もし南樺太が日本領のままだったら

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南樺太が日本領のままだったら

全般

  1. 中心都市は豊原市。
  2. 稚内市は日本最北端の市を名乗ることができなかった。
    • 最北の市は敷香市になっていた。
  3. 「樺太アイヌ自治区」になっている。
  4. 稚内の宗谷岬を現実の日本最北端の地として訪問する観光客が激減し、稚内駅から宗谷岬までバスを運行している宗谷バスの経営も悪化する。
    • かわりに、稚内から気軽に行けるノシャップ岬に訪問する人が増加する。
  5. 恵須取・大泊・敷香・落合・真岡は間違いなく市に昇格している。
    • 実際、恵須取は占領されてなかったら1月半後には市制施行することになっていた。
  6. 戦争関係の本には豊原空襲が載っている。
  7. 新しい名は樺太県?樺太道?。
    • 道州制の際には樺太州になると思われるが・・・。
    • 戦前の名称を引き継いで樺太庁で1都1道1庁2府43県になると思う。
      • 1都(東京都)2庁(樺太庁・北海道庁)2府(京都府・大阪府)43県。
      • 豊原は庁庁所在地?略されて庁々と書かれそう。
      • 樺太県でいいんじゃないか。
      • 実際に「樺太県」を設置する計画が大正時代にあったらしい。
      • つまり1都(東京都)1道(北海道)2府(京都府・大阪府)44県だな。
  8. 北海道の開発がおろそかになる。
    • もしくは樺太へ送る米の生産基地として現実以上に盛んだったかも。
  9. 富士メガネの本社は豊原のまま。
  10. 南部では石油による重化学工業が発展していた。
    • 真岡から内幌にかけてコンビナートを建設する計画が立つ。
    • 新産業都市にも指定されている。
    • 列島改造論は樺太にも触れられていた。
  11. 王子製紙は国産だけで原料を賄えていた。
  12. 豊原はユジノサハリンスクよりは発展しただろう。
    • 現在は特例市か中核市に指定されている。
      • 人口は札幌と旭川の間くらい。
  13. 大規模な都市計画が完成していた。
  14. 樺太庁樺太師範学校と樺太医学専門学校が合併して樺太大学が発足していた。
    • 北海道大学と樺太大学は仲が悪いかも。
    • 樺大の入学者最多は樺太県立豊原高等学校。
    • 私立の豊原大学もある。
  15. 樺太庁博物館が老朽化のため解体される。
    • 豊原市の市民団体が反対運動を起こす。
  16. 真岡は長崎のような街になっていた。
  17. ロシアは樺太の代わりに北朝鮮を占領していた。
  18. 民放テレビ局は多分2〜3局は出来ていたと思う。
    • 樺太放送(JNN、AMラジオ兼営)
      • KBN(Karafuto Broadcasting Network)
      • もしくはBSK(Broadcasting System of Karafuto)
    • 樺太テレビ(NNN、ANNクロスネット)
      • KTB(Karafuto Television Broadcasting)
    • テレビトヨハラ(FNN、平成新局)
      • TTB(Television Toyohara Broadcasting)
    • テレビ朝日の番組は樺太テレビを中心に番販ネットされる(一部は樺太放送で放送)。
      • スパモニは樺太放送で放送。
    • テレビ東京の番組の大半(特にアニメ)はテレビトヨハラで放送。
    • ちなみにFM民放は「FM樺太」。
      • 仮に2~3局の場合、立ち上げ直後から北海道の民放局と相互乗り入れ。
    • 場合によっては樺太朝日放送(ANN、平成新局)
      • ABK(Asahi Broadcasting Karafuto)
    • NHK豊原放送局のコールサインはちゃんと本土同様の「JO○○」になっていた。
  19. "九州、四国、本州に別枠で北海道、沖縄"(天気予報など)という一般的な日本地図のイメージや"南はフィリピン海盆から北は宗谷海峡まで"という日本の衛星写真のイメージが大きく変わる。
    • フィリピンまで日本領という想定なのか?
      • そうじゃなく5分ニュースの最初の写真とかの太平洋の一部からのアングルを想定してのイメージ。by↑↑を書いた人
  20. プロ市民や日教組が強い地域になっている。
    • ソ連のスパイもいる。
  21. 豊富な資源をバックに日本からの独立を主張している人もいるかも。
    • 北海道独立論と同時に唱えられる。
  22. 栃木県真岡市はたぶん別の名前になっている。
    • 下野真岡市になっていた。
      • が、「長ったらしい」と平成の大合併で「もおか市」になる。
        • 嫌だッ!
  23. 稚内から樺太に行く観光客が増加するが、利尻や礼文に行く人は減少しそう。特に礼文のスコトン岬に行く人は減りそうな予感。
  24. 樺太県と北海道で「北海地方」。
  25. 豊原に札幌高裁豊原支部が設置されている。
    • 豊原高裁を設置してもいいかもしれない。
  26. 樺太県はJP-00。
    • いや、樺太県をJP-01にして他は全部ずれる。
  27. 豊原空港を本拠地とするローカル航空会社が存在していた。
    • 社名は「樺太航空」とかになっていた。
  28. 桃太郎電鉄でも登場する。宗谷海峡はフェリー。でも行きづらくて大変。
    • 豊原か敷香が目的地。
      • 買える物件はパルプ工場・缶詰工場・炭鉱・スキー場・ジャガイモ畑等。
      • 食品物件が追加されるならPS2版以降。
  29. 日本が樺太の油田開発に乗り出し、日本が世界有数の産油国となっている。もちろんOPECにも加盟。
  30. 樺太自動車道が出来ている。
    • 豊原市と真岡市を結ぶ豊真自動車道もある。
  31. 南樺鉄道・南樺太炭鉱鉄道・帝国燃料興業会社内淵線は昭和中期に廃線になっている。
  32. ルパン三世58話「国境は別れの顔」は樺太が舞台となっていた。
  33. サスペンスドラマによく登場していた。
    • 富内湖や多来加湖に遺体が浮かんでいたり犯人が西能登呂岬から飛び降りたりする。
      • 「俺は豊原で事件が起こった時東京にいたんだぞ!俺に犯行は無理だろ?」は決まり文句。
      • 十津川警部も度々訪れている。
      • 渡瀬恒彦も度々ロケで訪れていた。
  34. 漫画・アニメにも度々登場した。
    • 中川「先輩!間違えて国境を越えないで下さいよ!」
      • うっかり越境してしまい、両津と本田がロシアの兵士から逃げ回る羽目に。
    • のび太「ドラえもん!スネ夫が樺太の別荘に行くのに僕だけ仲間ハズレにするんだよ!」
    • サザエさんではOPに富内湖・敷香岳・樺太神社・樺太庁博物館・川上温泉・宝台ループ線等が登場。
    • 豊原市を舞台とした萌えアニメもあったかもしれない。
  35. NHK朝の連続テレビ小説の舞台になっていた。
  36. 樺太では「坂の上の雲」は高視聴率だった。
  37. 樺太電力もある。
    • 好仁村に原発があったかもしれない。
  38. 恵須取・塔路は財政再建団体になったかもしれない。
    • その為ネットではドラクエ4のアッテムトの話題が出ると夕張ではなく恵須取や塔路の名が出ていた。
  39. 主要作物はジャガイモと甜菜、生産量は国内で上位になっている。
    • フレップも。それらを使った特産品も有名になっていた。
  40. 面積の広い市町村の上位を樺太の市町村が占めていた。
    • その上位には敷香・散江が見事ランクイン。
  41. 大泊には海上保安本部が置かれている。
  42. 海上自衛隊及び海上保安庁には多くの砕氷船が導入されていた。
    • 事と次第によっては大泊地方隊が設置されていた。
  43. ドラマ・アニメでは左遷先としても登場。
    • HEROの特別編では久利生公平は豊原地検を経て山口に異動していた。
  44. 豊原競馬場は中央競馬が開催されていた。
    • JRA日本中央競馬会豊原競馬場が設置(左回りダートコースのみ外回り1600mフル18頭、内回り1400mフル16頭)
      • 樺太記念GⅡダ2000m、豊原記念GⅢダ1800m、樺太スプリントSGⅢダ1200m、豊原2歳ステークスGⅢダ1200m
      • 市街地にWINS豊原
      • 樺太産馬保護の観点から樺太産馬限定競走を実施
      • 近年は売上低下のため豊原への輸送費は原則馬主負担になり馬不足が原因で競走不成立が多発。開催中止になる日もしばしば
      • 開催日は土日ともに競馬中継を15:00~テレビトヨハラにて放送
      • スタンドは近代化産業遺産に登録
  45. 豊原市に本拠を持つプロ野球球団とプロサッカークラブがあった。
    • チーム名は「豊原フォックス」か「レインディア豊原」。
  46. 稚内市は現実より発展していた。
    • それでも稚泊連絡船廃止後は不調になっていた。
  47. 人口の大半が豊原市に集中して他の地域は過疎に悩んでいた。
    • 豊原市ではヒートアイランド現象が問題になっている。
  48. 樺太神社が樺太神宮になっていた。
  49. 樺太開発庁が設置されていた(現在は国土交通省に統合されている)。
  50. chakuwiki内でも樺太の噂で盛り上がっていた。
    • 「もし日本の首都が豊原になっていたら」や勝手に鉄道建設に「豊原市営地下鉄」の項目があった。
  51. 「津軽海峡冬景色」は「宗谷海峡冬景色」になっていた。
  52. 樺太を舞台にした映画も多く作られていた。
    • 樺太にも寅さんが来ていた。
    • 浜ちゃんが富内湖や栄浜海岸に釣りに来る。
    • ゴジラが豊原市を破壊していた。
      • 樺太庁博物館や豊原警察署等が踏みつぶされる。
  53. 間宮林蔵が主役の大河ドラマを作るように署名活動が行われている。
  54. 樺太も名実共に「日本列島」の一員とされる。
  55. 豊原市が冬のオリンピック開催地に何度も立候補するもなかなか当選しないで困っていた。
  56. 樺太庁博物館は樺太国立博物館か樺太県立博物館に名称が変わったかもしれない。
  57. ポケモンのシンオウ地方の地図に違和感を抱くことはなかった。
  58. 大鵬の死去を受けて敷香市民が悲しみに暮れていた。
  59. サハリン州の州都はアレクサンドロフスク・サハリンスキーになっていた。
    • アレクサンドロフスク・サハリンスキーが都会になっていた。
    • 少なくとも10万人前後はいたかも。
    • サハリン国立総合大学はアレクサンドロフスク・サハリンスキーにあった。
  60. 日本とロシアの仲が良ければ国交も盛んで交換留学やホームステイも盛んに行われていた。
    • しかしどんなに仲が良くとも国境を跨いで「自分は今二つの国を跨ぐ男or女だ」はできない。
    • 樺太の小学生or中学生の修学旅行先は北樺太。
    • 樺太っ子は初めての海外旅行が北樺太になる人も多い。
      • 陸続きなので海外旅行ではなく外国旅行というかもしれない。
  61. 樺太県民が「俺たちの故郷は日本で最もヨーロッパに近い県である」と自慢する。
    • しかし樺太はヨーロッパではなくアジアではないかという突っ込みをされ落ち込む。
  62. 樺太のどこかの市町村が帝政ロシア時代の宮殿や街並みを再現したハウステンボスっぽいテーマパークを作るもバブル崩壊後は赤字に悩んでいた。
  63. 豊原市の歓楽街にはロシア人のホステスも多い。
    • 市内のメイド喫茶でもロシア人のメイドが多いかも。
  64. 豊原と敷香には巨大な地下シェルターがあったかもしれない。
  65. 樺太県は日本第二位の面積を誇る県になっていた。
  66. 学校ではロシア人の子供に対するいじめが多発して問題になっていた。
    • ロシア側でも逆に日本人の子供がいじめられていた。
  67. 『じょしらく』で「返せー」と叫ぶネタはなかった。
    • それは他の方面もあるし。
  68. 革新系首長が何人かいた。
  69. 多くの公安が樺太県内で活動している。
  70. 樺太県警察は警視庁と北海道警察とともに警察庁から直接監督を受けていた。
    • 樺太県警察には「国境警備部」なる部署がある。
      • 国境警備部長「ああ、警視庁に帰りたい……」。
      • サスペンスドラマでは国境警備部長が黒幕と言う話もいくつかあったかもしれない。
    • 機関銃や小銃などを装備して他の県警とは雰囲気が違っていた。
  71. 史実と違ってライ麦パンも多く作られていた。
    • 樺太出身者「東京のパンって柔らか過ぎるねぇ、これじゃ食べた気がしないよ」。
  72. 樺太の気候に合うため、ソバも樺太の特産品になっていた。
  73. 豊原市が大発展したならば「豊原タワー」もあるかもしれない。
  74. 正式に日本領になって百年と少しなので歴史が浅く史跡が少ないのが樺太県民のコンプレックス。
  75. 最近の子供は樺太がロシアの領土だったことを知らないで育っていた。
    • 樺太・千島交換条約の締結からポーツマス条約で樺太が日本領になるまでの約30年間は黒歴史になっていた。
    • 樺太・千島交換条約は「樺太の50度線以北と千島列島を交換した条約」と勘違いしている人が多かった。
  76. 黒田清隆と榎本武揚の評判はガタオチだった。
    • 代わりに副島種臣の評価は上がっていた。
    • 岡本監輔の知名度は上がっていた。
    • 年末時代劇での『五稜郭』はなかったかもしれない。
  77. 氷雪の門はなかった。
  78. 現実の北部方面隊は北海道方面隊となり、豊原市に北部方面隊の方面総監部が置かれていた。
  79. 南樺太に油田がないか、史実以上に調査に力を入れていた。
  80. 樺太の旗・県民歌・木・花・鳥が制定されていた。
  81. サハリンとは言わず、戦前通り「サガレン」と言っていたかも。
  82. 高度経済成長の時代。豊原市の開発が進めば、ロシア時代の建物は跡形もなく壊されていた。
  83. 樺太銀行が戦後、地銀として発足していた。
  84. 豊原市には東急百貨店、三越、大丸が進出していた。
  85. 豊原市には三井住友銀行・三菱東京UFJ銀行・りそな銀行・みずほ銀行等の大手銀行の支店もあった。
    • 証券会社では野村・大和・みずほ等の豊原支店もあった。
    • 三井物産や伊藤忠商事の樺太支社がある。
    • 樺太証券もそこそこ大きな会社に。
  86. 樺太が日本領であるため、大韓航空機撃墜事件は起こらなかった。
  87. いちばん住みやすい町は真岡・本斗だったかもしれない。
  88. ソ連が対日参戦をしていなければロシア人を悪く言う人はあまりいなかった。
    • 逆に「ソ連は条約を守って攻めなかったのにアメリカときたら……」と考える人が増えていた。
  89. 樺太・西柵丹強盗殺人事件の犯人は死刑になっていた。
  90. 豊原・真岡・恵須取・敷香の4支庁は総合振興局になっていた。
  91. 『日本 映像の20世紀』は1話増えていた。
    • 樺太の回では冒頭で日露戦争のシーンが入る。
  92. 富内湖周辺はバブル期に大規模なリゾート開発が行われていた。
  93. 富内湖にはトッシーが出ると言う噂が流れる。

国境線

  1. 敷香町こそが日本最北端の地となるが、国境は無機質な北緯50度線上であるため、宗谷岬のような観光スポットの確保に苦慮する。
    • その前に、日ソ(日露)関係が悪ければ、うかつに日ソ(日露)の国境沿いには軍事上の理由でいけない。
      • 下手したら某半島みたいになってそう。
        • しかし日本唯一の陸上の国境線と言うことで一目見ようと観光客が訪れる。流石に国境付近には危なくて近づけないが、遠くからなら見学できるようになっていた。
    • 日本最北の駅は古屯駅だろうか?上敷香駅だろうか?
  2. 昭和50年代にはソ連から50度線を越えて亡命してくる人が増えた。
    • 50度線付近で密貿易をやって業者が逮捕される事件が頻発する。
    • たまにソ連からの難民がソ連の兵士に射殺されて国際社会から非難を浴びていた。
  3. 国境警備は樺太庁警察部をついだ樺太県警察がやる。
    • 国境に回されると辞めたいという警察官が続出した。
    • 国境警備には大体千人から2千人の警察官が導入されていた。
  4. 小学生を中心に「日本とロシアを1分で往復する方法は?」というクイズがはやる。
    • しかし後で国境での出入国管理があるために1分で往復することができないことに気づく。
  5. 冷戦時代はソ連と国境を接しているために日本国民に緊張感があった。
    • 日本国憲法にも影響しているかもしれない。
    • 国境には鉄条網が張り巡らされていて物々しい雰囲気である。
    • 50度線沿いにはトーチカや塹壕が数多く設置されていた。
  6. たまに樺太県警国境警察隊と衝突を起こしていた。
  7. ソ連が国境の山奥に秘密のトンネルを作っているという都市伝説が流れる。
  8. 50度線は「鉄のカーテン」ならぬ「竹のカーテン」の一部として認識される。
  9. 1995年の大地震では日本人ボランティアが国境を越えて支援に向かっていた。
  10. 冷戦時代には3~5万人の自衛官が樺太に駐屯していた。
    • 戦車が大量に配備されていた。
  11. 在樺コリアンの人たちは何の問題もなく終戦後に無事帰国していた。
    • 何割かは居残るか樺太に戻って(ry
  12. 幌内川上流はロシア領だが日本の支援でダムが建設されていた。
  13. 北樺太はロシア領だが、日本の支援を多く受けるため極東ロシアでも進んだ地域になっていた。
    • 観光も大きな収入源の一つになっていた。
    • 北樺太の街並みは現実よりも綺麗に整備されていた。
    • 若い女性は普段はジャージで過ごしているのに、日本人観光客が来るとロシアの民族衣装に着替えていた。
  14. 流石に米軍は樺太に配備されない。
    • 千歳に在日米軍が駐屯していたかも。
  15. 宗谷海峡が日本の領海になるために軍艦を太平洋に出せなくてソ連&ロシアが困っていた。
    • そのためウラジオストクよりも、ペトロパブロフスク・カムチャツキーが発展していた。
    • シベリア鉄道がペトロパブロフスク・カムチャツキーまで延長されていた。
    • アメリカは大喜びだった。

交通

とよはら
豊原
Toyohara
おおさわ
Ōsawa
  きたとよはら
Kita-Toyohara
はんだざわ
半田沢
Handazawa
ことん
Koton
  オノール
Onor
  1. JR宗谷海峡線ができている。
    • なので青函トンネルの路線の正式名称も「津軽海峡線」に(実際の正式名称は単に「海峡線」)。
    • 航路の名前をそのまま引き継いで「青函線」「稚泊線」になっていたかもしれない。
    • 寝台特急「北斗星」は宗谷海峡トンネルを抜けて豊原もしくは敷香まで直通運転されている。日本の鉄道史上最長距離を走る列車となる。
      • さすがに北斗星はそのままでしょう。その代わり、札幌~敷香間の夜行特急「多来加」が運行されている。
    • 北海道新幹線が国鉄時代に完成していたかもしれない。しかも最終的には宗谷海峡を越えている。
      • 樺太の新幹線停車駅は能登呂・留多加・豊原。
      • 大泊の住民が猛反対していた。
        • 理由は大泊には地形上新幹線が通れないため。
    • 宗谷海峡トンネルにはカートレインの導入の検討されている。
    • 事と次第によっては天北線は存続していた。
    • 稚内空港駅ができていた。
    • 樺太新幹線ができれば宗谷本線の一部区間が第三セクターになっていた。
  2. 樺太内の鉄道路線は国鉄に、さらに民営化後はJR北海道に。
    • たぶん「JR樺太」
    • 一筆書き切符が果てしなくなる。
    • JR北海道だとしたらそもそも社名が「北日本旅客鉄道(JR北日本)」だった。
    • 国鉄時代は樺太総局・敷香鉄道管理局・稚泊船舶鉄道管理局が設置されていた。
  3. 鉄道の名前が内地風になっている。
    • 樺太東線→豊原本線。
      • または樺太本線。
    • 樺太西線→恵須取本線。
      • おそらく恵須取までは開通するでしょう。
      • または間宮本線。
  4. 豊原空港が建設されていた。
    • 勿論内際ハブ空港で、冷戦崩壊後は更に拡張される。
    • 当然軍民共用で大規模な航空自衛隊の基地が併設されている。
    • 豊原空港線が乗り入れている。
    • 豊原空港の乗降客数は10番以内には入っていた。
    • 大沢飛行場が豊原空港になるも、さばききれなくなれば移転する可能性もある。
  5. 宗谷本線は幹線のままだった。
    • 大部分は電化、一部の区間は複線化されていた。
  6. 東北本線の豊原駅は「下野豊原」のままだった。
  7. 豊原・大泊各駅は解体され近代的な駅ビルに改築されていた。
    • 真岡駅は史実通り解体されるか保存される。
      • 豊原駅は高架化された。
  8. 昭和末期に川上線が廃止されていた。
    • 栄浜支線はなぜか廃止されなかった。
    • 大泊港駅は稚泊連絡船と運命を共にした。
  9. 真久線は完成していた。
  10. JR樺太のコーポレートカラーは紫色あたり。
  11. 敷香空港や恵須取空港もある。
  12. 日本とロシアの仲が良ければ、日本唯一の国際列車が走っていた。
    • 特急名は「ロパチナ号」
    • 車掌「お客さん、国境ですよ。起きてください! このままじゃロシアor日本に行っちゃいますよ」
  13. 出入国管理は半田沢駅で行われる。
    • 日本最北端の駅も半田沢駅だった。
    • 半田沢駅には免税店も置かれ、観光客で賑わっていた。
  14. 本線から分岐してアレクサンドロフスク・サハリンスキーに向かう鉄道も建設されていた。
  15. 北樺太の鉄道は1067ミリで日本のJRのお古が走っていた。
  16. アレクサンドロフスク・サハリンスキーやオハ、ノグリキには大規模な港湾が建設されていた。
    • 当然日本の支援で。
  17. 北樺太と直通する鉄道は戦後完成するが、当初は旅客は扱わず貨物列車のみの運行だった。
  18. 豊原市内の旭ヶ丘にロープウェイがあったかもしれない。
  19. 真岡港からロシアに向かうフェリーもあった。
  20. 不凍港ということで、内幌にも港が作られていた。
  21. 帝国燃料興業会社内幌線は国鉄に編入されていた。
  22. 稚斗航路も冬期は重要なので国鉄に編入されていた。
  23. 樺太東線は落合までは電化されていた。
  24. 落合~大泊間は通勤路線だった。
  25. 「宗谷」は樺太の特急列車の名前になっていた。
  26. 稚泊(宗谷海峡)トンネルはロシア(完成当時はソ連)が攻めてきたときにはトンネルを爆破できるように爆薬が、もしくはソ連兵を皆殺しにできるように海水か毒ガスを流しこむ装置があると都市伝説が流れる。
  27. 宗谷海峡線は豊原から分岐して留多加を通り、亜庭湾にそって稚内を目指す。
  28. 道央自動車道が宗谷ICまで伸び、そこから樺太自動車道として開通。
    • 青函トンネルに自動車道がないので、実現するとしたらユーロトンネルのようなカートレインかも。
  29. 敷香駅には「樺太新幹線・敷香延伸の早期実現を!」という虚しい横断幕が掲げられている。

北樺太も日本領になっていたら

  1. 奥端(オハ)駅でおは☆スタやらき☆すたのイベントがある。
    • 前者は分かるが、何故後者まで!?
    • 奥端ラッキー。
      • そして白石があきら様の横暴によりこっちの方へ飛ばされる訳ですね。分かります。
    • 山寺宏一「奥端からおっはー」。
  2. 間宮海峡に鉄道道路併用の日露友好橋が架かる。
    • おそらくネヴェリスコイ海峡辺り。
    • 現実にも計画されてるサハリントンネルが具現化してるかもしれない。