もし長嶋茂雄が1980年代に巨人以外の球団の監督に就任していたら
2014年9月23日 (火) 10:19時点における>Makeboyによる版
長嶋待望論は、1980年以降何度となく沸き起こった。たとえば1981年大洋監督就任説、1984年日本ハム監督就任、1985年西武監督就任説、1986・89年のヤクルト監督候補、1990年オリックス監督就任説がささやかれた。しかし、ミスターは1992年に巨人監督に就任。もしこの時、ミスターがオファーを引き受けていたら・・・(上記以外の球団でも構いません。)
全部に共通すること
- ファンが飛躍的に伸びていた
- 徳光和夫は尻尾を振ってついて行き、監督に就任した球団のファンになっていた。
- しかし、長嶋氏退役後は再び巨人ファンに戻る。
- どの球団も背番号「3」を長嶋氏の背番号とした。
- 「90」じゃないの?
- 史実の背番号「33」は実現しないと思う。
- 後に巨人の監督に再就任しない場合、松井秀喜は巨人ではなく別の球団に入っていた。
- 落合博満、清原和博の巨人移籍もなかったかもしれない。
- 広沢克己も。
- 恐らく落合は中日、広沢はヤクルトに残留し、清原は西武残留か阪神に移籍していた。
- 広沢克己も。
- 松井秀喜は阪神に入団していたかも。
- 落合博満、清原和博の巨人移籍もなかったかもしれない。
- 史実より長期間活躍する投手が減っている。
- 現実の巨人での投手起用を考えるとね・・・。
- 岡島秀樹の巨人でのキャリアはもう少し長かった。
- 最悪巨人を離れていたとしても、2008年現在も日本の球団に在籍。
- 首脳陣はミスターの人脈をフルに使った豪華な面面に。
- 適材適所でそのポジションのスペシャリストを用意。
- これで、どんなに弱いチームでも3年以内で優勝圏内に入ることができる。
- 適材適所でそのポジションのスペシャリストを用意。
- 1年契約で12球団全ての監督を務める。
- そうなれば、ファンも適度に分散され巨人一極集中は解消!
- 監督と選手をトレードするという前代未聞の事態が起こる。
- ジャイアンツと対戦する時には長年の癖で間違ってジャイアンツベンチに入ってしまう長嶋伝説が出来る。
- 1990年代以降に巨人に有力選手が一極集中することはなかった。
- 阪神の暗黒時代も早期に解消していた。
可能性のあったもの
大洋('81年)
- ここが一番可能性があった。
- ここに書いてあることのいくつかは実現した。
- 「スーパーカートリオ」は誕生しなかった。
- 長嶋監督ならスラッガー中心のチームになるだろう。
- じゃあ「バズーカトリオ」だね。
- 長嶋監督ならスラッガー中心のチームになるだろう。
日本ハム('84年)
- ハムの売り上げが倍以上に。
- 勿論、ハムのCMに出演し「ハムの人」。
- 後楽園が巨人戦並の観客動員を誇っていた。
- 札幌への移転もなかった。
- 逆に巨人が札幌へ移転する。
- 札幌への移転もなかった。
- ビッグバン打線が実史よりめちゃくちゃ早く出来ていた。
- 高田繁はコーチとして入閣し、退任後に監督に昇格していた。
- 後楽園決戦がもう1回実現したかもしれない。
西武('85年)
- V10ぐらいしていたかも。
- むしろ投手陣がパンクして史実より成績が悪くなっている。
- 森祗晶氏が、巨人の首脳陣に入っていた。
- 前年に引退した田淵幸一をコーチに据えていた。
- 1987年に長嶋西武が優勝できていたら、日本シリーズはON対決になっていた。
ヤクルト('86・'89年)
- ここはご子息が入団した時にかなり噂になった。
- それでも、人気はあるが勝ちきれないがさらに続いた。
- 一茂が池山にオモチャにされることはなかった。
- ノムさんは、隠居したままだった。
- カツノリはプロ入りできなかった。
- 嫁は・・・なんだかんだでテレビに出てきたかも。
- 巨人のバッテリーコーチになっていたかも。ヘッドコーチになっていた可能性もある(巨人はコーチは巨人出身者以外の人も多い)。
- もしヤクルトが長嶋監督の状態で、ノムさんが入れば、長嶋監督、野村ヘッドコーチ兼バッテリーコーチの可能性が大きいかも。長嶋茂雄氏とノムさんは昔は仲が良かったみたいだし。そうしたら古田が見出されて、日本一になっていたか。
オリックス('90年)
- 近鉄との合併はなかった。
- 土井正三が監督に就任することはなかった。
- コーチとして入閣した場合、イチローやパンチは二軍でくすぶったまま、田口はイップスになってそのまま引退……。
- 巨人と同じように守備走塁コーチの可能性が大きいからイチローは早い段階で一軍に挙がっていたと思う。
- コーチとして入閣した場合、イチローやパンチは二軍でくすぶったまま、田口はイップスになってそのまま引退……。
- ブルーサンダー打線がもっと強力になっていた。
それ以外
南海
- ダイエーへの身売りはなかった。
- 但し、後にソフトバンクには買収されるかも。
- それでも福岡への移転はなく、現在でも本拠地は西宮。
- 南海の本拠地は当時は大阪球場。
- スマン、西宮は阪急だった。
- 阪急→オリックスが神戸移転した後にホークスが西宮移転…という線も考えられるが。
- 南海の本拠地は当時は大阪球場。
- それでも福岡への移転はなく、現在でも本拠地は西宮。
- 但し、後にソフトバンクには買収されるかも。
- 杉浦忠氏がヘッドコーチになっていた。
- 過去(入団時、南海を袖にした)の経緯もあり、鶴岡の影響下が強く残ってた80年代に、ここの監督就任だけはなかったと思われる。
阪神
- 阪神ファンが暴動を起こすかも・・・
- さすがに暴動まではないだろうが、ホークスの監督に就任した当時の王貞治くらいの仕打ちは受けていただろうな…。
- でも、実史より早く暗黒時代から脱出していた。
- ジャイアンツファンから裏切り者扱い。
- しかし長嶋信者は、悪魔に魂を売るつもりで巨人のユニホームを脱ぎ、タテジマに袖を通すだろう。
近鉄
- 鈴木啓示の監督就任が数年遅れていた。
- 野茂英雄のメジャー挑戦もそれに沿って遅れていた。
- オリックスとの合併話はなかったかもしれない。
- 大阪ドームが実史より早く作られていた。
- デービスとブライアントの区別がつかない。
- 10.19の結果が変わっていたかも…
- 一回ぐらい日本一になれていた。
- 少なくとも、史実よりも近鉄打線はかなりえげつないものになっていたと思う。
- 中村紀洋のブレイクはもっと早く、鈴木貴久は平気で30本塁打以上は打っていたであろう。
ロッテ
- 川崎から千葉への本拠地移転が早まっていた。
- 地元のヒーローの監督就任に千葉県民は万々歳!
- カネやんをピッチングコーチに据えていた。
- バッティングコーチはハリーさん。
- レオンとレロンのリー兄弟をどっちか分からず間違える、必ず。
- 落合のトレード放出はなかった。
- 小池の入団拒否もなかった。
- 「コアラのマーチ」に長嶋茂雄が紛れている。
- 掛布バッティングコーチ誕生。
- ボビー・バレンタインが監督に就任することは無かったかもしれない。
- 間違いなくロッテ商品のCM起用。
- 有藤通世はミスター・ロッテと呼ばれなかった
中日
- 星野仙一の監督就任は数年遅れていた。
- まずはミスターの元、ピッチングコーチとして活躍。
- ナゴヤドームが実史より早く作られていた。
- 4人-落合のトレードはなかった?
- むしろ落合は何としても獲りに行ったのでは? そして後年のFA流出も無い。
- 80年代の中日は谷沢、大島、宇野など強打者を並べる大艦巨砲主義のチームだったから意外とこの人の好みに合っていたかも。それに落合が加わるならなおさら。
広島
- 阿南準郎の後を引き継いで監督に就任。
- 山本浩二の監督就任は遅れる。
- 市民球場が巨人戦以外も満員に。
- 選手の年俸がケチられることもなく球場も改装、または今より早く新球場になっていた。
- 小早川の本塁打数が倍増。長嶋清幸は長嶋清と登録される。
- 長嶋清幸はマメと登録される。
- …なんで楽天がねーんだよ?
- タイトルをよく見ましょう。あくまでも1980年代が舞台ですから…。