素晴らしき将棋棋士の世界
2018年6月3日 (日) 19:57時点における>Yamatowikiによる版 (→現役プロ棋士)
- 「将棋指しは個性的な人(=変人)が多い」と言われるが、元からの将棋ファン以外には認識されていないものも多いはず。
- よってここでは、プロ・アマ問わず、将棋棋士にまつわるエピソードを並べてみる。
- 面白エピソードはもちろん、スゴイものももちろん可。
- 一応百科事典項目なので、ネタは遠慮してください。ただし既に広く知られているものについてはネタでも可。
- その場合は末尾に(真偽不明)と書き、仮にそれが事実だった場合は撤去してください。
- 記載は、節別に氏名の50音順とします。
- 棋士名に段位やタイトル名は原則不要。
- 氏名のリンク先は、ウィキペディアの項目名。
- 存在しない場合は無理にリンクにしなくても良い。
- 他の百科事典項目と同様、書き換えや記事の並び替え可。
全般
- 意外な事に見た目は紳士然として、インタビューなどの受け答えも普通であることが多い。
- がそこは勝負師、仲の良い記者や仲間内だと「寝坊しなければ勝てる」とか「(将棋盤の前に)座れば勝てる」とライバル意識むき出し。
- ほとんどは小学生になるかならないかの頃からしのぎを削ってきた人たちなので勝負師気質は当然と言える。
- 逆に「将棋以外の事は知らない」という人も多いため、奇人伝説が生まれる。
- 自動車の運転免許は持っていない棋士が多い。理由は「運転中に将棋の事を考えると危険だから」。
- 将棋以外、チェスや囲碁、カードゲームなども強い人が多い。
- で将棋以外のゲームでも「感想戦」を行う。
現役プロ棋士
糸谷哲郎
- プロ棋士になったのちに阪大に入学・卒業している。
- 大学に進学する棋士は少なくないが、国立大学に入学したのは珍しい。
- ご丁寧にも、その阪大では将棋部に所属。ちなみにこの人、プロ棋士です。
- さらに大学院修士課程も修了している。
- 大学に進学する棋士は少なくないが、国立大学に入学したのは珍しい。
- スイーツ好きな棋士は少なくないが、その中でもとくにスイーツ好きとして有名。
- タイトル戦の解説ではおやつの解説(食レポ)も行う。
- 駄菓子バーにいたところ、テレビのロケにつかまり、一般人の顔をしてインタビューに応じた。
- ポケモンカードの大会にゲスト参加し、初めてポケカをやったにもかかわらず優勝。限定100枚のプレミアムカードを獲得した。
木村一基
- なぜか対局に和服を着て行くと勝てず「将棋界の七不思議」と言われる。
- 将棋界の七不思議はその都度変わり、かつ必ず7個あるとは限らない。
- 「屋敷伸之がC級1組から上がれない」など、達成されると消える。
- 屋敷伸之がA級昇格したのは2011年3月11日(東日本大震災の日)。単なる偶然なのか?
- 奥さんが将棋連盟の現役職員であるため、秘密の給料やその額、勝敗などは全て筒抜け。
- とにかく受ける棋風のため、ついたあだ名が「千駄ヶ谷の受け師」。
佐々木大地
- 三段リーグ次点2回による昇段後1年以内でC級2組昇格を決めた。
- 2018年時点で唯一の記録。
- とにかく義理堅い。
- 師匠の深浦康市がA級降級の危機にあった最終局、解説のオファーを断って現地に向かった。
- そして深浦が勝利し、六者プレーオフが実現した。
- ただし、AbemaTVの現地中継でAbemaのスタッフジャンパーを着て登場した。
- 師匠の深浦康市がA級降級の危機にあった最終局、解説のオファーを断って現地に向かった。
- 叡王戦第1局では会場の名古屋城まで高見泰地の応援にやってきた。
- 高見が勝利し、叡王獲得への第一歩を記した。
- ただし、ニコ生の中継で高見の作戦をバラした。
佐々木勇気
- 通称「青いの」。
- 将棋連盟のフットサル大会に日本代表のユニフォームを着て参加。
- 攻めるだけで守りに参加しなかったので渡辺明から「そこの青いの、守れ!」と言われた。
- 藤井聡太に初黒星をつけた。
- 対局が決まってから藤井聡太の対局を見学するなど、周到な準備をはかっての勝利だった。
- 生まれたのはジュネーブ。
佐藤天彦
- あだ名は「貴族」。ファッションにこだわりがある。
- 金をつぎ込みずぎて、光熱費の支払いができなくなったことがあるくらい。
- 名人戦の賞金でヨーロッパから高級家具を大量に仕入れた。
- タイトル戦の和服もグラデーションが入っていたり、アザラシ柄の羽織を着用したりする。
- 投了前にはリップクリームを塗ってから投了する。
- 三段リーグ次点2回による昇段を唯一断った男。
- 結果的に名人にまで上り詰めたのだから、本当に強ければ遠回りは問題ないという典型であろう。
佐藤紳哉
- キャッチフレーズは本人曰く、”砂糖のように甘い言葉で深夜に君を寝かさない”。
- 一体何の仕事のキャッチフレーズだろう?
- ニコ生に解説者として出演した際、幼稚園児のコスプレをしたり、セーラー服を着たりとやりたい放題。
- 「ある将棋棋士がキャラクターを作ろうとして頑張りすぎている事件」として「爆笑 大日本アカン警察」でネタにされた。
- NHK杯戦前のインタビューで、対局相手(豊島将之)について尋ねられたが、格上の豊島を呼び捨てにした挙句、格闘技のマイクパフォーマンスよろしく挑発するコメントを出した事がある。
- 「豊島? 強いよね。序盤中盤終盤隙がないと思うよ。だけど、オレは負けないよ」
- 「えー、こまた…駒たちが躍動する俺の将棋をみなさんに見せたいね」
- 期待を裏切らず、対局ではキッチリ負けている。
- 投了の時に被り物を外して「脱帽」のジェスチャーをしたが、そこはNHK。投了場面は撮り直しとなった。
- しかもマイクパフォーマンスでやや噛んだため、いまだにネタにされる。
- NHK杯戦前のインタビューで、対局相手(豊島将之)について尋ねられたが、格上の豊島を呼び捨てにした挙句、格闘技のマイクパフォーマンスよろしく挑発するコメントを出した事がある。
- ブログを更新しているつもりで、間違って一週間知人女性に電子メールを送り続け「あなたのことは、まるで興味ないので毎日長文のメールを送るのはやめてください。気持ち悪い」と返信された。
- その後誤解が解け、なんやかんや(※細かい事情は不明)でその女性と付き合う事になった。
- さらに意味不明な事に、それを自らブログで書いた事を最後にブログの更新を中止し、今でもそのままになっている[1]。
- その後、佐藤は結婚したが、相手はこの女性ではない。
- その後誤解が解け、なんやかんや(※細かい事情は不明)でその女性と付き合う事になった。
佐藤康光
- メガネが似ているという理由で「桃屋の人」(=故・三木のり平)と呼ばれる。
- 対局に集中しすぎ、間違えて女子トイレに入りかかる。
- 同じく対局室の入り口と押入れを何度も間違える。
- 当然周囲から「ドラえもんか!」と突っ込まれる。
- 同じく対局室の入り口と押入れを何度も間違える。
- メガネをかけたまま泳ぎ、案の定メガネをさらわれる。
- 特技は将棋と同じくらいの経歴を持つヴァイオリン演奏。
- 好物は納豆。
- 朝食には必ずつけ、パンに乗せることもある。
- 本人曰く「納豆はデザート」
瀬川晶司
- 年齢制限によって奨励会を三段で脱落し、サラリーマン生活を経験しながら特例でプロ棋士になった異色の棋士。
- そもそもプロ棋士を志望したのが小学6年と遅かった。
- 奨励会脱落後は、将棋自体を辞めるつもりだったが、将棋の楽しさを再認識し、アマチュアの強豪として頭角を現す。
- アマチュア棋士でありながら、プロ棋士相手に17勝6敗の成績を挙げ、友人の勧めもあってプロ編入の嘆願書を連盟に提出。
- 編入試験は、前例はすでにあった(後述)ものの、当時連盟のルールにはなかったので、全棋士に賛否を問い、賛成129、反対52でフリークラス編入試験の実施が認められた。
- 連盟推薦で試験官となった6人の棋士(内、女流1、三段1)と対戦し、3勝すれば合格という条件の中、2005年11月6日までに3勝(2敗)を挙げてプロ編入。当時の年齢は35歳。
- 第一局の試験は(フリークラス編入を放棄してプロ棋士になった)佐藤天彦だったが、これは偶然でなく、連盟の配慮によるもの。
- ただし「10年以内に順位戦C級2組に参加できなければ引退」という条件が付けられた。
- その後2009年5月に直近35局の勝率が6割5分7厘(23勝12敗)となり「良い所取りで、連続30局以上の勝率が6割5分以上」の昇級規定を満たしてC級2組に昇格した。年齢は39歳。
- その後フリークラス編入試験は制度化され、後に今泉健司がこの制度でプロ棋士になっている。
- なお編入試験自体は、1944年に元真剣師(賭け将棋師)の花村元司が受けてプロ棋士になっている。
- 奨励会制度ができてからは瀬川が初。
- なお、この時の将棋連盟会長が米長邦夫でなかったら実現しなかったかもしれない。
高橋道雄
- 「『けいおん!』に出会って人生が変わった」棋士。
- ニコ生の解説では、将棋そっちのけで「けいおん!」に対する熱き思いを語る。
- NHKの解説ですらその手のコメントをする。
- 1960年生まれながら棋界屈指のサブカル好き。
- アニメ・漫画・特撮・映画・アイドル・海外ドラマに興味がある。
- 興味の対象はその都度変わる。
- アニメにはまる前はアイドル好きで、AKB48のファンだった。
- 総選挙でも投票し、2014年の総選挙ではゲストで呼ばれた。
- 惜しまれながら2015年にAKB48ファンを引退。
谷川浩司
- 将棋を始めたきっかけは、谷川浩司が5歳の頃、兄との兄弟喧嘩が絶えなかったため、父親が「将棋を指していればおとなしいだろう」と安易に考えたため。
- その結果、将棋の勝ち負けをめぐって余計にケンカが多くなった。
- そのお兄さんは東大に進み、アマチュア棋士の強豪として鳴らした。
- あの羽生善治がプロデビュー間もない頃、お兄さんは平手で羽生に勝っている。
- 王座戦で福崎文吾と対戦した際、タイトル戦に慣れてなかったために、飲み物もおやつも用意していなかった福崎があえいでいるのを見て「これをどうぞ」とお茶を差し出した事がある。
- これで元気が回復した福崎は、谷川浩司に勝って王座を獲得。この一件で「敵に塩を贈った」と言われる。
- 当の福崎は「弱った相手に勝っても仕方がない。『しっかりせえよ』『ちゃんと元気にかかってこいよ』というチャンピオン(谷川)の本当の強さを感じました。」と述べている。
永瀬拓矢
- 将棋に対するストイックな姿勢からついたあだ名が「軍曹」
- 「将棋は努力すれば努力するだけ強くなる」がモットー。
- 「1日10時間将棋の研究に費やせば強くなれる」との持論を持っている。
- 「将棋は努力すれば努力するだけ強くなる」がモットー。
- 勝利に対する貪欲さも人一倍。
- 不利とあらば先手番でも千日手を辞さない(むしろ常用する)
- いわゆる「将棋めし」に対しても一途。
- 対局時はスポーツドリンクを大量に持ち込む。
- 昼食は握り盛り合わせ(さび抜き)が定番。
- タイトル戦ではおやつや食事にバナナを必ずつける。
橋本崇載
- NHK杯の対局の際「金髪のパンチパーマに紫色のワイシャツ」という斬新なファッションで話題をさらった。
- 奇抜な出で立ちは、ホストやヤンキーに喩えられることもあるが、人柄は見た目とは異なり、温和で礼儀正しく謙虚な時期もあった(過去形)。
- 「カメラ目線」が多かった事でも話題をさらった。
- 事前に何もやらなかった対局では、解説の渡辺明に「何か普通でしたね」と言われてしまう始末。
- 同じくNHK杯において、よせばいいのに羽生善治との対局前、佐藤紳哉のインタビューのパロディを完全コピーして披露。
- 「羽生さん?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけどオイラ負けないよ」
- 「えー駒たっ・・・駒たちが躍動するオイラの将棋を皆さんに見せたいね」
- さすがに羽生善治を呼び捨てにはできなかった模様。
- 同じくNHK杯において、二歩の反則で負けたことがある。
- 現役のプロ棋士であるにもかかわらず、芸能事務所と契約してバラエティ番組などにも出演している。
- しかし将棋界では、将棋の普及にも熱心で有望な若手株……らしい。
- ただし自分が指さない手や流行の線型には無頓着で研究しない。
- 髪型をしょっちゅう変えることで知られており、髪型が変わる度にネット住民の間でネタにされている。
- 奇抜な髪型等をするようになったきっかけは、デパートでの将棋大会を見た女子高生が「眼鏡をかけたおたく風出場者が多い」と述べたことに対して「マジやべぇ」と危機感を抱いたこと。
- 将棋の普及に熱心なのは確からしく、SHOGI-BAR(将棋バー)という店を経営していたことがある(2017年5月28日閉店)。
羽生善治
- デビュー当時はあまりの強さに「ハブにはマングースでなければ勝てない」と言われたほどだった。
- 対局相手が悪手を指すと露骨に嫌そうな顔をする。された相手は負けを確信する。
- 並みの棋士なら喜ぶところである。
- 対局後の感想戦において、自らの負けパターンまで説明する。
- 「羽生は自分の勝ち負けでなく、将棋界全体の底上げを考えている」と言われる。
- 何気にイケメン。奥さんは元アイドルの畠田理恵。
- 奥さんのツイッターが最近話題[2]。
- チェスでも日本はおろか世界トップレベルの実力を持ち、棋戦の合間を縫って海外で対戦していたりする。
- 寝癖で知られ、連盟の公式中継サイトでも「羽生の入室は8時52分、後頭部に見事な寝癖がついている。」と書かれたほど。[3]
- 携帯電話を持たず、代わりにテレフォンカードを持っている。
福崎文吾
- 「勝負師のオーラが微塵んも感じられない」と言われ、実際に一般人と間違われる事多数。
- 対局の時間になっても現れないので探したところ、入り口で見学者と勘違いしたガードマンに止められてロビーに座っていた。
- 将棋会館に入ろうとしたら、藤井聡太のグッズ販売の整理券を渡された。
- 関西将棋会館で奨励会員を相手に教師役で、持ち時間10秒の10秒将棋を指し「5、6、7、8、早く指さなー10やでー」「これで5番僕の勝ちね」などと騒いでいたところ……。
- 道場整理のアルバイトの学生に「お客さん、もうちょっと静かに将棋を指してください」と注意される。
- 福崎も福崎で、怒りもせず「うわあーごめんなさい」とその場をしのいで、アルバイトがいなくなるとまた騒ぐ
- 道場整理のアルバイトの学生に「お客さん、もうちょっと静かに将棋を指してください」と注意される。
- 名人戦の立会人として棋士の正装(和服姿)で来たにもかかわらず、大盤解説会場に入るときに係員に止められた。
- 奥さんに「クーラーを買ってきて」と頼まれ、何をどう間違ったのか、クーラーではなく、パソコンゲームを買ってきた。
- 自転車に「モナリザ号」と名付けている。
- 研究会に来たにも関わらず、将棋を指さずに「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を1時間歌って帰る。
- 対局の時、自分の方が先手なのにいきなり考え始める。
- 意味不明だが「対局開始時のルーティーン(黙祷)ではないか?」と言われている。
- 谷川浩司が福崎の将棋を称して「彼と将棋を指すと感覚を破壊される」と発言したことがある。
- 大盤解説では真っ当な手を指さず、二歩や王手放置などの反則手順の解説を行う。
- 二歩→「1秒で取ったら大丈夫」「三歩にしたら反則やない」
- 王手放置→「成ってもええんやけど、あえて成らないのが武士の情け」
- 場が温まってきたきたところでちゃんとした手を指し「僕もプロだからね!」というところまでがセットである。
- 新聞のインタビューに応じた際「ご自身の棋士人生についてお聞かせください」と聞かれて「これといってお話しするようなことはないんですよ。僕は棋士になれただけで満足で…。」と大真面目に回答。
- 当然記者は食い下がるが、さらに本人曰く「プロ棋士になるにはものすごいエネルギーが必要。だからプロになった時点でもう9割方満足、僕の半生はほぼ完結したんです。」とやはり本音だったらしい。
藤井猛
- 5chでは絶大な人気を誇り、関連スレの数では羽生善治に匹敵する。
- 壮絶な逆転負けを喫することから5chでの通り名は「終盤のファンタジスタ」。
- 勝勢から劣勢に転じる一手のことは「ファンタ」と呼ばれる。
- 将棋の解説で「よくわかんない」「なんとなく気持ち悪い」といった、テキトーな発言を連発。
- 定跡講座の最後の締めの言葉で「自分独自の手を自由に指せば良い」。定跡講座なのに……。
- いわゆる「画伯」で、中学校の美術の時間にモデルにした女子生徒に泣かれた事がある。
丸山忠久
- 棋士仲間との付き合いがほぼ研究会のみで私生活は謎に包まれている。
- 棋士仲間だけでなく、連盟職員もプライベートは知らないらしい。
- 口数が少なく、駒を指すときも音を立てないので「音無流」と呼ばれる。
- 優勢になってからも勝ちを急がず、相手の手を殺す方針を貫く。
- 「激辛流」あるいは「友達を無くす戦い方」と言われる。
- 対局時の食事も謎に包まれており、朝食に「ふぐちり鍋」、夕食に「ステーキ」を注文したことがある。
- ちなみに対局時の夕食は、極度の緊張で軽いもので済ます棋士が多い。
- 対局中に頭頂部に「冷えピタ」を貼る。
- 突如アイドルと結婚して周囲驚愕。
- 対局中のおやつが固定していて、よく食べる。
- 「モグモグ流」ともいわれる。
- その縁からカロリーメイトのCMに出ることになった。
- 「モグモグ流」ともいわれる。
森内俊之
- 羽生世代で「羽生キラー」と呼ばれる羽生の最大のライバル。
- 名人位をとったのは羽生より後だが、永世名人は先に取っている。
- クイズが趣味。
- それが半端でなく、テレビのクイズ番組で優勝したことがある。
- 賞品は「フランス旅行」だったが、名人戦の日程と重なっていて行けなかった。
- 大学の学祭のクイズ研の大会に一版客として参加。ちゃっかり準優勝してママチャリをゲット。
- それが半端でなく、テレビのクイズ番組で優勝したことがある。
- バックギャモンの世界大会に出場し、4位の記録を残している。
- 免許取りたての頃、谷川王将に挑戦する羽生善治(当時6冠)を応援するため、佐藤康光を連れて日光までドライブに行った。
- 当人はいろは坂を越えて奥日光の会場まで行くつもりだったが、冬タイヤの装備なしということで身の危険を感じた佐藤康光に止められ、日光からタクシーで移動。
- 対局終了後、用事があって早く帰る羽生を乗せ、首都高で恐怖のドライブ(車線を頻繁にかえる、周囲をトラックに囲まれるなど)を繰り広げた。
- それが免許取って初めての夜間ドライブかつ高速道路走行だったことを知らされた羽生と佐藤康光は、家に帰るまで生きた心地がしなかった。
- それ以降、羽生が森内の車に乗ったことはない。
三浦弘行
- お笑いコンビ・フットボールアワーの岩尾望に似ているというだけで、探偵!ナイトスクープの中で紹介されたことがある。
- 他人の結婚式に列席するも、ずっと詰将棋を解いていた。
- 空調の温度をめぐって加藤一二三と無言のバトル。両者とも一手ごとに温度を上げ下げ。
- とにかく寒がりで、冬場の対局ではセーターとひざ掛けが必需品。
- 冬の対局で、既にストーブが入っていたにも関わらず、もう一台ストーブを入れるように依頼し、相手に「暑い」と言われて下げられたことがある。
- この時の対戦相手も加藤一二三。温度がらみでこの二者の相性は良くない。
- 冬の対局で、既にストーブが入っていたにも関わらず、もう一台ストーブを入れるように依頼し、相手に「暑い」と言われて下げられたことがある。
- とにかく寒がりで、冬場の対局ではセーターとひざ掛けが必需品。
- 対局時にはお湯の入った魔法瓶とインスタントコーヒーを持参し、将棋会館の湯飲みでコーヒーを入れて飲む。
- 対局の時に巾着袋からゼナを取り出し、対局相手を笑わせた。ちなみに相手は羽生善治。
- 解説者の仕事で、解説することを忘れて自分の世界に浸ってしまう。
宮田敦史
- ドラえもんに関する造詣が深く、同じくドラえもん通を自称する瀬川晶司と「ドラえもんクイズ対決」を行った事がある。
- 「太鼓の達人」の達人で、行きつけの店(もちろんゲーセン)ではマスターと呼ばれる。
- 詰将棋を説く能力に優れ、詰将棋解答選手権に5回優勝している(2018年現在)
山崎隆之
- 西の名門と言われる森信雄門下で、村山聖同様師匠の下で中学時代を過ごした。
- しかし、山崎の「将棋しか考えていない態度」に森がキレ(阪神大震災で他の弟子が亡くなっている)、その後は広島に戻ることになった。
- 名人戦のテレビ中継で聞き手の矢内恵理子に「次がこの手でなかったら、矢内さんのこと諦めます」と告白した
- 後に矢内が結婚した際、タイトル戦の前夜祭で「諦めます!」と花束を渡した。
渡辺明
- ニックネームが「魔太郎」。由来は藤子不二夫Aの漫画「魔太郎がくる!!」の主人公から。
- ちなみに本人公認。
- 大の馬好き。
- 「自分にも周囲の人にも厳しいが、馬にはひたすら優しい」と言われる。
- 将来の夢は「馬主になること」。
- きっかけは「ダビスタ」で、本物の馬にも興味を持つようになったことから。
- 小学生の頃、毎日コンビニで競馬新聞を買っていた。
- そのコンビニの店員からは「お父さんのお使い?えらいね~」と言われた。
- 小学生の頃、毎日コンビニで競馬新聞を買っていた。
- 現在の活躍の割に奨励会時代が長かったが、理由は「ダビスタ」と「パワプロ」に熱中しすぎたから。
- 奨励会2級で足踏みしたが、本人は「マスコミに天才だと言われてマナーや態度を気にしなくなったから」と分析している。
- プロ棋士の書いた本に「棋士に必要なのは、勉強・マナー・才能だ」に書いてあったのを見てマナーに気を付けた結果、勝ちだしたらしい。
- 虫が大の苦手。
- 虫に出くわすと第一人者の威厳は微塵もなくなるという。
- 「虫、地震、雷、火事、奥さんの中で最も怖いものは?」と聞かれて迷わず「虫」。本人曰く「虫は対局に影響がでる」らしい。
- 将棋界屈指のリア充で、19歳で結婚して20歳の時に子供ができた。
- デキ婚で奥さんは4歳年上。これは奥さんの玉の輿狙いかも。
- 結婚式、新婚旅行、婚約指輪、結婚指輪全部なし。若いのに入籍のみの超ジミ婚。
- おまけに結婚記念日(入籍日)が2月29日なので、結婚記念日は4年に1度しか来ない。
- 奥さんは後に旧姓名の伊奈めぐみ名義で漫画家デビュー。作品は「将棋の渡辺くん」。
- タイトルからわかるように、ネタは他ならぬ渡辺明。
- 内容はフィクションでなく、全て実話。他の棋士のエピソードも満載。
- その中で「(賞金が高い)竜王戦に賭けている」と疑われているが、渡辺明本人は否定している。
- 奥さんの絵では顔のパーツが極端に下に偏って描かれる。
- タイトルからわかるように、ネタは他ならぬ渡辺明。
- 奥さんの兄はプロ棋士の伊奈祐介、その妻(義姉)は囲碁棋士の佃亜紀子。
- デキ婚で奥さんは4歳年上。これは奥さんの玉の輿狙いかも。
- ニコ生の将棋の中継にこっそりコメントで参加し、自らが予測した手を解説者に否定されると、ムキになってその先の手を延々とコメントする。
- 蔵書は漫画が1200冊以上。一方で将棋関係の本は数えるほどしか持ってない。
- 「人生の半分は漫画で学んだ」とは本人の弁。
- 世界の事は「キャプテン翼」で、国内の事は桃鉄で学んだらしい。
- 将棋の研究は、基本的にパソコンとネットで行っている。
- 「人生の半分は漫画で学んだ」とは本人の弁。
- 徹底した合理主義者
- 感覚派でなく、理論派で、対局の前には最近の流行や、相手の棋譜を徹底的に研究する。
- 小学生の時「順調にいけば中学3年でプロになれるが、高校受験と重なって大変だから」と自ら考えて中高一貫校に進学。
- 藤井聡太も同じような理由で中高一貫校に進んでいるが、これは藤井自身でなく、両親が考えたもの。
- 対局室に持ち込む時計は、腕時計でも懐中時計でもなく、電波時計。正確なのが気に入っているとか。
- 対局の時は頻繁に靴の着脱を行うので、サイズが大きい靴を買う。
- で靴売り場の店員とサイズを巡って毎回バトルを行っている。
- 「対局中はおやつ位しか楽しみがない」と発言。
- しかし食べにくかったり、着物が汚れるものは注文せず、かつ味がわかっているものを注文する。
- 味がわかっているものを注文する理由は「期待して外れると対局に影響するから」。
- しかし食べにくかったり、着物が汚れるものは注文せず、かつ味がわかっているものを注文する。
- 最も力が入る対戦は準決勝。理由は「準決勝に勝てば(決勝に負けても)名前が残るし賞金もでる」から。
- 漫画家との対談があるときには数日掛けてその漫画家の作品を読んで「予習」する。
- 将棋ファンなら誰でも知っているが、一般の知名度は決して高くない。
- 新幹線の移動などで将棋ファンからサインや写真をねだられるが……。
- それを見た将棋ファンでない人たちは「芸能人がいるらしい」「佐野史郎似の人?」という反応。つまりわかってもらえない。
- 犬のぬいぐるみが好きで、自宅に100個以上持っている。
- 個々のぬいぐるみに名前とキャラを付け、自分で声まであてる徹底ぶり。
- それを知るファンから「スケートの羽生弓弦選手のように、対局室に持って行かないんですか?」と聞かれて「汚れるから外には持っていかない」。
- 一方、本物の犬は苦手。
- 嫌いな理由は、子供の頃、犬に追いかけられて靴を持っていかれたから。
- 棋士アンケートで「好きな動物」の欄に「犬のぬいぐるみ」と書こうとして奥さんに全力で止められ、結局強制的に「犬」に訂正された。
- 同じくファンに「対局の朝、奥さんがぬいぐるみを持って家出したらどうしますか?」と聞かれて「仕方がないので対局に行き、そのあとぬいぐるみだけでも取り戻しに行きます」。
- つまり優先順位は、対局 >> ぬいぐるみ > 奥さん。
- 服には全く無頓着で自分で買ったことがなく、渡辺が20歳の時、それを聞いた中川大輔に「100万円持って新宿に来い」と呼び出され、スーツやカバンなど一式まとめて購入させられた。
- 衣類系は一人で買い物に行けない。本人曰く「若者が多くて騒がしいところは苦手」。これを自分が20歳の頃から言っていたらしい。
- 中学生の頃、将棋の対局で足の肉離れを起こしたことがある。
- 高校の運動会では、徒競走で腕がつった。
- 渡辺明の両親は穏やかで、渡辺いわく「叱られた事がない」「将棋も褒めて伸ばすタイプだった」。
- が、渡辺自身は将棋で自分の息子に強くあたってしまい、息子さんは将棋嫌いに。
- 息子さんがサッカーをしており、保護者には持ち回りで世話役が回ってくるため、サッカー公式審判員4級の資格を持っている。
- 審判の道具はレンタル可だが、渡辺にしては珍しく、自分で一式購入。
- 2017年に更新を忘れて失効。
- 竜王戦の防衛戦で3連敗の後4連勝で勝ち「3連敗の後4連勝で勝った棋士はいない」という七不思議を達成して消した。この時の相手は羽生善治。
- 羽生善治を強く意識している。
- 自宅近所の公園で羽生の声が聞こえたので「え?こんな所に羽生さん!」と驚いたら羽生が声をあてたゲームを子供がプレイしていた。
- タイトル獲得通算20期達成を祝われたが「5倍の人(羽生)もいるので」と発言
- モーニング娘。のファンで、特に石川梨華推しだった。
- 「若者が多くて騒がしいところは苦手」の割にコンサートには行けたらしい。
- 正月には、奥さんと兄・義姉の4人で大富豪をするのが恒例。
- 4日で297回するとか。
- 同じ棋士の伊奈祐介とは大富豪の感想戦もする。
元棋士
- 引退した棋士、物故者。
大山康晴
- 中原誠らと並んで羽生善治以前の世代の代表格。
- 大の麻雀好き。タイトル戦の対局中にも記者室に顔を出し「君たち、仕事(麻雀)しなさい」というのが常だった。
- 2日間の対局の場合は、将棋の勝負が終わってから自らも参加。
- 大変な負けず嫌いで、歩いている時、他人に抜かれると悔しがって抜き返したほど。
- 将棋4コマ漫画でギャグのネタに使われたが、その漫画の作者いわく「(実際の)大山は将棋しか考えない鉄人だった」と証言している。
- 棋士の間では「盤外戦の名人」としても有名で、既に自らの勝ちが見えた勝負でも、わざと遠回しに指して相手に精神的ダメージを与えた。
- 特に若手有望株に対して使い、自分の第一人者としての地位を守ろうとした。
- 羽生善治とも対戦し、大山はこの手を使おうとしたが、羽生は負けを見越して早々に投了して通じなかった。
- 最たるものは1972年の「福田家事件」(福田家は対局場となった旅館)。
- 内藤國雄棋聖に対し、大山は挑戦者であるにも関わらず、対局前日、内藤がまだ到着していなかった(※遅れることは事前連絡あり)のに「時間になったから宴会を始めよう」と言い出し、周りも大山の言う事に従わざるをず、宴会を行った。
- 内藤が到着したときには宴会は終わっており、それを見た内藤は激怒。そのまま銀座で大酒をあおり、内藤は翌日の対局でも負けた。
- さらにこれ以降実に10年にわたって内藤は順位戦で大山に勝てず、カモにされていた。なぜかと言えば、大山はその後も内藤との対戦では……
- 対局中に「内藤さん、テレビに出ると、いくらもらえるの?」「封じ手を2時過ぎにやって、すぐ麻雀にしよう」「福田家には、お手つきの仲居さんがいたしね」と内藤の神経を逆なでしていた。
- 内藤國雄の、対大山の対戦成績は18勝50敗(勝率.265)で終生苦手にしていた。
- 真剣師(賭け勝負師)出身の花村元司には、自分が勝った後に「あんたは所詮素人だもんね」。
- 対局中の雑談は、現在では当然のマナーとして行われないが、大山はこの雑談で相手を怒らせては正常な思考を奪っていた。
- いくら盤外戦でもここまで徹底するのは珍しく「どんな手を使っても勝つ」という大山の哲学が垣間見える。
- ちなみに盤外戦は、最近では流行らないらしい。
- 相手の側に回って将棋盤を眺めるのも元々は盤外戦術の一つだが加藤一二三の「ひふみんアイ」は盤外戦術とは考えられていない。
- コンピューター将棋がまだ使い物にならなかった頃から「コンピューターの方が強いに決まってるじゃないか」と未来を予期していた。
- 「コンピュータに将棋なんか教えちゃいけないよ。ろくなことにならないから」とも発言。
- 現代将棋では羽生善治や渡辺明などの超一流棋士でもコンピューターで棋力を磨くのが常識だが、大山が今生きていたらどういうのだろうか?
加藤一二三
- ご存じ「ひふみん」。
- 同じ愛称を持つアニメキャラが同時期に話題になったのをTwitterでネタにされてたら、本人にも捕捉されてしまった。
- 藤井聡太のプロデビュー戦で対局、それに負けて引退したが、おかげで将棋を知らない人たちにも有名になった。
- そのため、藤井聡太に会うたびごとに「(有名にしてくれて)ありがとう」。
- でもそこは勝負師。身内では「僕には藤井聡太でも破れない記録があるんだよ」と自慢している記録があるらしい。
- 残念ながらそれが何の記録だったかは失念。
- 順位戦A級昇格の最年少記録らしい。
- それは藤井聡太も可能性があるので最年少五段記録かも。これならもう結果が出てるので藤井は達成不可能。
- 順位戦A級昇格の最年少記録らしい。
- 残念ながらそれが何の記録だったかは失念。
- 大の猫好き。
- 外で猫を見かけると「ハロー」と手を上げて挨拶。続けて「君達も、将棋に興味があるのかい?」
- 野良猫にエサを与え続けた結果、猫が増えてご近所トラブルに。
- 現在のひふみんキャラからは想像もつかないが、デビュー当時は「神武以来の天才」と騒がれた。
- 加藤が11歳の時、関西将棋会館で板谷四郎に指導対局を受けていた際、たまた通りかかった升田幸三が一目で加藤の才能を見抜いた。
- 天才が天才を知る、ということらしい。
- 加藤が11歳の時、関西将棋会館で板谷四郎に指導対局を受けていた際、たまた通りかかった升田幸三が一目で加藤の才能を見抜いた。
- 上記の大山康晴に匹敵する、盤外戦術の帝王。
- 「盤外であろうと、主張すべき事は決して譲らない」とか。
- 盤外戦術というよりこの人の場合、素でやってる事が相手に嫌がられているだけだと思う。
- 「盤外であろうと、主張すべき事は決して譲らない」とか。
- 敬虔なクリスチャンであり、賞金の多くをキリスト教に寄付。
- 聖シルベストロ教皇騎士団勲章を授与されている。
- ただしどの程度すごいのかはチャクウィキでは判断できない。
- 聖シルベストロ教皇騎士団勲章を授与されている。
- 引退後も2018年現在、公式戦における対局数(2,505)及び敗北数(1,180)で一位を保持している。
- 勝利数は三位(1,324)。
- 一位は大山康晴(1,433)、二位は羽生善治(1,400・更新中)
- 勝利数は三位(1,324)。
桐谷広人
- 財テク棋士。
- 衣服や靴、日用品などもすべて株主優待品。現金を使うのはマンションの家賃と光熱費くらい。
- 年間140本もの新作映画を観るという映画通。
- テレビ番組で映画の試写会に訪れた際、ジョニー・デップに映画の感想を直接伝えるという離れ業を演じた。
- 実は升田幸三の弟子で唯一棋士になった人物である。
升田幸三
- 間違いなく伝説の棋士の一人。
- 将棋界の革命児で、次々と新手を編み出し「将棋と言う競技に寿命があるなら、その寿命を300年縮めた」と言われる。
- 将棋の実力はもちろん、その豪放磊落な性格と方言癖は、数々の伝説を残している。
- ヘビースモーカーで、一日に200本吸ったと言われる。酒豪でもあった。
- 谷川浩司に対して「自分は5歳のときから酒を飲んでいたので記憶力が減退してしまった。酒は控えなさい」。
- ギャンブルは一通り験してみた結果「運に左右されるものは勝負じゃない」とやらなかった。
- 戦後GHQが「将棋は捕虜(取った駒)を再び使うから捕虜虐待につながる」という理由で廃止しようとしていたところ。
- 「将棋は人材を有効に活用する合理的なゲームである。チェスは取った駒を殺すが、これこそ捕虜の虐待ではないか。」
- 「キングは危なくなるとクイーンを盾にしてまで逃げるが、これは貴殿の民主主義やレディーファーストの思想に反するではないか」
- 全日本選手権戦(竜王戦の前身)で木村義雄名人(当時)と対局した際「名人など所詮はゴミのようなもの」と発言。
- 木村が「じゃあ君は一体なんだ?」と言うと「ゴミにたかるハエだな」。
- 木村が「では名人に挑戦くらいしてはどうかね?」
- 升田は後に実際に名人のタイトルを獲得している。
- 塚田正夫とは仲がよかったが、あるとき升田が「俺は太陽で、あんたは月だ」と言うと、塚田も頭にきて反論、太陽だ、月だ、と言いあった。
米長邦雄
- 2012年に69歳で亡くなったのが惜しまれるエピソード満載の棋士。
- この没年齢の数字すら、氏ならではのギャグに見えてしまう。
- 女子小学生の内弟子(林葉直子)を取った事があり、そのまま「りゅうおうのおしごと!」の設定のネタにされた。
- 升田幸三に可愛がられたが、升田には「麦長くん」と呼ばれていた。
- 兄が3人いるが、3人とも東大に進んでいる。
- 「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」と発言した(と言われている)。
- このエピソードは、同じく兄が東大に進んだ谷川浩司の発言として語られることもある。
- 「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」と発言した(と言われている)。
- 「あなたのストレス解消法は」の質問されて「口に出すわけにはいかない」。「可能ならばやってみたいスポーツは」と訊かれて「段違い平行棒」と答えている。
- 42歳の時にヌード写真集を出版。
- 需要のほどは不明だが、確かに話題はさらった。
- 女性関係でもめ事があると、桐谷広人(上述)に解決させ、脅迫文の代筆までさせていた。
- 1996年、「コンピュータがプロを負かす日は? 来るとしたらいつ」というアンケートに「永遠になし」と回答。
- それから16年後の2012年、米長はボンクラーズに敗れている。
- 十段戦(竜王戦の前身)で福崎文吾に敗れた際、その福崎に「おめでとう」と言って自ら花束贈呈。