ページ「立教大学」と「京阪3000系電車 (初代)」の間の差分

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[[京阪電気鉄道]] > [[京阪の車両]] > [[京阪の車両/形式別|形式別]] > '''3000系(初代)'''
#[[朝日新聞]]に「立教は3流大学」と書いたOBの都立高校英語教師が、立大から抗議されたことがある。
==京阪旧3000系(8000系30番台)の噂==
<!--#*が、事実、3流である。関口宏が卒業した頃は、3流ですらない悲惨な大学だった。-->
[[ファイル:京阪8531F.jpg|thumb|240px|旧3000系]]
#*そりゃ'''一流の人材集めても電波な記事しかかけない新聞社とシンパの[[日教組]]教員'''にだけは言われたくないわな。
[[ファイル:3505.jpg|240px|thumb|クラシックスタイル]]
#*しかしMARCHクラスの大学の中では頭一つ抜きん出ている。
[[ファイル:Kuzuhamall3505.jpg|240px|thumb|引退後はくずはモールで保存]]
#**とはいえ、看板学部といえるものがないため、今ひとつ印象が薄い。
#[[京阪8000系電車|8000系]]と無理やり仕様を合わせた新しいのか古いのかよくわからない車両。
#**募集人数が少ないからとはよく言われてる
#*まぁ[[京阪の車両/形式別#1900系|1900系]]みたいに緑色の塗装になるのは悲しいからいい選択だとは思う。
#**いや、悪いけどMARCHの中で頭一つ抜きん出てるのは明治と中央だよ。明治 = 中央 > 立教 = 青学 >>> 法政。
#*これを8000系というのはさすがに違和感がある。だから「旧3000系」と呼んでいる。
#***さすがにそれはない。受験生が二つ以上受かった場合選ぶのは中央(法)>立教>青山(文)>明治>青山=学習院>中央>法政の順番だよ
#*[[京浜急行電鉄|京急]]の例からすれば両立できる気が…あ、車両番号が重複するか。
#****何を根拠に。卒後のことを考えれば↑↑のほうが順当だろ。
#新塗装にする気はあるのだろうか…
#**会計士・税理士志望なら、中央>明治>>立教>青学>>>法政。
#*確か最後に旧塗装で塗られた車両はこれだとか。
#***中央は学内の授業だけで会計士試験に合格できるシステムが完備されている(経理研究所)。明治は学校周辺が受験予備校の本拠地。
#**新塗装化計画のプロットが発表された時はこれも対象に入っていたけど、結局それは幻に終わった。
#**資格なら明治、就職なら立教とはよく言われる。
#***当時のパンフレットに本系列の新塗装が載っている。
#**ミッション系な時点で軽く見られるからそれは無い。
#この手の車両としては珍しく地方に案外輸出されている。
#***ミッション系なだけで軽く見る人なんて見たことねーよ。
#*但し車体だけ。譲渡先の軌間が異なるので台車や走行機器は別に調達した。
#[[池袋]]らしからぬ雰囲気。
#*余剰となったモータは8000系0番台に流用された。
#レストラン「[[ミネソタ#セントポール|セントポール]]の隣り」の隣りにある。
#**8001Fのモータは検査体制見直しの際に余剰品が出たのを利用している。
#クリスマス時期には池袋の喧騒を忘れるほどイルミネーションがきれい。
#**ブレーキ装置も。新品か本系列の流用品かはブレーキの緩解音でわかる。
#OBの長島茂雄氏にまつわる伝説はいまも語り継がれている。
#*一部車両の台車は改造の上[[京阪の車両/形式別#2600系|2600系30番台]]に流用された。
#*I live in Edo.
#*富山地方鉄道と大井川鐵道に譲渡されたが、実は[[秩父鉄道]]も導入を検討していたらしい。
#*The→てへ。One→おね。
#京阪最初のダブルデッカーだが、何と旧車体を流用して中央部を大改造した。恐るべき京阪の技術力。
#二流[[慶應義塾大学|慶○大学]]
#*車体まるごと新造した方が手っ取り早かった気もしないでもないが、こんなプラモ細工みたいな事を平気でやるのも京阪らしい。
#*明治が一般に早稲田落ちが入る大学であると言われているのに対し、立教は慶應落ちが入ると言われている。<!--そのためか、2chでの明治と立教の罵り合いは殺伐とした学歴板の中でも特筆すべきものがある。
#**ちなみにダブルデッカー部は[[山形]]の鉄工所に依頼して作ったらしい。
#**そのくせ、他MARCHや日東駒専・地方国立を叩くときの結束力は非常に強い。仲いいなあ。-->
#*その割にリニューアルされた1編成以外は3扉化格下げなどの改造工事を行わずに廃車された。
#ラッキョウではない。
#**故1900系の格下げ工事とか更新冷改工事がかなり金かかったせいで、こうなったらしい。
#*陸橋でもない。
#***そう言う意味では時代に翻弄された悲運の電車とも言える。
#一部で大人気のTDN選手の出身校である。
#****当初は鴨東線開業に合わせて必要最小限の数だけ製造された8000系の評判良すぎて、客が「'''もっと入れろやゴルァ!'''」と言って来たからねぇ・・・。
#*{{極小|アッー!}}
#*****んで当時はバブル経済最盛期。あっさり大半の車両が置き換えられた。バブル期後だったらリニューアルで済ませていたかな?
#*ゲイが多いとのもっぱらの噂。
#****後継の8000系もある意味時代に翻弄されていると思う。ダブルデッカーを連結したかと思ったら停車駅増加に伴う一部ロングシート化とテレビ撤去、プレミアムカー連結と。
#*宗教上、ゲイは問題はないのかしらね・・・?
#*旧3000系は車体裾が絞られているために1階席の幅が狭く座席が1-2列の配置になっている。これに対し8000系0番台は断面が直立形状のため座席は2-2列配置となり転換も可能になった。
#*バット投げ早川の出身校でもある。
#*京阪も2階建て車両に全力を注いだのか、通路に絨毯が敷かれていたり内装がやたらと凝っている。
#**六大学野球で東大に次いで弱いのは、スポーツ推薦のハードルが高いから。早川は進学校の出身。広島の広池みたいな人格者や、NTVの上重アナなど、OBにはほかにも個性的なキャラが多い。
#一応前面に方向幕があるが、特急運用時は鳩マークで隠される。
#4年間を[[埼玉]]の[[新座市|新座]]で終える人もいる。
#*前面方向幕は更新改造時に設置されたもの。それまでは、特急運用時以外は鳩マークを隠していた。
#*コミュニティ福祉学部はともかく、観光学部って・・・?
#旧3000系時代は京阪で唯一の電気連結器付き密着連結器装備だった。後にも先にもこの車両のみ。
#**日本版コーネル大学のつもりらしい・・・orz
#*かつては3+3あるいは3+4連に分割可能で深夜時間帯には実際に分割して運用されていた。
#*つか、池袋も実質埼玉だし…立教はまさしく「埼玉の大学」。
#**噂によると[[叡山電鉄]]への直通を視野に入れていたとか。
#グラビアアイドルの山本梓も立教大学出身。
#***実現していたら、鞍馬の火祭の時だけは乗り入れ中止だったろうな、あの混雑っぷりじゃ2扉転クロでは到底捌けるとは・・・。
#*ただし、彼女自身は専修大学松戸高等学校出身である事の方をアピールする。
#旧3000系時代には一時期8000系(0番台)の中間車を1両だけ組み込んだ編成があった。
#BOROの「[http://ongakukan.music.coocan.jp/musicstudio/1-a/mosakadeumaretaonna.html 大阪で生まれた女]」で歌われた男女は、上京して立教大学の近くに住んだ。
#*8000系が増備されるまではその車両だけ混んでいたらしい。
#付属校の学校名はダサい。「立教新座」「立教池袋」。新座は仕方ないにしても、池袋の名を前面に出すとは…。
#*昔発行されていた「グラフ京阪」という鉄分度がかなり高かった冊子で、(旧)3000系特集という号があったが、その組み込んだ編成の走行写真が載っていたのはさすが京阪というべきか。
#*そもそも、元は池袋にあった「立教高校」が新座に移転したため。
#そんなこんなで波乱万丈の人生を歩んできた旧3000系改め8000系30番台だがついに2013年春の引退が決定orz
#**「立教高校」が新座に移転時「立教中学」は池袋に残り、その後それぞれ中高一貫校となり名称に地名が。混乱を避けるためだろう。
#*'''ありがとう8000系30番台、さようなら旧3000系'''
#***それならせめて「立教'''豊島'''」にすればいいのに・・・
#*ついに廃止かー、時代たったしな。お疲れ様。
#近年は映画監督を多く輩出。
#*この車両が改番をしてまでこうも長く走っていたのは、社長がこの車両に思い入れがあって長く走らせていたらしい。
#*黒沢清や周防正行などの名監督から、塩田明彦のような癖の強い奴までずらり。
#**下手な他社の有料特急車よりも最後まで特急車らしかったこの車両、どこかで保存する価値はあると思う。特に改造ダブルデッカー。
#*非常勤講師を長年務めた蓮實重彦の影響が強い。
#*2012年9月より引退を記念してクラシックスタイルと称して前面を登場当時の姿に復刻した。
#ここの大学出身の芸能人(特にアナウンサー系)は、良くも悪くもアクの強い人が多い気がする。スマートな大学イメージとは正反対。
#**2013年3月10日をもって営業運転からは引退、それと共にダブルデッカーもお役御免。月末に運転の惜別臨時列車は往年の7両編成で運行される。
#*徳光和夫、みのもんた、古館伊知郎、いずれもファンとアンチに分かれそうな人の代表格。関口宏が例外にすら思えてしまう。
#*[http://www.keihan.co.jp/brand/photogallery/20130304/ Photo Gallery]では「卒業おめでとう。」のメッセージと共にその姿が。
#有名な精神科医である香山リカ大先生が立教の教授に就任した。
#設計段階では十数年後に登場する[[阪神8000系電車|阪神8000系]]のような前面スタイルも検討されていたらしい。
#*有名だった精神科医の町沢静夫が教授でいたことは黒歴史。
#リニューアル前には座席指定の列車に運用しないにもかかわらず、車内の壁面に座席番号が張られていた。
#良い意味で立教が、悪い意味で法政がMARCHから抜け出しそうな感じなのでそろそろマーチでもマークでもなくマックでよくない?と思う
#*リニューアルの時に撤去されたものの、クラシックスタイルになるときに復活した。
#*何十年も前から言われ続けていたことだが、立教も法政もその位置でずっと固定されているままだ
#**しかしそれを盗んだ馬鹿野郎が現れた。
#[[もしあの人が健在だったら/歌手#灰田勝彦|歌手の故・灰田勝彦氏]]はサッカー部OB。
#*リニューアル前の妻面には装飾が施されていたが、本当の金箔を使った豪華なもの。今もくずはモールに行けば見られる。車内に金箔を使ったと言えば他にJR九州の800系新幹線くらいだろう。
#キリスト教系の大学では珍しくキリスト教関係科目が必修ではなく、お寺の住職でも教授になれるという他宗教に寛容な大学。
#8000系登場前は外部塗装の色調が今よりも若干暗かった。
#立教大学は日本聖公会系の大学であるがローマ・カトリック教会で洗礼を受けた者でもキリスト教学科の学生として学べます。
#実は歴代の京阪特急車両で唯一ロングシートを装備したことのない系列である。
#一部の人間に大人気の鬱アニメ「秒速5センチメートル」の主人公、遠野貴樹くんはこの学校の理学部に進学していたと思われる(「小説・秒速5センチメートル」の記述から)。
#何やら旧3505号車が引退時のスタイルのままで、寝屋川車庫からどこかへ搬送されたらしい。保存か?
#食堂の内装がどう見てもそこそこ高いレストランにしか見えない。
#*どうもリニューアル後のくずはモールで保存されるらしいです。
#**どうせなら梅小路に建設中の鉄道博物館に行って欲しかった気も。京阪と[[西日本旅客鉄道|JR西日本]]は仲悪くはないんだから。
#***んでダブルデッカー車の8831号車が[[富山地方鉄道]]に売却されるとの噂が・・・。
#****実際に富山に運ばれました。京阪カラーの編成に組み込むそうな。
#*****そして「ダブルデッカーエキスプレス」として運行開始。
#******平屋の2両と違って車番が「31」になったので微妙に違和感がある。
#*******譲渡後も時代祭イラストはそのままである事にも微妙な違和感が。
#*******時代祭ではなく立山黒部アルペンルートか黒部峡谷のイラストに変えた方が良かったのにと思う。
#**保存車は「デジタル動態保存」という謎の扱いを受けている。
#***保存にあたっては、極力登場当時に近付けたが、車椅子スペースがあったり、座席がバケット式だったり、テレビが液晶だったり、などの差異はある。
#****化粧板も基本的には登場時のものではなく、リニューアル後のもの(8000系のリニューアル前と同じ)。但し妻面だけは登場当時のものに復刻された。
#****車内の路線図も1972年当時のものが復刻されている。
#その一方で2014年2月14日をもって[[静岡の鉄道#大井川鐵道|大井川鐵道]]に譲渡された2両がひっそりと引退決定。
#*一応大井川サイドにもダブルデッカー譲渡の打診はしたんだっけ?
#*大井川鐵道に譲渡された車両は、譲渡先でも「大和田」駅を通っていた。
#*大井川鐵道の車両の中では最も車齢が若かったが、少数派故に異端車扱いされ、現場での扱いが悪く、長野電鉄10系の二の舞に。
#実は1971年製造の1次車のみ1900系との併結運転が考えられていた。
#*ただ実際に併結運転されたことは1度もなかった。
#*このため1次車のみ当初ブレーキ装置が1900系と同じ仕様となっていた。
#リニューアル前は定速運転時のみ回生ブレーキが使用可能で、停車時は発電ブレーキを使用していた。
#*リニューアル時に8000系と同じ制御装置に更新され、停車時にも回生ブレーキが使用可能となった。
#「京阪3000系電車(初代)」とあるが、実は本系列の登場前は電動貨車が3000代の車両番号を付けていたらしい。
#リニューアル前はまさに特急専用で、特急以外の列車に運用されることはほとんどなかった。まさに特別な存在だった。
#*例外的に京都競馬開催時に臨時急行の運用や、ダイヤ乱れ時に普通の運用に入ることはあった。
#1・2次車は当初補助椅子はなかった。
#*補助椅子の場所には仕切り板が設置されていたが、それが凝ったデザインだった。
#2021年、ついに富山へ行った車両からも廃車された車両が出た。
#*1971年製造開始なので、ちょうど同年に50周年を迎えた。


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2021年12月6日 (月) 09:43時点における版

京阪電気鉄道京阪の車両形式別3000系(初代)

京阪旧3000系(8000系30番台)の噂

旧3000系
クラシックスタイル
引退後はくずはモールで保存
  1. 8000系と無理やり仕様を合わせた新しいのか古いのかよくわからない車両。
    • まぁ1900系みたいに緑色の塗装になるのは悲しいからいい選択だとは思う。
    • これを8000系というのはさすがに違和感がある。だから「旧3000系」と呼んでいる。
    • 京急の例からすれば両立できる気が…あ、車両番号が重複するか。
  2. 新塗装にする気はあるのだろうか…
    • 確か最後に旧塗装で塗られた車両はこれだとか。
      • 新塗装化計画のプロットが発表された時はこれも対象に入っていたけど、結局それは幻に終わった。
        • 当時のパンフレットに本系列の新塗装が載っている。
  3. この手の車両としては珍しく地方に案外輸出されている。
    • 但し車体だけ。譲渡先の軌間が異なるので台車や走行機器は別に調達した。
    • 余剰となったモータは8000系0番台に流用された。
      • 8001Fのモータは検査体制見直しの際に余剰品が出たのを利用している。
      • ブレーキ装置も。新品か本系列の流用品かはブレーキの緩解音でわかる。
    • 一部車両の台車は改造の上2600系30番台に流用された。
    • 富山地方鉄道と大井川鐵道に譲渡されたが、実は秩父鉄道も導入を検討していたらしい。
  4. 京阪最初のダブルデッカーだが、何と旧車体を流用して中央部を大改造した。恐るべき京阪の技術力。
    • 車体まるごと新造した方が手っ取り早かった気もしないでもないが、こんなプラモ細工みたいな事を平気でやるのも京阪らしい。
      • ちなみにダブルデッカー部は山形の鉄工所に依頼して作ったらしい。
    • その割にリニューアルされた1編成以外は3扉化格下げなどの改造工事を行わずに廃車された。
      • 故1900系の格下げ工事とか更新冷改工事がかなり金かかったせいで、こうなったらしい。
        • そう言う意味では時代に翻弄された悲運の電車とも言える。
          • 当初は鴨東線開業に合わせて必要最小限の数だけ製造された8000系の評判良すぎて、客が「もっと入れろやゴルァ!」と言って来たからねぇ・・・。
            • んで当時はバブル経済最盛期。あっさり大半の車両が置き換えられた。バブル期後だったらリニューアルで済ませていたかな?
          • 後継の8000系もある意味時代に翻弄されていると思う。ダブルデッカーを連結したかと思ったら停車駅増加に伴う一部ロングシート化とテレビ撤去、プレミアムカー連結と。
    • 旧3000系は車体裾が絞られているために1階席の幅が狭く座席が1-2列の配置になっている。これに対し8000系0番台は断面が直立形状のため座席は2-2列配置となり転換も可能になった。
    • 京阪も2階建て車両に全力を注いだのか、通路に絨毯が敷かれていたり内装がやたらと凝っている。
  5. 一応前面に方向幕があるが、特急運用時は鳩マークで隠される。
    • 前面方向幕は更新改造時に設置されたもの。それまでは、特急運用時以外は鳩マークを隠していた。
  6. 旧3000系時代は京阪で唯一の電気連結器付き密着連結器装備だった。後にも先にもこの車両のみ。
    • かつては3+3あるいは3+4連に分割可能で深夜時間帯には実際に分割して運用されていた。
      • 噂によると叡山電鉄への直通を視野に入れていたとか。
        • 実現していたら、鞍馬の火祭の時だけは乗り入れ中止だったろうな、あの混雑っぷりじゃ2扉転クロでは到底捌けるとは・・・。
  7. 旧3000系時代には一時期8000系(0番台)の中間車を1両だけ組み込んだ編成があった。
    • 8000系が増備されるまではその車両だけ混んでいたらしい。
    • 昔発行されていた「グラフ京阪」という鉄分度がかなり高かった冊子で、(旧)3000系特集という号があったが、その組み込んだ編成の走行写真が載っていたのはさすが京阪というべきか。
  8. そんなこんなで波乱万丈の人生を歩んできた旧3000系改め8000系30番台だがついに2013年春の引退が決定orz
    • ありがとう8000系30番台、さようなら旧3000系
    • ついに廃止かー、時代たったしな。お疲れ様。
    • この車両が改番をしてまでこうも長く走っていたのは、社長がこの車両に思い入れがあって長く走らせていたらしい。
      • 下手な他社の有料特急車よりも最後まで特急車らしかったこの車両、どこかで保存する価値はあると思う。特に改造ダブルデッカー。
    • 2012年9月より引退を記念してクラシックスタイルと称して前面を登場当時の姿に復刻した。
      • 2013年3月10日をもって営業運転からは引退、それと共にダブルデッカーもお役御免。月末に運転の惜別臨時列車は往年の7両編成で運行される。
    • Photo Galleryでは「卒業おめでとう。」のメッセージと共にその姿が。
  9. 設計段階では十数年後に登場する阪神8000系のような前面スタイルも検討されていたらしい。
  10. リニューアル前には座席指定の列車に運用しないにもかかわらず、車内の壁面に座席番号が張られていた。
    • リニューアルの時に撤去されたものの、クラシックスタイルになるときに復活した。
      • しかしそれを盗んだ馬鹿野郎が現れた。
    • リニューアル前の妻面には装飾が施されていたが、本当の金箔を使った豪華なもの。今もくずはモールに行けば見られる。車内に金箔を使ったと言えば他にJR九州の800系新幹線くらいだろう。
  11. 8000系登場前は外部塗装の色調が今よりも若干暗かった。
  12. 実は歴代の京阪特急車両で唯一ロングシートを装備したことのない系列である。
  13. 何やら旧3505号車が引退時のスタイルのままで、寝屋川車庫からどこかへ搬送されたらしい。保存か?
    • どうもリニューアル後のくずはモールで保存されるらしいです。
      • どうせなら梅小路に建設中の鉄道博物館に行って欲しかった気も。京阪とJR西日本は仲悪くはないんだから。
        • んでダブルデッカー車の8831号車が富山地方鉄道に売却されるとの噂が・・・。
          • 実際に富山に運ばれました。京阪カラーの編成に組み込むそうな。
            • そして「ダブルデッカーエキスプレス」として運行開始。
              • 平屋の2両と違って車番が「31」になったので微妙に違和感がある。
                • 譲渡後も時代祭イラストはそのままである事にも微妙な違和感が。
                • 時代祭ではなく立山黒部アルペンルートか黒部峡谷のイラストに変えた方が良かったのにと思う。
      • 保存車は「デジタル動態保存」という謎の扱いを受けている。
        • 保存にあたっては、極力登場当時に近付けたが、車椅子スペースがあったり、座席がバケット式だったり、テレビが液晶だったり、などの差異はある。
          • 化粧板も基本的には登場時のものではなく、リニューアル後のもの(8000系のリニューアル前と同じ)。但し妻面だけは登場当時のものに復刻された。
          • 車内の路線図も1972年当時のものが復刻されている。
  14. その一方で2014年2月14日をもって大井川鐵道に譲渡された2両がひっそりと引退決定。
    • 一応大井川サイドにもダブルデッカー譲渡の打診はしたんだっけ?
    • 大井川鐵道に譲渡された車両は、譲渡先でも「大和田」駅を通っていた。
    • 大井川鐵道の車両の中では最も車齢が若かったが、少数派故に異端車扱いされ、現場での扱いが悪く、長野電鉄10系の二の舞に。
  15. 実は1971年製造の1次車のみ1900系との併結運転が考えられていた。
    • ただ実際に併結運転されたことは1度もなかった。
    • このため1次車のみ当初ブレーキ装置が1900系と同じ仕様となっていた。
  16. リニューアル前は定速運転時のみ回生ブレーキが使用可能で、停車時は発電ブレーキを使用していた。
    • リニューアル時に8000系と同じ制御装置に更新され、停車時にも回生ブレーキが使用可能となった。
  17. 「京阪3000系電車(初代)」とあるが、実は本系列の登場前は電動貨車が3000代の車両番号を付けていたらしい。
  18. リニューアル前はまさに特急専用で、特急以外の列車に運用されることはほとんどなかった。まさに特別な存在だった。
    • 例外的に京都競馬開催時に臨時急行の運用や、ダイヤ乱れ時に普通の運用に入ることはあった。
  19. 1・2次車は当初補助椅子はなかった。
    • 補助椅子の場所には仕切り板が設置されていたが、それが凝ったデザインだった。
  20. 2021年、ついに富山へ行った車両からも廃車された車両が出た。
    • 1971年製造開始なので、ちょうど同年に50周年を迎えた。

京阪電気鉄道
京阪本線系統中之島線 京阪大津線 列車種別
車両形式別 大津線