長い小窓を設置した車両が多い。
- 運転室の寸法が拡大されたことから運転室直後の側窓が廃止され、そこに阪急の頭文字である「H」をモチーフにしたシンボルマークが付けられた。このシンボルマークは現在のCIが制定された1992年に廃止され、現在ではその場所にCIのマークが貼られている。
- 後に阪急初のVVVF車(2720・2721号車)が追加された。
- 1990年代に電機子チョッパ制御車は電装解除されて6000系の編成に編入、VVVF車も阪神・淡路大震災で被災して2721は廃車、2720は電装解除された。その時点で2200系は消滅し6000系に編入されている。
- 電機子チョッパ制御車が電装解除されてから阪神・淡路大震災で被災するまでの間、2200系は2250-2720-2721-2251の4両を組み、さらに6000系2両を連結して6両編成で運用された。この編成で山陽電鉄線にも入線したことがある。
- 8000系8020Fとともに何気に山陽電鉄の線路を走った初のVVVF車である。
- 電機子チョッパ制御車が電装解除されてから阪神・淡路大震災で被災するまでの間、2200系は2250-2720-2721-2251の4両を組み、さらに6000系2両を連結して6両編成で運用された。この編成で山陽電鉄線にも入線したことがある。
- 登場時は側窓の一斉自動開閉機能が搭載されていた。
- 但し乗客が窓を自動開閉することはできなかった。因みに乗客が窓をボタン1つで開閉する機能は8000・8300系で実現している。
- 2751号車はアルナ工機が阪急に納入した1000両目の車両だったため、車内の銘板に「阪急納入 1000両」の金文字が入っている。
- 6000系に編入されて6751に改番された現在も残っている。
- この車両の登場時既に5000代まで車両番号が達していたにも関わらず2000代の車両番号を採用したのは1編成だけの試作車ということもあるが回生ブレーキを使っているということで2000・2300系などに合わせて2000代の空き番に組み込んだためらしい。
- 但し2000系はこの車両が登場する以前に回生ブレーキは廃止されていた。
- 2015年現在元2200系は先頭車は神戸線所属だが中間車は全車宝塚線所属。
- 6000系に組み込まれ能勢電鉄にも乗り入れている車両もある。
- 先頭車(6050・6150)は7000系編成の先頭車として運用されている。
- この形式から運転台にワンハンドルマスコンが採用された。運転室が拡大されたのもそれと関連している。
- 採用にあたっては先にこれを採用していた東急を視察したらしい。
5200系
- 阪急初の試作冷房車。
- 試作的要素が多かったせいか、バブル経済期にあっさり全車廃車されてしまった。
- 異端児を嫌う阪急の社風が故。
- そのためか方向幕の取り付けなどの改造は行われず、早々と今津線や伊丹線といった支線に転用された。
- 神戸線運用の末期には2000系や2800系、5100系の中間車を組み込んだ編成も存在していた。
- 冷房ダクトの分屋根が高いのが特徴だった。5100系以降の車両はダクトの形状などを工夫し他の車両と同等の高さになった。
- パンタグラフのない車両のクーラーキセは5個あったが、そのうち1つはダミーだった。
- 正面から見ると5000系と比べて屋根が尖った感じに見えるのが特徴だった。
- 主に神戸線で活躍していたが、登場時には冷房車のデモンストレーションのため宝塚線を走ったことがある。
- 引退直前に箕面線に入線したこともある。
- 現在は正雀工場内に5251号車の運転台部分がカットボディとして保存されている。
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