素晴らしき将棋棋士の世界

  • 「将棋指しは個性的な人(=変人)が多い」と言われるが、元からの将棋ファン以外には認識されていないものも多いはず。
    • よってここでは、プロ・アマ問わず、将棋棋士にまつわるエピソードを並べてみる。
    • 面白エピソードはもちろん、スゴイものももちろん可。
  • 一応百科事典項目なので、ネタは遠慮してください。ただし既に広く知られているものについてはネタでも可。
  • 記載は、節別に氏名の50音順とします。
  • 棋士名に段位やタイトル名は原則不要。
  • 氏名のリンク先は、ウィキペディアの項目名。
    • 存在しない場合は無理にリンクにしなくても良い。
  • 他の百科事典項目と同様、書き換えや記事の並び替え可。

全般編集

  1. 意外な事に見た目は紳士然として、インタビューなどの受け答えも普通であることが多い。
    • がそこは勝負師、仲の良い記者や仲間内だと「寝坊しなければ勝てる」とか「(将棋盤の前に)座れば勝てる」とライバル意識むき出し。
  2. ほとんどは小学生になるかならないかの頃からしのぎを削ってきた人たちなので勝負師気質は当然と言える。
    • 逆に「将棋以外の事は知らない」という人も多いため、奇人伝説が生まれる。
  3. 自動車の運転免許は持っていない棋士が多い。理由は「運転中に将棋の事を考えると危険だから」。
  4. 将棋以外、チェスや囲碁、カードゲームなども強い人が多い。
    • で将棋以外のゲームでも「感想戦」を行う。
    • あとなぜか公に語られないが、棋士は大体麻雀もやるし、強い。
  5. 棋士同士は、ライバルであると同時に同じ志を持つ仲間でもある。
    • 特に同年代同士の場合、仲が良いことが多い。
    • まず将棋の話では、一般人とは合わない(一般人の方が、棋士が何を言っているのかわからない)のも原因と思われる。
      • まさに「強敵」と書いて「とも」と読む関係である。
  6. 過去の棋譜は全て暗記しているのが当たり前。
    • 将棋漫画で、実際のプロ棋士同士の棋譜が使われたりすると「◯◯九段と△△八段の××戦」と瞬時にわかるらしい。
  7. 暗譜も当然で、さらに多面指しも当然できる。
  8. 「プロ棋士なら誰でも次の一手は瞬時に浮かぶ」「長考するのは、2手のうち、どちらを指そうか迷っているだけ」
    • 加藤一二三のセリフだが、プロ棋士は誰でもそうらしい。
  9. 金銭感覚は概してゆるく、飲み会などでは先輩が全額奢るのがデフォ。
    • 「次の対局で勝って取り戻す」という心理が働くらしい。

関連項目編集

アマチュア棋士編集

小池重明編集

  • こいけ じゅうめい
  1. 人生がそのままドラマか映画にできそうな波乱万丈の人生を歩んだ伝説の天才棋士(真剣師<賭け将棋師>)。
    • 執筆時点(2018年6月)で映画やドラマにはなっていないが、小池の事は何度か書籍化されている。
    • 真剣師はプロと言えなくもないが、この項目でのプロ棋士の定義は「将棋連盟が認めたプロ棋士」なのでアマチュア棋士に入れる。
  2. まず両親からしてすごい。
    • 父親 - 定職は持たず、傷痍軍人のふりをして街頭で物乞いし、その金で博打を打っていた。
      • その父親から「男なら博打の一つも憶えておけ」と言われ、博打の一つとして将棋を始める。
    • 母親 - 娼婦。しかも「職場」は自宅。
      • 旦那には内緒で行っており、小池は見張り役で、見張り料を母親からもらっていた。
  3. 「将棋で生計を立てたい」と高校を中退して名古屋から上京。
    • 当初はまっとうにプロ棋士を目指していた。
    • 上野にある将棋センターの住み込み従業員として働きながら、プロ棋士になるために将棋の腕を磨く。
    • 22歳の頃にプロを目指して松田茂役に弟子入り。
      • ここら辺まではギリギリまともなのだが……。
  4. 素行が悪化。
    • 夜遊びを覚え、キャバレーのホステスに入れあげた挙句、勤務先の金を着服して解雇されると同時に松田にも破門を食らう。
  5. 一旦名古屋に戻る。
    • プロ棋士をあきらめた小池は名古屋に戻り、葬祭業を営む会社にアルバイトとして勤務。
      • この頃結婚。
        • 相手は14歳年上の未亡人。
  6. 再上京、真剣師へ。
    • トラック運転手として運送会社に勤務、真面目に勤める。
    • 初めてもうけた子供が出産後数日で亡くなり、その精神的ショックから会社を辞めて賭け将棋にのめりこむように。
    • 新宿の将棋道場で、賭け将棋で連戦連勝、間もなくして「新宿の殺し屋」の異名を持つ凄腕の真剣師となる。
    • 「日本一の真剣師」の座を賭けて、当時日本最強の真剣師と評されていた大阪の加賀敬治と対戦して2日間で7勝7敗と譲らず、加賀に「もう一度やったら勝てる自信がない」と言わせた。
      • この戦いは、通天閣の将棋道場で行われたため「通天閣の死闘」と呼ばれる。
      • しかし家庭を顧みなかったため、私生活では夫人と離婚、酒におぼれるすさんだ生活を送るようになる。
  7. アマチュア将棋界へ。
    • 知人から「賭け将棋ではないが、勝てば賞金が出る」と言われてアマチュア大会に出場、
    • 1980年から2年連続アマ名人のタイトルを獲得。
      • この時、記録員として当時小学生の羽生善治が観ていた。いわく「生き様と同じで将棋も型破り。でも強かった。」
        • 小池の将棋は一見デタラメだったが、序盤で相手に攻めるだけ攻めさせて持ち時間を遣わせ、早指しに持ち込んで相手のミスを誘う、というものだった。
        • もちろんその序盤の攻めを受けきれなければ負けるので、強いのは確かだった模様。
      • しかしまたもキャバレーの女に入れあげて横領事件を起こす。
    • プロとの対局でも好成績を挙げて、プロ編入の話が出るようになる。
  8. プロ棋士編入申請却下。
    • 皮肉な事に有名になったために、過去の女性関係や、横領などの行為が問題視され、編入の話は将棋連盟から却下された。
    • プロ入りを熱望していた小池は大きなショックを受け、およそ2年の間将棋界から身を退き、肉体労働などで生計を立てていた。
      • さらに皮肉な事に、真剣師としては有名になりすぎたために、相手がおらず、かつ小池が現れると借金取りやヤ◯ザが押し掛けてくるために、道場によっては出禁となった。
将棋
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