もし幕末にあの港が条約港にならなかったら
横浜港
- いまだに横浜村、もしくは町、
- こっちと混同する人多い。
- 純・東京のベットタウン化。
- 東京のベッドタウンとして発展はするが、規模的にはさいたま市・千葉市と同程度。
- 史実よりも多摩・八王子・所沢・川越・大宮・春日部・柏・習志野市と比べられた。
- こっちと混同する人多い。
- あるいは神奈川市
- 神奈川県ではなく、小田原県になる。
- でも、旧東海道周辺はそこそこに発展。
- 神奈川市、保土ヶ谷市、菊名市などは東京のベッドタウンになる。
- 菊名市は新幹線の駅も作られる。
- でも、ラーメン博物館と日産スタジアムは存在しない。
- 都筑市、田奈市が東急の開発で戦後急成長。
- 21世紀になって神奈川・保土ヶ谷・菊名・鶴見・武蔵金沢の5市合併で政令指定都市「神奈川市」が誕生。
- 横浜は60年代の合併で、川崎も90年代には政令市移行。
- 横浜市は合併しなくても00年代までに政令市になるだろう。
- 横浜は60年代の合併で、川崎も90年代には政令市移行。
- 菊名市は新幹線の駅も作られる。
- 外国人居留地が存在せず、山手は手付かずの自然が残る。
- 中華街も存在しない。山下町は今も海になっている。
- この場合中華街は東京の品川辺りにある
- 元町家具も発展しない。というか元町商店街自体がないかも。
- 当然ハマトラファッションも誕生しない。
- 名ブランド「元町ユニオン」も。
- 中華街も存在しない。山下町は今も海になっている。
- ランドマークタワーやベイブリッジは存在しない。
- 飽和状態の東京港を支えるために、昭和中期までに神奈川港は誕生した。
- 工業地帯が今でも残る川崎近辺に大規模な港が作られていたかもしれない。
- 現みなとみらいエリアは殺風景な工業地帯のまま。
- 首都圏第三空港の案に「神奈川国際空港」を作る案が出るも、羽田と離陸ルートが被りかねないので頓挫する。
- 飽和状態の東京港を支えるために、昭和中期までに神奈川港は誕生した。
- 石川町の女子高生天国はない。
- 寿町の×××××地獄もない。
- 青江三奈が伊勢崎町ブルースを歌うことはない。
- 五木ひろしの「よこはま たそがれ」、ダウンタウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」などもない。
- 神奈川市などを歌った歌はポップス・演歌問わず多数誕生するかもしれない。
- その逆で東京23区を批判する歌も多いかもしれない。
- 東急は鎌倉に線を引いていた。
- 京浜急行は横須賀リゾート急行だった。
- 根岸線がないので根岸と磯子を経由。東急は上大岡経由で鎌倉へ。
- 京浜急行は横須賀リゾート急行だった。
- 日本最初の鉄道は新橋-小田原間に開通した。
- 戸畑鋳物が日産のルーツということで、日産の本社は北九州に置かれている。
- 従って横浜に本社を置くこともなく、東京に本社を移転することもなかった。
- 又、追浜工場もなく、プリンス自工と合併することもなかった。
- 中村俊輔はサッカー選手になっていなかったかもしれない。
- マリノスも北九州を本拠地にしていた。
- 北九州市の人口は2020年現在も100万人以上。日産の本社を東京に移そうとするも,地元からの反発が強く頓挫。ただ,本社機能と関連会社の多くは,東京に移ったかもしれない。
- プリンス自工は富士重工あたりと合併。そうなれば「スバル工業」に社名変更。
- 横浜フリューゲルスはIT企業に身売りされて存続。
- プリンス自工は富士重工あたりと合併。そうなれば「スバル工業」に社名変更。
- 北九州市の人口は2020年現在も100万人以上。日産の本社を東京に移そうとするも,地元からの反発が強く頓挫。ただ,本社機能と関連会社の多くは,東京に移ったかもしれない。
- 史実の横浜線は「神奈川鉄道」として開業し、南武線と同時期に国有化。現在は「JR神奈川線」
- もしくは相鉄と合併していた。
- 総武鉄道(2代目)の方が国有化されたかもしれない。その場合川崎-立川-拝島-高麗川-大宮-柏-船橋間は「東京外環状線」と呼ばれる。
- もしくは相鉄と合併していた。
- 当然、横浜に「おしゃれな港町」というイメージは皆無。
- 都民からは、「チバラギ」、「ださいたま」と一緒に「田舎奈川(いなかながわ)」と呼ばれていた。
- 東京郊外の発展スピードは反時計回り。市川市が「おしゃれな町」として人気になる。東急と京成の立場が逆に。
- 都民からは、「チバラギ」、「ださいたま」と一緒に「田舎奈川(いなかながわ)」と呼ばれていた。
- 新横浜駅が作られず、東海道新幹線が素通りして小田原まで直行。
- あるいは川崎市内の武蔵小杉あたりに新幹線駅が作られた。
下田が条約港のままだったら
- 人口50万の、静岡・浜松に次ぐ大都市になっていた。
- むしろ静岡県が東西に分裂し、富士川より東が「伊豆県」となっていた。
- この場合、伊豆県は中部地方ではなく関東地方に含まれていた。
- むしろ相模県に編入され韮山県(若しくは足柄県)になっていた。
- ↑になれば下記の小田急が下田まで延びる。JR東日本とJR東海の境界も下記のように。
- ↑↑になれば県東部は(茨城県のように)東京に近づくにつれ人口が多くなるだろう。
- ↑になれば下記の小田急が下田まで延びる。JR東日本とJR東海の境界も下記のように。
- むしろ相模県に編入され韮山県(若しくは足柄県)になっていた。
- この場合、伊豆県は中部地方ではなく関東地方に含まれていた。
- むしろ静岡県が東西に分裂し、富士川より東が「伊豆県」となっていた。
- 海は埋め立てだらけ、山は削られ、伊豆半島の環境破壊は深刻に。
- もちろん熱海~下田間の鉄道は国鉄が建設。
- 当初現・御殿場線が東海道本線だったことを考えると、国府津~下田と考えるべきか。
- 東北本線の下田駅は、「陸奥下田」駅に改称されている。
- 和歌山線の下田駅も「大和下田」駅に改称後、史実通り「香芝」駅に再改称される。
- 下田~松崎(~沼津?)に東急の息のかかった路線が、三島~修善寺~天城越えして下田に西武の息のかかった路線ができていた。
- むしろ東急が三浦半島を積極的に開発していた可能性も。
- もしかしたら高速鉄道路線の建設も有り得た?新幹線は微妙だが。
- 東海道線は熱海まで複々線に。JR東日本とJR東海の境界は三島-沼津間。熱海-下田間は全線複線。御殿場線の会社境界は御殿場駅(JR東海が管理)。
- 小田急が下田まで伸ばしたかも。東海自動車が同社系であることに違和感がない。その代わり箱根の開発はコクド(西武)系が独占。
- 東海道線は熱海まで複々線に。JR東日本とJR東海の境界は三島-沼津間。熱海-下田間は全線複線。御殿場線の会社境界は御殿場駅(JR東海が管理)。
- さまざまな西洋文化流入の地も下田。
- 和洋渾然一体、しかも上手く調和してる街になる。
- 沼津-熱海以南が合併して、下田市を継続するか伊豆市が誕生する。
- 伊豆東岸の温泉地は政府要人の別荘だらけになっていた。
- 大日本帝国憲法の草案も三浦じゃなく伊豆で作られていたり。
- 西伊豆方面も開発されていた。
- 下田街道や国道135号など下田へ至る主要道路は物流を支えるためどんどん高規格になる。
- 伊豆縦貫道はちゃんとした高速道路としてもっと早く建設されてた。
- 足柄県は下田を県庁所在地として存続。
神戸港
- 神戸は、大阪府兵庫市の一地名で終わる。
- 兵庫市は大阪の只のベッドタウンになっている。現実の東灘区・灘区は「灘市」となっている。
- 北区は「北六甲市」となっている。
- 西区は明石市に編入。
- 兵庫県もなく、明石市以西の山陽側地域は「姫路県」となっている。また但馬は鳥取県に、淡路島は徳島県に編入されている。
- 但馬に関しては豊岡県の可能性もある。
- 摂津西部は大阪府になっていた。
- 但馬に関しては豊岡県の可能性もある。
- 阪神・淡路大震災が別の名称だったかも。
- 経済損失は史実ほどひどくなかった。人的被害は逆にひどかった可能性がある。
- 人口減少に歯止めがかからず、かなりの面積が防災公園になっていた
- 経済損失は史実ほどひどくなかった。人的被害は逆にひどかった可能性がある。
- 兵庫市は大阪の只のベッドタウンになっている。現実の東灘区・灘区は「灘市」となっている。
- 東海道本線と山陽本線の境界は当然大阪。
- 現実の阪神電鉄は「阪灘電鉄」として開業後、昭和初期の姫路延長を機に「山陽電鉄」に改称。
- 現実の阪急神戸線は西宮北口からは直進せず宝塚に向かっている。
- 神戸電鉄は影も形もなかった。その代わり阪急宝塚線が宝塚から三木・小野方面に延伸されていた。
- 北神急行は想像すらされずに終わっている。
- 山陽本線の網干以東が方向別複々線になる。
- 明治以降は大阪が関西を代表する貿易港になる。
- 或いは堺か?
- キングジョーは大阪港に出現。
- 加えて、舞鶴と和歌山も拠点港になっている。
- 和歌山市が四国への玄関口として現実より発展していた。本四架橋も神戸~鳴門ルートではなく和歌山~鳴門ルート(紀淡海峡経由)となっていた。
- 加えて、舞鶴と和歌山も拠点港になっている。
- 兵庫の主要港湾は姫路港になる。
- 姫路市が「平成の大合併」で政令指定都市に移行していた。
- 意外と、関西空港が神戸沖だった可能性がある。
- 今のポートアイランドにそのまま建設された。
- 新神戸駅は存在しない。
- 山陽新幹線は、名古屋が起点で、京都・園部・篠山経由で姫路に向かう。
- 東海道新幹線は亀山・奈良経由で建設された。
- 大阪側のターミナルは天王寺になり、同駅が新大阪駅を名乗っていた。
- 新大阪駅からは四国新幹線が和歌山・徳島・高松・松山経由で熊本・長崎・佐世保へと延びていた。
- 大阪側のターミナルは天王寺になり、同駅が新大阪駅を名乗っていた。
- 流石に山陽新幹線が大阪を無視するとは考えにくいが、新大阪~宝塚~三木~姫路と、六甲山の北側を通り抜けた可能性がある(その方が距離が短くて済む)。
- 2003年以降、姫路駅に山陽新幹線の全営業列車が停車するようになる。
- 南京町の中華街や北野町山本通の異人館もない。
- サンテレビはなかった。
- 兵庫県域局は姫路市に本局を置いていた。
- 海軍操練所は別の場所に置かれていた。
- 地域力向上の為に「株式会社神戸市」と呼ばれた時代に史実以上の乱開発をしていた可能性がある。その結果財政赤字が凄い事に…。
- 阪神と言う広域地名は誕生さえしなかった。
- 阪神タイガースと言う名前も登場しなかった。
新潟港
- 新潟市章に錨のマークや「五」の字が入ることは無かった。
- 新潟市が県庁所在地になることは無かったかもしれない。
- もしかしたら佐渡を除いた全域が柏崎県や長岡県などになっていたかもしれない。
- 県庁所在地も現在の中越地方だっただろう。
- もしかしたら佐渡を除いた全域が柏崎県や長岡県などになっていたかもしれない。
- 日本で一番歴史のある銀行(第四銀行)が新潟市にあるなんてことは無かった。
- 酒田港の重要度がさらに増していた。
- 新潟空港はなかった。
- 両津港が新潟港の補助港となることもなく、佐渡島へのメイン航路は今でも直江津-小木ルートがメイン。
- 新潟港が東西に分かれることもない。
- 80年代末期まで天然ガスの採掘が新潟の主産業の一つになっていた。