ページ「もしあのアニメが別の時代に放送されていたら/あ・か行」と「もしあの鉄道路線が開業していたら/東京」の間の差分

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==独立項目==
*モノレールは[[もしあの鉄道路線が開業していたら/モノレール]]へ記載するようお願いいたします。
*[[もし「けいおん!」が別の時代に放送されていたら]]
*地下鉄は[[もしあの鉄道路線が開業していたら/地下鉄]]へ記載するようお願いいたします。


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==京王関連==
===THE IDOLM@STER===
===国立線===
;2007年
*府中~国立間を結ぶ計画だった。
*史実ではXENOGLOSSIAが放送されましたが2011年に放送された方がこの時期に放送されていたら?
#西武が国立の都市計画の主導を握れなくなっていた。
#制作はどちらにしろサンライズ。
#*マジレスすると、西武も、しっかり京王がこちらに来ることを想定していて、パンフレッっとにも構想中としてあったらしい。
#史実より注目されなかった。
#分倍河原だけでなく谷保も京王とJRの共同使用駅になっていた。
#*もちろんミリオンスターズやシンデレラガールズは存在しない。史実の主要キャラが新作ゲームの追加アイドルとして1~2人づついる、程度。
#*どちらの駅も京王が管理する事になっていれば、谷保~分倍河原間で通過特例が設けられていた可能性もある。とは言え西府駅開業後は特例の扱いで厄介になりそう。
#恐らくUHFアニメで関東では千葉テレビかテレビ神奈川で放送。
#都心に直通する列車はおそらく朝夕ラッシュ時のみ。
#*とは言えそれなりに需要はあるはずなので、折り返し便も6両編成くらいにはなっている。
#*モノレール開業時までは立川への最短アクセス手段としての需要も根強かった。


===明日のナージャ===
===蒲田線(仮)===
;1980年代後半
京王の前身である武蔵電気軌道株式会社は蒲田~調布~立川間の路線を計画していました。
#もしかすると時間帯的に同じ枠だったかも。
#南武線との競合関係になっていた。
#主題歌に本田美奈子が起用されたことで話題に。
#*南武線の新性能化は早期に進み、車両は分割民営化直後の時点で103系に統一。JR発足後は205系・209系が優先して投入され、京王を迎え撃っていた。
#少なくとも1年で打ち切りにはならなかったかと。主演声優が「絶対に許さない」なんて発言することもなかった。
#**当然快速運転開始は分割民営化直後早期に行われていた。
#大東急時代に保守費用の削減を目的として旧京浜電気鉄道との車両規格の統一が行われていたかもしれない。
#*同時に[[#標準軌に改軌していたら|標準軌に改軌される]]。
#*大東急の戦後復興策として京王蒲田と京浜蒲田を結ぶ路線が検討されていた。
#*上記計画がなかったとしてもほぼ確実に蒲蒲線計画には絡んでいた。
#新宿~立川間の列車も一定数は存在するはず。
#ルートによっては東急多摩川線の存在自体にも相当な影響を与えていた。


===アニマル横町===
===両国線===
;昭和40~50年ごろ
新宿~神楽坂~飯田橋~九段下~東京~日本橋~浜町~両国
#ちょうどネタの年代だった。
#結局新宿より先は都営新宿線となる。
#ケンタを大山のぶ代が担当していたかもしれない。
#*ただし終点は本八幡でなかった可能性大。
#あみ、くーちゃん役には当時の若手声優が起用されていた。
#東京駅に直結できるので、千葉県営鉄道北千葉線の計画がもっと具体化していた。
#放送局はフジテレビ系列。
#中央快速線に対抗するためライナーの投入がもっと早まっていたかもしれない。
#そこそこの人気で終わり、懐かしアニメ特番でも殆ど取り上げられないが、一部マニアには根強い人気の作品であり、2010年現在では地方局やBS・CS等で再放送されている。


;平成初期
===東京山手急行電鉄===
#くーちゃんを三石琴乃、ヤマナミさんを松尾銀三が演じてた。
現在の京王井の頭線は、もと帝都電鉄と言いましたが、その前身は山手急行・渋谷急行という2つの私鉄でした。渋谷急行の部分は井の頭線になりましたが、山手急行のほうは大井町から洲崎まで、50キロを超える大型路線として計画されていました。<BR>
#放送局がテレビ東京系列だったかどうかは微妙。
昭和不況や、鬼怒川水力電気の分離などのからみで、資金難に陥ったため、計画倒れに終わってしまいましたが、これが実現していれば、山手線の外郭を結ぶ第二の環状線として、大いに役立っていたことでしょう。<BR>
もし山手急行線が予定どおり実現・存続しており、渋谷急行線(井の頭線)も小田急や京王の傘下にならず帝都電鉄のままであったら?


===あさりちゃん===
#接続する鉄道線が非常に多いので重宝する。ただ長距離客はあまり望めそうにない。
;1990年代
#接続駅における他線の扱いも違ってくる。
#あさりはこおろぎさとみ、タタミは水谷優子、さんごは横尾まり、イワシは龍田直樹が声を担当していた。
#*駒沢大学には田園都市線の急行も停車。
#*二浪は置鮎龍太郎。
#*梅ヶ丘には小田急の急行も停車。同じグループみたいなものなので無視はできない。
#*江古田には西武の準急と快速が停車。急行はさすがに停車しないか。
#*大山には東武東上線の準急と急行が停車。
#*八広には京成押上線の快速が停車。特急は停車しないか。
#*平井の総武線快速停車は無理だろう。
#渋谷急行線(井の頭線)とは明大前で同一平面乗り換えが可能。連絡線もある。
#*井の頭線の明大前駅附近をよく見ると、複々線のスペースがとってあることがわかる。山手急行線との接続のために確保されていた。
#*大井町発渋谷行きとか、吉祥寺発北千住行きなども可能。
#*乗る人いないだろ。
#**史実の明大前の乗客とかを考えると結構使うと思うぞ?
#車庫は大井町、駒沢公園、峡田、東陽町あたりに設置かな。
#もう少し頑張って本当に環状線にしてしまえばさらに便利だった。
#*りんかい線に乗り入れるのもアリか。
#*東陽町から先、豊洲や晴海、品川辺りを経由して大井町に至るルートかと。
#大井町・渋谷・吉祥寺・北千住・東陽町あたりは大きなターミナルとなり、「帝都百貨店」が建てられる。
#*そのかわり阪急(大井町)、東急プラザ(渋谷)、東急ハンズ(北千住)はできなかった。
#*戦後「帝都」の文字をはばかって「テイトデパート」とかになるかも。
#戦時合併で京王電気軌道と合併していた。
#*[[京王線]]は「帝都電鉄京王線」になっていた。
#*京王の路線規模を考えると、戦後も分離しないままだろう。
#*北千住から先は京成、中野-駒込間は西武と合併していた。
#[[もし東武鉄道が○○だったら#西板線が上板橋駅まで全通していたら|東武西板線]]とも関係するルートなので、[[浅草駅|浅草]]か亀戸までの直通、また[[東武伊勢崎線|伊勢崎線]]と[[東武東上線|東上線]]の連絡(現実で[[秩父鉄道]]がしている)を果たす。
#メトロセブン・エイトライナーは構想自体が存在しない。
#*江戸川区内の南北移動の手段としての構想はあったかと。


===あずきちゃん===
===富士見ヶ丘から分岐線===
;1960年代
1960年代、富士見ヶ丘から三鷹・西国立方面に路線を延長する計画があったそうです。
#出てくる校舎が木造
#勿論富士見ヶ丘は急行停車駅となっている。
#あずきちゃんの家にあるものはモノクロテレビ。
#流石に吉祥寺方面が実質的な支線と化する事はない…はず。
#今は無き都電が出てくる。
#相鉄のように三鷹・西国立方面と吉祥寺方面で優等列車の種別が分かれていた。


;1988年
===井の頭線延伸===
#あずきちゃん役が日高のり子。小笠原が山口勝平、健が野沢雅子。
*吉祥寺から田無を経由して東久留米までの延伸計画があった。
#出てくる校舎はうる星やつらと同じ。
**吉祥寺~田無~ひばりヶ丘はよく妄想路線として描かれるが実際に計画があったことを知る人は少ない。
#*チャイムは時計台にあるものを鳴らしている。
#東久留米ではなくひばりヶ丘が終点になっていたかもしれない。
#吉祥寺は2面4線になり永福町とともに急行の緩急接続が行われた。
#さらに東武東上線沿線までの延伸が検討されていた。


===あずまんが大王===
==京成関連==
;2010年代
===京成上野駅から京王新宿駅(現在の都営新宿線 新宿三丁目駅付近)までの路線===
#放映局などは史実通り。
*レール幅が同じだった京王、王子電気軌道(現在の都電荒川線を運営してた私鉄)との合併計画が過去に在ったので、このような路線計画が現実に在ったらしい。
#キャストの方はちよ以外は変わっていた。
**途中の飯田橋駅で京王が計画してた東京駅経由両国駅までの路線計画も存在してました。
#ニコ動でも配信されており、放映時期によっては難民キャンプの役割を果たせていた。
#史実の都営地下鉄大江戸線の環状部の北側は確実に別ルートに成って居たハズ。
#*が、最終回後に「あずまんがロス」を発症する視聴者が大量に発生していた可能性も。
#*新宿西口駅-大久保駅(JR大久保駅・新大久保駅付近)-西早稲田駅-早稲田駅-江戸川橋駅-飯田橋駅-水道橋駅-御茶ノ水駅-秋葉原駅-新御徒町駅-蔵前駅-両国(江戸東京博物館前)駅…………以下、史実と同じ。
#**または新宿西口駅-大久保駅-西早稲田駅-早稲田駅-江戸川橋駅-護国寺駅-茗荷谷駅-春日駅-本郷三丁目駅-上野御徒町駅(史実の駅よりも東京メトロ千代田線の湯島駅に近づける)-新御徒町駅…………以下、史実と同じ。
#史実の飯田橋駅が、もっと便利に成って居たのは確実で後楽園球場、後楽園ホール、後楽園ゆうえんちに行くのに便利な私鉄沿線だったので週末の利用客で京成も京王も、かなり儲けて居たハズ。
#*とくに京成はジャイアンツの人気に、あやかった記念乗車券や企画乗車券(トクトクきっぷ)を売り出してたと思う。
#想定されるルートは、以下の通り。
#*京成上野駅-本郷三丁目駅(史実の都営地下鉄大江戸線の駅と同じ位置)-春日駅(史実の都営地下鉄大江戸線の駅と同じ位置)-飯田橋駅-市ヶ谷駅(史実の東京メトロ南北線の駅と同じ位置)-曙橋駅(史実の都営地下鉄新宿線の駅と同じ位置)-京王新宿駅。


===あたしンち===
===京成浅草線(京成曳舟~浅草)===
;1990年代後半(4年早かったら)
*京成電鉄は、東武鉄道とともに浅草に乗り入れる計画がありました。史実では、東武のみが浅草駅に乗り入れましたが、京成のみが浅草に乗り入れた場合、
#1998年4月に実史通りテレ朝で放送。
#当然ながら、京成上野~青砥間は開通していない。
#*早い段階でアニメ化できていたならそれこそ掲載紙の関係で日テレ系で放送されたんじゃないかと。
#*京成押上線が本線となっていた。
#声優キャストもほとんど現実と同じ。
#東武は、筑波高速度電気鉄道の免許を利用して、上野に乗り入れた。
#*ただしみかんは大本眞基子が声を担当していた。
#*その場合、東武伊勢崎線は上野~北千住~伊勢崎間となり、東武亀戸線は北千住~亀戸間になっていた。
#2008年の放送10周年記念の時には、スペシャルでクレヨンしんちゃんからしんのすけがゲスト出演していた。
#*東京メトロ半蔵門線との直通運転は史実通り。
#映画はシリーズ化されていた。
#東京スカイツリーは京成電鉄の手で、建設された。
#*もちろん全部オリジナル。
#戦後、浅草駅は地下駅となり、都営地下鉄浅草線の終点は浅草駅になっていた。
#*2011年の映画あたしンちは、3Dはなく普通に上映されていた。
#*浅草駅は東京都交通局と京成の共同管理駅になっていた。
#原作が終了しても続いていた可能性はある。
#松屋浅草店は、京成百貨店浅草店になっていたかもしれない。
#特急スカイライナーの利用客は史実より少なかったかもしれない。
#*AE100形登場の時点で間違いなく浅草線直通が前提となっていた。


===あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。===
==京急関連==
;昭和期
===五反田線===
#1987年10月以降なら「JOCX-TV2」での放送もありえたろうが、それ以前の時代なら勿論、その後でも全日帯で放送。木曜日19時台前半(1981年秋以降なら、木曜日19時台後半)か。
蒲田~五反田~田町
#児童向けアニメとして放送。ただし、中高生の視聴者も想定。当時の子供たちにとっては青春ものに見えるだろう。
#東急池上線に急行が設定されていた。
#裏番組にとって、この作品は、どの程度の脅威か。1970年代初頭なら「タイガーマスク」(日テレ)、1980年代なら「まいっちんぐマチコ先生」「キャプテン翼」(テレ東)と競合する。
#泉岳寺延長は行われず、浅草線への直通はこの路線が担っていた。
#登場人物の子供時代は、男の子はみんな半ズボンをはいていた。
#*品川への乗り入れは浅草線短絡新線で初めて検討されていた。
#めんまの死が、彼女の水死体として表現される可能性がある。
#遅くとも大東急時代には下神明駅が開業していた。
#めんまは、ロシア系ではなくアメリカ系という設定。
#*大田区内にももう少し駅が設けられていたかもしれない。
#あなるは、高校生になると、当時のツッパリ(ヤンキー女子)スタイルで登場するか(1980年代の場合)。
#蒲蒲線計画は存在しなかった。
#1970年代初頭に作られた場合、開業間もない西武秩父線にとって、格好のPRになる。


===アパッチ野球軍===
===青山線===
;2010年代
#千駄ヶ谷から先、新宿まで延長していたかもしれない。
#MAPPA制作。
#*東急東横線や湘南新宿ラインと激しい競争が起こる。
#差別的な表現が大幅に削られる。
#*空港線の電車も乗り入れてくる。
#*特に影響が多いのは材木とモンキー辺りか。
#**東京モノレールの利用者は現実よりも減っている。
#泥臭さのない今風のデザインにアレンジされる。
#*新宿に京急百貨店が開店していた。
#*腐女子が薄い本を量産する。
#**タイムズスクエアが京急百貨店新宿店になっていた。
#泉岳寺どまりになっている快特が乗り入れてくる。
#首都圏の大手私鉄における京急の地位が現実より向上していた。
#千駄ヶ谷付近を通るため、東京オリンピックの際、観客輸送に力を入れた。
#*通称「オリンピック特急」が城南地区、神奈川方面からの会場アクセス列車として重宝された。
#軌間が1372mmのままだったら、京王および都営新宿線と相互乗り入れしていた。
#*京成も改軌せずに都営新宿線・京王・京急と相互乗り入れを行うため、都営新宿線が都営浅草線状態になっていた。
#*新線新宿駅は2面4線で建設されていた。
#池上電気鉄道の品川延長計画も実現していたかもしれない。
#*この場合池上電気鉄道は1435mmへの改軌を行い、最終的に京急に合併されていた。
#東京○号線に組み込まれ都営の路線になっていたかもしれない。


===アマガミSS===
===本線延長===
;2000年代初頭
;大手町延長
#タイトルが「トゥルーラブストーリー外伝 アマガミ」になっていた。
品川~赤羽橋~南佐久間町~大手町。
#*当時のエンターブレインのギャルゲーと言ったらトゥルーラブストーリーが主流だったし
#浅草線への乗り入れは恐らくは史実通り。
#主題歌は仲間由紀恵が歌っている。
#*その代り浅草線短絡新線計画にかなりの影響が出ていた。
#*多分彼女もなんらかの役を貰ってた。
#JRとの競合がさらに苛烈な物になっていた。
#キャラデザは松田浩二が担当していた。
#*一方対羽田空港はほぼモノレールに完勝。
#当時、ひぐらしみたいなループ方式と言う演出が無かったため、純一は毎回振られていた。
#赤羽橋駅には「東京タワー前」の副駅名がついていた。
#*あるいはループ方式はここを元祖としていたか。
#好評だった場合、ギャルゲーアニメに活路を見出したTBSは翌年に東映版Kanonを放送していた。
#*アマガミで不評だった部分は'''悪い意味'''で改善されていた。ただし作画は除く。
#**あゆルートのストーリーだが、結果はハーレムエンド。ヒロイン全員、祐一にベタ惚れ。必殺のニコポでヒロイン達を落とす祐一([http://dic.nicovideo.jp/a/u1 これ]を見ればお分かりいただけると思う)。
#*逆にAIRと京アニ版Kanonは[[ノイタミナファン|ノイタミナ枠]]で放送。
#**なので京アニとKeyはTBSではなくフジとの関係がよくなってる。当然けいおん!もフジ放送。
#***CLANNADも。
#***フジデモは京アニの影響でなかったか、扱いがTBSやテレビ朝日より穏やかになっていた。
#絢辻さんの二面性に関しては'''ときメモの藤崎詩織や優等生系ヒロインのアンチテーゼ'''と言われていた(当時としては裏表のあるヒロインはあんまりいなかったし)
===Another===
;1980年代後半
#少なくともセル画で描いているので2012年の時よりグロさが増していそう。


==い==
;新橋延長
===苺ましまろ===
品川~汐留。
;1980年代末期
#最終的に新橋まで延長されていた。
#規制が緩いので伸恵のタバコや酒、無免運転はカットされずにやっていた。
#*東京地下鉄道との直通が頓挫した場合、浅草線は新橋が起点となっていた。
#*原作通り、高校生と言う設定でやっている。
#**その場合車庫はどこに建設されていただろうか?
#**ただし、「良い子は真似しちゃ駄目だよ」テロップあり。
#***車庫が西馬込でない場合、西馬込には三田線が延長していた。
#*効果音だけだった美羽を殴るシーンはカットされずそのまま、描写される(しかも顔面パンチのバンクがほとんど)
#汐留駅は東京地下鉄道との直通を前提とした構造になっていた。
#TBS系列で全日帯でゴールデンタイムでなく午後5時代に放送されていただろう。
#*というのもTBSはゴールデンタイムにはアニメをやらなかったり、途中で打ち切っていたりしたから。
#**過去に「[[wikipedia:ja:みかん絵日記|みかん絵日記]]」が裏で放送されているドラえもん(テレ朝)に負けて打ち切った経験あり。
#ほのぼの系でサザエさんに対抗していたかもしれない。
#*[[もし「らき☆すた」が1980年代に存在していたら|あのアニメ]]もこの時代に存在していたら、三つ巴の戦いになっていただろう(視聴率関係で)
#**当時の子供たちはらき☆すたでオタクの存在を知り、ましまろで女性少女愛(レズビアン・ロリータ)の存在を知ることになるだろう。
#***なんちゅう時代になんだ…
#茉莉のクラスの担任による「笹塚、立ってろ」はPTAからクレームがこない。
#*というか、担任、普通に笹川に体罰を行っている。
#**その逆に美羽の髪の毛を茶髪に染めているのはPTAからクレームが来た。
#***伸恵が原作初期では金髪に染めていたのも、アニメ当初で金髪でやっていたが、これもPTAからクレームが来た。
#伸恵は勝生真沙子、千佳は柿沼紫乃、美羽は鶴ひろみ、茉莉は高田由美、アナは白鳥由里が担当していた。
#*笹塚は佐々木望、担任は鈴置洋孝、紺野愛子は皆口裕子が担当している。
#当時だとエイケンが制作元で童夢は下請けを担当していた。
#当時だと伊藤家の車は[[wikipedia:ja:ホンダ・インテグラ|リトラクタブルライトのセダン]]かもしれない。


===イナズマイレブン===
==西武関連==
;1985年~1989年
===新宿線国鉄新宿駅延伸===
#製作会社は東映動画。
{{駅名標/西武|name=新宿|ruby=しんじゅく|roma=Shinjuku<br />신주쿠|back=|back2=|back3=|next=高田馬場|next2=たかだのばば|next3=Takadanobaba<br />다카다노바바}}
#史実とは違い、超人的な描写が強調されていた。(ボールに当たった選手が宇宙までぶっ飛ぶなど)
#「西武新宿駅」ではなく単に「新宿駅」と名乗っていた。
#キャプテン翼のライバル作品だったが次第にイナズマイレブンの方が、人気が高くなった。
#*JR各線だけでなく小田急・京王・地下鉄各線との乗換駅にもなっている。
#人気ランキングをやると、いつも豪炎寺が1位で円堂が10~20位だった。
#*史実よりも新宿線の利用者数は大幅に増えていた。
#エイリア学園が本当の宇宙人で、世宇子中が本当の神または神の使者。 御影専農がサイボーグだったのかも。
#現実のルミネエストなどがある辺りに駅があった。
#かなり豪華なキャスティングだった。
#*西武百貨店の新宿店が併設されていた。
#高田馬場駅の地位は低下する。
#*間違いなく特急レッドアローは通過する。
#何故か小田急との直通構想が持ち上がる。
#*実現すれば本川越〜箱根湯本間の有料特急なども登場するかもしれない。
#ホーム数確保の為に地下ホームも建設していた。
#*史実では構想倒れになった急行線が正式に開業していた。
#歌舞伎町の最寄駅は丸ノ内線の新宿駅になっていた。
#*もしくは新大久保の南側に歌舞伎町駅が出来ていた。
#新宿駅のホーム有効長の関係から6両編成が限界だったが、70年代に同駅の大規模な改装が行われようやく10両編成に対応。
#本川越直前の単線区間も複線化されていた。
#新宿~西武秩父間を結ぶ特急「おくちちぶ」が運行されていた。
#*西武秩父線が開業したのと同時に、登場していたかもしれない。(史実では、1976年に登場)
#*新宿~本川越間を結ぶ特急「小江戸」はなかったか、朝夕ラッシュ時のみに運行されていた。
#新宿駅は史実より混雑が激しくなっていた。
#*むしろ、混雑緩和のために、高田馬場駅は特急も含む全ての旅客営業列車が停車していた。
#3面4線のホームを有する高架駅になっていた。


===IS 〈インフィニット・ストラトス〉===
===西武村山線===
;1980年代
{{駅名標/西武|name=武蔵村山|ruby=むさしむらやま|roma=Musashimurayama|back=神明|back2=しんめい|back3=Shinmei|next=三ヶ木|next2=みつぎ|next3=Mitsugi|}}
#メカデザインが当時の人から見るとリアルロボット系と聖闘士聖矢をプラスした印象なので大ヒットしていた。
東村山~箱根ヶ崎間
#学園ものというよりトップガンや愛と青春の旅立ちみたいな士官学校系の青春ものになっていた。
#武蔵村山市は、交通の利便性が良くなり、史実より人口が増えていた。
#*当然、ハーレムアニメではなかった。
#西武新宿と箱根ヶ崎を結ぶ急行が運行されていた。やがて、拝島ライナーのような村山ライナーが運行されていた。
#ラウラの出身国が『西ドイツ』になっていた。
#西武園駅の位置が西武遊園地駅付近に移転していた。
#*西武園駅自体なかったかも
#多摩都市モノレールの上北台以遠の延伸はなかった。
#村山貯水池工事の資材運搬に利用されていたのかも
#西武国分寺線と相互直通運転を行い、国分寺~東村山~箱根ヶ崎・武蔵村山間を結ぶ列車が運行されていた。
#*もしくは、国分寺線は国分寺~新所沢・本川越間での運行となり、西武新宿・東村山~箱根ヶ崎・武蔵村山間を結ぶ列車が運行されていた。
#年代によっては西武拝島線の開通が遅れていたか開通しなかったかもしれない。


;1990年半ば
===多摩川線新宿線接続===
#この時代は『新世紀エヴァンゲリオン‎』ブームと重なってしまったために大コケで終わっていた。
{{駅名標/西武|name=武蔵関前|ruby=むさしせきまえ|roma=Musashisekimae|back=武蔵関|back2=むさしせき|back3=Musashiseki|next=武蔵境|next2=むさしさかい|next3=Musashisakai|}}
#系列局は史実同様TBSだが、製作はMBSだった。
*多摩川線は西武入り後、他の西武線との接続を計画しており、戦後間もない時期には実際に武蔵境から新宿線武蔵関への路線建設免許が申請されたこともありました(後に取り下げている)。新宿線と接続する計画が実現していたら。
#*もちろん「マクロス7」の後番組として放送。
#上述武蔵関駅を含む上石神井~小平間のどこかの駅につなげていた。
#*構想では上石神井で、武蔵関の前の計画では東伏見だったらしい。
#実際に申請された免許の通りに武蔵関駅に接続していたら武蔵関駅は急行停車駅になっていた。
#現状国分寺線が6両・車掌乗務で運転されていることを考えると多摩川線もワンマン化はされていなかったと思われる。4ドア車主体の運行体系だったかも。
#*101系前期型が最後まで残ったのは多摩湖線国分寺口、あるいは狭山線。
#野球開催日に武蔵境、または是政から西武球場前行きの臨時列車が運転される。
#[[中央快速線|中央線]]高架化のときに武蔵境駅は2層構造になり、中央線が高々架で西武多摩川線を跨ぐような形になっていた。
#自社線のみで検査車両を所沢工場、後には武蔵丘検修場に回送できるようになっていたので、武蔵境駅での中央線との接続は貨物輸送廃止時に絶たれていた。
#*西武池袋線とJR武蔵野線との連絡線も廃止されていた。
#白糸台の車両基地は廃止されていたか、あるいは残っていても留置線程度の設備になっていた。
#多摩ニュータウンへの延伸がより現実味のあるものとなっていた。


==うえお==
===多摩川線多摩ニュータウン方面延伸===
===H2O~FOOTPRINTS IN THE SAND===
*北多磨(現白糸台)から分岐して多摩センターを経由し城山へ至る計画でしたが、中央線の混雑を悪化させるとの判断により却下され実現しませんでした。
;1990年代後半
#多摩センター方面への路線が本線となり、北多磨~是政は盲腸線になっていた。名称は「府中線」
#恋愛系ギャルゲー全盛時にいじめや村八分、村の因習を題材にしたため、結構ヒットしていた。
#*東京競馬場まで延伸する構想もあったらしいから、計画通りにやって「西武競馬場線」にしていた可能性もある。
#*社会派ギャルゲーと呼ばれ、ひぐらしやスクイズに影響を与えていた。
#少なくとも複線化はなされていた。
#**ちなみにToHeartとギャルゲーファンの人気を二分していた。
#小田急多摩線同様多摩センターから一駅先まで延ばして完結と言う形になっていた。
#アニメは当時流行していた野島ドラマの影響と比喩されていた。
#*もしくは多摩線の当初の計画を受け継ぐかのように京王相模原線の北側(野猿街道経由?)を通って橋本に至っていた。いずれにせよ城山までは建設できずに終わる。
#はやみが村八分される理由はアニメと同様、横暴しまくったからとなっている(流石に当時でも部落ネタはできない)。
#多摩川を渡る辺りだけ下河原線の路盤を流用する計画が浮上するも、おそらく実現せずに終わる。
#*ちなみに琢磨は唐突に目が見えるのでなく、最終回まで失明したままである。
#*京王の態度にもよるが、関戸近辺は経由出来なかったかもしれない。
#**そしてはやみは精霊会議で生き返ることはなかった。
#国鉄に配慮して、新宿線まで多摩川線を延伸し、かつ優等列車は武蔵境を通過させる措置が取られていた。
#*一話にして弘瀬の家が国家権力と同等の力を持つ名家ということが分かりクラスメートが「スゲエ!」な描写がある。
#*事情を知らない人たちが、なんで武蔵境は中央線と西武線の各駅停車しか止まらないの?と不思議がられていた。
#**この作品以降、ギャルゲーの主人公が名門の御曹司という少女漫画的な設定が多くなった。特に'''Kanonの祐一'''がだ
#国鉄の中央線複々線化計画や、[[東京メトロ東西線|地下鉄5号線]]の計画とうまいこと結びついていれば、東西線~多摩センター方面の列車が運行されていた。
#ゲーム版の制作会社はF&C、シナリオはトノイケダイスケ、キャラデザがToHeart2でお馴染みみつみ美里だった。
#車両基地は新線区間に移転していた。
#*ちなみにアニメ版のシリーズ構成は信本敬子(白線流し)で監督は中村隆太郎(キノの旅)だ。
#H2Oの影響と思いれがある、かってF&Cにいた橋本タカシやCUFFSメンバーがヨスガノソラを制作。
#*そしてヨスガノソラ自体、CUFFS版H2Oと呼ばれていた。
#よみうりテレビ制作で月曜夜7時に放送された。


===おジャ魔女どれみ===
===多摩川線久我山延伸===
;1980年代
*終戦直後、西武鉄道は久我山から三鷹市を横断し武蔵境に至る軌道の免許を出願していたそうです。
#『とんがり帽子のメモル』の後番組として放送されていた。
#どちらにしろ西武の他の路線とは接続しないこととなる。
#*あるいは「ハロー!サンディベル」が史実以上に大ヒットしていた世界で、女児向けアニメ路線を継続していたテレビ朝日金曜夜7時後半枠にて放送。
#ネット上では井の頭線への直通が叫ばれていた。
#*史実のスラップスティックさもなく、商業色に染まらない、堅実でハートフルな作風になっていた。
#*「京王に移管すればいいのに」みたいな声もある程度あったはず。
#多摩ニュータウン延長計画は京王の抗議で早々に却下されていた。
#そもそも「軌道」だったことから西武軌道線と同規格だった可能性もありうる。
#*免許ごと東京都交通局に引き継がれ、都電三鷹線として開業するが数年で廃止になっていた。


;1990年代前半
===多摩川線東京競馬場延伸===
#セーラームーンシリーズと並んで、テレ朝系列における東映アニメーションの女児向けアニメの代表作となる。
*是政~東京競馬場
#*最もセーラームーンの代わりにこれが製作されていた。
#駅名は「競馬場前」駅か「東京競馬場前」駅となっていた。
#西武多摩川線の利用者が史実よりも多くなっていた。
#*国鉄下河原線は史実よりも早く廃止されていた。


===おそ松くん===
==東急関連==
*2015年に「おそ松さん」が放映。
===池上電鉄新奥沢線===
;2000年代
{{駅名標/東急|name=奥沢|ruby=おくさわ|roma=Okusawa|back=諏訪分|back2=Suwabu|next=自由が丘|next2=Jiyugaoka|color=#ee8647}}
#おそ松役はくまいもとこが演じていた。
#どうあがいても結局池上線もろとも東急の路線となる。
#*カラ松役は高山みなみ。
#*そして新奥沢駅は奥沢駅と無理矢理統合。
#*チョロ松役は沢城みゆき。
#自由が丘か旗の台辺りから二子玉川まで大井町線と並行する。
#*一松役は大原めぐみ
#*前者の場合大井町線の急行が旗の台を飛ばし、後者の場合雪が谷大塚から新奥沢の間は結局廃線。
#*トド松役は朴璐美。
#*並行してる区間は複々線になる。
#*十四松は戸田恵子。
#*これで現実通り大井町線の田園都市線乗り入れが行われたら二子玉の構造が…
#**[[ゲゲゲの鬼太郎ファン|鬼太郎]]3人居るぞww
#そのまま国分寺まで行ってしまうためエイトライナー構想が永遠に具現化しない。
#イヤミは、鈴木琢磨。
#成城学園辺りの小田急沿線から三鷹、調布などの多摩地区に東急帝国の領土が出来る。
#*ダヨーンやデカパンも兼任。
#多分路線名は「東急国分寺線」辺りに変わってた。
#トト子ちゃんは山崎和佳奈かな。
#国分寺駅では南口側に駅が建設されていた。
#「おそ松さん」は放送されていなかった。もしくはOVAなどで発売される程度だったか。
#*国分寺駅南口に東急百貨店ができていた。
#大東急時代に小田原線や京王線との接続駅が設置され、会社分離後も大規模改良が行なわれる前は中間改札なしで乗り換えができた。
#雪が谷大塚から五反田か蒲田まで乗り入れていた。
#*いや、東急の路線になっていたとすれば意地でも大井町線に乗り入れるようにしていただろう。故に雪が谷大塚-自由が丘間は存続したとしてもローカル線として固定化される。
#蒲田~国分寺の路線になれば、南武線・横浜線とならぶ東海道線と中央線を結ぶ環状線になっていた。
#国分寺には[[西武鉄道]]も乗り入れていることから、東急vs西武のバトルがここでも繰り広げられたのだろうか。
#*現在では和解し、[[西武新宿線#西武国分寺線の噂|西武国分寺線]]との直通構想が持ち上がっている。


===おもいっきり科学アドベンチャーそーなんだ!===
===東急泉岳寺線===
;1970年代
#浅草線は泉岳寺止まりのままだった。
#舞台は村地。
#三田線乗り入れが史実どおり失敗した場合は改軌されていたかも知れない。
#*出てくる校舎は木造校舎
#*もしくは池上線の地下化延長に計画が変更され、池上線の地下化と延長という扱いになっていた。
#*出てくる蒸気機関車は北海道のC57135やD51。
#*泉岳寺ではなく品川方面への延長を狙っていたかもしれない。
#子供たちは虫取りをやっていただろう。
#高輪地域再開発の際に東急が計画に噛んでいた。
#ミオちゃんの声はペコちゃん(初代)と同じ。
#*JRの新駅開業とともに「高輪ゲートウェイ」の副駅名が導入される。
#レッドチームの熊さんの声優は、上野おばさん(沢田敏子)が担当。
#*豚さんは、食堂のおばちゃんと同じく巴菁子。
#犬猫の回では、ミオちゃんとスズカちゃんが、それぞれ犬猫に変身することがない。
#*ミオちゃんは犬を、スズカちゃんは猫をそれぞれ拾って飼い始めた。
#各キャラの書かれたメンコも発売された。
#そーなんだの週刊誌は史実と違って、バインダー式ではなくアルバムタイプだった。


;1980年代
===東京横浜電鉄(渋谷-新宿間)===
#ミオちゃんの役は小山茉実さん。
*現在の東横線を新宿まで延伸する構想があったが未成に終わる。副都心線との直通で新宿への乗り入れ自体は一応実現。
#*もしくは日高のり子さん。
#他に経由するとしたら渋谷区役所ぐらいしか無い。
#アニメーション制作会社はシンエイ動画で、放送局はテレビ朝日系列だった。
#恐らく代々木公園駅は確実にあった。
#週刊誌は、バインダーではなく小学館の21世紀こども百科と同じタイプだった。
#さすがに埼玉方面まで延びないと思うが…。
#*少なくとも副都心線は計画されなかったか新宿止まりだった。
#**史実(1972年)の答申では品川・羽田空港方面への延伸を検討していたので、渋谷から明治通りをさらに南下して品川へ延伸していただろう(羽田空港への延伸は京急が阻止)。こうなっていたなら、品川に地下鉄の駅ができていただけでなく、東武東上線・西武池袋線から品川へのアクセスが格段に向上していた。ただし、急行の設定はなかったかもしれない。
#**新宿(三丁目)〜渋谷間を管轄する会社が違うだけでほぼ史実通りという可能性も。
#終点駅候補はやはり新宿駅?
#*この場合、東京都庁付近に東急駅がある。
#**史実の計画では京王新宿駅が本来東急の駅になる予定だったそうだから、京王側にかなりの影響が出ていたと思われる。
#新宿付近を除いて全線高架になっていたかもしれない。
#*渋谷駅は地下化前から駅のデザインが全く異なるものになっていた。


===俺の妹がこんなに可愛いわけがない===
===池上線延長===
;1990年代初頭
;大森延長
#今と違って、この時期は例の事件でのおたくの偏見が強く、シリアスな内容になっていた。
#大森駅が発展していた。
#*おたく版ランボーと呼ばれるほど、社会派なストーリーになっている。
#駅は池上~大田区役所(後に大田文化の森)~大森となっていた。
#**あやせにおたくだとバレた後、絶交しただけでなくザンボット3(スーパー戦隊でいうとメガレンジャー)並に学校中から迫害を受ける。
#***でもって、あやせのサイコぶりに視聴者から「ヤン百合」と言われていた。
#*でもってオタク擁護の強い内容故かまだ全日帯アニメが健在だった頃なのにTXNの深夜でしか放送できない。
#**それでもマスコミの批判対象に…
#***それ以前にPTAやBPO(放送倫理・番組向上機構)、'''当時からも'''豊島ゆーさくに批判されていた。
#****当時BPOは存在していないんですが・・・。
#高坂家は結構バブリーな自宅になっていた(バブル時代なので)。
#*桐乃の部屋はDOSのパソコン、テレビにビデオデッキ、スーパーファミコン、PCエンジン、メガドライブと中学生とは思えないほど豪華な部屋になっていた。
#**それどころか、バブル時代なので、黒猫や沙織たちもかなりリッチな生活を送っていた。
#***SNSではなくパソコン通信の掲示板で知り合っている。
#**そのビデオデッキは勿論Beta。
#**桐乃のファッションは中学生なのにロレックスの時計、ヴェルサーチ、シャネルのバックに服装はDCブランド系だ。
#*ひょっとしたら土地の安い[[千葉市/緑区|緑区]]在住?現にそこと隣の市原北部は当時マイホーム構えるために引っ越してくる人が多かったから(by元ちはら台住人)
#**となると、あやせと加奈子は緑区の高級住宅地「'''チバリーヒルズ'''(正式名ワンハンドレッドヒルズ)」の住民かもしれない。
#桐乃は普通にエロゲーを買っている(当時のエロゲーは18禁の規制はなかった)
#「スイーツ(笑)」「邪気眼厨二病」は別の言葉に変更になっていた。
#京介の父親は団塊世代(1947~1949年生まれ)の人間で成田闘争や学生運動、安保闘争、赤軍派と反体制の活動家を取り締まっていた。
#当時だと「おたくのビデオ」と比較されていただろう(リアル志向とフィクション志向ということで)。
#当時だと「メルル」はバトル系でなくぴえろ魔法少女シリーズか「アイドル伝説えり子」みたいなアニメかもしれない。
#*黒猫がファンのマスケラは「サムライトルーパー」か「聖闘士星矢」「シュラト」みたいなアニメかも(この三作は女性ファンが多かった)
#コミケ回ではマスコミ、特に[[TBS|ここ]]が来て「ここに10万人の宮崎勤がいます」と偏見に満ちた発言をする。
#*メルルのコスプレ大会ではオタクというより幼稚園児か小学生くらいのファンが多かった(なので桐乃はその中で浮いてる)
#**なお、当時はまだ規制が緩かったので控室で加奈子が喫煙する描写がある。
#あやせの親は父親のほうは当時だと石原派の議員で母親のほうはPTAだが、当時問題になっていた有害コミック騒動に参加していた。
#桐乃が書いた小説での黒猫叩きっぷりに子供と視聴していた親がドン引きして苦情が殺到する。当然、週刊誌にも乗る。
#*桐乃の「今どんな気持ち?ねぇねぇ、あとから小説書き始めたあたしにデビューされて 今どんな気持ち?」でついにアニメ雑誌で叩かれる。
#**そして桐乃は東京ラブストーリーの有森也実並かポケベルが鳴らなくての裕木奈江並にぶっ叩かれる。
#当時、ケータイ小説は存在していなく、集英社コバルト文庫のような女性向けのライトノベル誌に投稿する。
#*アニメ化回では桐乃の意見よりテレビ局とスポンサーの意見が最優先ということが書かれている。
#**当時は視聴率が良くても玩具の売り上げが悪ければ打ち切り、玩具の売り上げが良くても視聴率が悪ければ打ち切りということが多かった。
<!--↓を最期にするようお願いします-->
#あまりにも叩かれる要因が多かったため、宮崎事件以上に大論争となった挙句様々な分野の人々が加勢し、泥沼化して結果的に100年に1度の賛否両論アニメとして歴史に残ってしまう。
#*なのでエヴァやヤシガニの影が薄くなる。
#*しかも21世紀に入った今でもネット上では小康状態になったとはいえ争いが絶えない。
#**とは言っても、叩かれる原因の八割は'''桐乃の行動、態度、性格'''なのだが。


;2000年代初頭
;白金延長
#桐乃を飯塚真弓、京介を野島健児、黒猫を堀江由衣が担当。
#後に清正公前を経て三田まで伸ばされ、都営三田線と相互直通する。
#OVA制作になっていた。
#京急青山線が実現していた。
#*ただし白金まで。


;2000年代半ば
===大井町線延長===
#桐乃を平野綾、黒猫を能登麻美子が担当。
;鮫洲延長
#*後年(もしくは同時期)にそれぞれの声優が出演していた[[らき☆すたファン|ヲタヒロイ]][[電撃文庫ファン#乃木坂春香の秘密ファン|ンアニメ]]同士とパロディしあってた。
1926年に免許申請。
#星くず☆うぃっちメルルの元ネタはCCさくら、一方のMASCHERAはスクライド辺りを元ネタとしてた。
#大井町駅の構造が変わっていた。
#桐乃「中二患者は逝ってよし」
#バブル期辺りに台場方面への延長が何度か考えられてた。
#*りんかい線への直通が行われていたかもしれない。
#京急本線の特急は青物横丁の代わりに鮫洲に停車していた。


==かき==
;成城学園延長
===カードキャプターさくら===
1931年に免許申請。
;1980年代
#田園都市線の計画に影響を及ぼした可能性大。
#美少女戦士セーラームーンより前に戦闘系美少女アニメの先駆けになっていた。
#*場合によっては玉川電気鉄道が専用軌条化、高速化を行い京王のような私鉄になっていたかもしれない。
#カードを使うアニメは史実より早くブレイクしていた。
#全線の急行運転はもう少し早く行われていた。
#*その場合は「遊戯王」などほかのカードを使うアニメも史実より早く放送されていた。
#*ひょっとすると「仮面ライダー龍騎」のようなカードを使って戦う特撮もアイデアだけは史実より早く取り入れられていたかも。
#放送局は当初の予定通り民放局になっていた。
#さくらたちの制服のスカートはもっと長かった。
#竹達彩奈は声優にならなかったかも。
#*竹達彩奈は1989年生まれであろう。
#さくらは林原めぐみ、知世は西原久美子、桃矢お兄ちゃんは辻谷耕史、月城雪兎は山口勝平、ケルベロスは史実通り小野坂昌也が担当していた。
#*さくらの父は史実通り、田中秀幸が担当している。
#*ケロちゃんは杉山佳寿子が担当している。
#さくらの母は健在だ。
#*離婚している可能性もあると思う。
#**そんなことは絶対にないであろう。
#1988年頃に放送するであろう。


;2000年代
===目蒲線上槇町延長===
#UHFアニメとして放送されていた。
1928年に免許申請。
#「魔法少女リリカルなのは」と放送時期がかぶっていたら史実よりヒットしていなかった。
#東京メトロ南北線や都営三田線への乗り入れはもちろんなかった。
#知世が撮影する器具は携帯電話のカメラになっていた。
#日比谷や銀座に東急百貨店が出来ていた。
#放送局は当然民間放送である。
#*[[#三越を買収していたら|三越買収]]が実現し日本橋東急百貨店が出来ていたかもしれない。
#字幕放送も実施する。
#*さくらのセリフは黄色、知世のセリフは水色、ケルベロスのセリフは緑色。そのほかは白色である。
#**なお、BSプレミアムの再放送はケルベロスのセリフは水色、8話から登場した李小狼は緑色。そのほかは白色。


;ロングセラー化
==東武関連==
#シャオランが香港に帰った後は韓国人の少年がライバルに。
===西板線===
#東京スカイツリーも出てくる。
{{駅名標/東武|name=大師前|ruby=だいしまえ|roma=Daishimae|back=にしあらい|next=にしあらいだいしにし|back2=Nishiarai|next2=Nishiarai-Daishi Nishi|place=東京都足立区}}
#丹下桜は今でもさくらちゃん役として現役。
[[wikipedia:ja:東武大師線#西板線計画|参考]]
#東上線と伊勢崎線は繋がっていた。
#*このため、東上線の車両も本線系統の工場で検査を受けるようになり、川越工場は廃止。
#*秩父鉄道ATSが8000系に搭載されることもなかった。
#大師線は複線化され、少なくとも8両編成の電車が運行されていた。
#環七の真上に高架線が走っていた?
#[[日暮里・舎人ライナー|日暮里舎人ライナー]]が開通されるときに西新井大師西駅が新駅として出来てた。
#*同様に[[都営地下鉄三田線]]開通時に新たに板橋本町駅が開設。
#*「大師前」と紛らわしいので「西新井大師西」ではなく「上沼田」とか「江北六丁目」を名乗っていたのでは?
#**「大師西」だったかも。
#[[東京メトロ南北線|南北線]]神谷駅が出来ていた。
#東上線の上板橋駅には準急・急行が停車していた。
#駅ナンバリング設定時にスカイツリーラインや東上線とは別の記号('''T'''obu nis'''H'''iita→TH?)が設定されている。
#特急は100系(りょうもう)と350系が乗り入れていた。ただし東上線池袋始発は350系のみ。
#*上記の熊谷線も全通していた場合、100系も池袋始発になる。
#*TJライナーは350系10両編成で運行されていた。
#西新井は一部の特急を除く全列車が停車していた。
#*特急は通過していたかもしれないが、快速は停車していただろう。
#**快速は北千住~春日部ノンストップに意義があるのでは・・・と思ったが、普通に停車しそうな気がする。
#東武の本線系統と東上線系統の停車駅案内が別々のものになることはなかった。
#スカイツリー開業をきっかけに浅草始発の東上線列車が設定されたかも。
#*このため動態保存の8000系がもう1編成ある。その際塗装がクリーム色一色になったりして。
#*開業当初、浅草始発の東上線列車を運行→需要の低下により廃止→スカイツリーで復活 だと思う。
#伊勢崎線の半蔵門線直通用には9050系(あるいは車体幅を狭めた「9070系」?)が増備され、半蔵門線の押上開業まで東上線で使用されていた。
#日光方面から自社の路線のみで池袋まで行けるようになっていたため、日光線特急が[[湘南新宿ライン|JR線]]に乗り入れることはなかった。むしろ浅草発着より池袋発着のほうが多くなっていたかもしれない。
#*もともと東上線沿線から浅草へ集客を考えていたため、構造的に池袋乗り入れは無理らしい。
#史実での北千住口複々線化ぐらいの時期に、日光特急やラッシュ時の越谷方面からの列車が使用するため、竹ノ塚付近~大師前、板橋本町付近~大山付近の短絡線が建設され、スイッチバックをせずに越谷方面から池袋への直通が可能になる。
#埼玉県民の池袋志向が県東部にも広まる。
#建設は東武。
#東武スカイツリーライン沿線から山手線西部へのアクセスが便利になる。
#都電荒川線の大塚~王子の利用者が減っていた。
#*都電荒川線自体別ルートで存続していたかもしれない。
#エイトライナーの計画にも影響を与えていた。


=== がっこうぐらし! ===
===高島平線===
;1990年代前半
#三田線との直通がかなわなかった以上、8000系2両辺りが往復運転を行うだけとなる。
#(史実と全く同じストーリーだったら)きんぎょ注意報!と比較されて「ゾンビ注意報!」などと呼ばれるようになる。
#*線形を改良して池袋方面へ直通させる構想も何度か出ているはず。
#*由紀の声がかないみかでセーラームーンと同じ頃に放映だったら尚更。
#*有楽町線や副都心線の一部列車が高島平まで直通している可能性も十分考えられる。
#三田線は高島平どまりのままだった。


===からくり剣豪伝 ムサシロード===
==その他==
;00年代
===大和自動車交通トロリーバス===
#たぶんムサシは小林由美子か三瓶由布子あたりが演じていた。
北品川駅~東陽町駅の本線と木挽町から分岐し日本橋小網町への支線を計画していた。
#*コジローは朴璐美かな。
#都営トロリーバス計画は大幅に縮小していた。
#「Fateのパクリ」などと無粋なことを抜かすボケナスが出ていた。
#*西武鉄道や京成電鉄のトロリーバス計画も実現していた。
#センヒメはもっと巨乳だったかも。
#恐らく昭和40年代後半にトロリーバスとしては廃止されていた。
#イシマツが死ぬシーンがガンダムSEEDばりに使い回される。
#*その際バス事業に進出し大和自動車交通は現在のタクシー専業ではなく、バスとの兼業となっていた。
#コンドウの扱いが原作ほど悪くなくなる。
#*あるいは同ルートにトロリーバスとは別の鉄軌道を建設していたかも知れない。
#*ヒジカタ、オキタという手下も登場。
#史実程声優の入れ替わりは激しくなかったと思われる。


;10年代
===秋川鉄道===
#からくり武者たちはCG。SDガンダム三国伝みたいな感じ。
*五日市~檜原村を結ぶ予定だったらしい。
#相変わらず「Fateのパクリ」「仮面ライダーゴーストのパクリ」などと抜かすボケナスが出ていた。
#五日市線延伸としての開業。
#大人の事情で、シミズ編はカットされる。(現在、清水次郎長を題材とした創作は非常に厳しくなっている)
#*上野原駅まで延伸する計画があるものの実現には未だに進んでいない。
#何人かのからくり武者は女体化されている。
#*当然ながら途中で国有化されている。
#センヒメとオツルはこれでもかと萌えキャラに描かれる。
#**岩井支線が廃止になるまでは武蔵五日市を境に五日市線と檜原線に分かれていたかもしれない。
#*からくり武者が人間になってしまう公式擬人化回もありそう。
#**国有化は南武鉄道・青梅電気鉄道と同時に行われた可能性が高い。
#魔王編は引き延ばされて大量に戦国武将をモチーフとした敵が登場する。
#檜原村は町制化していたか?
#ソシャゲ化も行われていた。
#ここもE233系だらけか。上野原駅まで延長するだろうが。
#*「今ならSSRガチャ、センちゃん水着ver.もらえるだス!」「ムサシ、今こそ引くチャンスだ!」
#檜原村の知名度はもう少し上がっていた。
#「トミカ絆合体 アースグランナー」は最初からテレ東で放送され、駆動ライガ、駆動クウガの声をそれぞれ野沢雅子、伊倉一恵が出演した。
#逆に赤字路線になっているような気がする。
#*下手したら赤字83線に入ってそうな気もする。


===艦隊これくしょん -艦これ-===
===大東京鉄道===
;共通
*鶴見~等々力~経堂~桜上水~西永福~荻窪~練馬~東武練馬~川口~竹ノ塚~金町間
#製作スタッフやプロデューサーは史実と異なっていた。
#戦時中~戦後にかけて在京私鉄がこの路線の帰属を巡って争った。
#ゲーム自体もネットゲームではなくPCやコンシューマで発売されていた。
#*狭軌で建設された場合、練馬を境に西南方面が東急、北東方面が東武になっていた。
#鶴見と川口が東京都の一部だと思われていた。
#東武練馬が改名していた。
#金町以南も計画されるが頓挫。
#環状7号線・環状8号線の地下鉄計画が存在しない。
#レール幅が現在の[[京浜急行電鉄]]と[[京成電鉄]]と同じ場合、相互直通運転による環状運転を実施してるハズ。


;1990年代後半
===城東電気軌道(東荒川-西荒川間)===
#ゲームは最初はPCで発売し、その後PSあたりに移植されていた。
*荒川放水路に架橋して線路を繋ぐ計画があったが未成に終わった。
#放送時間は史実と同じ時間帯。放送局はテレ東系あたりだった。
#都電になった後は錦糸堀-今井間が25系統として設定されるので、26系統は別の路線に割り振られていた。
#戦死キャラが増えており、シリアスな内容として作られていたかも。
#*事実上の後継である都バスの亀26・上26系統も番号が25になっていた。
#都電の廃止後に橋をそのまま放置するとは思えないので、首都高小松川線の開業と共に廃止されて一般道に転換されていた。
#「都電が江戸川区にも走っていた」と言う事実がもっと知られていた。


===寄生獣===
===武蔵中央電気鉄道(未成区間)===
;1990年代(連載当時)
詳しくは→[[Wikipedia:ja:武蔵中央電気鉄道|こちら]]
#仮にゴールデン枠で放送された場合、表現がかなりマイルドになっていた。
#八王子~砂川~田無~目白間の「目白線」と八王子~所沢~大宮間の「大宮線」があった。
#泉新一のキャラクターデザインが原作に近い容姿になっていた。
#*さらに、敷設免許を申請していた大宮~与野~鳩ヶ谷~草加~流山~柏、鳩ヶ谷~舎人~西新井~綾瀬~北千住も開業していた場合、単独で大手私鉄の仲間入りを果たしていただろう。
#西武鉄道に買収されていた可能性もある。
#*池袋線、新宿線に次ぐドル箱路線を有し、レッドアローを目白~八王子間で運行している。
#*同社の「目白線」「大宮線」となる。
#*後に京王電鉄と合併した事を考えると、むしろ京王の路線になっていたかも。
#JR中央線は民営化までに高尾まで全線複々線化していた。
#*総武緩行線、メトロ東西線が八王子、高尾まで乗り入れている。
#快速「むさしの号」は、武蔵野線開業時から運転されていた。


===キテレツ大百科===
===都電恵比寿長者丸線延長===
;仮に1970年代に知名度があり、アニメ化された場合。
*恵比寿長者丸~池上~川崎間及び池上~大森間
#キテレツが毎回発明品を作っては、最後に大変な騒ぎをおこすオチが来る。
#恵比寿長者丸線が戦時中に休止になる事もなく、都電全廃まで残っていた。
#ドラえもん(テレ朝版)はなかった。
#7系統辺りが川崎・大森まで延ばされていた。
#コンチ(史実ではトンガリ)がレギュラーに昇格していた。
#川崎市電への乗り入れも検討されるも改軌費用などから没に。
#*戦前に出来ていれば川崎市電も1372mmになっていたかも。その代わりに大師線に乗り入れ出来なくなるが。
#都営バスが大田区に本格的に乗り入れていた。
#横浜市電の生麦~鶴見間が復旧出来ていれば京浜間が一時期路面電車だけで移動できるようになっていたかもしれない。


===機動戦士ガンダムSEED===
===武州鉄道===
;1990年代
競合路線があるのに免許を交付してもらうために賄賂を贈ったのがばれて計画は消滅。(関連項目:[[Wikipedia:ja:武州鉄道汚職事件]])
#テレビ朝日系列で放送されていた。
*モノレールとして建設する案と普通鉄道として建設する案の2案があったとされている。
#勿論21世紀の1stガンダムと呼ぶこともなかった。
*吉祥寺~御花畑
#史実より戦死者が少なくなっていた。
#西武秩父線は存在しなかった。
#*あっても、地味な路線になっていたかもしれない。
#*直通運転などで武州鉄道側が勝った場合、西武秩父線(あるいは西武池袋線飯能以北も?)が廃止に追い込まれていた可能性もある。
#武州鉄道では被ってしまうので「武州モノレール」…いや「秩父モノレール」となっていた。
#東京モノレールは第2のモノレール式電車として開業していた。
#最終的には多摩モノレールと合併していた?
#建設費が予想以上にかさんで青梅で建設打ち切りになっていた。
#モノレールの欠点が明らかになり、普通鉄道に計画変更されていた可能性も。
#*いずれにせよ秩父までの全通は難しかっただろうが。
#*その場合西武に乗っ取られていた可能性も否定できない。
#**奥多摩開発計画がより具体化し、青梅線に乗り入れる特急が走っていた。
#全通した場合、世界最長のモノレール路線としてギネス認定されていた?
#中央線の混雑が激しくなっていた。
#学生の利用を当て込んでムサビに駅を作るが、朝鮮大学校や創価の人も乗り込んで、争議の標的に。
#東急百貨店吉祥寺店の場所は、武州鉄道系の商業施設。
#混雑している中央線への客の流入を防ぐため自社で都心方面へ延伸するか井の頭線への乗り入れを模索する。
#*場合によっては京王に買収されていたか、あるいは井の頭線も武州鉄道になっていたかもしれない。
#**あるいは中央緩行線と接続していたかも。
#*自社で延ばすにしても新宿への乗り入れは難しいだろう。
#*荻窪で丸の内線に入るか、中野で東西線に入るか、
#*用地買収が済むころには都心へどう接続するか決めているはずなので乗り入れ先に合わせた規格で建設。
#武蔵村山市と旧名栗村にも鉄道が走っていた。
#*青梅街道沿線の交通情勢が大きく変わっていた。
#**都バス最長路線の青梅車庫〜花小金井〜西武柳沢線は早々に分断されていた。
#**西武拝島線もかなりの客を奪われていた。
#*武蔵村山、東大和も史実より早く市制していた。
#西武秩父線と競合するが、都内と接続する分西武に分がある。
#*秩父への路線を作らなくても東大和市・小平市-都心間で競合するので西武に買収されたかもしれない。
#青梅まで線路を作ったら、既に西武が開業しているので秩父までの路線建設計画は破棄。


===機動戦士Vガンダム=== 
===東京都港湾局月島線===
;2000年代
越中島貨物線から伸びていた東京都港湾局晴海線から分岐して月島を経由し、汐留貨物駅へ抜ける貨物線計画。
#シュラク隊の皆さんは全員生還する。
#汐留や晴海の再開発に影響が出る。
#カテジナさんと和解し、ラスボスは漫画版同様クロノクルになっていた。
#ゆりかもめは豊洲で建設を終了していた。
#*一方大江戸線のルートは現実通りだった。
#両端がJR線に挟まれているため旅客化はない気がする。


===機動武闘伝Gガンダム===
===お台場ロープウェイ===
;2000年代
[[もしあのイベントが○○だったら#世界都市博覧会|世界都市博覧会が開催]]されていた場合、メインゲート(東京テレポート駅)~東京ビックサイトにロープウェイが運行する予定であり現在でもその柱がビックサイトの敷地内に残存している。
#韓流ブームに乗っかって、史実に登場しなかったネオコリアンが出てきた。
#現在でも残っていたら東京オリンピック開催決定あたりから延伸構想が次々に出てくる。
#*中央防波堤方面や豊洲・晴海方面などが有力。
#コミケでは青海展示場とビックサイトを行き来するために重宝される。
#*場合によってはコスプレイヤーはこっちに乗れと誘導されるかも。


===君が望む永遠===
===立川急行鉄道===
;1990年代半ば
*我孫子線:立川〜所沢〜鶴瀬〜与野〜越谷〜我孫子間
#アージュ社長の吉田博彦が脚本,企画,広報だけど、当時は飯島健男が監督,制作総指揮だった。
*国府津線:立川〜国府津間
#*パンドラボックスとしては最初のギャルゲーだった。
#路線の性質上、現在は国有化を経て武蔵野線の一部となっている。
#**ちなみに吉田博彦はアージュを設立する前、パンドラボックスに勤めていた。サウンドノベル、晦-つきこもりに顔出しで出演している
#*戦時中に南武鉄道と同時期に国有化されていたかも。
#君望は「ときメモ」に対するアンチテーゼとして制作された。つまり、当時人気あった野島ドラマをギャルゲーにした感じである。
#史実の府中本町から北上する区間は所沢まで武蔵野南線の一部となり、貨物専用線として開業していた。
#*ちなみに君望の鬱展開にファンになった人も多い([[wikipedia:ja:伊藤誠 (アニメーション制作プロデューサー)|この人]]や[[wikipedia:ja:原田宇陀児|この人]]や[[wikipedia:ja:麻枝准|だーまえ]]とか)。とにかく「ときメモ」と人気を二分していた。
#*越谷から京葉線方面に南下する区間は史実通り旅客営業も行なっていた。
#**韓国では1998年の第1次日本大衆文化開放にて君望はテレビ放送とゲーム発売で当時の韓国メディアの業界人を震撼させた。
#大手私鉄の場合、同時期に計画された京王電鉄の八王子〜大宮を結ぶ路線計画を踏襲する形で買収され、京王大宮線となっていた。
#***ファンになった人も多く、当然、冬のソナタの脚本家も大ファンであった(当然君望は好きだと公言している)。
#アニメはテレビ東京の深夜で放送されていた。当時、アニメ雑誌で「まるで野島ドラマを見ているようだ」と評価された。
#*孝之や慎二が当時の流行語を連発。例を挙げると慎二「同情するなら彼女くれ」孝之「このままじゃあマナマナにポアされてしまう」等
#*でもアニメ雑誌での投票では5,6位と上位に挙がっていた。
#なんと音楽はTWO-MIX、T.M.Revolution、TM NETWORKと今のアニメ(ゲーム)では考えられないほど豪華サントラになっていた。
#ゲームはアダルトゲームではなく全年齢(ただし年齢指定有り)のギャルゲーであった。PC-FXとセガサターンで発売された。


===鬼滅の刃===
===武州鉄道赤羽延伸===
;1970年代
#[[もし武州鉄道が廃止されなかったら|赤羽で国鉄駅に接続していたら廃止は免れていた]]
#毎回善逸や伊之助が「キ○ガイ」、「キ印」などと罵られる。
#王子電気鉄道へ乗り入れていた。
#制作はナックor東映動画(現:東映アニメーション)
#主題歌を堀江美都子が担当していた。
#東映まんがまつりでテレビの一エピソードの再編集or完全オリジナルストーリーの新作が上映された。


;1980年代
===東京鉄道===
#制作は東映動画(現・東映アニメーション)
*池袋 - 高田馬場 - 飯田橋 - 大手町 - 洲崎(現在の東陽町一丁目付近)の免許を取得していたが、関東大震災を受けて着工前に頓挫。
#*炭治郎は野沢雅子、善逸は田中真弓が演じていた(流石に安易すぎるか)。
#計画が進んでいれば少なくとも関東大震災時点で少なくとも高田馬場-飯田橋間が開業済み。市街化が震災前に進んでいた飯田橋以東は未着工。
#ゴールデンタイムでの放送だったら、残虐シーンが一部修正されていた。
#震災後の山手の発展に伴い業績は向上。
#ゲーム版はファミコンで出ていた。当然ジャンルはアクションゲーム。
#総武線の両国-御茶ノ水間開業と同時期に飯田橋-洲崎が開業。
#*わからんぞ、RPGかもしれん。
#路線が重複するので都電荒川線の鬼子母神前電停以南は建設されていない。
#かなり早い段階で「光る! 鳴る!」系統の玩具が出ていた。
#*副都心線は渋谷から高田馬場までの路線。
#原作ももう少し続いていただろう。ラスボスが無惨様というのは変わりないだろうが。
#都電荒川線を運営していた王子電気軌道or高田馬場で接点のある西武の関連会社になっていたが、戦時中に営団に統合される。


;平成初期
===東京市内外交通調査委員会市電気局対案路線===
#制作は東映またはスタジオぴえろ。
*全6路線。内3路線は地下鉄なので[[もしあの鉄道路線が開業していたら/地下鉄#東京市内外交通調査委員会路線]]参照。池袋洲崎線は[[#東京鉄道]]も参照。
#*映画はドラゴンボールやスラムダンクあたりと同時上映。
#東武vs京成の浅草延伸争いは、東京市営の路線が浅草から延びてきたことによって、引き分けに終わる。
#この場合もゴールデンタイムでの放送になっていたかもしれない。
#市営鉄道は向島から深川方面に向かってしまうため、両者乗り入れは出来ず。
#炭治郎を草尾毅か高山みなみ、禰豆子を林原めぐみが演じていた。
#*こりずに日暮里経由の上野延伸を争う。
#*案外お堂の鬼、手鬼は変わってなかったりして。
#三田-六本木-牛込-本郷-上野を結ぶ路線があるため、南北線の南側は建設されず。
#スト2ブームにのって格闘ゲーム化されていた。
#大江戸線は光が丘-六本木までの路線。
#戦時統合で銀座線は市有化され、バス・路面電車とともに私鉄も東京市に一本化。
#上野-浅草間の銀座線に合わせて深川方面・三田方面は第三軌条で直通。


;1990年代半ば~後半
===東京電車鉄道===
#時期によっては「るろ剣の二番煎じ」と言われ、史実ほどヒットしていなかったかもしれない。
*甲武鉄道(のちの中央線)・川越鉄道(のちの西武)・大師電気鉄道(のちの京急)・大日本軌道の経営者である雨宮敬次郎が中心
#夏場ではEDが「鬼殺隊音頭」になる。
#大日本軌道の各支社(現在の静鉄・遠鉄・福島交通など)は電化の際に、東京から車両を転属させる為762mm軌間から馬車軌に改軌していた。
#ポケモンショック以降は番組冒頭で「暗い部屋でTVを見ている善逸&伊之助を炭治郎が一喝して部屋の電気を点け、『テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね!』と禰豆子も加えた4人で言う」という短編映像が挿入される。
#川越鉄道と敵対する東上鉄道・武蔵野鉄道を利することになるので、池袋線は池袋駅まで開業させない。護国寺から来た電車(実史の都電17系統)は、東池袋四丁目停留所から荒川線の線路に乗せて大塚方面へ向かわせる。
#*柱Ver.もある。
#写実的な画風のOVA(年齢制限付き)が発売される。


;2000年代前半
[[カテゴリ:もしあの鉄道路線が開業していたら|とうきよう]]
#まだギリでテレビ東京系列で夕方にやってそう。
[[カテゴリ:東京|もしあのてつとうろせんかかいきようしていたら]]
#*史実のDグレやBLEACHの枠でやってた。
#*アニオリ長編が入れられて放送が引き延ばされる。
#**下弦の鬼復活(追い詰められた魘夢が他5体を取り込んで合体下弦になって襲い掛かるも、炭治郎との合流で記憶を取り戻した累が自ら頸を差し出し、最後は「ありがとう」と涙を流し他5体は絶叫しつつ死ぬ、とか)。
#**意味もなく温泉卓球や海水浴に行く回、なぜか大正時代なのにクリスマスやハロウィンを行う回など。
#やはりグロテスクなシーンは大幅にカットされている。
#'''でも声優はそんなに変わってない気がする。'''
#無限列車編は地上波に回され、劇場版はアニオリになっていた。
#*その場合ありそうな展開の例
#**上弦の零
#**無惨の研究失敗or別行動を取っていた満月の鬼
#***無惨ですら操れず圧を掛けられなかった十二鬼月の封印された十三番目が立ちはだかるとかもありそう。
#**歴史上の偉人が鬼になって復活
#***「鬼○○」が本当に鬼でした、はありそう
#**緑壱零号の失敗作が鬼に乗っ取られて帝都を破壊する
#**歴史の裏に葬られたもう一つの怪物「天狗」の復活
#**闇、氷、月などマイナスイメージのありそうな「封印された呼吸」を操る裏鬼殺隊
#**ニセ煉獄(当然、炭治郎ブチギレ案件)
#**生き別れの炭一郎兄さん
#*オリジナルキャラを大物俳優(or野沢雅子・神谷明クラスのレジェンド声優)が、脇役をテーマソング歌ってるアーティストとか当時流行ってたお笑い芸人が演じたりしていた。
#2010年代後半に実写映画化されていたかもしれない。
#主要キャラの子孫が、現代に潜む鬼たちと戦う続編が2020年時点でアニメになっていた。
 
===キューティーハニーF===
;2000年代
#『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』の後番組として放送されていた。
 
===境界線上のホライゾン===
;2000年代半ば
#深夜枠もしくはMBS土6枠で半年か1年間の長期放送がなされていた。
#*ソニーミュージック歌手によるタイアップ曲が主題歌となっていたかも。
#トーリ役は史実と同じく福山潤、ホライゾン役は能登麻美子が担当。
#作者によるアニメ本編解説はTwitterではなく、自身の個人サイトもしくはブログを立てて毎週ペースで発信された。
 
===巨人の星===
;1980年代
#キャプテン翼と同時期に放送されていた場合、「どちらのスポーツアニメがヒットするか」ということが注目されていた。
#*仮に巨人の星の方が人気を集めた場合、キャプテン翼のリメイクはなかった。
#**もしかしたら「イナズマイレブン」などその後のサッカー系アニメの制作に影響したかも。
#*逆にキャプテン翼の方が人気を集めた場合、「タッチ」「メジャー」など史実でその後作られた野球系アニメは作られなかったかも。
#「タッチ」と同時期かそれより後に放送されていた場合は、「タッチの便乗」と言われ、史実より人気が低かった。
#清原和博や桑田真澄をモデルにしたキャラが登場するかも。
#表現は史実よりマイルドになっているだろう。
 
;2000年代
#同時期に放送されていたテニスの王子様とのシェアの取り合いになっていた。
#*テニスの王子様に対抗すべく、大リーグボールが108号まで増えていた。
#飛雄馬や花形はメジャーリーグに行っており、メジャーリーグ編が製作されていた。
#*最終回では、大人になった飛雄馬達の子供達が活躍する話が描かれていた。
#登場キャラはほとんどが美形に描かれていた。
#表現は史実よりマイルドに、一徹の暴力描写はおろか、ちゃぶ台返しなども描かれることはなかっただろう。
#設定も時代に合わせ変更されていた。
#*左門豊作の所属球団は、大洋ホエールズではなく横浜ベイスターズ。
#*当然、巨人の本拠地は東京ドーム、練習場はジャイアンツ球場。
#*セパ交流戦が始まった2005年以降に制作された場合、パ・リーグ球団に所属するライバルキャラが登場。
 
===きらりん☆レボリューション===
;1970年代
#1975年より前に放送されていたら「キチ○イ」などの発言が増えていた。
#*きらりをアイドルとして育成する場面のシーンが史実より多くなり、その内容も史実より過激になっていた。
#アイドルアニメの先駆けの1つになっていた。<!--(ちなみに「1つ」とつけたのは「さすらいの太陽」があるため)-->
#きらりがデビューするきっかけは、「スター誕生!」のようなオーディション番組に自分から応募して合格したからというかたちになっていた。
#山口百恵や桜田淳子などの当時一世を風靡していたアイドルをモデルにしたキャラクターが登場するかも。
#最終回はきらりが結婚して引退するという話になっていたかも。
#移動手段は車ではなく電車だった。
#きらりちゃんは松田聖子が演じていた。
#*彼女のデビュー時期を考えると厳しいのでは?<!--彼女がスカウトされたのは1978年。-->
#雲井さんは上野おばさん(沢田敏子)が担当していたかも。
#エリナちゃんは三輪勝恵(パーマン)が担当していた。
#クイズのシーンでは正解チャイムと不正解ブザーの音が機械式の音。
#きらりちゃんが住んでいる家は三丁目の夕日のような木造住宅。ボンボン時計も据えられている。
 
;1980年代
#「魔法の天使クリィミーマミ」や「超時空要塞マクロス」などと放送時期がかぶっていたら史実より人気は出なかった。
#「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」をモデルにした番組が劇中で登場していた。
#きらりが映画に出る話が史実より多かったかも。
#松田聖子などをモデルにしたアイドルが多く登場していた。
 
;1990年代
#きらりは三石琴乃あたりが担当していそう。
#*史実通りに本物のアイドルが使われていた場合、きらりの声優はSPEEDか初期のモー娘。、小室ファミリーのアイドルのうちの1人からになっていた。
#*宍戸留美がきらりの声優になる形で声優デビューしていたかもしれない。
#アイドル冬の時代に放送されていたら史実ほどヒットしていなかったかも。
#エリナちゃんは丹下桜が担当していた。
#ふぶきちゃんは富沢美知恵が担当。
#きらりちゃんは転校後もセーラー服を着用していた。
 
;2010年代
#きらりは最初からソロでデビューするのではなく、AKB48のようなチームに入ってそこから人気をあげていくという形になっていた。
#*主人公の声優は仲谷明香や佐藤亜美菜などAKB関係の人だったかも。
#「プリティーリズム」や「アイカツ!」、「ラブライブ!」などと放送時期がかぶっていたら史実ほど人気は出なかった<!--プリリズとアイカツはともかくラブライブはきらレボと客層は違うが、同じアイドルアニメとして考えたら・・・-->。
#史実通りヒットしていたら、間違いなく「妖怪ウォッチ」のパロディのネタにされていただろう。
 
;ロングセラー化
#テレビ東京のシンボルキャラクターがピラメキパンダではなくきらりちゃんが選ばれた。
#*クロージング及びオープニングは彼女のナレーション。
#雲井さんの声は途中で三浦七緒子に変わった。
#*鉄ちゃんは住間先生の大原さやかとともに興奮する。
#AKBやSKEをモチーフにしたキャラクターも登場。
#月島もんじゃや当地の高層ビルも登場する。
#*月島駅も登場する。
#*一回ぐらいはその月島もんじゃとのコラボ企画をやっていたかもしれない。
#けいおんの唯ちゃんをモデルにしたキャラクターも出てくるだろう(中原杏はパクリ傾向が強いため)。
#*彼女の役は勿論豊崎愛生。
#*調子に乗ったスタッフは更に鹿目まどかをモデルにしたキャラクター(CV:悠木碧)や、ニャル子をモデルにしたキャラクター(CV:阿澄佳奈)を劇中に出すという暴挙に出る。
#**高坂穂乃果をモデルにしたキャラクター(CV:新田恵海)や、サーバルをモデルにしたキャラクター(CV:尾崎由香)も。
#*さらに、木之本桜をモデルにしたキャラクター(CV:丹下桜)や涼宮ハルヒをモデルにしたキャラクター(CV:平野綾)まで登場。
#2020年の東京オリンピックとのコラボ企画も登場(月島のお隣豊洲で開催予定のため)。
 
==くけこ==
===クイーンズブレイド===
;1970年代
#ルパン三世TV第1シリーズや第2シリーズと時期が被った場合、女盗賊つながりでクイーンズブレイドのリスティとルパン三世の不二子とで人気が二分されていただろう。
#*余談だが、リスティとルパン三世は身長が同じ。
;1990年代中期
#「ソニック・ザ・ヘッジホッグ3」というメガドライブのゲームの発売時期の前後に放映されていた場合、クイーンズブレイドの歴戦の傭兵エキドナとソニック3のナックルズ・ザ・エキドゥナという二人のエキドナ違いのキャラにより、エキドナが蛇なのかハリモグラなのかで混乱する人が続出していたかもしれない。
#*ソニック3ではナックルズ・ザ・エキドゥナというハリモグラ(ハリモグラは英語でエキドナ、エキドゥナと呼ばれる)がソニックシリーズで初登場。一方、クイーンズブレイドのエキドナは蛇女で、ギリシア神話に登場する怪物エキドナがモチーフだと思われる。
 
===CLANNAD===
;1990年代後半
#岡崎朋也を子安武人or林延年(現在の神奈延年)、古河渚を国府田マリ子、藤林杏を林原めぐみor宮村優子が担当していた。
#*大半のキャラクターに関してはそのまま。
#*春原芽衣役を「キテレツ大百科」から引き続き出演した本多知恵子が担当していたかもしれない。
#*他にも一ノ瀬ことみを氷上恭子、伊吹風子を川上とも子、藤林椋を岩男潤子、幸村俊夫を松尾銀三が担当していた。
#**宮沢有紀寧は中川亜紀子。柊勝平は今井由香が担当していたかもしれない。
#**ボタンを新山志保、古河秋生を曽我部和恭が担当していたかも知れない(曽我部は声質が置鮎龍太郎にやや似ているから)。
#製作は東映またはスタジオぴえろだった。
#*ちなみに京都アニメーションは作品の下請けだった。
#*そして放送する局はやっぱりフジテレビ。
#**キテレツ大百科の後番組として日曜夜7時に放映していたかも。
#***こち亀は日テレの月曜夜7時に放映していたor放映開始が1年ずれていた。
#***ちなみにこの枠は『ご近所物語』『花より男子』といったトレンディー路線時代の日曜8時アニメの後釜になっていた。
#****それは[[wikipedia:ja:朝日放送テレビ制作日曜朝8時30分枠のアニメ|朝日放送テレビ制作日曜朝8時30分枠]]です。
#***ひょっとしたらPTAやBPOに批判されたかも。
#***視聴率がよければ「特ホウ王国」の終了が早まったり、「さんまのスーパーからくりTV」が半年で打ち切りになっていたかも。
#***しかし、スポーツ中継や特別番組等で放送休止になることが度々多かった。
#*ちなみに監督は映画版と同じ出崎統。シリーズ構成は金春智子が担当、キャラデザはアニメ版と同じ池田和美が担当していた。
#*NAS製作・テレビ東京系列放送の場合、金曜夕方6時枠(かつて姫ちゃんのリボンや赤ずきんチャチャといった少女向けアニメ、ウェブダイバーやダイガンダーといったロボットアニメ、ジャンプ作品のバラエティ番組などが放送されており、現在は「パウパトロール」の枠)で放送されていたかもしれない。
#*ぴえろ制作の場合、藤林杏の変身シーン([[ノート:熱帯魚]]を参照)が「もしかして『ぴえろ魔法少女シリーズ』に似てないか?」や「クリティーマミに似ているぞ、これ!」と一部のサイト(主に[[2ちゃんねる|ここ]])でネタにされる。
#*史実同様TBSだった場合、ヤマトタケルの後番組として放送されていた。
#**MBS制作だった場合、マクロス7の後番組として放送。
#ちなみにゲームはkeyは設立していなかったためTactics(keyの前会社)で発売されていた。
#もしかすると4クールのうち、2クールが学園編で後の2クールはAFTER STORYかもしれない。
#*しかし、学園編ではフジテレビのゴールデンタイムアニメ末期としては視聴率はかなり好調で大ヒットになっていたが、AFTER STORYで視聴率が急降下し、渚が汐の出産後に死去した場面で打ち切り。そして、渚の死後の物語は全てOVAまたは劇場版製作になる。
#もし、アニメの人気が出たらフジ&東映の作品ぼくたちの映画シリーズの一つとして実写化される。
#アニメが放映される1年前には'95夏東映アニメフェアの一つとして劇場版が公開されていた。
#*ただし、アニメ版と一部担当声優が異なる。
#エヴァンゲリオンと共に当時黎明期のネットで一大勢力を誇り、2chでも専用の板が建てられた。
#*その名も「CLANNAD板」。ただし、その後は「葉鍵版」になる。
#コミカライズ版は[[なかよしファン|なかよし]]か[[りぼんファン|りぼん]]で連載されていた。
#*または「フルーツバスケット」や「[[桜蘭高校ホスト部ファン|桜蘭高校ホスト部]]」でお馴染みの[[LaLa・花とゆめファン|花とゆめ]]。
#原作ゲームはPC-FXから発売され、代表作にもなる。
#*しかしPC-FXだけでは物足りないので、セガサターンやプレイステーションにも移植されていた。
#*アニメ放送終了後にはドリームキャストやプレイステーション2からも発売されていた(史実でもPS2版は発売されておりますけどね…)。
 
;2010年代
#放送局はTBS(史実通り)か独立U局になっていた。
#制作は京アニではなかった可能性大。
 
===クレヨンしんちゃん===
;大正時代~昭和初期
#タイトルが当時風に、「'''クレイヨン信チヤン'''」などとなっていた。
#昭和初期であれば、アクション仮面のモチーフは黄金バット、カンタムロボ(名前は違っていただろうが)のモチーフはタンクタンクローになっていたかもしれない。
#*あるいは実名で登場していたかも。
;1960年代前半~1980年代前半
#毎回みさえがしんのすけに向かって「キ○ガイ!」、「キ印!」、「気でも狂ったの?」と発言する。
#*70年代後半以降の作品に上のような描写が入ることはないだろう。
#*問題になり始めたのは1974年。
#放送する局はおそらく史実と変わっている。
#PTAなどからの風当たりが大変なことになっていた。
#*場合によっては「低俗すぎる」として早々と打ち切られた。
#製作会社はタツノコプロ、放送局はフジテレビ系列。
#*もしくはナック。
#*「天才バカボン」や「ど根性ガエル」の流れを汲んで東京ムービーだった。
#しんのすけを太田淑子辺りが担当していた。
#ハイグレ魔王は旧都庁に本拠を構えていた。
#1976年であればアクション仮面のモチーフは仮面ライダー、カンタムロボのモチーフはマジンガーZになっていたかもしれない。
#70年代に「とべとべおねいさん」をopに起用すると、「勇者ライディーン」とかぶっているじゃないかと怒られてしまう。
 
;1980年代半ば~後半
#しんのすけを藤田淑子が担当していた。
#史実通りテレビ朝日・シンエイ動画が制作に関わっていた。
#*もしくは東映動画。
 
;2000年代後半
#しんのすけを沢城みゆき辺りが担当していた。
#*矢島晶子に下品なキャラのイメージはなかった。
#**リリーナ・ドーリアンのようなヒロイン役のイメージが強い。
#*あるいは最初から小林由美子が担当していた。
#全日帯で放送されたとしても多分テレ朝ではなくテレ東。
#秋葉原がハイグレ魔王に攻撃されるシーンがあったかも。
#アクション仮面のモチーフは超星神グランセイザー、カンタムロボのモチーフはフリーダムガンダムになっていたかもしれない。
#ぶりぶりざえもんは登場していた・・・か?
#*登場していた場合、石田彰、緑川光、子安武人の何れかが声を出している
#史実とは逆に、ひろしの方が他の作品の声優ネタで「ショタイ・モチ・サーシェス」などと呼ばれる。
 
===けものフレンズ===
;1990年代後半
#放送局は史実通りだが時間帯は夕方あたりだったか。期間は2クールあたり。
#当時の若手女性声優が多く出演しており、この作品をきっかけにブレイクしていた声優もいた。
#ポストアポカリプス的世界観が受け、大きな話題になっていたかもしれない。
#*謎本ブームにあやかって「けものフレンズの謎」とか発売されていた。
#**まあ、リアルでも謎本はいくつか発売されているが。
#ゲーム版はアニメ放映後にPSあたりで発売されていた。
#主題歌はレコード会社のアーティストの曲になっていた。
#2年ぐらい挟んで続編が作られていた。メインキャラはサーバル以外一新されているのは史実通りか。
 
;2000年代後半
#放送局・放送時間・放送期間は史実通りだったか。
#ゲームはPS2あたりで発売され、それのアニメ化という触れ込みだった。
#*アニメのヒットに合わせて続編や携帯機版の発売などがあった。
#國府田マリ子<!--ヘラジカ-->や金田朋子<!--トキ-->、小林ゆう<!--ツチノコ-->などは史実と同じキャラを演じていた。
#*サーバルはゲームもアニメも野中藍で固定だった。<!--一応アニメにも野中藍サーバルは出てますが・・・-->
 
===ケロロ軍曹===
;1960年代
#夏美のケロロに対する呼称が「キチ○イガエル」。
#*1975年以降はもう差別用語になっているであろう。
#ケロロが零戦のガンプラで遊ぶ。
#*零戦ならガンプラじゃないだろw
 
;1979年
#ケロロは機動戦士ガンダムにハマる。
#*家事当番はタママやギロロなどにやらせる。
#放送局はTBSもしくはフジテレビジョンになる可能性が高い。
#*日テレでも可能。
#ケロロは戸田恵子、ギロロは鈴置洋孝、ドロロは井上和彦が担当していた。
#*タママは吉田理保子、クルルは富山敬、冬樹は三田ゆう子、夏美は滝沢久美子、ナレーターは永井一郎が担当していた。
 
;1990年代前半
#ケロロを田中真弓、ギロロを鈴置洋孝、ドロロを塩沢兼人が担当していた。
#*タママはかないみか、クルルは神谷明、冬樹は井上瑤、夏美は三石琴乃、ナレーターは田中秀幸が担当していた。
#製作は史実と同じサンライズだが、放送局はテレ東ではなかった。
#規制がかなり緩かった。
#*ガンプラを使った声優ネタなど日常茶飯事。
 
;1995年から2003年
#ケロロ・タママは史実通り渡辺久美子と小桜エツコだが、ギロロは鈴置洋孝、ドロロは塩沢兼人(2000年頃まで)だが、それ以降は史実通り草尾毅が担当していた。
#*夏美は三石琴乃だが、冬樹は川上とも子 桃華は史実通り池澤春菜、小雪は永島由子だったはず。ちなみに、クルルは中尾隆聖だった。
#**ナレーターは史実通り藤原啓治であった。
#製作は史実通りサンライズ、放送局はテレ東以外のどれかだった。
 
;2010年代
#ケロロは三瓶由布子、タママは津田美波、ギロロは小野大輔、クルルは鈴木達央、ドロロは下野紘が担当していた。
#*下野紘は吉岡平の声優であろう。ドロロは阪口大助でも可能。
#*冬樹はゆりん、 夏美は沢城みゆき、ナレーターは三木眞一郎が担当していた。
#もしも2011年度以降に放送開始すると、タママが緑色になり、冬樹が夏美の妹になる。
#*冬樹が夏美の妹なら齋藤彩夏が担当するであろう。
 
===こちら葛飾区亀有公園前派出所===
;1970年代
#制作会社がタツノコプロか東映動画になっていた
#連載開始から早い段階でアニメ化するため史実ほど長期放送にならなかった
#*1年前後で終了していたかも?
#キャストは1985年版とほぼ一緒になっていた
#*麗子は上田みゆき、本田は富山敬か古川登志夫が担当していた。両津と大原部長と中川は1985年版と同じ。
#1975年より前に放送されていたら大原部長が両津に向かって「キ○ガイ!」、「気でも狂ったのか?」と発言するシーンがあった。
 
;1980年代
#これも上記と同様に制作会社がタツノコプロか東映動画になっていた
#*タツノコなら1985年版の続編として放送されていた
#放送時間は東映動画なら木曜夜7時台か水曜夜7時台、タツノコなら土曜6時台となっていた
#この時期はジャンプの黄金期だったため、史実以上に大ヒットしていた。
 
==関連項目==
*[[もしあの作品が戦時中に作られていたら]]
{{行別|もしあのアニメが別の時代に放送されていたら}}
 
[[カテゴリ:もしあのアニメが別の時代に放送されていたら|*あ]]

2021年6月15日 (火) 19:11時点における版

京王関連

国立線

  • 府中~国立間を結ぶ計画だった。
  1. 西武が国立の都市計画の主導を握れなくなっていた。
    • マジレスすると、西武も、しっかり京王がこちらに来ることを想定していて、パンフレッっとにも構想中としてあったらしい。
  2. 分倍河原だけでなく谷保も京王とJRの共同使用駅になっていた。
    • どちらの駅も京王が管理する事になっていれば、谷保~分倍河原間で通過特例が設けられていた可能性もある。とは言え西府駅開業後は特例の扱いで厄介になりそう。
  3. 都心に直通する列車はおそらく朝夕ラッシュ時のみ。
    • とは言えそれなりに需要はあるはずなので、折り返し便も6両編成くらいにはなっている。
    • モノレール開業時までは立川への最短アクセス手段としての需要も根強かった。

蒲田線(仮)

京王の前身である武蔵電気軌道株式会社は蒲田~調布~立川間の路線を計画していました。

  1. 南武線との競合関係になっていた。
    • 南武線の新性能化は早期に進み、車両は分割民営化直後の時点で103系に統一。JR発足後は205系・209系が優先して投入され、京王を迎え撃っていた。
      • 当然快速運転開始は分割民営化直後早期に行われていた。
  2. 大東急時代に保守費用の削減を目的として旧京浜電気鉄道との車両規格の統一が行われていたかもしれない。
    • 同時に標準軌に改軌される
    • 大東急の戦後復興策として京王蒲田と京浜蒲田を結ぶ路線が検討されていた。
    • 上記計画がなかったとしてもほぼ確実に蒲蒲線計画には絡んでいた。
  3. 新宿~立川間の列車も一定数は存在するはず。
  4. ルートによっては東急多摩川線の存在自体にも相当な影響を与えていた。

両国線

新宿~神楽坂~飯田橋~九段下~東京~日本橋~浜町~両国

  1. 結局新宿より先は都営新宿線となる。
    • ただし終点は本八幡でなかった可能性大。
  2. 東京駅に直結できるので、千葉県営鉄道北千葉線の計画がもっと具体化していた。
  3. 中央快速線に対抗するためライナーの投入がもっと早まっていたかもしれない。

東京山手急行電鉄

現在の京王井の頭線は、もと帝都電鉄と言いましたが、その前身は山手急行・渋谷急行という2つの私鉄でした。渋谷急行の部分は井の頭線になりましたが、山手急行のほうは大井町から洲崎まで、50キロを超える大型路線として計画されていました。
昭和不況や、鬼怒川水力電気の分離などのからみで、資金難に陥ったため、計画倒れに終わってしまいましたが、これが実現していれば、山手線の外郭を結ぶ第二の環状線として、大いに役立っていたことでしょう。
もし山手急行線が予定どおり実現・存続しており、渋谷急行線(井の頭線)も小田急や京王の傘下にならず帝都電鉄のままであったら?

  1. 接続する鉄道線が非常に多いので重宝する。ただ長距離客はあまり望めそうにない。
  2. 接続駅における他線の扱いも違ってくる。
    • 駒沢大学には田園都市線の急行も停車。
    • 梅ヶ丘には小田急の急行も停車。同じグループみたいなものなので無視はできない。
    • 江古田には西武の準急と快速が停車。急行はさすがに停車しないか。
    • 大山には東武東上線の準急と急行が停車。
    • 八広には京成押上線の快速が停車。特急は停車しないか。
    • 平井の総武線快速停車は無理だろう。
  3. 渋谷急行線(井の頭線)とは明大前で同一平面乗り換えが可能。連絡線もある。
    • 井の頭線の明大前駅附近をよく見ると、複々線のスペースがとってあることがわかる。山手急行線との接続のために確保されていた。
    • 大井町発渋谷行きとか、吉祥寺発北千住行きなども可能。
    • 乗る人いないだろ。
      • 史実の明大前の乗客とかを考えると結構使うと思うぞ?
  4. 車庫は大井町、駒沢公園、峡田、東陽町あたりに設置かな。
  5. もう少し頑張って本当に環状線にしてしまえばさらに便利だった。
    • りんかい線に乗り入れるのもアリか。
    • 東陽町から先、豊洲や晴海、品川辺りを経由して大井町に至るルートかと。
  6. 大井町・渋谷・吉祥寺・北千住・東陽町あたりは大きなターミナルとなり、「帝都百貨店」が建てられる。
    • そのかわり阪急(大井町)、東急プラザ(渋谷)、東急ハンズ(北千住)はできなかった。
    • 戦後「帝都」の文字をはばかって「テイトデパート」とかになるかも。
  7. 戦時合併で京王電気軌道と合併していた。
    • 京王線は「帝都電鉄京王線」になっていた。
    • 京王の路線規模を考えると、戦後も分離しないままだろう。
    • 北千住から先は京成、中野-駒込間は西武と合併していた。
  8. 東武西板線とも関係するルートなので、浅草か亀戸までの直通、また伊勢崎線東上線の連絡(現実で秩父鉄道がしている)を果たす。
  9. メトロセブン・エイトライナーは構想自体が存在しない。
    • 江戸川区内の南北移動の手段としての構想はあったかと。

富士見ヶ丘から分岐線

1960年代、富士見ヶ丘から三鷹・西国立方面に路線を延長する計画があったそうです。

  1. 勿論富士見ヶ丘は急行停車駅となっている。
  2. 流石に吉祥寺方面が実質的な支線と化する事はない…はず。
  3. 相鉄のように三鷹・西国立方面と吉祥寺方面で優等列車の種別が分かれていた。

井の頭線延伸

  • 吉祥寺から田無を経由して東久留米までの延伸計画があった。
    • 吉祥寺~田無~ひばりヶ丘はよく妄想路線として描かれるが実際に計画があったことを知る人は少ない。
  1. 東久留米ではなくひばりヶ丘が終点になっていたかもしれない。
  2. 吉祥寺は2面4線になり永福町とともに急行の緩急接続が行われた。
  3. さらに東武東上線沿線までの延伸が検討されていた。

京成関連

京成上野駅から京王新宿駅(現在の都営新宿線 新宿三丁目駅付近)までの路線

  • レール幅が同じだった京王、王子電気軌道(現在の都電荒川線を運営してた私鉄)との合併計画が過去に在ったので、このような路線計画が現実に在ったらしい。
    • 途中の飯田橋駅で京王が計画してた東京駅経由両国駅までの路線計画も存在してました。
  1. 史実の都営地下鉄大江戸線の環状部の北側は確実に別ルートに成って居たハズ。
    • 新宿西口駅-大久保駅(JR大久保駅・新大久保駅付近)-西早稲田駅-早稲田駅-江戸川橋駅-飯田橋駅-水道橋駅-御茶ノ水駅-秋葉原駅-新御徒町駅-蔵前駅-両国(江戸東京博物館前)駅…………以下、史実と同じ。
      • または新宿西口駅-大久保駅-西早稲田駅-早稲田駅-江戸川橋駅-護国寺駅-茗荷谷駅-春日駅-本郷三丁目駅-上野御徒町駅(史実の駅よりも東京メトロ千代田線の湯島駅に近づける)-新御徒町駅…………以下、史実と同じ。
  2. 史実の飯田橋駅が、もっと便利に成って居たのは確実で後楽園球場、後楽園ホール、後楽園ゆうえんちに行くのに便利な私鉄沿線だったので週末の利用客で京成も京王も、かなり儲けて居たハズ。
    • とくに京成はジャイアンツの人気に、あやかった記念乗車券や企画乗車券(トクトクきっぷ)を売り出してたと思う。
  3. 想定されるルートは、以下の通り。
    • 京成上野駅-本郷三丁目駅(史実の都営地下鉄大江戸線の駅と同じ位置)-春日駅(史実の都営地下鉄大江戸線の駅と同じ位置)-飯田橋駅-市ヶ谷駅(史実の東京メトロ南北線の駅と同じ位置)-曙橋駅(史実の都営地下鉄新宿線の駅と同じ位置)-京王新宿駅。

京成浅草線(京成曳舟~浅草)

  • 京成電鉄は、東武鉄道とともに浅草に乗り入れる計画がありました。史実では、東武のみが浅草駅に乗り入れましたが、京成のみが浅草に乗り入れた場合、
  1. 当然ながら、京成上野~青砥間は開通していない。
    • 京成押上線が本線となっていた。
  2. 東武は、筑波高速度電気鉄道の免許を利用して、上野に乗り入れた。
    • その場合、東武伊勢崎線は上野~北千住~伊勢崎間となり、東武亀戸線は北千住~亀戸間になっていた。
    • 東京メトロ半蔵門線との直通運転は史実通り。
  3. 東京スカイツリーは京成電鉄の手で、建設された。
  4. 戦後、浅草駅は地下駅となり、都営地下鉄浅草線の終点は浅草駅になっていた。
    • 浅草駅は東京都交通局と京成の共同管理駅になっていた。
  5. 松屋浅草店は、京成百貨店浅草店になっていたかもしれない。
  6. 特急スカイライナーの利用客は史実より少なかったかもしれない。
    • AE100形登場の時点で間違いなく浅草線直通が前提となっていた。

京急関連

五反田線

蒲田~五反田~田町

  1. 東急池上線に急行が設定されていた。
  2. 泉岳寺延長は行われず、浅草線への直通はこの路線が担っていた。
    • 品川への乗り入れは浅草線短絡新線で初めて検討されていた。
  3. 遅くとも大東急時代には下神明駅が開業していた。
    • 大田区内にももう少し駅が設けられていたかもしれない。
  4. 蒲蒲線計画は存在しなかった。

青山線

  1. 千駄ヶ谷から先、新宿まで延長していたかもしれない。
    • 東急東横線や湘南新宿ラインと激しい競争が起こる。
    • 空港線の電車も乗り入れてくる。
      • 東京モノレールの利用者は現実よりも減っている。
    • 新宿に京急百貨店が開店していた。
      • タイムズスクエアが京急百貨店新宿店になっていた。
  2. 泉岳寺どまりになっている快特が乗り入れてくる。
  3. 首都圏の大手私鉄における京急の地位が現実より向上していた。
  4. 千駄ヶ谷付近を通るため、東京オリンピックの際、観客輸送に力を入れた。
    • 通称「オリンピック特急」が城南地区、神奈川方面からの会場アクセス列車として重宝された。
  5. 軌間が1372mmのままだったら、京王および都営新宿線と相互乗り入れしていた。
    • 京成も改軌せずに都営新宿線・京王・京急と相互乗り入れを行うため、都営新宿線が都営浅草線状態になっていた。
    • 新線新宿駅は2面4線で建設されていた。
  6. 池上電気鉄道の品川延長計画も実現していたかもしれない。
    • この場合池上電気鉄道は1435mmへの改軌を行い、最終的に京急に合併されていた。
  7. 東京○号線に組み込まれ都営の路線になっていたかもしれない。

本線延長

大手町延長

品川~赤羽橋~南佐久間町~大手町。

  1. 浅草線への乗り入れは恐らくは史実通り。
    • その代り浅草線短絡新線計画にかなりの影響が出ていた。
  2. JRとの競合がさらに苛烈な物になっていた。
    • 一方対羽田空港はほぼモノレールに完勝。
  3. 赤羽橋駅には「東京タワー前」の副駅名がついていた。
新橋延長

品川~汐留。

  1. 最終的に新橋まで延長されていた。
    • 東京地下鉄道との直通が頓挫した場合、浅草線は新橋が起点となっていた。
      • その場合車庫はどこに建設されていただろうか?
        • 車庫が西馬込でない場合、西馬込には三田線が延長していた。
  2. 汐留駅は東京地下鉄道との直通を前提とした構造になっていた。

西武関連

新宿線国鉄新宿駅延伸

しんじゅく
新宿
Shinjuku
신주쿠
たかだのばば

高田馬場
Takadanobaba
다카다노바바
  1. 「西武新宿駅」ではなく単に「新宿駅」と名乗っていた。
    • JR各線だけでなく小田急・京王・地下鉄各線との乗換駅にもなっている。
    • 史実よりも新宿線の利用者数は大幅に増えていた。
  2. 現実のルミネエストなどがある辺りに駅があった。
    • 西武百貨店の新宿店が併設されていた。
  3. 高田馬場駅の地位は低下する。
    • 間違いなく特急レッドアローは通過する。
  4. 何故か小田急との直通構想が持ち上がる。
    • 実現すれば本川越〜箱根湯本間の有料特急なども登場するかもしれない。
  5. ホーム数確保の為に地下ホームも建設していた。
    • 史実では構想倒れになった急行線が正式に開業していた。
  6. 歌舞伎町の最寄駅は丸ノ内線の新宿駅になっていた。
    • もしくは新大久保の南側に歌舞伎町駅が出来ていた。
  7. 新宿駅のホーム有効長の関係から6両編成が限界だったが、70年代に同駅の大規模な改装が行われようやく10両編成に対応。
  8. 本川越直前の単線区間も複線化されていた。
  9. 新宿~西武秩父間を結ぶ特急「おくちちぶ」が運行されていた。
    • 西武秩父線が開業したのと同時に、登場していたかもしれない。(史実では、1976年に登場)
    • 新宿~本川越間を結ぶ特急「小江戸」はなかったか、朝夕ラッシュ時のみに運行されていた。
  10. 新宿駅は史実より混雑が激しくなっていた。
    • むしろ、混雑緩和のために、高田馬場駅は特急も含む全ての旅客営業列車が停車していた。
  11. 3面4線のホームを有する高架駅になっていた。

西武村山線

むさしむらやま
武蔵村山
しんめい Musashimurayama みつぎ
神明
Shinmei
三ヶ木
Mitsugi

東村山~箱根ヶ崎間

  1. 武蔵村山市は、交通の利便性が良くなり、史実より人口が増えていた。
  2. 西武新宿と箱根ヶ崎を結ぶ急行が運行されていた。やがて、拝島ライナーのような村山ライナーが運行されていた。
  3. 西武園駅の位置が西武遊園地駅付近に移転していた。
    • 西武園駅自体なかったかも
  4. 多摩都市モノレールの上北台以遠の延伸はなかった。
  5. 村山貯水池工事の資材運搬に利用されていたのかも
  6. 西武国分寺線と相互直通運転を行い、国分寺~東村山~箱根ヶ崎・武蔵村山間を結ぶ列車が運行されていた。
    • もしくは、国分寺線は国分寺~新所沢・本川越間での運行となり、西武新宿・東村山~箱根ヶ崎・武蔵村山間を結ぶ列車が運行されていた。
  7. 年代によっては西武拝島線の開通が遅れていたか開通しなかったかもしれない。

多摩川線新宿線接続

むさしせきまえ
武蔵関前
むさしせき Musashisekimae むさしさかい
武蔵関
Musashiseki
武蔵境
Musashisakai
  • 多摩川線は西武入り後、他の西武線との接続を計画しており、戦後間もない時期には実際に武蔵境から新宿線武蔵関への路線建設免許が申請されたこともありました(後に取り下げている)。新宿線と接続する計画が実現していたら。
  1. 上述武蔵関駅を含む上石神井~小平間のどこかの駅につなげていた。
    • 構想では上石神井で、武蔵関の前の計画では東伏見だったらしい。
  2. 実際に申請された免許の通りに武蔵関駅に接続していたら武蔵関駅は急行停車駅になっていた。
  3. 現状国分寺線が6両・車掌乗務で運転されていることを考えると多摩川線もワンマン化はされていなかったと思われる。4ドア車主体の運行体系だったかも。
    • 101系前期型が最後まで残ったのは多摩湖線国分寺口、あるいは狭山線。
  4. 野球開催日に武蔵境、または是政から西武球場前行きの臨時列車が運転される。
  5. 中央線高架化のときに武蔵境駅は2層構造になり、中央線が高々架で西武多摩川線を跨ぐような形になっていた。
  6. 自社線のみで検査車両を所沢工場、後には武蔵丘検修場に回送できるようになっていたので、武蔵境駅での中央線との接続は貨物輸送廃止時に絶たれていた。
    • 西武池袋線とJR武蔵野線との連絡線も廃止されていた。
  7. 白糸台の車両基地は廃止されていたか、あるいは残っていても留置線程度の設備になっていた。
  8. 多摩ニュータウンへの延伸がより現実味のあるものとなっていた。

多摩川線多摩ニュータウン方面延伸

  • 北多磨(現白糸台)から分岐して多摩センターを経由し城山へ至る計画でしたが、中央線の混雑を悪化させるとの判断により却下され実現しませんでした。
  1. 多摩センター方面への路線が本線となり、北多磨~是政は盲腸線になっていた。名称は「府中線」
    • 東京競馬場まで延伸する構想もあったらしいから、計画通りにやって「西武競馬場線」にしていた可能性もある。
  2. 少なくとも複線化はなされていた。
  3. 小田急多摩線同様多摩センターから一駅先まで延ばして完結と言う形になっていた。
    • もしくは多摩線の当初の計画を受け継ぐかのように京王相模原線の北側(野猿街道経由?)を通って橋本に至っていた。いずれにせよ城山までは建設できずに終わる。
  4. 多摩川を渡る辺りだけ下河原線の路盤を流用する計画が浮上するも、おそらく実現せずに終わる。
    • 京王の態度にもよるが、関戸近辺は経由出来なかったかもしれない。
  5. 国鉄に配慮して、新宿線まで多摩川線を延伸し、かつ優等列車は武蔵境を通過させる措置が取られていた。
    • 事情を知らない人たちが、なんで武蔵境は中央線と西武線の各駅停車しか止まらないの?と不思議がられていた。
  6. 国鉄の中央線複々線化計画や、地下鉄5号線の計画とうまいこと結びついていれば、東西線~多摩センター方面の列車が運行されていた。
  7. 車両基地は新線区間に移転していた。

多摩川線久我山延伸

  • 終戦直後、西武鉄道は久我山から三鷹市を横断し武蔵境に至る軌道の免許を出願していたそうです。
  1. どちらにしろ西武の他の路線とは接続しないこととなる。
  2. ネット上では井の頭線への直通が叫ばれていた。
    • 「京王に移管すればいいのに」みたいな声もある程度あったはず。
  3. 多摩ニュータウン延長計画は京王の抗議で早々に却下されていた。
  4. そもそも「軌道」だったことから西武軌道線と同規格だった可能性もありうる。
    • 免許ごと東京都交通局に引き継がれ、都電三鷹線として開業するが数年で廃止になっていた。

多摩川線東京競馬場延伸

  • 是政~東京競馬場
  1. 駅名は「競馬場前」駅か「東京競馬場前」駅となっていた。
  2. 西武多摩川線の利用者が史実よりも多くなっていた。
    • 国鉄下河原線は史実よりも早く廃止されていた。

東急関連

池上電鉄新奥沢線

おくさわ
Okusawa
諏訪分
Suwabu
  奥沢 自由が丘
Jiyugaoka
  1. どうあがいても結局池上線もろとも東急の路線となる。
    • そして新奥沢駅は奥沢駅と無理矢理統合。
  2. 自由が丘か旗の台辺りから二子玉川まで大井町線と並行する。
    • 前者の場合大井町線の急行が旗の台を飛ばし、後者の場合雪が谷大塚から新奥沢の間は結局廃線。
    • 並行してる区間は複々線になる。
    • これで現実通り大井町線の田園都市線乗り入れが行われたら二子玉の構造が…
  3. そのまま国分寺まで行ってしまうためエイトライナー構想が永遠に具現化しない。
  4. 成城学園辺りの小田急沿線から三鷹、調布などの多摩地区に東急帝国の領土が出来る。
  5. 多分路線名は「東急国分寺線」辺りに変わってた。
  6. 国分寺駅では南口側に駅が建設されていた。
    • 国分寺駅南口に東急百貨店ができていた。
  7. 大東急時代に小田原線や京王線との接続駅が設置され、会社分離後も大規模改良が行なわれる前は中間改札なしで乗り換えができた。
  8. 雪が谷大塚から五反田か蒲田まで乗り入れていた。
    • いや、東急の路線になっていたとすれば意地でも大井町線に乗り入れるようにしていただろう。故に雪が谷大塚-自由が丘間は存続したとしてもローカル線として固定化される。
  9. 蒲田~国分寺の路線になれば、南武線・横浜線とならぶ東海道線と中央線を結ぶ環状線になっていた。
  10. 国分寺には西武鉄道も乗り入れていることから、東急vs西武のバトルがここでも繰り広げられたのだろうか。
    • 現在では和解し、西武国分寺線との直通構想が持ち上がっている。

東急泉岳寺線

  1. 浅草線は泉岳寺止まりのままだった。
  2. 三田線乗り入れが史実どおり失敗した場合は改軌されていたかも知れない。
    • もしくは池上線の地下化延長に計画が変更され、池上線の地下化と延長という扱いになっていた。
    • 泉岳寺ではなく品川方面への延長を狙っていたかもしれない。
  3. 高輪地域再開発の際に東急が計画に噛んでいた。
    • JRの新駅開業とともに「高輪ゲートウェイ」の副駅名が導入される。

東京横浜電鉄(渋谷-新宿間)

  • 現在の東横線を新宿まで延伸する構想があったが未成に終わる。副都心線との直通で新宿への乗り入れ自体は一応実現。
  1. 他に経由するとしたら渋谷区役所ぐらいしか無い。
  2. 恐らく代々木公園駅は確実にあった。
  3. さすがに埼玉方面まで延びないと思うが…。
    • 少なくとも副都心線は計画されなかったか新宿止まりだった。
      • 史実(1972年)の答申では品川・羽田空港方面への延伸を検討していたので、渋谷から明治通りをさらに南下して品川へ延伸していただろう(羽田空港への延伸は京急が阻止)。こうなっていたなら、品川に地下鉄の駅ができていただけでなく、東武東上線・西武池袋線から品川へのアクセスが格段に向上していた。ただし、急行の設定はなかったかもしれない。
      • 新宿(三丁目)〜渋谷間を管轄する会社が違うだけでほぼ史実通りという可能性も。
  4. 終点駅候補はやはり新宿駅?
    • この場合、東京都庁付近に東急駅がある。
      • 史実の計画では京王新宿駅が本来東急の駅になる予定だったそうだから、京王側にかなりの影響が出ていたと思われる。
  5. 新宿付近を除いて全線高架になっていたかもしれない。
    • 渋谷駅は地下化前から駅のデザインが全く異なるものになっていた。

池上線延長

大森延長
  1. 大森駅が発展していた。
  2. 駅は池上~大田区役所(後に大田文化の森)~大森となっていた。
白金延長
  1. 後に清正公前を経て三田まで伸ばされ、都営三田線と相互直通する。
  2. 京急青山線が実現していた。
    • ただし白金まで。

大井町線延長

鮫洲延長

1926年に免許申請。

  1. 大井町駅の構造が変わっていた。
  2. バブル期辺りに台場方面への延長が何度か考えられてた。
    • りんかい線への直通が行われていたかもしれない。
  3. 京急本線の特急は青物横丁の代わりに鮫洲に停車していた。
成城学園延長

1931年に免許申請。

  1. 田園都市線の計画に影響を及ぼした可能性大。
    • 場合によっては玉川電気鉄道が専用軌条化、高速化を行い京王のような私鉄になっていたかもしれない。
  2. 全線の急行運転はもう少し早く行われていた。

目蒲線上槇町延長

1928年に免許申請。

  1. 東京メトロ南北線や都営三田線への乗り入れはもちろんなかった。
  2. 日比谷や銀座に東急百貨店が出来ていた。
    • 三越買収が実現し日本橋東急百貨店が出来ていたかもしれない。

東武関連

西板線

だいしまえ
大師前  Daishimae
にしあらい
Nishiarai
(東京都足立区) にしあらいだいしにし
Nishiarai-Daishi Nishi

参考

  1. 東上線と伊勢崎線は繋がっていた。
    • このため、東上線の車両も本線系統の工場で検査を受けるようになり、川越工場は廃止。
    • 秩父鉄道ATSが8000系に搭載されることもなかった。
  2. 大師線は複線化され、少なくとも8両編成の電車が運行されていた。
  3. 環七の真上に高架線が走っていた?
  4. 日暮里舎人ライナーが開通されるときに西新井大師西駅が新駅として出来てた。
    • 同様に都営地下鉄三田線開通時に新たに板橋本町駅が開設。
    • 「大師前」と紛らわしいので「西新井大師西」ではなく「上沼田」とか「江北六丁目」を名乗っていたのでは?
      • 「大師西」だったかも。
  5. 南北線神谷駅が出来ていた。
  6. 東上線の上板橋駅には準急・急行が停車していた。
  7. 駅ナンバリング設定時にスカイツリーラインや東上線とは別の記号(Tobu nisHiita→TH?)が設定されている。
  8. 特急は100系(りょうもう)と350系が乗り入れていた。ただし東上線池袋始発は350系のみ。
    • 上記の熊谷線も全通していた場合、100系も池袋始発になる。
    • TJライナーは350系10両編成で運行されていた。
  9. 西新井は一部の特急を除く全列車が停車していた。
    • 特急は通過していたかもしれないが、快速は停車していただろう。
      • 快速は北千住~春日部ノンストップに意義があるのでは・・・と思ったが、普通に停車しそうな気がする。
  10. 東武の本線系統と東上線系統の停車駅案内が別々のものになることはなかった。
  11. スカイツリー開業をきっかけに浅草始発の東上線列車が設定されたかも。
    • このため動態保存の8000系がもう1編成ある。その際塗装がクリーム色一色になったりして。
    • 開業当初、浅草始発の東上線列車を運行→需要の低下により廃止→スカイツリーで復活 だと思う。
  12. 伊勢崎線の半蔵門線直通用には9050系(あるいは車体幅を狭めた「9070系」?)が増備され、半蔵門線の押上開業まで東上線で使用されていた。
  13. 日光方面から自社の路線のみで池袋まで行けるようになっていたため、日光線特急がJR線に乗り入れることはなかった。むしろ浅草発着より池袋発着のほうが多くなっていたかもしれない。
    • もともと東上線沿線から浅草へ集客を考えていたため、構造的に池袋乗り入れは無理らしい。
  14. 史実での北千住口複々線化ぐらいの時期に、日光特急やラッシュ時の越谷方面からの列車が使用するため、竹ノ塚付近~大師前、板橋本町付近~大山付近の短絡線が建設され、スイッチバックをせずに越谷方面から池袋への直通が可能になる。
  15. 埼玉県民の池袋志向が県東部にも広まる。
  16. 建設は東武。
  17. 東武スカイツリーライン沿線から山手線西部へのアクセスが便利になる。
  18. 都電荒川線の大塚~王子の利用者が減っていた。
    • 都電荒川線自体別ルートで存続していたかもしれない。
  19. エイトライナーの計画にも影響を与えていた。

高島平線

  1. 三田線との直通がかなわなかった以上、8000系2両辺りが往復運転を行うだけとなる。
    • 線形を改良して池袋方面へ直通させる構想も何度か出ているはず。
    • 有楽町線や副都心線の一部列車が高島平まで直通している可能性も十分考えられる。
  2. 三田線は高島平どまりのままだった。

その他

大和自動車交通トロリーバス

北品川駅~東陽町駅の本線と木挽町から分岐し日本橋小網町への支線を計画していた。

  1. 都営トロリーバス計画は大幅に縮小していた。
    • 西武鉄道や京成電鉄のトロリーバス計画も実現していた。
  2. 恐らく昭和40年代後半にトロリーバスとしては廃止されていた。
    • その際バス事業に進出し大和自動車交通は現在のタクシー専業ではなく、バスとの兼業となっていた。
    • あるいは同ルートにトロリーバスとは別の鉄軌道を建設していたかも知れない。

秋川鉄道

  • 五日市~檜原村を結ぶ予定だったらしい。
  1. 五日市線延伸としての開業。
    • 上野原駅まで延伸する計画があるものの実現には未だに進んでいない。
    • 当然ながら途中で国有化されている。
      • 岩井支線が廃止になるまでは武蔵五日市を境に五日市線と檜原線に分かれていたかもしれない。
      • 国有化は南武鉄道・青梅電気鉄道と同時に行われた可能性が高い。
  2. 檜原村は町制化していたか?
  3. ここもE233系だらけか。上野原駅まで延長するだろうが。
  4. 檜原村の知名度はもう少し上がっていた。
  5. 逆に赤字路線になっているような気がする。
    • 下手したら赤字83線に入ってそうな気もする。

大東京鉄道

  • 鶴見~等々力~経堂~桜上水~西永福~荻窪~練馬~東武練馬~川口~竹ノ塚~金町間
  1. 戦時中~戦後にかけて在京私鉄がこの路線の帰属を巡って争った。
    • 狭軌で建設された場合、練馬を境に西南方面が東急、北東方面が東武になっていた。
  2. 鶴見と川口が東京都の一部だと思われていた。
  3. 東武練馬が改名していた。
  4. 金町以南も計画されるが頓挫。
  5. 環状7号線・環状8号線の地下鉄計画が存在しない。
  6. レール幅が現在の京浜急行電鉄京成電鉄と同じ場合、相互直通運転による環状運転を実施してるハズ。

城東電気軌道(東荒川-西荒川間)

  • 荒川放水路に架橋して線路を繋ぐ計画があったが未成に終わった。
  1. 都電になった後は錦糸堀-今井間が25系統として設定されるので、26系統は別の路線に割り振られていた。
    • 事実上の後継である都バスの亀26・上26系統も番号が25になっていた。
  2. 都電の廃止後に橋をそのまま放置するとは思えないので、首都高小松川線の開業と共に廃止されて一般道に転換されていた。
  3. 「都電が江戸川区にも走っていた」と言う事実がもっと知られていた。

武蔵中央電気鉄道(未成区間)

詳しくは→こちら

  1. 八王子~砂川~田無~目白間の「目白線」と八王子~所沢~大宮間の「大宮線」があった。
    • さらに、敷設免許を申請していた大宮~与野~鳩ヶ谷~草加~流山~柏、鳩ヶ谷~舎人~西新井~綾瀬~北千住も開業していた場合、単独で大手私鉄の仲間入りを果たしていただろう。
  2. 西武鉄道に買収されていた可能性もある。
    • 池袋線、新宿線に次ぐドル箱路線を有し、レッドアローを目白~八王子間で運行している。
    • 同社の「目白線」「大宮線」となる。
    • 後に京王電鉄と合併した事を考えると、むしろ京王の路線になっていたかも。
  3. JR中央線は民営化までに高尾まで全線複々線化していた。
    • 総武緩行線、メトロ東西線が八王子、高尾まで乗り入れている。
  4. 快速「むさしの号」は、武蔵野線開業時から運転されていた。

都電恵比寿長者丸線延長

  • 恵比寿長者丸~池上~川崎間及び池上~大森間
  1. 恵比寿長者丸線が戦時中に休止になる事もなく、都電全廃まで残っていた。
  2. 7系統辺りが川崎・大森まで延ばされていた。
  3. 川崎市電への乗り入れも検討されるも改軌費用などから没に。
    • 戦前に出来ていれば川崎市電も1372mmになっていたかも。その代わりに大師線に乗り入れ出来なくなるが。
  4. 都営バスが大田区に本格的に乗り入れていた。
  5. 横浜市電の生麦~鶴見間が復旧出来ていれば京浜間が一時期路面電車だけで移動できるようになっていたかもしれない。

武州鉄道

競合路線があるのに免許を交付してもらうために賄賂を贈ったのがばれて計画は消滅。(関連項目:Wikipedia:ja:武州鉄道汚職事件

  • モノレールとして建設する案と普通鉄道として建設する案の2案があったとされている。
  • 吉祥寺~御花畑
  1. 西武秩父線は存在しなかった。
    • あっても、地味な路線になっていたかもしれない。
    • 直通運転などで武州鉄道側が勝った場合、西武秩父線(あるいは西武池袋線飯能以北も?)が廃止に追い込まれていた可能性もある。
  2. 武州鉄道では被ってしまうので「武州モノレール」…いや「秩父モノレール」となっていた。
  3. 東京モノレールは第2のモノレール式電車として開業していた。
  4. 最終的には多摩モノレールと合併していた?
  5. 建設費が予想以上にかさんで青梅で建設打ち切りになっていた。
  6. モノレールの欠点が明らかになり、普通鉄道に計画変更されていた可能性も。
    • いずれにせよ秩父までの全通は難しかっただろうが。
    • その場合西武に乗っ取られていた可能性も否定できない。
      • 奥多摩開発計画がより具体化し、青梅線に乗り入れる特急が走っていた。
  7. 全通した場合、世界最長のモノレール路線としてギネス認定されていた?
  8. 中央線の混雑が激しくなっていた。
  9. 学生の利用を当て込んでムサビに駅を作るが、朝鮮大学校や創価の人も乗り込んで、争議の標的に。
  10. 東急百貨店吉祥寺店の場所は、武州鉄道系の商業施設。
  11. 混雑している中央線への客の流入を防ぐため自社で都心方面へ延伸するか井の頭線への乗り入れを模索する。
    • 場合によっては京王に買収されていたか、あるいは井の頭線も武州鉄道になっていたかもしれない。
      • あるいは中央緩行線と接続していたかも。
    • 自社で延ばすにしても新宿への乗り入れは難しいだろう。
    • 荻窪で丸の内線に入るか、中野で東西線に入るか、
    • 用地買収が済むころには都心へどう接続するか決めているはずなので乗り入れ先に合わせた規格で建設。
  12. 武蔵村山市と旧名栗村にも鉄道が走っていた。
    • 青梅街道沿線の交通情勢が大きく変わっていた。
      • 都バス最長路線の青梅車庫〜花小金井〜西武柳沢線は早々に分断されていた。
      • 西武拝島線もかなりの客を奪われていた。
    • 武蔵村山、東大和も史実より早く市制していた。
  13. 西武秩父線と競合するが、都内と接続する分西武に分がある。
    • 秩父への路線を作らなくても東大和市・小平市-都心間で競合するので西武に買収されたかもしれない。
  14. 青梅まで線路を作ったら、既に西武が開業しているので秩父までの路線建設計画は破棄。

東京都港湾局月島線

越中島貨物線から伸びていた東京都港湾局晴海線から分岐して月島を経由し、汐留貨物駅へ抜ける貨物線計画。

  1. 汐留や晴海の再開発に影響が出る。
  2. ゆりかもめは豊洲で建設を終了していた。
    • 一方大江戸線のルートは現実通りだった。
  3. 両端がJR線に挟まれているため旅客化はない気がする。

お台場ロープウェイ

世界都市博覧会が開催されていた場合、メインゲート(東京テレポート駅)~東京ビックサイトにロープウェイが運行する予定であり現在でもその柱がビックサイトの敷地内に残存している。

  1. 現在でも残っていたら東京オリンピック開催決定あたりから延伸構想が次々に出てくる。
    • 中央防波堤方面や豊洲・晴海方面などが有力。
  2. コミケでは青海展示場とビックサイトを行き来するために重宝される。
    • 場合によってはコスプレイヤーはこっちに乗れと誘導されるかも。

立川急行鉄道

  • 我孫子線:立川〜所沢〜鶴瀬〜与野〜越谷〜我孫子間
  • 国府津線:立川〜国府津間
  1. 路線の性質上、現在は国有化を経て武蔵野線の一部となっている。
    • 戦時中に南武鉄道と同時期に国有化されていたかも。
  2. 史実の府中本町から北上する区間は所沢まで武蔵野南線の一部となり、貨物専用線として開業していた。
    • 越谷から京葉線方面に南下する区間は史実通り旅客営業も行なっていた。
  3. 大手私鉄の場合、同時期に計画された京王電鉄の八王子〜大宮を結ぶ路線計画を踏襲する形で買収され、京王大宮線となっていた。

武州鉄道赤羽延伸

  1. 赤羽で国鉄駅に接続していたら廃止は免れていた
  2. 王子電気鉄道へ乗り入れていた。

東京鉄道

  • 池袋 - 高田馬場 - 飯田橋 - 大手町 - 洲崎(現在の東陽町一丁目付近)の免許を取得していたが、関東大震災を受けて着工前に頓挫。
  1. 計画が進んでいれば少なくとも関東大震災時点で少なくとも高田馬場-飯田橋間が開業済み。市街化が震災前に進んでいた飯田橋以東は未着工。
  2. 震災後の山手の発展に伴い業績は向上。
  3. 総武線の両国-御茶ノ水間開業と同時期に飯田橋-洲崎が開業。
  4. 路線が重複するので都電荒川線の鬼子母神前電停以南は建設されていない。
    • 副都心線は渋谷から高田馬場までの路線。
  5. 都電荒川線を運営していた王子電気軌道or高田馬場で接点のある西武の関連会社になっていたが、戦時中に営団に統合される。

東京市内外交通調査委員会市電気局対案路線

  1. 東武vs京成の浅草延伸争いは、東京市営の路線が浅草から延びてきたことによって、引き分けに終わる。
  2. 市営鉄道は向島から深川方面に向かってしまうため、両者乗り入れは出来ず。
    • こりずに日暮里経由の上野延伸を争う。
  3. 三田-六本木-牛込-本郷-上野を結ぶ路線があるため、南北線の南側は建設されず。
  4. 大江戸線は光が丘-六本木までの路線。
  5. 戦時統合で銀座線は市有化され、バス・路面電車とともに私鉄も東京市に一本化。
  6. 上野-浅草間の銀座線に合わせて深川方面・三田方面は第三軌条で直通。

東京電車鉄道

  • 甲武鉄道(のちの中央線)・川越鉄道(のちの西武)・大師電気鉄道(のちの京急)・大日本軌道の経営者である雨宮敬次郎が中心
  1. 大日本軌道の各支社(現在の静鉄・遠鉄・福島交通など)は電化の際に、東京から車両を転属させる為762mm軌間から馬車軌に改軌していた。
  2. 川越鉄道と敵対する東上鉄道・武蔵野鉄道を利することになるので、池袋線は池袋駅まで開業させない。護国寺から来た電車(実史の都電17系統)は、東池袋四丁目停留所から荒川線の線路に乗せて大塚方面へ向かわせる。