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幸運なモノ事典

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なんだかんだあったけど、幸運なモノを集めるページ。

※できるだけ起承転結のうち、起と結は別文にしてください。他の方にも間を書いていただきたい、という趣旨もあるので。

独立済み

交通

鉄道

銚子電気鉄道
  1. 電車の点検したいけど、乗客が少なすぎて費用が集まらない…
  2. なんか、地元においしいお菓子あるぞ?銚子電鉄が作って売るか…
  3. 至る所で売れたぞ、点検して電車をまた動かせる!
  4. でも次の電車の点検費用がまた足りなくなった…
    • いっそのことあの映画のパロディでも作るか。
  5. 一度廃線になって数年後復活した。
路面電車
  1. 自動車交通の邪魔として全国から撤去されていった。
    • 自動車を軌道敷内通行可にして、路面電車を追い出していった。
  2. 2000年を過ぎ見直され、路線延伸や鉄道からの転換が行われることに。
上越新幹線脱線事故
  1. 新潟県中越地震により、上越新幹線200系新幹線が脱線してしまった。
    • マスゴミはフルボッコ。
  2. しかしたまたま車輪が排雪溝に入り込んだおかげで、転覆せずに済んだ。おかげで負傷者ゼロ。
    • 脱線事故に関し、JR東日本では新幹線の安全性が低下したと海外から見られると思っていたが、転覆なし・負傷者ゼロという点が海外から絶賛され、新幹線の安全神話を強固なものにした。
    • 脱線したのが重かった200系だったというのもある。
三陸鉄道南リアス線・北リアス線
  1. 国鉄の建設工事が中断され、第3セクターの三陸鉄道を設立して開業。
  2. 2011年の東日本大震災で三陸縦貫鉄道網は軒並み長期間の運休。
  3. しかし国鉄から見捨てられ三陸鉄道として開業した路線は国鉄路線より早く復旧が進む。
    • なんと震災発生のわずか5日後の3月16日に早くも北リアス線の陸中野田-久慈間が運転再開。
    • 震災1年後の2012年4月までに半分以上の区間が復旧。
    • そして3年後の2014年4月6日についに全線運転再開。「2度目の」開業記念式典が盛大に開かれた。
  4. 一方で国鉄→JRとして開業した大船渡線、山田線の復旧は進まず。
    • 大船渡線は2013年3月2日にBRTの運行を開始。事実上鉄道での復旧はあきらめたのか。
    • 山田線は沿岸区間の宮古-釜石間が三陸鉄道に移管され、南リアス線・山田線・北リアス線が統合されリアス線になる。
      • JR東日本は見下していた三陸鉄道に尻拭いされる形に。
EF64型電気機関車
  1. 需要がありすぎてJRに全車継承され、2000年代初め頃までは全車健在だった。
  2. 板谷峠の交流化で本形式を駆逐したEF71が需要がなくなって全廃された後も全車健在だった。
  3. Nゲージの1000番代はTOMIXが台車誤装着というトラブルをやらかして絶版になり、一時期ラインナップが途絶えていたが、競合メーカーであるKATOが製品化する形で拾われた。その後マイクロエースも製品化。
近鉄名阪甲特急
  1. 昭和30年代は名阪間の半分以上のシェアを誇っていたが、東海道新幹線開通で客のほとんどが奪われ、2両編成で運行される時代もあった。
    • 単行運転用の両運転台車まで計画されたほど。
  2. しかし1970年代後半以降国鉄が爆発的な運賃・料金値上げを重ねたことから、安く移動できる近鉄に客が戻り、次第に増結されるようになった。
  3. そして1988年にアーバンライナーこと21000系を導入、利用客はさらに増加して昭和30年代のピーク時を上回るほどになった。
  4. その後は新幹線に「のぞみ」が登場するなどして翳りが見えてきたが、それでも一定の利用はある。但し名阪間ノンストップではなくなり全列車が津(一部は大和八木にも)に停車するようになった。
南海「ラピート
  1. 1994年の関空開港と同時にデビューし、その奇抜なデザインから一躍人気者になった。
  2. しかし関西経済の低迷やJR「はるか」との競合で利用が低迷するようになり、「ガラガラピート」状態になってしまった。
    • 当初は難波~関空ノンストップのラピートαと途中駅停車のラピートβに分かれていたが、これによりラピートβに統一されてしまった。
  3. 2010年代に入るとインバウンドで関空が再び賑わうようになり、ラピートの利用客も回復、時間帯によっては満席になることも多くなってきた。
    • それに伴いラピートαも復活した(但し開港当初よりも停車駅は増えている)。
江ノ島電鉄
  1. 昭和30~40年代、モータリゼーションの影響で利用者が低迷し、廃線の危機に陥った。
  2. しかし、道路が渋滞するようになり、時間通りに走る江ノ電に乗客が戻ってきた。
    • さらに、昭和50年代以降、各種作品で沿線が舞台になり、観光客が増加。
      • 今では繁忙期はなかなか乗れないほどの人気になっている。
広島電鉄650形車輛
  1. 1942年に5車輛が製造。
  2. 1945年8月6日、広島市に原爆が投下されこれらの車両は甚大な被害を受けた。
  3. しかし、5車輛のうち4車輛は翌年にはほぼ原形に近い形で復帰、被害が大きかった残る1つも3年後の1948年に営業運転に復帰した。
  4. 製造から75年以上たった現在でも651番と652番が現役で活躍しており、653番も原爆の日や平和学習で活用されている。
JR山手線
  1. そもそも貨物線として当時ド田舎だった場所に敷設された路線。
    • 当初、渋谷は人口200人だったとか。池袋に至ってはそもそも駅が置かれなかった。
  2. しかし沿線が副都心として発展、今では日本人の誰もが知っているような路線に。
にゃんぱろう
  1. 大阪市交通局のマスコットキャラクターとして登場し、ポスターや1日乗車券にも描かれていた。
  2. ゆるいデザインから密かに人気だったが、民営化と共にクビに。
  3. しかし復活の要望が強く、実際に復活した。

自動車

5ドアセダン
  1. 欧州では市民権を得ている車種だが、日本では昭和40年代からラインナップしているものの「ライトバンみたい」と評され、昭和50年代半ば頃には大衆車クラスに設定したものの、大きな支持を得られず、平成初期には廃れていった。
  2. しかしプリウスの大ヒットでようやく日本でも市民権を得られた。
スズキ・ソリオ
  1. 前身車種であるワゴンRワイドは2年間の発売にとどまり、モデルチェンジ後のワゴンRプラス/ソリオは11年間もモデルチェンジせずに放置プレイされるなど、競合車種に大きく水を開けられていたが、2010年のフルモデルチェンジで売上を伸ばした。
スズキ・ハスラー
  1. 長年軽No.2に留まっていたスズキにとって軽No.1に返り咲いた車。
  2. 三菱・eKアクティブで市民権を得られなかった軽クロスオーバーだったが、この車で市民権を得た。
マツダ・デミオ
  1. マツダが経営危機の頃に売り出し、見事大ヒットし、持ち直した。
    • 初代だけでなくキープコンセプトながら弱点を潰した2代目、方針を180度変更した3代目、1.5Lディーゼルエンジンを搭載した4代目も…というか全部ヒット作。
トヨタ・アルファード
  1. 日産・エルグランドに対抗してトヨタがグランビア・レジアス・ツーリングハイエース・グランドハイエースを発売したが、太刀打ちできなかったため、それらを統合して発売し、エルグランドを上回る売れ行きを見せた。今やヴェルファイアという姉妹車を生み出すまでに至った。
トヨタ・ハリアー
  1. レクサス・RX発売後は絶版になる予定だったが、人気の根強さから現在に至るまで併売されている。
    • レクサス・RXとは別にモデルチェンジも果たした。
      • ちなみにエンジンやフレームはRXと全く一緒の物。余談だがレクサス・LXも同じように日本仕様としてランドクルーザープラドが生き残っている。
トヨタ・シエンタ
  1. 後継になるはずだったパッソセッテ発売後も併売され、パッソセッテの売上不振で障害になったことから1度絶版になった。
  2. それでもパッソセッテの売上は好転せず、やむなく復活。逆にパッソセッテが絶版となった。
  3. そして2代目へのフルモデルチェンジを果たした。
伊勢湾岸自動車道
  1. 当初、無駄な公共事業の代表格として取り上げられた。
  2. 距離の割には、料金が高く、相変わらず国道23号などが利用されることが多かった。
  3. 長島町南部を通ることになり、ナガシマスパーランドへのアクセスが向上。
  4. 新名神、新東名高速が開通し、東名阪道などのバイパスとしても機能することに。

航空

デルタ航空
  1. 一度破産した。
  2. 今ではスカイチーム一の稼ぎ頭に。
名古屋空港国際線ターミナル(エアポートウォーク名古屋)
  1. 1999年に開業したが、中部国際空港の開港を受け僅か6年あまりで閉鎖される。
  2. その後、施設を改装しショッピングセンターとして活用し大成功を収める。
An-225
  1. ロシア版スペースシャトルであるブラン計画のために作られたが、それが頓挫してしまい行き場を失う。
  2. しかしその250t超(スペック上は300t以上行けるらしい)というメチャクチャなペイロードを生かしてチャーター便として復活。

企業

アイホン株式会社
  1. 愛知のインターホン、だからアイホンと名付けた。
  2. 半世紀たって、太平洋の向こう側からアイホンと名乗るデバイスが来たぞ?
  3. 日本でアイホンと名乗るなら金をくれ!
    • 毎年1億円のお年玉をもらえるようになった。
    • iPhoneの商標は、下記企業のライセンスに基づき使用されています。アイホン株式会社
      • 逆です。(ここが「商標を使わせないぞ!」ってブチ切れたら、下の会社が日本でアレを売ることが出来なくなるとか。)
Apple(旧アップルコンピュータ)
  1. マッキントッシュなど、様々な先進的機器を発明。
  2. しかし流行が追い付かなかったのか、他社に抜かれてしまう。
    • マッキントッシュと他のパソコンの互換性が良くなく、外部プログラムの作成があまり進まなかった。
  3. ストリーミング式音楽再生端末iPodで形勢逆転開始。
    • とりあえず資金源は得た。
  4. スマートフォン市場にiPhoneで参入。
    • アメリカと日本でバカ売れ、アップルコンピュータの新たなる地位を確立する。
  5. もはやコンピュータというよりスマホの会社になってしまったので、社名をAppleに変えてしまった。
  6. 今ではiPadも製造しているほか、マッキントッシュのアイコンもiPhone化させてしまった。
NVIDIA
  1. GeForce 8800番台まではAMD(旧ATI)のRadeonに対して優位に立っていた。
  2. しかし、その後はリネーム商法(GPU自体が同じなのに別の型番をつけて出す)、リコール無視、新製品のエア発表(実物として出されたボードが動かないモックアップだった)、火葬ドライバー(ドライバーの不具合でGPUが焦げてしまう)など迷走。
    • 特にGTX480は発熱量も消費電力も大きかった。
  3. 600番台の完成度が高く、NVIDIAは復活。
    • さらにNintendo SwitchにTegraが採用、NVIDIAのプロセッサーがAI・機械学習や自動運転用プロセッサーの標準になり、完全復活している。
マンダム
  1. 当初の社名は「金鶴香水株式会社」。戦前から主力ブランドの「丹頂チック」が男性化粧品のトップシュアとなっており、1959年に社名もブランドである「丹頂株式会社」に変更した。
  2. 60年代に入ると資生堂の男性化粧品ブランド「MG5」の大ヒットにより倒産寸前にまで追い込まれる。
  3. 1970年に社運をかけた新ブランド「マンダム」発売。CMに西部劇のスター、チャールズ・ブロンソンを起用。更にはアメリカで撮影という前代未聞のCMで当初は反対意見も多かったが結果上大ブームとなる。
    • CMのラストでブロンソンが顎にマンダムを塗りながら「う~ん、マンダム」は当時の子供なら必ず真似したことはあるほど。
  4. 「マンダム」のヒットにより社名もブランド名である「マンダム」に変更し現在に至る。

教育

品川女子学院
  1. 平成初期までは受験者数が伸び悩んでいたが、制服を教職員達がデザインしたおしゃれなキャメル色のブレザーに刷新したところ、受験者数が増加。制服も他校に影響を与えた。
  2. 広末涼子の出身校であったため、ブレイクと相まって受験するファンも現れた。
東京都立日比谷高等学校
  1. 1960年代前半まで東大合格者数が全国1位だった。
  2. しかし、1967年に学校群制度が開始したことにより東大合格者数が激減。
  3. その後も開成などの私立の台頭により、1993年には東大合格者数が1人になってしまった。
  4. 2001年に東京都が日比谷を進学指導重点校に指定し、進学指導に力を入れるようになった。
  5. 結果、2016年に東大合格者数が50人を突破し、2018年には1970年以来48年ぶりに東大合格者数ランキングでトップ10に入った。
  6. 最近では開成に合格していても日比谷に進学する受験生も出るようになった。
国際教養大学
  1. 現在の大学があるところはもともとはアメリカの大学の日本校として開校した大学の敷地だったが、その日本校は2003年に閉校となった。
  2. それを秋田県が改めて公立大学として開校したところ、グローバル化に対応したカリキュラムが企業に受け、就職実績がよかったために秋田県以外からもたくさんの学生が集まるようになった。

人物

今泉健司
  1. 1987年に関西奨励会に入会したが、1999年に年齢制限により奨励会を退会せざるを得なかった。
    • 昇段次点である三段リーグ3位に二度なっているが、1回目当時は「次点2回でフリークラスとして四段昇段」の制度が存在しなかった。
  2. 2007年に三段編入試験を受け奨励会三段に編入したものの、四段に上がることはできず再び奨励会を退会。
  3. 2014年になってプロ編入試験を受け合格。41歳でようやくプロ棋士になった。
  4. 2018年にNHK杯本選第1回戦で藤井聡太と対戦したところ、藤井に勝利し一躍話題となった。
今川氏真
  1. 桶挟間で戦死した義元の跡を継いで今川氏を当主となったが・・・。
    • 信長への復仇に消極的だったがために部下や同盟相手から愛想を尽かされ、その後徳川・武田の二方向から攻め入られ降伏。結果的に一代で今川家を駄目にしてしまう。
  2. その後は妻の実家であった北条氏に落ちのびさらに徳川家の庇護を受け、最終的に江戸の品川の屋敷を与えられ、そこで77歳で亡くなった。
  3. しかし彼自身、塚原卜伝から剣を学び自らの流派として発展させたり、和歌や連歌といった詩文の能力に優れ、また蹴鞠の技術に関しては織田信長も深く興味を示していた。
  4. その文化的才能は朝廷との交流に大いに役立つことになる。父の代から公家との交流を持ち、氏真にもしっかりと受け継がれたそのスキルは徳川幕府にとって欠かせない存在となり、今川家はその後も長く直系が続くこととなった。
ジャン・アンリ・ファーブル
  1. 言わずと知れた虫大好きおじさん。アップダウンが激しすぎる一生(ダウンが多い)を送ったことで知られる。
  2. 非常に貧しい家庭に生まれ、食事を水だけで過ごしつつ必死に勉強し、師範学校(教員専門大学)を運よく主席で合格。更にそこで知り合った女性と結婚した。
  3. しかし最初の一姫二太郎は幼くしてすぐに死んでしまい、夢だった大学教授になる為に染料の研究を行い、遂にアカネから赤い染料を作り出す技術を開発してレジオン・ド・ヌール勲章(日本で言えば紫綬褒章クラス)を授与した。
  4. のはいいが、翌年にドイツで更に安価な原料でいくらでも染料を作れる方法が見つかってしまい、一気にお払い箱になる。
    • この頃、近所トラブルでペットに毒を盛られるほど忌み嫌われるようになり、家族を連れて移住。この頃に『昆虫記』を執筆した。
  5. またも貧乏暮らしになる中、可愛がっていた次男が16歳の若さで病没。あまりのショックに体を壊し生死の境を彷徨うが、諦めてなるものかと奮起してまた引っ越しを行った。
  6. そして妻に先立たれ、40歳下の後妻と再婚。このとき64歳でありながら子供を作るなど下半身は元気そのものであった。
  7. こうして迎えた老後生活で、かねてから出していた『昆虫記』がまさかの重版を飛ばす大ヒットになり、晩年はもう一度レジオン・ド・ヌール勲章を受章。二人の妻と多くの子に先立たれる中、91歳で大往生を遂げた。
  8. 生来の虫好きだったファーブルだが、「生まれ変われるものならば虫になりたいですか」と質問された時にはこう返したという。
    「絶対にごめんだね。私は人間として生きたいよ。生きていることのすばらしさを実感しながら生きていけるのは、人間しかいないからね」
メッテ=マリット
  1. 2019年現在のノルウェー王太子妃。
  2. 王太子とは大学で知り合ったのだが、当時すでにシングルマザーだったことや麻薬パーティーに参加した経歴が問題視され、当然のことながら国民からは反発を食らった。
  3. しかし婚約が発表された際に自らの過去を反省した会見で好感度を上昇させ、見事王太子との結婚にこぎつけた。

その他

プラレール
  1. 元々は幼児をターゲットにしていた鉄道玩具だった。
    • トミーとしてはプラレール→スーパーレール→TOMIX(Nゲージ)にステップアップしていく考えを持っていた。
  2. 1980年代半ば頃には新製品すら開発できなくなる。
    • 185系や阪急電車ですら165系の車体を塗り替えた代物だった。
  3. スーパーレールの失敗もあり、ターゲットを3歳以上に変えたところ、幅広い層に支持されることに。
    • 今や古典的な車種やマニアックな車種までもラインナップされている。
博多駅前道路陥没事故
  1. 福岡市営地下鉄七隈線の延伸工事中、博多駅前の道路がかなり大規模に陥没した。
  2. ただ発生したのが早朝だったのと、作業員が前兆に気づいて退避や道路の通行止めを事前に行ったため、死傷者は奇跡的にゼロだった。
    • その後の復旧も早く、1週間後には交通規制が解除された。
      • が、復旧に際し掘っていたトンネルごと埋めたため、結局七隈線の延伸は2年以上遅れることに。
ONO消しゴム
  1. 兵庫県小野市がPRのため作った消しゴムだが、MONO消しゴムにそっくりなデザインが商標権に引っ掛ってしまい、販売中止となった。
    • そもそも業者がトンボ鉛筆に許可なしで作ったのだから驚き。
    • まぁニュース沙汰になったのでPRはできたのだけど。
  2. だがその後トンボ鉛筆の許可を得て作り直されることが決定。イベントなどで無料配布されるとのこと。
ノイシュヴァンシュタイン城
  1. 中世ドイツの古城…ではなく、中世ロマンに取り憑かれた19世紀のバイエルン王ルートヴィヒ2世が、借金を重ねて建設した新しい城である。
    • 当時の人々も「浪費家」「狂王」などと非難し、国王は廃位された。
  2. 現在ドイツを代表する観光名所に。
ピエリ守山
  1. びわ湖わんわん王国の跡地に開業したショッピングモール。
  2. 開業当時は約200の店舗があったが、リーマンショックによる不況やイオンモール草津などの開業で店舗数の減少が進み、最終的には3店舗にまで減少した。
    • そのため、インターネット上では「明るい廃墟」「生きる廃墟」「ネオ廃墟」などと呼ばれるようになった。
  3. その後は2014年2月末に閉鎖したのち、12月にリニューアルオープン。あの頃の賑わいを取り戻したのであった…。

関連項目




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