ページ「野球チーム萌え擬人化」と「大阪万博」の間の差分

(ページ間の差分)
ナビゲーションに移動 検索に移動
>せりか
 
編集の要約なし
タグ: ビジュアルエディター モバイル編集 モバイルウェブ編集
 
1行目: 1行目:
萌え擬人化をあのプロスポーツチームでやってみよう。
==1970年日本万国博覧会の噂==
===全般===
#1970年(昭和45年)、大阪府[[吹田市]]で開催された。
#*吹田市といっても1956年9月30日まで三島郡山田村だった区域。
#日本が1945年に敗戦してからわずか四半世紀で'''「世界第2位の経済大国」'''になったのを世界に広めた。
#高度成長の到達点のようなもの。
#*当時の日本人の半数以上が足を運んだという。
#**入場者数が一番多かった日には当時の[[島根|島根県]]の総人口に匹敵する人が会場内にいたという。
#***2020年の人口だと[[山梨|山梨県]]や[[佐賀|佐賀県]]の総人口に近い。
#**猛烈な混雑のため一部では「残酷博」と揶揄された。
#*この博覧会の入場者数は40年後の[[上海]]万博まで破られなかった。
#テーマは「人類の進歩と調和」。
#*英語で「人類」部分を"mankind"と訳しているあたりに時代を感じる。
#*当初は「人類の調和と進歩」にして進歩一辺倒の風潮を疑う問題意識が高いものにするはずだった。
#*こちらも長い待ち時間と行列のせいで「人類の辛抱と長蛇」と揶揄されてしまった。
#当初は日本の国際博覧会ということで「JEXPO」と略す予定だったが一部言語で発音しにくいため「EXPO」にされた。
#*シンボルマークも変更されている。
#**最初の案が「日本が全世界の上にあぐらをかいているようだ」と非難され変更された。
#***下半分が鉄アレイのように見える。
#**没になった方をデザインしたのは後に[[福岡市交通局|福岡市営地下鉄]]各駅のマークをデザインした西島伊三雄だった。
#参加国は当時としては最多の77か国。
#*これでもポーランド、イスラエル、オーストリア、ボリビア、現在のコンゴ民主共和国などが出展をキャンセルしている。
#**特にハイチ・ガイアナはかなり差し迫ってからのキャンセルだったため公式ガイドブックにもパビリオンの記載が残ったまま。
#**国内の企業・団体では国鉄がパビリオン出展を取りやめ新幹線を「動くパビリオン」に見立てていた。
#***実際万博へ行く際に初めて新幹線を利用したという人も多い。
#*中華人民共和国の参加を呼び掛けるという話もあったが国交がなかったため断念。
#**後に跡地で「中華人民共和国博覧会」を行うという荒業が出る。
#***一方台湾は「中華民国館」で出展した最後の博覧会である。
#**東ドイツやモンゴルも国交がなかったため呼べなかった。
#***ドイツもベトナムも資本主義陣営側の国だけ参加。
#****ベトナム館のテーマは「自由世界の諸国との調和を保つベトナム共和国の過去と現在と未来の発展」と東側との対立を押し出したものだった。
#**中華人民共和国との国交回復は2年後の1972年だった。
#開催国としてはオーストラリアがライバル視されたが向こうが譲歩したため無事開催決定。
#*日本国内では他に東京、筑波、大阪南港、神戸市、現在の守山市が候補とされた。
#**あと[[静岡|富士]][[山梨|山麓]]も
#**[[瀬戸市]](35年後に愛地球博が開催)も。
#*オーストラリア側自体も国際博覧会条約未加盟だったため開催優先度は低めだった。
#一部からは「日米安保改定から目をそらさせるための陰謀」とも呼ばれた。
#この博覧会を機にフライドチキン、動く歩道、電気自動車などが日本に定着したとされる。
#*人間洗濯機は定着しなかった模様。
#**今は介護用として実用化されているとか。
#入場券のセンスが半世紀経ってから見てもおしゃれ。
#*ただし半券のちぎり方は全体的に荒かった模様。
#*自動改札も検討されたがシステムの信頼性が乏しく手作業に・・
#**自動改札は万博の3年前の1967年に会場からほど近い阪急北千里駅で初めて実用化された。
#多くの日本人にとって世界を体感できる貴重な機会だった。
#*コンパニオンどころか単なる観光客であっても外国人はサインをねだる対象になった。
#テーマ曲「世界の国からこんにちは」は今でも広く歌い継がれている。
#*「桜の国で」と地味にマークのことも歌われている。
#*三波春夫が歌ったものがもっとも有名だが他にも坂本九や山本リンダなどが歌っていた。
#この博覧会で外国語表示と言えば英語とフランス語だった。
#実は開幕当日は雪だった。
#*ソ連館のロシア人ホステスまで寒がっていたという証言があるのでかなりの寒さだったと思われる。
#当時の新聞によると閉会式で万博旗が1976年のフィラデルフィア万博へ引き継がれたというがそのような博覧会は行われていない。
#*そもそも万博自体の熱気が下がり次に大阪と同格の一般博が行われたのは22年後のセビリア。
#*76年のアメリカでの万博構想は全米各地での建国200年祭に転換された。
#公式ガイドブックを見ていると今はない国や政体が変わった国もあり時代を感じる。
#*[[グアテマラ|ガテマラ]]や[[コートジボワール|象牙海岸]]のように日本名が変わった国もある。
#*「帝国」も[[イラン|2]][[エチオピア|つ]]あった。
#公式ではないガイドブックでは万博と合わせて京都や奈良などを観光するコースも紹介されていた。
#*[[近畿日本鉄道|近鉄]]はこの万博に力を入れていたようで、難波線と鳥羽線の開通や志摩線の1067→1435mm軌間への改軌もこれを気に行われた。
#この博覧会に関する資料は関西の古書店や古本市などで入手しやすい気がする。
#*特に公式ガイドブックは出版数が多かったため運がいいと100円程度で買えることすらある。
#*各パビリオンのパンフレットも取り扱いが多いように見える。
#*会場の市外局番が(06)ではなく(068)だった(4年後の1974年に(06)へ統廃合)。
#関西電力が東日本大震災直前に放送していたCMではこの博覧会に原子力で作った電気を届けたことが取り上げられていた。
#「調和どんぶり」「万博ずし」「アポロ12号餅」などという得体の知れないメニューを食すことができたらしい。
#*余談だがカップヌードルのデビューは万博翌年の1971年だった。もし数年早く発売されていたら会場にもカップヌードル自販機が設置されていたに違いない。
#**恐らく万博がカップヌードルブレイクのきっかけになっていた。
#**[[マクドナルド]]日本上陸も。
#[[北大阪急行電鉄|北大阪急行]]の運賃が安いのは万博輸送で大儲けしたため。
#*当時は「万国博」行きの電車が大活躍していた。
#*凄まじい混雑だったため降りたら万博土産の陶器が粉々になっていたという証言もある。
#*会期終了間際の休日には最終電車に乗れずに会場内に野宿した人が大勢いたとか…。彼らは翌日朝イチで万博を見られるように配慮されたらしい。
#万博で走ったモノレールは日本跨座式を普及させるうえで大いに役に立った。
#*実は自動運転かつ全駅ホームドアつきだった。
#*当初案ではアメリカから[http://www.brooklineconnection.com/history/Facts/Skybus.html こんなバス]を走らせる予定だったと聞く。
#*湘南モノレールが1970年開業なのは懸垂式モノレールをアピールしたかったためとか。
#言うまでもなく昭和45年の日本にとって最大級の出来事だった。
#*当時の週刊誌(週刊朝日など)でもあらゆるページが万博ネタで埋まっていた。
#**広告では「我が社の○○は万博会場でもお求めになれます」「××グループの一員として××館に協力しています」などがよく目につく。
#**お悩み相談でも万博会場でのトラブルが取り上げられていた。
#*そのためか同年に生まれた子供には博・博美など名前に「博」の字が付くことが多かった。
#*宮迫博之(1970年3月生まれ、会場に近い[[茨木市]]出身)とか。
#**永作博美(1970年10月生まれ)も。
#[[東海道新幹線]]もパビリオンの1つとされたらしい。
#*もし[[山陽新幹線]]の新大阪~岡山(1972年3月開業)が2年早く開業していたら。
#[[もし中国国民党が中国共産党に勝っていたら|中国で国民党が共産党に勝っていたら]]上海での開催になっていたが、大阪での開催は10年遅れていた。


==[[プロ野球]](セ・リーグ)==
===パビリオンの噂===
===[[読売ジャイアンツ]]===
[[ファイル:正面から見た太陽の塔.jpg|thumb|太陽の塔]]
#大金持ちで何でもほしがる。
#各パビリオンの女性スタッフは「ホステス」と呼ばれていた。
#家族旅行は、毎年のように[[宮崎]]に行っている
#*なお愛知万博では「アテンダント」だった。
#優等生なのだが、ここ最近はスランプ気味。
#*民族衣装や最新モードなど多彩なコスチュームがあった。
#*昨今は回復しつつある。
#*スイス館のホステスがスカート丈を勝手に短く改造し怒られたこともあったらしい。
#大の[[wikipedia:ja:長嶋茂雄|おじいちゃん]]子。
#*各館の男女スタッフが交流するうちに恋愛関係に発展することもあった。
#服は黒・オレンジを好む。
#**当時のマスコミに「昼はエキスポ、夜はセ×スポ」と書かれたこともある。
#*昔は水色も好きだった。
#*今でも空港の女性スタッフは「グランドホステス」と呼ばれている。
#[[読売新聞]]を読んでいる。
#全体的に未来建築っぽいものが大多数だったがラオスやタイのパビリオンは伝統建築がモチーフだった。
#*[[スポーツ報知]]も。
#*国内なら東大寺七重塔(現存せず)がモチーフの古河グループ館も。
#テレビはもちろん日テレ。
#*天平様式でタイムカプセルを展示していた[[パナソニック|松下]]館も。
#家電は[[パナソニック]]製が多い。
#やたらぶっ飛んだデザインの建物が特に国内企業のパビリオンに多かった。
#*パソコンに限っては[[富士通]]製。
#*怪獣を思わせる外観の[[東芝]]IHI館(設計:黒川紀章)や足場を残し工事中の体にしたせんい館(横尾忠則がデザイン)などが代表的。
#車は[[日産自動車|日産]]
#*前衛芸術の若手を積極的に登用した結果。
#飲むビールは[[サントリー]]・モルツ。
#映像系展示が博覧会でおなじみになったのはこの博覧会から。
#[[大塚製薬|オロナミンC]]をよく飲む。
#*ただしこの時はヌードや屠殺場の映像など現代では大問題になりかねないものもあったという。
#[[セコム]]と契約している。
#太陽の塔が最も有名。
#肉加工品は[[伊藤ハム]]のものを愛好。
#*岡本太郎の代表作として知られる。
#本人はあんまりそんな意識がないが、一方的にライバル視されやすい。
#**本人としては万博の理念に思い切り異議を唱えるつもりで作ったらしい。
#*一昔は集団リンチに遭っていたが、復讐を果たしつつある。
#*内部には「生命の樹」と呼ばれるモニュメントがあった。
#『[[東京/文京区#後楽園の噂|東]] 童夢(あずまどうむ)』。
#**2018年から色々作り直して再公開。
#*田園調布に住むお嬢様。
#*丹下健三が設計した大屋根に穴を開けた姿が衝撃的だった。
#*容姿はオレンジ色のうさ耳風ヘアに白いドーム型の帽子が特徴。
#**大屋根が消えた今では味わえない感覚。
#**なお大屋根の下は「お祭り広場」として様々なイベントに使われた。
#**大屋根の中には都市計画の模型等。
#*地下部分にあった「地底の太陽」は現在行方不明。
#*会期中には目の部分に万博反対派が立てこもるという事件もあった。
#**岡本太郎はその様子を見て「ダンスでも踊ればいいのに」と言ったらしい。
#**その男は「赤軍」と書かれたヘルメットをかぶっていたが無関係だった模様。
#*今でも吹田市の代表的な建造物である。
#**カントリーサインにも太陽の塔が描かれているらしい。
#**マンホールにも採用されている。
#エキスポタワーは本来シンボルタワーになるはずだった。
#*中に入れるカプセルがいくつも取り付けられ未来の住宅の姿を現していた。
#*しかし老朽化により90年閉鎖→03年解体。
#*当時のガイドブック表紙などに描かれた会場のイラストで取り上げられなかったのは未来を暗示していたのだろうか…。
#日本館は上から見ると桜の形状(=シンボルマーク)だった。
#*しかし横から見るとなんとなくコンビナートのような味気ない感じ。
#*日本の歴史も扱うということで原爆にも触れられていたがタペストリーで抽象的に扱っただけ。
#*こちらも永久保存の予定があったらしいが閉幕後は一度も使われず79年に解体。
#*なぜか月の石のかけらも展示されていた。
#外国館一番のスターは何と言っても[[]]の石を擁するアメリカ館。
#*大リーグやアメリカの自然に関する展示も一応あったがもはやそれどころではない。
#*建物は東京ドームと同じエアドームだった。
#**後にあるスーパーが店舗として使うという話もあったが消防法の絡みで断念。
#**日本の建設会社では技術的に無理だったため米軍の工兵隊が建設した。
#***ドーム膜のメーカーが後に東京ドームの膜も担当する。
#*ちなみに会期中にあのアポロ13号の事故が発生している。
#ソ連館は会場一番の高さを誇る巨大建築だった。
#*通天閣よりも高かった。
#*大阪市長か誰かがこちらにも月の石の出展を要請していたがもちろん無理だった。
#*宇宙関連以外では同志ウラジミール・レーニンの生誕100年を祝う展示があった。
#*館内のレストランでは当時ソ連に属していた各連邦共和国の名物料理を食すことができたがとても労働者階級に手の出る価格ではなかった。
#*アポロ12号の宇宙飛行士が急遽ソ連館を訪問したのがちょっとした話題になった。
#三菱のパビリオンは当初高さ400mもの超高層のタワーになるはずだった。
#*しかし大阪が地盤の住友から抗議されたり運輸省から伊丹空港の支障になると怒られたりして諦めた。
#*出来上がった「三菱未来館」は何とも名状しがたい形状をしている。
#**館内で上映された50年後の日本がテーマの映像では台風を上陸前に破壊するなど神をも恐れぬ技術も提案されていた。
#***史実の50年後に実現できたのは激しい自然災害のみ・・・
#**その映像が円谷英二の最後の仕事だった。
#**飛行機操縦のシミュレーターがあった日立グループ館と並んで子どもに人気だった。
#日本家屋風の外見が特徴的だったサンヨー館の名物は「人間洗濯機」。
#*水着姿の女性モデルが1日数回実演していた。
#**今の時代なら若い男性のモデルも起用していただろう。
#*頭を洗う装置は実装できなかった。
#*今も[[門真市]]のパナソニックミュージアムで実物を見ることができる。
#万博初参加だったブルガリア館はバルカンの山々をイメージした尖った建物。
#*万博後は本国に移築されたらしい。
#*[[明治 (企業)|明治乳業]](当時)の幹部がここで出会ったヨーグルトに感銘を受け「ブルガリアヨーグルト」を開発したのは有名。
#国連、ECなど国家ではない国際団体のパビリオンもあった。
#*串間勉が著書で「フジパン館か」と記載していたパンの展示は国連館の可能性大。
#**そのフジパン館は当初パンの未来をモチーフにする予定だったが企業イメージが強すぎるとしてロボットメインに。
#***手塚治虫がプロデュースしていた。
#***ミツバチの腹の部分に見えて仕方がない。
#***万博後は[[愛知万博]]で会場になる愛知青少年公園に移築されたが愛知万博までもたなかった。
#****ただし一部のロボットは展示されたという。
#参加要請一番乗りのカナダは中央政府だけでなくケベックやブリティッシュ・コロンビア州なども出展。
#*アメリカもハワイやロサンゼルスなどが別のパビリオンを出していた。
#オーストラリア館は北斎の「富嶽三十六景」から「神奈川沖浪裏」をモチーフにしたものだがどう見てもブラキオザウルスにしか見えない。
#*万博後は[[四日市市]]に移され長く親しまれたが2014年に解体された。
#**マンホールのデザインではまだ健在。
#フランス館は一見何かの観測施設のような4つの白いドームでできている。
#*中には映像展示やコンコルドの模型だけでなく本格的なフレンチレストランもあった。
#*当初案ではエアドーム式とする予定だったとも。
#イギリス館は上から見るとユニオンジャックが描かれたいかにもという感じだが横から見ると工場を思わせるやや味気ない鉄骨が目立つ。
#*壁の「英国」という漢字表記を書いたのは当時の大阪府知事。
#鉄鋼館は当初から永久保存前提で作られ今では「EXPO'70パビリオン」として使われている。
#*大阪万博を追体験したい人はぜひ。
#*なお館内にあった立体音楽ホールは現在全く使われていない。
#**ガラス越しに当時の演出再現を鑑賞する形に。
#スカンジナビア館はこの博覧会としては珍しく科学技術のマイナス面も大きく取り上げていた。
#*万博後は北海道に移築され81年まであったという。
#ガスパビリオンは笑顔がテーマということで豚の蚊やり器にもドラクエのスライムにも見える独特のパビリオンに。
#*ここにあったミロの壁画は現在中之島の国立国際美術館にある。
#*天六ガス爆発の翌日はさすがに営業を自粛していた。
#*テーマが笑顔なのは笑いは火を使うことと並んで人間特有の行動だからという。
#電気通信館は携帯電話の原型が展示されたことだけで有名。
#*建物は黄色い芋虫のようなちょっと不気味な感じだった。
#*NHKの万博番組の公開放送にも用いられた。
#どこのパビリオンにもスタンプがあった。
#*07年時点では一部のスタンプが復元され「EXPO'70ホール」(現存せず)で押すことができた。
#ワコールとリッカーミシンは社長が仲良しだったというだけで共同出展した。
#*世界からカップルを集めパビリオンで結婚式を行った。
#*中高学校の修学旅行では、「ワコール館だけは入ってはいけません」という制約があった。
#**見るからにセクシーな女性の映像が流れていたため。しかし却って注目を集めてこっそり訪れる男子が続出。
#**もちろん18禁というわけではなく、ワコールが下着を展示できなかったら意味がないわけだが、当時の校則は今より遙かに硬直したものだった。
#自動車館では自動運転システムの先祖とでも言うべき交通ゲームができた。
#*王貞治が万博会場を訪れた際に挑戦したらしい。


===[[東京ヤクルトスワローズ]]===
===フィクションでの大阪万博===
#晴れていてもビニール傘をさしている。
#磯野家の面々が訪問するがタラちゃんが迷子になってしまう。(アニメ版『[[サザエさん]]』)
#服は白・青・赤を好む。
#*しかし迷子ワッペンやテレビ電話のおかげで無事発見される。
#いつも飲んでいるのはもちろん[[ヤクルト本社|ヤクルトやタフマン]]だ。
#*原作の漫画の方では波平が混雑に疲れ果て手前の写真パネル(推定)を背に撮影しただけで帰ろうとする。
#母親はヤクルトレディーだ。
#**なお宿としてあてにしていた大阪の親戚は万博前に東京転勤になってしまった。
#父親はかつては[[日本国有鉄道|国鉄]]勤務。
#*アニメ版はスポンサーの関係か東芝IHI館が登場する。
#お兄ちゃんは[[フジテレビジョン|フジテレビ]]の社員。
#ひろしが月の石を見たがる。(『[[クレヨンしんちゃん]]』)
#お姉ちゃんは[[ニッポン放送]]の社員。
#*映画冒頭では「ヒーローSUN」という架空の特撮番組の主人公になりきってひろしが怪獣(名称不明)を倒す。
#読んでいる新聞は[[産経新聞|産経]]。
#**怪獣によりアメリカ館、ソ連館、松下館が破壊される描写もある。
#*[[サンケイスポーツ]]もセットで。
#**その映画で子供の姿に戻ったひろしがしんのすけに声を掛けられ、回想しながら現実に戻るあの感動シーンも万博会場でのもの。
#家電は[[東芝]]製が多い。
#*** 「とうちゃん……オラが分かる?」「ああ……ああ……!!」
#夏は浴衣を着ることが多い。
#*全く関係ないが、この4年前の映画では敵組織のメンバーたちが「世界の国からこんにちは」にのせて踊るシーンがある。
#『神宮寺 つばめ(じんぐうじ~)』。
#科特隊が万博会場に展示するため怪獣ゴモラを運ぼうとして大失敗。(『ウルトラマン』)
#*神宮外苑のすぐ近くにすむお嬢様。
#*ウルトラマンに倒された後剥製にされて展示されたらしい。
#万博会場でガメラとジャイガーの最後の決戦が行われる。(『ガメラ対大魔獣ジャイガー』)
#*大映の営業力不足が原因で正式にタイアップできなかったとか。
#長崎から北海道へ移住する途中の風見一家が見物し損ねる。(山田洋次監督作品『家族』)
#*移住資金を借りた知人とはち合わせて口論になった。
#悪魔くんの父親(太平洋電機社長)が「ブータン館」で特別な酒を飲まされ空飛ぶホウキ事業に手を出す。(『悪魔くん千年王国』)
#*パビリオンは実は悪魔の偽装だった。
#会場内で夜明かしを試みた若者が地獄に迷い込みレジスタンス運動に協力する。(ムロタニツネ象『パビリオン地獄』)
#核戦争で人類滅亡後に取り残されたパビリオン内で動き続けるカプセル内でカップルが成長する。(手塚治虫『ふたりは空気の底に』)
#<!--オチとして最後に-->番外:未来都市の風景に使いたかったが会期中に間に合わず断念。(『惑星ソラリス』)
#*結局首都高の風景で代用した。


===[[横浜ベイスターズ]]===
==2025年日本国際博覧会の噂==
#崎陽軒のシウマイが大好物。
#平成を飛び越えて令和に帰還してきた大阪万博。
#*鯨料理も大好物。
#*名称は前回と区別するため「大阪・関西万博」。
#学校での成績は広島と並んで常にビリに近い。
#*誘致の言い出しっぺは70年の万博にも深く関わっていた堺屋太一。
#[[TBS|お父さん]]に「荷物まとめて横須賀に行け。」と言われた。
#**ちなみに本人の構想では万博記念公園を再利用する予定だった。
#服は青を着ることが多い。
#**2020年の東京五輪に触発されてこちらも立候補したとか。
#よく見るテレビは[[テレビ神奈川|tvk]]
#***まさに[[日本維新の会|維新]]の功績。
#[[下関市]]にお友達がいる。
#****福岡で維新の会が結成されていれば、福岡が立候補し開催地になっていただろう。
#『浜星 ミラ<!--(鯨座の星)-->(はまぼし ~)』。
#**堺屋太一氏自身は万博開催決定直後に亡くなられました…。
#*[[横浜市|横浜]][[横浜市/中区#関内(馬車道・日本大通り方面)|中心街]]に住むハマっ娘。
#*平成にも[[大阪市/鶴見区#鶴見緑地|鶴見緑地]]で国際花と緑の博覧会(花博)が1990年に開催された。特別博ではあったが入場者数は何気に[[愛知万博|愛・地球博]]に匹敵した。
#**祖父母の時代に[[プロ野球/旧本拠地#川崎球場の噂|川崎]]から越して来た。
#正直最有力候補だったパリが引き下がったおかげで決まったようなものだと思う。
#*横浜出身だけに[[横浜市/中区#石川町・元町|元町]]商店街を愛するオシャレな[[ベタなお色気キャラの法則|お姉さん系]]。
#*他にはエカテリンブルク(ロシア)とバクー(アゼルバイジャン)が相手だった。
#**容姿は星色のウェーヴヘアに[[東京湾|海]]色の瞳(金髪碧眼)が特徴。
#**バクーは東京で開催された2020年のオリンピックに立候補していたが、2025年の万博開催にも立候補するという偶然ぶり。
#***青い[[中華街|チャイナドレス]]を纏い、泣きぼくろの位置に「☆」のタトゥーシールを付けている。
#*パリが撤退したのは2024年の夏季オリンピック開催が決まったかららしい。
#*競争にはあまり興味が無いが、何かと賞<!--(個人タイトル)-->を貰う事は多い。
#会場へのアクセスは大阪メトロ中央線が大活躍する予定。
#*暇な時「おーおーうぉーうぉ♪[http://www.youtube.com/watch?v=By-TS_4QhdI]」と知らず知らずに口ずさんでいる。
#*JRなら桜島からバスで移動だとか。
#*[[みなとみらい|21]]才。
#*ポスターではなんと2020年時点で開業済み扱い。
#キャラデザは「さよなら絶望先生」でおなじみの[[wikipedia:ja:久米田康治|この人]]が担当。
#**すでにコスモスクエア駅から夢洲に向かうトンネルは完成済みだとか。
#cv:松本梨香(横浜つながりと彼女自身がファンでもあるから)。
#*とはいえ大阪メトロ中央線は梅田・難波・天王寺・新大阪駅のいずれにも直通していないのが難点。その点前回(1970年)の万博には遠く及ばない。
#*会場となる夢洲は幻に終わった2008年大阪五輪のメイン会場になる予定の場所でもあった。
#*そのため大阪メトロは万博までに中央線に新型の400系を投入することになった。
#*一方、会場輸送に関してはほぼ大阪メトロ(と強いて言うなら近鉄)の独占になる見込みで、阪急阪神京阪南海にとっては蚊帳の外。
#当初は「人類の健康・長寿への挑戦」がテーマの予定だったがもっと総合的な「いのち輝く未来社会のデザイン」に変更された。
#*会場の夢洲の近くにIR(カジノ含む)を誘致する計画があるため「何の皮肉だ」とも一部で言われている。
#この博覧会が失敗すれば万博の歴史そのものが終わってしまうような気がしてならない。
#*それどころか日本国そのものが終焉を迎えるような気がしてならないのだが...。2025年以降に「その日」を迎えるとして今後こういう輝くイベントがないのであればこの万博の成功で有終の美を飾れると思う。
#**ちなみにこの年は団塊の世代が後期高齢者に突入すると言われる。
#**あと[http://www.fukkatu-nagoya.com/soejima/kitami-books.html 80年周期説]によればこの年が日本の「その日」だそうな。
#***その辺りで南海トラフ巨大地震でも起こるのだろうか…
#**万博を前に新型コロナウイルス感染症で日本はおろか全世界が大変なことに…。2020年の東京五輪も1年延期というかつてない事態に追い込まれたし。
#*おいおい別に2025年万国博覧会は大阪以外誰も手を挙げなかったわけでもないのに悲観過ぎでは。
#ロゴマークが決定したが、早速ネタにされている。
#*もっとも候補に上がった時点でみんな没案・イロモノ枠だと揶揄されてたが。
#*の○まんゲームスも動画のネタにしてたな...。


===[[中日ドラゴンズ]]===
==関連項目==
#ドアラをそのまま女性擬人化したようなキャラクターに。
*[[万博ファン]]
#*あらゆる場面でもフリーダム。
*[[吹田市#万博記念公園|万博記念公園]]
#声優の選定にえらく苦労する(名古屋出身者がかなり多いため)。
*[[近畿の遊園地・テーマパーク#エキスポランド|エキスポランド]]
#*[[Wikipedia:ja:愛知県出身の人物一覧#声優|参考]]
*[[大阪市/此花区#夢洲の噂|夢洲]]
#買い物はいつも[[ユニー|アピタ]]
*[[もし1970年の大阪万博が○○だったら]]
#読む新聞は言うまでもなく[[中日新聞]]
#*[[中日スポーツ]]とセット購読は当然。
#服は青と白をよく着る。
#愛車は[[トヨタ自動車|トヨタ]]。
#アオキーズピザのピザをよく食べる。
#家は屋根付きだがなのに雨で水没したり、雨漏りしたことがある。


===[[阪神タイガース]]===
{{DEFAULTSORT:おおさかはんはく}}
#夏は毎年いろんなところに旅をする。
[[Category:イベント]]
#買い物はもちろん、[[阪神百貨店]]。
[[Category:吹田市]]
#*買い物の行き来には[[阪神電気鉄道|阪神電車]]。
[[Category:大阪市]]
#昔はとても成績が悪かった。
#服は黒・黄色が好き。
#*縦縞なら、なお大好き。
#*グレーも好き。
#新聞は[[デイリースポーツ]]。
#*とはいえ、報知以外の関西紙ならどれでも読む。
#[[サンテレビジョン|サンテレビ]]大好き。
#*その次に[[朝日放送]]が好き。
#*[[毎日放送]]も。
#*読売テレビはあまり好きになれない。
#お菓子はグリコに限る。
#ファーストフードは[[ケンタッキーフライドチキン|ケンタッキー]]によく行く。
#着メロは言うまでもなく六甲颪。
#『[[西宮市|西宮]] [[虎|大河]](にしみや たいが)』。
#*[[とらドラ!ファン|背が小さく可愛らしい容姿をしているが性格が凶暴な為「手乗りタイ]]・・・あれ?
#*それならいっそのこと『大阪 大河(お'''お'''さか たいが)』でいい。<!--旧称の大阪タイガースにちなむ-->
#*1985年生まれ。
#『阪神 [[フランス語|てぃぐる]](さかかみ ~)』。
#*西宮市内の高級住宅街には住んでいるけれど庶民感覚溢れる女の子。
#**活発で明るく、地元だけでは無く縁のある地域に住む[[阪神タイガースファン|多くの人]]に[[ベタなモテモテキャラの法則|好かれている]]。
#**今でこそ不自由のない生活をしているが、かつて[[阪神タイガース/暗黒時代|逆境の日々]]を過ごしていた時期もあった。
#**近年ちょっとずつ[[阪神甲子園球場|家]]をリフォームしている。
#***[[阪神甲子園球場|家]]の外側を覆っているツタの手入れが秘かな楽しみ。リフォームの際にはがしたが、只今植え直し中。
#*容姿は栗色のショートカットにトラ耳カチューシャ。
#**服は白のキャミソールにブラックデニムのホットパンツ(トラのしっぽ付き)、黄色いスニーカーにタイガースのハッピを羽織っている。
#**手にはメガホン、顔にはネコひげのペイント。
#*[[東京/文京区#後楽園の噂|東の方]]に住む[[#読売ジャイアンツ|一家]]とは古くから激しいライバル関係にあり、顔を合わせる度に周りから「伝統の一戦」と言われる。
#*くじ運が悪い。
#*16才(高校1年生)。
#SOS団員だ。
#広島弁がちょっとずつ入ってきている。
 
===[[広島東洋カープ]]===
#うどんが大好物。
#*[[お好み焼き]]も(ry
#**ソースはもちろん[[オタフクソース|オタフク]]製。
#学校での成績は常にビリに近い。
#彼氏は[[wikipedia:ja:梵英心|ソヨギ君]]。
#*ちなみに元彼は、[[wikipedia:ja:金本知憲|カネモト君]]と[[wikipedia:ja:新井貴浩|アライ君]]だ。
#家はとにかく貧乏で節約上手でケチな母親(父親?)のおかげで何とかやっているものの、そのせいで上記の[[wikipedia:ja:金本知憲|カネモト君]]と[[wikipedia:ja:新井貴浩|アライ君]]や[[wikipedia:ja:黒田博樹|クロダ君]]にフラレている。
#家はこの間まで[[広島市民球場|とにかく日本一狭い家]]だったが今年(2009年)の春に[[新広島市民球場|アメリカンナイズな芝生付の広い家]]に引っ越す事になった。
#cv:宍戸留美(広島つながり)
#*あるいは、松来未祐(松木美愛子)
#服は赤を好む。
#*バイクに乗るときのヘルメットも同じ色に染めており、「赤ヘル」とあだ名で呼ばれている。
#車は[[マツダ]]。
#よく行く電気屋は[[デオデオ]]。
#『魚里 もみじ(うおざと~)』。
#*広島に住むちょっと貧乏な女の子。
#**今年、住み慣れた狭い家からお引っ越しした。
#*容姿は、スライリーをイメージしたドレッドヘアに赤ずくめのファッションが特徴。
 
==プロ野球(パ・リーグ)==
===[[北海道日本ハムファイターズ]]===
#数年前に東京から札幌へ引っ越してきた。
#パフォーマンスやコスプレが大好き。
#CV中原麻…げふげふ。
#*あるいは今野宏美や後藤麻衣かも。(北海道つながりで)
#[[北海道新聞|道新]]を読んでいる。
#料理にはやっぱり[[日本ハム]]の食材を使う。
#好きな米はホクレンのほしのゆめ。
#服は片袖が黒いものを好む。
#*そして色はグレー。
#よく行くコンビニは[[ローソン]]。
 
===[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]===
#彼氏は[[wikipedia:ja:田中将大|マー君]]
#服はエンジ色をよく着る。
#ティッシュはクリネックスをいつも使っている。
#よくボヤく。
#言うまでもなく買い物は[[楽天]]を利用する。
#*[[ソフトバンク]]・[[Yahoo!]]連合がライバル。
#新聞は[[宮城のメディア#河北新報|河北新報]]。
#*サンスポもよく見る。
#夏は浴衣をよく着る。
#よく見るチャンネルはSkyASports+とBS11だ。
 
===[[埼玉西武ライオンズ]]===
#cv・斎藤千和(埼玉つながり)。
#*ゆえに、口癖は『[[wikipedia:ja:日向夏美|ボケガエル!]]』と『[[wikipedia:ja:ARIAの登場人物#藍華・S・グランチェスタ(あいか えす -)(Aika S. Granzchesta)|恥ずかしいセリフ禁止!]]』。
#おかしな建築の家に住んでいる。
#両親は福岡生まれ。
#*でもしばらく実家に帰りづらかったらしい。
#よく聴くラジオは[[文化放送]]。
#よく見るテレビはテレ玉。
#ピザーラのピザをよく食べる。
#服は空色を好む。
#*最近では紺色を好む。
#手塚治虫の「ジャングル大帝」のファンだ。
#お買い物はやっぱり[[西武百貨店]]。
#日常的に[[西武鉄道]]を使っている。よってさいたま市在住ではない。
#家は一応屋根付きなのだが・・、親の意向で安上がりなのがみえみえである。
 
===[[千葉ロッテマリーンズ]]===
#昔は家らしい家がなくジプシーと呼ばれていた。
#名前は「幕張まりん」。
#CV:福原香織(千葉つながり)。
#服は白地に黒の縦縞をよく着る。
#*ダンダラ帯の付いた服もお好み。
#よく見るテレビは[[千葉テレビ|チバテレビ]]。
#やっぱりお菓子は[[ロッテ]]に限る。
#*よく行くファーストフードはロッテリア。
#[[韓国|この国]]が大好き。
#[[BS放送局#TwellV|TwellV]]をよく見る。
 
===[[オリックス・バファローズ]]===
#成績はビリに近いほうだったが、2008年の夏ごろから上位に。
#父親と母親が合併(笑)して出来た子である。
#電車は[[阪急電鉄|阪急]]によく乗る。
#*上の関西虎に寝返ったので今はそうでもない。
#お買い物は[[近鉄百貨店]]。
#*上の関東大男に裏切りをくらったので今はそうでもない。
#服は青・赤・白を好む。
 
===[[福岡ソフトバンクホークス]]===
#大阪から越してきてしばらくは成績が低迷していたがその後はトップを取るようにもなった。
#顔立ちの濃い彼氏が多い。
#*しかし、現在の彼氏はイケメンの[[wikipedia:ja:川崎宗則|ムネリン]]。
#cv:田村ゆかり(福岡つながり)
#服は黒・金色をよく着る。
#*大阪にいた頃は緑色の服をよく着ていた。
#*福岡に越してきた当初はオレンジっぽい色の服を着ていた。
#**そのときは鳥の頭みたいな帽子を好んでかぶっていた。
#[[西日本新聞]]を読んでいる。
#プロバイダは[[Yahoo!]]と契約している。
#携帯はやっぱり[[ソフトバンク]]。
#昔の影響で、好きなスーパーは[[ダイエー]]だ。
#大阪にいた頃、よく[[南海電鉄|南海電車]]を利用してた。
#*それで、よく難波へ行っていた。
 
==メジャーリーグ==
===ボストン・レッドソックス===
#手塩にかけて育てた息子を奪われてずっと気が沈んでいた。
===タンパベイ・レイズ===
#去年、飼っていたエイが死んでしまったが、その後急に成績がよくなったらしい。
===ミネソタ・ツインズ===
#「ポール」と「ミネア」の双子。
#両親は[[ワシントンD.C.]]生まれ。
#*父親は上院議員。
 
===シアトル・マリナーズ===
#[[任天堂|Nintendo]]のゲームが大好き。
 
===ニューヨーク・ヤンキース===
#大金持ちのお嬢様。
#よく見る映画は「ゴジラ」。
 
==サッカー・Jリーグ==
===[[コンサドーレ札幌]]===
#白い恋人とサッポロビールが大好物。
#家具はニトリでそろえる。
#家電はやっぱり東芝に限る。
#服は赤と黒の縦縞が好き。
#よく見る番組は「水曜どうでしょう」。
 
===[[ベガルタ仙台]]===
#勝った時はオーラ。
#よく見る新聞はサンスポ。
#J1に昇格したらおっぱい見せてもいいかな・・・と思っている。
#*J1で優勝できたらおっぱいを触らせたり吸わせたりしてもいいかな・・・と思っている。
#よく行く場所は泉中央。
#よく見る放送局は宮城県内の放送局全て。
#成績はそこそこよいが、合格点まであとわずか足りないという経験が非常に多い。
#イタズラをするのが大好きだ。
#好きな曲はカントリーロード。
 
===[[モンテディオ山形]]===
#好きな食べ物はご飯で好きな銘柄は勿論「はえぬき」や「つや姫」だ。
#cv:遠藤綾(山形つながり)
#炎のカリーパンが楽しみ。
#好きな曲は「オーバー・ザ・レインボー」。
 
===[[アルビレックス新潟]]===
#服の色はオレンジ・青を好む。
#3時のおやつは[[亀田製菓]]のお菓子。
#cv:広橋涼(新潟つながり)
 
===[[ザスパ草津]]===
#よく行くお店はベイシアとカインズホーム。
#観戦するときは必ず湯もみ娘の格好に着替える。
 
===[[水戸ホーリーホック]]===
#よく「ホーリーホクッ」といい間違える。
#よく行くお店はケーズデンキ。
#服の色は、青・緑を好む。
 
===[[鹿島アントラーズ]]===
#たとえ遠くてもホーム戦は必ず観戦する。
#保険などは住友に入っている。
#服の色はエンジ色が大好き。
#初詣は鹿島神宮。
 
===[[浦和レッドダイヤモンズ]]===
#地元の期待の星。
#もちろん服の色は赤を好む。
#愛車は[[三菱自動車|三菱]]。
#[[ドイツ]]が大好き。
 
===[[大宮アルディージャ]]===
#父親は[[NTT]]社員。
#携帯は[[NTTドコモ]]、プロバイダーはぷらら。
#よく聴くラジオは[[NACK5]]
#成績は良い方ではないが、毎回赤点は免れている。
#薬は置き薬で済ます。
#ライバルは同じ町内の[[#浦和レッドダイヤモンズ|赤い子]]。
#飼っているペットはリス。
 
===[[柏レイソル]]===
#服の色は黄色・黒を好む。
#家電は[[日立製作所|日立]]製が多い。
#保険はアフラックに加入している。
#好きなテレビ局は[[千葉テレビ|チバテレビ]]。
#cv:高橋美佳子(千葉、もとい柏つながり)
#演歌とアニソンが好き。
 
===[[ジェフユナイテッド市原・千葉]]===
#服の色は黄色と紺と緑を好む。
#パチンコ好きで、サミーが特にお気に入り。
#車のメンテナンスや用品を買うときはオートウェーブによく行く。
 
===[[FC東京]]===
#服の色は青と赤が好き。
#よく行くコンビニは[[am/pm]]。
#父親は[[東京ガス]]の社員。
#実は大食い。
 
===[[東京ヴェルディ]]===
#たとえ弱くなっても・・・。
#読んでいる新聞は[[読売新聞]]。
#好きなテレビ局は[[日本テレビ]]。
#服の色は緑が好き。
#昔は川崎に自宅があったが、近所づきあいがほとんどなかった。
 
===[[川崎フロンターレ]]===
#服の色は空色・黒を好む。
#愛用のパソコンは[[富士通]]製。
#*スキャナーはPFU、エアコンは[[富士通#富士通ゼネラル|富士通ゼネラル]]製。
#仙台のサポーターとは大の仲良し。
 
===[[横浜F・マリノス]]===
#服の色は青・赤・白を好む。
#愛車は[[日産]]製。
#よく利用する飛行機は[[全日本空輸|ANA]]。
#cv:金田朋子(横浜つながり)
 
===[[横浜FC]]===
#水色の服をよく着る。
 
===[[ヴァンフォーレ甲府]]===
#飼っているペットはかわいい甲斐犬。
#よく買うのは「はくばく」の製品。
#青・黄色の服をよく着る。
 
===[[ジュビロ磐田]]===
#水色・白の服を好む。
#バイク・楽器演奏が大好き。
#*愛車のバイクは[[ヤマハ発動機]]製。
#*愛用の楽器も[[ヤマハ]]製。
#よく読む新聞は[[静岡のメディア#静岡新聞|静岡新聞]]。
 
===[[清水エスパルス]]===
#オレンジの服を好む。
#お菓子はグリコのをよく食べる。
#よく利用する飛行機は[[日本航空|JAL]]。
#*[[フジドリームエアラインズ|父親の航空会社]]が開業したらそちらを優先する。
#よく見るテレビ局は[[テレビ静岡]]。
 
===[[名古屋グランパス]]===
#服の色は赤やオレンジを好む。
#ストイコビッチは神様だと思っている。
#愛車は[[トヨタ]]製。
#読んでいる新聞は[[中日新聞]]。
 
===[[FC岐阜]]===
#服の色は緑と赤を好む。
#学校での成績はあまり良くない。
#好きな放送局は、[[岐阜のメディア#岐阜放送|ぎふチャン]]。
#*それにメ~テレも好き。
 
===[[京都サンガF.C.]]===
#服の色は薄い紫を好む。
#携帯は[[京セラ]]製。
#[[任天堂]]製のゲームを持っている。
#もちろん下着は[[ワコール]]。
#友達とは[[京都銀行|ながーーーーーーーーーーーいお付き合い]]でいたいといつも思ってる。
#最近自宅にあったエレベーターを撤去したようだ。
 
===[[ガンバ大阪]]===
#服の色は青と黒を好む。
#家電は[[パナソニック]]製が多い。
#目薬は[[ロート製薬]]のをよく使う。
#外食は焼肉のでんでよく食べる。
 
===[[セレッソ大阪]]===
#服の色はピンクを好む。
#愛車はヤンマーのトラクター。
#大好物はシャウエッセン。
 
===[[ヴィッセル神戸]]===
#エンジ色の服を好む。
#趣味は楽天でお買い物。
 
===[[サンフレッチェ広島]]===
#濃い紫色の服を好む。
#愛車は[[マツダ]]。
#よく行く家電店は[[デオデオ]]。
#お菓子は[[カルビー]]のをよく食べる。
#クレジットカードは[[ライフカード]]を使っている。
#昔、制服を忘れて先生に怒られたことがある。
#*大事なカップを割ってしまったこともある。
#[[ベガルタ仙台|仙台]]にだけは頭が上がらない。
 
===[[ファジアーノ岡山FC]]===
#服の色はワインレッドを好む。
 
 
===[[徳島ヴォルティス]]===
#青い服をよく着る。
#得意技は阿波踊り。
#小腹が空いたらカロリーメイト。喉が乾いたらポカリスエット。元気ないときはオロナミンC。夜食はボンカレー。
 
===[[愛媛FC]]===
#ミカン色の服が大好き。
#よく見る放送局は愛媛県内の放送局全て。
#ショッピングは[[フジ(チェーンストア)|フジ]]によく行く。
#愛用するガソリンスタンドはSOLATO。
#ライバルは[[スポーツチーム萌え擬人化#徳島ヴォルティス|この子]]。
 
===[[アビスパ福岡]]===
#[[ドラゴンクエストファン]]。
#[[#福岡ソフトバンクホークス|鷹さん]]に人気でかなわないのでいつも落ち込んでいる。
 
===[[サガン鳥栖]]===
#服はピンク・水色を好む
#テレビはもちろんサガテレビ。
 
===[[大分トリニータ]]===
#服の色は青・黄色を好む。
#よく行くファミレスは[[ジョイフル]]。
#こっそりマルハンに通ってることはないしょ。
#cv:岩男潤子(大分つながり)
 
===[[ロアッソ熊本]]===
#服の色は赤色を好む。
#cv:釘宮理恵(熊本つながり)
 
==サッカー・ヨーロッパ==
===[[インテル・ミラノ]]===
#名前は『ネラ・ミラノ』。
#*オシャレの街[[ミラノ]]に居を構える、高潔な心を持った[[ベタなインテリ・クールキャラの法則|クール]]な[[お嬢様/タカビー系|お嬢様]]。[[ベタなクーデレキャラの法則|クーデレ]]。
#**常に硬質な展開で相手を圧倒するも、何故か大一番にだけは弱く、人知れず唇を噛み締める。
#*見る人の心をも吸い込む漆黒のロングヘアに[[地中海]]を映したかの様な青い瞳が特徴。
#**黒を基調としたパンツスーツをビシッと着こなし、インナーには青のブラウス、足元はエナメルのヒールと言った隙の無い装い。
#*富豪ではあるが、元々は分家に当たり、本家との仲は良くない。
#**本家の娘<!--(ACミラン)-->とは激しいライバル関係にあり、過去に数々の記憶に残る熱戦を繰り広げた。
#*憧れの地は[[東京]]。
 
===マンチェスター・ユナイテッド===
#普段は大人しいが、ひとたびキレると凶悪な性格になる。
 
===チェルシーFC===
#ロシア人の富豪の養女になってから急に羽振りが良くなった。
 
===レアル・マドリード===
#高飛車系お嬢様。
#白い服を好む。
 
==バスケ・日本リーグ==
===レラカムイ北海道===
#服はオレンジ・紺色を好む
#顔はキツネ顔。
 
==バスケ・BJリーグ==
===仙台89ers===
#「ジンギスカン」でダンスするのが楽しみ。
 
[[Category:スポーツ|もえきしんか]]
[[Category:萌え擬人化|すほおつ]]

2022年4月30日 (土) 11:12時点における版

1970年日本万国博覧会の噂

全般

  1. 1970年(昭和45年)、大阪府吹田市で開催された。
    • 吹田市といっても1956年9月30日まで三島郡山田村だった区域。
  2. 日本が1945年に敗戦してからわずか四半世紀で「世界第2位の経済大国」になったのを世界に広めた。
  3. 高度成長の到達点のようなもの。
    • 当時の日本人の半数以上が足を運んだという。
      • 入場者数が一番多かった日には当時の島根県の総人口に匹敵する人が会場内にいたという。
      • 猛烈な混雑のため一部では「残酷博」と揶揄された。
    • この博覧会の入場者数は40年後の上海万博まで破られなかった。
  4. テーマは「人類の進歩と調和」。
    • 英語で「人類」部分を"mankind"と訳しているあたりに時代を感じる。
    • 当初は「人類の調和と進歩」にして進歩一辺倒の風潮を疑う問題意識が高いものにするはずだった。
    • こちらも長い待ち時間と行列のせいで「人類の辛抱と長蛇」と揶揄されてしまった。
  5. 当初は日本の国際博覧会ということで「JEXPO」と略す予定だったが一部言語で発音しにくいため「EXPO」にされた。
    • シンボルマークも変更されている。
      • 最初の案が「日本が全世界の上にあぐらをかいているようだ」と非難され変更された。
        • 下半分が鉄アレイのように見える。
      • 没になった方をデザインしたのは後に福岡市営地下鉄各駅のマークをデザインした西島伊三雄だった。
  6. 参加国は当時としては最多の77か国。
    • これでもポーランド、イスラエル、オーストリア、ボリビア、現在のコンゴ民主共和国などが出展をキャンセルしている。
      • 特にハイチ・ガイアナはかなり差し迫ってからのキャンセルだったため公式ガイドブックにもパビリオンの記載が残ったまま。
      • 国内の企業・団体では国鉄がパビリオン出展を取りやめ新幹線を「動くパビリオン」に見立てていた。
        • 実際万博へ行く際に初めて新幹線を利用したという人も多い。
    • 中華人民共和国の参加を呼び掛けるという話もあったが国交がなかったため断念。
      • 後に跡地で「中華人民共和国博覧会」を行うという荒業が出る。
        • 一方台湾は「中華民国館」で出展した最後の博覧会である。
      • 東ドイツやモンゴルも国交がなかったため呼べなかった。
        • ドイツもベトナムも資本主義陣営側の国だけ参加。
          • ベトナム館のテーマは「自由世界の諸国との調和を保つベトナム共和国の過去と現在と未来の発展」と東側との対立を押し出したものだった。
      • 中華人民共和国との国交回復は2年後の1972年だった。
  7. 開催国としてはオーストラリアがライバル視されたが向こうが譲歩したため無事開催決定。
    • 日本国内では他に東京、筑波、大阪南港、神戸市、現在の守山市が候補とされた。
    • オーストラリア側自体も国際博覧会条約未加盟だったため開催優先度は低めだった。
  8. 一部からは「日米安保改定から目をそらさせるための陰謀」とも呼ばれた。
  9. この博覧会を機にフライドチキン、動く歩道、電気自動車などが日本に定着したとされる。
    • 人間洗濯機は定着しなかった模様。
      • 今は介護用として実用化されているとか。
  10. 入場券のセンスが半世紀経ってから見てもおしゃれ。
    • ただし半券のちぎり方は全体的に荒かった模様。
    • 自動改札も検討されたがシステムの信頼性が乏しく手作業に・・
      • 自動改札は万博の3年前の1967年に会場からほど近い阪急北千里駅で初めて実用化された。
  11. 多くの日本人にとって世界を体感できる貴重な機会だった。
    • コンパニオンどころか単なる観光客であっても外国人はサインをねだる対象になった。
  12. テーマ曲「世界の国からこんにちは」は今でも広く歌い継がれている。
    • 「桜の国で」と地味にマークのことも歌われている。
    • 三波春夫が歌ったものがもっとも有名だが他にも坂本九や山本リンダなどが歌っていた。
  13. この博覧会で外国語表示と言えば英語とフランス語だった。
  14. 実は開幕当日は雪だった。
    • ソ連館のロシア人ホステスまで寒がっていたという証言があるのでかなりの寒さだったと思われる。
  15. 当時の新聞によると閉会式で万博旗が1976年のフィラデルフィア万博へ引き継がれたというがそのような博覧会は行われていない。
    • そもそも万博自体の熱気が下がり次に大阪と同格の一般博が行われたのは22年後のセビリア。
    • 76年のアメリカでの万博構想は全米各地での建国200年祭に転換された。
  16. 公式ガイドブックを見ていると今はない国や政体が変わった国もあり時代を感じる。
  17. 公式ではないガイドブックでは万博と合わせて京都や奈良などを観光するコースも紹介されていた。
    • 近鉄はこの万博に力を入れていたようで、難波線と鳥羽線の開通や志摩線の1067→1435mm軌間への改軌もこれを気に行われた。
  18. この博覧会に関する資料は関西の古書店や古本市などで入手しやすい気がする。
    • 特に公式ガイドブックは出版数が多かったため運がいいと100円程度で買えることすらある。
    • 各パビリオンのパンフレットも取り扱いが多いように見える。
    • 会場の市外局番が(06)ではなく(068)だった(4年後の1974年に(06)へ統廃合)。
  19. 関西電力が東日本大震災直前に放送していたCMではこの博覧会に原子力で作った電気を届けたことが取り上げられていた。
  20. 「調和どんぶり」「万博ずし」「アポロ12号餅」などという得体の知れないメニューを食すことができたらしい。
    • 余談だがカップヌードルのデビューは万博翌年の1971年だった。もし数年早く発売されていたら会場にもカップヌードル自販機が設置されていたに違いない。
      • 恐らく万博がカップヌードルブレイクのきっかけになっていた。
      • マクドナルド日本上陸も。
  21. 北大阪急行の運賃が安いのは万博輸送で大儲けしたため。
    • 当時は「万国博」行きの電車が大活躍していた。
    • 凄まじい混雑だったため降りたら万博土産の陶器が粉々になっていたという証言もある。
    • 会期終了間際の休日には最終電車に乗れずに会場内に野宿した人が大勢いたとか…。彼らは翌日朝イチで万博を見られるように配慮されたらしい。
  22. 万博で走ったモノレールは日本跨座式を普及させるうえで大いに役に立った。
    • 実は自動運転かつ全駅ホームドアつきだった。
    • 当初案ではアメリカからこんなバスを走らせる予定だったと聞く。
    • 湘南モノレールが1970年開業なのは懸垂式モノレールをアピールしたかったためとか。
  23. 言うまでもなく昭和45年の日本にとって最大級の出来事だった。
    • 当時の週刊誌(週刊朝日など)でもあらゆるページが万博ネタで埋まっていた。
      • 広告では「我が社の○○は万博会場でもお求めになれます」「××グループの一員として××館に協力しています」などがよく目につく。
      • お悩み相談でも万博会場でのトラブルが取り上げられていた。
    • そのためか同年に生まれた子供には博・博美など名前に「博」の字が付くことが多かった。
    • 宮迫博之(1970年3月生まれ、会場に近い茨木市出身)とか。
      • 永作博美(1970年10月生まれ)も。
  24. 東海道新幹線もパビリオンの1つとされたらしい。
    • もし山陽新幹線の新大阪~岡山(1972年3月開業)が2年早く開業していたら。
  25. 中国で国民党が共産党に勝っていたら上海での開催になっていたが、大阪での開催は10年遅れていた。

パビリオンの噂

太陽の塔
  1. 各パビリオンの女性スタッフは「ホステス」と呼ばれていた。
    • なお愛知万博では「アテンダント」だった。
    • 民族衣装や最新モードなど多彩なコスチュームがあった。
    • スイス館のホステスがスカート丈を勝手に短く改造し怒られたこともあったらしい。
    • 各館の男女スタッフが交流するうちに恋愛関係に発展することもあった。
      • 当時のマスコミに「昼はエキスポ、夜はセ×スポ」と書かれたこともある。
    • 今でも空港の女性スタッフは「グランドホステス」と呼ばれている。
  2. 全体的に未来建築っぽいものが大多数だったがラオスやタイのパビリオンは伝統建築がモチーフだった。
    • 国内なら東大寺七重塔(現存せず)がモチーフの古河グループ館も。
    • 天平様式でタイムカプセルを展示していた松下館も。
  3. やたらぶっ飛んだデザインの建物が特に国内企業のパビリオンに多かった。
    • 怪獣を思わせる外観の東芝IHI館(設計:黒川紀章)や足場を残し工事中の体にしたせんい館(横尾忠則がデザイン)などが代表的。
    • 前衛芸術の若手を積極的に登用した結果。
  4. 映像系展示が博覧会でおなじみになったのはこの博覧会から。
    • ただしこの時はヌードや屠殺場の映像など現代では大問題になりかねないものもあったという。
  5. 太陽の塔が最も有名。
    • 岡本太郎の代表作として知られる。
      • 本人としては万博の理念に思い切り異議を唱えるつもりで作ったらしい。
    • 内部には「生命の樹」と呼ばれるモニュメントがあった。
      • 2018年から色々作り直して再公開。
    • 丹下健三が設計した大屋根に穴を開けた姿が衝撃的だった。
      • 大屋根が消えた今では味わえない感覚。
      • なお大屋根の下は「お祭り広場」として様々なイベントに使われた。
      • 大屋根の中には都市計画の模型等。
    • 地下部分にあった「地底の太陽」は現在行方不明。
    • 会期中には目の部分に万博反対派が立てこもるという事件もあった。
      • 岡本太郎はその様子を見て「ダンスでも踊ればいいのに」と言ったらしい。
      • その男は「赤軍」と書かれたヘルメットをかぶっていたが無関係だった模様。
    • 今でも吹田市の代表的な建造物である。
      • カントリーサインにも太陽の塔が描かれているらしい。
      • マンホールにも採用されている。
  6. エキスポタワーは本来シンボルタワーになるはずだった。
    • 中に入れるカプセルがいくつも取り付けられ未来の住宅の姿を現していた。
    • しかし老朽化により90年閉鎖→03年解体。
    • 当時のガイドブック表紙などに描かれた会場のイラストで取り上げられなかったのは未来を暗示していたのだろうか…。
  7. 日本館は上から見ると桜の形状(=シンボルマーク)だった。
    • しかし横から見るとなんとなくコンビナートのような味気ない感じ。
    • 日本の歴史も扱うということで原爆にも触れられていたがタペストリーで抽象的に扱っただけ。
    • こちらも永久保存の予定があったらしいが閉幕後は一度も使われず79年に解体。
    • なぜか月の石のかけらも展示されていた。
  8. 外国館一番のスターは何と言ってもの石を擁するアメリカ館。
    • 大リーグやアメリカの自然に関する展示も一応あったがもはやそれどころではない。
    • 建物は東京ドームと同じエアドームだった。
      • 後にあるスーパーが店舗として使うという話もあったが消防法の絡みで断念。
      • 日本の建設会社では技術的に無理だったため米軍の工兵隊が建設した。
        • ドーム膜のメーカーが後に東京ドームの膜も担当する。
    • ちなみに会期中にあのアポロ13号の事故が発生している。
  9. ソ連館は会場一番の高さを誇る巨大建築だった。
    • 通天閣よりも高かった。
    • 大阪市長か誰かがこちらにも月の石の出展を要請していたがもちろん無理だった。
    • 宇宙関連以外では同志ウラジミール・レーニンの生誕100年を祝う展示があった。
    • 館内のレストランでは当時ソ連に属していた各連邦共和国の名物料理を食すことができたがとても労働者階級に手の出る価格ではなかった。
    • アポロ12号の宇宙飛行士が急遽ソ連館を訪問したのがちょっとした話題になった。
  10. 三菱のパビリオンは当初高さ400mもの超高層のタワーになるはずだった。
    • しかし大阪が地盤の住友から抗議されたり運輸省から伊丹空港の支障になると怒られたりして諦めた。
    • 出来上がった「三菱未来館」は何とも名状しがたい形状をしている。
      • 館内で上映された50年後の日本がテーマの映像では台風を上陸前に破壊するなど神をも恐れぬ技術も提案されていた。
        • 史実の50年後に実現できたのは激しい自然災害のみ・・・
      • その映像が円谷英二の最後の仕事だった。
      • 飛行機操縦のシミュレーターがあった日立グループ館と並んで子どもに人気だった。
  11. 日本家屋風の外見が特徴的だったサンヨー館の名物は「人間洗濯機」。
    • 水着姿の女性モデルが1日数回実演していた。
      • 今の時代なら若い男性のモデルも起用していただろう。
    • 頭を洗う装置は実装できなかった。
    • 今も門真市のパナソニックミュージアムで実物を見ることができる。
  12. 万博初参加だったブルガリア館はバルカンの山々をイメージした尖った建物。
    • 万博後は本国に移築されたらしい。
    • 明治乳業(当時)の幹部がここで出会ったヨーグルトに感銘を受け「ブルガリアヨーグルト」を開発したのは有名。
  13. 国連、ECなど国家ではない国際団体のパビリオンもあった。
    • 串間勉が著書で「フジパン館か」と記載していたパンの展示は国連館の可能性大。
      • そのフジパン館は当初パンの未来をモチーフにする予定だったが企業イメージが強すぎるとしてロボットメインに。
        • 手塚治虫がプロデュースしていた。
        • ミツバチの腹の部分に見えて仕方がない。
        • 万博後は愛知万博で会場になる愛知青少年公園に移築されたが愛知万博までもたなかった。
          • ただし一部のロボットは展示されたという。
  14. 参加要請一番乗りのカナダは中央政府だけでなくケベックやブリティッシュ・コロンビア州なども出展。
    • アメリカもハワイやロサンゼルスなどが別のパビリオンを出していた。
  15. オーストラリア館は北斎の「富嶽三十六景」から「神奈川沖浪裏」をモチーフにしたものだがどう見てもブラキオザウルスにしか見えない。
    • 万博後は四日市市に移され長く親しまれたが2014年に解体された。
      • マンホールのデザインではまだ健在。
  16. フランス館は一見何かの観測施設のような4つの白いドームでできている。
    • 中には映像展示やコンコルドの模型だけでなく本格的なフレンチレストランもあった。
    • 当初案ではエアドーム式とする予定だったとも。
  17. イギリス館は上から見るとユニオンジャックが描かれたいかにもという感じだが横から見ると工場を思わせるやや味気ない鉄骨が目立つ。
    • 壁の「英国」という漢字表記を書いたのは当時の大阪府知事。
  18. 鉄鋼館は当初から永久保存前提で作られ今では「EXPO'70パビリオン」として使われている。
    • 大阪万博を追体験したい人はぜひ。
    • なお館内にあった立体音楽ホールは現在全く使われていない。
      • ガラス越しに当時の演出再現を鑑賞する形に。
  19. スカンジナビア館はこの博覧会としては珍しく科学技術のマイナス面も大きく取り上げていた。
    • 万博後は北海道に移築され81年まであったという。
  20. ガスパビリオンは笑顔がテーマということで豚の蚊やり器にもドラクエのスライムにも見える独特のパビリオンに。
    • ここにあったミロの壁画は現在中之島の国立国際美術館にある。
    • 天六ガス爆発の翌日はさすがに営業を自粛していた。
    • テーマが笑顔なのは笑いは火を使うことと並んで人間特有の行動だからという。
  21. 電気通信館は携帯電話の原型が展示されたことだけで有名。
    • 建物は黄色い芋虫のようなちょっと不気味な感じだった。
    • NHKの万博番組の公開放送にも用いられた。
  22. どこのパビリオンにもスタンプがあった。
    • 07年時点では一部のスタンプが復元され「EXPO'70ホール」(現存せず)で押すことができた。
  23. ワコールとリッカーミシンは社長が仲良しだったというだけで共同出展した。
    • 世界からカップルを集めパビリオンで結婚式を行った。
    • 中高学校の修学旅行では、「ワコール館だけは入ってはいけません」という制約があった。
      • 見るからにセクシーな女性の映像が流れていたため。しかし却って注目を集めてこっそり訪れる男子が続出。
      • もちろん18禁というわけではなく、ワコールが下着を展示できなかったら意味がないわけだが、当時の校則は今より遙かに硬直したものだった。
  24. 自動車館では自動運転システムの先祖とでも言うべき交通ゲームができた。
    • 王貞治が万博会場を訪れた際に挑戦したらしい。

フィクションでの大阪万博

  1. 磯野家の面々が訪問するがタラちゃんが迷子になってしまう。(アニメ版『サザエさん』)
    • しかし迷子ワッペンやテレビ電話のおかげで無事発見される。
    • 原作の漫画の方では波平が混雑に疲れ果て手前の写真パネル(推定)を背に撮影しただけで帰ろうとする。
      • なお宿としてあてにしていた大阪の親戚は万博前に東京転勤になってしまった。
    • アニメ版はスポンサーの関係か東芝IHI館が登場する。
  2. ひろしが月の石を見たがる。(『クレヨンしんちゃん』)
    • 映画冒頭では「ヒーローSUN」という架空の特撮番組の主人公になりきってひろしが怪獣(名称不明)を倒す。
      • 怪獣によりアメリカ館、ソ連館、松下館が破壊される描写もある。
      • その映画で子供の姿に戻ったひろしがしんのすけに声を掛けられ、回想しながら現実に戻るあの感動シーンも万博会場でのもの。
        • 「とうちゃん……オラが分かる?」「ああ……ああ……!!」
    • 全く関係ないが、この4年前の映画では敵組織のメンバーたちが「世界の国からこんにちは」にのせて踊るシーンがある。
  3. 科特隊が万博会場に展示するため怪獣ゴモラを運ぼうとして大失敗。(『ウルトラマン』)
    • ウルトラマンに倒された後剥製にされて展示されたらしい。
  4. 万博会場でガメラとジャイガーの最後の決戦が行われる。(『ガメラ対大魔獣ジャイガー』)
    • 大映の営業力不足が原因で正式にタイアップできなかったとか。
  5. 長崎から北海道へ移住する途中の風見一家が見物し損ねる。(山田洋次監督作品『家族』)
    • 移住資金を借りた知人とはち合わせて口論になった。
  6. 悪魔くんの父親(太平洋電機社長)が「ブータン館」で特別な酒を飲まされ空飛ぶホウキ事業に手を出す。(『悪魔くん千年王国』)
    • パビリオンは実は悪魔の偽装だった。
  7. 会場内で夜明かしを試みた若者が地獄に迷い込みレジスタンス運動に協力する。(ムロタニツネ象『パビリオン地獄』)
  8. 核戦争で人類滅亡後に取り残されたパビリオン内で動き続けるカプセル内でカップルが成長する。(手塚治虫『ふたりは空気の底に』)
  9. 番外:未来都市の風景に使いたかったが会期中に間に合わず断念。(『惑星ソラリス』)
    • 結局首都高の風景で代用した。

2025年日本国際博覧会の噂

  1. 平成を飛び越えて令和に帰還してきた大阪万博。
    • 名称は前回と区別するため「大阪・関西万博」。
    • 誘致の言い出しっぺは70年の万博にも深く関わっていた堺屋太一。
      • ちなみに本人の構想では万博記念公園を再利用する予定だった。
      • 2020年の東京五輪に触発されてこちらも立候補したとか。
        • まさに維新の功績。
          • 福岡で維新の会が結成されていれば、福岡が立候補し開催地になっていただろう。
      • 堺屋太一氏自身は万博開催決定直後に亡くなられました…。
    • 平成にも鶴見緑地で国際花と緑の博覧会(花博)が1990年に開催された。特別博ではあったが入場者数は何気に愛・地球博に匹敵した。
  2. 正直最有力候補だったパリが引き下がったおかげで決まったようなものだと思う。
    • 他にはエカテリンブルク(ロシア)とバクー(アゼルバイジャン)が相手だった。
      • バクーは東京で開催された2020年のオリンピックに立候補していたが、2025年の万博開催にも立候補するという偶然ぶり。
    • パリが撤退したのは2024年の夏季オリンピック開催が決まったかららしい。
  3. 会場へのアクセスは大阪メトロ中央線が大活躍する予定。
    • JRなら桜島からバスで移動だとか。
    • ポスターではなんと2020年時点で開業済み扱い。
      • すでにコスモスクエア駅から夢洲に向かうトンネルは完成済みだとか。
    • とはいえ大阪メトロ中央線は梅田・難波・天王寺・新大阪駅のいずれにも直通していないのが難点。その点前回(1970年)の万博には遠く及ばない。
    • 会場となる夢洲は幻に終わった2008年大阪五輪のメイン会場になる予定の場所でもあった。
    • そのため大阪メトロは万博までに中央線に新型の400系を投入することになった。
    • 一方、会場輸送に関してはほぼ大阪メトロ(と強いて言うなら近鉄)の独占になる見込みで、阪急阪神京阪南海にとっては蚊帳の外。
  4. 当初は「人類の健康・長寿への挑戦」がテーマの予定だったがもっと総合的な「いのち輝く未来社会のデザイン」に変更された。
    • 会場の夢洲の近くにIR(カジノ含む)を誘致する計画があるため「何の皮肉だ」とも一部で言われている。
  5. この博覧会が失敗すれば万博の歴史そのものが終わってしまうような気がしてならない。
    • それどころか日本国そのものが終焉を迎えるような気がしてならないのだが...。2025年以降に「その日」を迎えるとして今後こういう輝くイベントがないのであればこの万博の成功で有終の美を飾れると思う。
      • ちなみにこの年は団塊の世代が後期高齢者に突入すると言われる。
      • あと80年周期説によればこの年が日本の「その日」だそうな。
        • その辺りで南海トラフ巨大地震でも起こるのだろうか…
      • 万博を前に新型コロナウイルス感染症で日本はおろか全世界が大変なことに…。2020年の東京五輪も1年延期というかつてない事態に追い込まれたし。
    • おいおい別に2025年万国博覧会は大阪以外誰も手を挙げなかったわけでもないのに悲観過ぎでは。
  6. ロゴマークが決定したが、早速ネタにされている。
    • もっとも候補に上がった時点でみんな没案・イロモノ枠だと揶揄されてたが。
    • の○まんゲームスも動画のネタにしてたな...。

関連項目