「もしあの国が第一次世界大戦に同盟国側で参戦していたら」の版間の差分
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#日英同盟ではなく日独同盟を結んでいたら有り得た。 | #日英同盟ではなく日独同盟を結んでいたら有り得た。 | ||
#*筋金入りの黄禍論者だったウィルヘルム2世(三国干渉の真の張本人でもあった)のドイツが日本と単独で同盟を結ぶのは考え難い。ありうるとしたら日英同盟成立に至る過程で提案された日英独三国同盟が成立していた場合だろう。当然その場合イギリスも日独国側に立つから両陣営の顔ぶれも大きく変わる。 | #*筋金入りの黄禍論者だったウィルヘルム2世(三国干渉の真の張本人でもあった)のドイツが日本と単独で同盟を結ぶのは考え難い。ありうるとしたら日英同盟成立に至る過程で提案された日英独三国同盟が成立していた場合だろう。当然その場合イギリスも日独国側に立つから両陣営の顔ぶれも大きく変わる。 | ||
#*だったらそれ以前に日露戦争に負けて日本は欧米の植民地になってるはず。 | |||
#日本の参戦に呼応して、アジアの欧米植民地が一斉に蜂起していた。 | #日本の参戦に呼応して、アジアの欧米植民地が一斉に蜂起していた。 | ||
#*史実の太平洋戦争を踏まえる限りそれはなさそう。 | #*史実の太平洋戦争を踏まえる限りそれはなさそう。 |
2021年1月17日 (日) 15:46時点における版
あの国が同盟国側で参戦していたら
ロシア
- 日露戦争後にドイツに接近していたら有り得た。
- 現在ではニコライ2世とヴィルヘルム2世の親密な関係が独露接近の背景になったとされている。
- それ以前に、ビスマルク外交が継承され三帝同盟が存続していた場合というのも考えられる。
- その代わりオスマン帝国の同盟国側での参戦が有ったか微妙。
- オスマンが連合国に付いていたら戦後南カフカスとクリミアはオスマン領になっていたかもしれない。
- イギリスの妨害さえなんとかできれば当初の目論見通り武装中立を保てていたかもしれない。
- 敗戦後、南カフカスと中央アジアはイギリスの委任統治領になっていた。
- 史実のドイツのように経済が疲弊し、結局敗戦時にロシア革命が勃発していた。
- そのロシア革命は共産主義革命ではなくファシズム革命になっていたかも。
- 共産主義革命だったとしてもボリシェビキではなくメンシェビキが中心になっていた。
- ドイツとロシアで同時に革命が起きたらこの時点で「東欧革命」と呼ばれていた。
- そのロシア革命は共産主義革命ではなくファシズム革命になっていたかも。
- 日本は青島・南洋諸島だけでなく北方戦線も抱えることになる。その場合、北樺太や沿海州に進出し、戦後日本による北樺太の領有と沿海州の中華民国返還が行われていた。
- むしろ沿海州も日本が獲得していたのでは。
- カムチャツカあたりもついでに獲得できていた。
- むしろ沿海州も日本が獲得していたのでは。
- ドイツが東側に戦線を抱えることなく西側に専念することになるため、パリは陥落していたかもしれない。
- それでも同盟国が勝つことはなさそう。
- 史実の第2次大戦同様にイギリス上陸を目指すがやはり失敗。
- うまく立ち回れば引き分けくらいに持ち込めていた。
- ドイツ帝国は大戦後も存続できていた。
- いくらなんでもロシアの戦力が加わるなら同盟国側が勝つだろう。この状況では英海軍の海上封鎖もあまり効果が無く、無制限潜水艦戦の実施に至らずアメリカ参戦を招くこともないだろうから英仏だけで対抗するのはほとんど不可能。フランスは降伏、イギリスは不利な条件での講和という形に落ち着く可能性が高い。
- 新彊やモンゴルで中華民国の軍勢と戦っていた可能性あり。
- そもそもロシアが中央同盟国側の味方だったらサラエボ事件が大戦に発展する理由が無いのだが。
イタリア
- ≒「未回収のイタリアが無かったら」である。
- あるいはフランス領のコルシカ島・ニッツァ(ニース)が「未回収のイタリア」とされていた。
- 代わりにオスマン帝国が同盟国側で参戦してなかった。
- 場合によっては帝国内で内戦が発生していた。
- 敗戦時にイタリアでの王政が廃止されていた。
- 社会は混乱を極めるので史実通りファシズム政権が誕生するが、侵略行為はしなかった。
- 代わりにユーゴを脅してダルマチアを割譲させていた。
- 国旗の真ん中にはファスケスが入っていた。
- 敗戦後、リビアとエリトリアはフランスの、ソマリランドはイギリスの委任統治領となり、第二次世界大戦後に信託統治領になっていた。
- エチオピアは侵略されずに独立を維持していた。第二次世界大戦では中立を維持するも、末期に史実のトルコやアルゼンチンなどと同様に連合国側で参戦していた。
- 本土のサルデーニャやアオスタあたりもフランスに奪われていた。
- オーストリアの南側が安全になっていた。
- イタリアは政治的にバルカン方面に主戦力を指向していた。
- 国際連盟の常任理事国はイギリス・フランス・日本に、四大国は前者にアメリカを加えたものになっていた。
- 南チロルは少なくとも第2次大戦まではオーストリア領のままだった。
- 同盟国側が勝利した場合はフランスからコルシカ島、チュニジアあたりを割譲されていた。
日本
- 日英同盟ではなく日独同盟を結んでいたら有り得た。
- 筋金入りの黄禍論者だったウィルヘルム2世(三国干渉の真の張本人でもあった)のドイツが日本と単独で同盟を結ぶのは考え難い。ありうるとしたら日英同盟成立に至る過程で提案された日英独三国同盟が成立していた場合だろう。当然その場合イギリスも日独国側に立つから両陣営の顔ぶれも大きく変わる。
- だったらそれ以前に日露戦争に負けて日本は欧米の植民地になってるはず。
- 日本の参戦に呼応して、アジアの欧米植民地が一斉に蜂起していた。
- 史実の太平洋戦争を踏まえる限りそれはなさそう。
- 敗戦と同時に、朝鮮・台湾は放棄し、朝鮮は中華民国の委任統治領に、台湾は中華民国の直轄領になっていた。
- 南洋諸島はイギリスの委任統治→信託統治領になっていた。
- 沖縄も中華民国の委任統治領に、小笠原もイギリスの委任統治領になっていた。
- 樺太・千島については日本も引き続き領有権を主張するものの、ソ連軍が勝手に進駐・占領し事実上ソ連領となっていた。
- 史実の太平洋戦争終結直後に似た出来事が第一次世界大戦直後に起こっていた。
- あくまで主戦場はヨーロッパ・地中海地域だったため日本はそこまで大した目には遭わなかったのでは。
- それでも日独同盟破棄、満洲権益の喪失、高額の賠償金支払いあたりは避けられなかった。
- あくまで主戦場はヨーロッパ・地中海地域だったため日本はそこまで大した目には遭わなかったのでは。
- 国際連盟の常任理事国はイギリス・フランス・イタリア・中華民国に、五大国は前者にアメリカを加えたものになっていた。
- アジアの欧米植民地の独立時期は史実通りだった。
- 戦後日本と中国の立場が逆転していた。
- 北京(ひょっとしたら南京)五輪が1964年に、東京五輪が1976年辺りに開催されていた。
- 中国ではなく日本が共産化していた。
- ソ連が第二次世界大戦で枢軸国側に付いていた場合、沿海州が戦後に中国に返還され、日本は共産化せず、朝鮮戦争も起きないため、日本は緩やかに経済成長していた。
- 分裂しすぎて訳が分からない状態だった中国と中央集権体制が確立していた日本の立場がそう簡単に逆転するとは考えにくい。
- 徳島県の板東収容所に入れられたのはイギリス兵捕虜。
- 大戦景気など起きるはずもない。
- ドイツやオーストリア向けの製品を作っても運ぶ船がほとんどロイヤルネイビーの餌食となり損害ばかり膨らんでいた。
- 中華民国では北京政府と南方系の勢力による本格的な内戦が発生していた。
- おそらく孫文も身を置いたであろう南方の政府が連合国寄り。
- 第1次大戦自体は終わっても中国だけまだ内戦状態だった。
- ロシアが二正面作戦を強いられて史実より早期に脱落する、アメリカの参戦機会も無いとなれば同盟国側勝利の可能性も十分にあるのだが。実際そのように推定する歴史家もいる。
あの国が参戦しなかったら
イギリス
- ドイツが建艦競争や3B政策でまともにイギリスの向こうを張ろうとはしない、イギリスと露仏の対立が史実以上に深刻だったという場合は欧州での「光栄ある孤立」を貫いていた可能性がある。
- この場合、ドイツによるベルギーの中立侵犯も黙認するだろう。
- 当然、戦争は専ら独墺 vs 露仏の対決という構図になる。イタリアは微妙。
- イギリスが参戦していないので、日本も中立。
- シュリーフェンプランがそのまま成功して1914年中に決着するか、長期戦になっても史実のように英海軍による海上封鎖の影響を受けないので同盟国側が勝利、少なくともかなり有利な条件での講和に持ち込めた可能性が高い。
- 前者の場合はせいぜい「欧州大戦」と呼ばれる程度で、「第一次世界大戦」とは呼ばれなかったかもしれない。
- イギリスは中立国として講和の仲介を務める。アメリカも仲介に動くかもしれないが参戦諸国は同じ欧州の国であるイギリスによる仲介を望むに違いない。
- イギリスは大戦で消耗しなかったうえ、講和成立に寄与したとなれば史実より長く超大国としての国際的地位と国力を維持できただろう。
- すでに国力的には世界一となっていたアメリカは、にもかかわらずまだ史実のような国際的地位は得ることができない。
アメリカ
- 伝統的にヨーロッパ大陸との相互不干渉政策をとってきたアメリカではずっと参戦反対論も根強かった。ドイツが無制限潜水艦戦を行わない、ツィンメルマン電報事件が起こらないなどで対独関係が決定的に悪化しなければ最後まで中立を保っていた可能性もある。
- ロシア脱落後のドイツ軍の西部戦線での攻勢を防ぎきれずに連合国が敗北した可能性も十分にある。あるいはほぼ引き分けの形で手を打つことになったとも考えられる。
- 仮に西部戦線が引き分け(原状復帰)で講和した場合でも、同盟国側はブレスト=リトフスク条約で獲得したものをそのまま得られるので実質的には勝利。ただし東欧の獲得領土の統治・維持はむしろ戦後の悩みの種になるだろう。
- 同盟国側が敗戦した場合でも、ベルサイユ条約ほどの過酷な条件を押し付けられることはない。
- 大戦がどのように決着するにせよ、アメリカは史実同様に講和成立の上で役割を果たして相応の国際的地位を得た可能性は高い。ただし英仏への大量の不良債権が残るので史実ほどの発展はない。
- ファシズムあるいは社会主義への火種はむしろ英仏の方で著しくなっていたかもしれない。
ドイツが勝利していたら
- イギリスを除くヨーロッパは三国同盟側が支配。
- イタリアは裏切ってるので近代前半のバッラバラ状態に回帰させられる。オーストリア=ハンガリーはヴェネト(とロンバルディア)を再び獲得する
- イギリスとドイツがアフリカの植民地を奪い合うようになる。
- イギリスはアジアの植民地を維持するために日本の海軍力に依存するようになる。その結果、西太平洋とインド洋で日本の影響力が強まっていく。
- むしろ「ポツダム条約」(?)でイギリスやフランスの大方の植民地が失われているのでは。
- アメリカは再びマリリン・モンロー主義に回帰。
- 3国同盟がなかった。太平洋戦争がなかった。(?)
- ヒトラーは絵はがき画家として平凡に天寿を全うする。
- 建築家になるかもよ。
- あるいは芸術家として波乱の人生を送る。
- アメリカへ移住して映画監督として大成功!!のちに息子が大統領に就任するとか(アレ
- イギリスはドイツの力を削ぐためにソ連をけしかける。
- そもそもドイツの協力がないためレーニンがロシアに戻れずソ連自体ないのでは。
- むしろブレスト=リトフスク条約で領土を奪われたソ連がドイツに戦争を仕掛ける。
- イタリアはドイツの植民地。
- 一応西欧の国なので傀儡政権くらいが限度では。
- ドイツは結果的に負けたにもかかわらず、ロシア革命は成功したので、ドイツが勝っていたらなおさら革命は成功しやすいはず。すると、東ヨーロッパの人民にとっての選択は、ナチスv.s.共産党ではなく、帝政ドイツv.s.共産党ということになる。それでも彼らにとって共産党(それとナチス)より帝政ドイツのほうがはるかにましか。
- ロシアはドイツの前に敗戦したよ。ブレストリトフスク条約を結んで、連合国から脱退、圧倒的に不利な条件でドイツと講和を結んでいる。ロシア革命成功は、その直前の出来事。
- ヨーロッパにパクス・ゲルマニカが出現。ドイツ人はユダヤ人迫害にエネルギーを向けずに済み、アインシュタイン・フェルミ・ノイマンらはヨーロッパに居住。ドイツ科学は世界一ィィィ!!ドイツ人は「陽の当たる場所」を得る。
- アメリカには科学者が移住せず、その後、特に科学分野で躍進はしない。したがって、アメリカはドイツとの戦争を望まない。生産力では勝てるが、科学・技術分野では勝てないから。
- したがって科学・技術分野でのドイツ語の重要性が薄れることはなかった。
- したがって、アメリカは核兵器を開発できず、代わりにドイツ・ソ連が核兵器保有国に。
- ドイツ・ソ連間の冷戦がソ連崩壊により終了後、現代に至る。
- するとヨーロッパピクニック事件はポーランドでおきたかもしれない。
- ソ連からの独立後、ポーランドがドイツ、オーストリア等の隣国にに領土の返還を求めている。
- 結局断念することを条件にEU入りしている。
- ワイマール=ゲーテが活躍した場所、のまま。
- ワイマール共和国期の政界や経済界にて何らかの活躍した人物は単なる一政治家や一経済人に過ぎないままで歴史にそれなりに名を残す事もなかった。
- もし「シュリーフェンプラン大成功で1914年内に終戦」という当初の予定通りの勝ち方だった場合、露仏からの賠償金、本土の一部&植民地割譲と権益承認ぐらいで事が済み、「第一次世界大戦」とは呼ばれない。たぶん日露戦争レベルの戦争として歴史に記される。
- ヴィルヘルム二世、日本における明治天皇並の名君としてドイツ史に名を残す。
- おそらくビスマルクを政界にカムバックさせてる。
- 有名なオットー・フォン・ビスマルクもその息子も開戦時点で既に他界しているので不可能。
- おそらくビスマルクを政界にカムバックさせてる。
- 第二次世界大戦では日独伊での同盟ができず、日本だけ敗戦国なんてことになっていたかも…
- 第二次日英同盟が結ばれていても案外おかしくなさそう。
- 2016年現在もドイツは帝政?
- ルクセンブルクがドイツ帝国領になっていたかも。
- PCゲームHearts of Ironのmod「Kaiserreich」の世界秩序がそのまま現実のものとなっていた。
- フランスがアフリカの植民地を持ち続けていたりサンディカリスムが広まっていたりといった部分は実現したかどうか微妙。
- ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、オランダ、ベルギー、デンマーク、ルーマニア、ポーランド、リトアニア等で諸制度の共通化が行われ、史実のEUに相当する存在がここから誕生していた。
- フランスではこの同盟への参加を巡って国論が二分する。
- イギリスはおそらく最初から不参加。
- hearts of ironⅣという第2次世界大戦をもとにしたパラドックスインタラクティブ社(スウェーデン)が開発したリアルストラテジーゲームのMODのひとつである、kaiserreich(カイザーライヒ)というものの世界観が含まれています。
- イギリス、フランスでは社会主義革命が勃発。イギリスは北アイルランドをアイルランドへ明け渡した。
- 旧連合王国(イギリス)はカナダへ、旧フランスはフランスの植民地だったアルジェリア、チュニジアへと亡命したらしい。
- オーストリアは何も獲得できなかったという。
- かわいそうに
- ベルギーはドイツの傀儡に、ポーランドもドイツの傀儡に、エストニア、リトアニアを統合したバルト連合王国もドイツの傀儡に。
- 旧フランス領インドシナ、イギリス領マラヤ、オランダ領東インドは統合してドイツ領東アジアとしてドイツの植民地に。
- イギリス、フランスでは社会主義革命が勃発。イギリスは北アイルランドをアイルランドへ明け渡した。
ベルサイユ条約でドイツに対してもっと穏便だったら
- インフレも起きず失業者もそれほどいなかった。
- 第二次大戦勃発はともかく最低でもナチスの台頭は無かった。
- このときの反省がないので第二次世界大戦後の賠償金請求も結構な額になる。
- むしろ世界大戦自体起こっていない可能性もある。
- ポーランド回廊によってドイツ領土が分断されることはなく、ポーランドは東プロイセン側に海への出入り口を手に入れていた。
- 第二次世界大戦が起こったとしたら原因はソ連。最終的にはこうなったかもしれない。
- 危険な政治思想といえばナチズムよりも共産主義だった。
- ドイツから理不尽に戦争ふっかけておいてフランス国内がガタガタに破壊されたのにドイツに穏便に対応なんてしたらぶちキレたフランス人がフレンチヒトラー担ぎ出してきて第2次大戦が始まるだけ
- 似たような境遇のイタリアと組んでいた可能性大。