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{{国|continent=アジア|region=東南アジア|name=シンガポール|key=しんかほおる}}
==明の噂(一般)==
==テーマ別の噂==
#時代は「漢から明(かんからみん)」へ
*[[シンガポール人 (ステレオタイプ)]]
#日本から海賊が襲来。
*[[シンガポールの刑罰]]
#*後半はほとんどが明の国民。
*[[航空会社/アジア#シンガポール航空|シンガポール航空]]
#**後期倭寇はほとんどが日本人を装った中国人。
#***後期倭寇は10人中8人近くが明人か朝鮮人であったと言われる。明人を処刑すると色々とやばいので朝鮮は対処に苦労したと言われる。
#*そして今度は日本から軍隊が襲来。
#ワコー船舶(株)の不祥事が問題になる。
#*その後ワコー船舶を乗っ取り朝鮮半島を荒らしまくる
#*その行為を「ワコーる」と言い習わしたらしい(風説)
#ヨーロッパの商人以上に活躍した冒険家がいた。
#*誰だよ。
#**鄭和さんだよ。キンタマがないのに冒険しまくった漢だい。
#たらこ唇の皇太子の威徳が近隣諸国に恐怖とともに伝わり、一部の国の海産加工品の名称にその影響を残す。
#*逆、逆!>海産加工品の名称
#日本で金色の寺を作った坊主将軍が「ワイの国と貿易してちょーだいな」と擦り寄ってくる。仕方なく貿易する。
#*日本側はなぜか看護婦を連れてきたらしい。
#*看護婦萌えわその頃から?!
#でぃ~ぶぃ~でぃ~!!。ソニィ!!等の名言を残している。
#* 佐世保の[[ジャパネットたかた|たかた帝国]]ですね。
#明時再生法適用。
#[[後漢]]に負けず劣らず、幼帝で即位し、短命だった皇帝が多い。
#*平均即位年齢 後漢 約12歳 明 約24歳 平均即位年齢は明の方が倍も上です・・・。
#なぜか漢民族の国というだけで清より高評価する人が多い。実際は陶磁器以外はろくでもない。
#モンゴルも後金も金(実際は銀)持ってる明相手に儲けたいからあえて滅ぼさずにいた。滅ぼしたのは漢民族の李自成。
#次の清と同様に王朝名が黒澤姓の映画監督の名前になっている。
#後漢や唐並みに、いやそれ以上に宦官が跋扈した。
#*鄭和みたいに大冒険した者もいれば、魏忠賢みたいに朝廷で権力を振るった者もいる。


==シンガポールの噂==
==明の皇帝==
[[画像:Merlion.jpg|thumb|シンガポールのシンボル、マーライオンと高層ビル群]]
#明から一世一元の法が施行され、ひとりの皇帝の治世中は改元をしなくなったので、通称として宗廟名の他、元号を冠した名前でも呼ばれるようになった。
#さりげなく一党独裁
#*明の英宗だけ例外。2回即位したので、2つの元号を持つため。
#*人民行動党(PAP)。建国以来驚異的な発展を遂げたのはPAPの政策によるところが多い。
#*「北京」「南京」「東京」といった「方角名+京」の地名も一世一元の法とともに始まった。
#**いわゆる開発独裁?70年代の頃の[[韓国]]みたいな
#皇族である朱一族の法則。
#**[[台湾]]もでしょうね。アジアなら開発独裁は他にもいくつかありますが。
#*洪武帝の子供の世代は名前に木が付く。その子は火。その子は土。その子は金。その子は水。その子は木……と名前で五行思想をやっている。
#*「国境なき記者団」は、この国を[[wikipedia:ja:国境なき記者団|報道の自由度]]で、世界167の国・地域で140位と評価した。
#*南宋の思想家朱熹の一族のパクリと言ってはいけない。
#*「'''明るい北朝鮮'''」ですって、あらやだ。
#*この一族だけでなく、五行説にもとづいて命名するのは中国で一般におこなわれていること。陳舜臣さんの家系もそうしていたらしい。
#**政府に批判的だった場合地味ーな嫌がらせを受けたり最悪投獄されたりするが、政治に無関心でいれば弾圧もされないし、大体の国民は経済の恩恵を受ける事が出来る。結果国民が政治に無関心な独裁国家の出来上がり。
#明朝は276年続いたが、3分の1近くの期間、皇帝が朝廷に現れなかった。
#***とはいえ貧民窟が無い訳では無いので、そこの住民が政権に対して不満が無いとは言い切れない。
#*11代武宗(正徳帝)は16年の治世中ほとんど朝廷に顔を見せず、
#*野党候補者を当選させた選挙区の住民は大変な目に遭うらしい。
#*12代世宗(嘉靖帝)は大礼の議以降の24年間ほとんど朝廷に顔を見せず、
#国旗のマーライオンは、隠語で嘔吐という意味である。
#*14代神宗(万暦帝)は後半の25年間ほとんど朝廷に顔を見せなかった。
#*[[wikipedia:ja:シンガポールの国旗|シンガポールの国旗]]にマーライオンなんて描かれていない。(だが、空軍旗にはそれらしき頭部が描かれている。)
#*これだけで65年。それに幼少で即位した6&8代英宗などのケースを加えると、皇帝不在が90年近くなる。
#**マーライオンは世界三大がっかりモニュメントの一つ。
#*「君臨すれども統治せず」を地で行っていた感じ。
#***ラッフルズ卿の像のそばに母マーライオン(一番目立つ)、その後ろに子マーライオン2匹(こいつらも口から水を吐く)、セントーサ島に父マーライオン(体内に入れる)がいる。
#**秘書である内閣大学士が実際の政治をトップとして運営するようになった。後世の内閣制度の語源である。
#****do Merlion(マーライオンする) = drink and vomit(酒飲んで吐く)
#後宮に25年間引きこもったり、魔法使いになろうとしたり、宗教にハマったり、モンゴルに捕えられたり他の中国の王朝と比較しても'''奇人変人無能皇帝だらけである'''。ぶっちゃけた話まともな人を数えた方が早い。
#*****Merlion単体でpukeの意味を成すぜ。
#*まともな皇帝の治世が短く、ろくでもない皇帝の治世が長い。
#*シンガ国旗の五つ星は、中国国旗の五つ星を真似したもの。やはり頭隠しても尻は・・・(以下ry)
===太祖・洪武帝===
#*像は最初は別の場所に設置されていたが、2002年から現在の場所へ移設された。
#乞食坊主から成り上がったチャイニーズ・ドリームの体現者。
#国歌の呪文度が高すぎる。「マリキターラーヤ シンガプラサ マサマサヌージュー パハギアー」
#*劉邦に萌え萌え。功臣粛清だって、だってお気に入り。
#*国歌歌詞をマレー語で書くと、Mari kita raya Singapura masa-masa nujuh bahagia....(みんな一緒に偉大なるシンガポールを幸せに何とかかんとか・・・)
#**劉邦以外の正統な皇帝はほとんどボンボンとして生まれているので似たような境遇であった劉邦を参考にすればいいと言われた結果。ただし劉邦は庶民の中でも普通の家の出身なので、下克上具合では中華一と言われる。
#**ついでにシンガポールの国歌題名および国家標語は「Majulah Singapura(進めシンガポール)」。
#***後を継がせる予定の長男が優しい性格で心配だったらしい。だから自分が生きてるうちに何とかしようとしたらその長男が早死。結局は孫に継がせる羽目に。
#英語能力がアジア一高い。
#***ちなみにこの進言をした張良ポジの李善長まで最後には粛清されている。
#*それは日本としても見習いたいところ。
#人から坊主上がりだと言われると激怒した。
#*旧英国領で中華系、マレー系、インド系が混在する多民族国家ならでは。
#*自分の前で「僧」とか「ハゲ」とか「光」とか言う者がいるとすぐ殺した。
#語尾にラをつける[[英語]]をシングリッシュと呼ぶ。
#**だんだんエスカレートして、「僧」とか「ハゲ」とか「光」とかと発音が似ている言葉を言う者も殺した。ダジャレであてこすっていると思ったらしい。
#*シングリッシュとは福建語、マレー語、英語、タミル語等を混ぜたものですね
#***魯迅の「阿Q正伝」の主人公が、ランプという言葉に異常反応したのだが、元ネタはこの皇帝か?
#*「語尾にラをつける」のは、広東語の「羅」から。意味は「~です。」の「です」の意味を込めた丁寧語が発祥の原因とか。
#2種類の肖像画が残っているが、同じ人とは思えない。
#**いや、北京標準語の「了」の強調形と考えても間違いないよ。
#*高校世界史の資料集には、実際の顔はブサイクな方の肖像画に近いと書かれていたが・・・
#***どれも違います。「ラー」はマレー語です。例えばマレー語のmakan(食べる)という動詞の語尾にlahを付けると、makanlah!(食べて!食べなさいよ!)という意味になる。
#やたらめったら功臣を粛正したが、庶民には意外と人気があった。
#****他例:オーケー(OK lah)!散歩しよう、ちょっと歩こう(Jalanlah)!
#*明代は官僚が一番冷遇されていた王朝といわれる。現代の日本も見習うべきかとうわなにをするおまえやめr
#*聞き取りにくい。
#**役人を冷遇すると、生活が苦しいものだから汚職を始めますよ。
#*音節拍律。英語なのに日本語と同じ。
#***政治家と官僚が高給なのはむしろ汚職と賄賂横行による腐敗の防止。現状で満足させとこうという性悪説の考えだな。
#**ネイティブスピーカーの英語を聴き慣れているとシングリッシュは聴き取りにくい。しかしシングリッシュに慣れてくると今度はネイティブ英語がわからなくなるOR喋れなくなる。
#***それもあるし、儲からない職業に優秀な人間は来ない。
#***人間関係にもよるが、StdEは聴き取れてもイントネーションとアクセントが怪しくなるのは確か。(by元駐在員のせがれ)
#*側近を殺しまくった件に関してはスターリンレベルだと思う
#*英語の文体に福建語やマレー語を紛れ込ませることもある(例:pai-se, pai-se:福建語「ごめんなさい」「すみません」,Please kira-kira!:マレー語で「お勘定お願い」)。
#*文人や功臣を大量に殺す一方で肉刑を禁ずる布告を出したり、治水工事を熱心に行うなど農民に対しては優しかったから。
#*マレーシア人もシングリッシュと似たようなピジン英語「マングリッシュ(Manglish)」を操る。あらやだ何かエロい・・・。
#*若い頃に飢え死にしかけた経験があったせいか農業を重視。逆に知識人や金持ちは信用しておらず弾圧。なんだかポル・ポトみたいである。
#*政府当局はシングリッシュを目の敵にしている。
#後の[[現代 (中国)|毛沢東]]に通じるものがある。
#まさしく観光都市国家
#*「シンガポール」は国家名であると同時に首都名でもある。
#実は[[兵庫/淡路島|淡路島]]と同じくらいの小ささ。
#*日本人学校の遠足は、国土一周(5時間弱)。
#**天然記念物のカブトガニが砂浜に大量発生しているのを目撃する。
#***マレーシア国境に近いタイ南部の港町サトューンでは、カブトガニの丸焼きや、そいつらの卵焼きも食べられます。不味い。
#*日本では「東京23区と同じくらい」とも表記される。
#*そのうち「シンガポール一周マラソン」が開催されるようになるかも。
#*自転車で一周する人がいる
#土の色が鮮やかな赤レンガ色
#ストレス社会なのか、薄毛の男性が多い。
#一目で塾通い中と判る子供が、そこかしこに。
#水道の水にまで、香水が入っている。
#[[マレーシア]]からパイプラインで水を輸入している。
#*毒が混ぜられてもすぐ判る様、国境付近でその水を使って金魚を飼っている。
#*下水を洗浄殺菌して作った「ニューウォーター」を国内外で販売している。日本のNHKニュースでも取り上げられた。現地人に「飲んでみたい」と言うとウケる。
#**その水濾過装置を提供したのは日本企業。
#***NEWaterは日本の財団法人自治体国際化協会の指導・協力で作られたのだが、シンガ政府およびPUB=パブリック・ユーティリティ・ボード当局は一切その事を公表していない。ウィキペディア英語版「NEWater」にも載っていない。
#****恩知らずが・・・・少しは日本の援助を正しく国民に伝えるミャンマーやマレーシアやモンゴルやトルコを見習え・・・!!!
#*****やはり華僑国家。どんなにコスモポリタン都市国家を気取っていてもシンガは中国人の島。中国が日本のODAを人民につい最近まで全く伝えていなかったのと同じ。「我々中華民族は日本人より優秀だ」という華夷思想(中華思想)と、日本蔑視に基づく変なプライドがシンガ当局にもあるのだろう。
#*流石にライフラインを他国に任せるのは不安になったのか、水の国内供給を進めている。
#「A型天国」と言う幻想を提案しているらしい。[[日本]]や、[[香港]]、台湾、[[南アフリカ共和国]]も同じ。本格的に頓挫するとバリ島になる。
#*ちなみに日本ではB型人間は約3割だが、公務員では過半数を超すそうな。ああ所詮幻想は幻想……
#出生率低下が問題・・・でも人口密度がとても高いので少しくらい減らしてもいいと個人的に思う・・・
#*両親の学歴によって子供を儲けられる人数が変わってくる。 低学歴だと一人だけ。 二人目以降は法外な税金が…。
#ナイトサファリという夜間のみ見学可能な動物園がある。
#[[東南アジア]]で一番狭い国だが、東南アジア最大の工業団地を持っている。
#[[アルビレックス新潟]]がサッカーチームを置いている。
#*なお、国内リーグ(Sリーグ)でACL圏内に入れてもとある規定によりACLに出場できない事になっている。
#*選手はほぼ全員日本人。
#セントーサの噴水ショーは一見の価値があり!でもナレーションが全て英語です。(英語が解らなくても楽しめますよ)
#小学生の過半数に、家庭教師がつけられている。
#所得水準は日本の8割程度だが、物価が日本の半分くらいなので、実質的な生活水準は日本よりはるかに上。
#*しかも、日本より貧富の差が小さいので、一般庶民の生活レベルは日本とは比べ物にならない。
#**しかし、自動車は税金が非常に高いので、自家用車は上流階級のみに許された贅沢。 トヨタコロナが購入時一千万円。 税金が月々二十万円。
#***自動車購入に代金の100%、自動車を購入するための税金(所有権)かかるため(ナンバープレート代?)、実質購入価格が2倍に。最近は夜間のみ走行が許されたナンバープレートもある模様。(税金が安い)
#***でも、全国民の3割が自動車を所有。
#****それだけ金持ちってことか。
#****国民が車を持ちすぎると国内の交通が詰まってしまうので、自動車税を高くした。
#**いや、貧富の差は日本とは比べものにならないくらい大きい。が、政府がメディアや調査機関を完全に掌握しているので報じられない。ついでに路上生活禁止、生活保護無し(境遇に応じて融資は有り)なので隣国で慎ましく暮らすことを選ぶ人も多い。
#*'''シンガポールの一人当たりのGDPは日本を抜かしてしまった'''・・・・・・、さらに物価が上がれば購買力も滅茶苦茶上がる。
#**2009年では一人当たりの購買力は世界4位。
#**2009年現在では一人当たりGDPで再び日本がシンガポールを追い抜いた。
#日本人調教師がここの競馬で厩舎を開業している。
#国土を広げるために、外国から土を輸入したらしい。(削る山がないから)
#*主にインドネシアから砂をコンクリート用として輸入し埋立地を作っているが、2007年某日突然砂の輸出停止を言い渡されてあたふたしている。
#**ついでにタイのタクシン(リー親子と同じく客家系華僑)首相失脚により、タイ軍部から「シンガはタイの軍事機密を盗んでいる」との疑いをかけられ、さらにあたふた。
#***タクシンが売り渡した媒体企業を買収したシンガ政府系投資企業の名はテマセク、シンガポールの古名。
#都市人口率100%。
#*人口のほとんどがマンション住まい、しかも住むマンションは国から指定される。
#**コンドミニアム(日本で言うマンション)の住人は、各部屋が同民族で固まらないよう、政府から異民族(華人・マレー・インド)とうまく交わるように住居を指定される。
#**国民の約80%が公営住宅住まいである。
#*それでいて、風水国家でもある。
#ぱっと見、きれいだが、よく見るとゴミが落ちてる。そして、臭い。
#*マーライオン公園なんかは日本の山下公園みたいなところみたくガムへばりついてた。
#*きれいなのはメインストリートの歩道くらい。裏通りなんかスラム街っぽい。
#**それでもその裏通りみたいなところで何かしらの犯罪が起こる事はまれである。
#第二次大戦初頭、シンガポールを攻略を目指した日本軍は、ブキテマ高地にあったフォード工場で、イギリスとの間の降伏の会議が執り行われた。日本軍代表は「マレーの虎」たる第15軍司令官山下大将、英軍代表はシンガポール防衛総司令官パーシバル中将。この会議の終盤で山下は中将がグズグズ返事を引き延ばしているのに業を煮やし「YesかNoか」と恫喝して署名させた。
#*実はその会議のときの日本側の通訳が臨時の通訳で軍事用語の英語が良くわからずまごついてたので君はイエスかノーかを聞くだけでいいんだと通訳を叱咤したのが拡張されたと言う。
#ミュージシャンのディック・リーはここの出身。本国シンガポールより日本や中華圏での知名度の方が高いらしい。日本在住経験あり。
#*ディック・リーの父リー・キップ・リー氏はペラナカン(華人とマレー人の混血で、ポルトガル・オランダ・イギリスによるマラヤ植民地統治下で財を成す)の名家出身で、日本軍占領下の昭南島(シンガポール)で粛清されかける。
#**息子ディックは父とともにチャンギ空港付近および血裁の塔での華人粛清犠牲者追悼式に参列。
#***しかしディックはある日本のアジア音楽雑誌で「日本は僕にとって昔から憧れの国だったんだよ。イギリス統治下のシンガポールでは、同じアジア人がイギリス白人を倒すなんて考えられなかったからね」と語る。
#****最近は音楽活動を止め、ビジネスに専念しているそうだ。しかし2年前、マレーシア歌手のシティ・ヌルハリザに曲を提供(アルバム名Hadiah Daripada Hati = 心からの贈り物の、第三曲目Mulanya Cinta)。
#郊外は団地しかない。各家の窓から洗濯物の付いた物干し竿が伸びている光景に違和感がある。
#シンガポールは自由恋愛先進国なんでしょうか?ショッピングセンター内や地下鉄車内では、老いも若きもイケメンもキモヲタも、みんな女の子といちゃいちゃしていました。正直僕もシンガポールで暮らしたいです…
#シンガポールには1万ドル札がある。日本円で約63万円。(2009年3月)
#*世界最高額紙幣としてギネスブック認定。
#*現在の発行券に限定してでしょうけどね。[[アメリカドル]]には1945年まで1万ドル紙幣(戦後の固定相場時代で360万円?)がありましたし。金証券としてなら10万ドルも……
#リアルメイドがいる。
#*その実態はただのオバサン。
#**多くはフィリピン・インドネシアからの出稼ぎ。最低賃金保証もなく、失業したら強制送還。
<!--#**フロール・コンテプラカシオンというフィリピン人メイドがシンガポールで殺人事件を起こし、様々な意見や供述、彼女は無罪だと言う証言があったが、結局死刑は執行された。フィリピンは猛抗議、「シンガポールは野蛮な成金警察国家」「非人道的だ」。ラモス大統領はコンテプラカシオンの遺体を国葬で出迎えた。彼女の事件はフィリピンで映画にもなった。
#***正しくは「フロール・コンテムプラシオン」です。彼女を題材にし、フィリピン人の視点で作られたフィリピン映画はThe Flor Contemplacion Story。貧しい田舎からシンガポールへ出稼ぎに行ったフロールは、しばらく家を空けている間に平然と浮気をし妾を家へ入れ、妻と妾を無理やり共生させる不実の夫に苦しめられながら、それでも懸命に子供のため、家族のために働く。しかし雇い主の子供を誤って風呂場で水死させてしまい、殺人容疑で逮捕され、シンガポール警察の執拗な拷問に耐えかねて「自白」してしまい、死刑を宣告され、フィリピン政府や世論の抗議も虚しく死刑は執行される、というストーリー。
#****香港島のビクトリアパークやシンガポールには、毎週日曜日にフィリピーナメイド達が数十人、数百人も雲集し、カラオケや故郷の料理や雑誌や新聞などで楽しみくつろぎ、情報交換する。一度その光景を見れば騒然。彼女らは給与のほとんどを故国へ送金し、自分たちは遠出し遊ぶヒマや金もないので、こうして仲間同士まったりする。
#*****メイドは英語が堪能で、母国で大学まで卒業したインテリが少なくない。そんな人材ですら仕事が見つからないフィリピン、いっそ旧宗主国のアメリカか、同じ英語公用国のシンガポールの植民地になったほうがうわなにするんだやめ-->
#シンガポールは2008年の一人当たりのGDPは51142ドル。めっちゃ物価高い。
#*隣のインドネシアは3986ドル、隣接しているマレーシアは14071ドル、その隣のタイは8224ドル。東南アジアじゃ嫉妬の対象だろうな。
#*そこそこ発展したマレーシアとタイは貧困国でないが、こんな物価がバカ高い国があるからコンプレックスを感じてしまう。
#*物価は韓国、台湾よりも高い。
#この国の最高裁判所の建物は戦隊ヒーローの基地か宇宙人の母船との噂。
#マレー人の海にぬけぬけと居座る中国人の島。
#*独立後のマレーシアは英国人の手先になってマレー人を搾取してきた華僑との共生を嫌い、彼らを現在のシンガポール島へ追い出した。
#*だから建国の祖が英国人トーマス・ラッフルズにされた。公用語は英語、国歌歌詞はマレー語、文化はごちゃまぜ国籍不明状態。「マレー人の海に浮かぶ中国人の島」という負のイメージをごまかすため。
#**侵略者の手先をヒーローに祭り上げる感覚も日本人にはよう解らんが、植民地時代自らイギリスの手先になってマレー人を搾取していた華僑の国のシンボルとしてふさわしいのかも。
#***英国作家サマセット・モームやチャップリンも宿泊したことで有名な「ラッフルズ・ホテル」を初め、ラッフルズストリート、ラッフルズビルディングなど、彼の名を付けた地名やビル名がシンガ全国にあふれる。
#*湾岸戦争が起こった際、時の政府高官は「我が国を第二のクウェートにしてはならない」と発言。即座にマレーシアとインドネシアが「誰がシンガをイラクみたいに侵略するって?あぁ?」と突っ込むと、シンガ政府は「いや日本を想定した」と苦しい言い訳。
#**前首相の呉作棟(ゴー・チョクトン)による発言です。
#*シンガポールはフィリピンから追放されたアメリカに基地用地を提供し、戦略的枠組み協定を締結した。
#**本当は中国人民解放軍に駐屯してほしいのかね?
#***軍事面では台湾と共同訓練をしたり、基地を借りたりと親密だからそれはない。
#*シンガポールって東洋のイスラエルだよね。
#**イスラエルにとってのアメリカが、シンガにとっての中国(またはイギリス、たまに台湾、香港、タイの華人系政財界)。
#***周辺を敵国(マレーシア,インドネシア,ブルネイ,タイ,ベトナム)に囲まれて、国内は主要民族(華人)が少子化で、マレー人に対抗するため華人の人数増やすべく中国本国から嫁や移民を引き入れてるが、治安・秩序が乱れる・・・こんなジレンマ。
#安政の大獄で殺された[[萩市]]の英雄が恋しがったらしい。
#*声に出して読んだら{{あきまへん}}。
#*少なくとも鉛筆の芯をなめたりシンドバッドを見せたりするよりはまだ可能性がある。
#人口はノルウェーに近く、ニュージーランド、アイルランドよりも上。
#マレーシア人はシンガポールを追放した形で独立したといってるが、シンガポール人は華僑が多いのでマレーシアと政治的に対立したから、こちらから一緒になるのは願い下げで独立したと主張している(修学旅行談)
#観光客にとって有名な同国史の人物はラッフルズ卿やリー・クアンユーだが、S$の紙幣に描かれている肖像画は彼らの知らないおっさん。
#*実はとっても偉い人。初代大統領。
#シンガポールには北京語とタミル語のニュースもある。
#ちっちゃな国だけれど、その経済力を背景に軍事力は東南アジア随一。周りの国はどこも勝てない。
#*軍そのものの能力は国防戦略も無しに兵器を買いあさってるどこぞのサウジアラビアと変わんないけどな。
#ユニバーサルスタジオのテーマパークができた。
#インド洋で死んだ二葉亭四迷の墓がある。
#デング熱ウィルスを媒介する蚊を退治するため、週2回ほど大量の殺虫剤を散布する事がある。
#紙幣は薄いプラスチックと言うかポリマー製なのでとても濡れにくい。
#高島屋シンガポール店の中にある料理教室の「ABCクッキングスタジオ」は世界最大規模である。
#*生徒さんの数は約4000人とされている。
#「シンガポール」はサンスクリット語で「獅子の町」という意味。
#*だがライオンが生息していたという記録はない。
#第2次大戦の際には日本軍・イタリア軍共同使用の潜水艦基地を設置する計画があった。
#ヘイトスピーチ規制がしっかりしているが同じ法律が政府批判の弾圧にも使われている。
#かつては漢字で「星洲」「星港」などと表記されることもあった。
#*一文字で表記すると「星」。
#**中国語の新聞で「全星学校閉鎖」などという一瞬地球上全ての学校が閉鎖されたかと思いそうになる見出しが出たこともある。


==シンガポールの華人==
===建文帝===
#[[中国人]]が凄く多い。国民の七割が中国系だとか。
#太祖の孫。彼の父(太祖の長男)は太祖より先に死んでしまった。
#*それを普通、[[華僑]]と言う。故に、やや反日国家。
#祖父さんが辺境の守りにと残してくれた叔父たちの軍勢を恐れ、取りつぶそうとしたが、逆に攻められてやられてしまったかわいそうな皇帝。
#*華人・華僑多いのに、実は超反中国家である…
#*しかし死体が見つからなかったので、生存伝説が絶えなかった。
#一応日本のテレビ局が行なった調査では、国民の9割以上が親日。中国系も日本を友好国と見ている。
#減税を実施したのでやはり庶民からは人気があった。
#*過去のことをいつまでもつけ回すようなことは、よしとしていないようだ。
#*しかも美形の好青年だ。
#**初代首相リー・クァンユーの名言「許そう。しかし忘れない」
#**拷問の廃止、宦官の重用禁止もやった。
#**[[中華人民共和国|中国]]とか、[[韓国]]とかとは違うようだ。
#永楽帝の陰謀により、清代になるまで存在自体が歴史から抹消されていた。
#***まぁ[[中華人民共和国|中国]]と違って、華僑は反日教育の影響をマトモに受けないからな。
#実は親日性では世界一らしい。
#*対外貿易でなりたってる国だから影響力の強い国は例え[[中華人民共和国|自暴的な国]]にも八方美人でなきゃいけない。辛いね
#*同じ中国系でもシンゴポール籍なら「華人」、中国籍なら「華僑」。
#**中国国籍(台湾を含む)が「華僑」、シンガポール国籍が「華裔」、両方合わせて「華人」。
#***最近は「華僑」も差別用語になるそうな。誰も気にしてねえよ。
#旅行中に道を尋ねたとき、日本語で答えてくれる結構年齢が上の警察のおじさんに会ったが、笑顔で答えてくれた。日本語分かるってことは・・・なのだが、とても親切な人だった。
#*シンガポール駅でマレーシア行きの列車を待っているとき、話しかえられて仲良くなった地元の華人のお爺ちゃんが「見よ東海の空明けて」と軍歌を歌った時は、驚いた。20年前だが。
#旧日本軍は中国系住民たちをトラックで海岸などに輸送し殺害した。戦後に血債の塔が出来た。
#*日本は大英帝国内でも中国人を殺害したから、これなら中国は日本の常任理事国入りに強固に反対するな。シンガポール外務省は「中国政府の行動を支持、五輪政治化を反対」と宣言した。日本の味方ではない。
#*[[特定アジア]]の反日運動に対する反発のためか、シンガポールでの行いを無視して当時の日本軍を美化する奴らが増えた。そう考えると、あいつらのとばっちりを受ける形となったシンガポールには本当に気の毒な話である。
#マレーシア・クアラルンプール国際空港で偶然出会い食っちゃべったシンガポール華人の爺さんは、「日本とは昔仲悪かったけど、今はもう大丈夫よ」「日本のお嬢さんはキレイだね」「でもマレーシアはダメだ、マレーシア行く暇あるなら次はシンガポールに来い」と言っていた。
#リーさんがシムシティで作った国。
#*リー・クアンユー(李光躍)初代首相はマラヤ連邦から追放される形で分離独立したとき、涙を流して演説。
#**李光「耀」です。
#**リー・クアンユー語録「もし国民が私を恐れなくなるときが来れば、私の役目は無くなるだろう」「天安門事件で鄧小平主席がとった判断は正しかった、私が彼の立場でもそうした」「あの時民主化要求側の連中の言い分が通っていたら、中国は大混乱し、1990年代の経済成長はなかっただろう」
#***続き「手に職を付けなさい。文学などやっても将来金にならない」(呉善花著「化粧するアジア」より)。おかげでシンガポール国民は道端に咲く花の名前もろくに知らず。
#****環境があまりに清潔過ぎて大衆文化が育たない。「水清ければ魚棲まず」を地で行っている・・・。
#*リー・クアンユーは、台湾の李登輝総統,中国の鄧小平,フィリピンのコラソン・アキノ大統領と同じ客家人。さらに南洋客属総会会長を務める。
#*法律で定められているわけではないが、リー・クアンユーに対する不敬罪がある(事実上)。シンガはまさに李氏朝鮮ならぬ「李氏星洲」「李氏新加坡」「李氏帝国」。
#**シンガ本島の外れに、ロンドンのハイドパークを模した公園があり、ハイドパークのそれと同じように市民が勝手に演説をする場所が設けられ、日本人ジャーナリストのインタビューに「自由な意見が言える場所ができていいと思う」とあるシンガ女性が答えたが、「じゃあリー・クアンユーも批判できると思うか?」という質問には沈黙してしまう。書籍「マハティールのジレンマ」より。
#***でも巷ではリー・クアンユーをネタにしたジョークが流行っている。
#****ディック・リーはコンサートでリー親子とゴー首相をキリスト教の父・子・精霊に例えて歌っていた。
#シンガポールの別名「中国共産党南洋支部」「豊かで明るく小さな平壌」。
#*道端にゴミ一つ落ちてないところが平壌そっくり。
#*しかしシンガポールの国是は一応「反共」。
#*リー・シェンロン首相が宗主国中国様に無断で台湾を訪問したら、たちまち北京に叱り飛ばされ、ビビッて北京へお詫び詣で。台湾政府は「彼にはLP(ランバー、台湾の俗語で金玉)がない」と反撃。
#**ちなみにリー・シェンロン首相はリー・クアンユーの長男。世襲かよ・・・。
#シンガポールは多民族国家と言っても華僑主体なので中国の海外領土みたいなもの。おまけに中国系シンガポール人は超親中。
#*また李光耀は「2世代後には中国語が母国語になる」と言っていた。
#シンガポール人は東南アジアで圧倒的に一人当たりのGDPが高く、よくメイドも雇っている。おまけに親日。
#*結局大陸人の反日感情には日本との経済格差が拍車を掛けているんだな。


==シンガポールの食文化==
===成祖・永楽帝===
[[ファイル:Chicken rice.jpg|thumb|シンガポールの名物料理チキンライス]]
#甥の建文帝を亡ぼして即位。
#屋台で麺料理を頼むと、麺は生味(寒干し麺らしい)なのに、スープが日本の(油揚げ麺タイプの)袋インスタントラーメンに付いてくる粉末インスタントスープそっくりの味。
#しかし、建文帝が生きているのではないかと生涯びくびくし続けた人。
#*「そっくり」と言うよりかは、「そのもの」では?
#*お気に入りの宦官・鄭和に、大艦隊を率いさせて[[南アジア]]やアラビアまで行かせ、大いに威武をふるったが、実は建文帝を探すためという裏の目的があったらしい。
#タクシーの運転手の100%はビニール袋に入れたコーヒー牛乳を飲んでいる。
#鄭和の貿易活動で大いに儲け、貨幣を大量に鋳造。
#*砂糖がかなり入っているらしく、メチャメチャ甘い。
#*この貨幣(永楽銭)は当時[[東アジア]]の共通通貨となり、[[日本]]でも日常的に通用していた。
#**タイやフィリピンやマレーシアでも、屋台で買った飲料はプラスチックバッグにそのまま流し込んで、ストローで飲むのが普通。
#[[モンゴル]]に5回も親政し、[[ベトナム]]を占領し、国威を大いにとどろかせた。おかげで現在、中国でもっとも人気のある皇帝の一人である。
#チキンライスが代表的料理。鶏がらスープの炊き込みご飯に蒸し鳥が乗っかってる。
#*どう考えても前半期の皇帝のうち一番共産主義者に受けが悪そうなキャラなのだが……。
#*オーチャードのメリタスマンダリンホテルのチキンライスが絶品!!しかし周辺のチキンライスの10倍ぐらいの値段・・・
#**共産主義というより民族主義の文脈から、現中国は対外戦争に活躍した人が大好きだからかと。統一期のマイナーな人でも民族英雄に列せられてたりするし。
#*日本で言うケチャップ入りのチキンライスとは大違い。
#彼の母は諸説ある。洪武帝の正妻である馬皇后でない可能性が高いのは確かだが、[[高麗]]人とか、モンゴル人とか。また、父も洪武帝ではなく大元のハーン[[元#順帝トゴンティムール|トゴンティムール]]だったいう俗説もある。
#*中国海南島生まれの「海南鶏飯(華語:Hai3 nan2 ji1 fan4)」のことですな。
#*残念ながらあの国の法則に絡まなかったわけではないようだ。
#*タイ料理の「カーオ・マン・ガイ」、マレーシアの「ナシ・アヤム(nasi ayam)」に相当。
#父の洪武帝に負けず劣らず功臣の粛清に熱心だった人。熱心な余り父よりも残虐な処刑方法とかを色々開発した
#[[マクドナルド]]では、チリソースが付いてくる。ハンバーガー用かポテト用かは不明。お好みで…。
#せっかく洪武帝が、宦官が政務に携われない決まりを作っておいたのに、台無しにしてしまい、明一代を[[後漢]]・[[]]と共に宦官悪がはびこった時代にしてしまった。
#ロティ・プラタ(roti prata)も美味いで。マレーシアではロティ・チャナイ(roti canai)という、南インドのふんわり薄いパンとカレーのセット。
#*建文帝を討つ時に、南京城内で冷遇されていた宦官たちの内応に助けられた面があったため。
#カヤジャム(kaya)はシンガポーリアンの朝食のお供。ココナッツミルクと砂糖と卵とパンダンリーフで作った甘いクリーム状のジャム。日本でも通販などで買える。
#*また、大学者の方孝孺にいきなり簒奪者呼ばわりされたため、筋目にうるさい士大夫を遠ざけ、自分の意のままになる宦官を重用したという事情もあった。
#*東京の豊洲に、カヤジャムとカヤジャムを塗ったトーストや珈琲が飲める喫茶店「ヤクン・カヤ」支店が。
#*宦官による秘密警察「東廠」まで設立して、自分をそしる者を取り締まった。また密告を奨励し、誣告であっても罰せられないようにした。かなりイヤな時代となった。
#*マレーシアにも同様の食品があり。名ブランドはスリ・カヤ(Seri kaya)。
#中華人民共和国でいうと鄧小平あたりか。
#**ラッフルズ・ホテルで販売されているカヤが抜群に美味い!
#シンガポール名物料理はたいていマレーシア生まれで、マレーシアにも同じ料理があるが、例外は「チリ・クラブ」という新鮮な蟹の身や爪を唐辛子と一緒に炒めたもので、これは凄まじく美味い!シンガ行ったらこれを食え!
#*それにしても、シンガはマレーシアもといマラヤ原産のもの(ピューター、バティック、数々の料理など)を勝手に自国のものであるかのように宣伝して、世界中の観光客を騙して金儲けしてる。こりゃズルくね?
#*ブラックペッパークラブもめちゃくちゃ美味いです。
#魚のアラを入れたカレーがある。
#*『クッキングパパ』にも登場したことがある。


==シンガポールの交通==
===仁宗・洪煕帝===
#バス停に時刻表がない。
#皇帝としての治世が短すぎて、あんまり面白い話がない。
#*バス停には名前が書いてない。
#歩行困難なほどの肥満体で、不摂生な生活がたたり寿命を縮めたと言われる。
#*バスは車内アナウンスがないので、降車ボタンを押すタイミングを周囲の景色から判断したりする。よって初めて行く場所のときは大変。
#温和で堅実な人物だったようで、父がモンゴルに遠征に行っている間は常に首都の留守番を任されていた。
#*冷房付きのバスとそうでないバスでは本当は運賃が違う。でもチェックはおざなりな感じ。
#*外征を繰り返した永楽帝の政策が破たんしなかったのは、だいたいこの名君な息子のおかげ。
#車等のヘッドライトを点灯する時間が法律で決まっている。赤道に近く国が小さいから出来る荒業であろう
===宣宗・宣徳帝===
#地下鉄・バスはEZカードというICカードで乗車可能。タクシーもかなり多く、運転手もマナーの良い人が多い。[[画像:Singapore_2003_North_East_Line.jpg|thumb|180px|シンガポール2003年発行記念切手・地下鉄北東線開通]]
#肖像画が残っているが、[[オウム真理教|某宗教]]の尊師にクリソツとは絶対に口にしてはならない。
#*地下鉄では普通の片道乗車券もICカード式。そのため乗車後にいちいち券売機でカードを返却しデポジットを受け取る手間が必要で、運賃もEZ-linkカード利用時より割高。
#守成の名君と呼ぶにふさわしい人物。どんな国でも、こういう君主が出る出ないでその後の命運が分かれる。
#**地下鉄と称される事が多いが、正しくはMRTと言う鉄道。都心部で地下潜っている区間より、郊外で地上を走っている区間の方が長い。
#子供がいないという理由で皇后を廃したことと、死んだ時何人もの妃を殉死させたことはマイナスポイントか。
#***MRTのホームでは日本の都市部の駅に有りがちな列車の接近アナウンスはなく、いきなりMRTの列車が到着する。
#宦官の学校を作っていたり。後の宦官跋扈の遠因かも…
#*2003年に北東線が開通。その後も続々と新線の建設を進めている。
#*タクシーは運転手のマナーのみならず、フレンドリーさや運賃の安さも良かった。
#マレー鉄道の国境~シンガポール駅間は、実は国家間の領有係争地。[[画像:Keretapi Tanah Melayu.jpg|thumb|シンガポール駅を発着する国際列車]]
#*シンガポールの入出国手続きは国境でする。
#*マレーシアの入出国手続きはシンガポール駅でする。
#*だから、この区間内の乗客は、二重入国状態になる。
#**現在、マレーシアの出国手続きはジョホールバル駅でやってるので、二重入国状態となるのはシンガポールからマレーシアへ向かう場合のみ。
#*シンガポールのマレー鉄道の部分は国境を渡ってすぐのウッドランズ駅までに縮小された。シンガポール駅までの線路後は遊歩道になったとのこと。
#シンガポールの列車の車内の注意書きには「ドリアン持ち込み禁止」と書かれている。
#乗用車のナンバープレートはSで始まるアルファベット3文字と数字3桁。
#*「SD○」まで使い切ったところで「SEW」の次が変態じみたナンバーになることに気づき母音は使わないよう規則が改められた。


===チャンギ国際空港の噂===
===英宗===
[[画像:Changi airport.jpg|thumb|2008年1月に開業したばかりのチャンギ国際空港第3ターミナル]]
#宦官・王振に乗せられて、[[モンゴル]]征伐のために親征するがボロ負けし、捕虜になってしまった。野戦で捕虜になった皇帝は中国史上この人くらい。
#シンガポールの空港は広く疲れる・・が一日いても飽きないだろう。
#なんとか帰ってみると、弟の景泰帝が帝位に就いており、幽閉されてしまった。踏んだり蹴ったり。
#*チャンギ国際空港。
#景泰帝が病気になったので、ようやく英宗派の廷臣たちの力で皇帝に返り咲いた。同じ王朝で2回即位したのは中国史上この人くらい。
#*チャンギ国際空港は[[仁川 (韓国)#仁川国際空港の噂|仁川]]よりも格上の世界一級のハブ空港。
#上記の理由で為政者としての評価は散々だが、唯一殉死制度を廃止したことは賞賛されている。
#*仁川なんて普通の空港。比べる方がどうかしてる。香港の空港もいいよ。
#**まあ、'''[[成田国際空港|ここ]]'''に比べたらどこもマシ。
#**お前はどこまで韓国を意識してるんだ?ここはシンガポールだ。
#*インターネット・テレビゲーム・映画館など、思いつく限りのヒマ潰し施設が無料で利用可能。
#*さすがに半日いると飽きました。入国したことない人は、空港主催の市内観光もいいかも。
#*日本軍占領下のチャンギ国際空港の土地では、かつて日本軍による華僑粛清があり、死体がたくさん埋まってるらしい。幽霊も出るかも?
#制限区域内のホテルは、Eメールで予約可能。
#*スタンダードルーム(バスルーム付き)とバジェットルーム(シャワー・トイレ共用/シングルのみ)あり。第1ターミナルではプールやジムも利用可!
#**バジェットルームは第3ターミナルには無いので注意。
#**プールとジャグジーは17SGD(約1,500円)で時間無制限&タオル&シャワー付き。追加料金でジムも利用可。
#***ただし、熱帯とはいえ風が強く外に出ると肌寒い。プールとその隣のジャグジーの方が暖かい。
#入国管理官の最も重要な仕事は入国者への飴の配布。スタンプを押す事でも不審人物の水際阻止でもない。
#*でも、この前の入国では、インド系の審査官(男)にどこへ行くのだとか帰りの航空券を出せだとか言われて10分近くも足止めされたぞ。俺、何か悪いことしたか?
#*暇なのか、日本人に対しても割とよく質問してくる。
#**深夜到着便は間違いなく雑談が目的。
#シンガポールは酒が高いので、空港の免税店でスピリッツを購入し、街へ出てからフルーツジュースで割って飲むといい。ちなみにホーカーズは持ち込み自由である。
#保安検査場が他の空港より搭乗口に近い位置にある。このため乗り継ぎの場合でも保安検査が必須。場合により靴も脱いでX線検査に通すよう指示される。
#追記現在1-4ターミナルがある。第5ターミナルは2030年開設の予定。1-3ターミナルはSkytrainという新交通システムで移動。第4ターミナルはバスで移動。


[[Category:シンガポール|*]]
===代宗・景泰帝===
[[Category:東南アジア]]
#兄貴が[[モンゴル]]に囚われている隙に即位したが、病気になってひきずり下ろされた。
[[Category:島国]]
#一応兄貴がモンゴルにとらわれる原因となった最大の責任者、王振一族を粛清。そして新たに于謙を登用し、オイラトによる包囲から北京を防衛。
[[Category:首都]]
#和睦成立後、兄貴が戻ってきたが幽閉。
[[Category:世界一周双六ゲーム|市12]]
#死後贈られた名前が「戻王」・・・。悪意ありあり。
[[Category:イギリス連邦]]
 
===憲宗・成化帝===
#19歳年上の愛妾(萬貴妃=「お万の方」ってとこですな)に頭が上がらなかった。
#他の女が成化帝のタネを身ごもると、嫉妬した萬貴妃が片っ端から堕胎させていたのを知らず、自分がタネ無しだと思いこんでいた。
#*儒教の価値観では、タネ無しはイ○ポと同様の不具扱いをされるのです。
 
===孝宗・弘治帝===
#萬貴妃の魔の手を奇跡的に逃れて出生した幸運な人。
#明朝の皇帝ではいちばんまともな人だったようで、中興の祖とも言われるが、惜しくも35歳で病没。
#中国の皇帝としては珍しく、生涯皇后以外の女に手を出さず一夫一妻を貫いた。
 
===武宗・正徳帝===
#ラマ教にはまった。
#16年の治世中、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。
#船遊びの最中に、湖に転落。それが元で肺結核になり、儀式の最中に喀血して亡くなった(享年31)。ある意味情けない死に際かもしれない。
 
===世宗・嘉靖帝===
#正徳帝の従弟だが、自分の実父にどういう称号を与えるかということで廷臣たちと大喧嘩し、以後24年間、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。
 
===穆宗・隆慶帝===
#陳舜臣氏の本には景徳鎮に春画を描かせていたとある。ぜひ見たかったものだ。
 
===神宗・万暦帝===
#48年間も在位していたが、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。
#治世の前半は、張居正という大物宰相のおかげで政情は安定。
#*張居正の死後、珍しく朝廷に出ていた万暦帝は、佞臣たちの中傷を信じて、張居正の遺族たちをひどい目に遭わせた。
#**家を完全に封印して出入りを禁じ、中に居た遺族が餓死してしまったほど。
#豊臣秀吉の侵攻への対応で、財政は火の車に。
#*その結果、その後の[[清]]の侵攻に対して有効な対応ができず、滅亡へまっしぐら。
#*徳川家康は万暦帝に感謝すべきである。そして[[清#太祖ヌルハチ|ヌルハチ]]は秀吉に感謝すべきである。
#*治世初期には張居正の施策による一条鞭法の全国化によって、400万両もの銀を蓄えてたのにねえ・・・
#**そしてこの税法の陰にあるのが、[[大田市#石見銀山の噂|あの世界遺産]]だったりするワケですが・・・。
#彼の墓「定陵」は[[北京]]の観光スポット。
#*ただし、文化大革命でありとあらゆるものが破壊されてしまい、現在見ることのできる展示物はほとんどがレプリカ。
#**万暦帝の遺体も現物は残ってないらしい。
#この皇帝の時代の焼き物は現在結構高値が付く。(大明万暦年製)
 
===光宗・泰昌帝===
#即位一ヶ月で謎の死をとげた。
 
===熹宗・天啓帝===
#宦官・魏忠賢がやりたい放題。
#*自分のことを「九千九百歳」と呼ばせるわ(万歳は皇帝だけの尊称だったので)、全国に自分を祀る祠を建てさせるわ、それは凄かった。
#当の皇帝は明朝最低の暗君。日曜大工が趣味だったらしい。
 
===毅宗・崇禎帝===
#意欲はあったが空回りばかりしていた人。ちょっと[[征夷大将軍/江戸時代#徳川慶喜|徳川慶喜]]に似ている。
#李自成の大軍に包囲された北京城内で首を吊って自殺。宦官がひとり付き添っているだけだった(一説には、その宦官すら席を外していた)という、中国史上もっとも孤独な死をとげた皇帝。
#*皇子たちは脱出させたが、略奪を恐れたのか奥さんと姫君たちを殺して宮殿の北側にある景山で自殺。かわいそう・・・
#そもそも李自成の乱が起こったのは、崇禎帝の事業仕分けがきっかけ。
#*財政再建のために、運輸の要であった駅亭制度を大整理。しかしリストラされた従業員たちの受け皿を考えなかったので、失業者が巷にあふれて叛乱軍となった。
#*これに限らず、良かれと思ってやった施策が全部裏目に出た。
#**大臣や高級官僚をほとんど信用せず、自分ひとりで政策を打ち出していたので、どうしても盲点が発生した。独裁体制の末期症状というのはたいていそんなもん。
#***李自成に宛てた勅書には、「卿が望むなら朝廷の百官を殺戮しても構わない。しかし民を犠牲にするのはやめてくれ」と書いてあった。愛民の心はあったのだが……
#***「朕は亡国の君にあらざれども、臣はことごとく亡国の臣なり」とも言っている。大臣たちに絶望していたのはわかるが、ここまで来ると責任逃れっぽい。
#***李自成も「明の皇帝は甚だしく暗君という訳ではないが・・・」とある程度は認めていた。最後は崇禎帝を奥さんと一緒に合葬した事からも極悪非道な皇帝で無いことはわかっていたのだろう。
#即位してすぐに宦官魏忠賢を誅殺。名臣で有名な徐光啓を登用するなど国政改革。
#自ら質素倹約に勤め、政治にも熱心だったが猜疑心が強すぎた。満州族からの防衛を一手に引き受けていた名将袁崇煥を誅殺したのは・・・。
 
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{{中国史}}
 
[[Category:中国史|みん]]

2021年1月22日 (金) 19:24時点における版

明の噂(一般)

  1. 時代は「漢から明(かんからみん)」へ
  2. 日本から海賊が襲来。
    • 後半はほとんどが明の国民。
      • 後期倭寇はほとんどが日本人を装った中国人。
        • 後期倭寇は10人中8人近くが明人か朝鮮人であったと言われる。明人を処刑すると色々とやばいので朝鮮は対処に苦労したと言われる。
    • そして今度は日本から軍隊が襲来。
  3. ワコー船舶(株)の不祥事が問題になる。
    • その後ワコー船舶を乗っ取り朝鮮半島を荒らしまくる
    • その行為を「ワコーる」と言い習わしたらしい(風説)
  4. ヨーロッパの商人以上に活躍した冒険家がいた。
    • 誰だよ。
      • 鄭和さんだよ。キンタマがないのに冒険しまくった漢だい。
  5. たらこ唇の皇太子の威徳が近隣諸国に恐怖とともに伝わり、一部の国の海産加工品の名称にその影響を残す。
    • 逆、逆!>海産加工品の名称
  6. 日本で金色の寺を作った坊主将軍が「ワイの国と貿易してちょーだいな」と擦り寄ってくる。仕方なく貿易する。
    • 日本側はなぜか看護婦を連れてきたらしい。
    • 看護婦萌えわその頃から?!
  7. でぃ~ぶぃ~でぃ~!!。ソニィ!!等の名言を残している。
  8. 明時再生法適用。
  9. 後漢に負けず劣らず、幼帝で即位し、短命だった皇帝が多い。
    • 平均即位年齢 後漢 約12歳 明 約24歳 平均即位年齢は明の方が倍も上です・・・。
  10. なぜか漢民族の国というだけで清より高評価する人が多い。実際は陶磁器以外はろくでもない。
  11. モンゴルも後金も金(実際は銀)持ってる明相手に儲けたいからあえて滅ぼさずにいた。滅ぼしたのは漢民族の李自成。
  12. 次の清と同様に王朝名が黒澤姓の映画監督の名前になっている。
  13. 後漢や唐並みに、いやそれ以上に宦官が跋扈した。
    • 鄭和みたいに大冒険した者もいれば、魏忠賢みたいに朝廷で権力を振るった者もいる。

明の皇帝

  1. 明から一世一元の法が施行され、ひとりの皇帝の治世中は改元をしなくなったので、通称として宗廟名の他、元号を冠した名前でも呼ばれるようになった。
    • 明の英宗だけ例外。2回即位したので、2つの元号を持つため。
    • 「北京」「南京」「東京」といった「方角名+京」の地名も一世一元の法とともに始まった。
  2. 皇族である朱一族の法則。
    • 洪武帝の子供の世代は名前に木が付く。その子は火。その子は土。その子は金。その子は水。その子は木……と名前で五行思想をやっている。
    • 南宋の思想家朱熹の一族のパクリと言ってはいけない。
    • この一族だけでなく、五行説にもとづいて命名するのは中国で一般におこなわれていること。陳舜臣さんの家系もそうしていたらしい。
  3. 明朝は276年続いたが、3分の1近くの期間、皇帝が朝廷に現れなかった。
    • 11代武宗(正徳帝)は16年の治世中ほとんど朝廷に顔を見せず、
    • 12代世宗(嘉靖帝)は大礼の議以降の24年間ほとんど朝廷に顔を見せず、
    • 14代神宗(万暦帝)は後半の25年間ほとんど朝廷に顔を見せなかった。
    • これだけで65年。それに幼少で即位した6&8代英宗などのケースを加えると、皇帝不在が90年近くなる。
    • 「君臨すれども統治せず」を地で行っていた感じ。
      • 秘書である内閣大学士が実際の政治をトップとして運営するようになった。後世の内閣制度の語源である。
  4. 後宮に25年間引きこもったり、魔法使いになろうとしたり、宗教にハマったり、モンゴルに捕えられたり他の中国の王朝と比較しても奇人変人無能皇帝だらけである。ぶっちゃけた話まともな人を数えた方が早い。
    • まともな皇帝の治世が短く、ろくでもない皇帝の治世が長い。

太祖・洪武帝

  1. 乞食坊主から成り上がったチャイニーズ・ドリームの体現者。
    • 劉邦に萌え萌え。功臣粛清だって、だってお気に入り。
      • 劉邦以外の正統な皇帝はほとんどボンボンとして生まれているので似たような境遇であった劉邦を参考にすればいいと言われた結果。ただし劉邦は庶民の中でも普通の家の出身なので、下克上具合では中華一と言われる。
        • 後を継がせる予定の長男が優しい性格で心配だったらしい。だから自分が生きてるうちに何とかしようとしたらその長男が早死。結局は孫に継がせる羽目に。
        • ちなみにこの進言をした張良ポジの李善長まで最後には粛清されている。
  2. 人から坊主上がりだと言われると激怒した。
    • 自分の前で「僧」とか「ハゲ」とか「光」とか言う者がいるとすぐ殺した。
      • だんだんエスカレートして、「僧」とか「ハゲ」とか「光」とかと発音が似ている言葉を言う者も殺した。ダジャレであてこすっていると思ったらしい。
        • 魯迅の「阿Q正伝」の主人公が、ランプという言葉に異常反応したのだが、元ネタはこの皇帝か?
  3. 2種類の肖像画が残っているが、同じ人とは思えない。
    • 高校世界史の資料集には、実際の顔はブサイクな方の肖像画に近いと書かれていたが・・・
  4. やたらめったら功臣を粛正したが、庶民には意外と人気があった。
    • 明代は官僚が一番冷遇されていた王朝といわれる。現代の日本も見習うべきかとうわなにをするおまえやめr
      • 役人を冷遇すると、生活が苦しいものだから汚職を始めますよ。
        • 政治家と官僚が高給なのはむしろ汚職と賄賂横行による腐敗の防止。現状で満足させとこうという性悪説の考えだな。
        • それもあるし、儲からない職業に優秀な人間は来ない。
    • 側近を殺しまくった件に関してはスターリンレベルだと思う
    • 文人や功臣を大量に殺す一方で肉刑を禁ずる布告を出したり、治水工事を熱心に行うなど農民に対しては優しかったから。
    • 若い頃に飢え死にしかけた経験があったせいか農業を重視。逆に知識人や金持ちは信用しておらず弾圧。なんだかポル・ポトみたいである。
  5. 後の毛沢東に通じるものがある。

建文帝

  1. 太祖の孫。彼の父(太祖の長男)は太祖より先に死んでしまった。
  2. 祖父さんが辺境の守りにと残してくれた叔父たちの軍勢を恐れ、取りつぶそうとしたが、逆に攻められてやられてしまったかわいそうな皇帝。
    • しかし死体が見つからなかったので、生存伝説が絶えなかった。
  3. 減税を実施したのでやはり庶民からは人気があった。
    • しかも美形の好青年だ。
      • 拷問の廃止、宦官の重用禁止もやった。
  4. 永楽帝の陰謀により、清代になるまで存在自体が歴史から抹消されていた。

成祖・永楽帝

  1. 甥の建文帝を亡ぼして即位。
  2. しかし、建文帝が生きているのではないかと生涯びくびくし続けた人。
    • お気に入りの宦官・鄭和に、大艦隊を率いさせて南アジアやアラビアまで行かせ、大いに威武をふるったが、実は建文帝を探すためという裏の目的があったらしい。
  3. 鄭和の貿易活動で大いに儲け、貨幣を大量に鋳造。
    • この貨幣(永楽銭)は当時東アジアの共通通貨となり、日本でも日常的に通用していた。
  4. モンゴルに5回も親政し、ベトナムを占領し、国威を大いにとどろかせた。おかげで現在、中国でもっとも人気のある皇帝の一人である。
    • どう考えても前半期の皇帝のうち一番共産主義者に受けが悪そうなキャラなのだが……。
      • 共産主義というより民族主義の文脈から、現中国は対外戦争に活躍した人が大好きだからかと。統一期のマイナーな人でも民族英雄に列せられてたりするし。
  5. 彼の母は諸説ある。洪武帝の正妻である馬皇后でない可能性が高いのは確かだが、高麗人とか、モンゴル人とか。また、父も洪武帝ではなく大元のハーントゴンティムールだったいう俗説もある。
    • 残念ながらあの国の法則に絡まなかったわけではないようだ。
  6. 父の洪武帝に負けず劣らず功臣の粛清に熱心だった人。熱心な余り父よりも残虐な処刑方法とかを色々開発した
  7. せっかく洪武帝が、宦官が政務に携われない決まりを作っておいたのに、台無しにしてしまい、明一代を後漢と共に宦官悪がはびこった時代にしてしまった。
    • 建文帝を討つ時に、南京城内で冷遇されていた宦官たちの内応に助けられた面があったため。
    • また、大学者の方孝孺にいきなり簒奪者呼ばわりされたため、筋目にうるさい士大夫を遠ざけ、自分の意のままになる宦官を重用したという事情もあった。
    • 宦官による秘密警察「東廠」まで設立して、自分をそしる者を取り締まった。また密告を奨励し、誣告であっても罰せられないようにした。かなりイヤな時代となった。
  8. 中華人民共和国でいうと鄧小平あたりか。

仁宗・洪煕帝

  1. 皇帝としての治世が短すぎて、あんまり面白い話がない。
  2. 歩行困難なほどの肥満体で、不摂生な生活がたたり寿命を縮めたと言われる。
  3. 温和で堅実な人物だったようで、父がモンゴルに遠征に行っている間は常に首都の留守番を任されていた。
    • 外征を繰り返した永楽帝の政策が破たんしなかったのは、だいたいこの名君な息子のおかげ。

宣宗・宣徳帝

  1. 肖像画が残っているが、某宗教の尊師にクリソツとは絶対に口にしてはならない。
  2. 守成の名君と呼ぶにふさわしい人物。どんな国でも、こういう君主が出る出ないでその後の命運が分かれる。
  3. 子供がいないという理由で皇后を廃したことと、死んだ時何人もの妃を殉死させたことはマイナスポイントか。
  4. 宦官の学校を作っていたり。後の宦官跋扈の遠因かも…

英宗

  1. 宦官・王振に乗せられて、モンゴル征伐のために親征するがボロ負けし、捕虜になってしまった。野戦で捕虜になった皇帝は中国史上この人くらい。
  2. なんとか帰ってみると、弟の景泰帝が帝位に就いており、幽閉されてしまった。踏んだり蹴ったり。
  3. 景泰帝が病気になったので、ようやく英宗派の廷臣たちの力で皇帝に返り咲いた。同じ王朝で2回即位したのは中国史上この人くらい。
  4. 上記の理由で為政者としての評価は散々だが、唯一殉死制度を廃止したことは賞賛されている。

代宗・景泰帝

  1. 兄貴がモンゴルに囚われている隙に即位したが、病気になってひきずり下ろされた。
  2. 一応兄貴がモンゴルにとらわれる原因となった最大の責任者、王振一族を粛清。そして新たに于謙を登用し、オイラトによる包囲から北京を防衛。
  3. 和睦成立後、兄貴が戻ってきたが幽閉。
  4. 死後贈られた名前が「戻王」・・・。悪意ありあり。

憲宗・成化帝

  1. 19歳年上の愛妾(萬貴妃=「お万の方」ってとこですな)に頭が上がらなかった。
  2. 他の女が成化帝のタネを身ごもると、嫉妬した萬貴妃が片っ端から堕胎させていたのを知らず、自分がタネ無しだと思いこんでいた。
    • 儒教の価値観では、タネ無しはイ○ポと同様の不具扱いをされるのです。

孝宗・弘治帝

  1. 萬貴妃の魔の手を奇跡的に逃れて出生した幸運な人。
  2. 明朝の皇帝ではいちばんまともな人だったようで、中興の祖とも言われるが、惜しくも35歳で病没。
  3. 中国の皇帝としては珍しく、生涯皇后以外の女に手を出さず一夫一妻を貫いた。

武宗・正徳帝

  1. ラマ教にはまった。
  2. 16年の治世中、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。
  3. 船遊びの最中に、湖に転落。それが元で肺結核になり、儀式の最中に喀血して亡くなった(享年31)。ある意味情けない死に際かもしれない。

世宗・嘉靖帝

  1. 正徳帝の従弟だが、自分の実父にどういう称号を与えるかということで廷臣たちと大喧嘩し、以後24年間、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。

穆宗・隆慶帝

  1. 陳舜臣氏の本には景徳鎮に春画を描かせていたとある。ぜひ見たかったものだ。

神宗・万暦帝

  1. 48年間も在位していたが、ほとんど朝廷に顔を出さなかった。
  2. 治世の前半は、張居正という大物宰相のおかげで政情は安定。
    • 張居正の死後、珍しく朝廷に出ていた万暦帝は、佞臣たちの中傷を信じて、張居正の遺族たちをひどい目に遭わせた。
      • 家を完全に封印して出入りを禁じ、中に居た遺族が餓死してしまったほど。
  3. 豊臣秀吉の侵攻への対応で、財政は火の車に。
    • その結果、その後のの侵攻に対して有効な対応ができず、滅亡へまっしぐら。
    • 徳川家康は万暦帝に感謝すべきである。そしてヌルハチは秀吉に感謝すべきである。
    • 治世初期には張居正の施策による一条鞭法の全国化によって、400万両もの銀を蓄えてたのにねえ・・・
      • そしてこの税法の陰にあるのが、あの世界遺産だったりするワケですが・・・。
  4. 彼の墓「定陵」は北京の観光スポット。
    • ただし、文化大革命でありとあらゆるものが破壊されてしまい、現在見ることのできる展示物はほとんどがレプリカ。
      • 万暦帝の遺体も現物は残ってないらしい。
  5. この皇帝の時代の焼き物は現在結構高値が付く。(大明万暦年製)

光宗・泰昌帝

  1. 即位一ヶ月で謎の死をとげた。

熹宗・天啓帝

  1. 宦官・魏忠賢がやりたい放題。
    • 自分のことを「九千九百歳」と呼ばせるわ(万歳は皇帝だけの尊称だったので)、全国に自分を祀る祠を建てさせるわ、それは凄かった。
  2. 当の皇帝は明朝最低の暗君。日曜大工が趣味だったらしい。

毅宗・崇禎帝

  1. 意欲はあったが空回りばかりしていた人。ちょっと徳川慶喜に似ている。
  2. 李自成の大軍に包囲された北京城内で首を吊って自殺。宦官がひとり付き添っているだけだった(一説には、その宦官すら席を外していた)という、中国史上もっとも孤独な死をとげた皇帝。
    • 皇子たちは脱出させたが、略奪を恐れたのか奥さんと姫君たちを殺して宮殿の北側にある景山で自殺。かわいそう・・・
  3. そもそも李自成の乱が起こったのは、崇禎帝の事業仕分けがきっかけ。
    • 財政再建のために、運輸の要であった駅亭制度を大整理。しかしリストラされた従業員たちの受け皿を考えなかったので、失業者が巷にあふれて叛乱軍となった。
    • これに限らず、良かれと思ってやった施策が全部裏目に出た。
      • 大臣や高級官僚をほとんど信用せず、自分ひとりで政策を打ち出していたので、どうしても盲点が発生した。独裁体制の末期症状というのはたいていそんなもん。
        • 李自成に宛てた勅書には、「卿が望むなら朝廷の百官を殺戮しても構わない。しかし民を犠牲にするのはやめてくれ」と書いてあった。愛民の心はあったのだが……
        • 「朕は亡国の君にあらざれども、臣はことごとく亡国の臣なり」とも言っている。大臣たちに絶望していたのはわかるが、ここまで来ると責任逃れっぽい。
        • 李自成も「明の皇帝は甚だしく暗君という訳ではないが・・・」とある程度は認めていた。最後は崇禎帝を奥さんと一緒に合葬した事からも極悪非道な皇帝で無いことはわかっていたのだろう。
  4. 即位してすぐに宦官魏忠賢を誅殺。名臣で有名な徐光啓を登用するなど国政改革。
  5. 自ら質素倹約に勤め、政治にも熱心だったが猜疑心が強すぎた。満州族からの防衛を一手に引き受けていた名将袁崇煥を誅殺したのは・・・。

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