トーク:新小岩

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ちなみに新小岩はパチンコ屋帝国で、15店舗以上存在する。自治会長がパチンコ屋の開店祝いのパーティーに招待されるなど、地域住民は上手く手なづけられており、パチンコ屋への地域住民の反対の声は地域住民自身によってかき消されている。

新小岩としての奇行の中で最も有名なものは西友の新小岩駅、駅ビル化の提案を地域が一丸となって反対し追い返したことである。

  1. ぶっちゃけ表のページにある長々とした能書きは要らないと思う。
  • 整理しました。-- by Muttley 2006年11月8日 (水) 20:39 (JST)

「あなたは、葛飾に誇りが持てますか?」ってどっかの政党のポスターが貼ってある。そんな風に言われるほど酷くも無いと思う。と、思うしかない。

新小岩の現状

葛飾区は下町の植民地であるが、新小岩はその葛飾区の属州である。 新小岩は葛飾の中では発展しているほうであるが、その発展の基礎は主に江戸川区との経済関係(主に小松菜とはすの貿易)によるものであった。 それに対して葛飾区内の他地域との繋がりはそれほど強くない。その為新小岩では葛飾区からの独立をした後、江戸川区への帰属を図ろうとする勢力がある。 また自給自足を基本としている葛飾区の中にあって新小岩は異端であり、長期に渡って葛飾区の中心勢力である立石、堀切などと対立をしてきた事も独立派支持の一端を担っている。

このような対立もあり、旧来から葛飾区では新小岩の納めた年貢がほとんど立石などの他地域のためにだけ使われている。これに対し新小岩の独立派が反発。その結果葛飾区の中心勢力と新小岩は抗争状態に陥り、現在抗争に敗北した新小岩は実質的に葛飾区の属州扱いとなっている。

旧国鉄の広大な敷地を私立の学校に売り渡した為に地域にとって何一つ利益が無かった事も、南北交通路計画が一向に進展しないこともこれが原因である。

最終手段として分離後北関東3県(群馬栃木茨城)のどこかの自治体の飛び地になって区と都に復讐してやろうと企んでいる。

南北交通路計画とは

新小岩の北側(地名上は東新小岩)と南側は現在、半分断状態にある。 新小岩駅の施設と総武線の線路が人の流れを妨害しており、新小岩では南北を行き来する時には、必ず平和橋通りを使わなければならないからだ。特に自動車で交通する時には分断されているという感覚は無いが、歩いた時にその分断という意味がわかってくる。南北を行き来するためには駅構内を通り抜ける方法もある。しかしそれでは入場料がかかるために、平和橋通りの歩行者道路が事実上唯一の南北を結ぶ通路となっている。しかしその通路はその重要性と比べると明らかに狭く、そしてその通路の位置も不便なのである。この状況を改善する為に二十年以上前に南北交通路計画が立てられたが、葛飾区において新小岩の地位は非常に低いため全く計画は進んでいない。 また最近では、その通路が線路の下を通っているために短いトンネルのようになっている事から音の反響が良いために、夜間になるとストリートミュージシャンが現れる事もあるが、恐ろしい下手くそ達が歌うため騒音被害の温床にもなっている。

また余談ではあるが新小岩駅の駅舎は非常に老朽化している。しかし駅舎の立て替えはまず行われないと見られている。まず立て替えには区からの補助金が必要であるが、まずその時点で区の許可が下りないであろう事、さらに駅舎の立て替えは南北交通路計画とも繋がっている話でもあり、全体としての費用が大きくなるであろう事も関係がある。区が新小岩にそのような大口の予算を回すとは考えにくい。 駅舎の老朽化を証明する出来事としては、雪の重みで天井が一部抜けた出来事がある。