ページ「もし青梅電気鉄道・五日市鉄道・南武鉄道が国有化されなかったら」と「谷山」の間の差分

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{{小地域|reg=九州|pref=鹿児島|city=鹿児島市|ruby=たにやま|eng=Taniyama}}
==谷山の噂==
*[[九州旅客鉄道/路線別#指宿枕崎線の噂|指宿枕崎線]](宇宿~平川)
*[[鹿児島市交通局#鹿児島市電の噂|鹿児島市電]](二軒茶屋~谷山)
*{{国道|九州・沖縄|225}} {{国道|九州・沖縄|226}} [[自動車専用道路#指宿スカイライン|指宿スカイライン]]
#鹿児島の[[蒲田]]。でも[[東京/目黒区#自由が丘|自由が丘]]的な雰囲気も併せ持つ。ある意味、ここがあるから鹿児島も浮かばれようがある。
#*県内の他地域と違って、因習的なものを感じさせない街ですね。好きですよココ(福岡人)
#*字面の通り、[[山谷]]とは正反対・・・のはず
#鹿児島市内に住むなら、宇宿〜坂ノ上までの谷山エリアが便利です。
#*大型店が多く買い物にも便利。市中心部と違ってほとんどのお店の駐車場が無料なので車持ちなら絶対ココ!
#*自転車乗りなら平地の宇宿~和田のエリアがおすすめ。坂之上より南は帰りの上り坂がきつい。交通の足がなければ市電沿線の永田川より北のエリアがなにかと便利。
#谷山地区は昭和42年に鹿児島市と合併するまで谷山市だった。そのせいか年寄りは今でも「鹿児島へ買い物に行ってきた(正しくは方言だが)」などと話す人がいる。
#*谷山は自治体時代、鹿児島市と合併するまでずうっとどことも合併せず、単独で頑張っていた。
#**明治22年の市町村制施行時に、「谿山郡」全体の村落をまとめて単一の「谷山村」になった。以後町制・市制に至るまで単独でやってきた。
#***谿山郡≒江戸時代の谷山郷でもある。郷単位でみれば鹿児島では普通のことだったりする。
#***当時の人口は村なのに2万人。鹿児島県内では鹿児島市を除いて全て「村」でスタートしたので、谷山以外にもそういう地域はいくつかある。
#**** 町村制施行当時、全国でも村としては大阪の難波村に次いで2番目の人口で、市町村でも現在の千葉市(県庁所在地、政令指定都市)を抑えてベスト50に入ってしまうほどの大きな村だったらしい。
#**** 1920年の国勢調査でも、県庁所在地の山口市を抑えて129位だったらしい。このころもまだ村。
#**しかしながら現在、下記のように旧鹿児島市との境は海岸寄り以外ではわかりにくくなっている。現在の谷山支所管轄地域と旧谷山市域は微妙に異なる。
#もうどこから谷山かわからない。中央部は谷山中央だが。
#*郵便番号や市内局番などで区分できるが、歴史的境界とは異なる場合が多い(特に山を開いて造成した桜ヶ丘や星ヶ峯など)。特に局番は両者に跨る収容局(広木局:264、265など)が設けられているのでややこしい。
#**↑の某私立を卒業した県外または市外出身者が下宿を引き払い転居する際に、下宿が宇宿側にあったヤツはわざわざ本庁に出向く必要があった。最近のことは知らぬが。
#***イオン開業によるバス路線見直しで様相は変わったが、以前は地域によっては谷山支所より市役所に行く方が時間的に早い所もあった。市街地にはバスで直通で行けるが、谷山支所に行くには乗り換えで丸一日掛かったという。
#*警察関係は、谷山にある鹿児島南署が鴨池あたりまで管轄していた。本来は旧谷山市だけだったのだが、合併後に管轄地域が見直され旧市内の南部まで編入された
#*なんと[[鹿児島本線]](在来線)が旧谷山市域を走っている!
#**旧谷山の最北西部にある五ヶ別府町のさらに北部を走る。なお車窓から見える南の高台の住宅地が星ヶ峯である。NTTの収容局もこの線路から北は谷山とはおよそ無縁の原良局だ。(281、282など)
#***ちなみに水系上は脇田川の最上流部にあたる。脇田川はここから田上の広木地区(前記谷山北部に跨るNTT収容局が置かれている)を経由して宇宿2丁目で錦江湾(鹿児島湾)に注いでいる。谷山地区に属するのはこの最上流部だけ。
#*谷山中央の北にあるのに東谷山。
#**鹿児島市には[[鹿児島市/地域別#伊敷|伊敷]]の北(場所によっては東)に西伊敷、坂元町の南に西坂元町、郡元の南に東郡元町という例もある。恐らく[[桜島]]の溶岩が磁場を狂わせてるのだろう。
#**笹貫バイパス沿いはただの「谷山」というよりは「東谷山」なイメージ。電停周辺が「谷山」イメージなだけに、その'''西側に東谷山'''があることになる。
#**東谷山の[[マクドナルド]]から先の中山方面は「中山バイパス店」という店舗が多いせいで、東谷山でありながら中山に入ったと思ってる人もかなりいる。挙句「中山店」とバイパスを省いた店舗もある。
#***現在の住居表示は東谷山ですが、元々は中山の一部だったそうです。
#**まぁよく分からんけど、谷山市域全体から見ての東寄りってことでは。
#*狭義だとバス停名に「谷山」のつく谷山電停〜谷山駅〜谷山支所の中心部から、本町・松崎までの国道沿い周辺かな。
#**清見+谷山中央1〜4丁目。谷山ふるさと祭のホコ天区間でもある。
#*谷山中心部の大部分を占めていた「上福元町」も、相次ぐ町名変更でだいぶ肩身が狭くなってきた。
#**伊作街道の北側は未だ健在(2017年現在)
#*「谷山中央」新設が決まったとき、「よりによって中央かよ、だっせーーwww」なんて声も多かったらしい。
#異常としかいいようがないくらいに縦繋がり社会。先輩に噛み付くと半殺しの刑確実。
#谷山は鹿児島市中心部につぐ繁華街。谷山がなくては鹿児島市も一般レベルの中都市でしかない。
#*あっても十分一般レベルですが・・・
#**人口60万というのは一般県庁所在地程度の都市としては大きい方では?
#**谷山の存在大きいですよ。県庁所在地としても大きいレベルです。(三大都市と[[政令指定都市]]にはかないませんが)
#**谷山と喜入が独立した場合、鹿児島市は40万台前半の都市になるはず。
#*繁華街ってイメージはないなぁ。住宅街ではあるが。
#かつて属していた郡も「たにやま」郡だったが、「谿山」と表記した(明治の郡制で[[鹿児島/中南薩#鹿児島郡の噂|鹿児島郡]]に編入)。
#*谷山の「山」は分かるけど、「谷」の印象はないですね。地名の由来は何なんでしょう?
#*[[鹿児島の言葉|鹿児島弁]]では「たんにゃま」
#町名新設が相次いだ結果、谷山郷時代からの地名である「谷山塩屋町」があっさり消え去った。
#*「谷山」が付いているのは、旧鹿児島市にも塩屋町があったから。
#*それを「和田三丁目を新設します!」だけで片付けた、鹿児島市広報のテレビCM・・・。
#多くの[[鹿児島/中南薩|南薩]]出身者が移り住んでいる。
#[[鹿児島市/地域別#喜入|喜入]]はお隣さんでもあり、市南部のお仲間でもある。
#*[[もし○○市が政令指定都市になるとしたら/九州#鹿児島市|もし鹿児島市が政令指定都市になってたら]]、谷山+喜入で「南区」になってたと思う。人口約17万人で既存の区と比べても遜色ない。
#電飾付けた自転車に乗ったオッサンがうろついてる。なんなのあれ…


*現在の青梅線・五日市線・南武線
==地区別の噂==
#最終的に南武線・青梅線・五日市線が1社で運営される。会社名称は「多摩川鉄道」か「浅野鉄道」か。
===宇宿===
#*京王杯のように競馬で多摩川杯(or浅野杯)○○ステークスが生まれていた
*[[鹿児島市の駅#宇宿駅の噂|宇宿駅]](指宿枕崎線)
#*南武鉄道は国有化されなかったとしても陸上交通事業統制法で東京急行電鉄に統合されて、大東急解体後は独立するか、または[[小田急電鉄]]の一部になっているんじゃないかと思う。
#宇宿は江戸期には谷山郷だったらしいが、明治になり谷山とは袂を分かち、郡元などと「鹿児島郡中郡宇村」を結成。そのまま鹿児島市に編入された。今でもJR線から海寄りでは郵便番号や市内局番などは截然と分かれている(JR線に一番近い街区だけなぜか東谷山1丁目が宇宿3丁目にめり込んでいる)
#*西武鉄道に吸収されていた。
#*最も宇宿駅自体、宇宿地区のかなり南端の脇田川を跨いだ場所にあり、谷山の北東端(東谷山1丁目と小松原1丁目のそれぞれ北部)、通称笹貫(ささぬき)にとっては至近距離の最寄JR駅になる。(市電は宇宿側に「脇田」、笹貫側に「笹貫」の各電停がある。)
#**西武新宿-奥多摩間に特急「おくたま」がレッドアローで運転されていた。
#*新興住宅地だった桜ヶ丘は両方に跨る位置にあり、7、8丁目のみ本庁(谷山ではないほう)に属する。
#**五日市線直通の特急は「あきがわ」
#**郵便番号も分かれている。ちなみに衆議院選挙の選挙区も分かれている。
#**休日には4000系の快速急行が西武新宿との間を走る。
#**鹿児島大学医学部(および付属病院)のある8丁目は歴史的にはまさに両者(宇宿町・中山町・上福元町)に跨っていた。中には電話が広木局で小学校が宇宿小、なのに住居表示は「上福元町」(れっきとした谷山の広域町名)というカオスな地域もあった。現在はその地域も桜ヶ丘8丁目にまとめられ、本庁へ管轄替えされた模様。
#**国分寺線辺りが南武線に接続するように延長され、浜川崎(羽田空港?)-西武秩父間の直通列車を運転していた。
#*宇宿3丁目・5丁目、東谷山1丁目&小原町の接する位置ではNTTの収容局が3つ鉢合わせになっている。地理境界マニアにはたまらない。
#**西武池袋線から副都心線を介した東急東横線への直通に対し、西武側が難色を示していたかもしれない。
#**宇宿3丁目=鴨池甲南局(市内南部の本局、250番台が主)
#***少なくとも武蔵小杉で立川回りと食い合うのでS-TRAINは渋谷止まりだった。
#**宇宿5丁目=広木局。JR指宿枕崎線を越えると264、265が現れる。谷山の山田町あたりの局番かと思っていたので初めて目にした時(当時は2桁なので64、65)はちょっとした衝撃だった。
#**この場合多摩田園都市の開発絡みでも東急と西武の衝突が起こっている可能性が高い。
#**東谷山1丁目&小原町=谷山局(267~269など)。このあたりでは律儀に町の境界=旧市境界に一致している。
#***最近まで登戸駅や溝の口・武蔵溝ノ口(西武溝口?)駅の乗り換えが非常に不便なことになっていた。
#**なお、この界隈の小原町側には{{あきまへん}}な[[ベタな精神病院の法則|病院]]がある。挙動不審だと「そこへ入院しろ」とからかわれる。
#武蔵野南線が旅客化されていた。
#*宇宿9丁目ができてることにビックリ。
#武蔵野南線と中央本線を結ぶ短絡線ができていた(現在川崎方面から中央東線に向かう貨物は、府中本町~立川は南武線経由)。
#国道225号と産業道路に挟まれたエリアは昔はガスタンクの並ぶ「保安港区」だったが、「工業地域」に規制緩和され次々に大型商業施設が建設された。
#立川バスは小田急系にならなかった。奥多摩振興・五王自動車(ともに現在の西東京バス)が未だに存在していた。川崎市営バスは溝ノ口以北に路線を持たなかった。
#*[[ラウンドワン]]、大型書店(オプシア)、24時間営業のスーパーに古本屋、ちょっと足を伸ばせば[[イオン]]もある。鹿児島県内で一番便利なところだと思う。
#総武線複々線化で南武線に転用された分の101系は常磐快速線に転出していた。
#*市電が通ってる上に、平坦地で自転車が使えるから便利。
#*後に関東地区の101系冷房車はすべて松戸電車区に集められる。
#近隣に大型店の出店が相次ぐ中、奮闘する宇宿商店街は、街の商店街のモデルケースとしてしばしば[[鹿児島のメディア|メディア]]に取り上げられる。
#**中央快速線や総武緩行線からの転属車と線内で独自に冷房改造を行った車両が存在。
#*やはり鉄道のアドバンテージは大きいかな。無かったら存続してるかどうか・・・
#*京浜東北線と赤羽線は常磐線からの転属車により早い段階で103系に統一されていた。
#国道沿いに昔からある「おとなのおもちゃ」が気になって仕方がない。
#**スカイブルーの101系の存在期間が実史以上に短くなっていた。
#無駄な公共工事と悪評高い、マリンポートかごしまがある。
#相模鉄道が最近東急やJRとの直通を目論んでいるのと同様、都心直通を平成になって画策し始める。
#*たまに来る大型観光船が停泊してた谷山港が市街地から遠いからということで、ぽーんと269億円。太っ腹。
#*手始めに、現実の運転形態である立川からの中央線直通か、武蔵小杉から東急目黒線・地下鉄南北線直通を狙う。
#*いちおう南北幹線道路のルートの候補に上がっている。
#*立川から中央線乗り入れの構想は早々にJRに蹴られ、青梅方面からの列車を拝島から[[西武鉄道]]に乗り入れさせて都心を目指す計画を進める。
#*税金の無駄と叩かれ始めてマズイと思ったのか「防災拠点」を打ち出したものの、海抜ゼロメートルである・・・
#浜川崎駅はさほど話題とはならない(運営会社が違うから)。
#**残念なことに、台風接近で避難・・・のはずが立入禁止に。
#*南武支線は尻手から川崎分岐に変更されていた可能性もある。
#*季節によって変動はあるが、夜間は午後8時前後で立入禁止となる。
#小河内ダム建設の際に使われた奥多摩~水根間の線路を買い取り観光路線にしていた。
#**こっちの立入禁止は事故防止や防犯上やむを得ないかもしれない。
#川崎に「南武百貨店」ができていた。
#*まぁ桜島は見やすいかな。
#当然、中央線から青梅線への直通運転はおこなわれていない。
#「うすき」と読む。たまに難読地名として取り上げられる。
#*むしろ拝島で[[西武鉄道|西武]]と相互乗り入れをしていたかも。
#*同じく「宿」で「すき」と読む[[指宿市|指宿]]とともに出題される。
#**その場合、八高線との平面交差はいずれ解消され、拝島駅も立体化されている。
#*[[奄美大島#笠利|奄美市笠利町]]には「宇宿」と書いて「うしゅく」と読む大字がある。
#**西武新宿-青梅間を走る'''「青梅特急」'''が設定され、現在の「小江戸」よりもずっと繁盛している。
#*大分には臼杵市があり、宮崎の北部は臼杵郡だった。何らかの関係があるだろうか。
#***土休日や夏休みには西武新宿-奥多摩を直通する特急「みたけ」も運転されている。西武5000系の登場も史実より早くなっていた。
;桜ケ丘
#**下記の通り大東急の一員となった可能性が高いため、西武との関係が深まるのは早くても70年代の事になる。
#[[農業協同組合|農協]]が開発し、JAに支配されている団地。
#***場合によっては西武が奥多摩開発に乗り出すため拝島から奥多摩まで新線を建設していたかもしれない。
#*という歴史から、団地中央にAコープがどーんと店舗を構え、県内最大手スーパーが団地の外れで細々と営業している。
#*中央線は青梅特快などを挿入しないので、もっとダイヤが整然としている。
#小さい「ヶ」じゃなくて、大きい「ケ」が正式らしい。区別がつかん。
#結局東急の目の敵となり、五島慶太の手によって大東急の中に引きずり込まれる。
#*小中学校名では省かれて「桜丘」。
#*大東急時代、関東電気鉄道の車両は6000番台を名乗っていた。
#団地の入口に[[鹿児島の学業#鹿児島大学|鹿児島大学]]附属病院がある。
#*関東電気鉄道が奥多摩を開発する際に西武と衝突し、箱根山戦争・伊豆戦争に続いて奥多摩戦争が起きていた。
#*宇宿広木線の宇宿トンネルができるまで、救急車は宇宿商店街通りの市電と指宿枕崎線の踏切を通らざるを得ず、運悪くダブルで足止めされることもよくあった。
#*堤康次郎が武蔵野鉄道ついでに浅野財閥の鉄道関連の株を買いあさっていれば西武グループ入りしていた可能性も否めない。
#はしのえみのふるさと。年二桁は帰省してるらしい。
#*実史の南武鉄道や鶴見臨港鉄道が東急傘下にならなかったのは、産業用路線として国が重視していたから。この項の想定では国鉄による買収もはね返したことになっているんだから、五島ごときの手には落ちないだろう。戦前の浅野財閥の政治力を舐めてはいけない。
#鹿児島市の住居表示は中央駅を基準に若い番号から振られていくが、ここはなぜか市街地から遠い方が1丁目。紫原とは正反対。
#宇宿の項目にもある通り、団地内で旧谷山市域と旧鹿児島市域に分かれている。ただし宅地造成(1974年)は両市合併後(1967年)。
#高麗通線の紫原区間が全線開通したことで、市街地方面への交通の便がだいぶ良くなった。


==もし関東電気鉄道が実現・存続していたら==
===中山・山田===
*現在の[[青梅線・五日市線]]・[[南武線]]・[[鶴見線]]の各線は、戦前、浅野財閥系の私鉄「青梅電気鉄道・奥多摩電気鉄道」「五日市鉄道」「南武鉄道」「鶴見臨港鉄道」でした。
#つい一昔前まで田んぼの広がる田園地帯だったが、中山バイパスの開通以来、宅地開発が急速に進んでいる。
*同系列の会社として、陸調法で合併を勧告され、関東電気鉄道(現在の[[関東鉄道]]とは別)という名前の新会社が準備されていました。ところが、その新会社が発足しないうちに、戦時買収で全線が国鉄の路線になってしまいました。
#*とはいえ、バイパス沿線以外はまだまだ田んぼだらけ。
*もし関東電気鉄道が予定通り発足し、戦後も分割されずにひとつの私鉄として存続していたら……?
#*小山田谷山線の2車線化も進んでいる。
#市内一のガソリン激安店があり、給油の車が恒常的に車列をなしている。
#中山小学校は県内一の児童数。どこから集まってくるのだろうか・・・
#*県内一歴史の古い小学校でもある。
#「なかやま」ではなく「ちゅうざん」と読む。
#*もともと「中山」ではなく山田郷の「中」村だったが、谷山村大字中を経て谷山市中町となる。
#*谷山市が鹿児島市と合併する際に鹿児島市にも「中町」があったため、中山小学校(中村・山田村の頭文字)から取り「中山町」となった。
#[[江戸時代]]まで、山田が谷山の中心だった。
#*現在の谷山中心部が中世まで砂浜or海の底だったため。
#谷山北部にあたる地区で、「谷山北◯◯」という名称の施設が多い。
#ふれあいスポーツランド(通称:ふれスポ)がある。中山ICに隣接。


#準大手私鉄ぐらいの格にはなってたと思う。
;皇徳寺
#*相鉄が大手なんだから立派に大手でしょう。
#[[鹿児島市/地域別#伊敷|伊敷ニュータウン]]ができるまで、市内の[[ベタな高級住宅街の法則|高級住宅街]]といえば皇徳寺ニュータウンだった。
#*実際の合併計画では「関東鉄道」だった。
#*高低差のある地形を生かした切り通しの道路や歩道橋など、団地のコンセプトとして歩車分離が図られた設計になっている。
<!--#**もしそうなっていたら、現実の関東鉄道(1965年発足)は「茨城鉄道」か「常陸鉄道」、「常総鉄道」を名乗ったと思われる。-->
#*各家庭にケーブルテレビが配信されており、一部の世帯を除いてアンテナがない。
#**史実の「関東鉄道」は、仮に成立したとしても社名が「茨城鉄道」などになっていたか、または[[関東鉄道#鹿島鉄道の噂|鹿島鉄道]]合併後も「常総筑波鉄道」を引き続き名乗っていた。
#*ローンが払えず、夜逃げした家もあったらしい。
#**[[関東バス]]は[[西東京バス]]を名乗っていた。
#*南国殖産の子会社、南国地所が開発。
#***西東京バスが関東青梅バス・関東五日市バス。立川バスは関東立川バス。川崎鶴見臨港バスは関東川崎バス。
#ブルーベリーが団地のシンボル。ブルーベリーロードという散歩道がある。
#**[[栃木の交通|関東自動車]]は多分変わらない。
#もともと「皇徳寺」という地名は、団地を下ったところにある山田町字皇徳寺のことで、住居表示実施の際「皇徳寺◯丁目」としたい団地側と、「皇徳寺」の地名は譲れない皇徳寺側の間で綱引きが続き、妥協案として皇徳寺の高台という「皇徳寺台」となった。
#各線の沿線は早い時期から不動産開発がなされて、実際よりずっと繁華になっていた。
#中山バイパスができるまで「陸の孤島」と呼ばれていた。
#*1編成あたりの両数も増えた。
#*団地内にこれといった商店は[[山形屋|山形屋ショッピングプラザ]]ぐらいしかなく、[[サークルKサンクス|コンビニ]]ができたのもつい数年前。
#国鉄の武蔵野南線はもっと早くから開通し、すでに旅客化されていた。
#*学校・会社が遠いため夜更かしもできず、夜の地球を衛星撮影した北朝鮮のように暗く静まり返る。
#*関東電気鉄道との競合路線になるので熾烈な競争。おかげで南武線沿線はさらに便利になり発展。
#*JR谷山駅も上伊集院駅もたいして距離が変わらない。広木駅ができるまで、団地内の場所によってこのいずれかが最寄り駅だったというのが秘境ぶりをうかがわせる。
#*武蔵野南線が早い段階で旅客化されていた場合、多摩や埼玉西南部から都区内を通らずに横浜まで行けるようになるので、[[東京メトロ副都心線|地下鉄13号線]]の[[東急東横線]]への乗り入れ計画が具体化せず、仮に東急側が乗り入れを希望しても営団(当時)と都に却下される。
#**広木駅ですら遠いため、使うことはまずない。
#浜川崎駅は早い時期に統合され、駅前は川崎市の副都心のような形で発展している。
#加藤ローサと[[AKB48|柏木由紀]]が町の二大スター。
#*おそらく関東電気鉄道の南のターミナルとして整備される。川崎駅のほうはむしろ国鉄との単なる連絡線扱い。
#団地内が松元方面⇔谷山方面の車の抜け道になってしまっている。住民が無用な危険に晒されることに…
#**新幹線とのアクセスや新規需要の開拓を考えて、尻手から新横浜まで延ばして川崎―新横浜間の運用としていたのではないだろうか。
#*松元方面への県道に直結する指宿スカイライン山田ICが、谷山方面に出入りできないハーフICなのが悪い。
#***少なくとも新横浜延伸は横浜市営地下鉄よりも早かった。
#*もちろん南武線の浜川崎支線は今のように見捨てられた感じのローカル線にはならず、堂々たる本線系となっている。
#*これに伴い、八丁畷駅は[[京浜急行電鉄|京急]]とのジャンクションとしてもっと重視されている。京急側も、快特とは言わないまでも特急が停車するようになっている。
#*JRとの接続のない浜川崎が発展するはずがないと思われるかもしれないが、関西私鉄のターミナル(南海の難波、京阪の淀屋橋、近鉄の上本町など)のように考えればあり得なくはない。もしかしたら京急や東急が路線を延ばしてきていたかもしれない。
#**少なくとも川崎市電は浜川崎への乗り入れを模索していた。
#*鶴見臨港鉄道時代に存在した浜川崎-穴守-大森の路線計画の一部を流用し、浜川崎から羽田空港まで乗り入れていたかもしれない。
#各線との乗り換えはもっと便利になっている。
#*横須賀線・湘南新宿ラインの武蔵小杉駅はできていない。できているにしても別の駅名になっている。
#**少なくとも全列車停車などということにはなっていない。
#*[[東急電鉄|東急]]との関係はどうなっていただろうか? 仲が悪ければ小杉と溝ノ口の乗り換えは今より便利にはならなかったかもしれないが。
#*分倍河原や稲田堤はジャンクションとしてもう少し発展していた。京王稲田堤駅も、もっと稲田堤駅に近い地点に設置されていた。
#*武蔵野線には当初府中本町駅は設置されなかったが、その後地元の要望が高まって設置。南武線とは立体交差(武蔵野南線に直通するため)になるので、現状よりむしろ乗り換えがしやすくなる。
#*登戸駅は早い時期に大ジャンクションとして整備される。
#**関東電気鉄道・小田急共に2面4線となる。この結果、向ヶ丘遊園駅は2面2線の相対式となり、のち一部の特急は停まったとしても、この駅を始終点とする電車は無くなる。
#立川駅は高架化されてJRと立体交差する形になっている。
#*現在のデッキの高さになるので、多摩都市モノレールには影響しない。ただし、モノレールの駅も南北に分かれず、今より乗り換えははるかに楽になっている。
#川崎~奥多摩・五日市間に優等列車が運転されていた。
#*青梅線・五日市線は観光路線として整備され、川崎か浜川崎から直通の観光特急が走る。
#**五日市線も複線化されている。
#***旧五日市鉄道の立川-拝島間(武蔵上ノ原経由)はどっちにしろ廃止されていた。
#**岩井支線はなんらかの沿線開発をされて生き残っていたか、あるいは実史より早く切り捨てられていたか……
#**小河内ダムの建設に際して敷設された小河内線は水道局から関東電気鉄道に移管され、その後も廃止されずに旅客営業している(実史では西武が取得したが、15年間なんにも手をつけないまま放棄した)。
#***直通しているか、トロッコ列車などを走らせる観光用支線として独立しているかは微妙。
#*これだけ長い路線なので、当然優等列車が走っている。
#**追い越し設備も適宜作られているので、現状の南武線快速のような窮屈そうな走り方はしていない。
#**特急'''「おくたま」''':浜川崎-尻手(川崎方面からの接続のため停車)-登戸-立川-拝島-青梅-御嶽-鳩ノ巣-奥多摩(-奥多摩湖?)
#**特急'''「あきがわ」''':浜川崎-尻手-武蔵小杉-府中本町-立川-拝島-秋川-武蔵五日市
#**急行:浜川崎-八丁畷-尻手-鹿島田-武蔵小杉-武蔵溝ノ口-登戸-稲田堤-府中本町-分倍河原-谷保-立川-昭島-拝島-福生-河辺-青梅 青梅以遠各駅
#***「なんで八丁畷や尻手や分倍河原に?」と思うかもしれないが、3項・4項の条件が実現していた場合のことである。
#**準急:川崎-尻手-鹿島田-武蔵小杉-武蔵中原-武蔵新城-武蔵溝ノ口-登戸-稲田堤-府中本町 以遠各停となり五日市線へ。
#鶴見線内の運行は現状とあまり変わらないかもしれないが、車輌の近代化・駅の近代化はもっと早くおこなわれている。
#*鶴見側をもう少し延伸して尻手あたりにつなげ、私鉄初の環状線になってたりして。
#**[[もしあの国鉄路線が全通していたら/関東#鶴見線(未成区間)|そういう計画は実際にあった。]]尻手ではなく矢向だが。
#*ベイエリアは観光要素が増えている。
#全線を乗り通す客はそれ程多くない。青梅方面からの上り列車は立川で客の大半が入れ替わる。
#*上記のように西武と相互直通していたら、青梅方面から都心へ向かう客は立川を経由せずそちらを使うと思う。
#**そうなっていたら、西武新宿線も早い時期に複々線化されていただろう。
#*国鉄駅としての立川が実史ほど発展したかどうかも疑問。吉祥寺、国分寺などと同程度の扱いになっていたかも。
#奥多摩の石灰やセメント、多摩川の砂利などを自社線で直接湾岸工業地帯に運べるので、1950年代くらいまでは貨物輸送でウハウハ。
#*その期間にかなりのインフラが整備されるため、貨物衰退後の鉄道資産も多く、複々線や緩急接続駅の設置、ヤードの跡地利用など、相当に余裕をもっておこなうことが可能になる。
#港北ニュータウンか多摩ニュータウンへのアクセス路線を新設していた。
#*西武との直通が行われていた場合、後者は西武多摩川線との乗り入れも行っていた。


===関連項目===
;星ヶ峯
*[[もしあの鉄道が国有化されなかったら/東日本#鶴見臨海鉄道]]
#どこにでもありそうな新興住宅地のネーミングだが、意外と無いらしい。
#*「峰」「嶺」ではなく「峯」。
#星ヶ峯みなみ台(6丁目)ができたものの、宅地がまったく売れないので鹿児島市が買い取った。
#団地下に広木駅を作ってもらった。「星ヶ峯駅」という駅名になる可能性もあったらしい。


{{DEFAULTSORT:おうめてんきてつとういつかいちてつとうなんふてつとうかこくゆうかされなかつたら}}
===谷山・和田===
[[カテゴリ:歴史のif検討委員会 関東私鉄史]]
*[[鹿児島市の駅#谷山駅の噂|谷山駅]]・[[鹿児島市の駅#慈眼寺駅の噂|慈眼寺駅]](指宿枕崎線)
[[カテゴリ:歴史のif検討委員会 鉄道路線史]]
#つい最近まで[[DQN]]の街だった。
[[カテゴリ:歴史のif検討委員会 国鉄・JR史]]
#*カトリック系某私立有名進学校の生徒(関西出身や福岡出の寮生・下宿生)と地元の中高生の確執があった。
#**長渕剛は南高出身で、抗争していた某私立を公共の電波を使ってゲイであると中傷、ほどなくその番組を降板させられた
#**南高のDQNは某私立に倣い、関西で普及していた道具をいち早く入手し、旧市内のDQNを威圧していた
#***最近の南高の生徒はDQNではなくなった。国公立大進学も増えているらしい(by 他高生)
#*「谷山犬の食い逃げ」という言葉があるほど、昔からガラの悪い地域と言われている。
#**下の#3、豊臣秀頼さんの逸話を参照のこと。
#**逆に気前がいいという意味で、「谷山犬のくれ逃げ」と言ったりもする。物をあげて去るという意味。
#*DQNでなければ、この街で外の世界に触れるのは不可能だ。
#**近頃はそうでもないですよ。夜中でも安心して出歩けます。まぁ開いてるお店はそうありませんが・・・
#**昔夜に駅周辺をただバイクで流してただけなのにいきなり集団のDQNに襲撃されバイクを破壊され財布とアクセを奪われた史上最低な出来事がありました。
#***お前さんDQNファッションで身を固めてたんだろ。普通の格好してたらそう目を付けられることはない。
#*ギャル率高し。
#**開○高校に通学して来るだけでしょ。谷山にもああゆうのいるけど市内じゅうから来てるわけだし、ギャル発生率は他の地域と変わらない。
#**谷山駅にはDQNと開◯ギャルがたむろしているが、谷山電停では池◯がたむろしている。
#谷山中央・西谷山地区は区画整理で大改造中。
#*南高校があるあたりに、老朽化した盲学校と聾学校を移転する計画が持ち上がっているらしい。
#**盲学校は平成23年に[[鹿児島市/地域別#伊敷|下伊敷]]から移転。聾学校の谷山移転は頓挫、盲学校跡に玉突き移転。
#*[[九州旅客鉄道/路線別#指宿枕崎線|指宿枕崎線]]の高架化事業が着工。谷山電停付近から県道玉取迫鹿児島港線付近まで約2.5キロの区間を、高さ約7メートルの高架線にする。2016年完成予定。
#**[[鹿児島中央駅|中央駅]]周辺の高架化が実現しなかったのに、市郊外の谷山地区が先にやるとは・・・正直驚きです。
#**かつてはごちゃごちゃした集落や田んぼが広がる一地方都市だったが、慈眼寺地区・谷山地区の区画整理によって街並みが日々変貌を遂げていくのを見るのは面白い。
#*谷山駅前区画整理により、駅前商店街完全終了の予定。逆に言えば千載一遇のチャンスとも言えるが、完成はいつになることやら。。。
#*JAが農業試験場跡に作った商業施設の名前が「たわわタウン谷山」。<small>検索のサジェスト機能で知った…</small>
#大阪の夏の陣の後、豊臣秀頼が真田幸村に連れられて落ちのびてきた。江戸時代初期の噂。
#*谷山にお住まいの秀頼ちゃんはお酒が大好きで、[[天文館]]に出かけては毎度のように酔い潰れて大暴れ。ボンボンの秀頼ちゃんはお金を支払うということを知らなかったので、悪びれた様子もなく無銭飲食。
#**島津の殿様から「無礼のないように」とのお達しが出ていたので、お店の店主はいっつも泣き寝入り。2メートル近い大きな体は遠くからでもよーく目立つので、近づいてくるのを発見したらササッと店仕舞いしたとかなんとか。
#**「谷山犬の食い逃げ」とは、このお坊ちゃまのおかげで谷山在住というだけで疑いをかけられたという話です。
#**どこに住んでいたのかは分からないが、現在の谷山の範囲で判断すると天文館から7、8kmあるんだが、酔いつぶれたあと帰ったんだろうか。籠や馬に乗れる身分ではなし、ぶくぶくの巨漢を連れて帰るの大変だぞ?
#*木之下川近くの木之下集落にお墓がある。
#[[鹿児島市交通局#鹿児島市電の噂|鹿児島市電]]の終点。電停の駅舎がカワイイ。
#*市電延伸を求める運動が起こっている。当面の目標は永田川対岸にあるJR谷山駅まで(約540m)。
#**いずれは谷山駅以南に伸ばしたいが、慈眼寺方面か和田方面か、意見は集約されていない。
#現在の谷山中心部は中世まで砂浜や遠浅の海だった。
#*小松原や塩屋、松崎といった地名に当時をうかがい知ることができる。
#「慈眼寺」の読み方は、地元民でも「じ'''げ'''んじ」派と「じ'''が'''んじ」派に二分される。
#*町名・駅名は「じげんじ」だが、お年寄りにわりと「じがんじ」派が多い。
#*谷山中央5~7丁目は住居表示実施の際に「慈眼寺◯丁目」になる予定だったが、原理主義者(現・慈眼寺町)のクレームにより谷山中央に組み込まれることになった。
#**「慈眼寺通り」と通り名になってたり、慈眼寺店と付く店舗も多いので、拡大解釈してもよかったのではとの声も根強い。
#谷山駅前は、原田学園の関連施設だらけ。
#*川島病院の関連施設も多い。
#旧谷山塩屋町(産業道路の緑地帯裏)には、通称「小松原天文館」と呼ばれる飲み屋街がある。
#有名進学校として知られる、[[鹿児島の学業#ラ・サール中学校・高等学校|ラ・サール学園]]がある。(小松原2丁目)
;産業道路沿線(東開・南栄・七ツ島)
#国道沿い商店街は元気がないが、郊外にいくと[[イオン|ION]]などの大手商業施設があり、活況を為している。
#*谷山市民には「駐車場はタダ」という意識があり、駐車場の無いところ、または市中心部のような有料のところには行かない。
#*谷山はマイカー持ちにはとっても便利な所。逆に言えば、車がないと生きていけない。
#**宇宿・谷山・慈眼寺の平坦地の範囲なら、自転車でも十分生きていけますよ。
#*AEONだろ。
#**イオンに初めて来た時の第一印象「ダイエーの何倍もあるって聞いてたけど、あんまり変わらんがね」正面入口の短い方ばっかり見てて、奥行きがあるのに気付かなかった。
#*イオンに合わせてニシムタも大規模増床。自殺行為と思われたが、そこそこ健闘はしてるみたい。
#*[[エディオン#デオデオ|デオデオ]]も[[コジマ]]も[[ヤマダ電機]]の牙城を崩せず潰れました。
#**と慢心してたら、今度はヤマダがやばいw
#*産業道路の渋滞緩和を大義名分に、大型店の規制が始まった。
#*24時間年中無休・マンガ倉庫は暇人が集う社交場。
#**ゲーセンでもないのに、鹿児島県有数の音ゲー設置店となっている(2015年夏に稼動した3機種はいずれも鹿児島県最速設置)
#**2017年5月に深夜営業を終了して、24時間営業ではなくなってしまった。
#*大隅半島側からだと行くのが面倒な場所。垂水フェリー経由かつ車じゃないと行く気になれない。でも片道2000円近くかけてでも行く人は意外といる。
#*かつては谷山周辺の大型商業施設といえば産業道路沿いの立地が主だったが、いつしか工業団地内にも進出し始め、工場や事業所などと混在するようになった。
#**これまですんなり出入りできてた事業所の車が、商業施設に並ぶ渋滞の巻き添えを食う形になりうんざりしてるという話を聞く。
#谷山港の工業地区の異臭は酷い。鹿児島市のごみ捨て場とも思えるほど。鹿児島市中心部に住む人々は谷山市民に感謝すべきである。
#*年の3分の1は無臭だが、残り3分の2を飼料(鰹が原料?)とサツマイモの甘いにおいで半々。決して同時に発生することはなく、いずれかのフレーバーが楽しめる。サツマイモは決して悪臭ではない。
#**あの甘い匂いは飼料だったのか!てっきり焼酎工場かと思ってた・・・
#*臭いは谷山市域の広範囲にわたるが、住民はあまり気にしていないようだ。踏切近くの住民が音に慣れるのと同じ原理。
#産業道路のさらに沖、埋立地の隅っこに臨港道路を建設中。
#*谷山臨海大橋に続いて、黎明みなと大橋(仮)が完成予定。
#*将来的には鹿児島市の南北を結ぶ幹線道路として期待されるが、[[鹿児島市/地域別#鴨池・与次郎|鴨池]]まで繋がらない限り、産業道路の代替路としての機能すら期待できないと思われる。
#七ツ島の[[IHI]]跡地に、国内最大のメガソーラー発電所が建設された。
#*火山灰が積もると発電効率が落ちるらしい…近年火山活動が大人しいとはいえ、鹿児島という立地上、案の定である。
#産業道路の慢性的渋滞は、長年の懸念材料。
#*開通当初は画期的な道路だったらしいが・・・。
#*特に、朝と夕方の南警察署を先頭とする渋滞。なぜ市街地方面が2車線なんだ?
#*イオンができて郊外向けも酷くなった。
#*産業道路の市街地方面側は緑地帯と接しているので、七ツ島の物産館の先から緑地帯の終点までは店舗が1軒もない(対向車側にはあります)。渋滞に嵌ってのガス欠には注意。
#谷山緑地(緑地帯)は、産業道路と住宅地の緩衝帯として作られた、いちおう県立の公園。
#*産業道路が県道のため。南北に全長4kmほど。
#**工業団地と住宅地の遮断が主な目的なので、公園というよりは細長い森林みたいな感じ。
#*「'''谷山'''緑地」というだけあって、旧谷山市境(宇宿と東開町の境界)から始まっている。
#*南国イメージで[[ヤシ]]の木とか植えられているため、産業道路の歩道や路肩には年中ヤシの皮が散乱している。
#*緑地内には遊歩道があって、ウォーキングやジョギングしてる人がいる。
#**昼間でも薄暗く、季節によっては毛虫がいっぱい落ちてるので、それ目的以外ではあまり通る人はいない。
#**ゲートボール場もある。
#*昔は[[ホームレス]]が住みついていたらしい。
#旧木材港が埋め立てられることに。また大型店の出店ラッシュか?
#交通安全教育センターがある。ここで免許更新すれば他所の警察署とは違い、即日交付になる。
#*ここで免許取得はできない(試験場があるのは[[鹿児島/姶良#姶良市の噂|帖佐]])
#*指宿スカイラインの谷山ICから道なりに下ればすぐの場所にあり、車でのアクセスは比較的楽。
#市内のブルーカラーどもが汗水流す場所。
 
===坂之上・錫山===
*[[鹿児島市の駅#坂之上駅の噂|坂之上駅]](指宿枕崎線)
#坂之上駅は[[鹿児島の学業#鹿児島国際大学|某大学]]の学生が多数乗り降りするため、昇降客数が[[鹿児島中央駅|鹿児島中央]]に次いで県内で二番目に多いらしい。
#*しかし、ホーム・駅前の道路が狭いため、混雑が酷く、大学への送迎バス乗り場の辺りには警備員が配置されている。
#**の理由と坂之上南部の発展に伴い、駅を南(大学寄り)に数百メートル移動させようという動きが以前からあるのだが、毎度のように盛り上がっては頓挫している。
#**駅前と大学を結ぶスクールバスの運行が始まって以来、町内を歩いて移動する学生がほとんどいなくなり、通りの商店はほぼ壊滅してしまった。
#*まぁしかし、駅前で出迎えてくれるのが菜の花(春限定)と警備員とドラム缶なんて・・・
#*坂之上は3万人近い人口があるからな。住民票移してない学生さんも多いので実数はもうちょっと多い。
#{{国道|九州・沖縄|225|R225}}坂之上交差点〜影原交差点間の通り沿いは結構うまい飯屋が多い。
#*坂之上はうまい地鶏屋が多いよ。
#*うまいラーメン屋も多いですよ。
#*飯とは関係ないかもしれませんが、坂之上の水は市内で1、2を争う美味しさだそうです。錫山から来てるのかは分かりませんが・・・
#白い風車でおなじみの錫山だが、採石場のせいで禿山化が一層進んでおり、牧歌的な風情は感じられない。
#*唯一、雪が積もる季節だけは美しい。
#**錫山峠ではこの時期、峠越えを甘く見たチェーンなしの車が立ち往生する微笑ましい光景が鑑賞できます。
#*錫山の高台にあるホテルの結婚式では花火を打ち上げる。坂之上からも見える。
#**潰れてしまった・・・国際生の貴重なバイト先にもなってたんだが
#坂之上はつい数十年前まで畑の広がる郊外の田園地帯だったが、指宿枕崎線沿線ということが幸いし、坂之上駅の開業によって住宅街へと姿を変えた。
#*宅地の合間に小さな畑が随所に残っており、今でも地元のお年寄りが野菜を栽培している。
#某小学校の金管バンドがあまりにも強すぎて、大人の事情により全国大会に出られないということがあった。
#*選考から除外される「殿堂入り」みたいなものか。他が勝てないからって、子供から目標奪って何になるっていうの
#坂の下にも坂之上がある。産業道路沿いにある市民体育館も住所は坂之上。
#*産業道路沿いの坂之上1丁目・5丁目の一部。単純に主要道路(産業道路や国道など)によって区切ったため、住居表示変更で坂之上に組み込まれ、崖の上と崖の下が同じ丁目になった。
#大学はあるのだが、大学生が生息している気配が無い。
#*坂之上内に働けるバイト先、遊べるお店が少ないように思う。
#*かなりの学生が車やバイクを持っていて、谷山方面に出て行ってるのでは
#域内のほとんどが元または現「下福元町」
#*一部、元「和田町」もある。
#*今の下福元町から玉利地区と福平を除けば、ほぼ錫山と言っていいんじゃないだろうか
#錫山の山中で、暴力団による[[麻|大麻]]の大規模栽培が行われていたことが発覚(2009年)
#よくよく考えたら、神社が一つも無いような…。
#昭和期に水道が整備されるまでは水に恵まれない地域だった。
#*川といえばドブ川しかなく、昔は下まで水汲みに行くのが日課だったらしい。
 
===平川===
*[[鹿児島市の駅#五位野駅の噂|五位野駅]]・[[鹿児島市の駅#平川駅の噂|平川駅]](指宿枕崎線)
#[[鹿児島市#鴨池・与次郎|鴨池]]から引っ越してきた[[動物園・水族館#鹿児島市平川動物公園|平川動物公園]]がある。
#*[[中日ドラゴンズ/球団マスコット#ドアラの噂|ドアラ]]のせいで[[名古屋市/千種区#東山公園|名古屋]]ほどは目立たないが、日本に初めて[[コアラ]]がきた動物園3園のうちの一つ(昭和59年)。
#**てなわけで、谷山のシンボルマークはコアラ。
#*かつてはスケートする[[猿#ゴリラ|ゴリラ]]もいた。
#*[[カピバラ]]の繁殖もここが国内初らしい。
#鹿児島市によると、現最寄り駅である五位野駅の(おそらく500mほど)南に「平川動物公園駅(仮称)」を作って、動物園との間にトロッコ列車を走らせるという仰天構想が浮上。
#*[[九州旅客鉄道|JR九州]]は五位野駅と近過ぎるとして難色。市のオナニー計画の可能性大。
#*五位野駅裏の動物園へとつながる道路は、JRに分断され国道に接続されてないので通行する車もほとんどなく、無駄な道路と称されている。
#**ほどよくアップダウンがあるため、某学校自転車部の練習コースと化している。
#何かと世間をお騒がせしている[[日本の寺院#最福寺|最福寺]]がある。
#*「平川は1、2、3」
#[[果物#ビワ|ビワ]]が特産品として栽培されている。
#*かつて地元小学校の校長先生が、[[長崎]]から持ち帰って住民に栽培を奨励して回ったらしい。
#*直販店もちょこちょこある。
#産業道路から南の、[[鹿児島市/地域別#喜入|喜入]]から[[指宿市|指宿]]へと続く国道226号沿いは、潮風香る海の街でもある。
#*ヨットハーバーや海を臨むレストランなどがあるが、残念ながら海水浴場はない。
#*産業道路と国道226号の交点近くにラブホ街があり、各客室からは錦江湾が一望できる(らしい)。
#錦江湾公園にはH-2ロケットの実物大オブジェがある。
#*谷山港の一号用地で開かれた博覧会「サザンピア21」で展示されたものらしい。
#福平から南は市街化調整区域になるため、坂之上の郊外住宅地の様相から、片田舎の様相に変わる。
#影原に巨大仏像がある。遠くからでもよーく見えるほどデカイ。
#市南部地域に配水する平川浄水場がある。
#*水源不足のため、市域外の万之瀬川から取水してるらしい。
#錦江湾公園前と錦江湾高校前を結ぶ市道が完成して、わざわざ産業道路まで下りなくても行き来できるようになった。知覧方面に行くには便利に。
 
[[Category:旧市]]
[[Category:●山]]

2021年11月16日 (火) 00:27時点における版

谷山の噂

  1. 鹿児島の蒲田。でも自由が丘的な雰囲気も併せ持つ。ある意味、ここがあるから鹿児島も浮かばれようがある。
    • 県内の他地域と違って、因習的なものを感じさせない街ですね。好きですよココ(福岡人)
    • 字面の通り、山谷とは正反対・・・のはず
  2. 鹿児島市内に住むなら、宇宿〜坂ノ上までの谷山エリアが便利です。
    • 大型店が多く買い物にも便利。市中心部と違ってほとんどのお店の駐車場が無料なので車持ちなら絶対ココ!
    • 自転車乗りなら平地の宇宿~和田のエリアがおすすめ。坂之上より南は帰りの上り坂がきつい。交通の足がなければ市電沿線の永田川より北のエリアがなにかと便利。
  3. 谷山地区は昭和42年に鹿児島市と合併するまで谷山市だった。そのせいか年寄りは今でも「鹿児島へ買い物に行ってきた(正しくは方言だが)」などと話す人がいる。
    • 谷山は自治体時代、鹿児島市と合併するまでずうっとどことも合併せず、単独で頑張っていた。
      • 明治22年の市町村制施行時に、「谿山郡」全体の村落をまとめて単一の「谷山村」になった。以後町制・市制に至るまで単独でやってきた。
        • 谿山郡≒江戸時代の谷山郷でもある。郷単位でみれば鹿児島では普通のことだったりする。
        • 当時の人口は村なのに2万人。鹿児島県内では鹿児島市を除いて全て「村」でスタートしたので、谷山以外にもそういう地域はいくつかある。
          • 町村制施行当時、全国でも村としては大阪の難波村に次いで2番目の人口で、市町村でも現在の千葉市(県庁所在地、政令指定都市)を抑えてベスト50に入ってしまうほどの大きな村だったらしい。
          • 1920年の国勢調査でも、県庁所在地の山口市を抑えて129位だったらしい。このころもまだ村。
      • しかしながら現在、下記のように旧鹿児島市との境は海岸寄り以外ではわかりにくくなっている。現在の谷山支所管轄地域と旧谷山市域は微妙に異なる。
  4. もうどこから谷山かわからない。中央部は谷山中央だが。
    • 郵便番号や市内局番などで区分できるが、歴史的境界とは異なる場合が多い(特に山を開いて造成した桜ヶ丘や星ヶ峯など)。特に局番は両者に跨る収容局(広木局:264、265など)が設けられているのでややこしい。
      • ↑の某私立を卒業した県外または市外出身者が下宿を引き払い転居する際に、下宿が宇宿側にあったヤツはわざわざ本庁に出向く必要があった。最近のことは知らぬが。
        • イオン開業によるバス路線見直しで様相は変わったが、以前は地域によっては谷山支所より市役所に行く方が時間的に早い所もあった。市街地にはバスで直通で行けるが、谷山支所に行くには乗り換えで丸一日掛かったという。
    • 警察関係は、谷山にある鹿児島南署が鴨池あたりまで管轄していた。本来は旧谷山市だけだったのだが、合併後に管轄地域が見直され旧市内の南部まで編入された
    • なんと鹿児島本線(在来線)が旧谷山市域を走っている!
      • 旧谷山の最北西部にある五ヶ別府町のさらに北部を走る。なお車窓から見える南の高台の住宅地が星ヶ峯である。NTTの収容局もこの線路から北は谷山とはおよそ無縁の原良局だ。(281、282など)
        • ちなみに水系上は脇田川の最上流部にあたる。脇田川はここから田上の広木地区(前記谷山北部に跨るNTT収容局が置かれている)を経由して宇宿2丁目で錦江湾(鹿児島湾)に注いでいる。谷山地区に属するのはこの最上流部だけ。
    • 谷山中央の北にあるのに東谷山。
      • 鹿児島市には伊敷の北(場所によっては東)に西伊敷、坂元町の南に西坂元町、郡元の南に東郡元町という例もある。恐らく桜島の溶岩が磁場を狂わせてるのだろう。
      • 笹貫バイパス沿いはただの「谷山」というよりは「東谷山」なイメージ。電停周辺が「谷山」イメージなだけに、その西側に東谷山があることになる。
      • 東谷山のマクドナルドから先の中山方面は「中山バイパス店」という店舗が多いせいで、東谷山でありながら中山に入ったと思ってる人もかなりいる。挙句「中山店」とバイパスを省いた店舗もある。
        • 現在の住居表示は東谷山ですが、元々は中山の一部だったそうです。
      • まぁよく分からんけど、谷山市域全体から見ての東寄りってことでは。
    • 狭義だとバス停名に「谷山」のつく谷山電停〜谷山駅〜谷山支所の中心部から、本町・松崎までの国道沿い周辺かな。
      • 清見+谷山中央1〜4丁目。谷山ふるさと祭のホコ天区間でもある。
    • 谷山中心部の大部分を占めていた「上福元町」も、相次ぐ町名変更でだいぶ肩身が狭くなってきた。
      • 伊作街道の北側は未だ健在(2017年現在)
    • 「谷山中央」新設が決まったとき、「よりによって中央かよ、だっせーーwww」なんて声も多かったらしい。
  5. 異常としかいいようがないくらいに縦繋がり社会。先輩に噛み付くと半殺しの刑確実。
  6. 谷山は鹿児島市中心部につぐ繁華街。谷山がなくては鹿児島市も一般レベルの中都市でしかない。
    • あっても十分一般レベルですが・・・
      • 人口60万というのは一般県庁所在地程度の都市としては大きい方では?
      • 谷山の存在大きいですよ。県庁所在地としても大きいレベルです。(三大都市と政令指定都市にはかないませんが)
      • 谷山と喜入が独立した場合、鹿児島市は40万台前半の都市になるはず。
    • 繁華街ってイメージはないなぁ。住宅街ではあるが。
  7. かつて属していた郡も「たにやま」郡だったが、「谿山」と表記した(明治の郡制で鹿児島郡に編入)。
    • 谷山の「山」は分かるけど、「谷」の印象はないですね。地名の由来は何なんでしょう?
    • 鹿児島弁では「たんにゃま」
  8. 町名新設が相次いだ結果、谷山郷時代からの地名である「谷山塩屋町」があっさり消え去った。
    • 「谷山」が付いているのは、旧鹿児島市にも塩屋町があったから。
    • それを「和田三丁目を新設します!」だけで片付けた、鹿児島市広報のテレビCM・・・。
  9. 多くの南薩出身者が移り住んでいる。
  10. 喜入はお隣さんでもあり、市南部のお仲間でもある。
  11. 電飾付けた自転車に乗ったオッサンがうろついてる。なんなのあれ…

地区別の噂

宇宿

  1. 宇宿は江戸期には谷山郷だったらしいが、明治になり谷山とは袂を分かち、郡元などと「鹿児島郡中郡宇村」を結成。そのまま鹿児島市に編入された。今でもJR線から海寄りでは郵便番号や市内局番などは截然と分かれている(JR線に一番近い街区だけなぜか東谷山1丁目が宇宿3丁目にめり込んでいる)
    • 最も宇宿駅自体、宇宿地区のかなり南端の脇田川を跨いだ場所にあり、谷山の北東端(東谷山1丁目と小松原1丁目のそれぞれ北部)、通称笹貫(ささぬき)にとっては至近距離の最寄JR駅になる。(市電は宇宿側に「脇田」、笹貫側に「笹貫」の各電停がある。)
    • 新興住宅地だった桜ヶ丘は両方に跨る位置にあり、7、8丁目のみ本庁(谷山ではないほう)に属する。
      • 郵便番号も分かれている。ちなみに衆議院選挙の選挙区も分かれている。
      • 鹿児島大学医学部(および付属病院)のある8丁目は歴史的にはまさに両者(宇宿町・中山町・上福元町)に跨っていた。中には電話が広木局で小学校が宇宿小、なのに住居表示は「上福元町」(れっきとした谷山の広域町名)というカオスな地域もあった。現在はその地域も桜ヶ丘8丁目にまとめられ、本庁へ管轄替えされた模様。
    • 宇宿3丁目・5丁目、東谷山1丁目&小原町の接する位置ではNTTの収容局が3つ鉢合わせになっている。地理境界マニアにはたまらない。
      • 宇宿3丁目=鴨池甲南局(市内南部の本局、250番台が主)
      • 宇宿5丁目=広木局。JR指宿枕崎線を越えると264、265が現れる。谷山の山田町あたりの局番かと思っていたので初めて目にした時(当時は2桁なので64、65)はちょっとした衝撃だった。
      • 東谷山1丁目&小原町=谷山局(267~269など)。このあたりでは律儀に町の境界=旧市境界に一致している。
      • なお、この界隈の小原町側には×××××病院がある。挙動不審だと「そこへ入院しろ」とからかわれる。
    • 宇宿9丁目ができてることにビックリ。
  2. 国道225号と産業道路に挟まれたエリアは昔はガスタンクの並ぶ「保安港区」だったが、「工業地域」に規制緩和され次々に大型商業施設が建設された。
    • ラウンドワン、大型書店(オプシア)、24時間営業のスーパーに古本屋、ちょっと足を伸ばせばイオンもある。鹿児島県内で一番便利なところだと思う。
    • 市電が通ってる上に、平坦地で自転車が使えるから便利。
  3. 近隣に大型店の出店が相次ぐ中、奮闘する宇宿商店街は、街の商店街のモデルケースとしてしばしばメディアに取り上げられる。
    • やはり鉄道のアドバンテージは大きいかな。無かったら存続してるかどうか・・・
  4. 国道沿いに昔からある「おとなのおもちゃ」が気になって仕方がない。
  5. 無駄な公共工事と悪評高い、マリンポートかごしまがある。
    • たまに来る大型観光船が停泊してた谷山港が市街地から遠いからということで、ぽーんと269億円。太っ腹。
    • いちおう南北幹線道路のルートの候補に上がっている。
    • 税金の無駄と叩かれ始めてマズイと思ったのか「防災拠点」を打ち出したものの、海抜ゼロメートルである・・・
      • 残念なことに、台風接近で避難・・・のはずが立入禁止に。
    • 季節によって変動はあるが、夜間は午後8時前後で立入禁止となる。
      • こっちの立入禁止は事故防止や防犯上やむを得ないかもしれない。
    • まぁ桜島は見やすいかな。
  6. 「うすき」と読む。たまに難読地名として取り上げられる。
    • 同じく「宿」で「すき」と読む指宿とともに出題される。
    • 奄美市笠利町には「宇宿」と書いて「うしゅく」と読む大字がある。
    • 大分には臼杵市があり、宮崎の北部は臼杵郡だった。何らかの関係があるだろうか。
桜ケ丘
  1. 農協が開発し、JAに支配されている団地。
    • という歴史から、団地中央にAコープがどーんと店舗を構え、県内最大手スーパーが団地の外れで細々と営業している。
  2. 小さい「ヶ」じゃなくて、大きい「ケ」が正式らしい。区別がつかん。
    • 小中学校名では省かれて「桜丘」。
  3. 団地の入口に鹿児島大学附属病院がある。
    • 宇宿広木線の宇宿トンネルができるまで、救急車は宇宿商店街通りの市電と指宿枕崎線の踏切を通らざるを得ず、運悪くダブルで足止めされることもよくあった。
  4. はしのえみのふるさと。年二桁は帰省してるらしい。
  5. 鹿児島市の住居表示は中央駅を基準に若い番号から振られていくが、ここはなぜか市街地から遠い方が1丁目。紫原とは正反対。
  6. 宇宿の項目にもある通り、団地内で旧谷山市域と旧鹿児島市域に分かれている。ただし宅地造成(1974年)は両市合併後(1967年)。
  7. 高麗通線の紫原区間が全線開通したことで、市街地方面への交通の便がだいぶ良くなった。

中山・山田

  1. つい一昔前まで田んぼの広がる田園地帯だったが、中山バイパスの開通以来、宅地開発が急速に進んでいる。
    • とはいえ、バイパス沿線以外はまだまだ田んぼだらけ。
    • 小山田谷山線の2車線化も進んでいる。
  2. 市内一のガソリン激安店があり、給油の車が恒常的に車列をなしている。
  3. 中山小学校は県内一の児童数。どこから集まってくるのだろうか・・・
    • 県内一歴史の古い小学校でもある。
  4. 「なかやま」ではなく「ちゅうざん」と読む。
    • もともと「中山」ではなく山田郷の「中」村だったが、谷山村大字中を経て谷山市中町となる。
    • 谷山市が鹿児島市と合併する際に鹿児島市にも「中町」があったため、中山小学校(中村・山田村の頭文字)から取り「中山町」となった。
  5. 江戸時代まで、山田が谷山の中心だった。
    • 現在の谷山中心部が中世まで砂浜or海の底だったため。
  6. 谷山北部にあたる地区で、「谷山北◯◯」という名称の施設が多い。
  7. ふれあいスポーツランド(通称:ふれスポ)がある。中山ICに隣接。
皇徳寺
  1. 伊敷ニュータウンができるまで、市内の高級住宅街といえば皇徳寺ニュータウンだった。
    • 高低差のある地形を生かした切り通しの道路や歩道橋など、団地のコンセプトとして歩車分離が図られた設計になっている。
    • 各家庭にケーブルテレビが配信されており、一部の世帯を除いてアンテナがない。
    • ローンが払えず、夜逃げした家もあったらしい。
    • 南国殖産の子会社、南国地所が開発。
  2. ブルーベリーが団地のシンボル。ブルーベリーロードという散歩道がある。
  3. もともと「皇徳寺」という地名は、団地を下ったところにある山田町字皇徳寺のことで、住居表示実施の際「皇徳寺◯丁目」としたい団地側と、「皇徳寺」の地名は譲れない皇徳寺側の間で綱引きが続き、妥協案として皇徳寺の高台という「皇徳寺台」となった。
  4. 中山バイパスができるまで「陸の孤島」と呼ばれていた。
    • 団地内にこれといった商店は山形屋ショッピングプラザぐらいしかなく、コンビニができたのもつい数年前。
    • 学校・会社が遠いため夜更かしもできず、夜の地球を衛星撮影した北朝鮮のように暗く静まり返る。
    • JR谷山駅も上伊集院駅もたいして距離が変わらない。広木駅ができるまで、団地内の場所によってこのいずれかが最寄り駅だったというのが秘境ぶりをうかがわせる。
      • 広木駅ですら遠いため、使うことはまずない。
  5. 加藤ローサと柏木由紀が町の二大スター。
  6. 団地内が松元方面⇔谷山方面の車の抜け道になってしまっている。住民が無用な危険に晒されることに…
    • 松元方面への県道に直結する指宿スカイライン山田ICが、谷山方面に出入りできないハーフICなのが悪い。
星ヶ峯
  1. どこにでもありそうな新興住宅地のネーミングだが、意外と無いらしい。
    • 「峰」「嶺」ではなく「峯」。
  2. 星ヶ峯みなみ台(6丁目)ができたものの、宅地がまったく売れないので鹿児島市が買い取った。
  3. 団地下に広木駅を作ってもらった。「星ヶ峯駅」という駅名になる可能性もあったらしい。

谷山・和田

  1. つい最近までDQNの街だった。
    • カトリック系某私立有名進学校の生徒(関西出身や福岡出の寮生・下宿生)と地元の中高生の確執があった。
      • 長渕剛は南高出身で、抗争していた某私立を公共の電波を使ってゲイであると中傷、ほどなくその番組を降板させられた
      • 南高のDQNは某私立に倣い、関西で普及していた道具をいち早く入手し、旧市内のDQNを威圧していた
        • 最近の南高の生徒はDQNではなくなった。国公立大進学も増えているらしい(by 他高生)
    • 「谷山犬の食い逃げ」という言葉があるほど、昔からガラの悪い地域と言われている。
      • 下の#3、豊臣秀頼さんの逸話を参照のこと。
      • 逆に気前がいいという意味で、「谷山犬のくれ逃げ」と言ったりもする。物をあげて去るという意味。
    • DQNでなければ、この街で外の世界に触れるのは不可能だ。
      • 近頃はそうでもないですよ。夜中でも安心して出歩けます。まぁ開いてるお店はそうありませんが・・・
      • 昔夜に駅周辺をただバイクで流してただけなのにいきなり集団のDQNに襲撃されバイクを破壊され財布とアクセを奪われた史上最低な出来事がありました。
        • お前さんDQNファッションで身を固めてたんだろ。普通の格好してたらそう目を付けられることはない。
    • ギャル率高し。
      • 開○高校に通学して来るだけでしょ。谷山にもああゆうのいるけど市内じゅうから来てるわけだし、ギャル発生率は他の地域と変わらない。
      • 谷山駅にはDQNと開◯ギャルがたむろしているが、谷山電停では池◯がたむろしている。
  2. 谷山中央・西谷山地区は区画整理で大改造中。
    • 南高校があるあたりに、老朽化した盲学校と聾学校を移転する計画が持ち上がっているらしい。
      • 盲学校は平成23年に下伊敷から移転。聾学校の谷山移転は頓挫、盲学校跡に玉突き移転。
    • 指宿枕崎線の高架化事業が着工。谷山電停付近から県道玉取迫鹿児島港線付近まで約2.5キロの区間を、高さ約7メートルの高架線にする。2016年完成予定。
      • 中央駅周辺の高架化が実現しなかったのに、市郊外の谷山地区が先にやるとは・・・正直驚きです。
      • かつてはごちゃごちゃした集落や田んぼが広がる一地方都市だったが、慈眼寺地区・谷山地区の区画整理によって街並みが日々変貌を遂げていくのを見るのは面白い。
    • 谷山駅前区画整理により、駅前商店街完全終了の予定。逆に言えば千載一遇のチャンスとも言えるが、完成はいつになることやら。。。
    • JAが農業試験場跡に作った商業施設の名前が「たわわタウン谷山」。検索のサジェスト機能で知った…
  3. 大阪の夏の陣の後、豊臣秀頼が真田幸村に連れられて落ちのびてきた。江戸時代初期の噂。
    • 谷山にお住まいの秀頼ちゃんはお酒が大好きで、天文館に出かけては毎度のように酔い潰れて大暴れ。ボンボンの秀頼ちゃんはお金を支払うということを知らなかったので、悪びれた様子もなく無銭飲食。
      • 島津の殿様から「無礼のないように」とのお達しが出ていたので、お店の店主はいっつも泣き寝入り。2メートル近い大きな体は遠くからでもよーく目立つので、近づいてくるのを発見したらササッと店仕舞いしたとかなんとか。
      • 「谷山犬の食い逃げ」とは、このお坊ちゃまのおかげで谷山在住というだけで疑いをかけられたという話です。
      • どこに住んでいたのかは分からないが、現在の谷山の範囲で判断すると天文館から7、8kmあるんだが、酔いつぶれたあと帰ったんだろうか。籠や馬に乗れる身分ではなし、ぶくぶくの巨漢を連れて帰るの大変だぞ?
    • 木之下川近くの木之下集落にお墓がある。
  4. 鹿児島市電の終点。電停の駅舎がカワイイ。
    • 市電延伸を求める運動が起こっている。当面の目標は永田川対岸にあるJR谷山駅まで(約540m)。
      • いずれは谷山駅以南に伸ばしたいが、慈眼寺方面か和田方面か、意見は集約されていない。
  5. 現在の谷山中心部は中世まで砂浜や遠浅の海だった。
    • 小松原や塩屋、松崎といった地名に当時をうかがい知ることができる。
  6. 「慈眼寺」の読み方は、地元民でも「じんじ」派と「じんじ」派に二分される。
    • 町名・駅名は「じげんじ」だが、お年寄りにわりと「じがんじ」派が多い。
    • 谷山中央5~7丁目は住居表示実施の際に「慈眼寺◯丁目」になる予定だったが、原理主義者(現・慈眼寺町)のクレームにより谷山中央に組み込まれることになった。
      • 「慈眼寺通り」と通り名になってたり、慈眼寺店と付く店舗も多いので、拡大解釈してもよかったのではとの声も根強い。
  7. 谷山駅前は、原田学園の関連施設だらけ。
    • 川島病院の関連施設も多い。
  8. 旧谷山塩屋町(産業道路の緑地帯裏)には、通称「小松原天文館」と呼ばれる飲み屋街がある。
  9. 有名進学校として知られる、ラ・サール学園がある。(小松原2丁目)
産業道路沿線(東開・南栄・七ツ島)
  1. 国道沿い商店街は元気がないが、郊外にいくとIONなどの大手商業施設があり、活況を為している。
    • 谷山市民には「駐車場はタダ」という意識があり、駐車場の無いところ、または市中心部のような有料のところには行かない。
    • 谷山はマイカー持ちにはとっても便利な所。逆に言えば、車がないと生きていけない。
      • 宇宿・谷山・慈眼寺の平坦地の範囲なら、自転車でも十分生きていけますよ。
    • AEONだろ。
      • イオンに初めて来た時の第一印象「ダイエーの何倍もあるって聞いてたけど、あんまり変わらんがね」正面入口の短い方ばっかり見てて、奥行きがあるのに気付かなかった。
    • イオンに合わせてニシムタも大規模増床。自殺行為と思われたが、そこそこ健闘はしてるみたい。
    • デオデオコジマヤマダ電機の牙城を崩せず潰れました。
      • と慢心してたら、今度はヤマダがやばいw
    • 産業道路の渋滞緩和を大義名分に、大型店の規制が始まった。
    • 24時間年中無休・マンガ倉庫は暇人が集う社交場。
      • ゲーセンでもないのに、鹿児島県有数の音ゲー設置店となっている(2015年夏に稼動した3機種はいずれも鹿児島県最速設置)
      • 2017年5月に深夜営業を終了して、24時間営業ではなくなってしまった。
    • 大隅半島側からだと行くのが面倒な場所。垂水フェリー経由かつ車じゃないと行く気になれない。でも片道2000円近くかけてでも行く人は意外といる。
    • かつては谷山周辺の大型商業施設といえば産業道路沿いの立地が主だったが、いつしか工業団地内にも進出し始め、工場や事業所などと混在するようになった。
      • これまですんなり出入りできてた事業所の車が、商業施設に並ぶ渋滞の巻き添えを食う形になりうんざりしてるという話を聞く。
  2. 谷山港の工業地区の異臭は酷い。鹿児島市のごみ捨て場とも思えるほど。鹿児島市中心部に住む人々は谷山市民に感謝すべきである。
    • 年の3分の1は無臭だが、残り3分の2を飼料(鰹が原料?)とサツマイモの甘いにおいで半々。決して同時に発生することはなく、いずれかのフレーバーが楽しめる。サツマイモは決して悪臭ではない。
      • あの甘い匂いは飼料だったのか!てっきり焼酎工場かと思ってた・・・
    • 臭いは谷山市域の広範囲にわたるが、住民はあまり気にしていないようだ。踏切近くの住民が音に慣れるのと同じ原理。
  3. 産業道路のさらに沖、埋立地の隅っこに臨港道路を建設中。
    • 谷山臨海大橋に続いて、黎明みなと大橋(仮)が完成予定。
    • 将来的には鹿児島市の南北を結ぶ幹線道路として期待されるが、鴨池まで繋がらない限り、産業道路の代替路としての機能すら期待できないと思われる。
  4. 七ツ島のIHI跡地に、国内最大のメガソーラー発電所が建設された。
    • 火山灰が積もると発電効率が落ちるらしい…近年火山活動が大人しいとはいえ、鹿児島という立地上、案の定である。
  5. 産業道路の慢性的渋滞は、長年の懸念材料。
    • 開通当初は画期的な道路だったらしいが・・・。
    • 特に、朝と夕方の南警察署を先頭とする渋滞。なぜ市街地方面が2車線なんだ?
    • イオンができて郊外向けも酷くなった。
    • 産業道路の市街地方面側は緑地帯と接しているので、七ツ島の物産館の先から緑地帯の終点までは店舗が1軒もない(対向車側にはあります)。渋滞に嵌ってのガス欠には注意。
  6. 谷山緑地(緑地帯)は、産業道路と住宅地の緩衝帯として作られた、いちおう県立の公園。
    • 産業道路が県道のため。南北に全長4kmほど。
      • 工業団地と住宅地の遮断が主な目的なので、公園というよりは細長い森林みたいな感じ。
    • 谷山緑地」というだけあって、旧谷山市境(宇宿と東開町の境界)から始まっている。
    • 南国イメージでヤシの木とか植えられているため、産業道路の歩道や路肩には年中ヤシの皮が散乱している。
    • 緑地内には遊歩道があって、ウォーキングやジョギングしてる人がいる。
      • 昼間でも薄暗く、季節によっては毛虫がいっぱい落ちてるので、それ目的以外ではあまり通る人はいない。
      • ゲートボール場もある。
    • 昔はホームレスが住みついていたらしい。
  7. 旧木材港が埋め立てられることに。また大型店の出店ラッシュか?
  8. 交通安全教育センターがある。ここで免許更新すれば他所の警察署とは違い、即日交付になる。
    • ここで免許取得はできない(試験場があるのは帖佐
    • 指宿スカイラインの谷山ICから道なりに下ればすぐの場所にあり、車でのアクセスは比較的楽。
  9. 市内のブルーカラーどもが汗水流す場所。

坂之上・錫山

  1. 坂之上駅は某大学の学生が多数乗り降りするため、昇降客数が鹿児島中央に次いで県内で二番目に多いらしい。
    • しかし、ホーム・駅前の道路が狭いため、混雑が酷く、大学への送迎バス乗り場の辺りには警備員が配置されている。
      • の理由と坂之上南部の発展に伴い、駅を南(大学寄り)に数百メートル移動させようという動きが以前からあるのだが、毎度のように盛り上がっては頓挫している。
      • 駅前と大学を結ぶスクールバスの運行が始まって以来、町内を歩いて移動する学生がほとんどいなくなり、通りの商店はほぼ壊滅してしまった。
    • まぁしかし、駅前で出迎えてくれるのが菜の花(春限定)と警備員とドラム缶なんて・・・
    • 坂之上は3万人近い人口があるからな。住民票移してない学生さんも多いので実数はもうちょっと多い。
  2. R225坂之上交差点〜影原交差点間の通り沿いは結構うまい飯屋が多い。
    • 坂之上はうまい地鶏屋が多いよ。
    • うまいラーメン屋も多いですよ。
    • 飯とは関係ないかもしれませんが、坂之上の水は市内で1、2を争う美味しさだそうです。錫山から来てるのかは分かりませんが・・・
  3. 白い風車でおなじみの錫山だが、採石場のせいで禿山化が一層進んでおり、牧歌的な風情は感じられない。
    • 唯一、雪が積もる季節だけは美しい。
      • 錫山峠ではこの時期、峠越えを甘く見たチェーンなしの車が立ち往生する微笑ましい光景が鑑賞できます。
    • 錫山の高台にあるホテルの結婚式では花火を打ち上げる。坂之上からも見える。
      • 潰れてしまった・・・国際生の貴重なバイト先にもなってたんだが
  4. 坂之上はつい数十年前まで畑の広がる郊外の田園地帯だったが、指宿枕崎線沿線ということが幸いし、坂之上駅の開業によって住宅街へと姿を変えた。
    • 宅地の合間に小さな畑が随所に残っており、今でも地元のお年寄りが野菜を栽培している。
  5. 某小学校の金管バンドがあまりにも強すぎて、大人の事情により全国大会に出られないということがあった。
    • 選考から除外される「殿堂入り」みたいなものか。他が勝てないからって、子供から目標奪って何になるっていうの
  6. 坂の下にも坂之上がある。産業道路沿いにある市民体育館も住所は坂之上。
    • 産業道路沿いの坂之上1丁目・5丁目の一部。単純に主要道路(産業道路や国道など)によって区切ったため、住居表示変更で坂之上に組み込まれ、崖の上と崖の下が同じ丁目になった。
  7. 大学はあるのだが、大学生が生息している気配が無い。
    • 坂之上内に働けるバイト先、遊べるお店が少ないように思う。
    • かなりの学生が車やバイクを持っていて、谷山方面に出て行ってるのでは
  8. 域内のほとんどが元または現「下福元町」
    • 一部、元「和田町」もある。
    • 今の下福元町から玉利地区と福平を除けば、ほぼ錫山と言っていいんじゃないだろうか
  9. 錫山の山中で、暴力団による大麻の大規模栽培が行われていたことが発覚(2009年)
  10. よくよく考えたら、神社が一つも無いような…。
  11. 昭和期に水道が整備されるまでは水に恵まれない地域だった。
    • 川といえばドブ川しかなく、昔は下まで水汲みに行くのが日課だったらしい。

平川

  1. 鴨池から引っ越してきた平川動物公園がある。
    • ドアラのせいで名古屋ほどは目立たないが、日本に初めてコアラがきた動物園3園のうちの一つ(昭和59年)。
      • てなわけで、谷山のシンボルマークはコアラ。
    • かつてはスケートするゴリラもいた。
    • カピバラの繁殖もここが国内初らしい。
  2. 鹿児島市によると、現最寄り駅である五位野駅の(おそらく500mほど)南に「平川動物公園駅(仮称)」を作って、動物園との間にトロッコ列車を走らせるという仰天構想が浮上。
    • JR九州は五位野駅と近過ぎるとして難色。市のオナニー計画の可能性大。
    • 五位野駅裏の動物園へとつながる道路は、JRに分断され国道に接続されてないので通行する車もほとんどなく、無駄な道路と称されている。
      • ほどよくアップダウンがあるため、某学校自転車部の練習コースと化している。
  3. 何かと世間をお騒がせしている最福寺がある。
    • 「平川は1、2、3」
  4. ビワが特産品として栽培されている。
    • かつて地元小学校の校長先生が、長崎から持ち帰って住民に栽培を奨励して回ったらしい。
    • 直販店もちょこちょこある。
  5. 産業道路から南の、喜入から指宿へと続く国道226号沿いは、潮風香る海の街でもある。
    • ヨットハーバーや海を臨むレストランなどがあるが、残念ながら海水浴場はない。
    • 産業道路と国道226号の交点近くにラブホ街があり、各客室からは錦江湾が一望できる(らしい)。
  6. 錦江湾公園にはH-2ロケットの実物大オブジェがある。
    • 谷山港の一号用地で開かれた博覧会「サザンピア21」で展示されたものらしい。
  7. 福平から南は市街化調整区域になるため、坂之上の郊外住宅地の様相から、片田舎の様相に変わる。
  8. 影原に巨大仏像がある。遠くからでもよーく見えるほどデカイ。
  9. 市南部地域に配水する平川浄水場がある。
    • 水源不足のため、市域外の万之瀬川から取水してるらしい。
  10. 錦江湾公園前と錦江湾高校前を結ぶ市道が完成して、わざわざ産業道路まで下りなくても行き来できるようになった。知覧方面に行くには便利に。