香取市

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主な地域・施設

香取市の噂

香取市役所
  1. 2006年3月27日に誕生。佐原市・小見川町・栗源町・山田町が合併してできた。
    • そんなわけで、市の代表駅は「佐原駅」。その先には「香取駅」もあるけど、代表駅だと思って間違って香取駅に行ってしまうと、何もない駅前に唖然とするだけ。
      • その代表駅の佐原駅の駅前もかつての賑わいは全く無くなった。かつては成田や銚子からも買い物に来ていたのだが、今は人が全然歩いてなくつぶれたデパートの廃墟が2つ(ひとつは解体が始まったが)聳え立つゴーストタウン
        • 解体後、暫し空地状態が続いたが、今では無駄に広い駐車場を備えたコンビニがドーンと構えている。
          • もう一つも完全に解体され今そこはイベントとかに使うただのでっかい空き地になっている。
            • 駅北口にある市の公共施設をここに持ってくることで計画中。
      • 昔の香取駅はコンテナ駅舎だったが今はまともな駅舎になったらしい。
    • 合併によって無駄にでかくて人口が少ない市になった。
  2. 千葉をイメージさせるものとして真っ先に思いつくものの大部分が当てはまらない。「海」からは遠いし、「落花生」の産地ではない。「梨」はそこそこ生産されている。「ゴルフ場」はあるが、ほとんどは比較的最近になって出来たもの。この辺の人の主な農業といったら、とにもかくにも「米」である。
    • 米の生産量は、千葉県全部 の1割に相当し、関東地方で1位かも つまり ど田舎なのです。
  3. 結婚祝いとして、なぜか洗濯機を贈る家が多い。しかし、ほとんどの家が親同居のため既に洗濯機のある家が多く、昔のように大家族で毎日フル稼働というわけでもないので、贈ったところで結局無駄になることに気づかない。
  4. 市街に住んでいる人は祭り好きである。市内を流れる小野川を境に東と西に分かれてそれぞれ夏と秋に祭りがあり、多くの山車が街を練り歩く
    • 「お江戸見たけりゃ佐原へおいで」の言葉に恥じない気合の入り具合。とにかく祭りを中心に一年が回っている。
    • 祭囃子は日本三大囃子(京都祇園囃子、神田囃子、佐原囃子)の1つで 近隣(香取郡市、成田、富里、八街、鹿嶋、潮来、江戸崎、麻生)の街々の祇園祭に佐原囃子が奏でられている。成田祇園祭りは 神田囃子と佐原囃子の競演だが、佐原囃子の山車の方が数も多く賑やかで、盛り上がっているかも、、、。
  5. 香取神宮がある。鹿島神宮とともに武道の祭神で、時代劇の神棚に麗々しく飾られているのを良く見かける。
    • 香取神宮の祭神の経津主神と鹿島神宮の祭神の武甕槌大神は、国譲りの際に共同で国津神平定に活躍。香取鹿島の二社共同で執り行われる祭りもあるほど、繋がりは深い。
    • 鹿島は"みたらし"に対し、こっちは焼いたもの
      • 要はお団子。
        • 佐原は草だんごじゃないの?
          • 佐原のお土産は「佐原ばやし」。
            • ほていや?
        • 違うw香取は「厄除け団子」の元祖だ。梅ノ屋が有名。
        • この草団子を食べると厄(災い)が落ちるらしい。
    • 知られてないが、現存する日本最古の武術、『天真正伝香取神道流』がある。⇒参考:香取神道流wiki
      • 実際に使われていた殺人剣。
      • 日本よりも、海外で有名らしい。
      • イギリスで20年以上前に取った香取神道流に関する映画が、いまだに流されていると聞いた。
    • 香取神宮第1摂社で側高神社と言う変な神社がある、香取神宮の祭り行事には参加せず祭神も不明そして当て字のそばたか神社(支社)が周辺の地域にわりと点在している、そして祭りは酒好きには最高の酒飲み神事あり、笑える奇祭だ。
  6. 佐原駅北口には、とても人口5万弱の田舎町旧佐原市のものとは思えない巨大市役所がそそり立っている。
    • 平成8年(だったかな?)建築。それまでは、県内の市町村最後の木造庁舎だった。いくら過疎の市でもオンボロの木造+ぼっとんしかない便所の庁舎では恥ずかしいということだったのと、阪神大震災レベルの地震が来たら間違いなく倒壊するという判断でこうなったそうです。こうなったのも市長選における派手な選挙運動による負の遺産に違いはないのですが。
  7. ここへ来て、市長へのメッセージに「佐原の名前を復活して」とか「どういう経緯で香取市になったんですか」いう類のものがいくつか出てきたけど、ネット等で公表されてるのを読まなかったんでしょうか?
  8. 後述の小見川と佐原の不仲の産物として病床200弱の似たような病院が市内に2個もある。400床の病院が一個あった方が100倍役に立つのは言うまでもない。
    • 一つは県立、もう一つは組合立。統合計画もあったが小見川側の反対で頓挫。2つの中間地点付近に大きな病院を作る事で落ち着いたかと思ったら話がまとまらずこれも頓挫。そうしているうちに小見川の方の建物老朽化(佐原の方は90年代に建替済)
  9. 市名が全くといっていいほど定着していない。相変わらずテレビや旅行パンフレットでは佐原市と紹介される。
    • 北総四都市江戸紀行のページでも佐倉・成田・佐原・銚子と紹介されている。
      • まぁ、ほとんどが土着民ですし、70代後半以上になると昭和の合併以前の地域名で言う人も珍しくないですから…

佐原

水郷の街
  1. 佐倉と間違えやすい。
    • 伊能忠敬は佐原の偉人だ。佐倉藩民じゃない。
      • 伊能忠敬が佐原が出身地だと誤解している人が多い。九十九里町の出身で佐原の伊能家の婿養子となった。
    • 小江戸佐原を自称するが川越に負けている。
    • 東京寄りに在るのが佐倉、ニューヨーク寄りに在るのが佐原である。
  2. 旧市街に住んでいる人達とそれ以外に住んでいる人達の間では意識のギャップが天と地ほどの差がある。
    • 一例として、市街の人は高校を出ると大学に進学して卒業したらいろんな所に就職して自分の能力を発揮している人が多いが、それ以外の人達は高校を出ると即地元に就職し、20歳そこそこで結婚してすぐ子供を産んで親同居で暮らすのが当たり前とされ、それ以外の生き方を認めない。という具合。
    • 余談だが、この辺りの農家の結婚式・披露宴は結婚式場で行われるが、2次会がない。披露宴が終わったら、当事者と出席した身内・近所がこれから生活する場所(大体新郎の家、当然親もいる)に行き、そこで宴会を夜遅くまで開き、新婦となる人はもう一回文金高島田などを披露するのいうのが習わしになっているため。
  3. そのため、毎回市長を決める選挙になると商人vs農民の間で対立が起こり、大した公約もないのに選挙戦が激しく盛り上がる。相手候補の誹謗・中傷合戦で。
    • しかし、この街が発展しない理由の一つはこういうところにもあることに気づかない人が多い。
  4. 祇園祭りの時期にうっかり死ぬと葬式を出してもらえない。何故ならそれどころではないから。
  5. サハラではない。「さわら」と読む。
    • なぜかまんだらけの巨大倉庫が佐原に進出した。まんだらけSAHRA (サーラ) と称している
  6. ついでに言わせてもらえば、「さわら」の発音は尻上がりである。なぜかよそもんは尻下がりに読みたがる。
  7. 歴史的な経緯から、旧市街の商店主達の力がものすごく強い。
    • 20年以上前この街にもジャスコ(当時。現イオン)進出の話があったが、それを突っぱねるくらい。
    • しかし、自分たちでは何の努力もしないので結局街が衰退してしまっていることに気付かない。
  8. ちなみに、この街に大型店が来ないのは商店主達にイオン進出を潰す実力があるため、大型店同業者が怖じ気づいたからだとか。
    • そのため対岸の茨城県稲敷市(旧東町)西代地区に山新やアピタ、パルナ、シネコンなどの大型ショッピングゾーンが出来た。しかもどの店も店名が佐原東店wwwもちろん旧佐原市民もそっちに行くほうが多くなった
      • 実は、これも当初佐原にできる予定で商工会主導で進めていたが、ジャスコの一件で地元民が難色を示してこうなった。
    • 成田イオンに行く人も多い
      • 地元民からしてみれば「よくぞ遠路はるばるいらっしゃった」と感嘆する。以前は銚子からも大勢来てたみたいで…ご苦労様です
    • 元々この辺りは農民のプライドが高かったのか、自分の土地は自分達で守る意識が強く、どんな事になっても耕している田畑を売ってはならないという暗黙のルールがあった。そのためもあってこの街には未だに大規模な郊外型ショッピングセンターの建設予定が無い。
  9. 旧佐原市の世帯では今は無き清見屋のマグカップを必ず一つは持ってるはず
    • No.11も参照
  10. 銀座レカンのシェフが開業したフレンチ「吉庭」と元漁師のオヤジがやっている居酒屋「川徳」を知らない人間はモグリ。特に「川徳」は、銚子港付近の店よりはるかに安くてウマい。
    • そう?開店して2・3年くらいなら意外と地元民でも知られていないし、市街地離れると全く外食行かない人なんてザラにいますよ。
  11. かつて市内には「清見屋」と「セイミヤ」があった。
    • 前者は駅前にあった百貨店(2004年閉店)。後者は1977年頃に進出した潮来のスーパーで今も市内に2店ある。
    • 今でもセイミヤを「スーパーセイミヤ」とわざわざ長ったらしく言う人が多いのはこの名残
  12. ちょっと前まで万年5万人ってイメージだったがここ数年、合併前までで4万6,7千人くらいまで落ちてた
  13. 小売店やパチンコ屋潰れた跡には8割方葬儀屋が居抜き出店する、2割はエロビデオ屋
    • そのため今の佐原は葬儀屋激戦区(過剰だと思うんだけど)
  14. 旧市街の住所が「イ」「ロ」「ハ」とかになってて歴史を感じる
  15. 創業350年を誇る、油茂(あぶも)製油のごま油とラー油は、美味しい。
  16. 市町村合併で小見川に統合されて消えた佐原の花火の復活を密かに願っている人が多い。
    • 小見川のを無理矢理持ってくるという噂まであったが、そんなにまでして復活させたいのかと思うと情けなくなってしまう。
    • 現在は道の駅水の郷さわらで毎年8月に行うイベントで花火を打ち上げていて、それが実質佐原の花火の代わりとなってるらしい。
  17. どんなに有名であっても、チェーン系の店は佐原駅北口の国道356号以外に出店すると長続きしない傾向が多いのは気のせい?
    • コンビニやパチンコ店は例外。
      • かつて51号沿にユニクロ、イエローハット、上州屋等が出店していたがすべて撤退
        • イエローハットは県立病院の近くカラオケQえもんの跡地に復活
  18. 上記に関連するけど、人口がそこそこいるのにもかかわらず、家電量販店・回転寿司・カフェ等郊外型店舗の業種そのものが一つも進出してないのもの珍しくない。
    • 家電量販店なら以前は第一家電やケーズデンキがあったが、前者は倒産・後者は稲敷に移ったため、現在は無い。
    • ベスト電器やロケット電器もあった・・・あと東京三菱銀行(UFJ合併前)の支店や吉野家、上記のユニクロ、上州屋など大手銀行、量販店、飲食店にことごとく逃げられた
      • 中には会社の台所事情で消えたのもありますが…。
    • 上にも書いたとおり、背景には昔から農家と商人の仲があまり良くなかったため、ロードサイドの田畑を潰して建てるという考えがこの街では元々通用しなかったのが大きいかと。法的なものもあるけど、ただでさえロードサイドに使える土地が少ないのに、売ってしまうと農家が商人に負けたと言う噂が立って村八分にされると思ってるのかもしれない。
    • 大手のカフェチェーンが一つもなかったがなんとスタバが進出してきた。開店当初は混雑していたが・・・・いつまで持つか・・・
    • ファミレスの類はそこそこ揃ってるような気がする。しかも356沿いに集中(デニーズ、ガスト、ココス、牛角、宝島、しゃぶ葉、ココイチ)
  19. 川向うだけではなくここにも玉造と言う地名がある。
  20. 成田空港鹿島港の中間に位置していてやり方次第では目まぐるしい発展をしたかもしれないが↑にも散々書いてある通り(ry
    • ↑の恩恵といえば高速道路が比較的に早い時期に佐原香取まで開通した事ぐらいかな?(しかも完全4車線で)
  21. 津軽のご当地ソングだった『帰ってこいよ』の歌碑が市内八筋川にあるけど、事情を知らない人からすると「どうしてここにあるんだ?」と思うかもしれない。
    • 念のため書くと、作詞者がこの近くの出身だからです。
  22. カトレンジャーのメンバーの一人は青色の「サワレンジャー」。
    • 「触れないのジャー」と言われてるみたい。
  23. 意外に思えるかもしれないけど、東京からの高速バスが実質ダブルトラックでやってくる。
    • しかも、開設の日が全く同じである。
  24. 小野川沿いや香取街道沿いの古い町並みや香取神宮などの東国三社参りが注目されテレビ番組やドラマ、CMに多数起用されるようになった。アド街には2回登場した。
    • 但し、2回ともアド街に登場したのは古い町並みのみ!(←ここ大事)

小見川

  1. 一応水郷ではあるが、潮来や佐原ほど盛り上がっていない。一時期水上スキーで町興ししたけど、どこいった?
  2. 市町村合併を引っかき回すだけ引っかき回した大馬鹿議員がいる。こいつのせいで合併まで時間がやたらにかかった。単に主導権を握りたかっただけらしい。
    • 栗源の町長もかなり豪腕で最小の町だったのに、小見川がすったもんだやってるうちに強引にネジ込んで、主導権とってたらしいな。
  3. 佐原より早く郊外にショッピングセンターを作ったが、さっぱりだった。今でもあるが、当初あったテナントがかなり入れ替わっている。
    • 初期の頃はマルエツケーヨーD2、サーティーワンアイスなどが入ってた。今はすべて撤退
    • 余りにも短期間で撤退するテナントが多すぎたためか、とうとうトライアルが入った。
    • まぁ橋の向こうに行けば神栖の大ロードサイド街があるしみんなそっちに行っちゃうよね。
      • それもあるけど、正直入りにくい場所にあったのと国道・県道とJRに囲まれた場所で駐車場を拡げたくても拡げられなかったのが大きかったのかも。
  4. 平成2年頃CI町章を導入したが、あまり浸透しなかった。合併した今もそのCI町章を見ることができるが、旧旧町章(『小』をかたどったやつ)も結構見かける。
  5. 「あたりや」の本社がある
    • 名前は物騒ですが、正式名称は「アタリヤ農園」という種苗の会社です。
    • 関東の園芸店とかホームセンターで扱っている種はなぜかここが多いような...
  6. 「ちば醤油」の本社工場もある。
    • ネームバリューとしては今一つだが、日本蕎麦屋への納入量の多さや、めんつゆの「にんべん」も、ここの醤油を使っている。
  7. かつて小見川町だった頃はそこそこの人口があった。そのため佐原や成田・銚子に負けじと近隣の山田・東庄等と共同で消防・ゴミ収集・病院経営などこの辺では市並みの事業が結構行われていた。
    • しかし、今は人口が減って香取市に合併され、これらの事業はほとんどがお荷物に...。
  8. 水中スターマインが観客席を狙っている。
  9. 黒部川が街中を流れているが、上流にダムは無い。
  10. 昔は小見川には殿様がいたらしい。
    • そこの殿様は大名のくせに正容は入れ墨をしていて幕府に隠居させられた。
      • 江戸時代には小見川藩があり、廃藩置県の際一時小見川県なるものがあった。
  11. 町内にある小見川中央小学校はもともと小見川陣屋があった。
    • そこの小学校はたびたび幽霊を見たとの噂があり特にトイレのあたりは暗くなると近づくものはいなかったと言われる。
    • 戦後校庭の中央を掘った所大量の死体が発見された。
    • 一説によると江戸時代に生きたまま埋められた人たちの怨念だったと言われる。
  12. 「トライアル」と言う激安スーパーがある。
  13. 天気予報で千葉県北東部と呼ばれる地域では小見川という地名はわかってもらえるが、千葉県北西部では知名度がない。
    • 「検見川のこと?」と言われてしまう。

山田

  1. 星がきれいなのが売り。空気がいいらしい。
  2. 全国の山田の付いた市町村で作った組織は今いずこ?
  3. 平成15年度の全国中学校駅伝大会で準優勝した中学校があるが、今は目立つ活躍が見られない。
  4. ちょんまげ村とかいう怪しげな朝市+テーマパーク?で町興ししようとしたが失敗、B級スポットマニアにネタにされてた。
    • 今は風土村という道の駅っぽい施設になっている。

栗源

  1. 特産は紅小町というサツマイモ
  2. 旧町民の陰謀か、合併後の市名が『紅小町』になるとこだった。
    • ウケねらいのように見えるが、15位に食い込んでいる。
  3. かつて、千葉で唯一の焼酎を作っている蔵があった。
    • 鹿児島の酒造会社と合併してしばらくした後閉鎖されたが、地元産の紅小町を使った芋焼酎は現在でもこの会社に運んで製造されている。
  4. 紅小町ばかり強調しているが、梨と葡萄の産地でもある事は意外と知られていない。
    • 特に千葉県内で葡萄がとれるのはここと多古町・山武市周辺のみ。
    • カトレンジャーも紫色。
      • 源なら黄色の方が良い気がする。さつまいもの中身も黄色だし。