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* | {{投稿規制|[[wikipedia:ja:セシウムさん騒動|『ぴーかんテレビ』当選者テロップ問題]](2011年)に関する投稿(原発問題に関わるため)}} | ||
** | *事件がきっかけで番組が打ち切られた場合、「打ち切られずにすんだ」のは基本的に当然のことなのでご遠慮ください。 | ||
*'''問題発生から最低3カ月間は投稿禁止'''とします。 | |||
== | *新規追加は年代順で。 | ||
*[[ | *アニメ・特撮関連は[[もしアニメ・特撮であの事件がなかったら]]で。 | ||
*[[ | *芸能人の問題発言(ドラマでの発言を除く)は[[もしあの芸能人の問題発言がなかったら]]で。 | ||
*[[ | __NOTOC__ | ||
[[#1950~80年代|~1989]] [[#1990年代|1990~1999]] [[#2000年代前半|2000~2004]] [[#2000年代後半|2005~2009]] [[#2010年代|2010~]] | |||
==独立項目== | |||
*[[もしあのCMの発言・演出が問題にならなかったら]](CMに関してはこちらへ) | |||
*[[もしあの番組のやらせ・捏造が問題にならなかったら]](やらせ・捏造に関してはこちらへ) | |||
*[[もしあのアナウンサーのあの事件がなかったら]](アナウンサーの出来事に関してはこちらへ) | |||
== | ==1950〜80年代== | ||
=== | ===日本初のテレビCM事故(1953年)=== | ||
# | #日本初のテレビ放送事故は[[#笑福亭鶴瓶『独占!男の時間』全裸事件(1975年)|これ]]になっていた…と思う。 | ||
#*それはありえない。草創期の日本のテレビ放送では毎日のように放送事故が起きていた。例えば1958年5月20日の[[中部日本放送]]だけでも、[http://web.archive.org/web/20030323033205/http://www002.upp.so-net.ne.jp/TVCM_archeology/essay/owabi.html これだけ]の放送事故があった。 | |||
# | |||
#* | |||
=== | ===『荒野の素浪人』抗議事件(1974年)=== | ||
ドラマ『荒野の素浪人』の劇中で「きちがい」という語句が使用されたことに精神障害者の家族会が抗議した事件。この事件が日本のメディアで「きちがい」という語句の使用が控えられるきっかけの一つになったとされることが多い。翌年1975年以降、差別用語が本格化。 | |||
# | #それでも「きちがい」という語はいわゆる「放送禁止用語」の仲間入りをしていた。 | ||
#*当時近畿地方のある精神障害者の家族会が様々な番組に対し同様の抗議を行っていたため。 | |||
#ドラマ自体の現在の知名度は史実よりやや落ちている。 | |||
#* | #*その代わり別の「発端になった」とされる番組の知名度がわずかに上がっていた。 | ||
# | |||
#* | |||
=== | ===笑福亭鶴瓶『独占!男の時間』全裸事件(1975年)=== | ||
*詳細は[[wikipedia:ja:独占!男の時間|こちら]]を参照。 | |||
# | #鶴瓶はテレビ東京を出入り禁止されることはなく、テレ東との関係が悪化することはなかった。 | ||
# | #鶴瓶の東京進出は史実より早く成功していた。 | ||
# | #『FNS27時間テレビ』での下半身露出もなかっただろう。 | ||
#* | #*2004年の『FNS27時間テレビ』で鉄のパンツを穿かされることもなかった。 | ||
#* | #*『うわさのチャンネル』で{{あきまへん}}を露出して山口百恵を号泣させることもなかった。 | ||
# | #*仮に27時間テレビで史実通り露出した場合、活動自粛か最悪引退に追い込まれていた。 | ||
== | ===『吉田拓郎のオールナイトニッポン』吉田拓郎死亡放送事件(1981年)=== | ||
*詳細は[[wikipedia:ja:吉田拓郎のオールナイトニッポン#吉田拓郎死亡放送事件|こちら]]を参照。 | |||
#『とんねるずのみなさんのおかげです』で木梨憲武が復帰企画が組まれた時、木梨の追悼番組に見せかけたドッキリ事件はなかった。 | |||
#『金田一少年の事件簿』でもこのネタが使われることはなかった。 | |||
==== | ==1990年代== | ||
===[[wikipedia:ja:TBSビデオ問題|TBSビデオ問題]](1989年~1996年)=== | |||
#ワイドショー空白期間が無かった。 | |||
#*それでも平日昼は惨敗のまま。 | |||
#**ベストタイムやひるおび!のような情報番組路線が敷かれなかった可能性もあるので、史実より長く低迷していたかもしれない。 | |||
#**朝の番組『おはようクジラ』に関しては実史通り。(『おはようクジラ』開始は、TBSビデオ問題が'''直接'''の要因では無い為。但し、開始時期は、変わっていたかもしれない。) | |||
#*特に午後のワイドショーが日テレ独り勝ちになることもなかった。 | |||
#ロゴマークが未だにミクロコスモス。 | |||
#*ドリームプレスででてくるあれ? | |||
#**それは社名変更から90年までずっと使われていた筆記体ロゴ。ちなみにミクロコスモスは91年から94年。 | |||
#***でも94年ならTBS事件関係なくない!?>>ミクロコスモス | |||
#****TBS事件の反省により今のやつに変えたって言う噂がある。 | |||
#*むしろドリームプレスのロゴのままだったかも。 | |||
#薬丸が主婦層に高感度が上がることはなかった。 | |||
#「痛快!明石家電視台」のネット局が今ほど増えなかった。 | |||
#「ワンダフル」もなかった。 | |||
# 証券会社から損失補てんを受けるというほどモラルが低下していなかった可能性もあり、田中氏は1995年(赤坂ビッグハット完成後)の株主総会で勇退。 | |||
#*その後引田氏か志甫氏が社長に。磯崎氏は社長になれず亡くなったかも。 | |||
#[[もし現在までTBS黄金期が続いていたら|黄金時代が再来]]する。 | |||
#MBS・CBCを始め、系列局との関係もそこまで悪くはならなかった。 | |||
#*ただ、CBCの場合は上記の事件より相変わらず険悪。 | |||
#とりあえず、現在まで続く改編が起こるごとに視聴者が離れる・・・というスパイラルな改編も起こらなかった。 | |||
#*それでも水曜19時台はずっと低迷したまま。 | |||
#赤坂サカスはなかったし、スタイリングライフHD(プラザ、マキシム・ド・パリ日本法人の親会社)の買収もなかった。 | |||
#*赤坂メディアビル(旧社屋)は改修を施されてどこかに売却された。 | |||
#テレビ朝日の悪いイメージが続いていた。 | |||
#*ABCとの関係改善は現実より遅れていた。 | |||
#**ABCはテレ朝に対する嫌悪感がますます強くなり、ついにはTBS系列に戻りたいと思っていたでしょうね。 | |||
#*でもいずれにせよいつかはテレ朝のイメージがよくなる日が来ていた。 | |||
#*そういえば椿事件もこの時期だったような。 | |||
#TBSは現在もワイドショーのイメージが強い。 | |||
#TBSのラジオとテレビが引き離されることもなかった。 | |||
#*CBCに関しても同じく。 | |||
# | ===『M10』たかじん・味の素激昂事件(1992年)=== | ||
#* | やしきたかじんが、当時テレビ朝日で放送されていた深夜番組『M10』の料理コーナーで隠し味にどうしても必要だった「味の素」が見つからず、番組スタッフに「味の素はどこじゃー!!」と殴って、生放送中に帰宅した伝説の事件。 | ||
# | #やしきたかじんは、「M10」以降も東京で番組を持っていた。 | ||
#* | #*もちろん、たかじんが「こんな腐った番組辞めたらぁ!!」と「M10」を降板することもなかった。 | ||
# | #*当然「たかじんのそこまで言って委員会」が日テレでも放送されていただろう。 | ||
# | #**「たかじん胸いっぱい」もフジテレビで放送されていた。 | ||
#***「胸いっぱい」はともかく「そこまで」は放送自体されなかった気がする。「シャベタリーノ」は東京収録だったかも。 | |||
#たかじんはアンチ東京になることはなく、関西ローカル番組で東京を積極的に批判することはなかった。 | |||
=== | ===『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』ウォン・カークイ事故死事件(1993年)=== | ||
* | #フジテレビ土曜20時台は『めちゃ×2イケてるッ!』がヒットするまで迷走することはなかった。 | ||
# | #裏番組の『マジカル頭脳パワー!!』が打ち切りまたは枠移動に追い込まれていた。 | ||
#*それでも史実通りに枠移動していただろ。 | |||
#BEYONDは中華圏だけではなく日本でも史実以上にヒット曲を連発していた。 | |||
#マセキ芸能社とアミューズの関係も悪化しなかった。 | |||
=== | ===梅垣義明「イヨマンテの夜」事件(1994年) === | ||
* | #梅垣義明は「イヨマンテの夜」の芸を封印しなかった。 | ||
# | #*梅垣は史実より多くのテレビに出演していた。 | ||
# | #「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」は打ち切りにならずに済んだ。 | ||
#*復活版が放送された際の視聴率はもっと高かった。 | |||
=== | ===江頭2:50のトルコ全裸事件(1997年)=== | ||
# | #「ザ・道場破り!」の知名度は史実より上がっていた。 | ||
#江頭がこれ以降過激な行動をテレビですることはなかったかも。 | |||
#江頭2:50が「嫌いな芸人ランキング」で1位になることはなかった。 | |||
#*同時にそこまで知名度が上がることもなかっただろう。 | |||
#『電波少年』の企画と誤解されることもなく、「トルコの江頭はウチではありません」とテロップを表記することもなかった。 | |||
#『笑っていいとも!』で橋田寿賀子に抱き付いたりキスをすることもなかった。<!--橋田はこの事件後にトルコに行ったらひどい目にあったとコメントしたため--> | |||
#*スタジオアルタを出入り禁止されることもなかった。 | |||
#**とはいえ別の騒動を起こして出禁を受けていた可能性も否定できない。 | |||
=== | ===『ダウンタウンのごっつええ感じ』プロ野球中継差し替え事件(1997年)=== | ||
# | *詳細は[[wikipedia:ja:ダウンタウンのごっつええ感じ#突然の番組終了|こちら]]を参照。 | ||
#* | #松本人志が叩かれることはなかった。 | ||
#* | #「エキセントリック少年ボウイ」の本編がお蔵入りすることはなかった。 | ||
# | #*ということで、『エキセントリック少年ボウイ』は史実以上の知名度を得ていた。 | ||
# | #*木村祐一扮する猪豚ピッグの登場が実現していた。 | ||
#「ダウンタウンのごっつええ感じ」は少なくとも2000年頃まで放送が続いていたであろう。 | |||
#余談だが、第1回目のスポンサーの中には皮肉にも'''「[[ヤクルト|ヤ◯ルト]]」が入っていた。''' | |||
==== | === 『ニュースステーション』所沢ダイオキシン訴訟(1999年) === | ||
#久米宏の人気が下がることはなかった。 | |||
# | #食品において「風評被害」という言葉が登場するのはもっと後になっていた。 | ||
# | #ダイオキシン問題はもっと注目されていた。 | ||
# | #「買ってはいけない」などもそこまで叩かれることはなかった。 | ||
# | |||
==== | ==2000年代前半== | ||
===[[wikipedia:ja:年中夢中コンビニ宴ス|『年中夢中コンビニ宴ス』]]伊藤園ウーロン茶紹介事件(2001年)=== | |||
# | #「年中夢中コンビニ宴ス」は2002年春まで放送していた。 | ||
# | #*番組自体は低視聴率だったため長くとも2001年秋までしか放送出来なかったんじゃないかと。 | ||
#* | #**但し、「不思議どっとテレビ。これマジ!?」は半年しか放送されなかった。理由はアニメ枠の設置。 | ||
#史実における後番組の「不思議どっとテレビ。これマジ!?」も日本コカ・コーラの番組スポンサーを務めていたかも。 | |||
#コンビニ商品ランキングはタブー視されなかった。 | |||
#*「お願い!ランキング」でも紹介されていたのは確実。但し、この番組とランキング形式は異なる。 | |||
# | |||
# | |||
#* | |||
=== | ===「世にも奇妙な物語」野球中継割り込み騒動事件(2001年)=== | ||
# | #フジテレビに「中継があったなんて聞いていない」等の苦情が殺到される事は無かった。 | ||
#関東で12月30日の昼3時に再放送される事は無かった。 | |||
#歴代で最も遅い終了の更新は無かっただろう。 | |||
=== | ===早食い競争死亡事故(2002年)=== | ||
# | 中学生がパンの早食い競争で死亡した事故によりTBSの「フードバトルクラブ」は打ち切り、テレビ東京の「TVチャンピオン」でも早食い、大食いは自粛に追い込まれました。 | ||
#「フードバトルクラブ」の放送が継続されていたのは言うまでもない。 | |||
#*2002年1月3日のようにTVチャンピオンとの同時間帯放送が以降定番になったかもしれない。 | |||
#*アメリカにも進出して「ネイサンズ フードバトルクラブ」が開催されたかもしれない。 | |||
#草彅剛が主演していた日本テレビの「フードファイト」も続編が製作されていた。 | |||
#早食い・大食いするためのトレーニングといった研究が進んでいたのではないだろうか。 | |||
#第一線級の人気タレントになった大食いタレントがギャル曽根ぐらいに留まるはずがない。 | |||
#ただし死亡せずとも病院に担ぎ込まれ、一命を取り止めたというような事故になっていた場合はその限りではなかった。 | |||
#*それでも、一時的に早食いor大食い系の番組が自粛されていただろう。 | |||
#また、事件が起こらなかった場合でもいずれ「早食い」はご法度とされていたかもしれない。 | |||
#テレビ東京は「元祖!大食い王決定戦」として「TVチャンピオン」から独立させることもなかった。 | |||
#*PTA対策とか言って司会にみのもんたを起用することはなかった。 | |||
=== | ===「24時間テレビ 愛は地球を救う」24時間テレビマラソンワープ疑惑(2002年)=== | ||
# | #24時間テレビの黒い噂の一つ消えていた。 | ||
# | #*とはいえ別のランナーがワープ疑惑していた可能性も否定出来ない。 | ||
#翌年の山田花子がマラソンにチャレンジした時2ちゃんねらーがマラソンの様子を監視する事は無かった。 | |||
#*この原因でワープが出来ず、番組終了までにゴールできない結果に繋がったという話。 | |||
#24時間テレビのマラソンでワープ疑惑が無かったとすると、2015年の27時間テレビのマラソンのワープ疑惑は史実以上に問題となっていた? | |||
#*そもそもワープなんてしなかったのでは?<!--ワープを演出と見るかガチと見るかで解釈割れそうですが。--> | |||
#*'''ワープはしてない。(事実)'''後日放送のめちゃイケでは、その車の陰で休んでただけ。あとはちゃんと走っていた。(と見せかけ編集でごまかしていたとなったら・・・) | |||
#偽善番組と呼ばれることはなかった。 | |||
=== | ===t.A.T.u.『ミュージックステーション』出演拒否事件(2003年)=== | ||
#t.A.T.u.の人気は落ち込むことはなかった。 | |||
# | #*独善的な態度ぶりに叩かれることもなかった。 | ||
# | #*東京ドーム公演は大成功していた。 | ||
# | #爆笑問題はそれを逆手にとった物まねをすることもなかった。 | ||
# | #空耳アワーでt.A.T.uの曲の空耳の投稿はいくつか採用されていたのでは。<!--あれって本当にタトゥーの投稿禁止なんでしょうか。--> | ||
#*タモリがこの顛末を根に持つこともなかった。 | |||
#スニッカーズのCMに彼女たちが出ることも無かっただろう。 | |||
#t.A.T.u.はテレ朝を出入り禁止されることなく、テレ朝との関係が悪化することもなかった。 | |||
#「t.A.T.u. PARAGATE」も予定通り製作され公開されていた。 | |||
#t.A.T.u.のパロディをやった「ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて」はロシアでもヒットしたかもしれない。 | |||
#日本のt.A.T.u.と呼ばれた推定少女もブレイクしていた。 | |||
=== | ===[[wikipedia:ja:王シュレット事件|王シュレット事件]](2003年)=== | ||
#[[フジテレビ]]と[[テレビ西日本|TNC]]との関係が悪化することはなかった。 | |||
# | #*テレビ西日本とフジテレビとの関係は王シュレット事件前から悪く、編成面での衝突が起こるぐらい険悪だったと言われます。 | ||
#* | #「ワンナイ」も、もう少しマシな番組になっていた。 | ||
# | #*2009年春に「IQサプリ」の後番組として土曜19:00に移動してたかも。 | ||
#* | #**もしくは、水10!が続いてた。 | ||
#* | #2003年のフジの日本シリーズ放映権も少なくとも1試合は確保できた。 | ||
# | #*史実ではテレ朝かテレ東が中継した分のどっちかを中継した。 | ||
# | #*2006・07年の札幌ドームもそれぞれ(史実ではテレ朝中継分のうち)1試合は取ってたかもしれない。 | ||
# | |||
=== | ===[[wikipedia:ja:視聴率不正操作問題|日本テレビ視聴率不正操作問題]](2003年)=== | ||
#安藤正臣は現在もプロデューサーとして活躍していた。 | |||
#*ひょっとしたら、2010年代に入ったあたりで管理職になっていたかも。 | |||
# | #ザ・ワークスが便乗することはなかった。 | ||
#* | #視聴率そのものが問題視されることはなかった。 | ||
# | #*テレビ離れが加速することもなかった。 | ||
#* | #現在も日テレが民放トップを独走しているはず。 | ||
# | #[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦の中継は今でも積極的に行っている。 | ||
# | #STVとの関係は(悪いのは変わりないが)史実より少しはマシだった。(キー局がやらかさなければ特にゴールデン・プライムが一時期でもuhbに抜かれることなく安泰だった) | ||
# | #「サプライズ!」→「SUPER SURPRISE」もなかった。 | ||
# | #『こち亀』で視聴率買収をネタにする回は生まれなかった。 | ||
# | #[[#『みごろ!たべごろ!デンセンマン』公式サイト不適切コメント事件(2003年)|この事件]]も起きなかった。 | ||
# | |||
=== | ===『みごろ!たべごろ!デンセンマン』公式サイト不適切コメント事件(2003年)=== | ||
2003年10月下旬、番組公式サイトに「番組を応援してくれる方を募集!!ビデ○リサーチの視聴率を取る機械を持っている人!大歓迎」を書いてしまったためにテレビ朝日よって「不適切である」としてページ削除を命じられた。本番組が打ち切りになった要因とも言われている。 | |||
#わずか5回の短命番組とならず、当面通販番組に差し替えられることもなかったため、少なくとも2004年3月までは続けていた。 | |||
#キャンディーズの再ブレイクもあったかもしれない。 | |||
# | |||
# | |||
=== | === ジャネット・ジャクソン『スーパーボウル』片胸露出事件(2004年) === | ||
# | #ジャネット・ジャクソンの人気が落ちぶれることはなかった。 | ||
#* | #*実兄のマイケル・ジャクソンの死去時には彼女の様子がもっと取り上げられていた。 | ||
# | #*2004年に最も検索された人やインターネット史上最も検索された人、最も検索されたニュースでギネス記録にならなかった。 | ||
# | #*グラミー賞受賞式の出席も実現していた。 | ||
# | #この事件後に発売された「ダミタ・ショー」が性的表現を強くすることはなかった。 | ||
#スーパーボウルが生中継の際に放送が数秒遅れることはなかった。 | |||
#後にローリング・ストーンズが過激な歌詞を言ったときや、M.I.Aが中指を立てたときにはそこまで問題にならなかった。 | |||
#[[ラジオ番組#ナインティナインのオールナイトニッポンの噂|ナインティナインのオールナイトニッポン]]のネタが一つだけ減る。 | |||
#YouTubeは誕生しなかった。(創立者の1人がこの事件の動画をネット上で検索するのに苦労したから動画共有サイトを作ろうと決めたから) | |||
#MTVは現在でもスーパーボウルに関わっていた。 | |||
#「wardrobe malfunction」という言葉は誕生しなかった。 | |||
#女性アーティストのハーフタイムショー出演が自粛されることはなかった。 | |||
==== | ==2000年代後半== | ||
# | ===『プロジェクトX』過剰演出事件(2005年)=== | ||
# | #プロジェクトXは今も続いていたか、打ち切りが少し遅くなっていた。 | ||
# | #膳場貴子がNHKを退社することはなかった。 | ||
# | #問題のグリーグラブの顧問だった高嶋昌二は淀川工業高校を辞めなかった。 | ||
# | #「プロフェッショナル 仕事の流儀」はレギュラー番組にならなかった。 | ||
# | #田口トモロヲはナレーターとしての仕事がもう少し増えていた。 | ||
#NHKの大改編は行われなかった。(NHKの大改編はこの事件がきっかけなので) | |||
== | ===『笑っていいとも!』クマのぬいぐるみ(2005年)=== | ||
#ロンパールームの都市伝説が実現する事は無かった。 | |||
= | #山崎邦正は初登場のテレフォンショッキングで台無しになる事は無かったはず。 | ||
#客席アンケートは「熊の着ぐるみに入るアルバイトをした事がある人」では無かった。 | |||
#太田光も「いいともって年内に終了するんですか?」と発言する事は無かった。 | |||
# | |||
# | |||
# | |||
# | |||
=== | ===フジテレビによる「PRIDE」「ハッスル」放送中止(2006年)=== | ||
# | #大晦日の総合格闘技中継が2010年で途切れることはなかった。 | ||
#* | #*ボクシングに変わることはなかった。 | ||
# | #*TBSの格闘技スタッフが解散することはなかった。 | ||
#*長島☆自演乙☆雄一郎の出演はアニメ関連含めて史実より多く維持していた。 | |||
#*フジテレビが「1億分の1の男」を製作することはなかった。 | |||
#**視聴率でテレビ東京に負けることはなかった。 | |||
#PRIDEもハッスルも史実以上に興行を続けていた。 | |||
#*「RIZIN」の立ち上げも無く、今も大晦日にPRIDEの興行イベントを開催できていた。 | |||
#*「DREAM」「戦極」もなかった。 | |||
#*UFCの日本人選手も史実より少なかった。 | |||
#*でも、リーマンショックや東日本大震災の影響でいずれ活動停止に至っていた可能性も否定できない。 | |||
==== | ===DJOZMAの紅白歌合戦ボディスーツ騒動(2006年)=== | ||
#「アゲ♂アゲ♂EVER☆騎士」のイメージが悪くなることはなかった。 | |||
#安定してヒット曲を出し、一発屋扱いされることはなかった。 | |||
#例のボディスーツは一部のワハハ本舗ファンのみの知る人ぞ知るものとなっていた。 | |||
#とんねるずが親近感を抱く事は無く、矢島美容室は無かった。 | |||
# | |||
# | |||
# | |||
# | |||
=== | ===初音ミクの「アッコにおまかせ!」事件(2007年)=== | ||
# | *最初から取り上げられなかったか内容がまともだったことが前提。<!--ボカロファンがTBSを敵視することはなかったはベタ過ぎるので敢えて避けの方向で。--> | ||
# | #TBSで初音ミクのテレビアニメ化が実現したかもしれない。 | ||
# | #*ランク王国に留まらずボカロ専門番組を製作していた。 | ||
# | #*初音ミクのライブイベントはTBS主催で開催されていた。 | ||
#**少なくとも赤坂BLITZ(横浜BLITZ)で複数回開催していた。 | |||
#***史実では2015年にIAのライブが赤坂BLITZで開催された。 | |||
#**東京以外のイベントも地元のTBS系列局が主催だった。 | |||
#**「THE END」や「イーハトーヴ」などの演劇系イベントも。 | |||
#*「夜桜四重奏 〜ヨザクラカルテット〜」と大々的にコラボしていた。 | |||
#**「俺、ツインテールになります。」ともコラボしたのは間違いない。 | |||
#*「ブラック★ロックシューター」も「メカクシティアクターズ」も「ミカグラ学園組曲」もTBS系列での放送だった。 | |||
#*ドキュメンタリー番組「初音ミクのかたち」もTBS製作だった。 | |||
#**「がっちりマンデー!!」「夢の扉」「情熱大陸」に取り上げられていただろう。 | |||
#***「最先端IT情報SHOW 革命×テレビ」にレギュラー出演していた。 | |||
#朝の生放送番組において渋谷慶一郎による「THE END」など初音ミクの話題をTBSだけが取り上げない状況にはならなかった。 | |||
#独立局でやってた「VOCALO Revolution」も最初から初音ミクなどクリプトン製ボカロを取り上げていた。 | |||
#*2回目以降も放送されレギュラー番組化されていたかもしれない。 | |||
#史実より物凄く早い時期から音楽番組での初音ミクの生ライブが実現していた。 | |||
#*全国ネット音楽番組初出演は「ミュージックステーション」ではなく「うたばん」だった。 | |||
#**石橋も中居も激烈にディスりまくるのは間違いないからCDTVが妥当。 | |||
#**「音楽の日」の常連になっていた。 | |||
#代わりにGoogleに対するバッシングが激烈なレベルになっていた。 | |||
#*もしかしたらBingが日本でトップシェアになったかもしれない。 | |||
#*「Tell Your World」は誕生しなかった。 | |||
#**livetuneがブレイクしたかどうか不透明。 | |||
#**むしろマイクロソフトのCMに初音ミクが出演しその歌が使用されていたかも。 | |||
#コミックマーケットでの抱き枕販売問題も史実以上の大騒ぎになっていた。 | |||
#逆にファンのアイデンティティが1つ減ってVOCALOID文化の発展は史実より無かったかもしれない。 | |||
#Gacktから柴咲コウ、小林幸子に至るまで有名人の声を元にしたVOCALOIDの発売は芸能ニュースとして大きくテレビで取り上げられていた。 | |||
#*人気芸能人のオタクな一面をあえてバッシングせず意図的に無視するマスコミの姿勢は史実ほどなかっただろう。 | |||
#和田アキ子のVOCALOIDが発売されていた。 | |||
#*和田アキ子への批判も少しは和らいでいたかもしれない。 | |||
#*上手くいけば小林幸子のように「ネット民と相性の良い大物歌手」になっていた。 | |||
#ボカロそのものかボカロの歌、アルバムが日本レコード大賞に登場しただろう。 | |||
#「[[もしあのドラマが大ヒットしていたら/あ・か行#安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜|安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜]]」にギャラ子が登場していた上、VOCALOIDとのコラボもあったかもしれない。 | |||
#代わりに「ハルヒなんか知らん」発言に対し史実以上に激烈なバッシングが起きていた。 | |||
#*TBSが一気にアニメから撤退する可能性が出ていた。 | |||
#**和田アキ子は「進撃の巨人」のCMに出なかった。 | |||
#系列の[[北海道放送|HBC]]で大々的に取り上げられていた。 | |||
#*HBCテレビPRアシスタントに早い時期から就任していた。 | |||
#**史実では2013-14年に重音テトが就任していた。 | |||
#亞北ネルが誕生して流行ったか不透明。 | |||
#上記のように早い段階からテレビとの関係は良好となっていて、発売5年目の2012年あたりに「千本桜」で紅白歌合戦出場が実現したかもしれない。 | |||
#伊達杏子が同じホリプロの優香や深田恭子レベルの売れっ子となっていたらこんな事件は起こらなかったかもしれない。 | |||
=== | ===夏目三久写真流出事件(2009年)=== | ||
# | #夏目三久の退社・フリー転向はなかったか遅れていた。 | ||
# | #*「あさチャン!」のMCも別の人物になっていたか、番組名が変わっていた可能性も。 | ||
#日テレもまたアナウンサー採用で「清廉性」を重視することはなかった。 | |||
#*[[#日本テレビアナウンサー内定取り消し問題(2014年)|この問題]]も起こらなかった。 | |||
==== | == 2010年代 == | ||
# | ===[[wikipedia:ja:2011年のフジテレビ騒動|韓流フジテレビ批判騒動]](2011年)=== | ||
# | #フジテレビが韓国扱いされる事は無かっただろう。 | ||
# | #*フジテレビは産経新聞と近い報道論調だった。 | ||
# | #フジテレビ抗議デモももちろん無かった。 | ||
#*花王不買運動も無かった。 | |||
#高岡蒼甫がフジテレビを叩かれる事はなかった。 | |||
#*蒼佑→奏輔に改名することもなかった。 | |||
#*ネトウヨ層からはそれ以前の問題発言から今でも反日思想の持ち主だと考えられていた。 | |||
#史実ほど大バッシングにさらされなければ、フジテレビの番組が軒並み低視聴率を記録することは無かったはず。 | |||
#*テレ東の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」が「めちゃ×2イケてるっ!」の視聴率を上回ることは無かったか、もう少し互角の戦いになっていた。 | |||
#*2011年以降も視聴率三冠王はフジテレビが獲得していただろう。ただ、マンネリ化次第で史実通り日テレに奪われてしまう可能性もありそうだが…。 | |||
#**2012年にテレ朝が視聴率二冠王を獲得する事は無かっただろう。 | |||
#ブータン国王物真似問題は史実通りか? | |||
#*それでも史実ほど批判されなかっただろう。 | |||
#「さよならぼくたちのてれびきょく」という曲は作られる事は無かった。 | |||
#立て続けにフジテレビの長寿番組が視聴率低下で打ち切られる事は無かっただろう。 | |||
#*ただ「笑っていいとも!」はタモリの都合次第なので終了はほぼ史実通りだが、後番組はあんなに低迷しなかっただろう。 | |||
#逆にフジテレビ含む各局では2016年現在でも韓流をよく取り上げていたかもしれない。 | |||
#*それでも、韓流ブームは時代遅れとなっていただろう…。 | |||
#代わりに日テレが韓流批判騒動になっていた可能性もあり得る。 | |||
=== | ===「ハガネの女 season2」問題(2011年)=== | ||
# | 参考:[[wikipedia:ja:ハガネの女#ドラマ化における問題]] | ||
# | #深谷かほるが原作者を降板することはなかった。 | ||
#season2のソフト化が実現していた。 | |||
=== | ===河西智美『いきなり!黄金伝説。』逃亡事件(2012年)=== | ||
# | #河西智美のやる気のなさを叩かれることはなかった。 | ||
#* | #*奥真奈美の二の舞になることはなかった。 | ||
#* | #*AKB48を卒業することがなかったか遅れていた。 | ||
# | #**卒業と同時に活動を縮小することもなかった。 | ||
#*AKB48総選挙で上位へとランクインしていたかもしれない。 | |||
#『いきなり!黄金伝説。』で他のAKB48メンバーが史実以上に堂々と出演していたかも。 | |||
=== | ===加藤浩次『FNS27時間テレビ』渡辺麻友への頭蹴り事件(2013年)=== | ||
#『FNS27時間テレビ』が最低視聴率を記録することはなかった。 | |||
#*この事件が原因で視聴者が離れたと見なされることはなかった。 | |||
#加藤浩次と渡辺麻友が因縁を持つことはなかった。 | |||
# | #翌年のインターネット生放送「めちゃユル」で加藤がモー娘。メンバーへの「頭蹴りパロディー」をやることはなかった。 | ||
#* | |||
# | |||
# | |||
=== | ===「明日、ママがいない」問題演技(2014年)=== | ||
# | #視聴率低下やスポンサー撤退はもちろん無かった。 | ||
#* | #*第四話以降も視聴率13%以上を獲得し、全話の平均視聴率は13%~15%を獲得していただろう。 | ||
#* | #**15%を獲得していた場合、民放テレビドラマのトップになっていた。 | ||
#**裏で放送されていた「僕のいた時間」は史実以上に大コケし、全話の平均視聴率も8%~9%になっていただろう。 | |||
#岡村隆史の「テレビの発展は見込めなくなる」発言は無かった。 | |||
#「芦田愛菜がいない」「明日スポンサーがいない」と叩かれる事は無かった。 | |||
=== | ===「ごめんね青春!」堀越発言(2014年)=== | ||
# | 生徒から元グラビアアイドルの女子に勉強を教えるように頼まれるシーンで「それは無理。私堀越だから」と発言。この発言が元で堀越学園から抗議があった。 | ||
# | *なお、ドラマ内のセリフですのでここに記載しております。 | ||
# | #堀越学園から抗議が来ることは当然なかった。 | ||
#再放送NGになることはなかった。 | |||
#堀越学園は底辺校と誤解されることはなかった。 | |||
#グラビアアイドルは勉強ができないという誤った認識が生まれることはなかった。 | |||
#視聴率が伸び悩むことはなかった。 | |||
=== | ===「3B juniorの星くず商事」ヘリウムガス事故(2015年)=== | ||
# | #3B juniorのみならずスターダストプロモーション所属ユニットのさらなる地上波進出が実現していた。 | ||
#* | #*当番組も地上波で放送されていたかもしれない。 | ||
# | #「ももクロChan」も地上波全国ネットで放送されるようになっていた。 | ||
#もしかしたら2015-16年に開催されたももクロのカウントダウンライブはテレビ朝日系列で生中継されたかもしれない。 | |||
#*史実ではテレビ埼玉による中継でUstream配信だった。 | |||
#*BS朝日なら可能性大。 | |||
=== | ===「相棒 Season13」ダークナイト騒動(2015年)=== | ||
「相棒 Season13」の最終回、「ダークナイト」でシリーズを通して伏線すらなく享が逮捕されるという突飛したストーリー展開が一部のファンから批判される事態となった。 | |||
# | #成宮寛貴の卒業に関して、「一部報道の通り、大人の事情で降板したのでは?」という憶測をファンに持たれることは無かった。 | ||
#* | #*制作陣のストーリー運びに関し、お粗末さが大々的に批判されることも無かっただろう。 | ||
# | #当然結末に対して不満を抱くファンもいなかったとなれば、Season13シリーズ再放送の視聴率が高くなるなんてことは無かった(伏線を探してやる、と躍起になっていたファンにより上がったフシもあるので)。 | ||
# | #Season14の視聴率が頭打ち状態になることも当然なかった。 | ||
#* | #*「新相棒」となった反町隆史が一部メディアから戦犯として扱われることもなかっただろう。 | ||
=== | ===「直撃LIVE グッデイ!」弁護士会館中継問題(2015年)=== | ||
#それでも「直撃LIVE グッデイ!」は低視聴率のためあまり史実と変わらなかったのでは? | |||
#*だが視聴率が振るのが史実よりやや早まっていただろう。 | |||
#弁護士会館で中継するとルール違反になると見なされる事は無かった。 | |||
#視聴率低いからやりたい放題をしたと見なされる事は無かった。 | |||
#*「直撃LIVE グッデイ!」は問題ばかり起こす報道番組と酷評される事は無かった。 | |||
#会見を強制終了させる事は無く、何らかの動きはあったかもしれない。 | |||
#生中継を中止するハプニングと言えばNスタの避難所中継。 | |||
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==関連項目== | ==関連項目== | ||
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[[Category: | [[Category:歴史のif検討委員会 放送局史]] | ||
[[Category:歴史のif検討委員会 テレビ番組史]] |
2017年9月3日 (日) 22:21時点における版
- 事件がきっかけで番組が打ち切られた場合、「打ち切られずにすんだ」のは基本的に当然のことなのでご遠慮ください。
- 問題発生から最低3カ月間は投稿禁止とします。
- 新規追加は年代順で。
- アニメ・特撮関連はもしアニメ・特撮であの事件がなかったらで。
- 芸能人の問題発言(ドラマでの発言を除く)はもしあの芸能人の問題発言がなかったらで。
~1989 1990~1999 2000~2004 2005~2009 2010~
独立項目
- もしあのCMの発言・演出が問題にならなかったら(CMに関してはこちらへ)
- もしあの番組のやらせ・捏造が問題にならなかったら(やらせ・捏造に関してはこちらへ)
- もしあのアナウンサーのあの事件がなかったら(アナウンサーの出来事に関してはこちらへ)
1950〜80年代
日本初のテレビCM事故(1953年)
- 日本初のテレビ放送事故はこれになっていた…と思う。
『荒野の素浪人』抗議事件(1974年)
ドラマ『荒野の素浪人』の劇中で「きちがい」という語句が使用されたことに精神障害者の家族会が抗議した事件。この事件が日本のメディアで「きちがい」という語句の使用が控えられるきっかけの一つになったとされることが多い。翌年1975年以降、差別用語が本格化。
- それでも「きちがい」という語はいわゆる「放送禁止用語」の仲間入りをしていた。
- 当時近畿地方のある精神障害者の家族会が様々な番組に対し同様の抗議を行っていたため。
- ドラマ自体の現在の知名度は史実よりやや落ちている。
- その代わり別の「発端になった」とされる番組の知名度がわずかに上がっていた。
笑福亭鶴瓶『独占!男の時間』全裸事件(1975年)
- 詳細はこちらを参照。
- 鶴瓶はテレビ東京を出入り禁止されることはなく、テレ東との関係が悪化することはなかった。
- 鶴瓶の東京進出は史実より早く成功していた。
- 『FNS27時間テレビ』での下半身露出もなかっただろう。
- 2004年の『FNS27時間テレビ』で鉄のパンツを穿かされることもなかった。
- 『うわさのチャンネル』で×××××を露出して山口百恵を号泣させることもなかった。
- 仮に27時間テレビで史実通り露出した場合、活動自粛か最悪引退に追い込まれていた。
『吉田拓郎のオールナイトニッポン』吉田拓郎死亡放送事件(1981年)
- 詳細はこちらを参照。
- 『とんねるずのみなさんのおかげです』で木梨憲武が復帰企画が組まれた時、木梨の追悼番組に見せかけたドッキリ事件はなかった。
- 『金田一少年の事件簿』でもこのネタが使われることはなかった。
1990年代
TBSビデオ問題(1989年~1996年)
- ワイドショー空白期間が無かった。
- それでも平日昼は惨敗のまま。
- ベストタイムやひるおび!のような情報番組路線が敷かれなかった可能性もあるので、史実より長く低迷していたかもしれない。
- 朝の番組『おはようクジラ』に関しては実史通り。(『おはようクジラ』開始は、TBSビデオ問題が直接の要因では無い為。但し、開始時期は、変わっていたかもしれない。)
- 特に午後のワイドショーが日テレ独り勝ちになることもなかった。
- それでも平日昼は惨敗のまま。
- ロゴマークが未だにミクロコスモス。
- ドリームプレスででてくるあれ?
- それは社名変更から90年までずっと使われていた筆記体ロゴ。ちなみにミクロコスモスは91年から94年。
- でも94年ならTBS事件関係なくない!?>>ミクロコスモス
- TBS事件の反省により今のやつに変えたって言う噂がある。
- でも94年ならTBS事件関係なくない!?>>ミクロコスモス
- それは社名変更から90年までずっと使われていた筆記体ロゴ。ちなみにミクロコスモスは91年から94年。
- むしろドリームプレスのロゴのままだったかも。
- ドリームプレスででてくるあれ?
- 薬丸が主婦層に高感度が上がることはなかった。
- 「痛快!明石家電視台」のネット局が今ほど増えなかった。
- 「ワンダフル」もなかった。
- 証券会社から損失補てんを受けるというほどモラルが低下していなかった可能性もあり、田中氏は1995年(赤坂ビッグハット完成後)の株主総会で勇退。
- その後引田氏か志甫氏が社長に。磯崎氏は社長になれず亡くなったかも。
- 黄金時代が再来する。
- MBS・CBCを始め、系列局との関係もそこまで悪くはならなかった。
- ただ、CBCの場合は上記の事件より相変わらず険悪。
- とりあえず、現在まで続く改編が起こるごとに視聴者が離れる・・・というスパイラルな改編も起こらなかった。
- それでも水曜19時台はずっと低迷したまま。
- 赤坂サカスはなかったし、スタイリングライフHD(プラザ、マキシム・ド・パリ日本法人の親会社)の買収もなかった。
- 赤坂メディアビル(旧社屋)は改修を施されてどこかに売却された。
- テレビ朝日の悪いイメージが続いていた。
- ABCとの関係改善は現実より遅れていた。
- ABCはテレ朝に対する嫌悪感がますます強くなり、ついにはTBS系列に戻りたいと思っていたでしょうね。
- でもいずれにせよいつかはテレ朝のイメージがよくなる日が来ていた。
- そういえば椿事件もこの時期だったような。
- ABCとの関係改善は現実より遅れていた。
- TBSは現在もワイドショーのイメージが強い。
- TBSのラジオとテレビが引き離されることもなかった。
- CBCに関しても同じく。
『M10』たかじん・味の素激昂事件(1992年)
やしきたかじんが、当時テレビ朝日で放送されていた深夜番組『M10』の料理コーナーで隠し味にどうしても必要だった「味の素」が見つからず、番組スタッフに「味の素はどこじゃー!!」と殴って、生放送中に帰宅した伝説の事件。
- やしきたかじんは、「M10」以降も東京で番組を持っていた。
- もちろん、たかじんが「こんな腐った番組辞めたらぁ!!」と「M10」を降板することもなかった。
- 当然「たかじんのそこまで言って委員会」が日テレでも放送されていただろう。
- 「たかじん胸いっぱい」もフジテレビで放送されていた。
- 「胸いっぱい」はともかく「そこまで」は放送自体されなかった気がする。「シャベタリーノ」は東京収録だったかも。
- 「たかじん胸いっぱい」もフジテレビで放送されていた。
- たかじんはアンチ東京になることはなく、関西ローカル番組で東京を積極的に批判することはなかった。
『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』ウォン・カークイ事故死事件(1993年)
- フジテレビ土曜20時台は『めちゃ×2イケてるッ!』がヒットするまで迷走することはなかった。
- 裏番組の『マジカル頭脳パワー!!』が打ち切りまたは枠移動に追い込まれていた。
- それでも史実通りに枠移動していただろ。
- BEYONDは中華圏だけではなく日本でも史実以上にヒット曲を連発していた。
- マセキ芸能社とアミューズの関係も悪化しなかった。
梅垣義明「イヨマンテの夜」事件(1994年)
- 梅垣義明は「イヨマンテの夜」の芸を封印しなかった。
- 梅垣は史実より多くのテレビに出演していた。
- 「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」は打ち切りにならずに済んだ。
- 復活版が放送された際の視聴率はもっと高かった。
江頭2:50のトルコ全裸事件(1997年)
- 「ザ・道場破り!」の知名度は史実より上がっていた。
- 江頭がこれ以降過激な行動をテレビですることはなかったかも。
- 江頭2:50が「嫌いな芸人ランキング」で1位になることはなかった。
- 同時にそこまで知名度が上がることもなかっただろう。
- 『電波少年』の企画と誤解されることもなく、「トルコの江頭はウチではありません」とテロップを表記することもなかった。
- 『笑っていいとも!』で橋田寿賀子に抱き付いたりキスをすることもなかった。
- スタジオアルタを出入り禁止されることもなかった。
- とはいえ別の騒動を起こして出禁を受けていた可能性も否定できない。
- スタジオアルタを出入り禁止されることもなかった。
『ダウンタウンのごっつええ感じ』プロ野球中継差し替え事件(1997年)
- 詳細はこちらを参照。
- 松本人志が叩かれることはなかった。
- 「エキセントリック少年ボウイ」の本編がお蔵入りすることはなかった。
- ということで、『エキセントリック少年ボウイ』は史実以上の知名度を得ていた。
- 木村祐一扮する猪豚ピッグの登場が実現していた。
- 「ダウンタウンのごっつええ感じ」は少なくとも2000年頃まで放送が続いていたであろう。
- 余談だが、第1回目のスポンサーの中には皮肉にも「ヤ◯ルト」が入っていた。
『ニュースステーション』所沢ダイオキシン訴訟(1999年)
- 久米宏の人気が下がることはなかった。
- 食品において「風評被害」という言葉が登場するのはもっと後になっていた。
- ダイオキシン問題はもっと注目されていた。
- 「買ってはいけない」などもそこまで叩かれることはなかった。
2000年代前半
『年中夢中コンビニ宴ス』伊藤園ウーロン茶紹介事件(2001年)
- 「年中夢中コンビニ宴ス」は2002年春まで放送していた。
- 番組自体は低視聴率だったため長くとも2001年秋までしか放送出来なかったんじゃないかと。
- 但し、「不思議どっとテレビ。これマジ!?」は半年しか放送されなかった。理由はアニメ枠の設置。
- 番組自体は低視聴率だったため長くとも2001年秋までしか放送出来なかったんじゃないかと。
- 史実における後番組の「不思議どっとテレビ。これマジ!?」も日本コカ・コーラの番組スポンサーを務めていたかも。
- コンビニ商品ランキングはタブー視されなかった。
- 「お願い!ランキング」でも紹介されていたのは確実。但し、この番組とランキング形式は異なる。
「世にも奇妙な物語」野球中継割り込み騒動事件(2001年)
- フジテレビに「中継があったなんて聞いていない」等の苦情が殺到される事は無かった。
- 関東で12月30日の昼3時に再放送される事は無かった。
- 歴代で最も遅い終了の更新は無かっただろう。
早食い競争死亡事故(2002年)
中学生がパンの早食い競争で死亡した事故によりTBSの「フードバトルクラブ」は打ち切り、テレビ東京の「TVチャンピオン」でも早食い、大食いは自粛に追い込まれました。
- 「フードバトルクラブ」の放送が継続されていたのは言うまでもない。
- 2002年1月3日のようにTVチャンピオンとの同時間帯放送が以降定番になったかもしれない。
- アメリカにも進出して「ネイサンズ フードバトルクラブ」が開催されたかもしれない。
- 草彅剛が主演していた日本テレビの「フードファイト」も続編が製作されていた。
- 早食い・大食いするためのトレーニングといった研究が進んでいたのではないだろうか。
- 第一線級の人気タレントになった大食いタレントがギャル曽根ぐらいに留まるはずがない。
- ただし死亡せずとも病院に担ぎ込まれ、一命を取り止めたというような事故になっていた場合はその限りではなかった。
- それでも、一時的に早食いor大食い系の番組が自粛されていただろう。
- また、事件が起こらなかった場合でもいずれ「早食い」はご法度とされていたかもしれない。
- テレビ東京は「元祖!大食い王決定戦」として「TVチャンピオン」から独立させることもなかった。
- PTA対策とか言って司会にみのもんたを起用することはなかった。
「24時間テレビ 愛は地球を救う」24時間テレビマラソンワープ疑惑(2002年)
- 24時間テレビの黒い噂の一つ消えていた。
- とはいえ別のランナーがワープ疑惑していた可能性も否定出来ない。
- 翌年の山田花子がマラソンにチャレンジした時2ちゃんねらーがマラソンの様子を監視する事は無かった。
- この原因でワープが出来ず、番組終了までにゴールできない結果に繋がったという話。
- 24時間テレビのマラソンでワープ疑惑が無かったとすると、2015年の27時間テレビのマラソンのワープ疑惑は史実以上に問題となっていた?
- そもそもワープなんてしなかったのでは?
- ワープはしてない。(事実)後日放送のめちゃイケでは、その車の陰で休んでただけ。あとはちゃんと走っていた。(と見せかけ編集でごまかしていたとなったら・・・)
- 偽善番組と呼ばれることはなかった。
t.A.T.u.『ミュージックステーション』出演拒否事件(2003年)
- t.A.T.u.の人気は落ち込むことはなかった。
- 独善的な態度ぶりに叩かれることもなかった。
- 東京ドーム公演は大成功していた。
- 爆笑問題はそれを逆手にとった物まねをすることもなかった。
- 空耳アワーでt.A.T.uの曲の空耳の投稿はいくつか採用されていたのでは。
- タモリがこの顛末を根に持つこともなかった。
- スニッカーズのCMに彼女たちが出ることも無かっただろう。
- t.A.T.u.はテレ朝を出入り禁止されることなく、テレ朝との関係が悪化することもなかった。
- 「t.A.T.u. PARAGATE」も予定通り製作され公開されていた。
- t.A.T.u.のパロディをやった「ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて」はロシアでもヒットしたかもしれない。
- 日本のt.A.T.u.と呼ばれた推定少女もブレイクしていた。
王シュレット事件(2003年)
- フジテレビとTNCとの関係が悪化することはなかった。
- テレビ西日本とフジテレビとの関係は王シュレット事件前から悪く、編成面での衝突が起こるぐらい険悪だったと言われます。
- 「ワンナイ」も、もう少しマシな番組になっていた。
- 2009年春に「IQサプリ」の後番組として土曜19:00に移動してたかも。
- もしくは、水10!が続いてた。
- 2009年春に「IQサプリ」の後番組として土曜19:00に移動してたかも。
- 2003年のフジの日本シリーズ放映権も少なくとも1試合は確保できた。
- 史実ではテレ朝かテレ東が中継した分のどっちかを中継した。
- 2006・07年の札幌ドームもそれぞれ(史実ではテレ朝中継分のうち)1試合は取ってたかもしれない。
日本テレビ視聴率不正操作問題(2003年)
- 安藤正臣は現在もプロデューサーとして活躍していた。
- ひょっとしたら、2010年代に入ったあたりで管理職になっていたかも。
- ザ・ワークスが便乗することはなかった。
- 視聴率そのものが問題視されることはなかった。
- テレビ離れが加速することもなかった。
- 現在も日テレが民放トップを独走しているはず。
- 巨人戦の中継は今でも積極的に行っている。
- STVとの関係は(悪いのは変わりないが)史実より少しはマシだった。(キー局がやらかさなければ特にゴールデン・プライムが一時期でもuhbに抜かれることなく安泰だった)
- 「サプライズ!」→「SUPER SURPRISE」もなかった。
- 『こち亀』で視聴率買収をネタにする回は生まれなかった。
- この事件も起きなかった。
『みごろ!たべごろ!デンセンマン』公式サイト不適切コメント事件(2003年)
2003年10月下旬、番組公式サイトに「番組を応援してくれる方を募集!!ビデ○リサーチの視聴率を取る機械を持っている人!大歓迎」を書いてしまったためにテレビ朝日よって「不適切である」としてページ削除を命じられた。本番組が打ち切りになった要因とも言われている。
- わずか5回の短命番組とならず、当面通販番組に差し替えられることもなかったため、少なくとも2004年3月までは続けていた。
- キャンディーズの再ブレイクもあったかもしれない。
ジャネット・ジャクソン『スーパーボウル』片胸露出事件(2004年)
- ジャネット・ジャクソンの人気が落ちぶれることはなかった。
- 実兄のマイケル・ジャクソンの死去時には彼女の様子がもっと取り上げられていた。
- 2004年に最も検索された人やインターネット史上最も検索された人、最も検索されたニュースでギネス記録にならなかった。
- グラミー賞受賞式の出席も実現していた。
- この事件後に発売された「ダミタ・ショー」が性的表現を強くすることはなかった。
- スーパーボウルが生中継の際に放送が数秒遅れることはなかった。
- 後にローリング・ストーンズが過激な歌詞を言ったときや、M.I.Aが中指を立てたときにはそこまで問題にならなかった。
- ナインティナインのオールナイトニッポンのネタが一つだけ減る。
- YouTubeは誕生しなかった。(創立者の1人がこの事件の動画をネット上で検索するのに苦労したから動画共有サイトを作ろうと決めたから)
- MTVは現在でもスーパーボウルに関わっていた。
- 「wardrobe malfunction」という言葉は誕生しなかった。
- 女性アーティストのハーフタイムショー出演が自粛されることはなかった。
2000年代後半
『プロジェクトX』過剰演出事件(2005年)
- プロジェクトXは今も続いていたか、打ち切りが少し遅くなっていた。
- 膳場貴子がNHKを退社することはなかった。
- 問題のグリーグラブの顧問だった高嶋昌二は淀川工業高校を辞めなかった。
- 「プロフェッショナル 仕事の流儀」はレギュラー番組にならなかった。
- 田口トモロヲはナレーターとしての仕事がもう少し増えていた。
- NHKの大改編は行われなかった。(NHKの大改編はこの事件がきっかけなので)
『笑っていいとも!』クマのぬいぐるみ(2005年)
- ロンパールームの都市伝説が実現する事は無かった。
- 山崎邦正は初登場のテレフォンショッキングで台無しになる事は無かったはず。
- 客席アンケートは「熊の着ぐるみに入るアルバイトをした事がある人」では無かった。
- 太田光も「いいともって年内に終了するんですか?」と発言する事は無かった。
フジテレビによる「PRIDE」「ハッスル」放送中止(2006年)
- 大晦日の総合格闘技中継が2010年で途切れることはなかった。
- ボクシングに変わることはなかった。
- TBSの格闘技スタッフが解散することはなかった。
- 長島☆自演乙☆雄一郎の出演はアニメ関連含めて史実より多く維持していた。
- フジテレビが「1億分の1の男」を製作することはなかった。
- 視聴率でテレビ東京に負けることはなかった。
- PRIDEもハッスルも史実以上に興行を続けていた。
- 「RIZIN」の立ち上げも無く、今も大晦日にPRIDEの興行イベントを開催できていた。
- 「DREAM」「戦極」もなかった。
- UFCの日本人選手も史実より少なかった。
- でも、リーマンショックや東日本大震災の影響でいずれ活動停止に至っていた可能性も否定できない。
DJOZMAの紅白歌合戦ボディスーツ騒動(2006年)
- 「アゲ♂アゲ♂EVER☆騎士」のイメージが悪くなることはなかった。
- 安定してヒット曲を出し、一発屋扱いされることはなかった。
- 例のボディスーツは一部のワハハ本舗ファンのみの知る人ぞ知るものとなっていた。
- とんねるずが親近感を抱く事は無く、矢島美容室は無かった。
初音ミクの「アッコにおまかせ!」事件(2007年)
- 最初から取り上げられなかったか内容がまともだったことが前提。
- TBSで初音ミクのテレビアニメ化が実現したかもしれない。
- ランク王国に留まらずボカロ専門番組を製作していた。
- 初音ミクのライブイベントはTBS主催で開催されていた。
- 少なくとも赤坂BLITZ(横浜BLITZ)で複数回開催していた。
- 史実では2015年にIAのライブが赤坂BLITZで開催された。
- 東京以外のイベントも地元のTBS系列局が主催だった。
- 「THE END」や「イーハトーヴ」などの演劇系イベントも。
- 少なくとも赤坂BLITZ(横浜BLITZ)で複数回開催していた。
- 「夜桜四重奏 〜ヨザクラカルテット〜」と大々的にコラボしていた。
- 「俺、ツインテールになります。」ともコラボしたのは間違いない。
- 「ブラック★ロックシューター」も「メカクシティアクターズ」も「ミカグラ学園組曲」もTBS系列での放送だった。
- ドキュメンタリー番組「初音ミクのかたち」もTBS製作だった。
- 「がっちりマンデー!!」「夢の扉」「情熱大陸」に取り上げられていただろう。
- 「最先端IT情報SHOW 革命×テレビ」にレギュラー出演していた。
- 「がっちりマンデー!!」「夢の扉」「情熱大陸」に取り上げられていただろう。
- 朝の生放送番組において渋谷慶一郎による「THE END」など初音ミクの話題をTBSだけが取り上げない状況にはならなかった。
- 独立局でやってた「VOCALO Revolution」も最初から初音ミクなどクリプトン製ボカロを取り上げていた。
- 2回目以降も放送されレギュラー番組化されていたかもしれない。
- 史実より物凄く早い時期から音楽番組での初音ミクの生ライブが実現していた。
- 全国ネット音楽番組初出演は「ミュージックステーション」ではなく「うたばん」だった。
- 石橋も中居も激烈にディスりまくるのは間違いないからCDTVが妥当。
- 「音楽の日」の常連になっていた。
- 全国ネット音楽番組初出演は「ミュージックステーション」ではなく「うたばん」だった。
- 代わりにGoogleに対するバッシングが激烈なレベルになっていた。
- もしかしたらBingが日本でトップシェアになったかもしれない。
- 「Tell Your World」は誕生しなかった。
- livetuneがブレイクしたかどうか不透明。
- むしろマイクロソフトのCMに初音ミクが出演しその歌が使用されていたかも。
- コミックマーケットでの抱き枕販売問題も史実以上の大騒ぎになっていた。
- 逆にファンのアイデンティティが1つ減ってVOCALOID文化の発展は史実より無かったかもしれない。
- Gacktから柴咲コウ、小林幸子に至るまで有名人の声を元にしたVOCALOIDの発売は芸能ニュースとして大きくテレビで取り上げられていた。
- 人気芸能人のオタクな一面をあえてバッシングせず意図的に無視するマスコミの姿勢は史実ほどなかっただろう。
- 和田アキ子のVOCALOIDが発売されていた。
- 和田アキ子への批判も少しは和らいでいたかもしれない。
- 上手くいけば小林幸子のように「ネット民と相性の良い大物歌手」になっていた。
- ボカロそのものかボカロの歌、アルバムが日本レコード大賞に登場しただろう。
- 「安堂ロイド〜A.I. knows LOVE?〜」にギャラ子が登場していた上、VOCALOIDとのコラボもあったかもしれない。
- 代わりに「ハルヒなんか知らん」発言に対し史実以上に激烈なバッシングが起きていた。
- TBSが一気にアニメから撤退する可能性が出ていた。
- 和田アキ子は「進撃の巨人」のCMに出なかった。
- TBSが一気にアニメから撤退する可能性が出ていた。
- 系列のHBCで大々的に取り上げられていた。
- HBCテレビPRアシスタントに早い時期から就任していた。
- 史実では2013-14年に重音テトが就任していた。
- HBCテレビPRアシスタントに早い時期から就任していた。
- 亞北ネルが誕生して流行ったか不透明。
- 上記のように早い段階からテレビとの関係は良好となっていて、発売5年目の2012年あたりに「千本桜」で紅白歌合戦出場が実現したかもしれない。
- 伊達杏子が同じホリプロの優香や深田恭子レベルの売れっ子となっていたらこんな事件は起こらなかったかもしれない。
夏目三久写真流出事件(2009年)
- 夏目三久の退社・フリー転向はなかったか遅れていた。
- 「あさチャン!」のMCも別の人物になっていたか、番組名が変わっていた可能性も。
- 日テレもまたアナウンサー採用で「清廉性」を重視することはなかった。
- この問題も起こらなかった。
2010年代
韓流フジテレビ批判騒動(2011年)
- フジテレビが韓国扱いされる事は無かっただろう。
- フジテレビは産経新聞と近い報道論調だった。
- フジテレビ抗議デモももちろん無かった。
- 花王不買運動も無かった。
- 高岡蒼甫がフジテレビを叩かれる事はなかった。
- 蒼佑→奏輔に改名することもなかった。
- ネトウヨ層からはそれ以前の問題発言から今でも反日思想の持ち主だと考えられていた。
- 史実ほど大バッシングにさらされなければ、フジテレビの番組が軒並み低視聴率を記録することは無かったはず。
- テレ東の「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」が「めちゃ×2イケてるっ!」の視聴率を上回ることは無かったか、もう少し互角の戦いになっていた。
- 2011年以降も視聴率三冠王はフジテレビが獲得していただろう。ただ、マンネリ化次第で史実通り日テレに奪われてしまう可能性もありそうだが…。
- 2012年にテレ朝が視聴率二冠王を獲得する事は無かっただろう。
- ブータン国王物真似問題は史実通りか?
- それでも史実ほど批判されなかっただろう。
- 「さよならぼくたちのてれびきょく」という曲は作られる事は無かった。
- 立て続けにフジテレビの長寿番組が視聴率低下で打ち切られる事は無かっただろう。
- ただ「笑っていいとも!」はタモリの都合次第なので終了はほぼ史実通りだが、後番組はあんなに低迷しなかっただろう。
- 逆にフジテレビ含む各局では2016年現在でも韓流をよく取り上げていたかもしれない。
- それでも、韓流ブームは時代遅れとなっていただろう…。
- 代わりに日テレが韓流批判騒動になっていた可能性もあり得る。
「ハガネの女 season2」問題(2011年)
参考:wikipedia:ja:ハガネの女#ドラマ化における問題
- 深谷かほるが原作者を降板することはなかった。
- season2のソフト化が実現していた。
河西智美『いきなり!黄金伝説。』逃亡事件(2012年)
- 河西智美のやる気のなさを叩かれることはなかった。
- 奥真奈美の二の舞になることはなかった。
- AKB48を卒業することがなかったか遅れていた。
- 卒業と同時に活動を縮小することもなかった。
- AKB48総選挙で上位へとランクインしていたかもしれない。
- 『いきなり!黄金伝説。』で他のAKB48メンバーが史実以上に堂々と出演していたかも。
加藤浩次『FNS27時間テレビ』渡辺麻友への頭蹴り事件(2013年)
- 『FNS27時間テレビ』が最低視聴率を記録することはなかった。
- この事件が原因で視聴者が離れたと見なされることはなかった。
- 加藤浩次と渡辺麻友が因縁を持つことはなかった。
- 翌年のインターネット生放送「めちゃユル」で加藤がモー娘。メンバーへの「頭蹴りパロディー」をやることはなかった。
「明日、ママがいない」問題演技(2014年)
- 視聴率低下やスポンサー撤退はもちろん無かった。
- 第四話以降も視聴率13%以上を獲得し、全話の平均視聴率は13%~15%を獲得していただろう。
- 15%を獲得していた場合、民放テレビドラマのトップになっていた。
- 裏で放送されていた「僕のいた時間」は史実以上に大コケし、全話の平均視聴率も8%~9%になっていただろう。
- 第四話以降も視聴率13%以上を獲得し、全話の平均視聴率は13%~15%を獲得していただろう。
- 岡村隆史の「テレビの発展は見込めなくなる」発言は無かった。
- 「芦田愛菜がいない」「明日スポンサーがいない」と叩かれる事は無かった。
「ごめんね青春!」堀越発言(2014年)
生徒から元グラビアアイドルの女子に勉強を教えるように頼まれるシーンで「それは無理。私堀越だから」と発言。この発言が元で堀越学園から抗議があった。
- なお、ドラマ内のセリフですのでここに記載しております。
- 堀越学園から抗議が来ることは当然なかった。
- 再放送NGになることはなかった。
- 堀越学園は底辺校と誤解されることはなかった。
- グラビアアイドルは勉強ができないという誤った認識が生まれることはなかった。
- 視聴率が伸び悩むことはなかった。
「3B juniorの星くず商事」ヘリウムガス事故(2015年)
- 3B juniorのみならずスターダストプロモーション所属ユニットのさらなる地上波進出が実現していた。
- 当番組も地上波で放送されていたかもしれない。
- 「ももクロChan」も地上波全国ネットで放送されるようになっていた。
- もしかしたら2015-16年に開催されたももクロのカウントダウンライブはテレビ朝日系列で生中継されたかもしれない。
- 史実ではテレビ埼玉による中継でUstream配信だった。
- BS朝日なら可能性大。
「相棒 Season13」ダークナイト騒動(2015年)
「相棒 Season13」の最終回、「ダークナイト」でシリーズを通して伏線すらなく享が逮捕されるという突飛したストーリー展開が一部のファンから批判される事態となった。
- 成宮寛貴の卒業に関して、「一部報道の通り、大人の事情で降板したのでは?」という憶測をファンに持たれることは無かった。
- 制作陣のストーリー運びに関し、お粗末さが大々的に批判されることも無かっただろう。
- 当然結末に対して不満を抱くファンもいなかったとなれば、Season13シリーズ再放送の視聴率が高くなるなんてことは無かった(伏線を探してやる、と躍起になっていたファンにより上がったフシもあるので)。
- Season14の視聴率が頭打ち状態になることも当然なかった。
- 「新相棒」となった反町隆史が一部メディアから戦犯として扱われることもなかっただろう。
「直撃LIVE グッデイ!」弁護士会館中継問題(2015年)
- それでも「直撃LIVE グッデイ!」は低視聴率のためあまり史実と変わらなかったのでは?
- だが視聴率が振るのが史実よりやや早まっていただろう。
- 弁護士会館で中継するとルール違反になると見なされる事は無かった。
- 視聴率低いからやりたい放題をしたと見なされる事は無かった。
- 「直撃LIVE グッデイ!」は問題ばかり起こす報道番組と酷評される事は無かった。
- 会見を強制終了させる事は無く、何らかの動きはあったかもしれない。
- 生中継を中止するハプニングと言えばNスタの避難所中継。
関連項目
- もし芸能界であの事件がなかったら(放送番組以外での芸能人の出来事についてはこちらへ)