もしあの番組が大コケしていたら/日本テレビ系/な~わ行

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テンプレート:連絡もしあの番組が大コケしていたら

  • 現在放送されていたり、現在放送されている番組の礎となった番組がもし大コケしていたら…
  • 追加する際は五十音順になるようにお願いします。
  • 以下のジャンルは各ページへ。
  • 地方局ローカルの番組は括弧書きで放送局名を明記してください(全国ネットの場合は不要)。
  • マンネリ化しているため、以下のみに関する投稿は原則禁止しとします。
    1. ○○(俳優名等)の代表作が一つ減っていた(「ブレイクしなかった」等含む)
    2. 2期・劇場版などは製作されなかった。
    3. 裏番組の○○はもっと長く続いていた(「独走状態が続いていた」等含む)
    4. (曜日)(時間)枠は鬼門になっていた(「迷走が続いていた」等含む)

独立項目

あ行

あのニュースで得する人損する人

  1. 坂上忍の「MIDNIGHT DANCE」は完全に忘れ去られていた。
    • 後藤輝基がGO☆TO名義で歌った「今は東へ」も完全に忘れ去られていた。
  2. ゴミ屋敷が日本中で再びクローズアップされなかったかもしれない。
  3. 「あの○○」とえば「あの花」の事だった。
  4. 日テレの木曜19時台はクイズなどの路線に逆戻りしていた。最悪の場合、この枠は現在まで冬の時代が続いてた可能性も否めない。
    • 寧ろ、日テレの木曜19時台は低迷がずっと続いていた。
      • 裏番組の「プレバト!!」は関東圈でも視聴率10%後半を記録していた。
      • 場合によっては、直後に放送されている「ぐるぐるナインティナイン」の視聴率にも大きく影響していたかもしれない。
        • 事と次第によってはぐるナイまで放送終了→日テレの木曜19時台・20時台は単発特別番組枠に逆戻りしていた可能性も・・・。
  5. 他の日テレ番組でもお料理マル秘テクニック企画ばかりやることはなかった。
  6. 当然ジューシーズの松橋周太呂が「家事えもん」でブレイクすることはない。

アメリカ横断ウルトラクイズ

  1. 『高校生クイズ』は製作されなかったか番組方針が大幅に異なっていた。
    • 流石に最初から知力大会と言うことは無いだろうが、フジが『史上最大のクイズ王決定戦』を開始した辺りから知力重視にシフトしていた。
    • 『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』はおそらく史実通り。
  2. 立命館大学クイズ研究会の知名度はクイズプレーヤー界隈の域以外には広まらなかった。
    • 『クイズは創造力』は出版されなかった。
  3. クイズファンの間でスタートレックのメインテーマが有名になる事は無かった。
  4. 福留功男のアナウンサーとしての知名度も上がらないままでその後「ズームイン!朝」の司会や日テレを退社してフリーになることもなかったかも知れない。

有吉反省会

  1. アレクサンダーやIVANなど数多くのタレントがブレイク(再ブレイク)できなかった。
  2. この枠の同時ネット局が消滅していた。
    • 打ち切る系列局も出た。
      • 後番組は移動の形でナカイの窓。
    • 全国ネットドラマ枠化が早まっていた。
  3. 有吉弘行のレギュラー番組は史実ほど増えない。
    • 少なくとも有吉ゼミは製作されない。

1億人の大質問!?笑ってコラえて!

  1. 訪問バラエティ番組というジャンルは定着しなかった。
  2. 『どちら様も!!笑ってヨロシク』からのリニューアルは失敗したとみなされていた。
  3. 『目撃ドキュン』は2000年代以降も続いていた。

1×8いこうよ!(札幌テレビ放送)

  1. 大泉洋はテレビでは「水曜どうでしょう」など北海道テレビ放送専属状態になっていた。
  2. 木村洋二アナの道外での知名度は皆無だった。
    • 大泉洋が主演したドラマ「赤鼻のセンセイ」でエキストラ出演することはなかった。
    • 「どさんこワイド」も道外で認知度が上がらず星澤幸子らも知られることはなかった。
  3. 札幌メディアパーク・スピカは史実以上に収益が悪化し閉鎖も早かったかもしれない。
    • 伊坂重孝の相談役退任も史実より早かったか?

伊東家の食卓

  1. 「あんたがたどこさ」が若者や子供にほとんど知られなかった。
    • 「ヒットペット」なんて競技は出来なかった。
  2. 数々の珠玉の裏ワザが世に出ず、発見した人がもどかしい思いをしていた。
    • インターネットの時代になって自分のウェブサイトで公開している。
  3. ミルモでポン!の視聴者が史実より少しだけ増えていた・・・かも。
  4. 裏番組の『いきなり!黄金伝説』はこの時点で視聴率が良く、2001年10月以降も火曜19時台のままで放送されていた。
    • 木曜19時台に枠移動することはなかった。
      • よって、2009年秋におけるアニメ枠復帰もなかった(結局アニメ枠は2011年3月で廃枠となったが)。
      • 『旅の香り 時の遊び』や『学べる!!ニュースショー!』、『林修の今でしょ!講座』など、史実ではテレ朝の火曜19時台に放送されていた番組のいくつかは逆にテレ朝の木曜19時台に放送されていたかも。
  5. 2015年8月に放送の「24時間テレビ」での限定復活も無かった。

11PM

  1. 当時の成人男性や10代男子にとって、性情報を得る手段が一つ失われた。
  2. その後、衛星放送が始まったり、ビデオが普及するまでの時代の、深夜番組の方向性が著しく変わった。
  3. 代わりに、毎晩のように「NNNドキュメント」が放送されたか。
    • 毎日ドキュメントはキツいので、『NNNきょうの出来事』終了後は、完全にローカル枠になる。
  4. 日テレは軟派路線に走ることはなく、低俗化することもなかった。
  5. 1999年(平成11年)11月11日午後11時37分から、NNN30局で「11PM 11回忌法要スペシャル」が放送される事が無かった。

AKBINGO!

  1. ネット局が増えることはなかった。
    • 徳島で放送されることもなかった。

エンタの神様

  1. 粗悪な一発屋芸人が減っていた。
  2. 「笑点」の演芸コーナーに出てくる若手芸人は、一部を除いて少なくなっていた。
    • 演芸コーナーで、落語や講談をやる機会が減ることは無かった。
  3. だいたひかる、陣内友則、桜塚やっくんなどはオンエアバトルでブレイクしていた。
  4. ネタ中になぞりテロップを出す風習がなくなっていた。
  5. 五味一男はこれを機に更迭されていた。
  6. TOKYO MXの火曜22時アニメ枠のタイトルが異なっていた。
  7. 『女王の教室』に『エンタの悪魔』というパロディ番組が登場することもなかった。

OH!バンデス(ミヤギテレビ)

  1. 1,2年程で終了していた。
  2. 宮城の若者はさとう宗幸を知らない。
    • 年配層でも青葉城恋唄だけの一発屋という認識のまま。
      • 『2年B組仙八先生』もあるが。
  3. 逆に(史実では大コケした)TBCのただいまワイドが現在に至るまで続く長寿番組になっていたかも。
    • その場合TBCが夕方ワイドに力を入れている事になるのでウォッチン!みやぎは放送されていない。
      • なので、宮城でも8時またぎを見ることができた。
      • サタずばもネットしていたかも。
    • 2002年以降は史実のウォッチン!みやぎのスタイルで放送されている。
  4. 2009年現在MMTの夕方の編成は4時台にテレ東の番組を放送し、5時台はNNN Newsリアルタイムのローカル枠をネットしている。
  5. OXKHBに関しては史実通り。

おはようとくしま(四国放送)

  1. 四国放送でも『ズームイン!!朝!』が放送されていた。
    • 『ズームインSUPER』もフルネットだった。
    • 南海放送みたくTBSのネットをしていたかもしれない。
  2. NHK徳島放送局で平日朝に放送されるローカルニュース番組のタイトルが、「(NHKニュース)おはようとくしま(徳島)」(実史は「おはよう日本・徳島」)と名乗る。
    • (NHKニュースおはよう徳島と名乗るのは)比較的早い段階からだな。

か行

カックラキン大放送!!

  1. 研ナオコは、歌手という認識で終わっていた。
    • 『ドリフ大爆笑』に出演することもなかった。
  2. 新御三家やジャニーズなど男性アイドルのバラエティ進出もありえなかった。
  3. ラビット関根(当時)は、あまり売れないまま廃業していた。
    • あるいは、関根勤に改名した当時から「理想の○○」アンケートで上位に入るような存在になっていて、現在の芸能人としての立ち位置が多少違っていたかも。

火曜サプライズ

  1. バス旅といえば未だに『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』。
  2. グルメ旅といえば『ぴったんこカンカン』という認識で終わっていた。
  3. 上記2番組の二番煎じと現実以上に揶揄されていた。
  4. 『SUPER SURPRISE』は完全に失敗したとみなされていた。
    • 現実以上に叩かれていた。

行列のできる法律相談所

  1. 「ザ・ジャッジ」はもう少し長く続いていた。
    • 「パクリ」呼ばわりされることもなかった。
  2. 弁護士のタレント化はなかった。
    • 本村弁護士が山崎(現:月亭)方正のモノマネをやる事も無かった。
  3. 橋下徹や丸山和也は政界に進出することもなかった。
    • 弁護士から政界進出するケースは有るから、意外に、現実味は有ったかも…。
      • 但し、実史とは違う展開になった可能性はある。
  4. 島田紳助が×××××した時に打ち切られていた。
    • そもそもその頃まで番組が続かなかった可能性が高そう。
  5. 法律事務所が増えることもなかった。
    • 法律事務所のコマーシャルも盛り上がらなかった。
  6. 裏番組だった「発掘!あるある大事典」の独走状態が続き、捏造事件は史実以上に深刻な事件になっていた。
  7. 法律バラエティといえば「バラエティー生活笑百科」程度の認識で終わっていた。

クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!

  1. 逸見政孝のフリーアナウンサー転進は失敗に終わっていた。
    • 地味に朝のワイドショーの司会をやっていたかもしれない。
      • ↑「(実史の)めざましテレビ」あたりか?
    • 「夜も一生けんめい」もなかったか、違う人が司会になっていた。
    • もし史実通り癌で48歳の若さで早世したとしても世間にそこまでの大きな衝撃と悲しみを与えることもなかった。
      • ただこれによって癌を患うこともなかったか、あるいは早期発見出来て今でも健在だったかも知れない。
  2. 山城新伍は「チョメチョメ」のイメージのままだった。
    • 花園ひろみとの再婚も無かったかもしれない。
  3. 野沢直子のおバカぶりが世間に広がることもなかった。
  4. 渡辺正行が司会として多くの番組で重用されることもなかった。
    • 「おはようクジラ」で朝の帯番組の司会になることも考えられなかった。
  5. 高田純次は劇団上がりの冴えないタレントで終わっていた。
    • 「テキトー男」と言われる個性派タレントになることはもちろんできなかった。
    • コケる時期によっては、同番組のスポンサーだった中外製薬のcmに出る事も無かった。
  6. 山瀬まみは一過性のバラドル人気で終わっていた。
    • NHKの「(ためして)ガッテン」やキンチョーのCMに出る事が無かった。代わりに『爆報!THEフライデー』など「あの人は今」的な番組に取り上げられていた。
  7. 立川志の輔が世間的に有名になることもなかった。
    • ちなみに志の輔と山瀬はそののち裏番組NHK「ためしてガッテン」で「ショーバイ」に引導を渡すという皮肉な役割を果たしている。
  8. 福澤朗が「番組クラッシャー」と言われることもなかった。
    • 確かに逸見さんの後では、誰がやってもいかんともしがたかったが・・・
    • 福澤には「アメリカ横断ウルトラクイズ」をクラッシュさせているという前科も不運だった。
    • 結局福澤は「ズームイン!!朝!」も自分の代で終わらせてしまった。
      • それは「ズームイン!!SUPER」に発展解消と考えればクラッシュではないとも言えるが・・・
  9. ジャイアント馬場はプロレスファン以外の知名度を勝ち得られなかった。
  10. 蛭子能収は現在も地味な無名漫画家だった。
    • もちろん現在の路線バスタレントとしての地位も得られなかった。
    • フジテレビONE(フジテレビ系CSチャンネル)「われめdeポン」(麻雀番組)で、麻雀をやるオッサンという認識で終わっていたか?
  11. 日本テレビののちの視聴率4冠王時代も訪れなかったと思われる。
    • 確かに「ショーバイ」が高視聴率になってきてからフジテレビへの追撃が始まっている。
  12. 日本テレビの改編期特番「スーパークイズスペシャル」も存在しなかった。
  13. 裏番組の「わくわく動物ランド」は史実より長続きし、「どうぶつ奇想天外」は番組自体が存在しなかったか放送開始が遅れていた。
  14. サナダムシから川合俊一を連想することもなかった。
    • これによって、川合俊一はバラエティ番組にも活動の幅を広げることはなかったかもしれない。

クイズどんなMONだい?!

  1. 小学館の雑誌に連載されることはなかった。

ぐるぐるナインティナイン

  1. 江角マキコはバラエティに進出することはなかった。
    • 『火曜曲』『私の何がイケないの?』の司会に抜擢されることもなかった。
  2. 『ペケ×ポン』が「ゴチになります」の類似企画である「ターンテーブル」をやることはなかった。ふ
  3. 食事を他人に奢ってもらうたびに「ゴチになります!」と言う人も減っていたはず。
    • それでも普通に礼儀として、「ごちそうになります」とは言うんだけども…。
  4. 木曜日20時台への枠移動もなかった。
  5. 『おもしろ荘』もなかった。
    • 正月深夜の特番は別番組になっていた。
    • 大晦日深夜(元旦未明)ですね。
  6. 夕方時代の特番で田代まさしが音楽賞でもらった盾を壊すという粗悪なことはやらずに済んでいた。

月曜から夜更かし

  1. マツコ・デラックス人気が下火になっていた。
  2. 村上信五は関ジャニの中での存在感は薄いままだった。
    • プロアクティブのCMの人というイメージしかなかった。
  3. 桐谷さんと言えば桐谷美玲や桐谷健太。
  4. 「パーティーピーポー」という言葉は広まっていない。

午後は○○おもいッきりテレビ

  1. ごちそうさまは単独番組に戻っていた。
    • 意外に同時期に終了してたかも。
  2. 「ヒルナンデス!」のようなバラエティ枠路線になる時期が史実より早くなっていた。

さ行

ザ!鉄腕!DASH!!

  1. TOKIOは史実ほどの人気を得られていなかった。
    • 嵐のブレイクが早まっていた可能性も。
    • 城島茂≒オッサン(おばちゃん)キャラが定着することは無かったか、もう少し遅れていたかも。
    • 山口達也が「棟梁」だとか「船長」と呼ばれることは無かっただろう(特に「船長」はこの番組の企画で船舶免許を取ったことで付いたわけだし…)。
      • というか今でもデブキャラ扱いされていたかもしれない。
    • 男性からの支持も高まることもなく、ジャニーズはいまだに女性に支持される風潮のままだった。
  2. DASH村も無かったたか、それほどの人気は出なかった。
    • DASH村にある小屋の火災や東電福島第一原発事故での警戒区域設定で住所がばれることが無かった。
  3. 仮に「SMAP×SMAP」も大コケした場合、ジャニーズがバラエティに進出することに対して二の足を踏む可能性も。
    • 「嵐にしやがれ」や「関ジャニの仕分け∞」は誕生しなかったか、史実ほどの人気は出なかった。
      • 「VS嵐」も短期間で放送終了していた。むしろ番組自体存在していなかったかもしれない。
  4. 「ガチンコ!」や「メントレ」といった番組もなかった。
    • 「ガチンコ!」での一連の騒動(台本が存在した…など)は起きなかった。
  5. ゴールデン進出することなく終了していた場合、TOKIOのメンバーが「さんまのSUPERからくりTV」のレギュラーとして出演し続けていたはず。
  6. 当然ながら、松岡昌宏が発した「まな板にしようぜ!」がネット上で流行することも無かった。
  7. 『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)で放送された「2日でいくつ空港を廻れるか?」など、自局他番組や他局の番組で派生企画が放送される事も無かった。

THE夜もヒッパレ

  1. いわゆる「懐メロ歌手」は「ミュージックフェア」でしかお目にかかることができなかった。
  2. 安室奈美恵やMAXの人気に火がつかなかったかもしれない。
    • 当然SPEEDの結成もなく、ライジングプロダクション(現ヴィジョンファクトリー)は史実ほどの規模の芸能事務所になることもなかった。
  3. 本業が歌手なのにバラエティしか出ていない芸能人の、歌の披露の場が失われていた。

幸せ!ボンビーガール

  1. 『銭形金太郎』の亜流として叩かれるのみで終わった。
  2. 森泉は、「(日テレの番組としては)『ぐるぐるナインティナイン』の『ゴチになります』をクビになった人」という認識だった。
    • 『おしゃれイズム』は?

ZIP!

  1. ズームイン朝を程なく復活させていた。
    • 復活は無くとも、ズームイン色の強い報道番組に戻していたはず。
  2. 朝のニュース番組に情報バラエティ要素は不要とされてしまっていた。
    • そもそも、バードが司会になった後のズームイン!からその傾向はあったからなぁ。
  3. MOCO'sキッチンも流行らないのでオリーブオイルの知名度は上がらず。
  4. ZIPPEIも地味な存在となったので、史実通り急逝しても大きく取り扱われなかった。
    • 当然ながら「スマイルキャラバン」も人気を得ることはないため、ダイスケが売れることは無かった。
      • ポケモンのOP曲「夏めく坂道」は別の歌手が歌っていたか、その曲自体がなかった。
    • 旅犬と言えば、今でもまさお君ファミリー(まさお君、だいすけ君、まさはる君)の認識だった。
  5. 朝のニュース番組は「おはよう日本」の独り勝ちか、「めざましテレビ」と「朝ズバッ!」とのつばぜり合いだった。
    • 朝ズバッ!とやじうまテレビ!はもう少し続いていた。
      • 前者は司会者が降板しても史実よりある程度視聴率を取っていた。
  6. ZIPといえばデータ圧縮やアーカイブのフォーマットの事だった。
    • または、名古屋の民放FM局「ZIP-FM」。
  7. ZIP!は史実以上に叩かれていた。

しゃべくり007

  1. 24時間テレビの深夜帯でスペシャル展開することもなかった。
    • 史実で06~08年に行われた芸能人秘蔵映像スペシャルがもう少し続いていた。
    • 当然、宮崎地区と沖縄地区で、レギュラー版(MRTとRBC)と24時間テレビSP版(UMKとOTV)で、ネット局が異なるという事態も起きなかった。

笑点

  1. 落語界の規模は小さく、落語という芸は今以上にマニアックなものになっていたかも。
    • 下手すりゃお笑い自体(特に関東)が今ほどメジャーにならなかった可能性も。
  2. 圓楽一門会は今現在で解散していたか、落語協会へ出戻りになっていた。
    • ちなみに6代目の時に落語芸術協会へ合流の噂があったが、一部役員の猛反対に遭って実現せず。
  3. 三遊亭楽太郎が六代目三遊亭円楽を襲名することはなかった。
  4. 「林家木久蔵」は襲名されるような名跡にはならなかった。
  5. 山田隆夫はずうとるび脱退を境に消えてしまっていた。
  6. そもそも「大喜利」と言う言葉がここまで広まってなかった。
    • 面白い発言に「座布団1枚」と発することも広まらなかった。
  7. 今頃古き良き体質の番組が日テレから根絶していた。
  8. 桂歌丸は落語芸術協会会長になれなかった。
    • もちろん文部科学省から受賞されることはなかった。
  9. 落語協会分裂騒動が原因で打ち切られた可能性も。

情報ライブ ミヤネ屋

  1. 宮根誠司の全国的な知名度が上がることはなかった。
    • 『Mr.サンデー』のキャスターは別の人になっていた。
    • 他が実史通りなら、宮根は、「日曜夜の顔」となっていた。
  2. 少なくとも、全国ネット化はなかっただろう。
    • 関東圏ではドラマ再放送不振に続く大コケで死に枠扱いの末、通販番組枠に転換していた。
    • または、MBSの「Mr.ロンリー」みたいに、関西ローカル→全国ネット→関西ローカルの変遷を辿るが、視聴率が回復せず、打ち切りになる。
  3. 『知りたがり!』の視聴率が悪くなることはなかった。
  4. 後番組は『ひるおび!』や『ワイドスクランブル』のような芸能ニュースを省いた報道路線の番組になっていた。
  5. もしくは、該当時間はローカルセールス枠になったかも。これにより、一部日テレ系列局では、フジテレビ『グッディ』のネットに切り替え。

人生が変わる1分間の深イイ話

  1. 焼肉えびすを紹介してユッケ食中毒事件後に叩かれることもなかっただろう。
  2. フジ月9ドラマの視聴率低下は起きず、「婚カツ!」「ビブリア古書堂の事件手帖」は視聴率一桁台を記録することはなかった。
  3. 島田紳助の引退と共に打ち切られていた。

スーパージョッキー

  1. 低俗番組が減っていた。
  2. 熱湯コマーシャルでの入湯拒否事件はなかった。
  3. フライデー襲撃事件の時に打ち切られていた。

進め!電波少年

  1. 今のバラエティ番組の形式は大きく変わっていた。
  2. 猿岩石は一発すら上げられず消えていた。
    • 当然、(実史で)後に該当放送枠で放送される「有吉反省会」も無い。
    • 更に、「有吉ゼミ」も無い。
  3. 木村匡也がナレーションとして大成しなかった可能性も。
    • 『めちゃイケ』(フジテレビ)で、ナレーターとして大成したか…。
  4. 「帝国のマーチ」と言えば誰もがスターウォーズのダースベイダーの曲を連想していた。
  5. 当然兄弟番組の「雷波少年」もなく、サムシングエルスやブルームオブユースは注目されることなく解散していた。
  6. 「アポなし」という言葉はここまで広まらなかった。
  7. 子供に見せたくない番組に挙がることはなかった。
  8. 日テレ系のこの時間帯はytv、CTV、FBSのようにローカル番組、もしくは他系列の遅れネット番組を放送する局が増えていた。

スッキリ!!

  1. 加藤浩次は「極楽とんぼ」のメンバーという認識で終わっていた。
    • 「スッキリ!!」開始前から、フジテレビ『めちゃ×2イケてるッ!』が放送されているが…。
  2. ルックルックのケースと同様、モーニングバードがKNBやJRTでもネットされていた。
  3. 「スイーツ○○」といえば未だに真壁刀義ではなく「スイーツ親方」こと芝田山親方のイメージ。
  4. ふなっしーはブレイクしなかった。
    • もしくは別番組で特集し、ブレイクしていた可能性がある。
    • 「ふなっしー」って、「スッキリ!!」でブレイクしたのか?

世界一受けたい授業

  1. 子供に見せたい番組が減っていた。
    • 教育ママや教育パパは土曜8時になると「こっちの方が勉強になる」といってこの番組にチャンネルを変えることはなかった。
    • 変わりにジョブチューンが子供に見せたい番組になっていたかも。
  2. 『めちゃイケ』が『世界一受けたくない授業』というパロディをやることもなかった。
  3. おそらく2015年現在まで続くことはなく、どこかで打ち切られていた。
    • 最末期は安易な視聴率稼ぎのために、内容の低俗化が激しかっただろう。
  4. 教授や知識人のテレビ需要は低下していた。
    • 林修は流行語大賞を受賞しても史実ほどテレビに出なかった。
      • ネプリーグに登場する事なく、東進の先生も登場する事も無い。

世界の果てまでイッテQ!

  1. 立木文彦の仕事がひとつ減っていた。
  2. こんな企画が組まれることはなかった。
    • 『この経験は必ず成功につながる』というコメントもなかった。
  3. イモトアヤコは、今なおマイナー芸人のままだった。
    • フォーリンラブも結成されていなかった。
      • 「珍獣ハンター」の称号は、別のお笑い芸人に与えられたか。
      • 現在放送中の「なんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付」も無かった。
        • あったとすれば「なんでもワールドランキング ネプチューンの世界番付」だった。
    • 当然、2009年の「24時間マラソン」のランナーにも選ばれない。
    • チャリティーパーソナリティもNEWSにはならない
      • 同様に同年の「グラチャンバレー」のスペシャルサポーターにも選ばれなかった。
        • それはEXILEだった記憶があるが。
        • 2013年の「グラチャンバレー」では、間違いなくスペシャルサポーターにはなってない。
    • セーラー服を着ている理由が分かりやすく…
    • 2015年1月開始のドラマに起用されたかどうか?
    • 「フォーリンラブ」が結成されてないとなると、バービーが2011年の『笑ってはいけない空港24時』に「下着泥棒の被害者」として出る事が無かったか?
  4. 「どうぶつ奇想天外!」が2009年4月以降も続いていた。
    • 『大改造!!劇的ビフォーアフター』のレギュラー枠復帰もなかった。
  5. ふかわりょうの髪型変更もなかった
    • それでも『5時に夢中!』のMCにはなっていただろう。
  6. 日本テレビ日曜20時枠はドラマ枠に戻っていた。
  7. 大河ドラマの視聴率低下は起きなかった。

世界まる見えテレビ特捜部

  1. 「志村けんのだいじょうぶだあ」はもう少し長く続いていた。
  2. 当初の予定通り1クールで終了し、レギュラー番組として復活することはなかった(元々つなぎ番組であったため)。

た行

ダウンタウンDX

  1. ダウンタウンは読売テレビと絶縁していた可能性もあった。
    • 当時全盛期にあったダウンタウンにとって当初大阪収録だったこの番組について不満を漏らしていたため。

ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!

  1. ダウンタウンや山崎邦正(今の月亭方正)のブレイクは史実より遅かった。
    • 山崎は相方の軌保博光が芸能界を引退するときに同時に引退していたかも。
      • あるいは史実より早く落語に転向?
  2. 「笑ってはいけない」シリーズはなかった。
    • 紅白の裏番組の中で一番視聴率がいい番組は別の番組になっていた。
    • (実史で元旦未明に放送の)「おもしろ荘」を含んだ『ぐるナイ』の年越しスペシャルを放送じゃない。
      • 1990年台中頃の日テレ系年越し番組が『ナインティナイン』メインの番組だったから、現実味はあったかも。
        • 2015年の「名探偵」で、同系列で放送の「名探偵コナン」や「ヒガンバナ~警視庁捜査七課~」のパクリ・パロディ・コラボが無かった。
  3. 菅賢治が名物プロデューサーとして知られることはなかった。

たかじんのそこまで言って委員会(読売テレビ)

  1. 関西以外ではやしきたかじんと言えば歌手というイメージのままだった。
  2. 橋下徹が大阪府知事→大阪市長になることもなかった。
    • 2015年5月17日に行われた『(大阪都構想に関する)特別区設置に関する住民投票』も行われなかった
  3. おそらく「たかじんNOマネー」も放送されていない。
    • 「たかじん胸いっぱい」も打ち切りになっていたかも知れない。

テレビ三面記事 ウィークエンダー

  1. 当時のテレビ界で「エログロ」「扇情的な事件報道」「事件の再現ドラマ」などは、タブーとされるようになった。
  2. この番組による報道被害が発生しなかった。
  3. 当時の日テレのイメージが、健全でクリーンなものになった。
  4. 「影同心」(TBS)がネットチェンジ後の「必殺シリーズ」の代わりに大ヒット。「新宿警察」(フジ)も当たった。
  5. 泉ピン子ら、この番組でリポーターとして活躍した人達が、メジャーになれなかった。

テレビ宣言(広島テレビ)

  1. 柏村武昭は、お笑いマンガ道場の司会という認識で終わっていた。
    • 広島市長選に出馬することもなかった。

天才!志村どうぶつ園

  1. パンくんは有名にならなかった。
  2. ブサかわいい犬として有名になった青森県鯵ヶ沢町にいる秋田犬「わさお」が全国で長く注目される事も無かった。わさおがいる鯵ヶ沢町のイカ焼き店に観光客が来る事も少なくなったか?
  3. 子供に見せたい番組が減っていた。
    • ドリフターズは未だに低俗な風潮が続いていた。
      • 志村けんは司会者としても評価されなかった。
  4. 動物バラエティといえばTBSという認識で終わっていた。

天才・たけしの元気が出るテレビ!!

  1. 根岸雄一がナレーターとしてブレイクすることはなかった。
    • 声優としての仕事が多くなっていただろう。
      • 史実では、この番組でナレーターを担当したのを機に、ナレーターとしての仕事が多くなった。
  2. 高田純次はブレイクしなかったか、あるいは遅れていた。
  3. フライデー襲撃事件発生と同時に打ち切りとなっていただろう。
  4. テリー伊藤も史実ほどの存在にはなっていない。
    • 浅草橋ヤング洋品店→ASAYANもない。
    • よってモ-ニング娘。も存在しない。
    • AKB48も存在したかどうかも不明。存在しなければここに書かれている事が現実化していたかも。
  5. V6に岡田准一は加わらず、原知宏がそのままメンバーになっていた。
  6. 飯田覚士がプロボクサーになったかどうか微妙。なったとしても史実ほどの人気ボクサーではなく、世界王座は挑戦すらできなかったと思う。
  7. 日テレ系日曜20時枠はドラマ枠に戻っていた。
  8. ドキュメントバラエティなる番組スタイルが確立するのが遅れていた。
    • 恐らく「電波少年」シリーズにてそれが初めて日の目を見るなんて事になっていたかもしれない。
  9. 今のテレビ全体の構図は大きく変わっていた。
  10. 山本太郎は議員はおろか俳優にすらなれなかった。
  11. 「たけしメモ」のようなネタは流行らなかった。
    • 鉄拳の「こんな○○は××だ!」のネタも流行ったかも不明。仮に流行っていた場合、その時点で「たけしメモ」が注目されていた。
    • 笑点の大喜利でも「こんな○○は嫌だ!」のお題が出題されなかった。

投稿!特ホウ王国

  1. 「探偵!ナイトスクープ」の二番煎じと揶揄されることはなかった。
  2. Whiteberryがメジャーデビューすることはなかった。
  3. ストローを楽器にする男は有名にならなかった。
  4. 阪神春日野道駅は日本一危ない駅として紹介されることはなかった。
    • 現在でも相対式ホームに改良されることなく、狭い島式ホームのままだった。
  5. 芸をする動物が有名になることはなかった。
    • アッカンベーをするアザラシはみかんのCMに出演することもなかった。
  6. 「世界名作劇場(フジ)」「クイズ ヒントでピント(テレ朝)」「クイズ日本人の質問(NHK総合)」は安泰。全て21世紀まで続いた。そして、この時間帯での日テレの暗黒時代は、さらに続くことになった。
    • 場合によっては「ザ!鉄腕!DASH!!」も大コケしていたかもしれない。

所さんの目がテン!

  1. 魚住りえ(目がテン2代目アシスタント)のフリー転向はなかった。
    • その場合『ソロモン流』のナレーターは別の人(皆口裕子あたり?)になっていた。
  2. 2009年時点で日テレの午後5時30分は当初からアニメだった。

どさんこワイド(札幌テレビ放送)

  1. 夕方ワイド番組は作られなかった。
  2. 明石英一郎は『STVホットライン』に戻り今でも司会をしている。
  3. 木村洋二はSTVを退社しフリーになっていた。
    • 現在放送中の「1×8いこうよ!」は、別の局で放送?
      • 「1×8」と言う言葉自体がSTVの事を指しているので、番組自体存在しないか別のタイトルになっている。
    • または、明石・洋二がWで退社・フリーに。
      • 退社後は二人でお笑いコンビになっていた。
      • いずれにせよ二人の退社でSTVは大打撃を受けていた。
  4. HBC・HTBが夕方の時間帯の視聴率をもぎ取っていた。
  5. STV版2時ワイドも黒歴史だったかもしれない。
  6. 道内の民放TV局の夕方アニメ枠(TVhを除く)が廃止される事が多分無かった。道外もそれは同じ。それどころかアニメ自体の人気が今よりも盛り上がってたのは間違いない。
    • そこは史実通りにCSのアニメ専門チャンネルが普及して需要が減退してたから、バラエティの再放送で埋められていたと思う。
      • むしろ一部地域では地方ローカルのバラエティ番組(特に中部地方や関西)または他局の番組を放送していたかも。
        • 後者は特にTXN系列局のない県に住んでいる住民は大喜び。その上、アニメ事情もいくらか改善していた。
    • 多分この時間帯はどこの局(NHKやTXN系列局などを除く)もローカルセールス枠になっていた。
  7. 当然「どさんこワイド朝」・「どさんこワイドひる」も存在せず、「朝」は違うタイトルで自主制作の番組を放送か、日テレの番組を最初から全編ネット、「昼」は「STV(全国ニュースのタイトル・2012年時点では「ストレイトニュース」)」で放送される。
  8. 下手すればこの番組も大コケしていたかもしれない。
  9. 札幌メディアパーク・スピカは建設されなかった。

とんねるずの生でダラダラいかせて!!

  1. アイルトン・セナなどが出演することはなかった。
  2. ねずみっ子クラブは誕生しなかった。
    • 仲根かすみはタレントになっていなかった。
    • ジュニアアイドルというジャンルは誕生しなかった。

な行

ナイトシャッフル(福岡放送)

  1. 金曜19時台への枠移動はなかった。
    • 2015年4月以降、「笑神様は突然に…」の同時ネットをやめたのは中京テレビと読売テレビの2局のみだった。

謎を解け!まさかのミステリー

  1. ザ・ジャッジがもう少し長く放送されていた。
  2. 金曜20時の後番組は再び島田紳助が司会を務めていた。
    • TBSで放送された「島田検定」を日テレのこの枠でやっていたかも。
    • 別の番組を挟んで「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」になっていた。
  3. 須賀健太のブレイクが遅れていた。
    • 「新撰組 PEACE MAKER」での主演あたりからか。

2時のワイドショー

  1. 日テレはこの時間ドラマ再放送になっていた。
  2. ミヤネ屋が存在したかどうかは不明。
    • 下手すればここに書かれているいくつかが現実化していたかも。

24時間テレビ 愛は地球を救う

  1. 偽善番組といわれることはなかった。
  2. FNSの日もなかった。
    • 27時間テレビも存在しなかった。
  3. 深夜は世界選手権など海外のスポーツがないときは数時間放送休止が当たり前。
    • 原油高騰や環境問題に対応した深夜放送短縮や休止にもすんなり応じていた。
    • よって鳩の休日は1分が健在、TBSの放送開始・終了もガラス棒からかわっても2分かけていた。
  4. 現在ではテレビ史関連の書籍などで「実験的な試み」として取り上げられ知る人ぞ知る存在になっている。
  5. 1回の中継につき24時間という形は無理があると判断された。
  6. 「負けないで」は過去の名曲になり若者にはそれほど知られていない。
    • 東日本大震災の復興支援ソングに選ばれることもなかった。
    • 『東日本大震災の復興支援ソング』といえば、NHK『花は咲く』。
  7. 「24時間テレビ エロは地球を救う」や「THE われめDEポン 24時間SP」など、パクリ・パロディが無かった。

ネプ&イモトの世界番付

  1. G20という名称はニュースを見ない限り知る機会はなかった。
  2. イモトアヤコはタレントを辞め冒険家やアルピニストに転身していた。
    • イッテQ!がある限りそれはあり得ない。
      • 司会業としては失敗に終わっていたということになる。
        • 世界中を駆け巡る方が性に合うということになっていた。
  3. 春日俊彰が自身の鍛えた肉体を披露する機会は減っていた。
  4. 裏番組のアイアンシェフは史実以上に大ヒットしていた。
  5. 「特番がレギュラー化した番組は大コケする」というジンクスが生まれたかもしれない。
    • トリックハンターも大コケしていた可能性も否定出来ない。
      • 場合によっては「あのニュースで得する人損する人」も同じ運命を辿っていたかもしれない。

は行

バズリズム

  1. 深夜の音楽番組はいまだ『CDTV』の独壇場だった。
  2. マギー人気が下がっているとみなされた。

P.S.愛してる!(中京テレビ)

  1. 無論後継番組の「PS」や「PS三世」は存在しなかった。
    • 「PS純金」も存在せず。
  2. 東海地方でも素直に「有吉反省会(かつての黒バラ)」と「ガキの使い」を同時ネットさせていた。

ひるじげドン(長崎国際テレビ)

  1. ながさき犬ちゃんは誕生しなかったかもしれない。
  2. 土曜12時台はメレンゲの気持ちの同時ネットに戻されていたと思われる。
    • 実際に放送開始から3年間は同時ネットだった。

ヒルナンデス!

  1. 後番組は裏番組の『ひるおび!』や『ワイド!スクランブル』のような報道色の強いワイドショー番組になっていた。
    • この時点で『情報ライブ ミヤネ屋』の全国ネットを打ち切り、14時台~16時台はドラマ再放送になっていただろう。
      • さすがにミヤネ屋の全国ネット打ち切りは無かったとは思うが、日テレの冬の時代はさらに続いたのは必至。
    • 『おもいっきり』時代の内容に回帰するという話もありましたが…
  2. 『いいとも』に久本雅美あたりがあたりがレギュラー復帰していた。
  3. 『news every.』は史実(2014年の初回放送)よりも早く、放送開始時間を15時53分に繰り上げていた。
  4. 2012年の視聴率は史実以上にテレ朝の独走になっていた。
  5. 2015年7月15日に放送された「ヨルナンデス!」は放送されていない。
  6. 「水卜(みうら)」という苗字を正式に読める人は少なかっただろう。
    • せいぜい関東地方の一部の人しか読めないだろうな。

ブギウギ専務(札幌テレビ放送)

  1. 北海道のローカルタレント番組で売れるのは水曜どうでしょうや同局の「1×8いこうよ!」などTEAM NACS関連以外ありえない状況になっていた。
    • 北海道の民放において道外での知名度では北海道テレビ放送一人勝ちのままだった。
    • 当然道外の民放へのネットは有り得ない。
      • 札幌テレビ放送が独立系民放局と親密になることはなく、独立系民放局の番組を多く放送することはなかった。
        • 逆に独立系民放局も「1×8いこうよ!」以外の製作番組を積極的に放送することはなかった。
  2. どさんこワイド以外の自社製作番組に消極的になり、サンドウィッチマンの番組も製作することはなかった。
    • 「有吉反省会」は同時ネットだっただろう。
  3. 上杉周大が「ファイターズ讃歌」を歌うこともなかった。

ま~わ業

マジカル頭脳パワー!!

  1. もちろん木曜への移動はなく、「木曜スペシャル」が2009年3月まで続いていた。
    • 「週刊ストーリーランド」もなかったか、別の時間帯(月7か水8あたり)で放送されていた。
  2. 「あるなクイズ」でなく同時期の笑っていいとも!でやってた「あるなクイズ」の呼称が定着していた。
  3. 「マジカルバナナ」をはじめとしたリズム系クイズが流行することはなかった。
  4. 俵孝太郎といえばニュースキャスターというイメージのまま。
  5. 板東英二は自己破産に追い込まれ、表舞台から姿を消していた。
  6. 間寛平は吉本新喜劇に戻っていた。
    • 「24時間テレビ 愛は地球を救う」でマラソンに挑戦することもなかった。
    • 「アースマラソン」に挑戦することもなかったかも。
      • 実史では「アースマラソン」挑戦中に、病気の為に帰国したが、これが実史ほど騒がれなかった。また、ytvの『情報ライブ ミヤネ屋』で、専門コーナーも無かった。
  7. 加藤紀子は天然ボケとして注目されることはなく、そのまま歌手のままで活動していた。
    • 小学生からも「う○こ加藤」とも呼ばれることはなかった。
    • ヘタすりゃ、地元三重で細々と歌手活動をやってるか、地元ラジオ局のDJ、または歌手活動を引退してるかも。いずれにせよ、テレ東『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』の第12弾(松阪~松本)には出て無かった。
  8. 「嵐にしやがれ!(2011年11月5日分)」でマジカル頭脳パワー!!風のマジカルバナナが登場することはなかった。
  9. リメイク版である「快脳!マジかるハテナ」は存在しなかった。
    • 類似番組である「サルヂエ」「IQサプリ」も存在しない。
    • 「ダウンタウンのごっつええ感じ」のパロディコント「マニカル頭パワー」もなかった。
    • マジかるが存在しなかったという事は、「みんなのアメカン」はもう少し長く(目安としては2013年3月くらいまで?)続いており、場合によっては「笑神様は突然に…」が木7で放送していた可能性も否めない。それでも人気低迷でどのみち放送終了していたかもしれないけど。
  10. はなわの歌「この夏はバナナ」の歌詞が変わっていた。(歌詞の一部分にマジカルバナナが使われているため)
  11. カリフラワーとブロッコリーの混同も起きなかった。
    • ブロッコリー or カリフラワーというゲームも生み出すことはなかった。
      • YouTubeのネタにされることもなかった。

マネーの虎

ゴールデンタイムはわずか半年でしたが。

  1. ソフト・オン・デマンドは1アダルトビデオメーカーのまま。
    • 一般向け作品に進出していない。
  2. 世界各国に番組フォーマットが輸出されなかった。
    • アメリカ合衆国版がエミー賞を受賞しなかった。
  3. 井手らっきょがプロフェッショナル・ベースボール・アカデミーを設立することはなかった。
    • 猪本健太郎がプロ野球選手になれたか怪しい。
  4. エグジットチューンズも無かった。
    • VOCALOIDシーンも史実と異なっていた。

満天☆青空レストラン

  1. 裏番組の『二人の食卓』は現在でも続いていた。
  2. 水樹奈々がナレーターを務める番組といえば『MUSIC JAPAN』のイメージ。
  3. 宮川大輔は『世界の果てまでイッテQ』でのお祭り男のイメージがより強くなっていた。
  4. それでも後番組も料理をテーマとした番組になっていたであろう。

夕方ワイド新潟一番(テレビ新潟)

  1. 同時期に放送されていた小野沢裕子のいきいきワイドがもう少し長続きしていた。
  2. 新潟総合テレビは変わらずレディス4を放送し続ける。
  3. 堀アナはTeNYのアナウンサーにならずに浅井企画のままだったかもしれない。

ラジかるッ

  1. 中山秀征といえば『DAISUKI!』か『ウチくる!?』のイメージだった。
    • 『シューイチ』の司会を務めることもなかった。
  2. 平日10時台はローカルセールスに戻っていた。
    • 関東地方はドラマ再放送に戻っており通販コーナーの『ポシュレ』は独立した番組になっていた。
    • 元々、日本テレビ平日10時台(「スッキリ!!」第2部(9:30-10:25)と「PON!」)は、ローカルセールス枠ですが…。

ルックルックこんにちは

  1. 岸部四郎は、ザ・タイガースのメンバーor『西遊記(堺正章版)』の沙悟浄役というイメージがいまだに強かった。
    • 岸部が自己破産をした際に、史実ほど騒がれることもなかった。
  2. 『情報満載ライブショー モーニングバード!』が北日本放送と四国放送でもネットされていた。
    • 史実では、2局とも2011年4月から『スッキリ!!』のネットに切り替え。
  3. 阿部祐二はリポーターに転身することなく、役者を続けていたか、早々に引退していた。
もしあの番組が…
○○だったら NHK/日テレ系(あ・か/さ~わ)/テレ朝系/TBS系/テレ東系/フジ系/ドラマ/アニメ(あ・か/さ・た/な〜わ)/特撮/時代劇/放送枠
大コケしていたら 独立局・CS・海外・ラジオ・インターネット/NHK/日本テレビ系(あ・か行/さ・た行/な~わ行)/テレ朝系/TBS系/テレ東系/フジ系
大ヒットしていなかったら アニメ/特撮戦隊/ライダー/円谷/東映)/ドラマ(あ~こ/さ~そ/た~と/な~ほ/ま~わ/連続テレビ小説
今でも続いていたら NHK・独立局・CS・海外/日テレ系(あ~さた~わ)/テレ朝系/TBS系(あ・かさ~わ
テレ東系/フジ系(あ・かさ~なは~わ)/アニメ(あ~さ/た・な/は~わ
大ヒットしていたら NHK・テレ東系ほか/日テレ系(あ~こ/さ~の/は~わ)/テレ朝系(あ~こ/さ~の/は~わ
TBS系(あ~こ/さ~の/は~わ)/フジ系(あ~こ/さ~の/は~わ
アニメ/特撮東映戦隊ライダー円谷プロ)/ドラマ(あ~お/か~こ/さ~そ/た~の/は~ほ/ま~わ/連続テレビ小説
他局の制作だったら アニメ(あ~お/か~こ/さ~そ/た~の/は~ほ/ま~も/や~わ)/ドラマ(あ~さ/た~わ
別の時代に放送されていたら 日テレ系/テレ朝系/TBS系/フジ系/アニメ(あ~こ/さ~そ/た~の/は~ほ/ま~わ
打ち切られていたら 日テレ系/TBS系/アニメ(あ~さ/た~わ)/特撮
終了したら 日テレ系/テレ朝系/TBS系/フジ系
その他 司会者降板がなかったら/もう少し長く放送されていたらアニメ)/放送中止・延期がなかったら/レギュラー化していたら