もしあの都市開発が○○だったら

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梅田北ヤード

全体の開発工事の完成が別の時期になっていたら

  • 史実では、全体の開発工事の完成は、2020年〜2025年になる予定だそうです。
2000年代
  1. 吹田貨物ターミナル駅は1982年頃までに完成していた。
    • 大阪貨物ターミナル駅も1978年頃に完成していた。
    • 梅田貨物駅は1986年頃に廃止されていた。
  2. 無論、オオサカガーデンシティの開発も史実よりも早まっていた。
  3. 阪急電鉄の本社が茶屋町ではなく、梅田北ヤードに移転していたかもしれない。
    • 阪急電鉄が梅田北ヤードの開発に参加するのは史実通りだが、1988年に阪急ブレーブスを身売りしたのはその資金を確保するために身売りしていたと言われていた。
  4. 1987年の国鉄分割民営化によるJRの発足を祝うイベントが行われていた。
  5. 無論、三越は伊勢丹とは別に開業していた。また、伊勢丹とともに、売り場面積が史実よりも大きくなっていた。
  6. 緑地となる予定地区において、高層ビルが乱立していた。
2010年代
  1. 2008年に大阪オリンピックが開催されることが決まっていたら、確実にあり得ていた。
  2. グランフロント大阪の開業が2008年頃になっていた可能性が高い。
    • 大阪ステーションシティの開業も2005年頃になっていた。
  3. ヨドバシ梅田の開業は史実通りだが、ヨドバシ梅田タワーの開業が5年程度に早まっていた。
    • ヨドバシカメラ梅田店は梅田北ヤードに建てられていた。
  4. 旧大阪鉄道管理局跡地には、三越が1990年代に開業していた。
    • 無論、北浜にある大阪店は史実よりも早く閉店になっていた。
    • 伊勢丹も三越とは別にノースゲートビルディングに開店していた。

梅田北ヤードスタジアム構想が実現していたら

  • 2009年に日本サッカー協会が構想を発表しましたが、大阪市の方針の転換により、実現しませんでした。
  1. セレッソ大阪が本拠地として、使用されていた。
  2. 2001年頃までに完成していたら、2002年のFIFAワールドカップの会場になっていた可能性が高い。

那覇新都心

街としての大勢は整ったものの、用途未定のところや本土デベロッパーによるマンション問題など街づくり失敗という話もある沖縄県の那覇新都心(マチナトハウジングエリア)、もしこの新都心が別の道を歩んでいたら

そもそも返還されなかったら

  1. いまだに米軍住宅がある。
    • そして市民の住居との落差にみんな驚く。
    • 現在は一戸建ては減り、ほかの県内基地同様マンション型に代わっている。
  2. まだ那覇市は革新市制のまま。
    • それでも保守市制になった場合は基地問題がクローズアップされるたびにリコール騒動までありえた。
      • その結果、翁長雄志は2014年の沖縄県知事選に立候補しなかった。
  3. 交通渋滞はますますひどくなった。(これは森林公園になった場合と同じ)
    • その他、森林公園になった場合と同じケースがいくらか発生する。
  4. 911以降は那覇軍港-ハウジングエリア間を中心に那覇市の検問が厳しくなった。

そのうえ小禄地区も返還されなかったら

  1. モノレールは、建設されれば那覇空港の旧ターミナルから自衛隊基地沿いに奥武山方向へ進み、奥武山公園の西側を通って旭橋に向かうルート。
    • このため那覇空港のターミナルは旧ターミナル残存の上増築される。
  2. 那覇西高校は存在しない。
    • 某氏の実母のおかげで吹奏楽の強豪校となった中学校も存在しない。
  3. ジャスコは別の場所で沖縄に初進出を果たす。
  4. 下手すると国道331号は山下交差点左折-小禄交差点右折-小禄中前経由豊見城市名嘉地のルート。
    • 小禄北交差点~宇栄原交差点は拡幅されている。
    • 小禄バイパスは宇栄原から分岐していた。
    • もしかすると国道の用地だけ返還されてたかもしれない。
  5. さすがに米軍ではなく自衛隊が利用している。
    • そして敷地内に病院や学校が整備された。
  6. 那覇空港自動車道は基地を突っ切っている。

開発が10年早かったら

  1. 当初の予定だった超高層ビルが立ち並ぶ。
    • とはいっても「首里城の景観を守る市民の会」みたいな人が引っ掻き回す。
  2. その後の不況で完成したビルはテナントが埋まらず廃墟同然。
    • 2005年から2008年半ばまではテナントが埋まってようやく黒字に
      • だが金融危機で再びテナントが撤退。
  3. 那覇市の新庁舎は予定通り新都心にできるためマンション問題は起こらない。
    • と思いきや、大渋滞でやっぱり付近住民は怒る。
  4. 那覇市は新庁舎完成後しばらくして財政赤字に追い込まれた可能性がある。
  5. 沖縄都市モノレールの開業が史実よりも早まっていた可能性が高い。
    • てだこ浦西への延伸も史実よりも早まっていた可能性が高い。
    • 最初の区間が早くても首里城公園開園・遅くても2000年のサミットまでにできた。
      • のちに3両化された。
    • 愛称はどうなっていたか。
    • 「琉球モノレール」なのか。

開発が5年以上遅かったら

  1. 開発が京都環境会議(1997年12月)のあとにずれ込む。
    • そして森林公園にしろ!という声が高まる。
  2. 結局森林公園になってしまう。
    • 那覇市の大気はその分きれいにはなる。
    • 平均気温も少しは下がる。
      • エアコンを使う頻度が減るため、その分の二酸化炭素が減る。
  3. でも交通渋滞はひどくなった。
    • モノレールの乗客も少しは増えるか?
  4. モトクロスはどこで練習してたんだろ・・・・・・
  5. 那覇市の財政も少しはましになった。
    • 現在地か与儀公園近くに高層で新庁舎完成。
  6. おもろまちのマンション問題は存在しない。
    • でも別の場所で同様の問題がやはり起きた。
  7. 那覇市は人口が2万近く増えることはなく30万前後でいったりきたり。
    • 天久地区が空気がきれいだからとその周辺は人口増えるか?
    • でも沖縄県の人口はほぼ現実と同じ水準。

施設関連(これは返還されなかった場合も同じ)

  1. 国の第2合同庁舎は与儀の県立那覇病院跡地にできた。
    • 沖縄赤十字病院は古波蔵のまま。
  2. サンエーは那覇市安里の那覇店を拡張する。
    • 牧志の再開発地域に移転した可能性もある。
    • それでも狭いので大山シティは同社最大の店舗として誕生。
  3. DFSは宜野湾にできたか、断念。
  4. NHK沖縄は那覇市久茂地近辺へ2006年よりもっと早い時期に移転。
  5. 沖縄タイムスは現実の琉球放送会館横に共同建設で別館建設、その後本館建替。
  6. 沖縄県の公立高校は1つ減る。
    • 那覇国際高校が存在しないため、(先に返還された)那覇西高校のレベルがそこそこ高くなる。
  7. 沖縄県立博物館は首里以外に別館を作る。
    • その後首里を建替。
  8. 日銀那覇支店は久茂地のまま。
  9. 安里1区バス停はそのままの場所に存続し、寺も移転しない。
    • 730以前の右側通行時に建てられた、那覇市の渋滞状況を知らせる旧式掲示板もそのままだった可能性がある。

ダイエーが進出断念しなかったら

  1. 2002年に那覇新都心に新那覇店オープン
    • 旧那覇店は史実より3年以上早く閉店に追い込まれる。
      • 現存するオーパ(旧フェスティバルビル)も同時に閉店、新都心へ。
        • ガジュマルののろい健在かといわれる(現実にガジュマルが屋上移植されることを条件にあのビルは完成した)。
        • 経済がその時は悪くないため(史実でもドン・キホーテの入手決定とともに閉店)、新たな入居者がすぐ決まる。未進出企業(現実のドン・キホーテになる長崎屋含む)の沖縄1号店か、琉貿ストアを軸とした県内外複数店舗で。
    • その後サンエーが入居ということもある。
      • サンエーは上記の返還されずあるいは森林公園と同じケースをたどった。
  2. 2005年に沖縄から撤退しなくてもすんだ。
    • でも新那覇店の建設投資の分赤字が膨らむ。
    • イオンに統合後は「イオンモール沖縄マチナト」に変更、沖縄ライカムは誕生せず別のショッピングモールか公園になっていた。
  3. アクターズスクール&ドリームプラネットの進出や京王プラザホテル沖縄なども実現。
    • 京王プラザ沖縄の低層部分に現実の場所でDFSが入居することになる。

ささしまライブ24

開発が15年早かったら

  1. グローバルゲートの開業が史実よりも早まっていた。
    • 中京テレビ放送の移転も史実よりも早まっていた。
      • 名鉄主導で開発され中京テレビの本社もそこに入っていた可能性も。
      • 名鉄系のホテルも入っている(その場合プリンスホテルは来ない)。
  2. デ・ラ・ファンタジアなどのイベント会場として、使用されることはなかった。
  3. 場合によっては、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線の開業が史実よりも早まっていたかもしれない。
    • 市交通局直営の路線として開業(東部線計画も考慮)。
      • 史実の1000形は8000形を名乗った(上述、3050形ベース)。
      • その分交通局の赤字が増える。

梅田3丁目計画

竣工が別の時期になったら

史実では、2024年春に竣工予定。

2010年代
  1. 大阪駅の改良工事と一体になって、行われていた。
  2. 阪神電鉄も再開発に参加していたかもしれない。
  3. 東京のJPタワーと比較されていた。