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==全般==
#色々な形態があり「鉄ちゃん」と一括りにされるのを嫌う傾向がある。
#*「兼業」もあるが意外にも少数派である。
#**しかし、[[航空]]とか[[バス]]、[[船舶]]といった他の乗り物と兼業しているやつは少なくない。
#***軍事関係は意外と通じる。特に国鉄系。
#***ラジオ関係もけっこう通じたりする。旅好きが多いから?
#***兼業意外と多いと思うが
#***バス兼業(特に一般路線バス)なんてかなり多そうな気がする。
#***ここ数年では、二次元と兼業している人も多い。
#*名前に「てつ」が入っていると複雑な気持ちになる。
#「時刻表検定」と「鉄道旅行検定」は鉄道ファンにとっては二大検定である。
#*しかし鉄道旅行検定は2006年で、時刻表検定も2009年に終了。やっぱり実用性の無さがネックだったか……。これからは旅行地理検定でも受ける?
#*旅行取扱主任資格なら、時刻表の読み方がわからないと解けない問題があるし、多少就職口が開ける。(勤め先の上司・談:この資格を取って入社)
#*鉄道テーマ検定なるものもあるが、時期が期間限定で受けづらい。
#最近は備品やヘッドマークを盗んではコレクションにしたり、ヤフオクなどに出品する「盗り鉄」も出てきた。
#*鉄道ファン、いや、人間として最低の奴等。
#*そもそもこういう連中は'''鉄道ファン'''(鉄道マニア、鉄ヲタ)'''ではない'''。コミケに出没するテンバイヤーどもと同じ。
#**物を盗む鉄オタがいるから、それをモチーフにした「月館の殺人」なんて漫画が描かれたんじゃないの?
#*フーリ○゙ンみたいなもんだな。
#*インターネットが産み堕としたクズ鉄には鉄道趣味サイトの掲示板やブログを荒らす「荒らし鉄」もいる。
#**それは「鉄」とは言わないだろ。ただのあらしと思われ。
#**にちゃんねるには非常に多い。そういうサイトの叩きや中傷が後を絶たない。
#***それは鉄道関係に対して「ヲチ(ネットウォッチ)」をしているだけであって「鉄道ファン」としての行為と言えるのかどうか…。
#*「[[ムーンライトながら]]」などの指定席券をヤフオクで転売する「ダフ屋鉄」まで現れた。
#**それは鉄ではなく転売厨と思われ。
#***転売は別に悪い事ではないと思うが。
#****そのアホのせいで善良な利用者が正規価格で購入できなくなるのですが、そのことについてどのようにお考えでしょうか?
#*****とりあえず「善良な利用者」という程胡散臭い言葉は無い。
#*****「資本主義社会」の「公正なルール」に則った「商取引」をなぜ批判出来るのか?
#******本来、ダフ屋行為は各都道府県条例により取り締まり対象。ネットのダフ屋行為で取り締まりにできずに転売目的の購入で取り締まられてるのはネット社会が法的に公共扱いされてないからであって、やってることは限りなく黒に近いグレー。
#*****話が逸れてるけど、転売は鉄道趣味じゃない。「○○鉄」と類型化するのは変な気が。
#**そのせいかどうかはともかく、利用できる時期が縮小されている。
#*鉄道を痛めつけている時点でファンとは言えない。異性につきまとうス{{あきまへん}}カーと同じ。
#*鉄道関連での犯罪では、何処からか入手した乗務員の制服を着て、列車に乗り込む者がいたけど。
#[[ベタな金券ショップの法則|チケットショップ]]の回数券とかは邪道だ。
#*「きっぷは駅で買ってこそ」と思っている。
#**自分も鉄道Fだが、金券屋はよく使います。名阪まる得は割引率が高いため特に…(マルス券化された現在、駅で買う必要性は何?)
#**でも都市圏派には結構欠かせない存在だったり。
#**[[東武伊勢崎線]]の単線区間住民ですが、相方が、近くに金券屋がないため、証券会社の営業マンを呼んで、その路線を運行している会社の株券を買っています。優待乗車券は欲しいし、複線化も進めて欲しいので。
#Wikipediaなどで知識ばかり高めてるのは知り鉄ですか?
#*いいえ、ただの揚げ足取りです。
#最近では、季節や風景に合わせて服をキメているファッション鉄を見受けられるようになった。12月にサンタの帽子をかぶってかぶりついたり・・・
#*鉄道に季節? ファッション?
#*そっかそっか、なるほど。観光列車となれば、それは納得。
#カシオペアで○○をするのが夢な俺はハメ鉄
#なぜかChakuwikiに多いような気がする。
#*Wikipediaにも多いような気がする。
#鉄道ファンってこんなに分類できるのかと驚いた人もいると思う。
#鉄道ファンの嗜好も乗り鉄、撮り鉄、模型鉄など様々あるが、大きく分けると文科系(情緒的切り口)、理科系(技術的)、体育系(体力的)、芸術系(感性的)の四つに分類されると思われる。
#*運動神経がいい人はそんなに多くない。
#**廃線、未成線、秘境駅、モグラ駅などこれらを愛好する人々は体力がないといけないので「体育系テツ」である。
#***廃線、秘境駅はまともな道がない山奥であることが珍しくないため、最低でも登山家並みの知識と体力が必要。
#*小学校時代は社会科が得意(もしくは好き)だったという人が多い。


==独立項目==
{{Pathnav2|もし日本が戦後しばらくして権威主義化していたら|芸能}}
*[[乗り鉄]]
#芸能界全体に史実とそれ相応の差異があるのは確実
*[[鉄道模型ファン|模型鉄]]
#*芸能界自体が史実より政財界とコネの強い業界になっていた
*[[撮り鉄]]
#**なかでもアイドルは自民党の政治家とのコネが強い
*[[鉄道ファン/会社・路線別|会社・路線別]]
#***極右や左派からはアイドルは史実以上に忌み嫌われる
 
#*業界全体が史実より反共色の強い世界になっていた
==スジ鉄==
#**制作される作品で反共色の強いものは史実よりかなり多い
#時刻表を常に持参。または雑誌代わりに時刻表を「読む」
#音楽界にも史実より多少或いは大幅な差異があった
#*時刻表の数字の向こうに車窓からの景色や建物、さらには季節や時代の移り変わりを「読んで」いる
#*軍歌は史実ほど衰退しなかった
#*実害はないものの、一般人には無味乾燥に見える時刻表を読んでいる時点で異様に映る
#**平成以降も定期的に新しい軍歌が作られている。
#**その前に、一般人には、数字が書いてあって、訳の分からない読み物と思われている。
#*演歌や浪曲は1970年代まではそれ相応に聴かれていた。
#*実は時刻表も雑誌に分類されている。
#*若者の演歌離れ・浪曲離れはいずれにせよ不可避
#*勉強に飽きるといつのまにか時刻表を持っているという人がいた・・・。
#*大衆的な歌謡曲の発展は史実と変わらず
#愛読書はもちろん「日本交通公社(現・[[JTB]])の時刻表」。[[出版社/あ・か行#交通新聞社|JRの時刻表]]は後発なので邪道
#**舟木和夫、橋幸夫、西郷輝彦は史実通りブレイク
#*そんな事ないでしょう。今は非公式のJTB時刻表こそ、今は邪道。
#**内山田洋とクール・ファイブやザ・ゴールデン・カップスのブレイクも史実と変わらず
#*それでも1号しか存在しない「'''国鉄'''監修'''JR'''時刻表」は記念で買っている。
#**加山雄三、石原裕次郎、小林旭も史実と同じかそれ以上にヒットを飛ばしただろう
#**JR時刻表ファンでもJTB時刻表の通巻999号は買った。
#*思想犯などの政治的犯罪で逮捕されたり引退を余儀なくされる音楽家は史実より多かった
#**'''監修'''じゃなくて'''編集'''ね。「監修」だと交通公社時刻表になる。
#**赤い鳥はプロデビューできなかった
#*旅行の用事がない期間であってもとりあえず書店か図書館でJTBの時刻表を手に取り、「グッたいむ」を読む。
#**ザ・フォーク・クルセダーズ解散後の加藤和彦は国家保安法違反で逮捕され、有罪判決を受けたのちに、海外へ亡命した。
#*餘部鉄橋に行こうとJTBを買ったら京都~餘部まで3ページも別れていた(JRは米子まで1ページ)、なのでとても見づらくて、それ以来JTBは買っていない。
#***イムジン河は当然放送できず。放送しようとなら史実以上の刑罰が関係者に下る。
#*逆に私鉄の特急欄とか社線欄がJRより見やすいので、JRではなくJTBを買うことも私はある。
#*フォークソングやそこから派生したニューミュージックが1970年代以降の音楽シーンを席巻するのは変わらず。更にそれが1980年代以降になってロックやポップスなどのJ-POPや和製のHR/HMやR&Bに発展して現在に至る。
#大判時刻表を持って旅に出るのが真の鉄道ファンだと信じている。
#**井上陽水のデビューとブレイクは史実と変わらず
#*ポケットサイズの時刻表は邪道。
#***アンドレ・カンドレでデビューするも全くの不振に終わるのは同じ。史実以上の不振に終わっただろう。
#**いや、そんなこと無いだろ。
#****井上陽水で再デビューして、傘がないなどをリリースしたのちに夢の中ででブレイクするのは史実と同じ。
#***その地域版の時刻表を使うのが真の(ry
#****年代的にデビュー前に徴兵制による兵役を経験している。
#**私の場合、時刻表は目的次第。私鉄も乗るなら大判は欠かせないし、JRのみ乗車で荷が多いなら全駅掲載のコンパスを買う。九州が目的なら綜合時間表を買うし、東京なら東京時刻表だ。
#***大麻所持をせずに済んだだろう。
#*さすがに隣町に行く時や通勤通学で持っていくのは、邪魔にしかならないから持って行かない。
#****昭和50年代中盤の人気低迷はなかった。
#[http://www.rfa.or.jp/time/time01.html JR貨物時刻表]も当然持っている。
#***なぜか上海は別のタイトルになっていた。楽曲も上海については唄われていない。
#*それは熱心な貨物ファンだけ。
#****台北か香港の可能性が高い。
#[http://www.jikokuhyo.gr.jp/ 検定試験]が存在することは常識中の常識。
#**中島みゆきの音楽業界入りも史実と同時期
#*検定試験で使われるのはJR時刻表である。
#***初期は史実ほどヒットしないがわかれうたは史実以上にヒットする。
#市の中心地は時刻表索引地図の◎マークが基準。
#***かなしみ笑いは史実以上にヒット
#*[[横浜市]]の中心が関内と言われても理解できない。
#****B面の霧に走るの「いっそこんな車壊れて~」は2019年現在史実以上にネット上で引用されている。
#*[[橿原市]]の中心駅が畝傍なのは納得がいかない。
#***悪女は史実よりかなりヒットした
#*近年の市町村合併により、新たに◎を見つけるたびに興奮する。特に[[三重/北勢#いなべ市の噂|楚原]]や[[南あわじ市|市]]や[[長野/上小#東御市の噂|田中]]など、「どこやねん!」というような駅(またはバス停)の場合は、その傾向が強い。
#**(荒井由実→)松任谷由実の音楽業界入りは史実と同時期
#*その◎を見て何市の中心駅かは、意外と分からない(特に近年新たに◎が付いた駅)。→[[平成大合併の悲劇]]も参照。
#***大学中退は史実より早まるだろう
#**直江津市とか安房鴨川市とかが存在すると思ってる鉄ヲタ多し。
#***反共独裁政権と新左翼の学生運動の確執と攻防を第三者目線で描いた楽曲を複数発表していた。
#***上越市で◎が付いているのは高田では?
#***「いちご白書」をもう一度を制作することはなかった。
#**大宮駅が◎から○になったのを見てどことない違和感と切なさを感じてしまう。
#***ひこうき雲と返事はいらないの制作は史実と同じ
#*JR時刻表愛用者には関係なし。
#****返事はいらないがデビュー曲なのは史実と同じ
#*「乗降客が一番多い駅ではなく、区市町村役場の最寄り駅」という原則は今でも有効なのだろうか?
#***横浜での大規模な開発独裁の影響で海を見ていた午後の歌詞が壮大なものになっていた
#**戸田駅は市役所最寄り駅で市名駅なのに代表駅は開業当初から戸田公園駅になっている。
#***あの日に帰りたいのヒットは史実と変わらず
#時刻表を路線図のところに書いてあるページ番号を見なくても分かる。
#****史実以上にヒットしたかも
#よく使う私鉄の時刻表も、もちろん購入。
#***松任谷正隆との結婚は史実と変わらず
#インターネットの時刻検索の普及で、このジャンルのファンは減少中。今は時刻表が読めない鉄ヲタとかいるらしい…
#***1970年代終盤の低迷は史実と同じ
#*でも中距離旅行でもやっぱり時刻表を読むのが一番楽。
#***守ってあげたいが久々のヒットとなるのは史実と同じ
 
#****史実よりヒットした
==技術鉄==
#**浜田省吾は史実よりヒット曲を量産していた
#鉄道技術関係の書籍を見ると心躍る
#**大瀧詠一の音楽界での活躍は史実をも遥かに上回るものに
#特に実害はなくその存在も目立たないが、たまに車内で子供に「これがVVVFの作動音だよ」「釣り掛け式はね」などと一般人には意味不明の台詞をつぶやく
#***アジア太平洋地域の諸外国でもヒットを飛ばしていただろう
#モノマネのレパートリーに「列車のモーター音」が入っている。
#***森進一や小林旭への楽曲提供も史実と変わらない
#*バイオリンまたはサックスを演奏できる鉄道ファンなら、E501系の発進時の音をやったことがあるはず。
#**長渕剛の業界入りも史実と変わらないが、その経緯が史実と異なった可能性もある。
#**ハマの赤いあんちくしょうの事もお忘れなく。
#***九州産業大学への進学はなかったかあっても史実より早くに中退した
#*このカテゴリは自動車マニアとの兼業も多い。
#****大学進学がなかった場合はデビューが史実より早まっていた
#**航空機マニアとの兼業も多い。
#***業界入りする前に志願兵として兵役を経験していた
#*小中学生の鉄道ファンは、音楽の授業で使うリコーダーでやる。
#***巡恋歌がデビュー曲かどうかは一概に言えない
#**名古屋の方なら、リコーダーで名鉄の警笛を真似ていた人を見た、もしくはクラスにいたという人がほとんどでは?
#****雨の嵐山が正式なデビュー曲になっていた可能性があるので
#*ここ最近、このような物真似を集めたCDがでた。
#***順子でブレイクするのは史実と変わらず
#**物真似言うな「エア・トレイン」言えや(by野月貴弘)
#****これ以降なかなかヒットシングルに恵まれないのは史実と変わらず
#大学院レベルの知識がないと理解できないことも少なくない
#****アルバムは史実と同じかそれ以上にセールスを伸ばした
#*そこまでは行かなくても小学校時代に理科が得意(もしくは好き)だったという人も多い。
#****1983年のGOOD-BYE青春が久々のヒットとなるのは史実と同じ
#蒸気機関車にはまったら末期。
#****孤独なハートは史実よりヒットした
#*むしろそっちから入った人もいる
#***音楽番組には初期より史実より頻繁に出演していただろう
#SLをやたら目の敵としている。南アやニュージーランドをよく引き合いに出すが、どちらもイギリスの一部であった経緯は見落とされることが多い
#***HUNGRYで初期のクリアな歌声から現在のしゃがれた歌声になるのは同じ
#蒸気機関車に興味のあるこいつらは、汽笛の音色が世代によって異なる理由は共鳴室の数だと一発で答えられる。
#****久しぶりに俺は泣いたんだは史実よりヒットした
 
#****勇次も史実よりヒット
==駅弁鉄==
#***勇次以降に病に倒れることはなかった
色々な場所の駅弁を食べることに趣味を見出す
#****そのためSTAY DREAMは史実と違いロック色の強い作品となった
#食通の派生系
#**サザンオールスターズの結成と業界入りも史実と変わらず
#乗り鉄に似ているが、行くのに飛行機を使ったりする時点で根本的に異なる
#***但しデビュー前の動向が史実より慌ただしくなる
#包装紙を集めている人もいる
#***バンド名の変更回数は史実より減ったかもしれない
#*これはどっちかというと鉄系ではなくコレクタに分類される
#***メンバーの約半数はデビュー前に志願兵として兵役を経験
#[[京王百貨店]][[新宿]]店は聖地だ
#****メンバー全員が青年期に志願兵として兵役を経験した可能性もある
#*ちなみに[[京王電鉄|親会社]]は路線長が長くないので駅弁とは無縁。
#****年代的に徴兵制の対象だった可能性もあり
#空弁は航空ファンだろうか・・・?
#***勝手にシンドバッドでデビューするのは変わらず
#*最近は○弁と称する弁当が増えてきたなぁ。空弁もだし、速弁(高速道路のSA)なんてのもあるし・・・。こうなってくると分類できん。
#****勝手にシンドバッドは反響は史実以上も売上は史実以下
#**高速道路の弁当は'''速弁'''じゃなくて'''遅弁'''でしょ。タラタラ走る車が速いわけがない。
#****気分しだいで責めないでは史実ほどヒットせず
#***独り言は壁に向かって言ってくれないか?
#***いとしのエリーは史実ほどヒットしなかった
#***'''高速'''道路だからいいだろ。
#***デビューから数年はあまりヒットシングルに恵まれず
#**もはや交通機関ではない[[野球場|球弁]]なんてのもあるし…。
#****アルバムは史実と同じくヒットしたか場合によっては史実以上のヒットとなった
#偽装駅弁の見分けができる
#****コンサートライブも連日連夜大盛況で、場合によってはすぐにチケットが入手困難に
#*駅で売ってないのにデパートのイベントだけで売っている駅弁のこと。賞味期限を偽装した駅弁のことではない。
#****アルバムのタイニイ・バブルスとステレオ太陽族のリードシングルもヒットしなかったが、アルバムは史実以上にヒットした。
#**「デパートの『駅弁フェア』や物産展では定番なのに現地ではめったに買えない駅弁」のことは「デパ弁」と呼んだりもしますな。森の「いかめし」や厚岸の「かきめし」とかが代表格だった。最近「いかめし」は買えるようになったけど……。
#*****C調言葉に御用心も史実ほどヒットしなかった。
 
#*****タイニイ・バブルス収録の松田の子守唄は、原曲の赤い鳥の竹田の子守唄が発禁になるため別のタイトルになっていた。
==収集鉄==
#*****働けロックバンドの歌詞は史実より辛辣なものになっていた。
#硬券やサボをはじめとして、鉄道に関するグッズを集める。
#***1982年のチャコの海岸物語が久々のヒットシングルとなる。
#*給料の大半をこのコレクションに費やしている者もいる。
#***桑田佳祐と原由子の結婚は史実と変わらず
#*しかしながら収集熱が高いのは結構だが、車内の備品まで盗み取ってコレクションする輩も居る。
#***Ya Ya(あの時代を忘れない)は史実よりヒット
#**そいつらは、まず人としてどうかしてる。
#***EMANONが不振に終わるのは史実と変わらず
#***撮り鉄ならぬ'''盗り鉄と人は呼ぶ'''。
#****アルバムの綺麗も史実ほどヒットしなかった
#***言うまでもないが、盗り鉄は'''犯罪'''。
#*****史実で綺麗に収録されているかしの樹の下では検閲に引っかかり収録できなかった。
#鉄道のカードを集める人もいる。
#******NUDE MAN収録の流れる雲を追いかけての歌詞も史実より修正が加わったかも。
#*「Jスルーカード」とか「パスネットカード」とか「スルッとKANSAIカード」とかのこと。
#*******ロッキード事件がないので、史実でロッキード事件について唄われたNUDE MANの歌詞が史実と大幅に異なっていた。
#*ホビー店のトレーディングカード(サッカー、野球など)の売り場の横に、さりげなく置いている。
#***ミス・ブランニューデイは史実よりヒットした
#*テレカと同じくオレカ(オレンジカード)は昔は収集対象としてはやったが、昨今は両方とも衰退しているのが悲しい所。携帯・ICの普及は大きい。
#***BYE BYE MY LOVE(U are the one)も史実よりヒット
#*記念ICカード販売の行列に並ぶ人たち。
#***メロディも史実よりヒット
#**なぜか民鉄の記念乗車券・入場券で並ぶ人間はすくない。
#***アルバムの人気者で行こうとKAMAMKURAの完成度は史実をも遥かに上回るものになった
#*海外の鉄道に詳しくなると、日本に住んでよかったと思うかもしれない。切符とか簡素化されている所が多いから。
#****吉田拓郎の引退の噂はなく吉田拓郎の唄は制作されなかったかも
#時刻表集めに熱中する人もいる。でも、それを使うことは少ない。
#****Computer Childrenは史実以上のハイテクサウンドを駆使した楽曲になっていた
#*ダイヤ改正の前後は、ある意味早いもの勝ちの争奪戦である。デパートのバーゲンに似ている。
#***1983年を最後に紅白歌合戦の出場が長期間途絶えることはなかった
#*駅でタダで置いてあるポケット時刻表を集める人もいる。
#****1982年の紅白歌合戦での物議を醸す行動もなかった
#**ただしローカル線だと全駅同じものだったりする。
#****1984年はミス・ブランニューデイで出場していた
#*保存用、普段使い用とアイドルのCD並みの複数買いをするツワモノもいる。
#****1985年はBYE BYE MY LOVE(U are the one)で出場していた
#金と土地のある人は、古い車両を購入して自宅や経営する店に展示する。
#***1985年を最後に原由子の産休で活動休止に入るのは変わらず
#*鉄道ファンにおける「男のロマン」の極致と言えよう。
#***1986年以降のサザンオールスターズはソロ活動に突入した
 
#****桑田佳祐がKUWATA BANDを期間限定で結成するのは変わらず
===押し鉄===
#*****松田弘の参加も変わらず
#駅スタンプを集めるのが趣味の輩である。<!--収集という点で一緒なのでこちらに入れさせてください。-->
#*****KUWATA BANDの解散後の1987年の桑田佳祐と松田弘がソロ歌手として活動するのも史実と変わらず
#*駅は駅でも道の駅のスタンプなどの収集と掛持ちの者もいる。
#***サザンオールスターズの活動再開が10周年の1988年になるのは史実と同じ
#**それが高じて、SAPAや空港、観光名所(日本百名城とか景勝地)など集めている。
#****史実通りみんなのうたで再開
#***さらには、郵便局の100円貯金巡りなど、趣味がどんどん広がる。
#****みんなのうたは史実以上にヒットした
#***これら鉄道以外の分野の収集から流れてきて、気がつきゃまとめてやってる人もいる。
#****みんなのうたを収録したオリジナルアルバムを1988年夏に発表
#**一方で、それを鉄分が足りないと眉をひそめる方もいるとか。
#***1988年12月に史実にないオリジナルアルバムを発表
#駅の営業時間に詳しい。
#****リードシングルが1988年9月と11月に発表
#*道の駅スタンプも集めている場合はそちらの営業時間や定休日にも詳しい。
#***1988年の国営放送の紅白歌合戦にも出場
#[[四国旅客鉄道|列車の本数が極端]][[北海道旅客鉄道|に少ないエリア]]で集める際は、自動車を使うことも多い。逆に都市部やその近郊などのある程度本数のあるところ(大体30分~60分に1本以上)だと、ガンガン電車を使うなど、メリハリが効いた鉄道利用法をする人が多い。
#***1989年1月上旬の昭和天皇崩御を受け、以降の3か月間は喪服でステージに立った
 
#****昭和天皇へのレクイエムも制作した
==仮想鉄==
#***女神達への情歌のリリースは史実と同時期
===架鉄派===
#****クレームは史実ほどではなかった
[[ベタな架空鉄道の法則|自分で鉄道会社を仮想する]]。
#****クレームはあったが史実以上に掻き消されていた
#分類として、「架空都市派」「実在地域架空路線派」「実在路線独自私鉄化派」があるが、2番目と3番目は兼業の場合も多い。
#**チャゲ&飛鳥→CHAGE&ASKAのデビューも史実と同時期
#*国家規模で考える「架空国家派」もいる模様。
#***チャゲも飛鳥涼も青年期に志願兵として兵役を経験
#**もっと少数だが、俺のような「架空惑星派」もいる。宇宙の彼方に日本のような国がもしあったらと考える。
#***ユニット名はチャゲ&飛鳥からCHAGE&ASKAを経て、現在のCHAGE and ASKAに
#*俺の場合、日本の近くに勝手に人工島を作って、一緒に開発する。
#****正式名称としてCHAGE&ASUKAを名乗ったことはなかった
#**自分は東京湾に架空の島を作り上げて高架鉄道を敷いて、そして東京メトロ線等と接続したりしてるなあ……。
#*****レコードジャケットのクレジットのデザインとして名乗ったことはある。
#*[[大阪]]の場合[[東京]]と比較して相互直通運転が少なかったので勝手に地下鉄路線を作って近郊私鉄と相互直通させていた。
#***ひとり咲きでデビューするのは変わらないが、史実以上の不振に終わる。
#**大阪市営モンロー主義など、現実的なことは気にしない。
#****ひとり咲きで夜のヒットスタジオに出演することはなかった。
#*2番目は地図オタを兼ねてることが多い。
#***デビューのきっかけとなった流恋情歌も史実以上の不振に終わる
#車両についても、完全に架空の車両と、自分のお気に入りの国鉄形や大手私鉄車を走らせている場合と、両者の混在とがある。
#***ファーストアルバムの風舞は史実以上の不振に終わった
#Webサイトを気軽に作れるようになって、これらが発表されるようになった。と、'''ここまではよかったのだが……'''
#****このアルバムから私の愛した人がシングルにリカットされた
#*まさに[[勝手に鉄道建設|これ]]のことか…
#***万里の河でブレイクするのは史実と変わらず
#*何度かコミュニティを作ろうとしたが、もともと自己主張の強い連中ばかりなので、その度に長く持たず瓦解している。
#****夜のヒットスタジオへの初出演も万里の河だった
#田舎に路線を引く場合は、1960年代に廃線になったような需要の無さそうな路線ばかりである。
#****万里の河は史実よりもヒットした
#*「需要を気にしたら負けかなと思ってる」
#****万里の河以降はなかなかヒットシングルに恵まれず
#*地域の発展込みで仮想している(=史実より人口割増)場合も。
#*****しかしコンサートライブはむしろ史実以上の大盛況で場合によってはチケットが発売からすぐに入手困難に
#*ド田舎なのに大都市並みの運行本数(最低6本/h)にしてたりする。
#*****万里の河以降のシングルはほとんど不振続きに終わったのは史実と同じだが、それでも男と女やオンリーロンリーは史実よりそれ相応にヒットした。
#「時刻表を読みながら旅行プランを空想する」というのはこっちにあてはまるのかあるいは上の「スジ鉄」にあてはまるのか。
#*****熱い想いと北風物語は不振に終わったほか、1983年のシングルもどれも不振に終わった。
#*それは「スジ鉄」。旅行のシミュレーションだけだと「現実の設定」そのものは弄ってないから、ここで言う「仮想鉄」とは別種のものだろう。
#*****南十字星がアルバムからシングルにリカットされた。
#ひとまず地図は必須。
#****1984年のMOON LIGHT BLUESと標的は史実よりはヒットしただろう。
#*…ではあるのだが、標高差や勾配は殆どの場合無視されている気がする。
#***1985年の夏と秋に史実にないシングルをリリース
#**リアル指向でそこまでこだわりだす人と「俺がやりたいのはそんなものじゃない」と割り切る人も。趣味だから楽しくないと思ったらアバウトになる。
#***SUPER BESTは1985年12月頃のリリースになっていた。
#*地図上に路線を作るだけに飽き足らず、ダイヤ作成ソフトを使って実際にスジを書き始めたら末期。
#***Standing Ovationはリリースされなかった。
 
#***1986年初旬に他者への提供曲のみで構成されたセルフカバーアルバムを発表していた。
===if派===
#****葛城ユキに提供したボヘミアンもこれに収録された。
#それこそ[[歴史のif検討委員会/鉄道史]]や[[もしも借箱/鉄道]]に書き込んでいる人がこれに当てはまる。
#***チャゲアスは史実と同じく、当初は演歌フォークと呼ばれる演歌の要素を取り入れたフォーク調の作風の路線を行くが、1982年末辺りを契機にニューミュージックに路線変更し、更に1984年~1985年にJ-POPへと作風を変える路線変更を行った。
#[[ライトノベルファン/作品別#RAIL WARS!-日本國有鉄道公安隊-ファン(創芸社クリア文庫)|RAIL WARS!]]を読んで色々と想像を張り巡らせる。
#****真紅な動輪のサントラ盤の熱い想いまではフォーク調の作風だが、21世紀でニューミュージックになり、IN SIDEとZ=Oneで完全に演歌フォークから脱却しロック、ポップス、テクノなどのJ-POPに路線変更した。
#*もはや聖典。
#*****熱い想いが真紅な動輪の主題歌なのは史実と変わらず
#**聖典は宮脇俊三御大の『線路のない時刻表』だと思うが。
#*****TWILIGHT ZONEの歌詞が史実と異なる
#鉄道模型で最も好きなのはフリーランスの車両だ。
#***1986年にレコード会社をデビュー時のワーナーパイオニアからキャニオンレコードに移籍するのは変わらず。
#*そして自分でもあれこれと設定を考えて作ってみる。
#***キャニオンレコード移籍第1弾のシングルであるモーニングムーンは史実よりヒットした。
#他のif関連同様、「細かいツッコミは野暮」と考える人と「とことん設定を煮詰めるべき」と考える人に二分される。
#****財閥系大手企業のCMソングだっただろう。
#*あんまりリアル方面に付き詰め過ぎると結局「現実」に戻ってきてしまうので、設定を煮詰める人はどこまでifを許すかで悩む。
#***黄昏を待たずにも史実よりそれ相応にヒットした
#性質上未成線や免許だけ保有して計画中止になった路線に詳しい。
#****こちらも大手財閥系企業のCMソングだった
#*計画だけ存在したが没になった車両もまた然り。
#*****もしその場合はモーニングムーンとタイアップ先が同じだった
 
#***Count Downと指環が泣いたも史実よりヒットした
===改善派===
#****どちらもドラマ主題歌に起用された可能性がある。
#[[勝手に設備改良]]や[[勝手にダイヤ改正]]に書き込んでいる人がこれに当てはまる。
#***1986年は国営放送の紅白歌合戦と産経の世界紅白にW出演した。
#川島令三の著書の読者が多い。
#****紅白歌合戦ではモーニングムーンを唄い、世界紅白では指環が泣いたを唄った。
#*というかこの人の影響を受けてあまりにも無茶な改善をしている人が多い。
#****世界紅白出場がアルバムのMr. ASIAを制作するきっかけとなるのは変わらず。
#**「架鉄派」「if派」の気もある「改善派」の場合は無茶をifで通す場合も多い(やりすぎると「改善派」の範疇を超えてしまうが)。
#***SAILOR MANは史実よりヒット
#*東海地方限定ならT田K一氏の本も。こっちはまだ現実的。
#****日本航空のタイアップが付くのは同じ
#*「改善」=「スピードアップ」だと考え、乗り心地や安全性は無視している人も多い。
#***ロマンシングヤードは史実よりヒット
#*[[西日本旅客鉄道|西日本]]や関西私鉄を崇拝し[[東日本旅客鉄道|東日本]]は感情的に大嫌いという人も多い。
#****産経のミリタリードラマの主題歌に起用されたかと。
#WinDIAかOuDiaで自分なりに改善したダイヤを入力している。
#*****主演は渡哲也か舘ひろし
#*実現できるかどうかは考慮していない。
#***恋人はワイン色は史実よりヒット
#架鉄派同様、勾配や騒音対策は一切無視。
#****テレビ朝日系列のドラマ「あぶない雑居カップル」の主題歌なのは史実と同じ。
#*とにかく時間短縮とスピードアップさえ出来ればそれでいいと思っている。
#*****チャゲアスが連ドラ主題歌を担当するのはこれが最初ではなかった。
#*上の通り川島令三も当てはまるのだが、予算や工期の度外視っぷりは架鉄派よりもひどい。
#***アルバムのRHAPSODYは史実以上の売上を記録した。
#レールを引き直したりする関係上配線図にも詳しい。
#****レノンのミスキャストの歌詞が史実と違うかもしれない。
#手っ取り早くかつ、現実的な改善方法とは[[JR|JRグループ]]の株式の過半数を買い占めて大株主になって経営に口をはさむこと。
#****狂想曲がシングルにリカットされるのは変わらず。
#*日本の法律では50%以上の株を買い占めれば合法的に会社を乗っ取れる。
#***アルバムのENERGYも史実以上の売上を記録した。
#*なんで鉄道会社の株を買わない鉄道ファンの多いことか。
#****先行シングルはLove AffairとTrip
#**''乗ったり写真撮ったりする方にお金かけたほうが楽しいじゃない。''
#*****Love Affairのリリースは1988年7月頃
#*鉄道って、意外と法的にガチガチに縛られているらしいから、それだけじゃ足りないかもね。
#*****Tripは史実と同時期
#*そもそもその50%以上の株価を購入できるだけの経済力を持つ鉄オタがどれだけいることか(最安の西でも70億は必要)
#***光GENJIへの楽曲提供は史実以上の成功を収める。
#2や4のように無茶苦茶な改善をしようとする人もいるが、現在の車両・線路配線のままでいかに改善するか(主にダイヤ)を考える人もいる。
#***昭和天皇崩御から約3か月間は喪服でステージに立つ
#*もっとも、そういう人でも鉄道会社の内部事情(どっかの団体に「この駅に優等列車を止めろ」と圧力をかけられている、など)は無視することが多い。
#****そのような指導がチャゲアスに限らず行政から入るだろう
#運賃を安くする→旅客輸送量が多くなる→黒字化達成という考えがある。原価割れ前提、または詰め込み前提、あるいは両方か。
#****昭和天皇崩御に際してチャゲと飛鳥涼は公式のお悔やみのコメントを発表した。
#昔走っていた夜行列車を電車化スピードアップして復活させ夜行バスやLCC+ホテルに対抗したりするかを考えたりする。
#*****飛鳥涼は昭和天皇へのレクイエムを制作し発表した。
 
#***WALKの発表は史実と同時期
===ウソ電派===
#****発表時の評判は史実ほどではないが芳しくなかった。
[[ファイル:(ウソ電)西武新2000系ツートンカラー車.jpeg|thumb|ウソ電の一例]]
#****数作ぶりに週間チャートの上位10位圏外へのランクインとなったであろう。
#フォトショップを使って車体の色や方向幕を変えて楽しむ人。
#****史実と同じく1992年に再発売されその時に高評価されただろう。
#*サウンドウソ電を作る人もいる。ある電車の動画にほかの電車の音を組み込んだりするなど。
#***LOVE SONGは史実よりかなりヒット。
#253系と名鉄2200系あたりの混ぜネタはベタ。
#****1992年にリミックスされ再発売されるのは変わらず。
#たまに本当に実現してしまうことがあるから複雑だ。
#****1989年のLOVE SONGは民営化されなかった国鉄のタイアップが付いたかも。
#*それも以前ネタで作ったのが本当に実現すると。
#***10周年のアルバムであるPRIDEは史実以上の売上。
#**[[JR東日本E231系電車|元山手線]]の[[中央・総武緩行線|黄色いやつ]]とかがいい例。
#****表題曲のPRIDEはチャゲアスファンはもちろん、ファンに限らずコアなリスナーからも史実以上の人気。
#新車リリースが出たらとりあえずCGを元に作成。
#****天気予報の恋人の認知度も史実以上。
#*意外と実車との相違点が出るのが興味深い。
#****砂時計のくびれた場所の認知度は史実以上だった。
#他の派閥との兼業が基本。
#***アジア進出は昭和末期には行われる。
#*「架鉄派(実在私鉄ベース系)」や「if派(車両if系)」の人は実在車両を利用したウソ電に興味を持つ。
#****チャゲアスの大東亜共栄圏ツアーも1986年頃には定番に。
#*「ゲーム鉄」なら、ウソ電のプラグインorアドオンを作成・公開したり。
#***1989年の10周年は史実以上に盛り上がった
#[[Wikipedia:ja:ウソ電|悲しい。]]
#***チャゲがMULTI MAXを結成するのは史実と変わらず
#*本家のサイトが消滅した時はショックだった。
#****但し史実以上に副業的なものになっていた
 
#***飛鳥涼が1989年秋に渡英するのは史実と変わらず
==ゲーム鉄==
#****このときに史実にあったチャゲアス解散説の浮上はなかった
#鉄道に関して全く興味がないのに「電車でGO!」にははまりだす。
#****1989年12月下旬にはチャゲも渡英した
#*「電車でGO!」のリアルの無さとリアルを求める、一部の人はBVEと言う自作鉄道シュミレーターに移った。
#****1989年の国営放送の紅白歌合戦にロンドンからの中継で白組から出場。LOVE SONGを披露。
#**Train Simulatorは無視ですかそうですか。
#****1990年初旬よりアルバムのSEE YA!をロンドンで制作するのは史実と変わらず。
#***「電車でGO!」といえば、山手線のATCが、いちいち手動で速度調整しなければいけないのは納得いかなかったなあ。
#*****チャゲアスの2人はロンドンにて労働党の支持者に喧嘩を吹っかけられた。
#***PC版Train SimulatorやPS版電ゴーだったころに運転道楽(PC)やSLで行こう(PS)をやっていたらコア。
#*****ロンドンのライブハウスでのコンサートは史実と変わらず。
#*そのうちに鉄道に詳しくなっていたりする。
#*****SEE YA!の作風に史実と若干の差異があった。
#[[wikipedia:ja:Railfan|Railfan]]のためだけにPS3購入を考えている。
#******リードシングルのDO YA DOは史実と変わらず
#向谷実氏の本職がミュージシャンだということを知らない(or忘れている)。
#******水の部屋は史実以上に和のテイストが強くなった
#*もはやミュージシャン兼業鉄道タレントだと(本人も含めて)思っている。
#******モナリザの背中よりもは史実以上にデsジタル色が強くなった
#**最近は音楽関係の仕事も鉄道関係が増えてきた(九州新幹線車内メロ、京阪発メロなど)
#*******ゼロの向こうのGOOD LUCKにも同じことが言える
#BVEは?
#******YELLOW MENの歌詞は史実以上に辛辣なものに
#「A列車で行こう」では[[シムシティファン|シムシティ]]みたいな街づくりも楽しむ。
#*******ゼロの向こうのGOOD LUCKも
#*「ニコニコ鉄道」のように趣味が別の方面に向かうネタが最近は大人気。
#******太陽と埃の中では史実と変わらず
#*逆に[[シムシティファン|シムシティ]]でA列車のような開発をする人もいる。
#***1990年2月のバラードベストのリリースはおそらく史実と変わらず
#ゲームに登場した路線や車両の実物に乗りたくなる。
#***1990年3月に史実にないシングルをリリース
#*そして登場した路線に乗るとその周囲の路線も乗ってみたくなり、ふと気づくといつの間にかコアな乗り鉄に・・・
#****SEE YA!には収録されず
#[[桃太郎電鉄ファン|桃鉄]]が好きな鉄道ファンは意外にも少数派
#****この時期に日本に帰国
 
#***心のボールは福岡特別市の特別市制15周年の1987年か20周年の1992年に制作・発表された
==行先鉄==
#***帰国後に積極的にメディアへの露出を行い、主にDO YA DOを唄う
[[画像:Kintetsu Table.jpg|thumb|対照表にワクワク]]
#***ロンドンで制作したSEE YA!の発売は史実と同時期
#終着駅での幕回転に興奮。
#****アルバムを引っ提げてのコンサートツアーも行う
#*対照表で見るとワクワク感が少し減るがそれはそれでアリ。
#*****韓国、台湾、香港での公演も設定された
#**データ上だけの意味不明な行き先に浪漫を感じる。
#***太陽と埃の中でがシングルにリカットされるのは史実と変わらず
#**対照表が古いままで、表の記載を拠所に行先表示を期待したら既になくなっててガッカリ……なんてことも。
#****史実と同じく産経系列のタイムスリーのED曲に
#*ダイヤ改正が発表されたら、新規・既存の行き先のチェック。
#***1990年も光GENJIに楽曲提供を行った。また1991年以降も光GENJIへの定期的な楽曲提供を継続した。
#*ダイヤが乱れてもレアな行き先が撮影できるのでよし。
#***1991年のASKAソロのはじまりはいつも雨のミリオンセールスは史実と変わらず
#**たまに幕が用意されてなくてガックシ。
#****史実以上のセールスを伸ばした
#*幕回転中にタイミング良くシャッターを切って普段見られない表示や組合せを狙う。
#****松下電器産業のコンポのhalfのタイアップ曲なのは史実と変わらず
#*さよなら運転や団体運転などで幕回しやウソ表示のサービスがあったりするともう大歓喜。
#***バブル景気がないため、産経系ドラマ「101回目のプロポーズ」が制作されず、SAY YESのタイアップ先が史実と異なっていた。
#**大手私鉄の譲渡車だと当時の幕が含まれている場合もあるので、それが見られると大歓喜どころのレベルではなくなる。
#****史実にない産経系のトレンディドラマの主題歌になった可能性が高い。
#鉄道イベントで中古方向幕を買ってしまう。
#****SAY YESのセールス自体も史実ほどは伸びなかった。
#*イベントにおいて真っ先に展示車両の幕を見に行く。
#*****どんなに売り上げを伸ばしてもシングルミリオン止まり
#LEDになって少しガッカリ。
#*****それでもチャゲアス名義で初のミリオンシングルになったかも知れない
#*が、LEDの虜になるファンも少なくない。
#***僕はこの瞳で嘘をつくのシングル化は史実と変わらず
#**ドットを1つ1つ打って再現してみたり。
#****史実と違いアルバムのリードシングルだったかも知れない。その場合はSAY YESとリリース順序が逆になっていた
#**方向幕みたいに幕回転などが無く、普段は(バグを除けば)必要な表示以外見られないため、レア表示集めが大変。
#***アルバムのTREEの発売は史実と変わらず
#**撮り鉄兼業の場合はLEDの表示が奇麗に収まる露出時間が車両によって微妙に違ったりするので、記録写真を撮るときには少し難度が上がる。
#****史実と変わらず、僕はこの瞳で嘘をつく、SAY YES、BIG TREEは収録
#サボがあって初めてローカル線だと思う。
#****tomorrowの歌詞が史実とやや違っていた
#イラスト付きヘッドマークに萌える。
#****当初の予定通り、1991年9月21日に発売され史実の10月10日に遅れることはなかった
#臨時運転でまず確認すべきは「普段見られない方向幕があるかどうか」。
#***SAY YESや僕はこの瞳で嘘をつくのときは、史実と違いメディアに積極出演しこれらの楽曲を披露
#(学生限定)とうとう夏休みの自由工作で幕を作ってしまう。
#***1991年12月下旬頃に史実にない新曲をシングルとしてリリース
 
#***1992年3月25日のSUPER BEST 2の発売は史実と変わらず
==懐古鉄==
#****このときのLOVE SONG '92の発表は変わらず
[[ファイル:Serious103 Hanwa-line.jpeg|thumb|200px|懐古鉄が大好きな電車の一例]]
#****SUPER BEST 2には1989年のLOVE SONGと1992年のLOVE SONGの両方が収録された
#国鉄形が大好き。
#***ifの大ヒットは史実と変わらず
#*国鉄色に関しては基礎知識。
#****SAY YESがミリオンを達成していない場合は、こちらもミリオンセールスを記録することはなかった。
#**赤2号や朱色5号と正式名で言う。
#****SAY YESがミリオンセールスを達成した場合は、タッチの差でミリオンセールスを達成した。
#*国鉄色もどきは邪道。
#***no no darlin'は史実以上にヒットし、週間1位も獲得していた。
#**JR東海のキハ40系に関しては苦笑い。
#****GUYSがシングル候補だったがアルバムのタイトル曲に振り替えられるのは変わらず
#**JR四国のキハ185系の一部がなぜ国鉄色ではないのか説明できる。
#****GUYSの制作もロンドンで行われるのは史実と変わらず
#**もどきといえばJR東海の駅名標は「国鉄フォントもどき」だな。それっぽいが微妙に違う。
#***GUYSと同じ日にGUYSとコンセプトの異なるトレンディな作風のアルバムを発表したかも
#*毎年、鉄道ファン7月号を見て溜息をつく。
#****この場合、先行シングルが1992年の5月と9月にリリースされていただろう
#*[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]や[[九州旅客鉄道|JR九州]]などを過大評価している。
#***YAH YAH YAHは史実以上のメガヒットとなる
#**特に[[國鐵廣島]]なら国鉄型を永遠に使い続けると信じ込んでいる。
#****チャゲアスの初のダブルミリオンシングルはYAH YAH YAHになっていた
#**逆に[[東海旅客鉄道|JR東海]]や[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]を酷評している。
#****産経系ドラマ「振り返れば奴がいる」の主題歌なのは変わらず
#*そのうち初期のJRの車両が大好きな人も現れる…だろうな。
#****当然、YAH YAH YAHは週間1位を獲得
#硬券萌え。
#*****史実のビーイング旋風がないので、週間1位をかなりの間にわたってキープした
#*常備券も好き。
#****夢の番人はダブルA面ではなく同時発売になっていた
#**18きっぷは「赤い18きっぷ」。
#*****夢の番人は週間10位に入るのが精一杯だった
#0系の団子鼻がいい。
#****後にpop'n musicなどの音楽ゲームにも収録された
#*光前頭に限る。
#***YAH YAH YAHでCHAGE&ASKAの地位は不動のものになった
#私鉄の車両も昭和生まれの電車を主に好む。
#****それでも史実の1990年代前半のチャゲアス旋風はなかった
#*関東では[[東武野田線]]と[[西武新宿線#西武多摩湖線の噂|西武多摩湖線]]などを好むらしい。
#****むしろ1990年代でチャゲアスが大いなる活躍を遂げるのは、史実の前半ではなく、史実ではソロが主体になった後半である。
#*関西は…、むしろ好まない路線探すほうが楽そう。
#***Sons and Daughtersは史実よりヒットした。
#**[[南海の車両/形式別#8000系(2代)|南海8000系]]と[[阪神の車両/赤胴車#1000系|阪神1000系]]は彼らから嫌われている。
#****但し、富士重工業かセゾングループかのどちらかだけのタイアップになっていた
#[[国鉄の蒸気機関車|SL]]の動態復元も強く願う人も多い。
#*****もうどちらかは史実に存在しない別の楽曲がタイアップ曲になっていた
#*俺的には、D51200を山口線で走らせることを強く願う。
#****カップリングのMr.Jの悲劇は岩より重いは歌詞と題名が異なるか、そもそも制作自体がされなかった
#*できたらD51なめくじとキューロクの動態復元も。
#***アルバムのRED HILLは史実より相当ヒットした
#*名古屋市長の河村たかしもこの部類に該当する。
#****ダブルミリオンは確実視される
#公園などで保存されているかつてのヒーロー達を撮影。
#****RED HILLは国際情勢も歌詞に交じっていたかも知れない
#*丁寧に屋根柵付きで保存されているところもあるが、いい加減に保存してボロボロになった車両を見ると心が痛む。
#****You are freeとなぜに君は帰らないがシングルにリカットされるのは史実と変わらず
#**部品は二度と交換できないので大切に。これ基本。
#***Knockはなぜに君は帰らないのカップリングではなく、シングル曲として1994年2月頃にリリースされた。
#*金銭に余裕があれば自家に引退した名優や思い入れや縁のあった車両を買い取る。
#****Knockがアナログ盤の通常盤が発売された最後のシングルとなった
#大阪環状線に新車が導入される節があるが、3ドアロングのせいかボロい103系が好きになってしまう。
#**TM NETWORKとglobeの活動とその経緯が史実と異なる。
#*もはや103系の廃止を死に物狂いで反対する。
#***小室音楽は史実以上の支持を得ていた
#*環境省による奈良線の車両追放令も勿論邪道である。
#***宇都宮隆と木根尚登がSPEEDWAYを結成するのは史実と同時期
#70年代末期のブルトレ&特急ブームの末裔も少なからずいるはず。
#****宇都宮隆は青年期に志願兵として兵役を経験
#(特にブルトレ&JTファンに顕著だが)クルーズトレインが嫌い。
#*****木根尚登も実父の指示と宇都宮隆の誘いで志願兵として兵役を経験しただろう
#*クルーズトレインはコースが規定通りのものに統一され更にブルトレよりも値段が高く思い通りに目的地には行けない。
#****SPEEDWAYに小室哲哉が加入するのは史実と同時期
#ブルーシートを維持していた[[東海旅客鉄道|JR東海]]の113系並びに115系が全廃になったときは非常に強烈な悲しさを覚えた。
#***SPEEDWAYが何のヒットもないまま1983年に解消するのも史実と同じ
#*特に静岡地区及び中央西線の113系が引退したときはすごく悲しくなった。
#***SPEEDWAY解散後の小室哲哉と木根尚登とオーストラリア人ボーカリストの新ユニット構想はなかった。
#食堂車付きの列車には味がある。
#***SPEEDWAY解散後は小室哲哉は即座に宇都宮隆と木根尚登にTM NETWORK結成を呼び掛けた。小室のこの声に宇都宮と木根はすぐに応じて、TM NETWORKは結成された。
 
#****フレッシュサウンズコンテストで優勝しデビューの切符を掴むのは変わらず
==音鉄==
#***1984年4月21日のデビューは史実と同じ
*[[撮り鉄#音声派]]も参照。
#****1stアルバムのRAINBOW RAINBOWの収録曲は史実以上に難解な歌詞が多かった。
#発車メロディや接近メロディ,車内チャイム等を愛でる人達。
#*****金曜日のライオンがデビューシングルになるのは変わらず
#*[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]地区には特に多そう。
#*****1974のシングルへのリカットは史実と同じ
#ICレコーダー(以前はカセットウォークマン)で車両の走行音を録音する(多くはドア閉め→走行→ドア開けのルーチンで)。
#******シングルジャケットに木根尚登の姿がないのも同じ
#走行音を聞きたいので必ずモハとクモハ(一部私鉄ではデハと表す)、キハ等を必ず利用する。
#***木根尚登が坊主頭を拒否する代わりにサングラスをするのは史実と変わらず
#*クハとサハは邪道。
#***ACCIDENTのリリースは史実と同時期
#放送ファンは津田英治の声に癒される。
#****作詞が松井五郎なのも史実と変わらず
 
#****ACCIDENTを収録したアルバムのCHILDHOOD'S ENDの発売時期も史実と同時期
==見鉄==
#****CHILDHOOD'S END収録のDRAGON THE FESTIVALのリミックス版のシングルでのリリースも変わらず
#鉄道車両や駅等を、撮らず、乗らず、見るだけのファン。
#*****YOUR SONG("D"Mix)と併せて12インチシングルとしてリリースされるのも史実と変わらず
#*故に鉄道ファンと呼べるかは議論がある。
#***初期は阿久悠との楽曲制作も行った
#列車が走る姿を目に焼き付ける。
#***湯川れい子や秋元康もTM NETWORKの楽曲制作に参加した
==配線鉄==
#***松井五郎との楽曲制作は史実よりかなり増えた
#配線図、または駅などから見る配線が好きなファン。
#***神沢礼江や川村真澄との楽曲制作は変わらず
#新線建設に興味津々。
#***小室みつ子との楽曲制作は史実以上
#*東武鉄道の東上線とスカイツリーライン系統の結合を望むのも典型的な例。
#***澤地隆とも楽曲制作を行っていた
#好きな駅は大和西大寺駅。
#***TWINKLE NIGHTの発売は史実と同時期
<!--新規分類追加はこの上に-->
#****表題曲のTWINKLE NIGHTの歌詞が史実と若干異なる
 
#****ELECTRIC PROPHETは史実とほぼ変わらず
==ナメ鉄==
#****YOUR SONGのアルバム版が収録されるのは史実と同じ
{{注意|実際に行われた犯罪の具体例を書くのはおやめください。}}
#***FANKSの単語の誕生時期は史実と変わらず。時期的にも史実と同時期。
#鉄道好きなのにも関わらず、年齢等お構いなしにマナーの理解が薄く、自分第一の行動に走ってしまう心なき鉄のこと。
#***渡辺美里へ提供した楽曲が初ヒットになるのは史実と変わらず。
#*特に中高生と中高年、にわか鉄に多く、最近ではテレビに取り上げられるほど問題となっている。
#****My Revolution、Teenage Walk、BELIEVEなど
#*ガキや若造だけでなく、最近はエエ年こいたオッサンや爺でもこのような者がいる。
#***岡田有希子への楽曲提供も史実と変わらず
#最近の例では、スジ(臨時列車ダイヤ)を晒して混乱を招く人がいる。
#***福永恵規への楽曲提供も史実と同じ
#*それがデマ情報だと偽り、おもしろおかしく情報を流す人もいる
#***デビュー直後の少年隊へも楽曲提供を行っていた
#**にちゃんねるの運用系のスレにそんな人が生息しているっぽい。
#***テレサ・テンへも楽曲提供を行う
#大宮駅や品川駅など始め、沿線の有名撮影地では某軍団のマナーなどが上げられる。
#***小林旭への楽曲提供も実施
#*品川で「ゆとり」最後の列車が去った後、大勢に囲まれて泣きながらいじけていた輩がいた。
#***河合奈保子へも楽曲提供を行った
#*つい先日では、京浜東北線209系ラストランで集団で事件を起こして総スカンを食らった。
#****河合奈保子とは楽曲の共同制作も行った
#**関西ではあすか復活の時に、ファンが騒動を起こしJR西が警察に被害届を提出した。
#***Come on Let's Danceの発売時期は史実と同時期
#***遂には大阪府警が捜査に乗り出す事態に発展。最悪、立件も。
#****歌詞が史実と少しだけ違う可能性もある
#また、最も最悪なパターンでは、車両側面に落書きをするケースもある。
#***アルバムのGORILLAの発売は史実と変わらず
#*順法闘争と書くやつは・・・w
#****Come on Let's Danceが収録されるのも史実と同じ
#*中には、廃駅となった駅舎の壁に「○○を採用せよ!」と書いていた人もいるが、正直どうかと思う。
#***GIRLの発売は史実と変わらず
#ぶっちゃけ、こういう奴のせいで普通にやってる鉄道ファンのイメージまで下がってきていると思う。
#***All-Right All-Nightの発売は史実と変わらず。但し歌詞が史実と異なる可能性がある。
#*もう鉄オタ止めようかな。マジでorz
#***Self Controlの発売時期は史実と変わらず。
#*今の世の中、「俺、鉄道好きなんだ」とか言ったら確実に社会的な地位が下がる。
#****週間チャートで10位圏内に初めて入ったのはSelf Controlだった
#**'''それは全ての分野において同じ。'''特にアニメとアイドルなど「ヲタ」と言われる人たち。
#*****何らかのCMのタイアップが付いていた
#*ほんの一部のこういう奴のせいで全体のイメージを下げたがるなんて、所詮社会はその程度の人間で成り立っているのだなぁと、思ってしまうのでした。
#****アルバムのSelf Controlも史実よりヒットした
#**そもそも一人でもおかしなやつがでたら全面禁止されてもおかしくないのに何を言ってるのかと。娯楽・芸能類は元々楽しむためのものだからまだ分かるが、鉄道の役割は本来実用であり、その邪魔になる行為は可能性だけでも万死に値する。
#*****Here,There&Everywhereがこのアルバムに収録されるのは変わらず
#踏切に入って、三脚を立てて…などとしてるうちに、ひかれて亡くなってしまう方もこれに入る。合掌。
#****DDRやbeatmania IIDXにも収録されていただろう
#*自業自得。
#***Get Wildで初の週間1位を獲得した
#*このような人が原因で、都会近郊でのSL運行計画がなくなったという事例もある(1976年の京阪100年号事故)。
#****読売系アニメ「シティーハンター」のED曲なのは史実と同じ
#マナーがないなら、ファンを名乗る資格はないと考えているがどうだろうか?
#****Get Wildを収録したオリジナルアルバムを制作していた
#*同意。はっきり言って、そんな輩は鉄道ファン失格。
#****BEMANIシリーズや太鼓の達人に収録されるのも史実と変わらない
#**もちろん「[[ファン未満|ファンって程じゃない]]」と開き直られても、それはそれで嫌だ。
#***Gift for Fanksの収録曲が史実とやや異なっていたかも
#**というよりは、[[真のファン#自称「真のファン」の噂|自称]]?
#***KISS YOUのリリースとヒットは史実と同じ
#**「私はファンではない」と言う人もいそうな気がする。
#***アルバムのhumansystemのリリースは史実と同時期
#ルールを無視する悪質なファンは一部だけ。多くのファンはこのような輩に対して悲しみと憤りを感じている。
#****史実と違い国内で制作されたかも
#別名「クズ鉄」「鉄クズ」などとも…
#****このアルバムからRESISTANCEがシングルにリカットされるのは史実と同じ
#*本物の屑鉄(鉄屑)に失礼なのは言うまでもない。
#*****RESISTANCEは史実よりヒットした
#というかただのDQN
#*****RESISTANCEが毎日系ドラマ「痛快!ロックンロール通り」の主題歌なのは史実と変わらず
#鉄道の写真を撮る時、線路内に立ち入ったり田畑などを踏み荒らしたりしている若造たちもいる。
#***BEYOND THE TIMEは史実よりヒット
#鉄道漫画「月館の殺人」で、こういうナメ鉄のせいで鉄道嫌いになった主人公の母親やナメ鉄達による「事故」のせいで親を死なれた子供が鉄道好きに怨念を芽生えさせて報復されるというお話が登場した。
#****ガンダムの映画版の主題歌になるのは史実と変わらず
#鉄道事業者にとっては最大の厄介者。鉄道が趣味と言いながら迷惑行為をやらかして鉄道事業者を困らせている。
#*****作品に政治的要素があった場合は、BEYOND THE TIMEも史実より政治的・社会的な側面の強い歌詞になっていた。
 
#***SEVEN DAYS WARの発売は史実と同時期
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#****史実よりヒットしただろう
{{鉄道ファン}}
#****ぼくらの七日間戦争の主題歌なのは変わらず
 
#*****ぼくらの七日間戦争の内容が史実と大幅に異なっていた
[[Category:鉄道ファン|ふんるい]]
#******登場人物には政治家や軍人も相当多い
#******登場人物には暴力的な民主活動家も含まれていた
#******1998年の民主化後に、史実の原作小説と同様のストーリーが「アナザーストーリー」として登場していたかも
#******アナザーストーリーの主題歌はおそらく小室哲哉単独作に
#***CAROLのリードシングルはJUST ONE VICTORYになっていた。
#****JUST ONE VICTORYのシングル版のリリースは1988年9月頃になっていた。
#****CAROLのレコーディングがロンドンで行われるのは史実と同じ。
#*****この時の渡英経験で小室哲哉が飛鳥涼にロンドンでレコーディングを勧め、翌年のCHAGE&ASKAの渡英のきっかけになるのは史実と同じ。
#****CAROLは史実よりアルバム曲重視になっていた。
#*****BEYOND THE TIME、SEVEN DAYS WAR、COME ON EVERYBODYは収録されなかった。
#****CAROLの内容は史実と若干違っていた。
#****木根尚登がCAROLが題材の小説を執筆し発表するのは史実と同じ。
#*****史実以上のベストセラーとなり、三島由紀夫や石原慎太郎などの政界に進出している文豪からも注目された。
#****CAROLを題材にしたオペラ形式のライブツアーを敢行するのも史実と同じ。
#***COME ON EVERYBODYの発売は史実と同じ。
#****史実以上の売上を記録。週間チャートで1位を獲得した。
#****この楽曲で国営放送の紅白歌合戦に出場。
#*****紅白歌合戦の特別バージョンで披露されるのは史実と同じ。
#*****このときのギター演奏をB'zの松本孝弘が担当するのも史実と同じ。
#***木根尚登が松本孝弘の独立までエレキギターがエアギターだったのは史実と同じ。
#***昭和天皇崩御によりTM NETWORKは1989年4月まで喪服でステージに立った。
#****TM NETWORKにも喪服で歌うように行政からの要請が入った。
#****木根尚登が初めてメディアの前でサングラスを外して演奏したのが昭和天皇崩御時。
#****天皇崩御による特別体制で初めて木根尚登の素顔が広く認知されるようになった。
#***1989年初旬に宇都宮隆がコンサート中に事故を起こし靭帯を損傷するのは史実と同じ。
#****先述した天皇崩御による喪服でのステージでの靭帯損傷だったため史実以上に大変なことになっていた。
#***宇都宮隆の靭帯が完治するのは史実と同時期。
#***初のリミックスアルバムのDRESSが発売されるのは史実と同時期。
#****先行シングルがCOME ON EVERYBODY、KISS YOU(KISS JAPAN)、GET WILD'89なのは史実と同じ。
#*****メディアで披露するのがGET WILD'89なのは史実と同じ。またこのGET WILD'89で1989年の国営放送の紅白歌合戦に出場した。
#*****先行シングルが1989年4月15日に3枚同時リリースになるのも史実と同じ。
#***この時期に小室哲哉は史実以上に様々な歌手やアイドルに楽曲提供を行った。
#****渡辺美里への楽曲提供は継続して実施。
#****光GENJIへも楽曲を実施し飛鳥涼に続く形で成功。
#****TUBEにも1曲は楽曲を提供した可能性が高い。
#****中山美穂への楽曲提供も史実と変わらずに実施。
#*阿久悠、松本隆、筒美京平、橋本淳、秋元康は史実をも上回るヒットメーカーになっていた。
#国策映画や国策音楽は戦後も多数制作された
#*戦前の国策映画の主題歌となった蘇州夜曲は史実以上に歌い継がれている。
#伝統芸能が戦後も伝承されるのは史実と変わらず
#*むしろ史実以上に伝承され現在に至る。
#映画やドラマやアニメは以下のようになっていた。
#*映画は戦後史実以上に流行するが、高度経済成長によるテレビの普及で衰退。
#**但し、1980年代以降の映画館のシネコン化やインターネットの普及によるテレビ業界の低迷で昨今復調するのは同じ。
#**映画館のシネコン化は史実より早くに始まっていた。
#*東宝映画が阪急傘下なのは変わらず
#**帝国復古に反対した社内の集団が第2次東宝争議を起こしたかも
#***第2次東宝争議が起きた場合、東宝は確実に行政からの懲罰を受けていた
#*東映が東急グループを離脱することはなかった
#**石原軍団の映画を多数制作していた
#***史実以上に制作していただろう
#**特撮作品の制作も多数行うのは変わりなし
#**朝日が資本参加することはなかった
#**経営拡大も史実より進んでいる
#***シネコンのT・ジョイを展開するのは史実と変わらず
#****T・ジョイの展開は史実より進んでいるだろう
#**アニメ映画も史実より多数制作していた
#*シネセゾンは西武映画として高度経済成長期には発足していた
#**流通系に属するのは変わらず
#***鉄道グループとの分裂がないので、西武鉄道やプリンスホテルとのコラボは盛んに行われる
#**1980年代にシネセゾンに改組
#**解散することなく現在まで存続
#***シネコンのセゾンシネマを全国展開している
#***ラブライブ!シリーズの映画版はここが制作し配給している
#[[もし海外のこんな法律が日本で採用されたら#タレントエージェンシー法|タレントエージェンシー法]]が成立し、その影響で芸能人による労組が結成されていた。
#*芸能人の労組の大半は同盟系であるが、史実の進歩的文化人及びそれに近い立場のタレントは総評系の労組に所属していた。
#**芸能労組が確実に物言う存在になるので同盟は現在も労働組合として存続している。当然総評との合併による連合の成立もない。
#*また、[[JASRACに言いたい|JASRAC]]のあり方も史実と異なっていた。
#**JASRAC自体は存在するが著作権管理の主体はアーティストの所属する労組にある。
#**またJASRACも同盟系の大手芸能労組の言いなりになっていた。
#*JASRAC以外にも著作権管理団体があったかもしれない。
#[[ゴジラシリーズ]]は幼児/少年層向けの国軍プロパガンダ映画として史実以上に親しまれている。
#*2004年で一旦シリーズ終了などということはありえない。
#*国の体制が史実と異なった影響でシン・ゴジラにも差異がいくらか出た。
#**蒲田くんの段階で機関銃の発砲及びミサイル攻撃が行われていた。
#**ゴジラ滅却のために用意された核ミサイル及び原潜は史実の作品と違い米軍ではなく新日本軍のものだった。
#**ヤシオリ作戦で使われた無人攻撃機群は日米混成部隊だった。
#**無人在来線爆弾には史実より多数の車種が登場していた。
#[[ウルトラシリーズ]]では防衛組織の代わりに新日本軍が登場していた。
#*史実における作品での架空銃・架空機の立ち位置に実際に使われている軍用機や銃が登場する。
#[[仮面ライダー]]シリーズは中国の抗日ドラマ的ポジションになっていた。
#*ショッカーは「ネオナチと共産主義者の連合組織」という設定になっていた。
#J-POP自体やテレビの音楽番組は史実以上に発展し、平成初期以降に史実のように衰退することもなかった。
#*国営放送は史実よりも音楽番組を積極的に制作し、若者向けの生中継の音楽番組も昭和後期から制作・放送している。
#*毎日系列のザ・ベストテンが放送を開始するのは史実より数年早い。また1989年9月の放送終了はなく、2019年現在も放送を継続している。
#**放送開始は1973年頃
#**黒柳徹子がMCなのは史実と変わらず
#***2019年現在も黒柳徹子がMCを務めている
#****近藤真彦とのトークは史実以上の名物に
#****米米CLUBのブレイク後はカールスモーキー石井とのトークも名物になった
#***男性MCは史実のTBSテレビのアナウンサーに
#****初代男性MCは鈴木史朗が務めた
#****鈴木史朗の卒業後は久米宏が史実通りに担当する
#*****鈴木史朗の降板は1979年頃かと
#*****久米宏の卒業は史実と同時期(1985年頃)
#****久米宏の降板で松下賢次に男性MCが交代するのは史実と変わらず
#*****松下賢次が1989年1月で降板することはなかった
#******1992年3月頃まで司会を務めていた
#******渡辺正行が司会を務めることはなかった
#**番組開始からすぐの頃に井上陽水が連続でランクインするが本人が「恥ずかしくて出れません」と出演を辞退し、その伝言を鈴木史朗が代読していた。
#**1974年およげたいやきくんの連続1位記録は簡単に破られなかった
#***1977年にピンクレディーによってようやく破られていた
#****或いはキャンディーズの可能性もある
#****初期は沢田研二、野口五郎、郷ひろみ、キャンディーズ、ピンクレディーによる記録更新合戦が続いてた。
#**西城秀樹が最高得点を叩き出すのは史実と同時期
#**1981年に寺尾聰がルビーの指環で連続1位記録を更新しその後長らく記録は破られなかった。
#***1992年の米米CLUBの君がいるだけで、若しくは、1993年のCHAGE&ASKAのYAH YAH YAHでこの記録は破られた。
#**1980年頃は中島みゆきが頻繁にランクインするが出演を見合わせるのは不可避
#**松任谷由実も1981年頃から頻繁にランクインするがやはり出演を見合わせる
#**山口百恵を回顧する臨時のコーナーが1981年初旬の放送で設けられた
#**松田聖子や中森明菜は史実以上に頻繁にランクインした
#**近藤真彦や田原俊彦のランクインも史実以上に
#**河合奈保子や野村義男も史実より頻繁にランクインした
#***1990年代以降も頻繁にランクインし続けた
#**番組の出演歌唱者の各地からの中継も史実と同じ。
#***ライブ会場からの中継も多かった。
#***駅や空港からの中継は史実以上に多かった。
#**サザンオールスターズの初の1位は史実と同時期。
#**CHAGE and ASKAは1980年代後半に1位を獲得していた。
#**TM NETWORKも1980年代のあいだに1位を獲得できていた。
#**番組は1989年10月以降も継続した。
#***工藤静香のあの歌唱は史実ほど有名にならなかった。
#***B'zは1989年11月16日の放送でスポットライトに出演したのが最初だった。
#****ここではBAD COMMUNICATIONを唄った。
#****B'zが初めてザ・ベストテンでベスト10入りしたのは、1990年5月31日の放送だった。
#***Mr.Childrenは1993年12月2日のスポットライトへの出演が最初だった。
#****この楽曲でCROSSROADを披露した。CROSSROADは数週間後より長期間ベスト10に入り続けた。
#**1994年以降に最高得点が年に2~3回出るのが2000年頃まで続いた。
#***B'zはLOVE PHAMTOMで最高得点を叩き出していた。
#***globeもDEPERTURESで最高得点を叩き出していた。
#*読売系列のザ・トップテン→歌のトップテンも放送開始は史実より早く、また1990年3月の放送終了はなく、2019年現在も放送を継続している。
#*産経系列の夜のヒットスタジオの放送開始は史実と同時期。1990年10月の放送終了はなく、2019年11月現在も放送を継続している。
#**夜ヒットが日本の他の音楽番組の制作に影響を与えるのは史実と変わらず。
#**共産党バンザイ事件はなかった
#**夜のヒットスタジオから夜のヒットスタジオDELUXEへのリニューアルは史実と変わらず。
#**夜のヒットスタジオSUPERへのリニューアルはなかった。
#**放送が当初は月曜日だったのが水曜日に変更になるのは史実と変わらず。
#**当初は前田武彦と芳村真理が司会だったのは変わらず。
#***前田武彦の共産党バンザイは共産党が非合法なのであり得ないが、共産主義を礼賛する発言を連発したのが問題となり、最終的には前田武彦の反共法違反での逮捕で降板した。
#***芳村真理が司会を一旦降板することはなかった
#**三波伸介がメイン司会者になるのは史実と変わらず
#**朝丘雪路が司会者になることはなかった
#**井上順が司会者になるのは史実より遅れるかも知れないが不可避
#***降板は史実より少し遅れそう
#***1990年以降に再登板した可能性もある
#**井上順の後継の司会者が古舘伊知郎なのは史実と変わらず。
#***1994年頃までには降板していた。
#**柴俊夫が司会者になるのは史実と同じ
#***降板することはなかった
#***2019年現在のメイン司会者かと
#**加賀まり子が司会者になることはなかった
#**1990年頃に八木亜希子が司会者に就任した
#***1996年頃に卒業という形で降板した
#***富永美樹が後継者となった
#****富永美樹は2002年頃に卒業という形で降板した
#*朝日系列のミュージックステーションの放送開始は史実と同時期
#**当初は関口宏が司会だったが、半年でタモリに司会が変わるのは史実と同じ
#**1990年代序盤~中盤に有賀さつきがサブ司会者だったのも史実と変わらず
#**1990年代後半からはテレビ朝日の若手女子アナがサブ司会者なのは変わらず
#**テレビ朝日の本局が大阪・東天満にあるため、大阪のスタジオから生中継された。
#***タモリはいいとも司会時代に金曜日のいいともの反省会が終わると即座に新幹線で大阪入りした。そしてミュージックステーションの反省会が終わると最終の新幹線若しくは夜行列車で東京に戻る。
#***史実の朝日放送の女子アナウンサーの一部がテレビ朝日のアナウンサーとしてミュージックステーションのサブ司会者を担当した。
#実写の映画にも史実とそれ相応の差異があった。
#*ミリタリー系や刑事系の映画は史実より相当制作され、同時に史実より相当流行っていた。
#**日本映画界でミリタリー系の映画が史実ほどタブー視されることはなかった。
#*恋愛系の映画が増えるのは史実と同時期。
#**流行るのは史実より若干遅れるが、その分史実以上に流行るようになる。
#*学園モノの映画は史実と同じく多数制作される。
#**但し中学校や高校を扱ったものが多く、大学や大学院を扱ったものは史実ほど増えなかった。
#***大学進学率が史実のように高くはならず、大学は今もエリートが行くところであるため。
#***高等専門学校を扱った映画は史実よりそれ相応に多かった。
#*コメディ系映画は史実より若干多く制作される。
#**コメディ系映画のバリエーションも史実より多様になっていた。
#*ドキュメンタリー映画は史実と同じように制作される。
#**公共事業を扱ったものドキュメンタリー映画は史実より多い。
[[Category:もし日本が権威主義化していたら|けいのう]]

2021年2月21日 (日) 05:28時点における版

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  1. 芸能界全体に史実とそれ相応の差異があるのは確実
    • 芸能界自体が史実より政財界とコネの強い業界になっていた
      • なかでもアイドルは自民党の政治家とのコネが強い
        • 極右や左派からはアイドルは史実以上に忌み嫌われる
    • 業界全体が史実より反共色の強い世界になっていた
      • 制作される作品で反共色の強いものは史実よりかなり多い
  2. 音楽界にも史実より多少或いは大幅な差異があった
    • 軍歌は史実ほど衰退しなかった
      • 平成以降も定期的に新しい軍歌が作られている。
    • 演歌や浪曲は1970年代まではそれ相応に聴かれていた。
    • 若者の演歌離れ・浪曲離れはいずれにせよ不可避
    • 大衆的な歌謡曲の発展は史実と変わらず
      • 舟木和夫、橋幸夫、西郷輝彦は史実通りブレイク
      • 内山田洋とクール・ファイブやザ・ゴールデン・カップスのブレイクも史実と変わらず
      • 加山雄三、石原裕次郎、小林旭も史実と同じかそれ以上にヒットを飛ばしただろう
    • 思想犯などの政治的犯罪で逮捕されたり引退を余儀なくされる音楽家は史実より多かった
      • 赤い鳥はプロデビューできなかった
      • ザ・フォーク・クルセダーズ解散後の加藤和彦は国家保安法違反で逮捕され、有罪判決を受けたのちに、海外へ亡命した。
        • イムジン河は当然放送できず。放送しようとなら史実以上の刑罰が関係者に下る。
    • フォークソングやそこから派生したニューミュージックが1970年代以降の音楽シーンを席巻するのは変わらず。更にそれが1980年代以降になってロックやポップスなどのJ-POPや和製のHR/HMやR&Bに発展して現在に至る。
      • 井上陽水のデビューとブレイクは史実と変わらず
        • アンドレ・カンドレでデビューするも全くの不振に終わるのは同じ。史実以上の不振に終わっただろう。
          • 井上陽水で再デビューして、傘がないなどをリリースしたのちに夢の中ででブレイクするのは史実と同じ。
          • 年代的にデビュー前に徴兵制による兵役を経験している。
        • 大麻所持をせずに済んだだろう。
          • 昭和50年代中盤の人気低迷はなかった。
        • なぜか上海は別のタイトルになっていた。楽曲も上海については唄われていない。
          • 台北か香港の可能性が高い。
      • 中島みゆきの音楽業界入りも史実と同時期
        • 初期は史実ほどヒットしないがわかれうたは史実以上にヒットする。
        • かなしみ笑いは史実以上にヒット
          • B面の霧に走るの「いっそこんな車壊れて~」は2019年現在史実以上にネット上で引用されている。
        • 悪女は史実よりかなりヒットした
      • (荒井由実→)松任谷由実の音楽業界入りは史実と同時期
        • 大学中退は史実より早まるだろう
        • 反共独裁政権と新左翼の学生運動の確執と攻防を第三者目線で描いた楽曲を複数発表していた。
        • 「いちご白書」をもう一度を制作することはなかった。
        • ひこうき雲と返事はいらないの制作は史実と同じ
          • 返事はいらないがデビュー曲なのは史実と同じ
        • 横浜での大規模な開発独裁の影響で海を見ていた午後の歌詞が壮大なものになっていた
        • あの日に帰りたいのヒットは史実と変わらず
          • 史実以上にヒットしたかも
        • 松任谷正隆との結婚は史実と変わらず
        • 1970年代終盤の低迷は史実と同じ
        • 守ってあげたいが久々のヒットとなるのは史実と同じ
          • 史実よりヒットした
      • 浜田省吾は史実よりヒット曲を量産していた
      • 大瀧詠一の音楽界での活躍は史実をも遥かに上回るものに
        • アジア太平洋地域の諸外国でもヒットを飛ばしていただろう
        • 森進一や小林旭への楽曲提供も史実と変わらない
      • 長渕剛の業界入りも史実と変わらないが、その経緯が史実と異なった可能性もある。
        • 九州産業大学への進学はなかったかあっても史実より早くに中退した
          • 大学進学がなかった場合はデビューが史実より早まっていた
        • 業界入りする前に志願兵として兵役を経験していた
        • 巡恋歌がデビュー曲かどうかは一概に言えない
          • 雨の嵐山が正式なデビュー曲になっていた可能性があるので
        • 順子でブレイクするのは史実と変わらず
          • これ以降なかなかヒットシングルに恵まれないのは史実と変わらず
          • アルバムは史実と同じかそれ以上にセールスを伸ばした
          • 1983年のGOOD-BYE青春が久々のヒットとなるのは史実と同じ
          • 孤独なハートは史実よりヒットした
        • 音楽番組には初期より史実より頻繁に出演していただろう
        • HUNGRYで初期のクリアな歌声から現在のしゃがれた歌声になるのは同じ
          • 久しぶりに俺は泣いたんだは史実よりヒットした
          • 勇次も史実よりヒット
        • 勇次以降に病に倒れることはなかった
          • そのためSTAY DREAMは史実と違いロック色の強い作品となった
      • サザンオールスターズの結成と業界入りも史実と変わらず
        • 但しデビュー前の動向が史実より慌ただしくなる
        • バンド名の変更回数は史実より減ったかもしれない
        • メンバーの約半数はデビュー前に志願兵として兵役を経験
          • メンバー全員が青年期に志願兵として兵役を経験した可能性もある
          • 年代的に徴兵制の対象だった可能性もあり
        • 勝手にシンドバッドでデビューするのは変わらず
          • 勝手にシンドバッドは反響は史実以上も売上は史実以下
          • 気分しだいで責めないでは史実ほどヒットせず
        • いとしのエリーは史実ほどヒットしなかった
        • デビューから数年はあまりヒットシングルに恵まれず
          • アルバムは史実と同じくヒットしたか場合によっては史実以上のヒットとなった
          • コンサートライブも連日連夜大盛況で、場合によってはすぐにチケットが入手困難に
          • アルバムのタイニイ・バブルスとステレオ太陽族のリードシングルもヒットしなかったが、アルバムは史実以上にヒットした。
            • C調言葉に御用心も史実ほどヒットしなかった。
            • タイニイ・バブルス収録の松田の子守唄は、原曲の赤い鳥の竹田の子守唄が発禁になるため別のタイトルになっていた。
            • 働けロックバンドの歌詞は史実より辛辣なものになっていた。
        • 1982年のチャコの海岸物語が久々のヒットシングルとなる。
        • 桑田佳祐と原由子の結婚は史実と変わらず
        • Ya Ya(あの時代を忘れない)は史実よりヒット
        • EMANONが不振に終わるのは史実と変わらず
          • アルバムの綺麗も史実ほどヒットしなかった
            • 史実で綺麗に収録されているかしの樹の下では検閲に引っかかり収録できなかった。
              • NUDE MAN収録の流れる雲を追いかけての歌詞も史実より修正が加わったかも。
                • ロッキード事件がないので、史実でロッキード事件について唄われたNUDE MANの歌詞が史実と大幅に異なっていた。
        • ミス・ブランニューデイは史実よりヒットした
        • BYE BYE MY LOVE(U are the one)も史実よりヒット
        • メロディも史実よりヒット
        • アルバムの人気者で行こうとKAMAMKURAの完成度は史実をも遥かに上回るものになった
          • 吉田拓郎の引退の噂はなく吉田拓郎の唄は制作されなかったかも
          • Computer Childrenは史実以上のハイテクサウンドを駆使した楽曲になっていた
        • 1983年を最後に紅白歌合戦の出場が長期間途絶えることはなかった
          • 1982年の紅白歌合戦での物議を醸す行動もなかった
          • 1984年はミス・ブランニューデイで出場していた
          • 1985年はBYE BYE MY LOVE(U are the one)で出場していた
        • 1985年を最後に原由子の産休で活動休止に入るのは変わらず
        • 1986年以降のサザンオールスターズはソロ活動に突入した
          • 桑田佳祐がKUWATA BANDを期間限定で結成するのは変わらず
            • 松田弘の参加も変わらず
            • KUWATA BANDの解散後の1987年の桑田佳祐と松田弘がソロ歌手として活動するのも史実と変わらず
        • サザンオールスターズの活動再開が10周年の1988年になるのは史実と同じ
          • 史実通りみんなのうたで再開
          • みんなのうたは史実以上にヒットした
          • みんなのうたを収録したオリジナルアルバムを1988年夏に発表
        • 1988年12月に史実にないオリジナルアルバムを発表
          • リードシングルが1988年9月と11月に発表
        • 1988年の国営放送の紅白歌合戦にも出場
        • 1989年1月上旬の昭和天皇崩御を受け、以降の3か月間は喪服でステージに立った
          • 昭和天皇へのレクイエムも制作した
        • 女神達への情歌のリリースは史実と同時期
          • クレームは史実ほどではなかった
          • クレームはあったが史実以上に掻き消されていた
      • チャゲ&飛鳥→CHAGE&ASKAのデビューも史実と同時期
        • チャゲも飛鳥涼も青年期に志願兵として兵役を経験
        • ユニット名はチャゲ&飛鳥からCHAGE&ASKAを経て、現在のCHAGE and ASKAに
          • 正式名称としてCHAGE&ASUKAを名乗ったことはなかった
            • レコードジャケットのクレジットのデザインとして名乗ったことはある。
        • ひとり咲きでデビューするのは変わらないが、史実以上の不振に終わる。
          • ひとり咲きで夜のヒットスタジオに出演することはなかった。
        • デビューのきっかけとなった流恋情歌も史実以上の不振に終わる
        • ファーストアルバムの風舞は史実以上の不振に終わった
          • このアルバムから私の愛した人がシングルにリカットされた
        • 万里の河でブレイクするのは史実と変わらず
          • 夜のヒットスタジオへの初出演も万里の河だった
          • 万里の河は史実よりもヒットした
          • 万里の河以降はなかなかヒットシングルに恵まれず
            • しかしコンサートライブはむしろ史実以上の大盛況で場合によってはチケットが発売からすぐに入手困難に
            • 万里の河以降のシングルはほとんど不振続きに終わったのは史実と同じだが、それでも男と女やオンリーロンリーは史実よりそれ相応にヒットした。
            • 熱い想いと北風物語は不振に終わったほか、1983年のシングルもどれも不振に終わった。
            • 南十字星がアルバムからシングルにリカットされた。
          • 1984年のMOON LIGHT BLUESと標的は史実よりはヒットしただろう。
        • 1985年の夏と秋に史実にないシングルをリリース
        • SUPER BESTは1985年12月頃のリリースになっていた。
        • Standing Ovationはリリースされなかった。
        • 1986年初旬に他者への提供曲のみで構成されたセルフカバーアルバムを発表していた。
          • 葛城ユキに提供したボヘミアンもこれに収録された。
        • チャゲアスは史実と同じく、当初は演歌フォークと呼ばれる演歌の要素を取り入れたフォーク調の作風の路線を行くが、1982年末辺りを契機にニューミュージックに路線変更し、更に1984年~1985年にJ-POPへと作風を変える路線変更を行った。
          • 真紅な動輪のサントラ盤の熱い想いまではフォーク調の作風だが、21世紀でニューミュージックになり、IN SIDEとZ=Oneで完全に演歌フォークから脱却しロック、ポップス、テクノなどのJ-POPに路線変更した。
            • 熱い想いが真紅な動輪の主題歌なのは史実と変わらず
            • TWILIGHT ZONEの歌詞が史実と異なる
        • 1986年にレコード会社をデビュー時のワーナーパイオニアからキャニオンレコードに移籍するのは変わらず。
        • キャニオンレコード移籍第1弾のシングルであるモーニングムーンは史実よりヒットした。
          • 財閥系大手企業のCMソングだっただろう。
        • 黄昏を待たずにも史実よりそれ相応にヒットした
          • こちらも大手財閥系企業のCMソングだった
            • もしその場合はモーニングムーンとタイアップ先が同じだった
        • Count Downと指環が泣いたも史実よりヒットした
          • どちらもドラマ主題歌に起用された可能性がある。
        • 1986年は国営放送の紅白歌合戦と産経の世界紅白にW出演した。
          • 紅白歌合戦ではモーニングムーンを唄い、世界紅白では指環が泣いたを唄った。
          • 世界紅白出場がアルバムのMr. ASIAを制作するきっかけとなるのは変わらず。
        • SAILOR MANは史実よりヒット
          • 日本航空のタイアップが付くのは同じ
        • ロマンシングヤードは史実よりヒット
          • 産経のミリタリードラマの主題歌に起用されたかと。
            • 主演は渡哲也か舘ひろし
        • 恋人はワイン色は史実よりヒット
          • テレビ朝日系列のドラマ「あぶない雑居カップル」の主題歌なのは史実と同じ。
            • チャゲアスが連ドラ主題歌を担当するのはこれが最初ではなかった。
        • アルバムのRHAPSODYは史実以上の売上を記録した。
          • レノンのミスキャストの歌詞が史実と違うかもしれない。
          • 狂想曲がシングルにリカットされるのは変わらず。
        • アルバムのENERGYも史実以上の売上を記録した。
          • 先行シングルはLove AffairとTrip
            • Love Affairのリリースは1988年7月頃
            • Tripは史実と同時期
        • 光GENJIへの楽曲提供は史実以上の成功を収める。
        • 昭和天皇崩御から約3か月間は喪服でステージに立つ
          • そのような指導がチャゲアスに限らず行政から入るだろう
          • 昭和天皇崩御に際してチャゲと飛鳥涼は公式のお悔やみのコメントを発表した。
            • 飛鳥涼は昭和天皇へのレクイエムを制作し発表した。
        • WALKの発表は史実と同時期
          • 発表時の評判は史実ほどではないが芳しくなかった。
          • 数作ぶりに週間チャートの上位10位圏外へのランクインとなったであろう。
          • 史実と同じく1992年に再発売されその時に高評価されただろう。
        • LOVE SONGは史実よりかなりヒット。
          • 1992年にリミックスされ再発売されるのは変わらず。
          • 1989年のLOVE SONGは民営化されなかった国鉄のタイアップが付いたかも。
        • 10周年のアルバムであるPRIDEは史実以上の売上。
          • 表題曲のPRIDEはチャゲアスファンはもちろん、ファンに限らずコアなリスナーからも史実以上の人気。
          • 天気予報の恋人の認知度も史実以上。
          • 砂時計のくびれた場所の認知度は史実以上だった。
        • アジア進出は昭和末期には行われる。
          • チャゲアスの大東亜共栄圏ツアーも1986年頃には定番に。
        • 1989年の10周年は史実以上に盛り上がった
        • チャゲがMULTI MAXを結成するのは史実と変わらず
          • 但し史実以上に副業的なものになっていた
        • 飛鳥涼が1989年秋に渡英するのは史実と変わらず
          • このときに史実にあったチャゲアス解散説の浮上はなかった
          • 1989年12月下旬にはチャゲも渡英した
          • 1989年の国営放送の紅白歌合戦にロンドンからの中継で白組から出場。LOVE SONGを披露。
          • 1990年初旬よりアルバムのSEE YA!をロンドンで制作するのは史実と変わらず。
            • チャゲアスの2人はロンドンにて労働党の支持者に喧嘩を吹っかけられた。
            • ロンドンのライブハウスでのコンサートは史実と変わらず。
            • SEE YA!の作風に史実と若干の差異があった。
              • リードシングルのDO YA DOは史実と変わらず
              • 水の部屋は史実以上に和のテイストが強くなった
              • モナリザの背中よりもは史実以上にデsジタル色が強くなった
                • ゼロの向こうのGOOD LUCKにも同じことが言える
              • YELLOW MENの歌詞は史実以上に辛辣なものに
                • ゼロの向こうのGOOD LUCKも
              • 太陽と埃の中では史実と変わらず
        • 1990年2月のバラードベストのリリースはおそらく史実と変わらず
        • 1990年3月に史実にないシングルをリリース
          • SEE YA!には収録されず
          • この時期に日本に帰国
        • 心のボールは福岡特別市の特別市制15周年の1987年か20周年の1992年に制作・発表された
        • 帰国後に積極的にメディアへの露出を行い、主にDO YA DOを唄う
        • ロンドンで制作したSEE YA!の発売は史実と同時期
          • アルバムを引っ提げてのコンサートツアーも行う
            • 韓国、台湾、香港での公演も設定された
        • 太陽と埃の中でがシングルにリカットされるのは史実と変わらず
          • 史実と同じく産経系列のタイムスリーのED曲に
        • 1990年も光GENJIに楽曲提供を行った。また1991年以降も光GENJIへの定期的な楽曲提供を継続した。
        • 1991年のASKAソロのはじまりはいつも雨のミリオンセールスは史実と変わらず
          • 史実以上のセールスを伸ばした
          • 松下電器産業のコンポのhalfのタイアップ曲なのは史実と変わらず
        • バブル景気がないため、産経系ドラマ「101回目のプロポーズ」が制作されず、SAY YESのタイアップ先が史実と異なっていた。
          • 史実にない産経系のトレンディドラマの主題歌になった可能性が高い。
          • SAY YESのセールス自体も史実ほどは伸びなかった。
            • どんなに売り上げを伸ばしてもシングルミリオン止まり
            • それでもチャゲアス名義で初のミリオンシングルになったかも知れない
        • 僕はこの瞳で嘘をつくのシングル化は史実と変わらず
          • 史実と違いアルバムのリードシングルだったかも知れない。その場合はSAY YESとリリース順序が逆になっていた
        • アルバムのTREEの発売は史実と変わらず
          • 史実と変わらず、僕はこの瞳で嘘をつく、SAY YES、BIG TREEは収録
          • tomorrowの歌詞が史実とやや違っていた
          • 当初の予定通り、1991年9月21日に発売され史実の10月10日に遅れることはなかった
        • SAY YESや僕はこの瞳で嘘をつくのときは、史実と違いメディアに積極出演しこれらの楽曲を披露
        • 1991年12月下旬頃に史実にない新曲をシングルとしてリリース
        • 1992年3月25日のSUPER BEST 2の発売は史実と変わらず
          • このときのLOVE SONG '92の発表は変わらず
          • SUPER BEST 2には1989年のLOVE SONGと1992年のLOVE SONGの両方が収録された
        • ifの大ヒットは史実と変わらず
          • SAY YESがミリオンを達成していない場合は、こちらもミリオンセールスを記録することはなかった。
          • SAY YESがミリオンセールスを達成した場合は、タッチの差でミリオンセールスを達成した。
        • no no darlin'は史実以上にヒットし、週間1位も獲得していた。
          • GUYSがシングル候補だったがアルバムのタイトル曲に振り替えられるのは変わらず
          • GUYSの制作もロンドンで行われるのは史実と変わらず
        • GUYSと同じ日にGUYSとコンセプトの異なるトレンディな作風のアルバムを発表したかも
          • この場合、先行シングルが1992年の5月と9月にリリースされていただろう
        • YAH YAH YAHは史実以上のメガヒットとなる
          • チャゲアスの初のダブルミリオンシングルはYAH YAH YAHになっていた
          • 産経系ドラマ「振り返れば奴がいる」の主題歌なのは変わらず
          • 当然、YAH YAH YAHは週間1位を獲得
            • 史実のビーイング旋風がないので、週間1位をかなりの間にわたってキープした
          • 夢の番人はダブルA面ではなく同時発売になっていた
            • 夢の番人は週間10位に入るのが精一杯だった
          • 後にpop'n musicなどの音楽ゲームにも収録された
        • YAH YAH YAHでCHAGE&ASKAの地位は不動のものになった
          • それでも史実の1990年代前半のチャゲアス旋風はなかった
          • むしろ1990年代でチャゲアスが大いなる活躍を遂げるのは、史実の前半ではなく、史実ではソロが主体になった後半である。
        • Sons and Daughtersは史実よりヒットした。
          • 但し、富士重工業かセゾングループかのどちらかだけのタイアップになっていた
            • もうどちらかは史実に存在しない別の楽曲がタイアップ曲になっていた
          • カップリングのMr.Jの悲劇は岩より重いは歌詞と題名が異なるか、そもそも制作自体がされなかった
        • アルバムのRED HILLは史実より相当ヒットした
          • ダブルミリオンは確実視される
          • RED HILLは国際情勢も歌詞に交じっていたかも知れない
          • You are freeとなぜに君は帰らないがシングルにリカットされるのは史実と変わらず
        • Knockはなぜに君は帰らないのカップリングではなく、シングル曲として1994年2月頃にリリースされた。
          • Knockがアナログ盤の通常盤が発売された最後のシングルとなった
      • TM NETWORKとglobeの活動とその経緯が史実と異なる。
        • 小室音楽は史実以上の支持を得ていた
        • 宇都宮隆と木根尚登がSPEEDWAYを結成するのは史実と同時期
          • 宇都宮隆は青年期に志願兵として兵役を経験
            • 木根尚登も実父の指示と宇都宮隆の誘いで志願兵として兵役を経験しただろう
          • SPEEDWAYに小室哲哉が加入するのは史実と同時期
        • SPEEDWAYが何のヒットもないまま1983年に解消するのも史実と同じ
        • SPEEDWAY解散後の小室哲哉と木根尚登とオーストラリア人ボーカリストの新ユニット構想はなかった。
        • SPEEDWAY解散後は小室哲哉は即座に宇都宮隆と木根尚登にTM NETWORK結成を呼び掛けた。小室のこの声に宇都宮と木根はすぐに応じて、TM NETWORKは結成された。
          • フレッシュサウンズコンテストで優勝しデビューの切符を掴むのは変わらず
        • 1984年4月21日のデビューは史実と同じ
          • 1stアルバムのRAINBOW RAINBOWの収録曲は史実以上に難解な歌詞が多かった。
            • 金曜日のライオンがデビューシングルになるのは変わらず
            • 1974のシングルへのリカットは史実と同じ
              • シングルジャケットに木根尚登の姿がないのも同じ
        • 木根尚登が坊主頭を拒否する代わりにサングラスをするのは史実と変わらず
        • ACCIDENTのリリースは史実と同時期
          • 作詞が松井五郎なのも史実と変わらず
          • ACCIDENTを収録したアルバムのCHILDHOOD'S ENDの発売時期も史実と同時期
          • CHILDHOOD'S END収録のDRAGON THE FESTIVALのリミックス版のシングルでのリリースも変わらず
            • YOUR SONG("D"Mix)と併せて12インチシングルとしてリリースされるのも史実と変わらず
        • 初期は阿久悠との楽曲制作も行った
        • 湯川れい子や秋元康もTM NETWORKの楽曲制作に参加した
        • 松井五郎との楽曲制作は史実よりかなり増えた
        • 神沢礼江や川村真澄との楽曲制作は変わらず
        • 小室みつ子との楽曲制作は史実以上
        • 澤地隆とも楽曲制作を行っていた
        • TWINKLE NIGHTの発売は史実と同時期
          • 表題曲のTWINKLE NIGHTの歌詞が史実と若干異なる
          • ELECTRIC PROPHETは史実とほぼ変わらず
          • YOUR SONGのアルバム版が収録されるのは史実と同じ
        • FANKSの単語の誕生時期は史実と変わらず。時期的にも史実と同時期。
        • 渡辺美里へ提供した楽曲が初ヒットになるのは史実と変わらず。
          • My Revolution、Teenage Walk、BELIEVEなど
        • 岡田有希子への楽曲提供も史実と変わらず
        • 福永恵規への楽曲提供も史実と同じ
        • デビュー直後の少年隊へも楽曲提供を行っていた
        • テレサ・テンへも楽曲提供を行う
        • 小林旭への楽曲提供も実施
        • 河合奈保子へも楽曲提供を行った
          • 河合奈保子とは楽曲の共同制作も行った
        • Come on Let's Danceの発売時期は史実と同時期
          • 歌詞が史実と少しだけ違う可能性もある
        • アルバムのGORILLAの発売は史実と変わらず
          • Come on Let's Danceが収録されるのも史実と同じ
        • GIRLの発売は史実と変わらず
        • All-Right All-Nightの発売は史実と変わらず。但し歌詞が史実と異なる可能性がある。
        • Self Controlの発売時期は史実と変わらず。
          • 週間チャートで10位圏内に初めて入ったのはSelf Controlだった
            • 何らかのCMのタイアップが付いていた
          • アルバムのSelf Controlも史実よりヒットした
            • Here,There&Everywhereがこのアルバムに収録されるのは変わらず
          • DDRやbeatmania IIDXにも収録されていただろう
        • Get Wildで初の週間1位を獲得した
          • 読売系アニメ「シティーハンター」のED曲なのは史実と同じ
          • Get Wildを収録したオリジナルアルバムを制作していた
          • BEMANIシリーズや太鼓の達人に収録されるのも史実と変わらない
        • Gift for Fanksの収録曲が史実とやや異なっていたかも
        • KISS YOUのリリースとヒットは史実と同じ
        • アルバムのhumansystemのリリースは史実と同時期
          • 史実と違い国内で制作されたかも
          • このアルバムからRESISTANCEがシングルにリカットされるのは史実と同じ
            • RESISTANCEは史実よりヒットした
            • RESISTANCEが毎日系ドラマ「痛快!ロックンロール通り」の主題歌なのは史実と変わらず
        • BEYOND THE TIMEは史実よりヒット
          • ガンダムの映画版の主題歌になるのは史実と変わらず
            • 作品に政治的要素があった場合は、BEYOND THE TIMEも史実より政治的・社会的な側面の強い歌詞になっていた。
        • SEVEN DAYS WARの発売は史実と同時期
          • 史実よりヒットしただろう
          • ぼくらの七日間戦争の主題歌なのは変わらず
            • ぼくらの七日間戦争の内容が史実と大幅に異なっていた
              • 登場人物には政治家や軍人も相当多い
              • 登場人物には暴力的な民主活動家も含まれていた
              • 1998年の民主化後に、史実の原作小説と同様のストーリーが「アナザーストーリー」として登場していたかも
              • アナザーストーリーの主題歌はおそらく小室哲哉単独作に
        • CAROLのリードシングルはJUST ONE VICTORYになっていた。
          • JUST ONE VICTORYのシングル版のリリースは1988年9月頃になっていた。
          • CAROLのレコーディングがロンドンで行われるのは史実と同じ。
            • この時の渡英経験で小室哲哉が飛鳥涼にロンドンでレコーディングを勧め、翌年のCHAGE&ASKAの渡英のきっかけになるのは史実と同じ。
          • CAROLは史実よりアルバム曲重視になっていた。
            • BEYOND THE TIME、SEVEN DAYS WAR、COME ON EVERYBODYは収録されなかった。
          • CAROLの内容は史実と若干違っていた。
          • 木根尚登がCAROLが題材の小説を執筆し発表するのは史実と同じ。
            • 史実以上のベストセラーとなり、三島由紀夫や石原慎太郎などの政界に進出している文豪からも注目された。
          • CAROLを題材にしたオペラ形式のライブツアーを敢行するのも史実と同じ。
        • COME ON EVERYBODYの発売は史実と同じ。
          • 史実以上の売上を記録。週間チャートで1位を獲得した。
          • この楽曲で国営放送の紅白歌合戦に出場。
            • 紅白歌合戦の特別バージョンで披露されるのは史実と同じ。
            • このときのギター演奏をB'zの松本孝弘が担当するのも史実と同じ。
        • 木根尚登が松本孝弘の独立までエレキギターがエアギターだったのは史実と同じ。
        • 昭和天皇崩御によりTM NETWORKは1989年4月まで喪服でステージに立った。
          • TM NETWORKにも喪服で歌うように行政からの要請が入った。
          • 木根尚登が初めてメディアの前でサングラスを外して演奏したのが昭和天皇崩御時。
          • 天皇崩御による特別体制で初めて木根尚登の素顔が広く認知されるようになった。
        • 1989年初旬に宇都宮隆がコンサート中に事故を起こし靭帯を損傷するのは史実と同じ。
          • 先述した天皇崩御による喪服でのステージでの靭帯損傷だったため史実以上に大変なことになっていた。
        • 宇都宮隆の靭帯が完治するのは史実と同時期。
        • 初のリミックスアルバムのDRESSが発売されるのは史実と同時期。
          • 先行シングルがCOME ON EVERYBODY、KISS YOU(KISS JAPAN)、GET WILD'89なのは史実と同じ。
            • メディアで披露するのがGET WILD'89なのは史実と同じ。またこのGET WILD'89で1989年の国営放送の紅白歌合戦に出場した。
            • 先行シングルが1989年4月15日に3枚同時リリースになるのも史実と同じ。
        • この時期に小室哲哉は史実以上に様々な歌手やアイドルに楽曲提供を行った。
          • 渡辺美里への楽曲提供は継続して実施。
          • 光GENJIへも楽曲を実施し飛鳥涼に続く形で成功。
          • TUBEにも1曲は楽曲を提供した可能性が高い。
          • 中山美穂への楽曲提供も史実と変わらずに実施。
    • 阿久悠、松本隆、筒美京平、橋本淳、秋元康は史実をも上回るヒットメーカーになっていた。
  3. 国策映画や国策音楽は戦後も多数制作された
    • 戦前の国策映画の主題歌となった蘇州夜曲は史実以上に歌い継がれている。
  4. 伝統芸能が戦後も伝承されるのは史実と変わらず
    • むしろ史実以上に伝承され現在に至る。
  5. 映画やドラマやアニメは以下のようになっていた。
    • 映画は戦後史実以上に流行するが、高度経済成長によるテレビの普及で衰退。
      • 但し、1980年代以降の映画館のシネコン化やインターネットの普及によるテレビ業界の低迷で昨今復調するのは同じ。
      • 映画館のシネコン化は史実より早くに始まっていた。
    • 東宝映画が阪急傘下なのは変わらず
      • 帝国復古に反対した社内の集団が第2次東宝争議を起こしたかも
        • 第2次東宝争議が起きた場合、東宝は確実に行政からの懲罰を受けていた
    • 東映が東急グループを離脱することはなかった
      • 石原軍団の映画を多数制作していた
        • 史実以上に制作していただろう
      • 特撮作品の制作も多数行うのは変わりなし
      • 朝日が資本参加することはなかった
      • 経営拡大も史実より進んでいる
        • シネコンのT・ジョイを展開するのは史実と変わらず
          • T・ジョイの展開は史実より進んでいるだろう
      • アニメ映画も史実より多数制作していた
    • シネセゾンは西武映画として高度経済成長期には発足していた
      • 流通系に属するのは変わらず
        • 鉄道グループとの分裂がないので、西武鉄道やプリンスホテルとのコラボは盛んに行われる
      • 1980年代にシネセゾンに改組
      • 解散することなく現在まで存続
        • シネコンのセゾンシネマを全国展開している
        • ラブライブ!シリーズの映画版はここが制作し配給している
  6. タレントエージェンシー法が成立し、その影響で芸能人による労組が結成されていた。
    • 芸能人の労組の大半は同盟系であるが、史実の進歩的文化人及びそれに近い立場のタレントは総評系の労組に所属していた。
      • 芸能労組が確実に物言う存在になるので同盟は現在も労働組合として存続している。当然総評との合併による連合の成立もない。
    • また、JASRACのあり方も史実と異なっていた。
      • JASRAC自体は存在するが著作権管理の主体はアーティストの所属する労組にある。
      • またJASRACも同盟系の大手芸能労組の言いなりになっていた。
    • JASRAC以外にも著作権管理団体があったかもしれない。
  7. ゴジラシリーズは幼児/少年層向けの国軍プロパガンダ映画として史実以上に親しまれている。
    • 2004年で一旦シリーズ終了などということはありえない。
    • 国の体制が史実と異なった影響でシン・ゴジラにも差異がいくらか出た。
      • 蒲田くんの段階で機関銃の発砲及びミサイル攻撃が行われていた。
      • ゴジラ滅却のために用意された核ミサイル及び原潜は史実の作品と違い米軍ではなく新日本軍のものだった。
      • ヤシオリ作戦で使われた無人攻撃機群は日米混成部隊だった。
      • 無人在来線爆弾には史実より多数の車種が登場していた。
  8. ウルトラシリーズでは防衛組織の代わりに新日本軍が登場していた。
    • 史実における作品での架空銃・架空機の立ち位置に実際に使われている軍用機や銃が登場する。
  9. 仮面ライダーシリーズは中国の抗日ドラマ的ポジションになっていた。
    • ショッカーは「ネオナチと共産主義者の連合組織」という設定になっていた。
  10. J-POP自体やテレビの音楽番組は史実以上に発展し、平成初期以降に史実のように衰退することもなかった。
    • 国営放送は史実よりも音楽番組を積極的に制作し、若者向けの生中継の音楽番組も昭和後期から制作・放送している。
    • 毎日系列のザ・ベストテンが放送を開始するのは史実より数年早い。また1989年9月の放送終了はなく、2019年現在も放送を継続している。
      • 放送開始は1973年頃
      • 黒柳徹子がMCなのは史実と変わらず
        • 2019年現在も黒柳徹子がMCを務めている
          • 近藤真彦とのトークは史実以上の名物に
          • 米米CLUBのブレイク後はカールスモーキー石井とのトークも名物になった
        • 男性MCは史実のTBSテレビのアナウンサーに
          • 初代男性MCは鈴木史朗が務めた
          • 鈴木史朗の卒業後は久米宏が史実通りに担当する
            • 鈴木史朗の降板は1979年頃かと
            • 久米宏の卒業は史実と同時期(1985年頃)
          • 久米宏の降板で松下賢次に男性MCが交代するのは史実と変わらず
            • 松下賢次が1989年1月で降板することはなかった
              • 1992年3月頃まで司会を務めていた
              • 渡辺正行が司会を務めることはなかった
      • 番組開始からすぐの頃に井上陽水が連続でランクインするが本人が「恥ずかしくて出れません」と出演を辞退し、その伝言を鈴木史朗が代読していた。
      • 1974年およげたいやきくんの連続1位記録は簡単に破られなかった
        • 1977年にピンクレディーによってようやく破られていた
          • 或いはキャンディーズの可能性もある
          • 初期は沢田研二、野口五郎、郷ひろみ、キャンディーズ、ピンクレディーによる記録更新合戦が続いてた。
      • 西城秀樹が最高得点を叩き出すのは史実と同時期
      • 1981年に寺尾聰がルビーの指環で連続1位記録を更新しその後長らく記録は破られなかった。
        • 1992年の米米CLUBの君がいるだけで、若しくは、1993年のCHAGE&ASKAのYAH YAH YAHでこの記録は破られた。
      • 1980年頃は中島みゆきが頻繁にランクインするが出演を見合わせるのは不可避
      • 松任谷由実も1981年頃から頻繁にランクインするがやはり出演を見合わせる
      • 山口百恵を回顧する臨時のコーナーが1981年初旬の放送で設けられた
      • 松田聖子や中森明菜は史実以上に頻繁にランクインした
      • 近藤真彦や田原俊彦のランクインも史実以上に
      • 河合奈保子や野村義男も史実より頻繁にランクインした
        • 1990年代以降も頻繁にランクインし続けた
      • 番組の出演歌唱者の各地からの中継も史実と同じ。
        • ライブ会場からの中継も多かった。
        • 駅や空港からの中継は史実以上に多かった。
      • サザンオールスターズの初の1位は史実と同時期。
      • CHAGE and ASKAは1980年代後半に1位を獲得していた。
      • TM NETWORKも1980年代のあいだに1位を獲得できていた。
      • 番組は1989年10月以降も継続した。
        • 工藤静香のあの歌唱は史実ほど有名にならなかった。
        • B'zは1989年11月16日の放送でスポットライトに出演したのが最初だった。
          • ここではBAD COMMUNICATIONを唄った。
          • B'zが初めてザ・ベストテンでベスト10入りしたのは、1990年5月31日の放送だった。
        • Mr.Childrenは1993年12月2日のスポットライトへの出演が最初だった。
          • この楽曲でCROSSROADを披露した。CROSSROADは数週間後より長期間ベスト10に入り続けた。
      • 1994年以降に最高得点が年に2~3回出るのが2000年頃まで続いた。
        • B'zはLOVE PHAMTOMで最高得点を叩き出していた。
        • globeもDEPERTURESで最高得点を叩き出していた。
    • 読売系列のザ・トップテン→歌のトップテンも放送開始は史実より早く、また1990年3月の放送終了はなく、2019年現在も放送を継続している。
    • 産経系列の夜のヒットスタジオの放送開始は史実と同時期。1990年10月の放送終了はなく、2019年11月現在も放送を継続している。
      • 夜ヒットが日本の他の音楽番組の制作に影響を与えるのは史実と変わらず。
      • 共産党バンザイ事件はなかった
      • 夜のヒットスタジオから夜のヒットスタジオDELUXEへのリニューアルは史実と変わらず。
      • 夜のヒットスタジオSUPERへのリニューアルはなかった。
      • 放送が当初は月曜日だったのが水曜日に変更になるのは史実と変わらず。
      • 当初は前田武彦と芳村真理が司会だったのは変わらず。
        • 前田武彦の共産党バンザイは共産党が非合法なのであり得ないが、共産主義を礼賛する発言を連発したのが問題となり、最終的には前田武彦の反共法違反での逮捕で降板した。
        • 芳村真理が司会を一旦降板することはなかった
      • 三波伸介がメイン司会者になるのは史実と変わらず
      • 朝丘雪路が司会者になることはなかった
      • 井上順が司会者になるのは史実より遅れるかも知れないが不可避
        • 降板は史実より少し遅れそう
        • 1990年以降に再登板した可能性もある
      • 井上順の後継の司会者が古舘伊知郎なのは史実と変わらず。
        • 1994年頃までには降板していた。
      • 柴俊夫が司会者になるのは史実と同じ
        • 降板することはなかった
        • 2019年現在のメイン司会者かと
      • 加賀まり子が司会者になることはなかった
      • 1990年頃に八木亜希子が司会者に就任した
        • 1996年頃に卒業という形で降板した
        • 富永美樹が後継者となった
          • 富永美樹は2002年頃に卒業という形で降板した
    • 朝日系列のミュージックステーションの放送開始は史実と同時期
      • 当初は関口宏が司会だったが、半年でタモリに司会が変わるのは史実と同じ
      • 1990年代序盤~中盤に有賀さつきがサブ司会者だったのも史実と変わらず
      • 1990年代後半からはテレビ朝日の若手女子アナがサブ司会者なのは変わらず
      • テレビ朝日の本局が大阪・東天満にあるため、大阪のスタジオから生中継された。
        • タモリはいいとも司会時代に金曜日のいいともの反省会が終わると即座に新幹線で大阪入りした。そしてミュージックステーションの反省会が終わると最終の新幹線若しくは夜行列車で東京に戻る。
        • 史実の朝日放送の女子アナウンサーの一部がテレビ朝日のアナウンサーとしてミュージックステーションのサブ司会者を担当した。
  11. 実写の映画にも史実とそれ相応の差異があった。
    • ミリタリー系や刑事系の映画は史実より相当制作され、同時に史実より相当流行っていた。
      • 日本映画界でミリタリー系の映画が史実ほどタブー視されることはなかった。
    • 恋愛系の映画が増えるのは史実と同時期。
      • 流行るのは史実より若干遅れるが、その分史実以上に流行るようになる。
    • 学園モノの映画は史実と同じく多数制作される。
      • 但し中学校や高校を扱ったものが多く、大学や大学院を扱ったものは史実ほど増えなかった。
        • 大学進学率が史実のように高くはならず、大学は今もエリートが行くところであるため。
        • 高等専門学校を扱った映画は史実よりそれ相応に多かった。
    • コメディ系映画は史実より若干多く制作される。
      • コメディ系映画のバリエーションも史実より多様になっていた。
    • ドキュメンタリー映画は史実と同じように制作される。
      • 公共事業を扱ったものドキュメンタリー映画は史実より多い。