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(ドラマ)
(ニュース・情報番組)
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#しかし、裏の日テレ「DON!」が終了し「ヒルナンデス!」に変わって以降、時間帯で視聴率首位に立つことが多くなった。
 
#しかし、裏の日テレ「DON!」が終了し「ヒルナンデス!」に変わって以降、時間帯で視聴率首位に立つことが多くなった。
 
#*さらに、フジテレビが「笑っていいとも」を終了させ、「バイキング」をスタートさせたことも追い風となった。
 
#*さらに、フジテレビが「笑っていいとも」を終了させ、「バイキング」をスタートさせたことも追い風となった。
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;情報ライブミヤネ屋
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#番組開始当初は、関西の一ローカル番組だった。
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#しかし、「ザワイド」の終了と同時に、ネット局を徐々に広げ、いまでは日本テレビを代表する番組のひとつに。
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#*現在、午後のワイドショーでは、トップを独走中である。
  
 
===バラエティ===
 
===バラエティ===

2020年1月7日 (火) 10:18時点における版

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放送局

テレビ東京
  1. なんと言っても「テレ東伝説」。
    • 重大事件が起きて、他局が報道番組一色な中、テレ東だけ通常営業して視聴率をかっさらうのは、有名。
ニッポン放送
  1. 2005年に、ライブドアに買収されそうになったことがある。
    • しかし、同じフジサンケイグループのフジテレビの助けをもらい、ライブドアの買収は回避。
      • その代わり、フジテレビに買収された。

番組

ドラマ

踊る大捜査線
  1. 開始当初は恋愛ものが鉄板とされていた。
  2. 流行語を生みだし、「(東京)湾岸警察署」が設置されるまでになった。
木更津キャッツアイ
  1. 全9話の平均視聴率は10.1%だが、放送終了後に発売されたDVDがテレビドラマとしては異例のDVD販売数50万セット超を記録。
    • 2003年(日本シリーズ)と2006年(ワールドシリーズ)には劇場版が製作された。
  2. キャストも今振り返るとかなり豪華。
孤独のグルメ
  1. 当初はフジテレビに企画を持ち込むが断られてしまった。
  2. その後はテレビ東京に持ち込み主演の松重豊もブレイクする程の大ヒットを遂げた。
花より男子
  1. つなぎ企画として放送、アニメ版もヒットしていなかった。
  2. 好評により続編、映画化にもこぎつける。
半沢直樹
  1. ヒットしそうな要素が殆ど無かった事から当初は別のドラマがプッシュされていた。
  2. しかし放送後は主人公の決め台詞が流行する程の大ヒットを遂げた。
星の金貨
  1. 開始当初はオウム真理教事件の報道の影響で放送延期され、低視聴率だったが、休日にダイジェスト版を放送したところで視聴率が上昇、主題歌である『碧いうさぎ』も大ヒットした。
コンフィデンスマンJP
  1. ドラマ版では全10話で平均8.9%で一度も2桁に乗ることは無かったが、映画版ではまさかの初週の土日2日間で動員28万4,000人、興行収入3億8,600万円を挙げ、「週末観客動員数ランキング」で堂々の首位スタートで大ヒットした。
    • 映画公開翌日のSPドラマ「運勢編」は初の2桁の視聴率を取る事が出来た。
    • 一応関西の方では2桁を記録していたらしい。
  2. 韓国版「コンフィデンスマンKR」、中国版「コンフィデンスマンCN」も制作決定して世界で注目された。
  3. 今や月9の復活の兆しを作ったのではと言われている。
ゲゲゲの女房
  1. 連続テレビ小説の長期低迷、放送開始時間変更などにより初回視聴率は朝ドラ史上最低の14.8%を記録。
  2. しかし、回が進むごとに視聴者の注目を集め、最終的には平均視聴率18.6%を記録。朝ドラ復活ののろしをあげることになった。

ニュース・情報番組

めざましテレビ
  1. 放送開始当初は当時鬼門枠で2~3%しか取れなかった。しかしその後徐々に視聴率が上がっていき2004年2月9日放送分で初めてズームイン!!SUPERを抜き時間帯民放1位を獲得した。
    • その後も2005年6月と2006年7月と2009年1月と2009年10月から11か月連続で同時間帯の月間視聴率1位となり、その結果2009年に番組開始以来初めて第2部の年間視聴率が同時間帯1位を記録した。
      • そして、「ズームイン!!SUPER」を打ち切りに追い込んだ。新しく始まった「ZIP!」が立ち上げたが、不振だった為、暫く独走状態となっていた。
        • 2015年まで時間帯民放1位を獲得していたが、その後、2年間「ZIP!」が同時間帯首位になってしまったが、2018年に再び同時間帯1位に返り咲いた。
    • 大塚範一が病気療養に入って、降板しても視聴率下がらなかった事には素晴らしい。
      • やはり、スポーツ実況で有名な三宅アナウンサーが、後を継いだことが功をそうしたのかも知れない。
FNNスーパーニュース
  1. 当初は宮川俊二と八木亜希子の二人でやっていたが、残念ながら低視聴率で終わった。
    • しかし、2000年のリニューアルで安藤優子を投入したら高視聴率番組に育った。
  2. 独立した芸能コーナーやグルメ企画の特集など、ワイドショーの要素を持つネタはこの番組が元祖。
ニュースステーション
  1. 当時のTBSの人気アナウンサー・久米宏を起用し、1985年10月に華々しくスタートを切るも、視聴率はあまり芳しくなかった。
    • しかし、1986年のフィリピン革命を総力戦で生中継した結果、19%を記録。
      • この中継には、後にフジテレビの人気キャスターになる安藤優子(当時女子大生)がレポーターとして参加していた。
    • また、「金曜チェック」などのコーナーも話題になり、テレ朝を代表する番組に成長。
      • そして、他の民放はもちろんのこと、NHKまで参加する「夜のニュース戦争時代」に突入するきっかけとなった。
バイキング
  1. 開始当初は打ち切りも噂されるレベルだったが、坂上忍MCとする情報番組路線に転向したところ視聴率を伸ばした。
ひるおび!
  1. TBS正午枠の低視聴率が長らく続いていたこともあり、開始当初は苦戦を強いられていた。
  2. しかし、裏の日テレ「DON!」が終了し「ヒルナンデス!」に変わって以降、時間帯で視聴率首位に立つことが多くなった。
    • さらに、フジテレビが「笑っていいとも」を終了させ、「バイキング」をスタートさせたことも追い風となった。
情報ライブミヤネ屋
  1. 番組開始当初は、関西の一ローカル番組だった。
  2. しかし、「ザワイド」の終了と同時に、ネット局を徐々に広げ、いまでは日本テレビを代表する番組のひとつに。
    • 現在、午後のワイドショーでは、トップを独走中である。

バラエティ

開運!なんでも鑑定団
  1. 元々は、読売テレビ「EXテレビ」のワンコーナー「あなたの家宝鑑定ショー」だった。
    • この企画をオークションした結果、テレビ東京が落札したことにより、1994年4月にテレ東で放送開始。
  2. 放送開始時より、じわりじわりと人気を上げ、今ではテレビ東京の歴代最長の長寿番組に成長。
    • 日本全国に「お宝ブーム」を巻き起こした。
  3. この番組のおかげで、かつて一世を風靡した「なるほど・ザ・ワールド(フジテレビ)」は、打ち切りに追い込まれた。
    • TBSは、この番組のパクり番組を作ってコケたことがある。
ナニコレ珍百景
  1. ゴールデンタイム昇格直後は裏番組の「クイズ!ヘキサゴン2」視聴率競争に負けてしまうことが多かった。
  2. しかし、「クイズ!ヘキサゴン2」が島田紳助引退でとどめを刺したため、視聴率を伸ばした。
  3. 2016年に終了したもののレギュラー番組としての復活の声が根強く、2018年再レギュラー化。
水曜日のダウンタウン
  1. 視聴率こそはアレだが、ツイッターなどの実況ではかなり盛り上がっている。
  2. 鉄塔システム問題やモンスターハウス生中継トラブルなどの問題の多い番組だが、実はギャラクシー賞を何度か受賞している。
    • 過去に三回受賞した事がある。
芸能人格付けチェック
  1. 元々は、浜田雅功司会の「人気者で行こう!」の名物コーナーのひとつだった。
  2. 2005年正月の復活放送では視聴率10.2%だったが、放送を重ねていく内に段々と高視聴率番組になり、今やトップ視聴率番組に育った。
    • 2005年秋にもう一度やったら視聴率17%と言う高視聴率になった。
  3. GACKTの連勝記録に注目されている。
笑っていいとも!
  1. 開始当初は1クール足らずで打ち切られるだろうと噂されていた。
    • この間にも打ち切りの噂が何度か囁かれたこともあるが、なんだかんだで32年間放送は続いた。
  2. 重大事件・事故が起きても他局が報道番組一色な中でいいともだけ通常放送していた。
    • 2005年の福知山線脱線事故の時もいいともを通常通り放送していた。
関口宏の東京フレンドパーク
  1. 初期は「ムーブ」という月~木帯の放送枠の月曜日で放送されたが、以後も当時裏番組だった「クレヨンしんちゃん」が大人気だったために視聴率は低迷し1年で終了。
    • しかも初回視聴率が4曜日最低で唯一の一桁だった。
  2. 終了後は「ザッツ!・関口宏のPAPAパラダイス」を間に挟み、半年後の1994年4月に「関口宏の東京フレンドパークII」として再スタート。
    • 再スタートして人気が出ると視聴率が急上昇、そして裏番組だった「クレヨンしんちゃん」を枠移動に追い込む事に成功。
  3. 最終的には18年半も放送が続き、2017年より年に2回(2019年は年に3回)の季節営業という形で復活を果たした。
  4. 一時は「愛する二人分かれる二人」と「名探偵コナン」に視聴率を奪われた時期もあったが、前者のヤラセで打ち切られたことで持ち直した。
火曜サプライズ
  1. 元々は帯番組の『サプライズ』→『SUPER SURPRISE』の火曜日企画だった。
  2. 帯の「サプライズ」が1年で失敗したが、その中で比較的好調だった火曜日の企画がそのまま残った。
  3. しかし、皮肉にもこれが10年近く続く番組に育ってしまった。

ラジオ

ごきげんようじ(STVラジオ)
  1. STVラジオの超人気番組だった「日高晤郎ショー」の後番組としてスタート。
    • STVの人気アナウンサー・木村洋二を起用する。しかし、前任の日高晤郎とは正反対のキャラクターであるため、心配する声も多かった。
      • しかし、聴取率調査で他局を寄せ付けず一位を獲得し、面目躍如。木村洋二の人気もあり、あっという間に、人気番組の仲間入りを果たす。
北野誠のズバリ(CBCラジオ)
  1. 東海ラジオ「宮地佑紀生の聞いてみや~ち」の裏で苦しんでいたCBCラジオがかつて同枠で週一パーソナリティを務めた北野誠を帯で起用。
    • 当初はそれまで同様聴取率調査で苦戦を強いられた上、北野誠が大阪のラジオで起こした舌禍事件もあり、長くもたないのではないかと言う声が多かった。
      • しかし、その不安とは裏腹にいつしか聴取率で「聞いてみや~ち」を抜くようになり、加えて宮地佑紀生の暴行事件で「聞いてみや~ち」が打ち切りになったため、一気に東海地区の昼下がりをリードする番組になった。

その他

ひょっこりひょうたん島
  1. NHKの人形劇。当初はその独特な雰囲気やキャラクターから視聴者に拒絶され、打ち切りの話も挙がった。
  2. やがて定着し、5年と続く人気番組となる。
  3. 映像は殆ど現存していなかったが、放送を記録していた当時の視聴者によりリメイク版が実現した。
プリンプリン物語
  1. NHKの人形劇。ビデオがNHK局内に存在せず、長らく「幻の作品」とされていた。
  2. しかし、当時の出演者(つボイノリオ氏や神谷明氏など)など関係者の自宅から次々とビデオが発掘された。
    • これにより、再放送にこぎつけることに成功した。
プロ野球珍プレー好プレー大賞
  1. 元々は、フジテレビの看板番組「プロ野球ニュース」のワンコーナーだった。
    • ちなみに、当時プロ野球ニュースのキャスターだったみのもんたが、当時同じフジテレビで放送されていた「アメリカ大リーグアワー」の映像に面白おかしくセリフや実況をアテレコしていたのが、ディレクターの目に留まって、放送が始まった。
  2. 以降、フジテレビのオフの看板番組となり、他局でもまねされるように。
    • これが、みのもんたの出世作となった。
たけしのTVタックル
  1. 初期は、田嶋陽子VS舛添要一の討論バトルが名物で、人気番組のひとつに数えられていたが・・・
    • 90年代末期には、裏のフジテレビの月9ドラマがヒット作を連発。その煽りで番組終了も囁かれた。
      • しかし2001年に、当時就任した小泉首相にあやかり、テレ朝のお家芸である政治メインの討論番組にリニューアルしたら、これが大当たり!
        • 自民党や民主党(当時)などの現役国会議員やハマコー先生・三宅久之先生らの打々発止の討論もウケて、テレ朝を代表する人気番組に。
  2. 現在は、日曜日昼に移動したが、強力な裏番組(TBS「アッコにおまかせ!」)を相手に、互角にたたかうほどの人気番組となっている。

その他

1977年度全国朝日放送(現:テレビ朝日)入社アナウンサー
  1. もともとは1980年のモスクワオリンピックで独占放送権を得た全国朝日放送がその中継を見越して9人もの新人アナウンサーを大量採用した。
  2. しかしモスクワオリンピックに日本はボイコットのために出場せず、大量採用の意味がなくなってしまったかに思われた。
  3. ところが古館伊知郎がプロレス実況で脚光を浴びフリーになってからも活躍したのをはじめ、渡辺宜嗣や宮嶋泰子らが定年退社するまでテレ朝のアナウンサーとして中心的な役割を果たし、「花の77年組」と呼ばれた。
目玉マーク(フジサンケイグループ)
  1. 1986年に、産経新聞・フジテレビ・ニッポン放送などのフジサンケイグループ(但し、文化放送を除く)の統一シンボルマークとして誕生。
    • フジテレビでの告知コマーシャルは、逸見政孝アナウンサーがナレーションを担当。
  2. 使用開始時は視聴者から異論の声が多かった。
    • フジテレビのロゴといえば、チャンネル番号の「8マーク」が知られていたため。
  3. しかし、見馴れてしまうことは恐ろしいもので、しばらく経てば「フジテレビと言えば目玉マーク」と言われる程全国的にお馴染みのマークとなった。

関連項目




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