大阪市高速電気軌道の車両/形式別
ナビゲーションに移動
検索に移動
車両の噂
- 堺筋線・長堀鶴見緑地線・今里筋線を除く5路線の車両は18m4扉車で統一されているが、これは全国的に見ると珍しい存在でもある。
- 他社で18m4扉といえば京急700・800型くらいであるが、両開き扉に限れば全国唯一。
- 北大阪急行や近鉄けいはんな線の車両も18m4扉であるが、これは地下鉄に合わせたもの。
- 逆に堺筋線は阪急に規格を合わせている。長鶴線、今里筋線は言うまでもなくミニ地下鉄の規格。
- しかし堺筋線の車両は19m車となっており、実は阪急車と1mずれている。
- 逆に堺筋線は阪急に規格を合わせている。長鶴線、今里筋線は言うまでもなくミニ地下鉄の規格。
- 意外に見落とされがちだが、札幌市交通局南北線の5000型も18m4扉車である。東西線や東豊線は3扉だが。
- 駅に入線する時と発車する時は「ボー」という電子オルガンのような独特の警笛を鳴らす。
- 「ボー」(電笛)の前は「ファーン」(タイフォン)っていう音だった。因みに堺筋線は空笛(電車みたいな警笛)も鳴らす。
- 横のラインを全部更新で取り換えた。
- 新形式車両が入るとまず谷町線に投入され、それから1~2年後に御堂筋線に投入されることが多い。
- 30系、新20系、30000系が該当する。
- 全体的に車両の雰囲気は関西私鉄より関東私鉄に近い印象。
- 座席沿いの手すりの配置とか、確かに共通しているところは多いかも。
- 走ルンですが走ってない事が違いか…
- 座席沿いの手すりの配置とか、確かに共通しているところは多いかも。
- 車両は、何と50年使うらしい。市営交通フェスティバルの電車内の車内案内表示器に表示されていた。
- ただこれまでに製造された車両は概ね40年以内で廃車されている。今廃車が進んでいる30系でも登場から50年に達していない。むしろ関西の大手私鉄と比べても車両置き換えのペースは早い。
- 周りが物持ち良すぎるという事を差し引いても、アルミやステンレス車を大量に造り、割とためらいなく捨てて行く姿は公営ならではと言わざるを得ない。
- それを言うなら都営地下鉄なんて更新すらせずにガンガン廃車…。10-300R先頭車なんて10年ちょっとで躊躇なく廃車する始末。
- むしろ万博の頃から半端者は平気で潰している印象。
- 周りが物持ち良すぎるという事を差し引いても、アルミやステンレス車を大量に造り、割とためらいなく捨てて行く姿は公営ならではと言わざるを得ない。
- ただこれまでに製造された車両は概ね40年以内で廃車されている。今廃車が進んでいる30系でも登場から50年に達していない。むしろ関西の大手私鉄と比べても車両置き換えのペースは早い。
- 10系などの前面上部についてるラインカラーに塗装されたアレが一体何なのかググっても出てこない。
- あれは誘導無線用のアンテナ。前面についていない新20系とかの場合連結面についている。
- 車両の製造に当たっては入札制を徹底させており、新20系までは主要メーカー6社(川重・近車・日車・日立・東急・アルナ)全てに発注実績があった。例外は関西圏の2社のみに発注した66系・80系・30000系。
- 関西で東急車輌のプレートが見れるのはここと南海くらい。
- 1990年代までは主要メーカー各社に発注していたが、2000年以降は川重と近車のみに発注している。
- 東急車輛は総合車両製作所に、日車もJR東海の完全子会社になったため取引はなくなった。
- 関西では吊り革は丸形が主流だが、リニア路線の70系と80系は三角形のものを使っている。
形式別
10系
- 御堂筋線用の電機子チョッパ制御車。
- もう御堂筋線以外の他の路線には転用されないと思う。
- 新幹線で例えるなら300系
- 1986年以降に製造された車両(1117F以降)はリニューアルと同時にVVVF制御に改造された。
- 通常車内LEDは扉の上に千鳥配置されるが車端部はクーラーの高さの関係で妻面の貫通路上に設置されている。
- 既に廃車されたが、1編成だけ顔が違う編成がいた。
- 1101F。旧20系(現20系とは無関係)試作車を改造したもの。御堂筋線10連化の際中間車だけ他の編成にバラされて先頭車は廃車となった。
- ちなみにその中間車は現役。1973年製造で2012年現在大阪市営地下鉄としては最古参。
- 残念な事に試作車を組み込んだ編成は30000系投入による玉突き廃車の対象となり天に召されたそうな。
- 旧20系は当初は谷町線の急行運転を想定して計画されたものの、結局中止されたために中間車を新造して御堂筋線にコンバートされた。
- ちなみにその中間車は現役。1973年製造で2012年現在大阪市営地下鉄としては最古参。
- 第2編成以降の前面スタイルは左右非対称であるものの、堺筋線用の60系の影響を受けている。リニューアルでブラックフェイスになった。
- 1101F。旧20系(現20系とは無関係)試作車を改造したもの。御堂筋線10連化の際中間車だけ他の編成にバラされて先頭車は廃車となった。
- 30000系投入に伴ってリニューアル工事は中止され、チョッパ制御編成は廃車の予定。
- 違う、当初からリニューアルの予定がなかった1104F以外、リニューアルは予定どおり行われた。しかし2013年にリニューアル車の1107Fが廃車された。
- 近い将来、チョッパの貴重で素敵な音が聞けなくなるのはすごく残念。
- ホームドア対応工事の対象からチョッパ制御車は外されたからね…(車齢の若いVVVF改造車と21系は対応工事に含まれた)まぁリニューアルが13年がかりと大掛かりになったから仕方ないか。
- 違う、当初からリニューアルの予定がなかった1104F以外、リニューアルは予定どおり行われた。しかし2013年にリニューアル車の1107Fが廃車された。
- 一部に先頭車から改造された中間車が存在するが、クーラーの位置は先頭車時代と変わっていないので元運転台側のクーラーはちょっと中央寄りにある。
20系
- 路面電車以外では日本最初のVVVF制御車。
- 但し営業運転では近鉄1420系に先を越された。
- 当初はGTO-VVVFだったが、近鉄けいはんな線の延伸に伴う最高速度アップ(70→95km/h)に対応するためIGBT-VVVFに換装した。噂によれば近鉄が費用負担したとか。
- 10系と異なり車内は案内表示機と車椅子スペース設置を除きリニューアルされていない。
- GTO-VVVFだった時代は制御装置のメーカーによって加減速の音が異なっていた。
- 中でも2601Fは先行試作車のためか1両ごとに制御装置のメーカーが異なっていた。
- VVVFの更新と同時に側面に行先表示器を設置した。大多数の車両は同時に側面の帯を現在のものに張り替えたが一部の車両は旧タイプの帯(ドア間のみにラインカラーがありそこに「○」に「コ」のマークが描かれている)のまま出場してきた。
- 逆に更新前に側面方向幕の取り付けと帯の変更を行った編成もある。谷町線でも一時期新タイプの帯が見られた。
- けいはんな線のスピードアップの為の改造だったので、近鉄側負担に乗じて全て中央線に転属させた上で改造した交通局はしたたかかと。
- 20系とほぼ同様の制御装置を使っている近鉄7000系はソフトの改修だけで済ませた。この違いはどういうことなんだろう?
- 近鉄7000系は最初から将来の急行運転や高速化も想定して設計されていたため。
- 現在は全編成中央線に所属しているが、一時期谷町線にも配置されていた。
- 30番台の車両は元谷町線である。
- それと入れ替わりに24系の一部が谷町線に転属し、22系の50・60番台となっている。
- このように24系とトレードしたのは20系のVVVF制御装置が更新時期に来ていたため。
- 中央線への転出と同時に↑の制御装置換装が行われた。
- 谷町線所属時代も制御装置の設定を変更することで近鉄線の急勾配を走れたらしい。
- 東急車輛製の2637F~2639Fは他の編成と扉開閉時に発するドアエンジンの音が異なる。
- 同様に10系の1117Fと1118Fも東急車輛製のためか同様にドアエンジンの音が異なる。
- 四つ橋線から新20系が1編成転用されてきたため、トップナンバーの2601Fが2014年8月で廃車。
- VVVFインバータ制御装置は比較的新しいので新20系の更新に再利用されるかも。
新20系
- 言うまでもなく大阪市営地下鉄の主力車両。第3軌条式の全路線に配置されている。
- 特に千日前線と四つ橋線は全部この車両で統一されている。
- 御堂筋線、谷町線、四つ橋線、中央線、千日前線にそれぞれ専用で配置されている。
- 1の位に路線番号を取って21~25系と区分されている。実際に車体に書かれる番号は5ケタで、旧20系を基準に千位と百位の間に路線番号が割り込んだ形。
- 前照灯が前面の中央に2つ配置されている。何か豚の鼻にも見える。
- 同時期に登場した相鉄8000・9000系やJR東日本251系にも見られる。当時の流行か?
- 都営大江戸線の試作車もそう(ただし登場は上の物より数年早い)
- 同時期に登場した相鉄8000・9000系やJR東日本251系にも見られる。当時の流行か?
- これまで大阪市交通局ではアルミ車体を標準としてきたが、この車両では軽量ステンレス車体が採用された。
- そのためか見た目がJR205系と似ている。
- 新20系の数が多すぎるためありがたみが薄いが、本家205系は関西では少数派で、私鉄でも南海の一部位しか導入例が無いため、何気にビード付き軽量ステンレス車体は関西ではレアな存在だったりする。
- JR西日本の207系と223系1000番台をお忘れなく(223系2000番台以降はビードなしとなった)。
- そのためか見た目がJR205系と似ている。
- 最近リニューアル工事が行われ、制御装置がIGBT-VVVFに変更された。
- 千日前線用の25系だけ、マスコンがツーハンドルからワンハンドルに変えられている。
- それはホームドアをつけた上、ワンマン化するため。
- 車内もバケットシート化やマップ式の案内表示機の取り付けなどが実施されている。
- でも両数が多いために全車両リニューアルまでには相当な期間がかかりそう…。堺筋線用66系や長堀鶴見緑地線用70系もあるので。
- 通常側面の車両番号は下の方に書かれているが、御堂筋線と千日前線所属車両はホームドア設置計画の関係でリニューアル後は側窓の上に変更されている。
- 千日前線の25系以外もIGBT-VVVF化が進んでいる。
- 改造車は30000系風に帯が追加され、よりスタイリッシュになった。
- 2014年に中央線の24系にもリニューアル車が登場したが、何と車内にLCDがついた。
- 中央線は勿論のこと、実はこれが近鉄線を走る車両では初の車内LCD装備車両(特急車を除く)。
- 同時に車内の蛍光灯がLED化されたが、他の車両と比べて車内が青っぽく見えるですぐにわかる。
- その後、中央線所属車両は更新が進み、原型を留めている車両は姿を消した。
- 音は京王の7000系IGBT-VVVF変更車や9000系に似ている。
- 千日前線用の25系だけ、マスコンがツーハンドルからワンハンドルに変えられている。
- 旧OTS系はかっこいい。あれ、Bトレになったら絶対買う。
- ちなみに旧OTS系だけ内装が寒色系。現在は谷町線で運用中。
- 現在は座席のみ他車と同じオレンジ系に変更された。
- OTS色が見れなくて悲しい。
- 2008年に局内限定だった23~25系を差し置いてまさかの全国販売が実現。しかし沿線以外の知名度は皆無と言っていいこの車両の売れ行きは・・・
- 実車が2本しか存在しなかったにも関わらず3本目のナンバーが収録されるという妙なエラーまであり、やっぱりネタ車だった。
- 御堂筋線の21616Fと21617Fは車内のLED駅名表示器が全ての扉の上にある(他の編成は千鳥配置)。
- この旧OTS系もそうだったが、谷町線への転属時に千鳥配置に変更された。
- オリジナルのGTO-VVVF音は東急9000系や国鉄(JR東日本)207系900番台、JR四国7000系と同じ
- 関西ではソフト変更前の近鉄1220・1230・6400系が同じ音だった。
- 同時期に登場した66系や70系とは異なり、登場時はドアブザーがなかった。
- 尾灯も運転台左右の縁ギリギリに付いている。上記3形式には無い特徴で、全国的にも特異なデザインと言える。
- 1990年製の1次車のみ前面の車両番号のフォントが大きい。
- 2014年8月に初めて四つ橋線の23系1次車が中央線に転用され24系の50番台となったが、1次車の特徴でもある大きな前面のナンバーは改番後もそのまま残された。
- 職員「だってそうした方がコスト安く済むやんか」
- 2014年8月に初めて四つ橋線の23系1次車が中央線に転用され24系の50番台となったが、1次車の特徴でもある大きな前面のナンバーは改番後もそのまま残された。
- 2016年の第3次リニューアル施工車から、内装がガラリと変貌した。
- 特に御堂筋線用は床が赤いことから「サラミ」とか呼ばれている。
66系
- 現在の堺筋線車両。
- 大きく分けて01~12編成の前期型と13~17編成の後期型に分かれる。違いは制御装置で前者がGTO-VVVFで後者がIGBT-VVVF。後期形は車内にバケットシートを採用。
- 帯のパターンや座席の構造も変わっている。
- 前期型オリジナルのGTO-VVVF音は新20系と似ているものの、微妙に異なる。具体的には少し音程が低い。
- 堺筋線のラインカラーはブラウンだが、なぜかオレンジの帯も入っている。
- むしろ、後に他線の車両がラインカラーに淡い別の色を加えるようになった。
- VVVFロゴがとがっている。
- 第1編成が登場した時はVVVFロゴがなかった。
- 臨時列車で嵐山まで入線したことがある。通常8連なのをわざわざ6連にしてまで。
- ちなみに嵐山への入線は2回あったが2回とも前期型が使用された。後期型は6連にできないのかなあ。
- 後期型も嵐山線に入線できた方がいい。
- 2016年秋の嵐山臨時特急のポスターでは何故か前期型のリニューアル車が「直通特急 天下茶屋」を表示して登場したが実際には阪急車が運用されていた。単なるPRだったようだ。
- ちなみに嵐山への入線は2回あったが2回とも前期型が使用された。後期型は6連にできないのかなあ。
- 最初の2編成は6連で登場した。
- この車両にもリニューアルの手が回り、標識灯が阪急9300系と同様のものにされたり、行先表示器がLED化、スカートの設置等、新20系のリニューアル内容に+αされた感じがする。ちなみにアルナ車両にて絶賛改造中(新20系は近畿車両)。
- 前面はわざわざ新しく造り直しているとか。確実に阪急色に染まってるw
- マルーン原理主義の阪急電鉄とその信者たちから、先代の60系とは違って余り叩かれない辺り、その素性の良さがわかる。
- 当初70系と同じドアブザーが搭載されていたが、順次改造や更新が行われ新20系などと同じチャイム音に変更されてしまった。
- ブザーが鳴るタイミングは70系とは異なっていた。
- 2015年にリニューアルされた66603Fは車内照明はLED化されたものの、ドア上の案内表示機はLEDのまま。乗り入れてくる阪急車はLCDを採用してるのに。
- モータ出力は大阪市交最大の180kw。何気に阪急8300系よりも大きい。
70系
- 長堀鶴見緑地線に運用される、日本初のリニア地下鉄。
- それが評価されて大阪市営地下鉄の車両では2度目のローレル賞を受賞した。
- 前期形(01~13編成)と後期形(14編成以降)とでは前面の塗装が異なる。
- 後期形では運転台と直後にある客用扉の間にあるスペースにコマルのマークがついている。
- それもステンレス製で、他にないタイプ。
- 後期形では運転台と直後にある客用扉の間にあるスペースにコマルのマークがついている。
- 車内の案内表示が楽しい。駅名表示のほか大阪ドームや花博記念公園鶴見緑地のイラスト、さらにはリニアモータの原理まで表示されていた。
- だが現在リニューアルが進行中で、案内表示機も通常のものに変更される。
- 更新前のLED案内器は休まず動いている感じ。しかも、2段表示という車両製造当時としては珍しいものだった。
- 特に大阪ドームはかなり精密に描かれている。電車のLEDとは思えないほど。バブル期に製造された車両だけのことはある…。
- 前期型は座席と化粧板が花柄になっている。
- モーター音が他では聞けない珍しいもの・・・なのだが、これもリニューアルで変更されて徐々に消えつつある。
- リニアは静かなのが売りだったが思ったほど静かになっていない。しかも登場時はもっと唸りが派手だった。
- リニューアル車は塗装が以前と比べてカラフルになったが、ホームドアがあるのでなかなか見られないのが残念。
- ドアブザーが搭載されている(開時:高音、閉時:低音)。
- 発車時の音が怖い。
- 前面の行先表示器は幕式だが、側面は大阪市営地下鉄初の3色LED。しかもスクロールまでする。
- スペースの関係で幕式にできなかったようだが、見たところ汎用品を使っているようにも見える。
- 後に登場した80系ではスペースは狭いながらも幕式になった。
- スペースの関係で幕式にできなかったようだが、見たところ汎用品を使っているようにも見える。
- 最近のリニューアル車に採用されている内装劇的ビフォーアフターのハシリの車両。
- 途中から外観にもピンク色の帯が入り、車内の袖仕切りやドアに桜のイラストが描かれている。
- 吊り革まで薄いピンク色になった。
- 途中から外観にもピンク色の帯が入り、車内の袖仕切りやドアに桜のイラストが描かれている。
- 鶴見緑地線開業前に南港で試験走行していたことがある。
- その時の外観は現在と異なりアルミ無塗装で窓下に萌黄色の帯だった。
- リニアモーターの車両の他、通常の回転式モーターの車両も製作されていた。
- この試作車は量産化改造の上、7111F~7113Fにバラして組み込まれている。
80系
- 今里筋線用の車両。
- 70系とは車体断面が異なる。
- 前に8と読めるロゴマークがある。
- 70系と色以外の違いが判らない。
- 70系は音が怖い。
- 第1編成のみ電気式の戸閉機を採用した。関西では唯一。
- 神戸市営地下鉄の1000~3000は電気式のはず
- 70系のドアブザーに対して、こちらは66系2次車と同じドアチャイム。
- 一見コマルマークは見当たらないが、実は可動式ホーム柵に隠れたわかりにくい場所にある。
30000系
- 30系置き換えのため2009年に登場。
- 番号体系は新20系から変わっていないが、「32系」などとはならず各線通して「30000系」と呼ばれる。
- ただし緑木検車場公開の時に主電動機の展示で「31系用MM」と書いてあり現場では31系、32系と呼ばれているようだ、ちなみに近畿車輛のメーカーホームページでも31系と紹介されている。
- 番号体系は新20系から変わっていないが、「32系」などとはならず各線通して「30000系」と呼ばれる。
- 車内には液晶がついている。
- 今や近鉄の一般通勤車を除いて全ての会社に普及しつつある。
- 現在は谷町線に投入されているが、2011年末から御堂筋線にも投入予定。
- 御堂筋線用は東急5050系にどことなく似ている。
- 全然似ていない。新系列車両じゃないし。30000は。
- 丸みを帯びた前面形状、窓上ヘッドライト、太めの窓上帯と、関西では最近あまり見られない要素が多いから分からんでもない。
- 全然似ていない。新系列車両じゃないし。30000は。
- 御堂筋線用と谷町線用は車内の化粧板や座席モケット、LCD案内表示機など一部仕様が異なる。御堂筋線用は化粧板にイチョウの模様が入り、座席が赤紫色(谷町線用はオレンジ色)。
- 御堂筋線用は東急5050系にどことなく似ている。
- 製造費が結構高い。
- 増備の度に下がってるとか。
- 初期車を全部フルカラーLEDの行先表示にするという暴挙に出た。
- 言うて側面は3色だけどな。ちなみにこれでもかと戸袋に号車番号を掲示しているにも関わらず、行先表示横にも表示枠を新設しているという謎の徹底ぶりが見られる。
- 堺筋線リニューアル車は側面もフルカラーになった事からこれからの増備される車両も全てフルカラーLEDになる…かもしれない。(なったらいいな…でも堺筋線と違って優等運用がないから無駄か…)
- 正確には第1編成のみ登場からしばらく前面のLEDが3色LEDだった。
- 言うて側面は3色だけどな。ちなみにこれでもかと戸袋に号車番号を掲示しているにも関わらず、行先表示横にも表示枠を新設しているという謎の徹底ぶりが見られる。
- 御堂筋線の30000系の液晶ディスプレイが東京メトロの02系更新車や8000系更新車とほぼ同じ(東京に韓国・中国語表示がないだけ)
- 谷町線用が交通電業社製、御堂筋線用が三菱電機製。因みに新20系リニューアル車と北大阪急行9000系はコイト電工製の「ぱっとビジョン」なる物らしい。
- 明らかに御堂筋線用の方が大きくて見やすい。
- 谷町線の開く扉の矢印の表示が面白い。
- 新20系までは日本中の主要な車両製造会社に分けて発注していたが、この系列から近畿車輛のみになった。
- 2013年以降に御堂筋線に投入される車両は川崎重工業でも製造予定。
- 谷町線用の第1編成である32601Fのみ車内の広告枠に車両の写真が入っている。
- 御堂筋線用の31603Fにはプラズマクラスター発生装置が設置された。
- 31602F以降はLED照明を採用している。しかも女性専用車両だけ電球色になっている。
- 31601Fも後にLED照明に交換されたが、谷町線用は交換されていない。
- 北大阪急行電鉄9000形はこれをベースに製造された。
- 阪急の1000系も参考にしている。
- 技術の進歩によって側面のビード加工が無くなったため、帯幅の制約が無くなって従来より太くなった。戸袋部分にも号車番号をあしらったデザイン帯が追加されている。
- ドア間の座席は5人がけ。お陰で座席定員が少なくなった。
- ドア間の寸法がほぼ同じ新20系のリニューアル車や北急9000形は6人がけなのに…。
- 2016年から導入されたマイナーチェンジ車は一部が6人掛けになった。
- 早くも御堂筋線用車両はマイナーチェンジされる模様プレスリリース31604Fから適用。ところで、もうデビューして7年も経つんですね。(2016年)
- 座席には新幹線N700系のグリーン車と同じ素材を使うとか。
- 座席下には照明まで設置された。因みにこれはニュートラムの200系の方が先。
- プラズマクラスターと言い調光式のLED照明と言いかなり金がかかってるな…。かつての大阪市交通局では考えられない。やはり民営化を意識しているか?
- 車内のLED照明も在来車とは異なり間接照明風になっている。
- 2017年投入の31607Fからは翌年の民営化を見据えてか側面のコマルマークがなくなった。
- 大阪市営地下鉄の第三軌条方式の車両では初めて補助電源にSIVを採用した。
- 乗り入れ車両だったらこの車両が登場する20年以上も前に北急8000形が採用済み。
- ボルスタレス台車も。本形式で本採用前に23系で試験採用されていた。
過去の車両
100形(初代)
- 大阪市営地下鉄御堂筋線開業時の車両。
- 現在、緑木車両工場で105号車が保存されている。
- ごちそうさんに大阪大空襲の夜に走った車輛として出演した。
- 現役当時は車内に駅名表示器が付いていたらしい。ある意味時代の最先端を行ってた。
- 連結部には転落防止柵まであった。
100形(2代)
- 登場時は1100形と呼ばれていたが、10系の登場に伴い100形に改番された。
- 大阪市営地下鉄で最後まで片開き扉が残っていた。
- 一部はVVVFの試験車両に改造され、20系や70系に貴重なデータを残した。
- 運転室の後部には1つ窓があったが、そこには座席がなかった。
200形(2代)
- 登場時は1200形と呼ばれていたが、100形(2代)と同様、10系の登場時に200形に改番された。
- 前期型と後期型とでは前面の標識灯の位置や車内の仕様が異なっていた。
- 前期型は車内壁面が塗装だったのに対し後期型は化粧板張りだった。
- 100形とは異なり、最終的にはトレーラーに改造され谷町線の50系に組み込まれた。
- 大阪市営地下鉄では初めて両開き扉を採用した車両。
- 窓割りは100形(2代)と同じだったので必要以上に戸袋窓が大きかった。
- 但し運転室の後部の座席は存在した。
- 窓割りは100形(2代)と同じだったので必要以上に戸袋窓が大きかった。
50系
- 30系が登場するまでの主力車両。
- 座席は30系に比べると柔らかく座り心地も良かった。
- 谷町線用は旧800・900・200形をトレーラーに改造して組み込んでいた。
- それぞれ5800・5900・5700形に改番された。
- その際モータの出力を90→120kwにアップした。後に中間T車を外して千日前線に転用されたがモータはそのままだった。
- 5800・5900形は通常の50系よりも1m全長が長かったため、乗車位置が最大2mもずれていた。
- ラインカラーが制定される前は阪神の赤胴車に似た塗装だった。
- ラインカラー制定後は薄いグリーンにドア間のみラインカラーの帯が巻かれていたが、下塗りを省略したため外板の溶接痕などの凸凹が露出して見苦しかった。
- 中央線用は最終的に6連化され、近鉄東大阪線に乗り入れて生駒駅までその姿を見せていたことがある。
- 生駒トンネルに連続勾配があるので抑速ブレーキが装備されていた。
- 1980年頃までは蛍光灯にカバーが付いていた。
- 側面の戸袋窓は国鉄101系などと同じような細長いタイプとなった。
- とはいえ関西の私鉄・地下鉄では両開き扉で戸袋窓があるのは少数派。
- 1960年製の1次車だけ前面の車掌側の窓が開閉可能だった。
- ATC化される際に窓が小型・固定化されたが、それでも2次車以降と前面が異なっていた。
- 他にも3次車以降では戸袋部に短い荷物棚が新設されるなど車両によって差異が見られた。
800・900形
- 中央線が部分開業した時に登場した車両で、両運転台で単行運転が可能だった。
- 当時は車庫が高架にあったため、搬入に際しては地上から吊り上げた。
- 車体は50系と似ているものの、全長が1m長く、他にもドアや屋上の通風器が異なっていた。
- 登場時は6000・6100形と呼ばれ、当時の小田急ロマンスカーに似た塗装だった。
- 60系登場時に800・900形に改番され、塗装も50系と同じになった。
- 最終的には中央線から谷町線に転属し、50系の中間車(5800・5900形)に改造された。
30系
- 1970~1980年代における大阪市営地下鉄の主力車両。
- 高度経済成長期に大量に製造されたという意味では「大阪市営地下鉄の103系」とも言える。
- 最盛期には366両が在籍したが今は冷房改造された車両のみが残っている。しかもそれも廃車が進んでいる。
- 最初に製造されたのは旧7000・8000形の1967年で最後に製造されたのは1984年。足掛け17年にわたって増備が続いた。
- 登場時はビニールレザーの座席でとにかく硬かった。今でいうJR209系やE231系のような感じか?
- 途中でモケットに変更されたもののそれでも硬く、最終的には今の柔らかいものになった。
- そんな良いものではなくて、ベンチプレスの台みたいな感じ
- E231はまだしも、209系の座席を「良いもの」と言って良いかどうか疑問が残るがなw
- ベンチプレスの台ってのはイメージしやすい例えw
- 最初に投入されたのは谷町線だが最後に残ったのもまた谷町線。
- 前面が京王6000系に似ている。
- 似たような年代(ただ登場は30系の方が5年早い)だったが、京王6000系は30系より2年早く全車引退してしまった。
- あの部分に機器を置いたためという単純な理由だが、左右対称が当たり前の当時としてはそれも斬新なデザインと映ったらしい。
- 旧7000・8000型として登場した車両は前面貫通扉の幅が広かった。
- よく見ると車掌側の窓の上にに運行番号表示器の窓を埋めた跡が見られる。このため車掌側の窓の上辺が他の30系と比べてやや低い。
- このグループは車内の荷物棚が戸袋部以外になかった。
- そのためか側窓の天地寸法もやや大きい。
- 一部に車内灯が中央に配置され、ファンデリアが左右に千鳥配置されている車両も存在した。
- 外観からも通風器の形態が異なるので容易に見分けがついた。
- 2011年現在大阪市営地下鉄では唯一の抵抗制御車両。
- 関西の大規模鉄道事業者で最初に全営業車両の回生ブレーキ搭載車化を達成した(阪神も非回生車は絶滅寸前だったはず、しかし阪急・京阪はだいぶ減ってきたとはいえ非回生車がだいぶ残っているし、近鉄・南海はいわずもがな。京都市と神戸市は全車回生車だったはずだけど"大規模"鉄道事業者とはいいがたい気が)。
- 京阪は大半が回生ブレーキ搭載だった気がする。もっとも半世紀以上前から回生ブレーキ搭載車を導入しているから当たり前だけど。
- 関西の大規模鉄道事業者で最初に全営業車両の回生ブレーキ搭載車化を達成した(阪神も非回生車は絶滅寸前だったはず、しかし阪急・京阪はだいぶ減ってきたとはいえ非回生車がだいぶ残っているし、近鉄・南海はいわずもがな。京都市と神戸市は全車回生車だったはずだけど"大規模"鉄道事業者とはいいがたい気が)。
- 冷房改造と同時に車内の更新も行われたが、もはや改造前の面影はないほどの徹底ぶり。
- ただシートモケットの薄紫色は色褪せが早かった。
- 一部の車両は北大阪急行電鉄7000・8000(初代)系として製造され、万博終了後に大阪市が買い取ったという経歴を持つ。
- 旧7000系はセミステンレス製、旧8000系はアルミ製で旧8000系は大阪市交に編入後も御堂筋線で運用されたのに対し、旧7000系は四つ橋線に転用された。
- 旧8000系の中には御堂筋線での運用終了後中央線に転属し、近鉄東大阪線に乗入れた車両もある。
- 旧7000系の方も廃車直前に谷町線で運用された車両がある。
- アルミ車両は冷房改造後車両番号が青いプレートになったが、改造前は車体に直接書かれていた。
- 但し新30系のみ。それ以前の30系アルミ車両は当初から青いプレートだった。
- 新30系セミステンレス車は冷房改造前は車体の色と同じ銀色に黒文字のプレートが貼られていた。
- 2013年10月のさよなら運転で引退が決定。
- 冷房改造されたものの、改造車であるためか新20系などと比べてクーラーの効きが悪かった。
- 加えて抵抗制御だったため、トンネル内に抵抗器の熱がこもって暑かった。特にホームに停まる時とか。
- そういうこともあってか、あるいは抵抗制御で電力消費が大きいためか最近は特に夏季は昼間は運用されていないことが多かった。
- 初の4扉でステンレスorアルミを使用した車体は内外に多大なインパクトを与えたと伝わる。
- 反面、短期間での大量投入のため、寿命を犠牲にしてでも各部の構造を簡略化したという走ルンですの元祖のような車両でもあった。
- 最終増備まで両構造が並行して製造された。組み替え時に先頭車を中間化した例などもあり、画一的な量産車の割にはバラエティに富む。
- 加えて御堂筋線時代に一度中間車になり、中央線への転用時に再度先頭車に復帰した車両もある。
- 特に冷房改造と同時に中間車化された車両は元運転室の部分を完全に客室に改造したため、先頭車時代の面影は全くなくなった。
- 非冷房時代は新30系とそれ以前の車両の連結も頻繁に見られた。側扉窓の大きさが異なるのですぐに見分けがついた。
- 1980年代以降は下二桁が40番台以前がアルミ車、50番台以降がセミステンレス車に充てられていた。但し1970年代までは3001F~3007Fがセミステンレス車体だった。
- 90番台は1970年代は4両固定編成(先頭車は旧7000・8000形)に充てられていたが、80年代以降谷町・中央線用の6連セミステンレス車に当てられるようになった。そのため3094F~3099Fには初代と2代目が存在する。中でも3099Fの3799・3499は3代目まで存在する。
- 初代90番台は主に2編成組み合わせて8連で御堂筋線に運用されていたが、相互直通の相手である北急2000形にも4連が存在していた。
- これは後に新造の中間車1両を組み込んで5連となり四つ橋線に転用、車番も60番台となった。
- 初代90番台は主に2編成組み合わせて8連で御堂筋線に運用されていたが、相互直通の相手である北急2000形にも4連が存在していた。
- 3001Fと3099Fがともに存在していたが、別に99編成全てがあったわけではなく欠番も多かった。
- 90番台は1970年代は4両固定編成(先頭車は旧7000・8000形)に充てられていたが、80年代以降谷町・中央線用の6連セミステンレス車に当てられるようになった。そのため3094F~3099Fには初代と2代目が存在する。中でも3099Fの3799・3499は3代目まで存在する。
- 製造が一段落した1973年より、構造を強化した「新30系」にマイナーチェンジしている。特にアルミ車は工法の変更で屋根肩に丸みが付き、印象が変わった。反比例して増備ペースは鈍化した。
- 延命と冷房改造を受けて21世紀を迎えた車両は全て新30系グループに属する。
- 新30系は製造当初から側扉の窓が大きく、車内は暖房が装備されていた。
- 昭和生まれのコマル車の中ではこいつだけ電子警笛をつけられていた。
- 大阪市の摩訶不思議な出会い。
- 製造後10年も経たずに廃車になった車両が存在する。
- 3043・3543・3597の3両。よりによって1984年製の最終新製車だった。中間車が古かったので冷房改造されずに廃車になったらしい。特に3043Fは先頭車のみ新30系だったがアルミ車体だったので先頭車と中間車の車体形状が異なる特異な編成だった。
- 1968年製の先頭車は1969年以降に製造された車両と比べて先頭車前面の貫通路の幅が少し狭かった。
- 3001F~3004F・3008F・3009F・3014F(いずれも新造時)が該当。
- 1969年以降の車両は610mm幅なのに対し1968年製造は550m幅。最初は窓ガラスも小さかった。現在森之宮で保存されている3008号車はその時の姿に復元されている。
60系
- 堺筋線の初代車両。
- この車両が6000番台の番号を使ったために「6000系」として開発されていた阪急5100系は現在の番号に変更を余儀なくされた。
- 登場時は前面窓を屋根まで広げた特異な形状で注目を集めたが、その後全国に広まった。
- JR701系とも似ている。
- 大阪市交通局唯一のローレル賞受賞車両。
- 70系も受賞しています。
- 66系といいこれといい注目を集めるぐらいだから、(コマルの)堺筋線車両デザインの担当者はセンスがあったんだな。
- 但し前面以外は決していいとは言えなかった。
- この前面形状は形を変えて10系の量産車にも受け継がれた。
- 乗り入れ先の阪急でこのデザインが採用されたのはほぼ20年後に登場した8000・8300系。
- 相互直通運転する阪急が完全冷房化を達成しても非冷房のまま乗り入れてきたため、特に夏場は不評だった。
- この車両のせいで京都線と千里線だけ事実上の完全冷房化が遅れた。
- 非冷房編成は前面の行き先表示の背景が白で黒文字が載っていたので、一目でわかった。
- 因みに非冷房編成の方向幕は手動式だった。30系も同様。
- 一部編成は冷房化されたものの、乗客からの評判は相変わらず悪かったのと老朽化の為、同時期に登場した阪急3300系が全車健在なのとは対照的にあっさり全廃された。
- 冷房化後も66系や阪急の車両と比べてクーラーの効きが悪かった。冷房装置そのものは66系と同じ機種だったらしいが…。
- 一部編成は冷房化されたものの、乗客からの評判は相変わらず悪かったのと老朽化の為、同時期に登場した阪急3300系が全車健在なのとは対照的にあっさり全廃された。
- 堺筋線の天下茶屋延長から数年間だけ、白地幕で英文字入りというのが見られた。
- 因みに非冷房編成の方向幕は手動式だった。30系も同様。
- 阪急3300系が冷房改造された後は、夏は堺筋線内でさえ非冷房のこの車両を敬遠して冷房付きの阪急車を待つという光景がよく見られた。
- 窓は2段式でドアの立て付けが悪いせいか、走っているとガタガタと音がしてかなりうるさかった。
- そして、ドアの窓の位置は末期で冷房改造されるまで高いところにあり、子どもにも不評だったらしい。
- 当然のことながら夏は窓を全開するため、地下線内では車内放送も聞き取れないほどの騒音だったらしい。
- 実は一度だけイベント列車で桂まで乗り入れたことがある。
- 一部の編成では登場時セパレート形の座席が試用されていた。今で言うバケットシートの元祖。
- 当初5連で登場し、6→8連と編成が長くなっていったが、それに伴う車両新造は一切行われていない。
- 一部に元先頭車を中間に組み込んだ編成も存在した。
- むしろ末期は全車両あったんだけど。
- 一部に元先頭車を中間に組み込んだ編成も存在した。
- 意外と知られていないが、この車両も阪急に負けず劣らずな爆弾ドアの一種である(「ピュシーーー!ガラガラガラ!ドン!」)。
- ただし、冷房改造車はドアエンジンも変えられて勢いがなくなり、30系改造車と同じぐらいになった。
- 前面の茶色い部分はラインカラー制定前は赤色だった。
- そのためか登場時には「頬紅」とも呼ばれていたようである。
- 実は大阪市営地下鉄は初めて車内に暖房のついた車両。
- 当時大阪市営地下鉄の車両は暖房がないのがデフォだったが、阪急に乗り入れる以上そうはいかなかったのだろう。