もし20世紀中に大阪オリンピックが実現していたら

2022年4月25日 (月) 17:28時点における106.128.75.21 (トーク)による版 (→‎1980年大会の場合)
ナビゲーションに移動 検索に移動

大阪市は2008年の夏季オリンピック開催を目指して立候補しましたが、結局最下位で落選し、同年の開催都市は北京に決定しました。もし大阪が20世紀中のオリンピック開催を目指して立候補し、しかも開催が実現していたら…。

全般

  1. 大阪ドームが実史より早く完成していた。
  2. 1996年以前の場合、JR東西線の開業も早まっていた。
  3. 阪神なんば線は20世紀に全通した。
  4. 九州新幹線はオリンピック開幕を前に全通していた。
    • 1996年以前に実現していた場合、長野新幹線より早く開業していた。
    • 北陸新幹線は大阪側が先に開業して、後で東京まで繋がった。そのため車両などの規格は東北上越ではなく東海道山陽に合わせられた。
    • 明石海峡大橋の着工前に実現していた場合、明石海峡大橋に鉄道が通って三宮から徳島まで新快速で1時間ちょいで行けた。
      • 国内初の在来線160km/h運転はここで実現していた。
  5. 野球競技が阪神甲子園球場で開催される可能性があるため、夏の高校野球の日程に影響を与えていた。
    • 場合によっては7月開幕や9月閉幕もありえた。
    • 大阪ドームもあるとはいえ、阪神タイガースの夏のロードが普段以上に長期になり、現実以上に苦戦を強いられてたかも。
      • あるいはオリンピックの期間中はペナントレースが休止されていた。
    • 大阪球場を改修して延命させていた可能性もありえた(特に1992年までなら。1996年はギリギリか?)。
      • 場合によっては藤井寺球場や日生球場も使われていた。
  6. 自転車競技のトラックレースは岸和田競輪場か当時現存していた甲子園競輪場。
    • 関西サイクルスポーツセンターという可能性もある。
      • 関西サイクルスポーツセンターは1976年以降の場合。
    • 西宮球場や向日町競輪場が使われていた可能性も。
  7. 馬術競技は京都競馬場・園田競馬場・阪神競馬場のいずれかが使われていた。
  8. 大阪城ホールも会場のひとつになるのは確実。
  9. パナソニック(当時松下電器)は大万歳。
    • ここに限らず在阪企業は大いに盛り上がっただろう。
  10. 国策によるオリンピック選手の強化も早くから行われたので、日本人のメダル低迷期もなかったか早くに終息した。
    • 間違いなく1964年東京五輪の獲得数を上回っていただろう。
  11. ボート競技は琵琶湖で行われていた。
  12. 2020年の夏季五輪開催地は東京でなかった可能性が高い。
    • 1964年の後の東京での2度目の五輪開催は100年待たなければならなかった。
  13. 1994年以前に実現していたら、オリンピックに合わせて関西国際空港が前倒しで開業していた。
    • もし成田と同時期に関空が開業していたら、関空にもレガシーキャリアの国際線が多く就航していたかも。
    • 南海電鉄の経営が史実より早く好転していた。
  14. オリンピックを起爆剤に大阪が発展して東京一極集中が緩和された可能性がある一方で、オリンピックで大阪府市が財政難になると東京一極集中がさらに加速した可能性も否定できない。
  15. IOCのルールで7月縛りになる前なら、1964年東京大会と同じように10月10日からの開催だった。あるいは東京より暑い大阪に配慮して11月3日だったかもしれない。
    • 1968年なら明治維新100周年で11月3日があり得た。
  16. 東北地方からの観戦列車として臨時「日本海」や寝台急行が設定されていた。
    • 寝台急行は「あおもり」があったがさすがに愛称は「オリンピア」とかになっていただろう。
    • 青森・秋田だけでなく盛岡・仙台からも設定されていたかもしれない。
    • 東北のみならず九州方面などからも設定されていた。
      • 長崎や宮崎からも設定された。
  17. 舞洲や夢洲の埋め立て以前の場合メインスタジアムは長居陸上競技場だった。
    • オリンピックを見越して改修工事が早まっていた。
    • 横を通る阪和線はオリンピックを前に高架化されていた可能性が高い。
  18. 1992年以前に実現していたらダイエーも協賛企業に名を連ねていた。
  19. 1968年以前に開催されていた場合、1970年万博の開催地が東京になっていた。

1960年大会の場合

  1. 大阪環状線全通や大阪市営地下鉄4号線開業(ともに1961年)が1年早まっていた。
  2. 阪神伝法線西九条延長、阪急京都線京都河原町延長、京阪本線淀屋橋延長(いずれも1963年上半期)が1960年春に前倒しされていた。
    • 御堂筋線のあびこ延伸はオリンピックに合わせて行われたことになっていた。

1964年大会の場合

  1. 大阪がフィーバーしていた。
  2. 開催直前の日本シリーズは阪神vs南海だったから関西が盛り上がった。
  3. 山陽本線の兵庫~西明石は1964年3月に複複線化できたうえ、東京~熊本がずっと電化された。
  4. 神戸高速線は1964年3月までに開業した。
  5. 国道171号は1962年国道改正に伴い1963年4月1日から国道53号となっていた。
  6. 阪急京都線2800系(1964年7月14日運行開始)、近鉄奈良線新生駒トンネル開業(1964年7月23日)はオリンピック事業となった。
    • 阪急2800系が悲劇の車両とはならなかった。
  7. 名神高速道路は忠実通り1964年9月に一宮~西宮が開通していた。
  8. 東海道新幹線は忠実通り1964年10月に開業していた。
  9. 特急「雷鳥」(忠実は12月25日運行開始)が10月に前倒し、特急「くろしお」は運行開始が5か月前倒しされた。

1968年大会の場合

  1. 阪神タイガースが4年ぶりに優勝していた可能性がある。日本シリーズが阪神vs阪急の西宮ダービーとなっていた。
  2. 赤穂線の電化が1年早かった。
  3. 片町線の放出~四条畷間複線化が半年早く実現し、山手線から101系が15編成75両転入され片町~長尾は昼間のみ101系へ統一。
  4. 1968年10月1日のヨンサントオ改正は10月31日に遅れた。
  5. 阪和線103系は忠実ではヨンサントオ改正で6編成24両投入されたが、オリンピック対策で18編成72両投入された。
  6. 京阪神緩行の103系投入は忠実より1年早く16編成112両が投入された。
  7. 東海道新幹線の開業が1968年10月31日に遅れていた。
  8. 東名高速道路の開通(1969年5月)が1年早まっていた。
  9. 中国自動車道吹田~宝塚、近畿自動車道・西名阪自動車道も1968年10月までに開通した。
  10. 近鉄難波線の開業が2年早かった。
    • 近鉄鳥羽線の開業、志摩線の1067→1435mm化も。
    • 近鉄奈良駅の地下化も同時に行われていた。
  11. 大阪市営地下鉄5号線大阪市営地下鉄6号線は忠実より1年早い1968年に開業していた。
  12. 大阪市電は全廃が1年早かった。
  13. 2年後の1970年大阪万博同様に神戸市和歌山市に路面電車があった時代(両市とも1971年に路面電車廃止)の開催となっていた。
  14. 主要府道大阪箕面線(新御堂筋。現在の国道423号)がこの年に全通していた。
  15. 主要府道大阪内環状線(現在の国道479号)と主要府道大阪中央環状線は五輪道路としてこの年に開通していた。

1972年大会の場合

  1. 山陽新幹線岡山開業(3月15日)はオリンピック記念となっていた。
  2. 四つ橋線住之江公園延長(11月6日)が半年早まっていた。
  3. 泉北高速鉄道の栂・美木多延長が1年早かった。
  4. 関西本線奈良~湊町の電化(1973年10月)はオリンピックに合わせて繰り上げられた。
  5. 湖西線の開業が2年早かった。
  6. 開催直前の5月に千日デパート火災が発生、閉幕後の11月に北陸トンネル火災が発生していた。
  7. 沖縄復帰記念大会にもなっていた。
  8. 東淀川区・城東区・住吉区・東住吉区の分割(1974年4月)が2年早まっていた。
  9. ボウリングブーム期とあってボウリングがオリンピックに登場した。
  10. 京阪特急の3000系(旧)への置き換えはオリンピックまでに完了していた。
  11. この年に製造された阪急京都線2800系最終編成が異例の短命となることはなかった。
  12. 1972年は現実以上に後々まで語り継がれる年になっていた。
  13. 同年の冬季五輪は札幌ではなかった。
    • 札幌冬季五輪は1980年代の開催となっていた。
  14. 阪神タイガースが8年ぶりに優勝していた可能性がある。その場合、日本シリーズは阪神vs阪急の西宮ダービーとなっていた。

1976年大会の場合

  1. 神戸市営地下鉄西神線の開業(1977年3月13日)は1年早まっていた。
  2. 大阪市営地下鉄(当時)谷町線の6両編成化と守口延長(ともに1977年4月6日)も1年早まっていた。
  3. 泉北高速鉄道の光明池開業(1977年8月20日)は五輪開催前に開業した。
  4. 新快速はこの年の春に神戸駅に停車していた。
    • 姫路発着の西明石駅停車も。
  5. 大阪府の村がまだ2村あった(豊能郡東能勢村があった)時代に開催となる。
  6. 京阪沿線に自治体の町があった(綴喜郡八幡町だった)時代に開催となる。
  7. 中国自動車道はこの年までに三次市まで開通していた。
  8. 新御堂筋の国道昇格(1981年)が1974年に早まっていて国道番号も423ではなく373になっていた。
  9. 主要府道大阪内環(現在の国道479号)は生野区域の開通(1981年)が5年早まっていた。
    • 地下鉄千日前線の南巽延伸も。
  10. 泉北高速鉄道の光明池延長(1977年8月)、能勢電鉄妙見線の開業(1978年12月)はオリンピックに間に合わせた。
  11. 紀勢本線和歌山市~新宮電化(1978年10月)はオリンピックに合わせて前倒しされた。
  12. ビートたけしのネタで有名なコマネチは大阪でフィーバーになった。
  13. 中国国民党が中国共産党に勝っていたらありえたかも。
  14. 阪神タイガースが12年ぶりに優勝していた可能性がある。その場合、日本シリーズは阪神vs阪急の西宮ダービーとなっていた。
  15. MBSとABCのネットチェンジは1980年4月に遅れていた。

1980年大会の場合

  1. もちろん日本選手団は出場できていた。
    • それどころか東側選手団も普通に出場していた。
    • 長崎宏子は史上最年少、しかも小学生での出場となっていた。
      • 自国開催の有利さを活かしてメダルを獲得していたかもしれない。
        • 仮に金メダルだったらそれこそ大騒ぎになっていた。
          • その代わり1992年の岩崎恭子がそれほど注目されなかった。
            • 2021年の西矢椛も。
      • 日本人が現実よりも早くオリンピックに関心を持つようになっていた。
  2. 翌1981年には神戸でポートピア博覧会も開催されるので、関西は大いに盛り上がっていた。
  3. 果たして会場はどこになっていたのだろう…。
    • 大阪南港にメイン会場が作られていたら、ニュートラムは1年早く開業し、日本初の新交通システムとなっていた。
    • ポートライナーが先に開業したかも。
      • 京阪の600→1500V昇圧が早まり、1980年3月の守口市~寝屋川信号所間の複々線化と同時に行われていた。
        • 同時に8両編成の運行が始まり、6000系も同時に登場していた(史実よりも3年早い)。
          • その場合6000系の初期車は鋼製車体になっていたかも。
          • 2000→2600系への改造も現実より早く行われていた。
  4. 第二次オイルショックの不況からV字回復していた。
    • バブル景気の到来も早く、1980年代前半には始まっていたかも。
  5. 同年芸能界を引退する山口百恵が聖火ランナーに起用されていたかも。
  6. 国鉄117系電車が関西の新快速にデビューするのはオリンピックがきっかけだった。
    • 201系の量産が2年程早くなったかも。最初の投入先は東京の中央線ではなく、大阪環状線。五輪開幕までに201系が森ノ宮電車区へ集中投入、大阪環状線のすべての運用(他線直通運用を除く)に入る。(201系の加減速性能を活かし)大阪環状線のスピードアップ・朝の混雑時2分30秒間隔運転が、この時実現する。
      • 101系の関西からの撤退が早まっていた。
    • 201系への評価が大きく上がっただろう(電機子チョッパ制御車両は低速で加減速が多い程省エネ効果が大きく、大阪環状線の短い駅間隔でその性能をフル発揮できた為)。
    • 福知山線の塚口~宝塚は複線化・電化が1年前倒し。
    • 奈良線の電化もオリンピックを前にした1980年3月に桜井・和歌山線と同時に行われていた。
  7. 京都市営地下鉄烏丸線の最初の開通が1年程(五輪開幕までに)早まる。
    • 大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)谷町線の天王寺~八尾南延伸も半年ほど早まり、オリンピックに間に合わせていた。
      • 谷町線の大日駅も開業は3年前倒しされ、都島~文の里は5分間隔に増発された。
      • 千日前線の新深江~南巽も1年半前倒し開業に。
  8. 中国自動車道中央自動車道は1980年7月に全通していた。
  9. 北陸自動車道の米原~敦賀は大阪オリンピック記念の開通となった。
  10. 阪神高速神戸線の全通(忠実では1981年6月)が1年前倒しされた。
  11. 翌年の神戸ポートピア博覧会と合わせ関西は乗りに乗っていた。
  12. 西明石駅への全ての新快速の停車(忠実では1982年11月15日)も2年半早まっていた。
  13. 藤井寺球場のナイター設備設置が早まり、オリンピックを前に行われていた。
  14. 近鉄バファローズは史実通りリーグ2連覇を果たし、日本シリーズでは前年のリベンジで日本一になれていたかも。
    • その場合、近鉄が55年間日本一にならないまま消滅することはなかった。

1984年大会の場合

  1. ロサンゼルスは1988年に再度立候補しソウルと争う。
    • ただアジアで2回続けて五輪はありえないので、1988年はロサンゼルスとなり、ソウルは2000~2008年あたりに立候補していた。
    • 逆に名古屋は1988年大会には立候補しなかった。
      • 名古屋は2008年大会に立候補していた。
    • 中国がソウルより先に開催したかも(冬の五輪もありえるか)。
      • 2008年が史実通り北京だった場合、2020年がソウルだった。その場合2018年冬季五輪は平昌ではない。
  2. 東側諸国はやはりボイコット。
  3. 新幹線100系電車は大阪五輪に合わせて導入されていた。
    • 当時の国鉄の財務状況より、片福連絡線の建設より大阪環状線の輸送力増強(最混雑時間帯の2分30秒間隔運行)を優先した為、201系が同年1月までに、103系森ノ宮電車区所属の8両運用をすべて置き換え。
    • 前年10月に大阪城公園駅が開設された際に、日中の森ノ宮区8両運用が201系に統一(201系の加速度を活かし、日中の大阪環状線の運転時分を維持)。
  4. 福知山線の宝塚~福知山、山陰本線の福知山~城崎温泉は1984年7月20日に電化され、北近畿に381系が、快速に117系が投入された。普通は1981年とは異なり103系の製造を終えてからなので京阪神緩行から転入の103系を黄色に塗り替えた。
  5. 神戸市営地下鉄西神線は西神中央~新神戸が全通していた。
  6. 奈良線や和歌山線の電化が3か月早まっていた。
  7. 近鉄東大阪線(現けいはんな線)の開業が2年ほど早まっていた。
    • 大阪市(現大阪メトロ)20系、近鉄7000系の登場も早まり、日本におけるVVVF車の実用化が早まっていた。
      • 北大阪急行8000形も。
      • 御堂筋線梅田・なんば両駅の拡張工事はオリンピックを前に完成していた。
    • 大阪ではないが、京阪の京都市内の地下化もオリンピックを前に完成していた。
      • 架線電圧600→1500V昇圧もこれと同時に行われていた。
  8. バブル景気の到来が少し早まっていた。
  9. 新大阪駅への新快速停車が1年早まっていた。1975年3月10日から1985年3月13日までの新大阪は、日本海縦貫線特急が全て停車の癖に新快速は通過していたから。
  10. 阪急ブレーブスが7年ぶりに日本一になれていた可能性がある。

1988年大会の場合

  1. 国内候補都市で名古屋を、開催都市決定でソウルに勝って大阪での開催決定。
  2. 大阪に敗れたソウルは2008年に開催。
    • そして北京は2016年大会に立候補し、東京と開催都市を争う。
    • 2008年にソウルが北京に勝つのは難しいと思う。
  3. オリンピック会場となる舞洲は1980年代前半に造成が完了していた。
  4. オリンピック開催までにJR東西線と阪神なんば線は開通し、地下鉄中央線は舞洲まで延伸。
    • JR東西線は国鉄の路線として建設。
      • それに合わせて国鉄は1983年3月から203系を明石電車区に48編成336両、淀川電車区に24編成168両を投入し関西の203系は72編成504両となった。片町線の長尾~木津間は電化・松井山手駅開業とともに7両編成化されていた。
      • 片町線は快速は篠山口~上田辺(現JR三山木)と新三田~木津を各30分間隔で運行。停車駅は篠山口~宝塚の各駅、川西池田、伊丹、尼崎、北新地~京橋の各駅、放出、住道、四条畷、河内磐船、長尾~木津の各駅となっていた。
      • 片町線普通は西明石~松井山手を15分間隔で運行されていた。
      • 東海道本線普通も全て203系で、神戸~高槻と宝塚~京都を各15分間隔で運行されていた。
    • 京阪中之島線はこの時には開業しないが、オリンピック構想が出るとともに計画が具体化し、1990年代前半に開業する。
      • あるいは中之島線がメイン会場へのアクセスとしてオリンピック直前に開業していた。
    • 大阪モノレールは1988年の時点で大阪空港~門真市の全線が開業済み。
    • JR東西線の開業に備え,(国鉄時代に)203系投入で余剰となった103系1000代が淀川電車区に大量に転入。冷房化が進められる。不足分の先頭車はモハ102・103-1000から改造。
    • (関西本線・奈良線京都-木津-奈良間電化,和歌山線五条-和歌山間電化,広島運転所の旧形電車置換用の)103系改造105系は103系0代が種車となる。その為201系の製作数が少し増える。京橋-尼崎間の保安装置は,当初ATC-4である(103系1000代のATC装置を活用するため)。
    • 阪神本線の福島駅付近の地下化も同時に行われていた。
  5. 関西国際空港の計画も前倒しされ、オリンピック開催直前の1988年4月に開港。
    • JR「はるか」や南海「ラピート」のデビューももちろん早まった。
      • 南海電鉄の車体カラーの変更もこの頃だったかも。
      • 大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ)堺筋線の天下茶屋延伸も同時に行われていた。
    • 「はるか」は当初「やくも」短編成化で捻出された381系と485系で運行。南海は11000系(VVVFインバータ制御・電気指令式ブレーキを採用,10000系基本の構体,現実の「ラピート」ほど派手ではない)を開発して導入。「ラピート」に運用する。現実の11000系以降,2桁目が1つずれる。
    • 日航の他にこの会社が747-300SRを導入するだろう。747-300SRは少数派にならないだろう。
  6. 日本のバブル景気は現実よりすごいものになっていた。
    • バブル崩壊も数年遅れていたかも。
    • ただ,のちの阪神・淡路大震災での影響が遙かに大きいだろう。
    • 恐らく日本のバブルを象徴するイベントになっていただろう。
  7. 阪急百貨店の建て替え、西梅田や梅田北ヤードの再開発は1988年までに完了していた。
    • 大阪駅の新駅ビルも同時期に完成。
    • その時点で大阪の町は東京並み、あるいはそれ以上の発展を見せていた。
    • 近鉄百貨店阿倍野店の増床(現在のウイング館)はオリンピック開催に合わせて行われたことになっていた。
      • 但しハルカスの建設は史実通りだろう。
  8. 1990年の花博は史実より大規模に開催されていた。
  9. 新幹線「のぞみ」は1988年3月にデビューしていた。
    • 近鉄「アーバンライナー」のデビューも1~2年早まり、オリンピック開催までに全ての名阪甲特急を置き換えていた。
    • むしろ100系X編成が(1988年春のダイヤ改正までに)15から20編成程度製造され,通称:Wひかり(途中新横浜・名古屋・京都・新大阪・岡山・広島・小倉のみ停車)に運用だろう。100系自体東北新幹線上野開業の時にデビュー。X編成は現実通り新幹線会社に所属。
  10. 京阪鴨東線の開業も2年程早まっていた。
    • 京阪8000系の登場も当然のことながら早まった。
    • 阪急8000・8300系やJR221系の登場も1年早まっていた。
    • 大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ)新20・66系の登場も2年早まっていた。
      • 御堂筋線・中央線以外への冷房車導入もオリンピックを前に行われていた。
      • 御堂筋線の10両化・堺筋線・中央線・近鉄東大阪線の8両化が五輪までに実現。御堂筋線は、それまでに朝の2分間隔運転を実施。御堂筋線10系・中央線20系・近鉄7000系は、中間車を1編成あたり2両を新造、既存・新造編成に挿入。
        • それに加えて谷町線も8連化が行われていた。この時に新20系が同線初の冷房車として導入されている。
    • 4.に備え、阪神8000系は当初から山陽姫路・近鉄奈良線乗り入れ対応で大量に導入。(阪神)梅田~山陽姫路間の直通特急(当初の日中の本数は1時間あたり2本)と(阪神)三宮~近鉄奈良間の直通快速急行(同3本)が五輪までに実現。山陽5000系は当初より阪神電鉄梅田乗り入れ対応・近鉄8810系が(阪神)三宮直通対応で大量に導入される。
      • 8810系ではなく1020系になっていたと思う。3200系をベースにしたVVVF車で現実よりも数年早く登場した。
      • 阪神8000系は現実と異なりVVVF車となっていた。
    • 北大阪急行を忘れずに。御堂筋線と同時に10両化、8000形は中間車を1編成あたり2両追加(8→10両化)。
      • 大阪市10系の10連化はすべて新車を連結する形で行われた。
  11. 2回目の東京五輪は2024年か2028年に立候補していた。
  12. 体操の西川・池谷の清風コンビは金メダルを獲得できていたかもしれない。
  13. 近鉄バファローズがロッテとのダブルヘッダー(10.19)で勝利し、8年ぶりに優勝していた可能性がある。

1992年大会の場合

  1. 1988年の夏季オリンピックはバルセロナで開催され、ソウルオリンピックは実現せず。
    • 1998年の長野冬季オリンピックも実現しなかったかも。
    • 2008年大会がソウルになっていた可能性もある。
  2. 1988年の項で述べた交通整備は1990~1992年に集中して行われる。
    • 関西国際空港の開港も1992年に合わせていた。
      • 「ラピート」「はるか」の登場も2年早まっていた。この頃になったら現実通りのデザインになっていただろう。
      • 223系0番台も。新快速用の1000番台の登場も早まり、阪神・淡路大震災より以前に登場していた。その分221系の製造両数が減っていた。
    • 地下鉄堺筋線の天下茶屋延伸が1年早まり、オリンピックに間に合わせていた。
      • 大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)車両の完全冷房化もオリンピックを前に完了していた。
        • 30系や60系が現実よりも多く冷房改造されたかも。
      • 南海天下茶屋駅の高架化もオリンピックに合わせて完成していた。
    • 山陽自動車道は1992年7月に全通した。
    • 阪和自動車道・紀勢自動車道は1992年7月に松原~紀伊広川が開通していた。
  3. 水泳の岩崎恭子選手は大阪で金メダルを獲得した。
    • 女子マラソンの有森裕子も金メダルを獲得できていたかもしれない。
      • 男子マラソンの森下広一も。この場合森下は現在に至るまで男子マラソンでは唯一の日本人金メダリストとなっていた。
    • 柔道の田村亮子(当時)も金メダルを獲得し、次のアトランタも含めて4連覇を果たしていたかもしれない。
      • 当時16歳だったので、柔道としては史上最年少の金メダリストとなっていた。
  4. バブル崩壊は現実より5年ほど遅れていた。
    • オリンピックより遥かに多額の金が動いた花博を開催しても崩壊したんだから、それはないと思われ。
      • むしろ花博は大阪で開催されなかった。
        • 花博は名古屋で行われていたかも。その場合2005年の万博開催地は福岡あたりになっていた。
    • その後の阪神・淡路大震災の悪影響が大きかっただろう。
      • 恐らく阪神・淡路大震災までバブルの余韻は残っていたと思われる。
  5. 関西が波に乗っていて、阪神が優勝していたかもしれない。
    • 1990-1992年にかけて関西は「わが世の春」を謳歌していた。
      • 史実でも、この時期は、「わが世の春」を謳歌していたじゃないか。
    • 現実より東京一極集中が緩和されていたかもしれない。
      • 以後日本は東京・大阪の二眼レフ構造になっていた。
    • 近鉄も優勝し、阪神VS近鉄の関西ダービーが実現していたかもしれない。
  6. オリンピックの開催都市決定は1985年ごろに行われたので、当時の大阪は阪神の21年ぶりリーグ優勝→日本一とも重なって大いに盛り上がった。
    • 1980年代後半~1990年代初頭は大阪ばかりか日本経済が絶頂期だったので、開催される可能性としては一番高かったと思われる。
      • バブル時期に開催されたオリンピックとして後々まで語り継がれていた。
    • 1992年も現実通り優勝争いしていて、もし優勝していたらオリンピックと二重で大盛り上がりだっただろう。
      • 関西オリンピックが盛り上がっていたので、恐らく阪神が優勝できていた。
        • 「日本国内で夏季五輪が開催されたら阪神が優勝する」というジンクスが生まれていた。
        • さらに近鉄も優勝していた場合、日本シリーズは阪神vs近鉄の関西ダービーとなっていた。
  7. 史実のガンバ大阪は「オリンピコ大阪」のようなオリンピックに因んだクラブ名になっていた。
  8. 新幹線300系の登場が1年程度早まる。その原型となる「スーパーひかり」の開発が早まり(大阪五輪開催決定が契機、国鉄末期に開発スタート)、1989年頃に先行試作車が完成(JR東海)。その2年後からJR東海が量産車を発注、当初は「ひかり」に運用された。1990年頃に東海道新幹線の変電所更新が完了(300系のパンタグラフ削減が目的)する。
    • JR西日本は1991年、JR東海と共に「のぞみ」の東京~新大阪~博多間の運行を発表。JR西日本車は1992年までに10編成程度そろう。「のぞみ」のデビューは1992年の3月のダイヤ改正(当初から日中、1時間に1本東京~新大阪~博多間に運行)。
    • 近鉄のアーバンライナーは4年後の大阪五輪を見越して登場したことになっていた。
      • オリンピック開催年に登場した22000系「ACE」も。現実と異なり阪神乗り入れ対応になっていたかも。
        • 志摩スペイン村の開業もオリンピックに合わせて行われ、23000系「伊勢志摩ライナー」も現実より早く登場していた。
      • 京阪8000系電車の増備ペースも現実より早まり、オリンピックまでに旧3000系を全て置き換えていた。
  9. 東京は2024年か2028年に立候補していた。
    • 東京ではなく名古屋だったかもしれない(史実では1988年大会落選)。
    • その場合、2020年はパリになっていた。
    • 仮に史実通り2020年大会に当選し、コロナ禍もなく通常開催されていた場合、1964-1992-2020年とちょうど28年ごとになるので「日本では28年周期で夏季五輪が開催される」というジンクスが生まれていた。
  10. 2021年に柔道の古賀稔彦氏が亡くなった際は現実以上に惜しむ声が多かった。

1996年大会の場合

  1. 1988年の項で述べた交通整備は1994~1996年にかけて行われる。
    • JR東西線は史実より1年ほど早く開業し、オリンピック開催に間に合わせていた。
      • 大阪モノレールや地下鉄長堀鶴見緑地線の全通も。
    • 京阪8000系のダブルデッカー導入が1年くらい早くなり、オリンピック輸送に備えていた。
      • 9000系の導入も。名目はオリンピックにともなう輸送力増強だった。
      • それに先んじて旧3000系のダブルデッカー改造を伴うリニューアルは1994年頃に行われていた。
  2. 前年発生した阪神・淡路大震災の影響がどこかで出ていた。
    • 阪神高速道路3号神戸線の復旧はオリンピックに間に合わせる形で行われていた。
    • 一部の競技が神戸に割り振られていた。
  3. バルセロナは1988年、アトランタは1992年にオリンピックを開催していた。
  4. オリンピック開催都市の決定は1989年頃だった。
    • このため開催都市決定時はちょうどバブル絶頂期だったが開催年にはバブルが崩壊して不況下で行われた。
  5. サッカーU-23日本代表が「長居の奇跡」を起こす。
  6. この年以前に開催されたすべての場合で、長居スタジアムの増改築が史実より早く行われることになる。
  7. 1998年冬季五輪の開催地は長野ではなかった。
    • 夏冬通じて同一国で2回連続開催されることになるため。
    • 2000年に大阪五輪が開催された場合も同様。
  8. 新幹線500系電車のデビューが1年早まっていた。
    • 阪神~山陽直通特急の運転開始は史実よりも2年早い1996年2~3月だった。
  9. 時期的に人口の多い団塊ジュニア世代の選手の出場が最も多かったと思われる。
    • 自国開催の強みもあり多数のメダルを獲得して同世代は大盛り上がりだっただろう。
  10. 高飛び込みの寺内はメダルを獲得できていたかも。
  11. この年はオリックス・ブルーウェーブがリーグ2連覇かつ19年ぶりの日本一を果たしていたので、関西は大いに盛り上がっていた。

2000年大会の場合

  1. Qちゃんこと高橋尚子選手は大阪で金メダルを獲得。
    • 現実以上にフィーバーが起こっていた。
      • 彼女の出身大学が大阪にあるので尚更。
    • ヤワラちゃんこと田村亮子も大阪で金メダル獲得。
      • 後に結婚する谷佳知が大阪出身なので、2人の結婚が現実以上に話題となったかも。
      • 篠原信一も獲得できていた可能性が高い。
  2. 2000年前後に景気がV字回復していた。
    • 00年代前半のITバブルも現実以上だっただろう。
  3. 東京は2016年及び2020年大会の開催地に立候補しなかった可能性が高い。
  4. 2008年の夏季オリンピックはトロントで開催、2010年の冬季オリンピックは平昌に。2018年の冬季オリンピックはアヌシーかミュンヘンで開催。
    • 2010年冬季五輪が北京かも。その場合同年上海万博もあり、中国の凄まじい成長の象徴に。
    • 2020年夏季がパリ、2022年冬季が長野、2024年夏季が北京で開催されていた。
  5. 2年前の明石海峡大橋開通がオリンピック開催に華を添えていた。
    • 淡路島や徳島でも何らかの競技が行われていた。
  6. 高松自動車道や阪神高速北神戸線や京滋バイパスは2000年上半期に全通していた。
  7. 舞鶴若狭自動車道は2000年上半期に舞鶴東~小浜が開通していた。
  8. 新名神高速道路の高槻~神戸北、京都縦貫自動車道の沓掛~大山崎も2000年上半期に開通していた。
  9. 1990年代後半~2000年代前半における阪急の新車空白期間はなかった。
    • 京都線特急車の9300系はオリンピックに合わせて登場し、現実と異なり2扉、ドレミファインバータを搭載していた。
    • 8000系40番台の8連バージョンも登場していた。
    • アルナ工機が路面電車以外の車両製造から撤退しなかったか、あるいは撤退が遅れていたかもしれない。
      • 撤退しなかった場合、阪急阪神の経営統合後阪神の新車も製造するようになっていた。
        • 武庫川車両はアルナ工機に合併されていた。
  10. 史実通り福岡ダイエーホークスがパ・リーグで優勝していた場合、「日本国内で夏季五輪が開催された年はホークスが優勝する」というジンクスが生まれていた(実際、東京オリンピックが開催された1964年はダイエーの前身である南海ホークスが優勝している)。